第 5 話。 敵は五千の官軍だ。
「パン。」
と、其れは一発の銃声音だった。
「総司令、一発でしたが。」
菊池に集まった弓隊と工藤や吉田は少し慌てた。
早朝に一発の銃声が聞こえ、若しかすれば今日中に二又に着くのではないかと誰もが考えるが。
「皆さん、お揃いですねぇ~。」
源三郎はやはり来た、其れに今更慌てる必要も無いと思って要る。
「総司令、若しかすれば今の銃声は。」
「其れは無いと思いますよ。」
「何故ですか、あの銃声は火縄銃だと思いますが。」
「鈴木様、あの銃声は猟師さんが狩りをされて要るのです。
私は猟師さんに合図は夕刻だけとお願いしておりますのでね、其れに今の銃声ですが、我々もですが、官軍がその時刻に出立するとなれば、子の刻の九つから準備をしても無理では無いでしょうか。」
「確かに申される通りですねぇ~、五千人の兵士に食事も必要で、其れに野営した物も片付け無ければな
りませんから。」
「分かって頂けましたか、領民さん達には朝とお昼のおむすびをお願いしておりますので食事が終われば二又に向け出立しましょうか。」
鈴木も工藤達もあっけに取られている。
源三郎は平然としており、何故其処まで考える事が出来るのだと余りにも簡単に言ってはいるが、源三郎は綿密に考え全てを実行している。
そして、半時程して食事も終わり。
「さぁ~皆さん参りましょうかねぇ~。」
「総司令は全てをご存知だったのですか。」
「まぁ~全てでは有りませんが、官軍の装備を考えれば移動も簡単では有りませんよ、其れと官軍は狼の
大群が生息している事を知りませんが皆様は一刻も早く逃げる事だけを考えて下さいね。」
源三郎を先頭に高野、阿波野達も続き、家臣達は官軍よりも狼を恐れて要る。
だが小田切が連れて来た一個小隊が狼の餌食にされたと聞いても未だ実感も無く、周りを気遣う事も行なっていない。
「吉田さん、兵達さん達に伝えて下さい。
この山には狼の大群が生息しており、官軍よりも山の方から来る狼に注意し、山に入らなければ大丈夫だと、ですがいざ戦闘が始まり負傷者、若しくは戦死者が出ますと血の臭いを嗅ぎ付け一気に下山し大群で襲って来ますので、例え負傷されて無かったとしても襲われますのでね。」
吉田は簡単説明が出来ると思って要るが、少し前に小田切達を山に連れて行き、狼の餌食にした時の光
景を思い出した。
部隊の中には小田切達を馬車に乗せ山まで行った兵士達もおり、部隊の全員が狼は恐ろしい生き物だと
知って要る。
源三郎を先頭にした大部隊はやがて菊地の隧道に入る時。
「高野様、菊池のお城に爆薬は有るのでしょうか。」
「はい、御座いますが。」
「では何樽程でしょうか。」
「今は数十樽程有りますが。」
「工藤さん、中隊の兵士に十樽を隧道に置いて下さいと。」
「えっ、総司令は正か隧道を爆破されるのでは。」
「まぁ~そうですねぇ~隧道の中程付近を爆破すれば官軍も侵入は出来ないと思いますよ。」
源三郎は隧道を爆破すれば官軍も侵入出来ないと考えて要るが、同じ様に連合国からも山の向こう側に
は行く事も出来ない。
「総司令、ですが我々連合国からも出入りは不可能になりますが。」
「まぁ~ねぇ~其の様になりますねぇ~、ですが、隧道爆破は最後の手段ですので、私も出来る事ならば
爆破だけは避けたいのです。」
其れでも隧道を爆破すれば内部は大きく落盤し修復する事はまず不可能になるかも知れない。
源三郎は何としても今回の戦いだけは完全な勝利を成し遂げ、官軍兵の一人も生かし帰らせる事はさせ無いと、工藤は隧道の入り口に居る中隊長に命じた。
隧道を抜けると官軍との戦闘が開始されるで有ろう二又までは直ぐで、家臣達も連合軍兵士も隧道に入
る頃には口数も少なくなり、隧道を抜けると誰もが話す事も無く歩いて要る。
「高野様。」
「はい。」
高野は返事はしたものの、何故か身体の震えが止まらず、口は渇いていると感じて要る。
其れは、何も高野だけでは無く、阿波野も斉藤も同じ様に感じており、家臣達も同様で、だが兵士達はと言えば連合国に来るまでは何度と無く戦闘を経験していたのだろう平然として要る。
「高野様、お昼前には二又付近に着くと思いますので、菊池隊は到着後直ぐ配置に就き、その後食事とし
て下さい。
阿波野も斉藤も同様にお願いします。」
「はい、承知致しました。」
「鈴木様は野洲隊の配置が決まり次第、右奥に退きその後に食事を。」
「はい、承知致しました。」
「工藤さんは吉田さんに部隊を任せ、鈴木様の傍で、小川さんは吉田さんの補佐を務めて下さい。」
「総司令、了解致しました。」
高野、阿波野、斉藤は弓隊を予定の配置に就かせると、家臣達に食事を取る様に伝え、それぞれの家臣
達と話し合っている。
「工藤さん、偵察隊ですが。」
「夜明けの前の七つには向かいましたので、間も無く戻って来ると思います。」
「そうですか、官軍の最新の位置が分かれば各弓隊に伝えて頂きたいのです。」
「承知致しました。」
工藤も早く情報が欲しいのだろう、何時もよりも落ち着きが無い様にも見える。
「工藤さん、まぁ~のんびりと待ちましょうかねぇ~。」
「はい、私も今までに無い大規模な戦いになるのではないかと思いますが、総司令は何か特別な作戦でも
考えておられるのですか。」
「私はまだ何も考えてはおりませんが、偵察隊の報告を聴いてから考えたいと思っております。」
源三郎はその後、弓隊と軍の配置状況を見るつもりで、菊池から松川の家臣が配置された場所を見回る
が、どの弓隊の家臣達も今までに無い緊張感で、早くも矢を引き放つ方向に狙いを定めて要る者も居る。
「まだ早いようですから、まぁ~のんびりと待ちましょうよ。」
家臣達は頷き、改めて街道が見える雑木林の中に潜み、今や遅しと待って要る。
「大佐殿、雑木林ですが、山の麓までの距離は。」
「一応一里程で其れと山の雑木林の間に細い道が有り、その道を越えますと此処まで続く道が有り、川を渡りますと、又雑木林が続きます。」
「では官軍は川向うの雑木林を監視しながらの進むのですか。」
「多分、五十嵐司令官の事ですから街道の両側に続く雑木林には偵察隊を送り調査は終わっていると思い
ます。
其れと我々の後ろですが、川幅よりも川の流れが緩く、私ならば川を渡り、其処の雑木林の中を調べますが。」
「私も同じですが、雑木林が続き今までは攻撃されずにいたと思うので余計な神経を尖らせるのでしょうねぇ~。」
「大佐殿、今敵軍の偵察隊でしょうか、数人が早足で通り過ぎて行きました。」
「そうですか、分かりました。
総司令、敵軍は二又付近まで偵察済みだとして、その先を調べに行かせたのでしょう。」
「まぁ~其の様ですねぇ~、我々が潜んで要る事は知られてはなりませんので敵の偵察隊は見逃して置く様にと伝えて下さい。」
伝令兵は源三郎の指示を伝えに行く。
「大佐殿、今偵察隊が行くと言う事は本隊は出立して要ると考えなければなりませんねぇ~。」
「パン、パン、パン。」
と、突然山から火縄銃の銃声が聞こえた。
「総司令、今の銃声ですが。」
「今、野営地を出立したと言う合図ですよ。」
「大佐殿、偵察隊が戻って来ました。」
「分かった、総司令も居られますので、此方に。」
「総司令、ご報告致します。」
「大変ご苦労様でしたねぇ~、其れで官軍の動きですが。」
「はい、遂先程ですが野営地を出立し、後、二時か二時半も経てばこの前を通過すると思われます。」
「そうですか、有難う御座います。
其れで貴方お食事は。」
「はい、でも今は。」
「貴方は誰よりも早く戦に入られたのですから、少し休みを取って下さいね、これからも大切な身体です
から無理は駄目ですよ、この先に本部と言っては笑われますが貴方は其処で休んで下さい。」
「ですが戦ですので。」
「貴方はその様な事は気にせずに宜しいですからね、さぁ~休んで下さい。」
「総司令の命令だ、休みを取りなさい。」
「はい、有難う御座います。
では少し休みを頂きます。」
と、偵察隊は仮設の本部に戻って行く。
「伝令をお願いします。
先頭が通るのが二時後として、菊池隊が待つ場所までは一時以上、いや半時半だと考えたいのですが、
工藤さんの考えは如何でしょうか。」
「う~ん、私も今回だけは予想が出来ないのです。」
工藤も予想が出来ないと、ならば後は源三郎の勘だけかも知れない。
「では先頭が松川隊の前を通り過ぎるのは二時後だと伝えて下さい。、
まぁ~後は何とかなるでしょうからねぇ~。」
伝令兵は松川の斉藤に伝え、その後順次伝えて行く。
いよいよ決戦の時が来た、家臣達も兵士達も緊張感は最高に達して要る。
「司令官殿、やはりこの付近には工藤達は潜んでおりませんでした。」
「そうか、私も何故だと思ったんだ、あの川底に放棄した大砲と砲弾は一体何の意味が有ったのだ。」
「其れに二時半も行けば二又が有り、馬車の轍が其処から右へと曲がり広い野原まで続いて要ると報告も
入っておりますので。」
「問題はだその先かも知れないぞ、野原に入る頃から危険だと考えて要るんだが。」
「はい、其れにしても、私はてっきりこの雑木林が最も危険だと考えておりましたが。」
「司令官殿、其れにしても工藤も小田切達も一体何処に隠れたのでしょうか。」
「あの山を登ったとは思わないんだ、あれだけ高い山だと簡単には登れないし、司令本部の情報でも山向
こう側は直ぐ海で人が住んでいたとしても少数の漁民だけだろう。」
「では噂で聞いておりましたが佐渡に渡ったと言う事でしょうか。」
官軍の本部では工藤は大勢の部下と共に佐渡に行ったと誠しやかな噂話が流れていた。
「其の話しは私も聞いた、だがなぁ~工藤が本当に佐渡に行ったと言う証がなぁ~。」
「司令官殿、この地から佐渡に渡る越後まで街道が有ればあの大砲と砲弾は必要無いと思います。」
「其れは分かるが、だが余りにも放棄するのが早いとは思わないか。」
「司令官殿、私でも敵軍を騙す前に自軍から逃れる為ならば、重装備の大砲と砲弾は捨てます。」
五十嵐達は二又を抜け野原の先に工藤達が潜んでおらず一安心して要るのだろうか、其れが事実ならば一体何処に隠れて、いや佐渡に行ったのだと考えて要る様にも思える会話で有る。
「では今日の昼はその野原で久し振りにゆるりとするか。」
「はい、私ももう大丈夫だと思います。」
五十嵐の言葉がその後大間違いだったと気付くのだが。
「では各隊に告げよ、この先の野原で数日間の休養を取り、その後佐渡に向かうと、其れともう大丈夫だ
とも伝えるんだ。」
「はい、了解しました。」
と、伝令兵は喜びの顔を現し、後続の部隊へと伝えて行く。
「お~いみんなもう大丈夫だからって、司令官がこの先の野原で数日間の休みを取るって。」
「お~其れは嬉しいなぁ~、では警戒を緩めても良いと言う事なのか。」
「はい、其の様で自分は皆に知らせに行きます。」
司令官が警戒を緩めても良いとの話しは部隊の全員が直ぐ知り、司令官の判断が間違ったのか、其れと
も部下の進言が間違いなのか、全員に伝わるまでは早く、指揮官達も兵士達も今までの緊張感が取れ油断したのが大部隊の運命を決める事に成るとは、この部隊の誰もが考えもしなかった。
「総司令、あれが先頭の様ですが、何故でしょうか偵察隊の報告とは違う様にも見えるのですが。」
「う~ん、其れにしても理解に苦しみますねぇ~、先程の報告では部隊の全員が大変な緊張感に包まれて
要ると聞きましたがねぇ~。」
「総司令、其れにしても分かりませんが全く警戒しておりませんが。」
「工藤さん、其れは若しかすれば此処まで何事も無く来たのと、二又を右に行けば広い野原に出るのですが、其の野原まで馬車の轍が続いて要ると考えられ、雑木林には我々が潜んでいないと判断したのでは無いでしょうか。」
「私も今同じ様に考えておりました。」
「工藤さん、ですが我々は作戦通りに実行しますのでね。」
「はい、勿論承知致しております。」
源三郎と工藤は官軍の先頭に合わせ雑木林の中を歩いて行く。
「皆さん、落ち着いて狙いを定めて下さいね。」
源三郎は家臣達に小声で言うと、家臣達は頷いて要る。
「司令官殿、今回の遠征は疲れますねぇ~。」
「そうなんだ、だが裏切った工藤もだが吉田達は大量の連発銃と弾薬を持って幕府軍にでも加わる事にでも成れば我が官軍としては大変な事に成るんだ。
一刻も早く見つけ出し全員を抹殺し武器、弾薬を回収しなければならない。
数日間の休みは取るが、その後は急ぎ佐渡に向かうぞ。」
「はい、私も其の方が兵達に命令を出しやすいと考えております。」
官軍の大部隊は工藤と吉田を抹殺すると、やはり其の中に小田切達も含まれていたのだろうか、全員を抹殺し連発銃と弾薬を回収せよと、官軍の司令本部からの命令が下っていた。
「司令官殿、兵士達も大変喜んでおります。」
「そうか、だが休みが終われば佐渡に向かうぞ。」
「はい、承知致しております。」
その様子を雑木林の中から偵察隊は見ていた。
「大至急、総司令にお伝えだ、官軍はこの先の野原で数日間の休みを取りその後佐渡に向かうと。」
伝令兵は雑木林の中を官軍に気付かれない様に大急ぎで源三郎の元へと向かって行く。
その頃、先頭はやっと松川隊の前を過ぎ上田隊の前へと差し掛かった頃、伝令は上田隊を過ぎ、野洲隊の近くで源三郎を見付けた。
「総司令、伝令です、官軍は二又先の野原で数日間休みその後佐渡へ渡ると。」
「そうですか、有難う。」
やはり先程から様子が変わったのは、この先の野原で数日間の休みを取ると伝えられたのが兵士達の警
戒心を緩める原因だったのか、源三郎は又も考え始めた。
「小隊長、オラが若しも官軍の兵隊さんを外したら大変な事に成るんですか。」
「えっ、何故ですか。」
「だって、オラは先頭の指揮官だけを狙って、だけど今急に自信が無くなってきたんですよ。」
「猟師さんならば大丈夫ですよ。」
「でも先頭の兵隊は官軍の指揮官なんですよ、其れもオラが撃った事で合図になってお侍様が弓を放つんですから、オラが若しも先頭の指揮官を外したら、お侍様は。」
猟師は源三郎に任せられたのが相当な負担になって要る。
「ですが猟師さんが例え外されても撃ったのが合図となり各隊のご家中が一斉攻撃に入るんですよ、ですからね別に外したところで誰にも責められる事は有りませんので心配され無くても宜しいですよ。」
「だって失敗したら、官軍の攻撃を受けるんですよ。」
小隊長も分かって要る。
今は猟師だけで無く、家臣達も兵士達も全員が緊張し、家臣達の中には自分が放った矢が果たして官軍
の指揮官に命中するのだろうかと考える者も居る。
「ねぇ~猟師さん、我々はこの数百年間と言うもの戦の経験が無いのです。
ですが猟師さんは軍隊が入る前から山で狼や猪との死闘を繰り広げていると思うのですが。」
「オラは若い頃から山で猪、其れに鹿も獲って来ましたが、でも狼は今でも恐ろしいんです。」
「其れは誰でも同じですよ、この山にはねぇ~狼が数万頭も住んで要ると聞いて要るんですよ。」
「えっ、この山に狼が。」
「はい、ですから連合国の人達は猟師さん以外は誰も山には入れないんですよ。」
「小隊長、オラも狼には恐ろしい目に遭ったんですよ。」
「えっ、猟師さんがですか。」
「はい、あの時はオラも若かったんですよ、狼の恐ろしさを知らなかったんで、狼に間違ってかすり傷を
負わせてしまったんです。」
「へぇ~、其れでどうなったんですか。」
「小隊長様、狼って本当に恐ろしいんですよ、オラを目掛けて突進して来て飛び掛かったんですが、其の
時一瞬親父の鉄砲の方が早く、其れで親父が仕留めてくれたんですが、狼がオラの身体の上で死んでたん
です。」
「猟師さんにとっては人生で一番恐ろしかった瞬間でしたねぇ~。」
小隊長は猟師の話を真剣に聞いて要るが、小隊長も実は狼の恐ろしさを知らないでいる。
「小隊長様、オラは親父に狼だけは間違っても外すなって思い切り怒られましたよ、其れからは狼を撃つ
時には出来るだけ近くに来るまでは撃たない事にしてるんです。」
「猟師さん、ですが物凄く危険では無いのですか。」
「でも今では十間以内でも頭を狙って撃つんですよ。」
「えっ、十間って、其れは殆ど目の前ですよ。」
「はい、でも今ではその方が確実に狼の頭を打ち抜く事が出来る様になったんです。」
猟師も話をする内に次第に落ち着いて来たのだろうか、小隊長も話を聴いて要る菊池の家臣達も何故か
落ち着いて来た。
「猟師さん、では離れていても大丈夫なのですか。」
「はい、勿論で、半町くらいだったら狼の頭を打ち抜く事は出来ますよ。」
「へぇ~半町以上先の狼の頭をですか、何とも素晴らしい腕前では有りませんか、私にはとてもでは無い
ですが無理な話しですよ。」
其の話しで猟師は一気に自信を取り戻したのだろうと、小隊長は思った。
「え~正か小隊長様がですか。」
「猟師さん本当ですよ、私にはとても無理ですよ、まぁ~猟師さんの腕前だったら先頭の指揮官の頭は
吹っ飛びますねぇ~、指揮官は恐ろしい相手に撃たれてるんですから可哀想ですよ。」
小隊長はニヤリとした。
「小隊長様、お侍様、オラはもう大丈夫なんで本当に有難う御座いました。」
「そうですか、其れは良かったですねぇ~、ですが別に外しても心配有りませんからね。」
「小隊長様、でもよく考えたらオラが言い出したんですから、絶対に命中させますんで。」
「まぁ~其れよりものんびりとしましょうかねぇ~、もう直ぐだと思いますので。」
「小隊長、あれは若しかしたら。」
「官軍の先頭です、全員静かに。」
菊池の歩兵が見たのは確かに先頭の指揮官で、だがまだ半町以上は離れており、猟師は先頭の官軍の指揮官に狙いを定め、ゆっくりとだが確実に官軍は近付いて来る。
官軍の兵士達は全く警戒もせずに、正か最後の最後にと思われる二又の所で攻撃を受けるとは考えていない。
弓隊の家臣達も全員が狙いを定め、猟師の合図を待って要る。
其の時。
「パン。」
と、一発の銃声が聞こえたと同時に官軍の先頭を行く指揮官と思える兵士の頭から鮮血が飛び散り、兵
士は其のまま馬から崩れ落ちた。
「今だ放て。」
一体誰の声だか分からないが、弓隊から一斉に指揮官達に向けて矢が放たれ、馬上の指揮官達は次々と落馬して行く。
歩兵の前を行く指揮官達はその場に倒れ動く気配も無い。
官軍の歩兵は今何が起きたのかも全く理解出来ず、ただ呆然と立ち尽くし、反撃する事も出来ず。
「ふ~。」
と、鈴木は息を吐いた。
「鈴木様、見事な腕前ですよ、司令官の頭に命中させたのですから。」
「いゃ~、私は今の今までこんなにも緊張した事は有りませんでした。」
「大隊の兵士は前に出、銃は敵に向け何時でも撃てる様に。」
吉田が最初に雑木林の中から出ると、その後次々と兵士も出て官軍の兵士達に狙いを定め何時でも引き金は引ける様に、家臣達も同様で矢は放つ準備も終わって要る。
「皆さん、私は源三郎と申しますが、今生き残って要る中に歩兵以外の人は居られますか。」
突然、源三郎が現れ、連合軍兵士も家臣達も驚く様子も無く、源三郎の話しが終わるの待って要る。
「歩兵隊の皆さん、さぁ~連発銃を足元に置いて手を挙げなさい。」
兵士達は次々と連発銃を地面に置き、手を挙げて要る。
「は~い大変宜しいですねぇ~、では前の兵士は銃を集めて下さいね。」
兵士達は何も言わず銃を集め、前に置いた。
さぁ~一体これから何が始まるのだ。
「吉田さん、連合軍の兵士さんに銃を馬車に積む様に伝えて下さい。」
小隊長と数十人の兵士が連発銃を集め、馬車に積み込んで行く。
「そうだ忘れておりました、皆さん、腰の弾倉帯もですよ、はい、前に出し馬車に積み込んで下さい。」
「総司令。」
「斉藤様、如何されましたか。」
斉藤は最後尾を受け持っていた。
「最後尾の兵ですが、太刀を差しており侍かと思います。」
「えっ、では後は侍だとすれば、前は全員が農民さんや町民さんだと言う事になりますねぇ~。」
「はい、其の様で、今こちらに連れて来ますので。」
「分かりました、お願いします。」
斉藤は最後尾の兵隊を連れて来ると。
「皆さんの中に官軍の侍は居られませんか。」
官軍兵からは返事が無い。
「分かりました、では今から話す事は命に係わる事なのでよ~く聞いて下さいね、貴方方官軍は我々の人
数が少ないと思って要るでしょうが、其れは大きな間違いでしてねぇ~、後半時も経たない内に数万の大
群が山から下りて来ますので、但しですよ、其の大群は人間では無く狼でしてねぇ~、まぁ~狼も私達の
仲間でしてね、今、地面に倒れて要る官軍兵は全て狼の餌食になりますからねぇ~。」
源三郎の話を聴いた官軍兵はざわつき始めた。
「若しも、若しもですが、後から官軍兵だと名乗れば其の人は生きたままで狼の大群に入って頂き狼の餌食としますが、まぁ~今名乗るので有れば私も考えますがねぇ~、皆さん如何ですか。」
其の時、馬車から数人の兵士が降り。
「私は官軍の侍です。」
「そうですか、其れでお仕事と申しましょうか、お役目と申しましょうか、どの様な職に就いておられたのですか。」
「私は国では賄い処におりましたので、部隊では炊事班で全員の食事を作っておりました。」
「そうですか、賄い処でしたか。」
「はい、私は先祖代々賄い処でのお役目を務めております。」
「分かりましたが、嘘では有りませんね。」
「はい、私は何も嘘は申しておりません。」
「では、そちらの方に。」
「総司令、連れて来ました。」
「ほ~また大勢ですねぇ~、貴方方は官軍の侍に間違いは有りませんか。」
官軍の兵隊だが大小の太刀を差しており。
「私は間違い無く官軍兵で国でも侍だ。」
「そうですか、分かりましたよ、そのままで太刀は必要かなぁ~、まぁ~其れは後で考えますが、今は足
元の置きなさい。」
源三郎は一体何を考えて要るんだ、太刀を取り上げるでも無く足元に置けと。
「兵士達に伝える、大砲と砲弾を積んだ馬車は切り離せ、弾薬と食料を積んだ馬車は、吉田さん、御者を
連れて行き出して下さい。」
官軍兵は何も聞かず静かに馬を切り離して行く。
「さぁ~皆さんの決断の時となりましたが、私は貴方方を殺す気持ちは有りませんが、今嘘をついて我々
の国に入ったとして、その後嘘が発覚した時には同じ様に、いいえ、今以上恐ろしい事が待って要ると
覚悟して置いて下さいよ。」
だがその後は誰も名乗る事も無かった。
「高野様、今から隧道へ連れて行って下さい。」
高野が予想した通りで官軍兵だと言っても殆どが農民や町民達なのだ。
源三郎は抵抗しなければ殺す事は無いと。
「あの~源三郎様。」
「あ~猟師さん、見事な腕前でしたねぇ~、私は今でも信じる事が出来ないのですが、最初から頭に狙い
を定めておられたのですか。」
「オラはまだ若い頃に狼で恐ろしい目に遭って、其れからは猪でも鹿でも頭を撃つ事にしてるんです。」
「猟師さん、有難う御座いました。
これからも元気で獲物を仕留めて下さいね。」
と、源三郎は猟師に深々と頭を下げるのを見て驚いた。
「源三郎様、オラは猟師ですよ。」
「えっ、其れで何か問題でも有るのですか、私は貴方にご無理をお願いしたのです。
私が頭を下げたのは純粋な気持ちでお礼を申し上げたのですからね。」
猟師は唖然とし、ついさっき聞いた話しは本当だと、源三郎と言う人物は例え相手が子供でも平気で頭を下げるので有ると。
「あの~お侍様、あの人達は本当に狼の餌食になるんですか。」
「まぁ~ねぇ~、其れは間違いは有りませんよ。」
「でも傷が深いですがまだ生きて要る人もおりますが。」
「ですが、その者達を誰が助けるのですか、下手をすると助けに行った人達も狼の餌食になしますよ。」
「では、さっきの官軍のお侍は。」
「官軍の侍達の事ですか、太刀も置いて有りますので直ぐに食い殺される事は有りませんが、残念ですが
我々の連合国に入れる事は出来ませんのでね、其れよりも早く行って下さいね、もう間も無く狼の大群が
山から下りて来ますからね。」
其れを聞いた官軍兵は必死で走り出した。
「総司令、私と吉田と一個中隊が残り、官軍の最後を見届けてから戻りますので。」
「工藤さん、余計な仕事で申し訳有りません。」
「いいえ、私は別に何もしておりませんので。」
「大佐殿、私に任せて、総司令と一緒に行って下さい。」
「吉田、いいのか。」
「はい、自分もこれくらいの仕事をせねば、仲間の笑い者になりますので。」
「では頼んだぞ。」
工藤も菊池に戻る為隧道に入る頃。
「誰か助けてくれ~、狼が来た~。狼が。」
山からは数百頭の、いや千頭以上の狼が下って来て、官軍兵を襲い始め、数百頭の群れは官軍兵でもま
だ生き残って要る侍達を襲い始めた。
「ぎゃ~、助けてくれ。」
「ぎゃ~。」
と、其れは次々と狼に襲わて行く官軍の侍達の叫び声だ、勿論、隧道を歩く歩兵達にも叫び声は聞こえ
ており。
「わぁ~本当だ、早く走ってくれよ。」
歩兵達も叫び声を聴き、先を争って必死で走って要る。
「総司令、其れにしても見事五千の官軍相手に勝利しましたねぇ~。」
「いゃ~私も本当は驚いて要るのです。」
「総司令が驚かれるのですから、私達は驚くよりも何と言って良いのか全く理解に苦しみますよ。」
源三郎も正かこんな簡単に勝敗を決するとは考えもしなかった。
連合国軍にも多くの犠牲者が出るだろうと覚悟はしていたのだが、其れが全くと言っても過言では無く、怪我人も無く、ましてや一人の戦死者も出る事も無かったので有る。
「総司令、其れにしましても鈴木様の腕前は素晴らしいですよ、あの距離と言うよりも左側頭に命中させ
られるのですから。」
「私も初めて聞きましたよ、ですがあの猟師さんも素晴らしいですよ、私は何も考えずに無理をお願いし
たのですがね、其れが何と額に命中させれたと聴きましてね、勝敗の事よりもそちらの方が驚きでしてね、其れにご家中の方々も見事でしたからねぇ~。」
源三郎も工藤も五千人の官軍に勝ったと言う事よりも、連合軍兵士と菊池から松川に至る家臣達が放っ
た矢が全て官軍の指揮官達に命中した事に驚いて要る。
「工藤さん、爆薬は一度撤去しましょうか、万が一、何かの拍子で爆発するやも知れませんので。」
「私も其れを考えておりましたので、若しも爆破すれば隧道が塞がれると、我々としましても困りますの
で直ぐにでも撤去させます。」
源三郎と工藤が話して要る途中で隧道を抜け、菊池の城下へと入った。
「お~いみんな源三郎様が無事に帰って来られたぞ~。」
「わぁ~本当だ。」
菊池の領民と野洲から応援に来た領民の殆どが集まって来た。
「ねぇ~源三郎様、大丈夫だったの、何処も怪我はしてないの、もう私は心配で、心配で。」
「はい、私はこの通りで何とも有りませんので、其れよりも皆さんも聞いて頂いた思いますが、我々の連
合国が戦に勝ちましたよ。」
「わぁ~本当なんだ、良かったなぁ~。」
領民達は大喜びで家臣達からも聞いては要るが、やはり源三郎が報告する事の方が領民達は信用する。
「でも本当に良かったよ、お侍様も兵隊さん達も誰も怪我もして無いんだからなぁ~。」
「オレも不思議に思ってるんだ、誰が考えても官軍が勝つと思うんだがなぁ~。」
「そうなんだ、オレも不思議なんだ、さっきも入って来たけどあれだけ大勢の兵隊なんだからなぁ~。」
「だけど、やっぱり源三郎様だと思わないか、オレは別に高野様がどうのっては思って無いんだ、だけど
源三郎様が来られてからお侍様も兵隊さん達もなんか急に元気になった様に見えたんだ。
「其れはオレも同じだ、まぁ~オレ達も源三郎様が来られると何か安心出来ると思うんだ。」
「まぁ~なぁ~そうかも知れないよ、オレも源三郎様の為だったらって思うんだからなぁ~、源三郎様っ
て本当に不思議なお方だと思うんだ。」
其の様に思って要るのは何も領民達だけでは無い。
「だがなぁ~良くもまぁ~あの様な奇抜な作戦を考えられたなぁ~。」
「そうなんだ、私も最初は驚きましたよ、我々ならば敵軍の兵士ならば誰でも良いと考えるのですが。」
「そうなんだ、だけどよく考えたら敵は五千人だから、幾ら千人の兵隊がいても、今までの様な作戦ならば我々は官軍の反撃で殆どが戦死して要ると思うんだ。」
「其れにしても総司令が考えられる事は我々には全く理解出来ないですよ。」
「だから総司令なんだ、我々が考えた作戦だったらこんなにも簡単にって言ったら総司令には失礼だけど、やっぱり総司令は理解出来ないお方だと思うんだ。」
「其れは私も分かりますよ、だって普通で考えても戦闘開始の合図を猟師さんに任せる事なんか出来ませ
んよ、まぁ~我々は何時もの事だから別に驚きはしませんが、猟師さんにすれば正かと思ったでしょうか
らねぇ~。」
「その話は菊池のご家中が言われてましたよ、猟師さんは簡単に考えたそうですが、猟師さんにすれば外
せば大変な事に成ると思っただろうが、でも小隊長は何とか猟師さんを宥めたそうなんだ。」
「私ならば絶対に名乗りませんよ。」
「其れはお主が総司令を知って要るからで、猟師さんは総司令の事は知らないんだからまぁ~仕方が無い
と思うんだ。」
家臣達は源三郎が考えた作戦は奇抜だと言うのだが。
「総司令、少しお聞きしたいのですが、今回考えられました作戦ですが、若しもとは考えられ無かったの
でしょうか。」
「工藤さん、勿論私も考えましたよ、若しも考えた作戦が失敗すればどの様な事に成るのだろうかと、で
すがご家中の方々が五百人で兵隊さんが一千人ですよ、確かに各国に駐屯されて居られますが、駐屯地か
ら出兵させますと、山越えして来るかも知れない官軍に一体誰が戦いを挑むのでしょうか、確かに山には
狼の大群がおりますよ、ですが何時も狼が襲うとは限りませんよ、事実官軍の井坂ら三名が狼とも遭遇せ
ず山を下ったのですから、其れを考えれば駐屯地からは派遣する事を諦めたのです。
私は一体どの様な作戦を取れば良いのかと色々考えたのです。」
「やはりそうでしたか、私も駐屯地から派遣する事も考えたのですが、若し派遣し、其の時、官軍兵が数
名づつに分かれ、山を越されると防衛は無理だと考えました。」
「其れに各国から派遣されましたご家中ですが、どの国からも殆ど全員と言っても良い程で其れでも五百
人ですから両方を合わせても一千五百人ですから、誰もが考える様な作戦ではまず絶対に成功する事は考
えられません。」
「総司令、其れは私でも理解出来ます。
其れにしてもご家中の方々は大変な緊張感だったと思いますが。」
「其れは私も分かりますよ、普通ならば誰でも良いので兵士を狙い撃ちにせよと、ですが其れでは命令を出す指揮官達は生き残り臨機応変に命令を出され、ご家中の方々は直ぐ全滅し、連合軍も官軍兵から恐ろしい程反撃され、多分全滅すると思います。」
其の頃、五千人近い官軍兵は誰に命令される事も無かったが、全員が整列し源三郎と工藤が来るのを静
かに待って要る。
其れは捕虜として扱われるのか、其れとも話の内容によっては銃殺刑を言い渡されるのか、其れだけが
気に成るのだろう。
「皆さん、私は源三郎と申しますが、まぁ~其れよりも皆さんその場に座って下さいね。」
官軍兵達は静かに座った。
「では今からお聞きしますが、皆さんの中に官軍の侍は居られませんか、おられるので有れば今からでも
遅くは有りませんので手を挙げ名乗り出て下さい。
其れと弓隊のご家中と連合軍の兵士は解散して下さいね、城下の皆さんが食事を作って頂いておられま
すので。」
源三郎は家臣の全員と連合軍を解散させると言ったが、では五千人の官軍兵は一体誰が監視するのだ。
「総司令、其れは余りにも危険では御座いませぬか、まだ五千人近くの官軍兵が。」
「まぁ~まぁ~何も心配される事は有りませんよ、此処は私に任せて、今申しました様に食事にして下さ
いね。」
源三郎に言われると家臣達も兵士達も仕方が無いのか、領民達が作った食事を食べに行く。
「小川さん、皆さんの食事が終わればこの人達にも必要になりますので大変だとは思いますが、連合軍の
兵士達にも協力をお願いして下さいね。」
源三郎は官軍兵にも食事を作れと言った。
「なぁ~、今お侍様はオラ達にも食べ物を出すって言われたと思うんだけど。」
「うん、オラも聞いたよ、だけどその後はオラ達全員を殺すんだ。」
官軍の兵士だと言っても殆どが農民や漁師、其れに城下の領民なのだ。
「如何ですか、皆さんの中に侍は居られないのですか。」
其の時、一人、二人と兵士が恐る恐る手を挙げた。
「貴方方ですか、ではお二人は前に出なさい。」
二人の顔は青白く、身体は少し震えており、源三郎の前に座った。
「貴方方は何故直ぐ手を挙げ、名乗り出なかったのですか。」
「私はさっきの狼が恐ろしく、同じ殺されるので有れば銃殺刑にして頂きたいと思ったのです。」
二人は必死に恐怖心と戦っており、それ程までに死が恐ろしいので有れば、何故官軍に入ったのだ。
「貴方方は官軍でどの様な役目と申しましょうか、任務に就いておられたか、正直に申して下さい。」
二人は源三郎から言い渡される処罰が余程恐ろしいのか下を向いたまま震えて要る。
「私達二人は火薬と弾薬の管理を行なっておりました。」
「えっ、何ですか、その管理と申されるのは。」
「はい、この部隊には五千人の兵士が居りますので、兵士が勝ってに弾薬を取り出さない様にと、司令官
から命令を受け、二人と後兵が数人で管理しておりました。」
「今申されました弾薬と火薬の管理をされた兵士は前に出て下さい。」
すると数人の兵士が立ち上がり、源三郎の前に出た。
「今申されましたが、弾薬と火薬の管理をされておられたのですか。」
「はい、オラ達はお侍様が言われた様に弾薬の入った弾倉を渡す仕事でした。」
「そうですか、分かりました。
其れで貴方方は先程も申しましたが、何故直ぐに名乗りを挙げなかったのですか。」
「私は戦が好きでは無いのですが、武家の家に生まれたのが不幸でして、私の叔父が官軍の大佐でして、私は嫌でしたが無理矢理官軍に入らされたのです。」
「では貴方もですか。」
「私達は従兄弟同士でしたので無理に入らされました。」
「よ~く分かりました、その場にいて下さいね、其れともう誰も居られませんか、今ならば私も話しは聞
きますが、明日になれば言い訳は聞きませんからね。」
源三郎の言葉使いは優しいが処罰が恐ろしいのかその為なのか誰も名乗り上げて来ない。
「ではこの様に致しましょうかねぇ~、兵士の皆さんでこの人は侍だと知っておられるならば、其の人の
名を言って下さい。
ですがこれは何も密告では有りませんよ、私はどのお方が侍だと分かっておりますので、ですが私は名
乗り上げて欲しいのですよ、其れも無理だと思いましたので。」
すると数人の農民兵だろうか。
「オラは知ってますが。」
「ですが、其の人の名が分からなければ指で差して下さい。」
「はい、じゃ~この人とこの人と。」
彼は五人を指差した。
「さぁ~其の方々は前に出なさい。」
源三郎の口調が変わった。
さぁ~大変な事に、何故早く名乗り上げないのだ、早く名乗り上げれば源三郎も無茶な処罰は言い渡さ
ないのにと工藤は思っていた。
だが、其れは今となっては遅く、果たしてどの様な処罰が待って要るのか、農民兵達は静かにと言うの
か声も出せずに見守って要る。
「貴方方は侍で有りながら、私の呼び掛けにも答えは無かったと言う事は、もう覚悟されておられるので
すね。」
其れでも彼らは何も言わず下を向いたままだ。
「さぁ~話を聞かせて頂けますか、では左の貴方からです。」
「私は確かに侍で御座いますが、私は婿養子で養子先の義父が官軍の上層部を知って居られ、ですが私自身は剣術が全く駄目で、どちらかと言えば書物を読む事の方が好きで、其れでも我が家名を世にの知らしめよと小隊長にさせられました。」
「貴殿のお話しを私が信じると思われるのですか、私に嘘は通じませんよ。
貴殿は命令を出され、何人の部下と何人の敵を殺してのですか。」
「いいえ、私は一度も命令は出しておりませぬ。
其れよりも部下の人達には命は大切にして下さいと何時も言っておりました。」
「そうですか、では皆さんにお聞きしますが、この人の部下はどちらに居られますか。」
すると後方から数人が立ち上がり。
「お侍様、オラです。」
「オラもです。」と。
「分かりましたよ、では前に来て下さい。」
農民兵は源三郎が余程恐ろしく見えるのだろうか、下を向いたままだ。
「今、この人が言ったお話しは本当ですか。」
「お侍様、オラが知ってるだけですが一回も命令をされた覚えは無いです。」
「お侍様、オラもです、其れに何時も身体は大切に、命は大切ですからって言われたのを覚えてます。」
「そうですか分かりました、有難う。
では下がって頂いても宜しいですよ、貴殿は其のままで、その次。」
だが次の侍は何も言わず、ただ目を閉じ、何故か既に覚悟を決めた様子だ。
「貴殿は何も申されないのですか。」
其れでも返事もせずに要ると、突然農民兵が立ち上がり。
「あの~お侍様。」
「何か有るのですか。」
「お侍様、そのお侍様は何時もオラ達をいじめ、戦になると兵士は突撃せよ、早く突撃するのだと、だからお侍様の小隊は今まで何人も死んで、でも直ぐに次の兵隊が来るんです。」
農民兵は其れだけを言って座った。
「お主は何も言う事は無いのか。」
其れでも返事は無い。
「誰か居られませんか。」
「総司令、私で良ければ。」
「鈴木様、お願いします。」
「はい、承知致しました。」
鈴木は其れだけを言うと何処かに行った。
「私は賄いのお手伝いをさせて頂いておりました。」
「誠ですか、私に嘘は通じませんよ。」
「源三郎様、誠私の手伝いで御座います。」
その侍は賄いが仕事だと言った。
「誠ですね、後程、今のお話しが嘘だと分かれば私は許しませんよ。」
「誠で、私も武士の端くれで御座いますので二言は御座いませぬ。」
「そうですか、分かりました、次。」
この侍と次の侍はやはり小隊長で、司令官の命令を誇張し、今まで数十人の部下を戦死させている。
「総司令、持って参りました。」
「有難う、では先程の者と、この二名をお願いします。」
吉田の動きは早く、三名は猿轡と両手は後ろで縛られた。
「私はお主達を許す事は出来ぬ、明日の早朝山に連れて行き、片足でも両足でも宜しいので切断し放置し
て下さい。」
「えっ、山で。」
農民兵はまだ理解出来ずに要る。
「皆さん、よ~く聞くのですよ、私はこの三名は許す事は致しません。
明日の早朝山に連れて行き足を切り落とし、狼の餌食とします。」
三名の官軍の侍は必死にもがいて要る。
だが簡単に解ける様には結ばれてはおらず、必死だ、だが暫くして諦めたのか静かになった。
「では私達は。」
「貴殿の話しは許す事は出来る、だが先程も申しましたが、後程少しで違えば其の時は貴殿達もだが先程
の歩兵も同罪と見なし、狼の餌食に処す、分かりましたか。」
侍よりも驚いたのは農民兵で恐怖心に満ちた表情をしており、これが源三郎流だ。
「貴殿は今後兵士達の為に炊事班に入りなさい。
貴殿は書き物をして頂きますので、工藤さんの直属の部下とします。」
「総司令、私は別に宜しいのですが。」
「工藤さん、今後は連合軍の司令官になって頂きまして、工藤さんのお考えを各隊長、中隊長に指示を出
さなければなりませんので、其の時には指示を書く者が必要だと思いますよ。」
「総司令、有難う御座います。
私も助かります。」
「工藤さん、五千人の官軍兵ですが、ご意見をお願い出来ればと思っております。」
工藤にすれば、今進めて要る菊池から山賀まで続く狼除けの柵作りと、その後の食糧増産の為には今は人手不足で作業遅れが起きており、願ったり叶ったりの人員で有る。
「総司令、今進めております柵作りと食糧増産には人員が不足しており、私しましては大変有り難いお話
しで御座います。」
「やはりでしたか、分かりました。
では其の前に皆さんにお聞きしますが、この中で故郷に戻りたいと思われるお方は居られますか。」
「お侍様、オラ達は生きて帰れるんですか。」
「勿論ですよ、家に帰るも良し、我々の連合国の残られるも良しで、ですが今は何も直ぐに答えを出せと
は申しませんのでね、数日間はこの地でのんびりとされ返事をして下さいね。」
源三郎の言葉使いは何時もの様に優しく、農民兵は余程嬉しかったのだろう大喜びして要る。
だが果たして現実はそれ程甘くは無かった。
「あの~お侍様、オラの村は官軍に焼き払われたんです。」
「えっ、今何と、家を官軍に焼き払われたと聞こえたのですが、一体どう言う事なのですか。」
「お侍様、オラの村に官軍の兵隊と隊長と呼ばれる人が来て名主様に何か言ったんですが、名主様は出来ないと言ったんです。
其れで隊長が他の村へ見せしめだと言って、大勢の兵隊に命令してオラの家もですが、村の人の家を全部焼いたんです。」
「そうですか、そのお話しは私も我々連合国軍の兵隊から聴きまして、ではご家族は。」
「其れが。」
「官軍の兵隊が家に閉じ込め焼き殺したんですね。」
農民兵は返事も出来ない程に沈み込んで要る。
其れは例え一部の官軍兵の仕業だとしても、この人達にとっては幕府以上に官軍の侍達には憎しみを
持って要る。
「お侍様、オラの村は幕府軍のお侍に焼かれたんです。」
「オラのところは野盗だ。」
源三郎は暫く農民兵の言いたい様にさせて要る。
其れも今の農民兵がどれ程の苦しみを味わって要るかを知る必要が有ると思った、暫くして。
「皆さん、残るも自由ですが、私は皆さんが官軍に入られる前のお仕事に就いて頂いても宜しいので其の事も考えて頂きたいのです。」
「源三郎様。」
「貴方は先程の猟師さんですね。」
「はい、其れでオラは猟師の仕事を続けたいんですが。」
「勿論宜しいですよ、でも何も今直ぐ答えを出す必要は有りませんのでね、皆さんと相談されても宜しい
のでゆっくりと考えて下さい。」
「総司令、食事の準備が終わりました。」
「皆さん、聞かれた通り今から少し遅れましたが食事にして下さい。」
「えっ、オラ達も食べれるんですか。」
「勿論ですよ、さぁ~行って食べて下さいね、今は漬け物しか有りませんがどうか辛抱して下さい。」
五千人の官軍兵は最初食後に銃殺されるものと思っていた、だが其れは大間違いだと分かった。
「さぁ~さぁ~早く行って食べて下さいね。」
彼らは今までこの様な待遇を受けた事は無かった。
だが連合国は違う、特に農民や漁師、其れは領民に対しては優遇され、其れが領民達の生きる為の希望
ともなって要るのも間違いは無い。
「なぁ~オラ達はどうすればいいんだ。」
「う~ん、オラも分からないんだ、だけど源三郎様って本当にお優しいお侍様だ、オラの知ってるお侍と
とは全然違うんで驚いてるんだ。」
「オラもまだ分からないんだ、一体どうしたらいいんだ。」
「オラもだ、確かに幕府軍は負けたと思うんだ、だけど官軍だって随分と悪い事してると思うんだ、其れ
でオラは村に帰りたいんだけどどうしたらいいんだ、だけどなぁ~帰っても何も無かったと分かってもう
一度此処に戻るのはもっと大変だと思うんだ、此処ではオラ達を受け入れて下さると思うんだけど、其れに官軍の司令部はオラ達は戦死したと思ってるんだ。」
「其れはオラも同じだ、さっきも源三郎様が言われたけどゆっくりとみんなで考えた方がいいと思うんだ
けど。」
「其れはオラも同じだ、だけどオラ達が聞いてたあの人達全員が生きてられたんだからなぁ~。」
「そうだなぁ~、オラも考えて見るよ。」
さっきまで官軍の兵士だった彼らもこれから先の事を考えたいと思うので有る。
話しは少し戻り、源三郎が五千人の官軍との戦に大勝利と言う知らせは、野洲、上田、松川へと、そし
て山賀にも伝令が知らせに向かった。
「おや、あれは伝令だ、誰かご家老様に知らせてくれ。」
「よしオレが行くよ。」
大手門の門番は走り、ご家老に知らせに行く。
「ご家老様、ご家老様は。」
「今、殿と。」
「今菊池の方から伝令が馬を飛ばして来ます。」
「良し分かった、私がお知らせに行く。」
残って要る数人の家臣も慌てて要る様で、一人はご家老へ、一人は雪乃の部屋と向かった。
「失礼します、ご家老、今菊池側から伝令兵が馬を飛ばして来ると。」
「良し分かった、直ぐに行くと伝えよ、其れと。」
「もう行きましたので。」
「殿。」
「余も参るぞ。」
野洲のお殿様とご家老様は大手門へと急いだ。
「雪乃様、今大手門に伝令が。」
「はい、直ぐに参りますので。」
雪乃は待ちきれなかった、それ程までに源三郎の事が心配だった。
「加代様、すず様。」
「雪乃様、私達も参ります。」
と、雪乃達も大手門へと向かった。
「伝令、伝令で~す。」
大手門にはお城に残った者達が次々と集まり、その直ぐ後にお殿様もご家老様も駆け付け。
「野洲のお殿様、ご報告致します。
総司令が引き得られました連合国軍は大勝利を収められました。」
「そうか、其れは何よりじゃ、其れで戦死者は何人じゃ。」
「お殿様、其れが一人も居られませぬ、其れに怪我人も居られませぬ。」
「何じゃと、怪我人も戦死者も居らぬと、其れは誠なのか。」
「はい、誠で御座います。」
「だが何故じゃ、何故一人の怪我人も出なかったのじゃ。」
「総司令も其れで大変驚かれまして、私も不思議で今だ理由が分からないので御座います。」
「権三、余は全く信じる事が出来ぬのじゃ、官軍は五千人と聞いておる、じゃが連合軍はどの様に考えて
も二千は居らぬ、其れがじゃ何故無傷で勝つ事が出来たのじゃ。」
「殿、私も全く理解出来ませぬ、其れで源三郎は。」
「総司令の考えられました作戦が全て的中し、勿論の事、総司令もご無事で御座います。」
「やはりの~、源三郎が考えたのか。」
「はい、私達も余りにも突飛な作戦に最初は戸惑いましたが、やはり総司令がお越し頂き、我ら家臣もで
すが、小田切さんが連れて来られた元官軍兵も大活躍されました。」
「まぁ~源三郎も驚いておると言うのは分からぬではないが、其れよりも連合軍から戦死者が出なかっただけでも良かった、余は其れだけで十分じゃ、のぉ~雪乃も心配したで有ろう、じゃが今聞いての通り源三郎も無事と言う事じゃ。」
「叔父上様、私も安心致しました。」
雪乃は何も聞く必要は無かった。
伝令は源三郎も無事だと、今はただ其れだけで良いが内心は一刻でも速く顔を見たいと、だが言えない、今の源三郎の立場を考えれば家中の家臣達と連合軍兵士が全員無事に戻る事だけなら言える。
「其れで上田や松川へは。」
「はい、別の伝令が向かっております。」
「そうか良く分かった、其れでその方はこの後如何致すのじゃ。」
「私は今からご城下と各農村、漁村を回り知らせが済み次第菊池に戻ります。」
「そうか、じゃが無理をするでないぞ。」
「はい、誠に有難う御座います。
では私は参りますので。」
と、伝令はその後城下へと向かった。 其の頃、上田、松川でも同様の報告がされ、連合軍兵士全員が無事だと有ると聞くだけで誰でもが安心したので有る。
話しは少し戻り、山賀では猿軍団がお城に集結した。
「若様、大至急集まってくれって聞いたんですが。」
「実はですねぇ~、大変な事態になりましてね今から説明しますのでよ~く聞いて下さいね。」
山賀の猿軍団は何時もの若様とは違い、其の為に余計な事まで考えるが、若様が全てを話すと。
「若様、じゃ~連合軍の兵隊さんを山の向こう側から抜けられそうな所に案内するんですか。」
「大変危険だと言う事は小川さんも兵隊さん達も承知して居られます。
ですが、山賀以外の国からは家臣が総出で五千人と言われる官軍を迎え撃つんですよ、若しもですよ官
軍が菊池に入る様な事にでもなれば山賀だけが生き残れると思いますか。」
「う~ん。」
と、猿軍団全員が考え込んで要る。
小川が一個中隊を引き連れ間も無く山賀に着き、中隊の兵士を官軍兵が登って来るだろうと思われる付
近に案内するとなれば狼の大群と遭遇する事は避けて通れず、其れよりも下手をすると小川も中隊の兵士全員が狼の餌食になる。
「官軍の兵隊って何人くらいなんだろうかなぁ~。」
「でも小川さんは一個中隊を連れて来るって言う事はだよ、オレ達猿軍団が居るから一個中隊なんだ。」
「でもなぁ~、下手をするとだ小川さんや兵隊さん達も狼の餌食になるんだぜ。」
猿軍団は色々と考えて要る。
「若様、オレ達は猿軍団を基準に考えてたんですよ、でも登って来るのは官軍の奴らで、奴らはこの山に
狼の大群がいる事を知らないんだ。
山は物凄い急で大勢の兵達が登って来るのは無理だと考えて、其れに鉄砲も担いで来るんですよね。」
その頃、山賀の大手門に小川と中隊の兵士が到着した。
「私は連合国軍の小川と申しますが、若様にお会いしたく野洲より参りました。」
「はい、少しお待ち下さい。」
門番は山賀にも作られた執務室へと走った。
若様、松之介と吉永は普段はこの執務室におり余計な手間を省く事が出来、執務室は大手門を潜った直ぐ横に有る。
「大変です、今大手門に連合国軍の小川さんと申されますお方が。」
「直ぐお通しして下さい。」
門番は大急ぎで戻り。
「お待たせ致しました。
どうぞ門を入って直ぐ左の建物に若様が居られますので。」
「有難う、中隊も続け。」
中隊の兵士が大手門を入ると。
「中隊は休みに、其れと。」
「大尉殿、自分達も準備に入りますので。」
「小隊長、では頼みますね、中隊長は私と一緒に来て下さい。」
と、小川と中隊長が執務室に入り。
「私は連合国軍の。」
「小川さんですね、まぁ~余計な挨拶は抜きにしましょうか、私は松之介と申します、此方が吉永様で山
賀の司令官をお願いしております。
其れと彼らが山賀の猿軍団で山賀の山と言うよりも菊池まで続く山の事ならば山賀の猿軍団に任せれば良いと思います。」
「はい、承知致しました。」
「小川さん、義兄上からどの様な指示を受けられたので御座いますか。」
「若様、実は其の前にお話しをせねばならない事が有りますので。」
「分かりました、では先にお聞きしたします。」
「申し訳御座いません。
ではお話しをさせて頂きます。」
小川は小田切達、暗殺部隊の一件と一千名の官軍兵を連れて来た事を話した。
「では小田切と言う少佐と一個小隊は工藤さん、吉田さん、そして、小川さんを暗殺する為に官軍の司令
本部が送った暗殺部隊で作戦は失敗に終わり、山で狼の餌食になったのですか。」
「其れで総司令は菊池から松川までのご家中の方々で弓隊を編成され、五千の官軍を迎え撃つ作戦を出さ
れ、私と一個中隊には山賀の山を越えて来るだろう官軍を撃破せよと。」
「左様でしたか、確かに山賀の山は他に比べても少しですが低いので何も知らぬ者には登りやすいと判断するでしょうが、、其れが大間違いで山賀の山にも簡単に登れないのです。
山賀の麓には中隊が日夜警戒に当たられて居られ、更に山賀には猿軍団と申しまして、連合国の山を知り尽くした者達がおり、彼らは官軍を発見すれば中隊に連絡する事になっております。」
「若様。」
「済みませんでした、小川さん、彼ら山賀の猿軍団ですが、此処の猿は特別でしてねぇ~、小川さんも驚
かれると思いますよ。」
「私は小川と申します。
総司令からは山賀の山から侵入して来る官軍兵もですが、私は幕府の敗残兵も入れてはならないと考え
て要るのです。」
「小川さんは幕府の敗残兵も山賀に登って来ると考えておられるのですか。」
「確かに幕府は敗れましたが、まだ各地には数万もの武士達が幕府に忠誠を誓っている事は確かで、其の
武士達も必死で逃亡と申しましょうか、反撃に適する場所を探して要ると思うのです。」
「確かに其れは考えられますねぇ~、其れとその家族も一緒に、そうか義兄上は官軍兵よりも敗れた幕府
の侍達が登って来ると考えられたのか。」
「若様、私は総司令の事ですから先の先を読まれたのだと思います。」
「若様、オレ達猿は誰が登って来ても知らせればいいんですか。」
「はい、猿軍団は登って来る者を発見すれば、小川さんに知らせ、後の判断は小川さんにお任せすれば良
いと思います。」
「だったら猿軍団は手分けした方がいいんですね。」
「私は其の様に思いますが、小川さんはどの様に考えておられるのでしょうか。」
源三郎は小川には細かい指示は出していない、其れは現場に行けばその現場での状況が異なり、全てを現場の判断に任せて要る。
今回も小川には山賀に行き、官軍が登って来るだろう、だが大部隊では無く小隊か其れとも多くても中隊規模だろうと、其れは官軍だけとは限らず、戦に負けた幕府の武士達も含まれており、其の全てを殺せとは言わない、中には投降する者達も居るだろうと。
「総司令は細かい指示は出されてはおりません。
ただ官軍だけでなく、幕府軍の武士達も登って来るだろうから警戒せよと。」
「では登って来る者全員を殺すのではないのですか。」
「全員が攻撃して来る事は無いと考えておられません。
中には投降する者も居ると考えておられます。」
「若様、オレは官軍や幕府の事は分からないんですが、若しも、若しもですよ、女や子供が侍と一緒に
登って来た時はどうするんですか。」
「そうか官軍や幕府の武士達以外にも幕府軍や官軍兵から逃れ、農民や町民、其れに武家の女性や子供達も登って来る事も考えねばなりませんねぇ~。」
「若、如何でしょうか、官軍兵や幕府軍の武士達が攻撃するので有れば殺す事も仕方有りませんが、其れ
以外に投降する者や農民や町民を殺す事は出来ませんので城下に入れ、お話しは若や私が聴くと言うのは、其れも総司令に早く相談しなければなりませぬが、戦とは関係の無い人達を殺す事は総司令も望んではおられないと思います。」
「私も山賀に来るまでは其の事も考えておりましたが、私では結論は出せませんので。」
「吉永様、山の現場で逃げて来たのか其れを見極めるのも簡単では無いと思います。
官軍兵は連発銃を幕府の武士は太刀に槍を持っており、ですが婦女子はその様な武器は持っていないと
思いますが。」
「若、武家の女性は短刀を持っておりますぞ。」
「ですが、其れは我が身を守る為の武器で有って、でも農民や町民は何も持っていないと思います。」
「ですが全てを信用する訳にも参りませぬぞ。」
「私も勿論承知しておりますが、この問題は我々だけでは判断出来ないと思いますので義兄上に相談する
事の方が良いと思うのです。」
「若様、山賀の山は広いのですから、何か方法を考えないと駄目になりますよ。」
猿軍団も方法を考える必要が有ると分かって要る。
「私が考えた方法ですが、駐屯して要る中隊も含め二個中隊を五つの班に分け、其れと猿軍団も五つの班に分け、其れで登って来るで有ろうと思われる所も五ケ所くらいに絞り込み、その付近を重点的に警戒るのです。
我が軍も二個小隊となれば仮に官軍が中隊の人数で登って来ても大丈夫だと思うのですが。」
「小川さん、オレ達が五ケ所を選ぶんですか。」
「猿軍団で有れば何処から登って来るか予想は出来ると思いますので、我々軍は猿軍団の指示で動き、其
れならば官軍兵も幕府軍も阻止出来ると考えました。」
「若様、オレも小川さんの方法がいいと思うんです。
オレ達が官軍や幕府軍を見付けるのと、小川さん達が見付けるのでは、オレ達の方が早いと、其れにオ
レ達だったら奴らに知れず連絡出来ると思いますんで。」
「若、私も賛成ですよ、猿が見付け連合軍が撃破する、其の方法で参りましょう。」
「私も賛成しますよ、では小川さん、其の方法で迎え撃ちましょう。」
「有難う御座います。
私は中隊長には何も話しておりませんので。」
小川は部屋を出、中隊長を呼ぶように伝えた。
「小川さん、ところで義兄上は菊池に参られたのですか。」
「いいえ、其れがみんなの反対に遭い野洲に残られて居られますが、私は総司令の事ですから必ず菊池に向かわれると思います。」
「まぁ~源三郎殿の事ですからねぇ~、其れに今回は今までの様には行かないと思いますから参られると
思いますよ。」
「ですが、義兄上は連合国には一番重要な人物ですよ、私は何時死んでも代わりは居られますが、義兄上
の代わりは居られませんので。」
「若、其れが源三郎と言う総司令官でしてね、我が身の事よりも領民達の事を考えて居られ、最初はみんなの意見を尊重し行かれませんが、必ず参られ、其れに総司令の事ですから前面に出られますよ。」
吉永は源三郎の事だ意見は尊重するだろう、だが野洲で結果を待つ様な人物では無いと知って要る。
「其れで官軍の動きですが。」
「後数日で二又に着くだろうと思われます。」
「小川さん、私は山の向こう側を全く知りませんので、その二又とは一体何の事でしょうか、出来れば教
えて頂きたいのです。」
だが其の時、駐屯地の中隊長が飛んで来た。
「失礼します、大尉殿、大至急にとの事ですが。」
「中隊長、申し訳有りません、今簡単に説明しますので。」
小川は中隊長に説明すると。
「はい、了解しました。
実は自分達も山賀の猿軍団には大いに感謝しておりまして、自分達も参加したいと考えておりましたの
で嬉しいです。」
「そうですか、では中隊長は駐屯地の兵と外におります中隊を五つの班に分け、隊長は中隊長にお願いし
ます。」
「えっ、大尉殿が指揮を執られるのでは。」
「小川さんは野洲に戻られるのですか。」
「若様、山賀で中心となり任務に就いておられるのは私では無く中隊長なのです。
私が中心では今までの官軍と同じでして、私は総司令から何も指示を受けておりませんが、山賀には山
賀の方法が有ると思っておりまして、山賀の中心は中隊長でして部隊に指示を出すのは山賀の猿軍団だと考えております。」
執務室に居る猿軍団は喜んでは要る。
だがこれから先の任務は今まで以上に過酷になるとは猿軍団の誰も考えていない。
「中隊長さん、オレも小川さんの言う事が本当だと思うんだ、中隊長さん達は何時も山に入って要るから
知らないと思うんだけど、若様はオレ達の仲間を信用してくれた、オレ達を山賀の猿軍団と名付け山で審者を発見した時には中隊長さんに知らせろって、其れで後の事は中隊長さんに任せろって言われたんだ、其れに中隊長さん達もこの山賀の山にも随分と詳しくなったと思うんだ、だけど小川さんは今日初めて来たんだ、其の小川さんが今度は自分が隊長だから命令は隊長が出すから、命令に従えって言う様な人じゃないと思うんだ、だから今も山賀の中心は中隊長さんにって言われたと思うんだ。」
「中隊長は若様や吉永司令官にも信頼されておられますが、私は今山賀に着いたばかりで何も分からないのですよ。
その様な私に指揮が執れると思いますか、其れよりも二個中隊の編成ですが今日到着した中隊と此処の中隊の混成をお願いします。
二つの中隊を混成する事でお互いが仲間となれますのでね。」
「大尉殿、分かりました。
では自分は隊に戻り編成に取り掛かりたいと思います。」
「中隊長、今日到着した中隊にも話しはして有りますので宜しくお願い致します。」
中隊長は部屋を出ると外に待機中の中隊と一緒に部隊へと戻って行く。
「若様、先程のお話しですが。」
小川はこの後、若様と吉永に詳しく話すと。
「では義兄上は其の二又で官軍を待ち伏せの作戦を執られるのですか。」
「左様で、その為に菊池、野洲、上田、松川から弓隊を派遣され、小田切が連れて来た一千名の元官軍兵
だけで迎え撃つのです。」
「そんな無茶な、たった五百の弓隊と一千の歩兵だけで連合国を守ると言うのですか、義兄上の作戦は余
りにも無茶過ぎますよ。」
若様も吉永も同じ気持ちだ、幾ら五百人の弓隊が矢を放ったところで一体何人の歩兵を倒せると、其れ
に一千名の兵士が五人以上の官軍兵を撃つ事が出来るのか、一体源三郎はどの様な作戦を考えて要ると言
うのだ。
「ですが若様、今の連合国には今以上のご家中も兵もおりません。
其れに各国で駐屯しております中隊には山を越えて来るかも知れない官軍兵を迎え撃つ為に菊池に派遣
する事は出来ないのです。」
「う~ん、其れにしても源三郎殿はどの様な作戦を考えておられるのだろうか、私は五千人の歩兵だけで
は無いと思うのです。
大砲も十門以上は備えて要ると考えねばなりませんよ。」
「五千の歩兵と大砲が十門以上も備えて要る官軍相手に、義兄上は一体どの様な作戦を考えておられるのでしょうか。」
若様も吉永も源三郎は何を考えて要るのかさっぱり分からないと言うので有る。
「私は何もお聞きしておりませんので、其れに今頃は戦の最中かと存じます。」
小川も正か奇襲が成功し、連合軍の大勝利だとは知らない。
「ではご家中の方々と連合軍からは多くの犠牲者が出て要ると考えねばなりませんかねぇ~。」
「若、下手をすると連合軍は全滅かも知れませぬぞ。」
「吉永司令官、我々はどうすれば良いのですか。」
「私も今は何も考える事が出来ませぬ、ですが五千の歩兵と大砲の総攻撃を受ければ、ですが菊池の隧道
は狭いですので隧道を爆破すれば官軍は簡単には菊池へは入れないですよ。」
「吉永様は隧道に爆薬を仕掛けると思われますか。」
「若、源三郎殿の事です、最後の手段として隧道に爆薬を仕掛け隧道を爆破されると思います。
でも其の前に官軍との戦いにどの様な作戦を立てられているのか全く分からないのです。
我が連合国は数百年間も戦を行なっておらず、私達は戦とはどの様な事なのかも知らないのです。」
やはり考え方は誰でも同じで、幾ら奇抜な事を考える源三郎でも、今回の戦だけは奇策を考え出す事は
無理だと思って要る。
「若様、私は総司令の事もですが、連合国の運命が気になりますので菊池まで参りたいのです。」
やはり小川は菊池に戻ると言う、今の山賀に居れば菊池の状況も分からず、突然官軍が攻めて来るかも
知れない。
山賀で官軍を迎え撃つ事も考えねばならないが、其れよりも現状を知る事の方が大事だと考えた。
「小川さん、私も義兄上の事が心配なので馬で向かって頂けますか、其れと我々の事は何も心配は有りま
せんので。」
「若様、大変ご無理を申し上げます。」
と、小川は若様と吉永に頭を下げた。
「若様、吉永司令官、私はこの間々菊池へ向かいます。」
小川は山賀から馬を飛ばして菊池へと向かった。
一方で連合軍の大勝利だと言う知らせを聞いた上田、松川でも大騒ぎで城下の領民はお城へと向かって行く。
「殿。」
「権三か、源三郎から知らせは無いのか。」
「はい、ですが今頃は菊池で祝杯を上げて要ると思います。」
「まぁ~其れも仕方有るまいのぉ~、連合軍からは犠牲者も出さず官軍に勝ったのじゃ、数日は菊池に留
まるで有ろうからのぉ~。」
「私も其れが良いと考えております。
殿、其れよりも官軍は敗れましたが、五千の兵隊はどの様になったのでしょうか、伝令は何も申しては
おりませんでしたが。」
「そうか、だが正か五千人全員を殺したとは思わぬが。」
「はい、其れに今まで源三郎は連合国に一千五百人もの官軍兵を受け入れておりますので、兵達が農民や
町民と分かればまず殺す事はせずに連合国に迎い入れると考えております。」
「そうじゃのぉ~、源三郎は極悪人には非道だが、農民や漁師、其れに町民には誠優しいからのぉ~、で
は兵達が農民達だと分かれば連合国に入れると申すのか。」
「殿、源三郎が今まで行って来た事を考えると、同じ官軍兵でも農民達兵士を殺す様な事はせず指揮官と申しましょうか、侍だけを殺すのではないかと思っております。」
「そうか、まぁ~権三の申す通りやも知れぬのぉ~。」
野洲のお殿様もご家老様も源三郎の普段を知って要る。
源三郎は特に農民や漁師思いであり、官軍兵の中に農民や漁師、其れに町民が居れば助けるだろう、だ
が今菊池でどの様な方法で連合軍が勝利を収めたのか全く情報が入って来ず、ただ連合軍の大勝利だと言う事で有る。
さぁ~これから連合国に入った五千人の歩兵は一体どの様に扱われるのか誰にも分からない。
だがこれだけは言える、連合国は幕府とは全く違い、そして官軍とも違い、農民や漁師達にとっては天国だと言う事だけは間違いは無い。