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闇の帝国    作者: 大和 武
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第3章。 新しい時代の夜明けか、其れとも時代は遡るのか第 1 話。武家社会の滅亡と新政府。

 数百年間も続いた武家社会が滅亡し、新政府が誕生し、元号も明示と改められ世の中が一変した。

 だがその後も各地で多くの武士達はまだ武家社会に未練が有ると見え、国中の武士達が新政府と小競り

合いを続けている。 


「源三郎様は。」


 大手門の門番も田中だと直ぐ分かった。

 其れは、田中の姿は誰が見てもボロボロの僧衣を纏った僧侶だと思う程だ。


「執務室におられます。」

 

 田中は門番に一礼し城内に有る源三郎の執務室に向かった。

 田中は薩摩に入り官軍の情報を探り、今戻って来た。


「源三郎様。」


「これは、田中様、ご無事で何よりで御座います。」


「今回はさすがの源三郎様でも驚かれるお話しで御座います。」


「私が驚く様な事件でも有ったのでしょうか。」


「はい、正しくその通りで御座いまして、あの幕府が滅亡し、新しい政府が誕生致しました。」


「やはりでしたか、幕府が滅亡しましたか。」


 源三郎も予想はしており、今の幕府は何れ数年のうちには滅亡すると、だが後何年続くのか、其れだけ

は源三郎にも分からなかった。


「其れで勿論元号も変わったのでしょうねぇ~。」


「はい、其れで新しい元号は明示と申しまして、江戸の人達の中には新しい着物と言うよりも洋服なる物

を着ております。」


「田中様、その洋服とは一体どの様な着物なのですか。」


「私も詳しくは説明出来ませぬが、武家社会の様に身分で着る物が違うと言うのでは無く、誰もが同じ様

な物を着ておりました。」


 そして、田中は風呂敷包みを開け、中に有る服を出し源三郎に見せた。


「源三郎様、これが洋服と言われる新しい時代の着る物なのですが。」


 田中は一体どの様な経緯でこの洋服なる物を入手したのだか、正か、いや田中は其の様な男では無い。


「田中様、ですがこの洋服なる新しい着物を一体何処で入手されたのですか。」


 源三郎が疑問を抱くのも無理は無い。

 ボロボロの僧衣を纏った僧侶が新しい着物を買えるだけの金子を持って要るとは誰の眼から見ても不思

議で有る。


「源三郎様、私が有る所で情報を集めている時なのですが、有るお方を知り合いになったのです。

 そのお方が有る日突然亡くなったので御座います。

 お話しは前後致しますが、付近に寺も無く弔いを営む事も出来ないと、その様な時に私が通り掛かり弔

う事が無事終える事が出来たので御座いますが、ご主人が着られるつもりで買われたのですが今は着る者

がいないと言う話に成り、先方は弔いの費用も無く、其れで私が頂いたので御座います。」


「では弔いの費用と言う話なのですか。」


「はい、そうでして、私はこの様にぼろの僧衣を着た僧衣なので金子を頂く訳にも参りませんと申したの

ですが、ご家族の方もこの洋服では形見にはなりませんと申されましたので。」


 その後も田中は主人が亡くなった家に数日間滞在し、今の状態と聞き出したので有る。


「確かに田中様は何処から見ても僧侶に見えますからねぇ~。」


「其れで、私はこの戦でなくなった人達の供養を行なっておりますと申し上げますと、ご家族の方が数日

間でも滞在されては申され、私も何か良い情報でも聞けるのではと思いご厚意に甘える事にしました。」


 さすがに田中だ、この洋服といい、新しい政府の事も聞いたのだろうか。


「では田中様も色々と聞かれたのでしょうねぇ~。」


「私が別に聞き出す事も無く、ご家族の方から話されました。」


 その後、田中は家族から聞いた内容を話すと。


「では新政府と言うのは主に長州の人達が。」


「はい、其れと言うのも薩摩と言う国は独特の文化と申しましょうか、幕府が存在していた頃でも言葉使

いが独特で外部の人間では直ぐに知られ、其れが薩摩の良いところでも有り、まぁ~言い方は悪いところでも有ると申されておられました。」


「我々に理解は出来ぬと申されている様にも聞こえるのですが。」


「私も連合国と言う国も同じ様に思える時が有ります。

 ただ連合国には周囲は高い山に囲まれ、今まで殆どと言っても良い程他国からの人の往来も無く、特に

この数年間は時々幕府軍と官軍の兵が越えるだけで、ですが新しい時代になれば人の往来を妨げるのでは

無く、ですが簡単に解決出来る問題は無いと思うのです。」


「う~ん。」


 と、言って源三郎は腕組みをし黙り込んでしまった。


 新政府とは一体どの様な組織なのか、源三郎は何時までも野洲、いや連合国と言う小さな領地の中だけ

で物事を考え進めていては何れ新しい政府と時代に取り残される事に成ると、今までの幕府だけならば幕

府だけの動きを考えれば良かった、だがその幕府も滅亡し数百年間も続いた武家社会も根底から崩れ落ち

たのだ。


「源三郎様、如何でしょうか、少し落ち着いた頃合いを見て、私とご一緒して頂きたいと思うのですが。」


 田中だけが知って要る外の世界、其れだけでは駄目だと、源三郎も理解はしていた、だが今まで外の世

界に目を向ける余裕すら無かったのだと、源三郎も何故か自身に言い訳をして要る。


「源三郎様は我ら連合国の者達に取りましては最も大事なお方だと、私は理解しております。

 私はあえて連合国の為にも新しい政府と言うものをご自身の眼で見て頂きたいと、私は今回強く考えた

ので御座います。」


「田中様、誠に有難う、御座います。

 今申されました外の世界に動きを見なければならないと、私も以前より考えておりましたが、私は何も

言い訳するつもりも御座いませぬが、今までは何故か外に出る機会と言うのが無かったと、私も早急に答

えを出しますので、其の時にはご無理を申し上げますので、何卒宜しくお願い致します。」


 源三郎は改めて田中に頭を下げた。


「源三郎様、私でお役に立つのでは有れば何時でもご一緒させて頂きますので、私の方こそ宜しくお願い

致します。」


 源三郎はその後も田中から話を聴くと。


「田中様、話しは変わりますが、連合国で建造した潜水船の事は新政府は知って要るのでしょうか。」


「其れは全く知られてはおりません。」


「ですが、我々は官軍の軍艦五隻を沈めたのですよ。」


「私も肥後の国で聞きましたが、五隻の軍艦は大荒れの海で沈没したのでは無いかと。」


「では、詳しい事は知らないのですね。」


「はい、ですが、新しく軍艦を造ると言う事も地元では誰でも知っておりますので。」


 やはり原因は分からないが、大嵐で軍艦が沈没したと考えて要るのか、その為に新しく軍艦を造ると。


「う~ん、新しい軍艦を造るのですか。」


「はい、正しくその通りで御座いまして、源三郎様、ですがその軍艦を鉄で造ると言うのです。」


「えっ、鉄で軍艦を造るのですか。」


「はい、私が聴いたところでは間違いは御座いませぬ。」


 源三郎は驚くと言うよりも大変な衝撃を受けた。

 源三郎は船とは木造船で、鉄で造った船が海の上に浮くと言うのが、全く信じられない。

 だが官軍が今度造ると言う軍艦は鉄製だと、その様な軍艦が果たして造れるのだろうか、少し時が経つ

と源三郎も落ち着いたのか、いや、それ程までに大きな衝撃だと言う事に成る。


「総司令。」


 工藤が入って来た。


「工藤さん。」


「総司令、田中殿が戻られて来たと聞きましたので。」


「はい、私も先程からお話しを伺っておりましたが、工藤さん、官軍は五隻の軍艦が沈んだ原因にはまだ

気付いていないと思うのです。」


「総司令、其れは私も同じで御座います。」


「ですが、今、田中様の報告では官軍は新たに軍艦を造ると言われたのですが、其の軍艦が鉄で造られる

と申されたのですが、果たして、その様な事が可能なのでしょうか。」


「総司令、実は異国では既に鉄の船が造られております。」


「えっ。」


 源三郎が今まで知らなかっただけで、工藤は知っていた。

 だが今の連合国の技術で果たして鉄の船を造るだけの能力が有るのだろうか。


「総司令、私も官軍の司令部で鉄の船を建造する話が有ったと事は知っております。

 ですが、果たして、今の連合国に鉄の船を造るだけの技術が有るのかと聞かれましたら、私は正直な答

えとして出来ませんとしかお答えが出来ないので御座います。」


「私は工藤さんの申されます事は正しいと思います。

 私も今田中様からお聞きし、鉄の船が海に浮かぶとはとても信じ難いのです。」


「総司令、私が当初何故異国の軍艦を購入する方向に向かったと申しますと、鉄の船がどの様な方法で造られたのか、其れを調べる為で軍艦を戦に使う目的では無かったのです。」


 この時代、日本は幕府の政策で三百年近く鎖国を続けた結果、工業を初めとするあらゆる分野の産業の

発達が遅れ、全ての技術を取り入れなけらば、更に外国との差が開く事に成る。

 連合国は幕府よりも更にもっと閉鎖された地域に有り、幕府の時代よりも遅れていた。

 確かに源三郎が推し進めた工事は対幕府との関係で有ったが、その幕府も今は滅亡し、新政府は一体何

を目的とするのか、今はまだはっきりと分からない。

 武家社会が再び戻ると言う事は絶対に有り得ない、と源三郎は核心して要る。


「総司令、私は新政府になったと言っても直ぐに全て事が出来るなどとは思ってもおりません。」


「では、今の政府の政策が軌道に乗るまでは五年や十年は掛かると申されるのですか。」


「はい、何故かと申しますと、武家社会が滅亡した事実を受け入れたく無いと、其れよりも、今一度武家

社会の栄華を望んで居る武士達も大勢いると言うのも事実だと思います。

 その者達が何としても新政府を倒し、再び武家社会を取り戻す為の戦が暫く続くだろうと、私は考えて

おります。」


 工藤の話は最もで有る。

 数百年間も続いた武家社会、その栄華を忘れる事の出来ない者達が新しい政府と戦を続けるのも当然だと、だが旧態依然の武士達が、果たして新しい政府に、いや、新しい軍隊に勝つ事は事実上不可能に近い。

 其れは、最新の武器を備え、今までの様な武士だけの戦では無く、軍隊と言う新しい組織は武士では無

く、農民や漁民、町民を主力とする民衆は幕府に長年虐げられた相手で、その民衆は武士達の戦では無く、全てが軍隊と言う組織により訓練された兵士達で有る。

 武士達の様に個人対個人では無く、軍隊と言う組織で戦に向かい、その軍隊に旧式の武器で戦うと言う

ので有れば勝敗は誰の目から見ても答えは同じで、其れでも大勢の武士達は官軍に戦いを挑むので有る。

 工藤は武士達との戦が五年、十年と続き、新政府が落ち着くには最低でも十年は掛かると考えて要る。


「総司令、田中様の報告を菊池から山賀までのお殿様や高野様達の重責の有るお方に知らせ、今後の対策

を考えねばならないと思うのです。」


「工藤さん、私も全く同じ事を考えておりましたので至急皆様方にお会いし協議したいと思います。」


「総司令、私は一度長州に参り情勢を探りたいと考えて要るのですが。」


「工藤さんは薩摩では無かったのですか。」


「私は元々長州で軍事関係の任務で薩摩に派遣されたので御座います。」


 源三郎は余り深く聴く事もせず。


「ですが危険では無いのですか。」


「其れは心配では有りません。

 何故だと申しますと、私が官軍を離れたとは誰も思ってはおりませんので、元々長州が薩摩に本気で手

を結ぶとは思ってはおりませんでしたので。」


 だが官軍は長州と薩摩の連合軍では無かったのか、工藤は薩摩の考えには付いていけないだろうか。


「工藤さん、我々の存在はどの様に報告されるおつもりなのですか。」


「私は何も報告しません。

 私は連合国と言う国などは知りませんし、其れよりも遠くに行っておりましたと、其れに長州も連合国

の存在すら全く知らないと思います。」


 工藤は連合国と言う国などは知らないと、遠くの国で戦を行なっていたと報告するのだろうか、長州の

司令部が工藤の話を本当に信用するのだろうか。


「ですが工藤さんがお一人で戻られとなれば長州の本部は本当に信用するでしょうか。」


「総司令、その点は私にお任せ下さい。


 各部隊から数人を同行させて行きますので、途中で全員に説明し長期の遠征を司令部から命令を受け、

生き残ったのはこの兵士達だけだと言えば全て信用しますので。」


 果たして、そんな事が簡単に出来るのだろうか、兵士達がばらばらの中隊名を言えば少しは納得するだ

ろうが。


「ですが、司令本部が兵士達に聴くのでは有りませんか。」


「総司令、その為に同行させる兵士はばらばらで集めるのです。

 司令本部には私が報告しますが、仮に兵士に聴くとしても所属名を聴くだけですから。」


 と、工藤はいとも簡単に言うが、源三郎は其れでも少し不安が残っている。

 工藤が長州に戻ったとしても、果たして、今度は長州から出る事が出来るのだろうか、長州の本部が許

可しなければ工藤と同行した兵士達も二度と野洲に、いや連合国に戻る事は出来ない。


「工藤さん、ですが下手をすれば長州を出る事も出来なくなりますよ。」


「総司令、まぁ~其の時には何か方法を考えますので、私の事よりも連合国の事をお願い致します。」


「工藤さん、よ~く分かりました、全て工藤さんのお考えで進めて下さい。

 私は至急各国に書状を認め送りますので。」


「私は数日の内に、其れと申し訳無いのですが、田中様もご一緒に願いたいのですが。」


「私もですか、其れは何故で御座いますか。」


「実は田中様が僧侶のお姿で同行して頂くには大きな意味が有るのです。」


「私の姿ですか、でも私は本物の僧侶では有りませんが。」


「勿論、私も承知しております。

 ですが、其れは総司令と数人の人達だけで官軍の兵士達は知りません。

 私は田中様では無く、一人の僧侶が我々の仲間が戦死し、其の時、弔って頂いたと言う事にして、この

地まで一緒に来たと言う事にすれば、尚一層の事司令部は信用すると思うのです。」


 工藤は田中が僧侶で部下を弔ってくれたと、其れが縁でこの地まで来たのだと言う話にすると。


「そうですか、よ~く分かりました。

 私もその様な意味ならば同行させて頂きますが、但し遠くの国と言う事にして頂きたいのです。」


「勿論で、全ての説明は私が行ないますので。」


「源三郎様、では数日後に私も工藤様達と同行させて頂きますので。」


「ですが、田中様もお疲れでは無いのですか。」


「まぁ~少しですが、今日はお風呂に入り、一本頂きゆっくりと寝ますので明日にはもう大丈夫で御座い

ます。」


「総司令、私は部隊に戻り、中隊長と小隊長に説明を行ないますので。」


「はい、分かりました。

 田中様、工藤さん、何卒宜しくお願い致します。」


 工藤は戻り、源三郎は加代に田中の為に湯殿と食事の準備を伝え、田中も部屋を出た。


「う~ん、其れにしても大変な事になったなぁ~、今は何も考えが浮かばないが、う~ん、其れにしても

一体どの様にすればよいのだろうか。」


 源三郎は独り言を言いながら考え込み、暫くして。


「もう今の様な状態になれば余計な事を考えず、皆に集まって頂き其れから考える、今はその方法しか思

い付かない。」


 源三郎は菊池の高野、上田の阿波野、松川の斉藤、山賀の吉永宛てに三日後に集まり頂きたくと簡単な

内容の書状を早馬で送った。


 明くる日の早朝、工藤は十名程の兵士と田中を連れ、長州へと向かった。


「中佐殿、自分達はどの様な話をすれば良いのでしょうか。」


「私は今回全員が別々の小隊に所属している事が一番重要だと考えております。

 では今から詳しく説明しますが君達以外全員が戦死したと、其れでその弔いに此方の田中様が僧侶と言

う事で戦場で戦死者を弔って下さったと、これだけは全て共通とします。

 ではお一人づつ説明しますので。」


 その後、工藤は十名程の兵士に詳しく説明した。


「中佐殿、其れでは我々だけが生き残ったと言えば宜しいのですか。」


「まぁ~正しくその通りですよ、ですが今までの事を考えると、多分、君達には詳しくは聞かないと思い

ますので、所属部隊名は其のまま伝えて頂いても宜しいのですからね。」


「では、田中様は、いや此方の御坊様が仲間を弔って下さったと言う事にするのですね。」


「その通りですよ、では何故其の御坊様が一緒に来られたと聞かれましたら、我々の仲間が大勢弔いされ

ずにおりますと、其れでは一緒に参りましょうかと、言われましたとその様に言って下さい。」


 工藤は長州の本部では無く、薩摩の司令部より大隊を引き遠征を命じられた言う事にし、長州の司令部

には薩摩の司令部よりと伝えて置くと、まぁ~此処まで良くぞ大嘘を考えたもので有る。


「中佐殿、でも我々が戻ってですよ、別の大隊に配属される事は。」


「今、其れを考えて要るのです。

 正か連合国の話をする訳にも行きませんのでねぇ~。」


「中佐殿、五隻の軍艦を沈めたのはオレ達ですよ、オレ達が仲間の軍艦を沈めたって知ったら、そんなの

恐ろしくて言えませんよ。」


「まぁ~向こうに着くまでに考えて置きますのでね心配しないで下さい。」


 工藤達は昼頃菊池の駐屯地に到着し昼食を済ませ、菊池から秘密の隧道を抜け、山の向こうに出、後は

山沿いを一路長州へと向かった。


「あの~源三郎様。」


 珍しく三平が来た。


「お久し振りですねぇ~。」


「源三郎様、オラ少し相談が有るんですが。」


「ほぉ~三平さんからですか、其れは珍しいですねぇ~、まぁ~其れよりも座って下さいね、お茶でも飲

みながらお聞きしますからね。」


 源三郎は加代にお茶を頼んだ。

 三平が相談に来ると言うのは余程の事だ、話を簡単に済ます事は出来ないと思い、加代にお茶と言った

のは、昼の食事を頼む合図で有る。


「源三郎様、オラ達の村では今年も大根を沢山作るんですが、其れとは関係が無いかも知れませんが。」


「三平さん、何でも言って下さいよ、私も全てが分かって要るのでは有りませんのでね。」


「はい、じゃ~言いますんで、あの高い山の麓ってどんな所なんですか。」


「えっ。」


 源三郎は正か三平が高い山の麓の事を聞くとは考えて無かった。


「三平さん、高い山がどうかされたんですか。」


「はい、そうなんです、オラの村でもですが、他の村でも野菜をもっと作りたいって。」


「其れは大変素晴らしいお話しですが、何故その様なお話しになったんですか。」


「源三郎様、オラ達の村ではお米や他の食べ物も届けて頂いています。

 其れでオラ達ももっと沢山作って他の村にも送りたいって言ってるんです。」


 三平の村でもだが他の村でもお米は殆どと言っても良い程作れない。

 だが今は中川屋が定期的にお米や他の食料も届けてくれる。

 三平の村では毎年大量の大根を作り、城下や他国にも送っているが、三平の仲間は未だ少ないと思い、

何とか山の麓を開墾し、もっと多くの野菜を作りたいと話しが持ち上がった。


 だが三平も他の村人は山には狼の大群がおり、大変恐ろしい所だと知っており、今は山の麓には殆ど近

付く事が出来ない。


「う~ん、山の麓にですか、ですが山には狼の大群がおりますのでねぇ~、私達も普段は麓にも行く事は

有りませんからねぇ~。」


「でもオラ達はもっと作りたいんで、源三郎様、なんか方法は無いですか。」


 農民達は少しでも多くの野菜を作り、みんなにも食べて欲しいと思って要る。

 だが野洲もだが高い山は菊池の海岸から山賀の海岸まで続いており、その全てに策を作らねば狼や猪の

侵入を防ぐ事は出来ない。


「う~ん。」


 と、源三郎は新たな問題に直面した。

 三平が言う様に食料の増産が欠く事の出来ない問題で、領民達にとっては切実な問題で有る。


「三平さん、よ~く分かりました。

 数日中に菊地から山賀までの人が来られ有る相談をしますので、其の時、私から提案しますからね。」


「源三郎様、有難う御座います。」


 そして、三日後、菊池からは高野を始め、山賀からは若様まで来た。


「皆様方、本日は誠にお忙しい中、有難う御座います。

 では直ぐ本題に入らせて頂きます。

 先日、田中様が薩摩を探り戻られまして、皆様方、幕府が滅亡しました。」


「義兄上、今、何と申されました、幕府が滅亡したと聞こえたのですが、誠なので御座いますか。」


「はい、誠で御座います。」


「源三郎、余は未だ信じる事が出来ぬぞ。」


 野洲のお殿様はあれ程にも栄えた幕府が滅亡したとは未だ信じる事が出来ないと言う。


「殿、皆様方、幕府が滅亡し、数百年間も栄えたと申しましょうか武家社会と滅亡したと言う事で御座い

ます。」


「う~ん、ですがこれは簡単に済ます話では無い。」


「総司令、どなたか松川にも早馬を送り若殿にも大至急お越し願いたいと伝えて頂きたいのですが。」


「分かりました、直ぐ手配致しますので、皆様方、少しお待ち下さいませ。」


 源三郎は部屋の外で待機させていた家臣に伝え早馬で菊池、上田、松川へ向かえと指示を出した。


「総司令、幕府が滅亡し武家社会も同じとなれば我々の考え方も変えねばならぬと思うのですが。」


「高野様、私も同感です。

 ですが、我々も武士の端くれで気持ちとしては理解出来ますが、では果たして簡単に切り替える事が出

来るでしょうか。」


 源三郎は早くから何れ今の幕府は滅亡すると、だがその源三郎でさえ武家社会までもが崩壊するとは夢

にまでも思わなかったので有る。

 だが幕府が滅亡すると言う事はその時点で武家社会も崩壊したと、だが、これから一体どの様な政治が行われて行くのか、其れさえも源三郎達は全く知らない。

 さぁ~源三郎はどの様な策を考えで連合国の領民達を導いて行くか、今は誰にも分からない。


「ですが、工藤さんも申されておられましたが、新政府が軌道に乗るまでは五年、いや十年は掛かるだろ

うと、其れで私は、我々連合国として何も急いで新政府に同調するのでは無く、まず領民の安全と食料の

増産をしたく考えて要るのですが、皆様方のご意見は如何で御座いましょうか。」


「義兄上、先日の事ですが、以前山の向こう側から来られた農民から相談が有ったのです。」


「勿論、私も覚えております。

 確かあの時は各藩に五百人ずつ入植をお願いした様に思うのです。」


「はい、其れでその農民が新しく田を作りたいと言われたのです。」


「新しい田を作るのですか。」


「はい、其の時、義兄上から書状を頂きましたので、其の時に改めてご相談をと考えていたのです。」


 源三郎は願ったり叶ったりで、今は中川屋が米の買い付けに向かって要るが、お米が増産出来るので有

れば他の物出来るのではないだろうか、と考えた。


「若様、私は大賛成で御座いますよ、私も先日農民さんが来られ野菜類を増産したいと申されましてね、

その農民さんは高い山の麓を開墾出来ないかと申されて要るのです。」


「源三郎、高い山には狼の大群が生息しておるぞ。」


「殿、其れは私も十分承知致しております。

 其れで、私もこの数日間考えたのですが、高い山の麓に高い柵を作り、狼と猪の侵入を阻止出来ないか

と、勿論大変な事だとは理解しておりますが、菊池から山賀に至るまでの山麓に高い柵を設定すれば、農

民さんも、更に我々も狼からの攻撃を受ける事無く安全に成ると思うのです。」


「確かに源三郎殿の申される通りで、我々は狼の攻撃を避ける為に三町から五町もの間は何も手付かずの

ままです。

 今、申されました柵が出来れば農民は狼からの恐怖から逃れ安心して農作業が出来ると思います。」


「総司令、私の所では猪に作物を奪われる被害が多く、五割は収穫が減って要ると農民さんから聞いてお

ります。」


「阿波野様も同じだと言う事は狼だけでなく、猪にも作物を奪われるので有れば、なんの為に苦労して作物を育てたのか、農民さんも猪に食べさせる事など考えておりませんからねぇ~。」


 工藤が言った新しい政府の仕事も落ち着き軌道に乗るまでは五年や十年は掛かる、その期間を利用して

連合国は領民達の食料を確保する、其れを先行する事を源三郎が考えたので有る。


「総司令、柵はやはり必要になってきますが、総司令の事ですから既に構想は出来上がって要るのでは御

座いませぬでしょうか。」


「はい、私も最初何を考えて行けば良いのか分からなかったのですが、農民さんがお米や野菜を多く作り

たいと申され時に、其れでは山麓に高い柵を作れば狼や猪、更に言えば鹿からも防ぐ事が出来るのでは無

いか、では一体どの様な柵を作れば良いか、問題は高さだと考えたのです。

 私は現に狼の動きも見た事が有りますので、最低でも十尺の高さは必要では無いか、其れと板の厚みは

一寸以上は必要だろうと考えたのです。」


「義兄上、十尺では狼は簡単に越えて行きますよ。」


「えっ、十尺でも飛び越えるのですか、其れならば私の勉強不足で御座います。

 若様、ではどれ程の高さが必要だとお考えで御座いましょうか。」


「義兄上、私は倍の二十尺は必要だと思います。

 狼の跳躍力は私達の考える以上で、特に此処の山におります狼は山の中を移動しますので、足は強靭

な強さを持って要ると考えねばなりませんので。」


「総司令、二十尺の高さの柵を作るとなれば材木は大量に必要ですが、私は其れよりも木材の加工です

ねぇ~、菊池から山賀まで連ねるとなれば大工さん達だけで切り揃えるとなれば一体何年掛かるかも分か

らないですが。」


 高野は城下に居る大工達だけでは何年掛かるのか、其れすらも分からないと考えて要る。

 では一体何人の大工が必要なのだろうか。


「義兄上、今高野様が申されました大工ですが、最初は全員で取り掛かる事は出来ると思いますが、でも

其れが数年間ともなれば無理だと思うのです。

 高野様が申されました加工作業ですが、私は少し考え方を変えたいのです。

 義兄上も皆様方もよ~くご存知だと思いますが、山賀の空掘りを利用するのです。」


「山賀の空掘りですか、でもあの場所には風を送り込む装置と鉄の板を作る所が有りますが、其れ以外に

何が有るのでしょうか。」


「阿波野様、空気を送る装置ですが大きな歯車を連ね、北側を流れる川で水車で回しており、私はその歯

車を利用出来ないかと考えたのですが如何でしょうか。」


「歯車を利用されると申されましたが、一体どの様に利用されるのですか。」


 若様、松之介は空気を送る装置には川の流れを利用し水車を回し、数十枚もの歯車を連ね、その力で空気を送って要る。

 その歯車を利用出来ないかを考えたのだろうが、だが一枚の歯車の厚みは一寸も有る鉄を一体何に使う

と言うのだろうか。


「山賀で使っております歯車の厚みは一寸も有りますが、私は鍛冶屋さんに薄い鉄の板にして頂き、其れ

から歯車と同じ様に加工すれば、回る鋸が出来るのではないだろうかと考えたのです。」


「若、私も分かりましたよ、其れを送風機とは別の所に取り付け、歯車の回転する力を使い材木を切るの

ですね。」


「はい、その様にすれば大勢の大工さんが苦労する事も無いと思うのです。」


「長さに付いては現地で調整すれば良いと、うん、其れは誠良い方法じゃのぉ~。」


「源三郎殿。」


「殿様、急な事で申し訳御座いませぬ。」


「いや、私も一大事件が発生したと聞きましたので。」


 菊池のお殿様も大慌てで飛んで来た。


「源三郎殿、大変な事態が起きたと聞きましたのが。」


 上田のお殿様も馬を飛ばして来た。

 その後、暫くして松川の若殿も飛んで来た。


「義兄上、一体何が起きたのですか。」


「若殿、申し訳御座いませぬ。」


 源三郎は改めて殿様方に頭を下げ。


「皆様方、少しの休みとしたいのですが、如何で御座いましょうか。」


「うん、其れが良い、加世、すず、お茶を。」


「はい、直ぐにお持ち致します。」


 一度休みに入り、その休みを利用し、菊池の高野、上田の阿波野、松川の斉藤が殿様方に先程までの内

容を話すと。


「えっ、何とあの幕府が壊滅したと。」


 殿様方は一同に大変な驚き様で、正かあれ程の権勢を誇った幕府が壊滅するとは夢にも思わなかった。

 更に、武家社会も崩壊したと、其れは全く信じる事が出来ないと言う表情をしている。

 休みの間中高野達はお殿様方に今後進めて行く内容を説明している。

 源三郎は工藤達が戻って来るまでは詳しい事は何一つも分からない。

 だが、何も分からないと言って、何も出来ないのかと言うと連合国で食料の増産に入る事を提案し、全

員が集まったところで再び話し合いに入るので有る。


「皆様方、先程までの話で連合国内で食料の増産を行なう事は理解して頂いたと思いますが、皆様方、如

何で御座いましょうか。」


「源三郎殿、要するに工藤さん達が戻られまでは新しい政府の事も官軍と言われる軍隊の事も何一つ分か

らなぬと言う事なのですね。」


「はい、正しくその通りで御座いまして、私も先日田中様より報告をい頂くまでは全く知らぬ事で、かと

言って今更急いで新しい政府と同調する必要も無いと思うのです。」


「新政府が落ち着くまで我々が先に地固めすると言う事なのでか。」


「はい、全くその通りで御座いまして、私としては幕府の二の舞いだけは避けたいと考えております。」


「ですが、菊池から山賀までの柵を作るとなれば我々の総力を挙げねばならないと思うのですが。」


「菊池様、正しくその通りで御座いまして、家臣は勿論の事、領民の協力なしではとても不可能だと思う

ので御座います。」


「源三郎、簡単に申しておるが、柵が完成するまで領地の食料を如何に確保するか、其れと柵が完成しても新しい田や畑で作物が育ち、収穫出来るまでの期間、食料を確保せねばならぬぞ。」


「殿、よ~く承知致しております。」


 だが実のところ、源三郎の頭の中で其処までの事を考える暇も無かったと言うのか、本当は考える事も

出来ない程に幕府が壊滅と言うの天と地が逆転した様な大事件で有った。

 日頃、幾ら冷静沈着な三郎でも気が動転したのだから。


「私は中川屋と伊勢屋を中心とした問屋達には直ぐ食料の買い付けを頼むつもりなのですが、問題は行き

先の状態が今どの様になって要るのか、其れすらも分からない状態なのです。」


「源三郎殿、下手をすると各地で略奪などの行為が行われて要る可能性も考えねばなりませんねぇ~。」


「はい、誠吉永様も申される通りで、幕府が滅亡した為に多くの侍達が多くの村を襲って要ると考えねば

ならないと思いますが、私は別に元幕府の者達だけで無く、官軍の者達の中にもこの混乱に乗じて悪辣な

犯行を行なって要ると思いますので、米問屋に我々のご家中の者が護衛として付いたところで、果たして

その様な者達から守れるのかと聞かれますして、私は何とも申し上げる事が出来ないので御座います。」


 殿様方も他の者達も対策を講じる事が出来ないと言うのが現状だと理解して要る。


「う~ん、確かにこれは困った問題ですなぁ~、領民の食料だけでも確保せねばならない、だが買い付け

に行く事も危険だと、他に何か良い策でも見付けねば、其れこそ連合国の領民が反乱を起こしかねいです

からなぁ~。」


 上田のお殿様も今は何も考え付かいのか。


「義兄上、私は我が山賀の農民さんが申した提案を受けようと思います。

 あの人達が前向きな考え方をされて要るのですから、我々も積極的に応援すれば、他の農民も町民も考

え方が変わると思います。」


「確かに若様の申される通り応援すると、其れが領民を動かす力になるのでは御座いませんか。」


「総司令、私は領民に幕府が滅亡した事を今は話す必要も無いと考えたのです。」


「阿波野様のご意見をお伺いしたいのですが。」


「はい、今は我々だけが知り得た情報で、先程も申されました様に工藤さん達が戻られますれば其の時に詳細が分かると思うのです。

 其れで、私は総司令の申されました、食料の増産は別の問題として領民に説明すれば良いと思うのです

が如何で御座いましょうか。」


「阿波野、今申した別の問題とは。」


「殿、領民は少しでも豊かな生活を望んでおります。

 人間もですが、生きるもの全てが食べる事が一番大事だと領民に話すのです。

 人間と言う生き物は食べ物が満足して要るならば他の物は少々でも不満は起こらないと思うので御座い

ます。」


「確かに阿波野殿の申される通りで、食べる事が最も優先でお酒などは別に毎日飲む事も有りませんから

ねぇ~辛抱出来ますが、人間腹が減ると気持ちも落ち着きませんからねぇ~。」


 斉藤も同じ考えで有る。


「総司令、私は無理をしてまで買い付けに行く必要は無いと思うので御座います。

 我々の連合国の武士は勇敢で説明すれば誰もが先頭に立つ事は間違いは御座いません。

 ですが暴徒と化した元幕府の侍達は何をしでかすか全く予想が出来ないと思うので御座います。

 其れに仮にですが、若しも襲われたとすれば家臣よりも問屋の人達が一番危険だと思うのです。

 あの人達は身を守る術を知りませんので。」


「高野、何か良い策が有るのか。」


「殿、申し訳御座いませぬが、私は何も浮かばないのです。

 ですが先程山賀の若様が申されました様に農民さん達から田や畑を新しく作りたいと言われるので有れ

ば、私としては願ったり叶ったりで我々が農民さんに申し出ると強制されたと受け止めると思いますが、

其れが山賀でも野洲でも農民さんから申し出た、この機会を逃す必要は無いと思うのです。」


「う~ん、なるほどなぁ~、我々は裏方に入ると申すのか。」


「はい、私は何れ領民に知らせなければならないと思いますが、今は何も話さず、まず我々の連合国の地

固めに入り、軌道に乗ってから領民に伝えても遅くは無いと思っております。」


「義兄上、如何で御座いましょうか、我々が農村に出向き農地を拡げたいが如何でしょうかと、私はまず農民さんに聞いて見ようと思うのです。」


「確かにそうですねぇ~、農民さんも本当は拡げたいと思われて要るならば宜しいのですからね。」


「私は大丈夫だと思っております。

 では一体何処まで広げるかとなれば、私は農民さんの意見を尊重し、その所に目印を入れ、先程申されました様に柵を作れば良いのではと考えたのです。」


 若様も農地を広げる事には大賛成で、特に農地拡大に関しては農民の意向を尊重したいと。


「若、私も大賛成で御座います。

 先程の話で我々武士の時代は終わったと、ですが急に今日から変わる事などは出来ませぬ。

 其れならば柵が完成し田や畑で作物が収穫出来るまでは数年は掛かると思いますので、其の数年間掛け我々も意識を改革する様に努力しなければならない、いやせねばならないのです。」


 何故だか吉永は何時もと違う。

 野洲から山賀に移り、この数年間で大きな変化と言うよりも自らの考えが変化したのだろうか、其の変

化が幕府の滅亡で表面に出て来たのだ。


「私も吉永様の申される通りだと思います。

 私もこれからは今まで以上にお役目と言う言葉では無く、本当に何が出来るのか数年の内に答えを出さ

なければならないと思います。

 其の第一弾として、明日、いや只今から今まで以上に領民に近付く様にしたいと思います。」


「源三郎、余も、いやこの私もこれからは必死で考え皆の為に何が必要かを考えて参るぞ。」


「殿、有難う御座います。

 ですがこれは自らが考え、自らが答えを出すと、私は相当な覚悟が必要かと存じます。」


 今日集まった殿様方も家臣達も今まで以上領民の為に積極的に行動するとは言っては要るが、数百年間

も続いた武家社会の仕来たりや慣習を僅か数年で直せるものだろうか、身体に浸み込んだ習慣と言うもの

はその様に簡単に変える事などは出来ない。

 だが何時までも武家社会の栄光ばかりを考え、後ろ向きな考え方ならば数年先には取り返しのつかない事態になる事は間違いは無い。


「皆様方、如何で御座いましょうか、各国により事情は違いますが、狼を猪の侵入を防ぐには柵は必要

だと思うのです。

 其れでご家中の皆様方が農民さんと共に何処まで田や畑を広げれば良いのか、これは実際に山の麓に参

りまして農民さんの意向を聞いて頂き、目印を入れる作業に入って頂く事は可能でしょうか。」


「義兄上、私は早速開始したいと思います。」


 山賀の若様は直ぐにでも取り掛かりたいと言うが。


「義兄上、私もで御座います。」


「源三郎殿、私も大賛成で御座る。」


 菊池の殿様も直ぐに入ると、だが。


「源三郎殿、勿論、私も大賛成ですが、其の前に家中の者達に説明する必要が有るのでは御座いませぬか。」


上田のお殿様は農民に説明し工事に入る事に賛成した、だが其の前に家中の者達に説明する事が必要だと。


「はい、私も殿様の申される通りだと考えております。

 其れとですが山の麓での作業に入る者達に危険が及ばぬ様に野洲に駐屯中の兵士を護衛に就けたいと

思っております。」


 山の麓に狼の大群が来ないとは誰も断言も出来ない。

 今までは幕府軍や官軍の侵入に対しての警戒の為に兵士達が駐屯していたが、其の幕府も消滅し幕府軍

が侵入する可能性は少なくなり、これからの数ヶ月、いや数年間と言うものは人間では無く狼からの攻撃を防ぐ為にも駐屯兵を護衛に当たらせたいと。


「源三郎、だがのぉ~若しも、若しもじゃ、幾ら幕府が滅亡したと申せ、まだ多くの侍がじゃ居ると思う

じゃ、奴らは何としても、今一度栄華をと各地で官軍との戦闘を行なって要ると思うのじゃ、一部の侍と

は申せ五人や十人では無く、未だ数万人がおり、その中の一部でも山の向こう側から侵入する事も考えな

ければならぬぞ。」


「殿、私も承知致しておりますが、以前の様に五百や一千と集団で登って来るとは考えておりません。

 仮に五人、十人と登って来れば其の者達はこの山の主の餌食となるでしょう。

 その様な事が数度も有れば狼は必然的に此方側では無く向こう側に向けると思うのです。」


「なるほどのぉ~、五人、十人が餌食となれば狼は向こう側から登って来る幕府の侍達を襲う、其れならば我が方の危険も少なくなると申すのじゃな。」


「はい、狼は誠賢く何の警戒もせずに登って来る幕府の侍達を襲えば、我々に対してよりも向こう側に移

ると思うので御座います。

 ですが其れでも何時狼が攻撃して来るか分かりませぬので一応の警戒は必要だと考え兵士達を護衛に就

けたいので御座います。


「源三郎殿、其れならば一層の事、今駐屯しております中隊をその任に就かせては如何でしょうか、各中

隊ならば事情も知っており、家臣や農民達も顔を知っており安心すると思うのですが。」


 吉永も駐屯して要る中隊ならば家臣も農民達の顔も知っており、特に農民達は安心するだろうと。


「左様で御座いますねぇ~、皆様方、少しお待ち下さい、吉田中尉と小川少尉にも参加して頂こうと思い

ますので、此処で一度少し休みを取りたいと思います。」


 源三郎も少し休みが欲しかったので丁度良いと部屋を出。


「吉田中尉と小川少尉を呼んで下さい。」


 部屋の前には数人の家臣が控えており二人を呼ぶ様に伝え、腰元にはお茶の手配をし部屋に入った。

  今までの協議ならばこれ程にも長く続く事は無かった。

 だが今回は特別だ、幕府が滅亡し新政府が成立するに伴い連合国でもこれから先の事を考えなくてはな

らない。

 だが全てが同じ様に出来るはずも無く、殿様方を始め重責を担う高野達も今までとは全く違う考え方を

しなければならず少し焦りの様なものを感じて要る。

 だからと言って何も早急に対策を考える必要も無い。


「失礼します。」


 吉田中尉と小川少尉が緊張した様子で入って来た。


「吉田中尉、小川少尉、お忙しいところ誠に申し訳御座いませぬ。」


「いいえ、総司令が大至急との事ですが、何事で御座いましょうか。」


「実はお二人は工藤さんからお聞きでしょうか、幕府が滅亡した言う事を。」


「はい、先日、中佐殿から幕府が滅亡したと、其れで今中佐殿が長州の司令本部の動きを探りに参られておられますが。」


「工藤さん達の事は私も知っておりまして、ですが今はその話しでは御座いませぬ、我々連合国は菊池から山賀まで続く高い山の麓を開墾する提案が出たのです。」


「あの山の麓までをですか、総司令、ですがあの山には狼の大群が生息しておりますが。」


「勿論、承知しております。

 其処で吉田中尉と小川少尉に相談なのですが、今、各国に駐屯されております中隊を護衛に就ける事は可能でしょうか。」


「総司令、私個人としましてはやはり今駐屯させて頂いております中隊に任せる方が良いと思うのですが、一体何をなされるので御座いますか。」


「吉田中尉、小川少尉、誠に申し訳御座いませぬ、何も説明せず突然な話を致しまして、では簡単に説明

させて頂きます。」


 源三郎は吉田中尉と小川少尉に今朝から始まった一連の話をし、菊池から山賀まで続く高い山の麓に狼

除けの柵を作るので作業員の命を守る為に連合国軍兵士に護衛に就いて欲しいと話すので有る。


「総司令、お話しはよ~く分かりました。

 其れならば尚更の事、各中隊が護衛の任に就くのが良いと考えます。

 ですが、向こう側から幕府の生き残りが登って来る事も考えねばなりませんが。」


 吉田も野洲の殿様と同じ事を考えて要る。


「吉田中尉としてはどの様に考えておられますか。」


「私は今後の事は分かりませんが大勢が登って来る事は無いとは思うのです。

 多分ですが少人数で多くても五十人くらいだと、其れも官軍の追撃に遭い、逃げ場を失い山に逃げ込む

と考えられますが。」


「吉田中尉、我々がと言うよりもこの開墾は農民さんからなので断る事も出来ず、其れに麓と申しまして

も農民さん達に何処までの範囲なのかを決めて頂くつもりなので、多分ですが山には入らないと思ってお

ります。」


「其れならば、私も大丈夫だと思うのですが。」

 やはり、吉田は軍人だ上官に報告しなければならないと思って要るだろうが、今の連合国の最高責任者

は源三郎だ、その源三郎が決定すれば吉田は従わなければならない。


「総司令、大変失礼致しました。」


 吉田は直ぐに分かったのだろう、源三郎が総司令官で有ると言う事を。


「吉田中尉、小川少尉、其れと全く別の話ですが、今の兵士全員で元農民さんが何人おられるのかご存知

でしょうか。」


「えっ、元農民ですか。」


 何と、源三郎は連合国に来た元官軍兵の中に元農民が何人居るのか聞くので有る。

 源三郎は一体何を考えて要る。


「総司令、直ぐに申されましても、私も全てを把握はしておりませんので至急調査致しますが。」


「小川少尉、其れでお願いします。

 其れと工藤さんが向かわれました長州の司令本部ですが、私は司令本部に行かれ、下手をすれば戻れな

くなるのではと考えて要るのです。」


「其れは私も同じですが、中佐の事ですから、まず司令本部には直接向かわれないと思います。」


 吉田は源三郎が心配して要ると分かって要る。

 工藤は本当に司令本部に行くのだろうか、其れは、源三郎だけでなく吉田も心配になって要る。


「中尉殿、何故その様に思われるのですか。」


「小川少尉、私が中佐殿の立場で有れば、本部には戻らず周辺に駐屯して要る部隊に行き情報を集めます

がねぇ~。」


 吉田は司令本部に戻らず、周辺で情報を収集を行うと、其れは源三郎も考えたが確信が無かった。


「ですが、その部隊から司令本部に知らされる事も有り得るのでは有りませんか。」


「勿論、その可能性は十分に有ると思いますが、部隊の隊長も下手に本部へ報告すると余計な事まで聞か

れる事になりますので、まぁ~その辺りは中佐殿の事ですから上手にされると思いますよ。」


「源三郎、先程申した事じゃが、何故兵士の中で元農民が居ると言うより兵士を何処に向かわせるつもり

なのじゃ。」


「殿、その話ですが吉永様が申されたのですが、今、田や畑は麓より五町も離れて要ると、其れは狼を警

戒して要る為で、仮にですが五町の幅が菊池から山賀まで続いたとすれば、今おられます農民さんの人数

ではとてもでは有りませんが全てを耕す事は不可能で御座います。」


「では何か、兵士の中から元農民を田や畑を耕す仕事に就かせると申すのか。」


「はい、まぁ~本当は兵士の全員が農作業に就くと言うのが現実的なのですが。」


「総司令、一体何が目的なのですか。」


 今日集まったお殿様や高野達も全く気付かないと言うより、源三郎の考えが全く理解しようにも訳が分

からないと言った方が良いのだろうか。


「お話しをしますが、菊池から山賀までには山の向こう側から各国に五百人の農民さんが入られました。

 ですが、私は今でも絶対人数が不足して要ると思うのです。

 其れで新たに山の麓まで開墾するとなれば更に人員不足となります。

 其れで私が考えた方法なのですが名付けて屯田兵と。」


「何じゃと、屯田兵じゃと、源三郎、其れは一体何を意味するのじゃ。」


「殿、そして、皆様方、よ~く考えて下さい。

 田や畑を広げれば当然人手も多く必要になります。

 各中隊と野洲に駐屯して要る大隊の兵士の中で元は農民だと申される兵士に日頃は農作業に、そしてい

ざという時には直ぐ兵士に変わる事が出来るのです。」


「総司令、私は大変素晴らしい提案だと思いますが、其れならば尚一層の事、私を含め全員で就くと言う

のは如何で御座いましょうか。」


 正か全員でとは源三郎も予想外で有った。


「ですが全員でと言われますが。」


「総司令、中隊長や小隊長も同じ姿で、任務は山の向こう側を監視するのですから遠くから見れば私も農

民の姿に見えると思うのですが。」


 吉田も思い切った方法を考えたものだ、確かに遠くから見れば中隊長達が農作業の姿でおれば全員が農民だと思うで有ろうし、敵方とすれば農民が相手だとなれば安心して近付いて来る、だが現実は兵士で近

付いた時には既に遅しと言う訳か。


「う~ん、ですがねぇ~、皆様方全員ともなれば中には。」


「総司令、その様な事は御座いませぬ、私も全員が屯田兵ですか、まぁ~屯田兵ともなれば以外と全員が

納得すると思うのです。


 私もこの場所で連絡を待つと言うよりも何時も最前線に居る方がより一層の緊張感が有り、其れははっ

きりと言って此処で待って要るのも辛いもので、其れならば平時は農作業を有事の最には兵士として戦に、其れならば。」


「吉田中尉、ですが其れが毎日続くのですよ、兵士達も疲れて来るのでは無いですか。」


「総司令の申される事は私も理解しております。

 其れならば、農民さん達と一緒では如何で御座いましょうか。

 私はあの人達の苦労を知っておりますので、出来る事ならば同じの所の方が良いのですが。」


「では、其の時に農民さんに聞きましょうか、あの人達が納得されるので有れば宜しいと思いますのでね。」


「はい、承知致しました。」


「源三郎、だが着て要る物が違うぞ。」


「殿、勿論承知致しておりますので、城下の古着屋で集めますが、私は城下で古くなった着物を集め作業

着を作る事が出来ればと考えております。」


「源三郎、古着を利用すると申すのか。」


「はい、縫い物は城下の女性達にお願い出来ればと考えております。」


 源三郎は城中の者、領民を問わず全員でこの難局を乗り越えねばならぬと考えて要る。

 その為にはまず城下の者達全員が始め無ければ、幾ら源三郎が大義だと言っても領民は納得しないと。


「皆様方、これからの数年間で我が連合国の運命が決まると考えて頂きたいので御座います。

 領民を納得させる為にはまず我々が先頭になり必死で作業を行なって要る姿を見せなければなりません。

 皆様方がお帰りになられご家中の方々にお話しをして頂く時には家中の全員が必死になられる事をお願い申し上げたいので御座います。」


 源三郎は手を付き深々と頭を下げた。


「源三郎殿、承知致した。

 私はまず家臣達に説明し次にその家族、次に腰元などの女性達にも話をしたいと考えております。」


「菊池様、誠に有り難きお言葉、源三郎は大変嬉しゅう御座います。」


「源三郎、だが城下の者達に知られても良いのか。」


「殿、何れ領民も知る事になるのです。

 今、菊池様が申されました様に城中の者に説明が終わりますれば家臣一同が領民に説明に参る様に考え

ております。

 其れは領民が知る前に我々が説明に参れば領民の不安は少しでも和らぐのではないかと考えたのです。

 領民から聴かれると成れば、我々は領民に不安を与え、其れが結果的に後々の作業にも響くと考えたの

で御座います。」


「義兄上、私も菊池様と同様に致したく存じます。

 一時的な不安は有ると思いますが、領民に強制するのでは無く、私が先頭になり進めて参りたいと思い

ます。」


「若殿、私は嬉しゅう御座います。」


 松川の若殿は自らが先頭になり、この難局を乗り越えるのだと、どうやら今回の協議は竹之進と松之介

の若殿が引っ張る形となったが、果たしてどの様になるのか、誰にも予測が出来ずに要る。

 其の頃、工藤達は高い山の向こう側を長州を目指し丁度山賀とは反対側に有る、通称、戻らざる橋を

渡って行った。


「さぁ~これから先は官軍が駐屯して要ると思いますので皆さんよ~く気を付けて下さいね。」


 田中と十数人の兵士は改めて緊張感が増した。

 其れから暫くしは何も無く進んで行くと。


「中佐殿、あれは。」


「えっ、若しかすれば駐屯部隊かも知れませんねぇ~、皆さん打ち合わせ通りにお願いします。」


 工藤達は菊池の隧道を抜け、川を渡り街道とは言えないが高い山を回り込む様な川を渡り、その後川沿

いに進んで来たので軍服はまるで戦地から帰って来たかの様なな汚れ方で有り、その姿からは、正か山の

向こう側に有る連合国から来たとは思えない姿で有る。


「少佐殿、戻らざる橋の方から我が軍と思える十数人の兵が向かって来ます。


「分かった。」


 彼はこの駐屯地の隊長で有る。


「君は第一中隊を。」


 兵士は大急ぎで第一中隊の宿地に走った。


「だが何か変だ、この先の高い山の方角には我が軍はいないはずだが。」


 工藤達はこの丸一日何も食べていない、其れは何時官軍に出会うかも知れず、野洲を出る時も二日分の

おむすびを持ち出立したので、今が一番空腹の時なのだ。


「止まれ。」


 駐屯地の兵数十人が立ちはだかった。


「あっ、工藤中佐殿では。」


「えっ、正か小田切では。」


「はい、小田切で有ります。

 中佐殿、良くご無事で何よりで、さぁ~皆も一緒に、第一中隊、このお方が工藤中佐殿だ。」


「えっ、では。」


「その通りだ、中佐殿、お食事は。」


「私は後でも良い、其れよりも兵と御坊様にお食事を出して下さい。」


「はい、承知致しました。

 中隊長、兵士と御坊様にお食事処にご案内してくれ、其れと中佐殿は私のテントで食事をして頂きます

ので。」


「小田切、君は、ほ~少佐になったのですか。」


「はい、私は。」


「だけど何故この様な所に駐屯して要るんだ。」


「中佐殿、そのお話しは後程聞いて頂きますので、其れよりも良くもご無事で、私は司令部で中佐殿が兵

数百名と共に脱走したと聞いておりましたが。」


「やはりそうだったのか、私が脱走したと。」


「はい、其れであの隊長が捜索に行くと言われましたが誰も戻って来られませんでした。」


「ではあの高い山に登ったのか。」


「中佐殿、私は分かりませんが、私は何かが違う様な気がしておりまして。」


 小田切と言うこの少佐も山で全滅した部隊の動きが気になるらしい。


「小田切、私はあの橋を渡り、途中の村人から聞いたんだがあの連なる高い山には数万頭もの狼の大群が

生息して要ると、だから村人は決して麓までは行かないと言ってたが。」


「やはりそうでしたか、中佐殿、私の部隊に一人の兵が生き残り帰って来て言ったのが、狼の大群に襲わ

れ部隊の全員が餌食になったと、やはり兵士の話しは本当だったのですねぇ~。」


「小田切、その隊長と言うのは私を向かわせたあの隊長なのか。」


「はい、其れで数日後に中佐殿が脱走されたと言われたのですが、中佐殿は其の様なお方では無いと、私

も他の兵達も思っておりました。」


「いや違うんだ、本当に脱走したんだ。」


 と、工藤は心の中で呟いた。


「私は幕府軍の追撃を司令部より命ぜられたんだ、だが連戦が続き、残った兵が十数人に。」


「そうでしたか、其れであの御坊様は。」


「あのお方は戦死した兵を弔って下さったんだ。」


「そうでしたか、中佐殿も大変な苦労をされたのですねぇ~。」


 工藤は小田切が何故この様な駐屯地に居るのか知れば、今の司令部の動きも分かると考えていたが、何

も今直ぐ聞き出す事は無いと。


「小田切、私が此処に来る途中の村人から聞いたんだが、あの橋を渡った官軍は全員が死んだと。」


「えっ、ではあの隊長もですか。」


「村人も詳しい事は知らないが連日人間の叫び声が聞こえたと言うんだ。」


「では全員が狼の餌食に、其れであの戻れない橋だと言うのですか。」


「何だ、その戻れない橋とは。」


「はい、此処に駐屯した頃ですが村人から聞きまして、あの橋を渡ると二度と戻って来ないと、其れで戻

らざる橋を言うそうです。」


「そうだったのか、だが私は戻って来たぞ。」


「はい、勿論、本当に良かったと、私も大変嬉しいのです。

 其れよりもあの隊長が出立されてからですが、司令部から大量の連発銃と弾薬が数十万発、更に火薬の

樽も大量に無くなっていると。」


「私は何も知らないよ。」


「中佐殿、勿論ですが、では大量の連発銃や弾薬は一体どの様になったのでしょうか。」


「う~ん。」


 工藤も正かとは思っていたが、あの隊長はその正かを行ったと、だがその連発銃も大量の弾薬や火薬は

野洲のお城に有る。


「小田切は何故この地に来たんだ。」


「少佐殿、お食事をお持ち致しました。」


「有難う、中佐殿、お食事を。」


「うん、有り難い、私も久し振りなんだ。」


 工藤は久し振りだと言う官軍の食事。


「其れでさっきの話しだが。」


「中佐殿、失礼します、私は。」


「えっ、君は。」


「はい、覚えて頂いておりましたか。」


「うん、だが何故君までも。」


「中佐殿、今この部隊の全員が中佐殿を尊敬しておる者ばかりで、先程も中佐殿がご無事だと伝えましたところ皆が大喜びで。」


「其れであの騒ぎなのか。」


「はい、申し訳有りません。」


「いやいいんだ、まぁ~君も座ってくれ、で話を聴こうか。」


 工藤はその後小田切から詳しく聞くと。


「其れでは、君達全員が、まぁ~言い方は悪いが司令部から追い出されたと言うのか。」


 工藤は軍の中で異変が起きて要ると感じた。

 だが何故だ、何故其の様な事が起きたのだろうか、やはり権力争いなのか、軍部が権力を握るとろくな

事は無い、と工藤は考えていた。


「だが何故薩摩と協力出来ないんだ。」


「私も上層部が薩摩とは余り深い関係を持ちたくない様にも見えるのですが。」


「だけど、新しい政府の要職にはお互いの話し合いで決まるのではないのか。」


「中佐殿、其れは表向きの話しですよ。」


「だがこの二十数年間異国から開国せよと何度も通告され、その結果我々が蜂起したのではないのか。」


「其れに異国からも自由交易を伝えて来ているのですが、私が見たところでは何やら利権が絡んで要る様

にも見えるのです。」


「やはりそうなのか、私腹を考えて要るのか、其れでは今までの幕府と同じでは無いか、う~ん一部の者

達とは言え、我が国の事よりも我が身の事を考えて要る者が居るとは全く情けない話しだなぁ~。」


「中佐殿、私が何故この地に来たかと申しますと、司令本部から工藤は必ず帰って来る、お前は工藤を捕

らえろ、と命ぜられたのです。」


「小田切、何故、私が捕らえられるんだ、私は命令で幕府軍を追撃していたのだ、其れが何故なんだ。」


「中佐殿は司令本部の倉庫から大量の連発銃と弾薬を盗んだと言われております。」


「私は何も盗んではおらぬ。」


「勿論で、私も中佐殿が其の様な人物では無いと反論したのですが、其れが上層部に伝わり、小田切は工

藤を崇拝して要るのかと言われ、私は工藤中佐殿を尊敬しておりますと、答えたのです。」


「小田切、どうやら君も上層部の作戦に乗せられたな。」


「ですがもう其の時には遅く、其れで私も腹を決め、工藤中佐殿は全員が尊敬しておりますと。」


「そんな事を発言するから、えっ、では全員がなのか。」


「はい、部隊の全員が、まぁ~簡単に言えば司令本部に逆らった為に左遷された様なもので、我々は故郷

帰る事も出来ずにおります。」


 小田切と一千名の兵士は上層部に反抗した為二度と故郷に帰る事も出来ず、表向きはこの地に駐屯して

要る。


「では私を捕らえ帰れば許してくれるのではないのか。」


「中佐殿、正かそんな事は出来ませんよ、中佐殿が戻られましたら銃殺刑ですよ、其れに私達も仲間だと適当な口実を付け同じ様に銃殺刑にするつもりですから。」


 小田切は手を振って帰る、いや、工藤を捕ら帰るつもりは無いと。


「う~ん、だけど困ったなぁ~。」


「中佐殿、何が困ったのですか。」


 工藤ははっとした、一瞬口に出しそうになり、慌てて否定した。


 其の時田中が入って来た。


「工藤さん、如何ですか。」


 田中は既に分かっていた。


 食事中に兵士達が田中達に話しており、田中は工藤達が帰る事は無理だと判断したので有る。


「小田切さんと申されるのですか。」


「はい、私が今この部隊の隊長と言う事に成っておりますが、中佐殿さえ宜しければ隊長を引き受けて頂

きたいのですが。」


「小田切、実はそのう~ん。」


「小田切さん、出来れば部隊の中隊長と小隊長を呼んで頂きたいのですが、宜しいでしょうか。」


「えっ、一体何が。」


「小田切、みんなに説明するから、其の前に中隊長と小隊長達を呼んでくれ。」


「はい、了解しました。」


 小田切は外に出ると


「小隊長以上集合だ、大至急に。」


 集合ラッパが鳴り、中隊長と小隊長達が飛んで来た。


「全員入れ。」


「中佐殿、中隊長と小隊長の全員が集合しました。」


 小田切もだが中隊長と小隊長達の全員が大変な緊張をして要る。


「みんな楽にしてくれ、今からみんなが驚く様な話をするが全て事実だ、みんなは私が仲間の兵士を連れ脱走したと聞いて要ると思うが、其れは全て事実だ。」


「えっ、正か。」


 中隊長と小隊長達も、いや其れ以上に驚いたのは小田切で有る。


「中佐殿、御冗談はやめて下さいよ。」


「小田切、私は嘘も冗談も言ってはおりませんよ、此方のお坊さんですが、実は田中様と申され、立派な

お侍様ですよ。」


「えっ、正か。」


 小田切達は一斉に田中を見た。


「はい、本当の話しで、工藤さん、宜しければ私が説明致しますが。」


「田中様、宜しくお願い致します。」


「では其の前に皆さんお座り下さい。

 其れと外の方々もお入り下さい。」


 工藤と共に来た十数名が入って来た。


「皆さん、工藤さんとお仲間の兵士達ですが全員が無事で毎日過ごされておられます。」


「では脱走した全員が生きて要ると、ですが一体何処の国に居られるのですか。」


「では其れを今からお話ししますのでね。」


 田中はその後、小隊長以上の将校達に詳しく説明するが、彼らが聴く話しは今まで一部の者達以外が知る事の無かった連合国と言う名で、その連合国と言う国に工藤達が任務と言うのか、軍務と言うのか仕事

に就きながら、藩主、家臣、其れに領民達を生活を共にしていると言う話で有る。


 小田切達は田中の説明には驚きの連続で、田中の話しが本当なのか、其れとも大嘘なのかも判断出来な

い程で、其れに、何故工藤と十数名の兵士だけで来たのか、其れも全てを話すので有る。

「小田切、私達が今日生きて要るのは総司令と言われるお方で、我々以外の領民の全てが源三郎様とお呼

びするお方に助けて頂いたんだ、今此処に居るみんなも源三郎様を知って要るんだ。」


「本当ですよ、オレ達は源三郎様のお陰で今まで命が有るんですよ。」


「中佐殿、私は今頭が混乱しております。」


 頭が混乱しているのは何も小田切だけでは無い、中隊長と小隊長達も田中の説明に唖然とするだけで返

事すら忘れている。


「少佐殿、官軍の軍艦の事は知っておられますか。」


「一応は聞いて要る、大嵐で沈没したと。」


「少佐殿、そんなの大嘘ですよ、だってオレ達が沈めてんですかねぇ~。」


「えっ、今何と、官軍の軍艦を沈めたって聞こえたが。」


「勿論ですよ、五隻の軍艦全部沈めましたよ。」


 もう何が何だかさっぱり訳が分からなくなっている状態だ。


「ですがあれは確か中佐殿が。」


「そうなんだ、だけどあの司令は全く別の任務に使用したんだ。

 司令は佐渡に行き金塊を略奪し外国に逃亡を企てたんだ、だけど最初は外国の軍艦を購入し海側から上

陸し村々を焼き払い領民を殺すと私は聞いており、私は中止を求めた結果、幕府軍の討伐と言う名の遠征命令が下されたんだ。」


「ですが、何故その総司令と言うお方が命の恩人なのですか。」


「其れはなぁ~。」


 工藤はその後、源三郎に助けられた訳を話した。


「では幕府軍の全員が狼の餌食になったのですか。」


「小田切、其れにみんな事実なんだ、私はあの時部下の為ならと言ったんだが、総司令は其れ以上何も聞


かれず、我々だけを助けて下さったんだ。」


「中佐殿はそんな恐ろしい山を越えて来られたのでしょうか。」


 中隊長と小隊長達が不思議に思うのも無理は無い。

 幕府軍の全員が狼の餌食の餌食になったと、だが何故工藤達は恐ろしい山を越える事が出来たのだた。


「其れがなぁ~、我々にはねぇ~秘密の出入り口が有り、其の出入り口から出ると高い山の反対側、其れ

は此方側に出る事が出来るんだ。」


「其れで今何人位居られるんですか、我々と同じ兵士は。」


「う~ん、確か私と来たのが五百で。」


「中佐殿、中尉は一千名ですよ。」


「えっ、中尉って一体、えっ、正か。」


「その正かだ、吉田中尉だ。」


 工藤は中隊長と小隊長達の質問にも答えて要る。


「中佐殿、我々には吉田中尉も戦死したと伝えられておりますが。」


「小川少尉もおられますよ。」


「じゃ~司令部は中佐殿も吉田中尉達も全員が戦死した事にして要るのですか。」


「その通りだ、私もこの仲間も今更嘘を言って何の得にもならないし、田中様が申され無ければ君達には

悪いが司令本部に情報だけを聞いて、又野洲に戻るつもりだったんだ。」


「中佐殿、では我々も司令部では戦死の扱いになって要るのでしょうか。」


「私は司令本部の事だから、工藤に関係する兵は全員が戦死扱いとして家族には連絡を入れ、だから君達

もこの様な地で駐屯する事に成ったと思うんだ。」


「田中様と申されましたが、その源三郎様と言われるお方ですが、そのお方の命令は絶対に守らなければ

ならないのですが。」


「えっ、今何と申されましたか源三郎様が命令を出すかと、私は今まで一度も命令を聞いた事は有りませ

んよ。」「ですが最高権力者だと思いますが。」


「君は何を勘違いをしているんだ、総司令は命令は出されない。

 其れは我々に対しても領民の人達に対しても一切命令は出されないんだ、総司令は全ての人達に両手を

付き、頭を下げお願いをされるんだ、そうですよねぇ~田中様。」


「はい、正しくその通りで御座いましてね、相手が例え子供でも絶対に命令はされませんよ。」


「中佐殿、私は軍隊では上下関係で命令は当然だと思っております。

 ですが武士が子供に頭を下げるなどとは私には全く想像が出来ないのですが。」


「あの~小隊長さんですよねぇ~、確かにオレ達は兵士ですよ、ですが源三郎様と言うお方は、兵士の前に人間だ、武士の前に人間だと言われるんですよ、この意味が分かりますか。」


「君は兵士の立場で上官に其の様な言葉使いをするのか。」


「中佐殿、やっぱりですよ。」


「正にその様ですねぇ~、君は今小隊長の身分だと言われたが、彼の言葉使いは何も君を下に見て要るの

では無いんだ。

 彼はわざと其の様な使い方をしたんだ、其れよりも今の言葉の意味が君達に分かりますか、君達に悪い

が多分ですが理解されないと思います。

 総司令と言うお方は例え相手が子供達だとしても無理をお願いするのだから、一人の人間として頭を下げるのは当たり前だと言われるのですよ。」


「小田切様、私は工藤さんが説明されているお話しは全て事実だと申し上げて置きます。

 其れよりも皆さんさえ宜しければ今日から全員の方々にお話しをさせて頂きますが如何でしょうか。」


「えっ、我々全員にですか、ですが。」


「私はどちらでも宜しいのですよ、今、目の前に居られる工藤さんもですが、我々連合国には無傷の兵隊

さん達が居られるの確ですよ、貴方方さえ宜しければお仲間に入られませんか。」


「田中様、宜しいのですか、若しもこの中の兵士数人が司令本部に知らせたら。」


「工藤さん、大丈夫ですよ、我々の秘密を知ったところで山を越える事は不可能ですよ、あの山には数万

頭もの狼の群れが、その狼は人間の味を知っています。

 更に山全体が熊笹に覆われ一人でも切り傷で血を流すと、其の時が最後となりますからねぇ~。」


 田中はニヤリとした、其れは小田切達に対し先制攻撃をした様にも聞こえる。

 田中は小田切達を連合国に迎い入れ様と言うので有る。


「工藤さん、其れに山を越えなければ菊池に有る秘密の出入り口が連合国に入る只一か所の出入り口です

が、その出入り口さえも簡単には見付ける事は出来ず、時が経てば狼に襲われますので。」


「田中様、では我々を迎い入れて下さると申されるのですか、ですが、源三郎様のお許しが無ければなら

ないのでは御座いませんか。」


「小田切様、源三郎様と言うお方は腹の座ったお方で、事後報告さえすれば何も心配は有りませんよ。」


 小田切達には全く別の世界だ、彼らの世界で事後報告などは許される事は無い。


「小田切、まぁ~此処で話すよりもどうだろうか、小隊事に分かれ彼らから直接説明を、いや話をすると

言うのは、彼らは何も作り話をする必要も無いので、その方がいいと思うのだ。」


「はい、中佐殿、私も其の方が楽と言いますか、直接説明を聞く事で兵士達も理解出来ると思います。」


「中佐。何を話していいんですか。」


「ああ、勿論で、今更何を隠す必要が有りますか、其れで宜しいですねぇ~田中様。」


「勿論ですよ、ですが全てを話すともなれば、まぁ~そうですねぇ~数日間ではとてもでは有りませんが

無理だと思いますがねぇ~。」


「じゃ~オレ達の知ってる事を全部話しますよ。」


「はい、お任せしますので、宜しくお願いしますね。」


「では小隊長は隊に戻り小隊事に別れ話を聴く様に、中佐殿、質問も宜しいのでしょうか。」


「勿論ですよ、何でも聞いて下さい。

 ですが彼らも全てを知って要る訳でも有りませんからね。」


「はい、勿論です。

 今聞いての通りだ、小隊長は戻り話を聴く様に。」


 小隊長達は工藤と一緒に来た兵士達と小隊に戻って行く。


「小田切少佐と中隊長は残って下さい。」


 小田切と中隊長が残り、その後、田中と工藤に説明を聞くが、先程からの話しが余りにも突然で、未だ全てが理解出来ずに要る。


「なぁ~小田切、私は君達を助けたいんだ、だけど最後の決断は君では無く、兵士達任せるんだ。」


「えっ、最後の決断は兵士がですか。」


「そうだ、連合国でも総司令と言うお方はお願いはする、だが決断は本人に任せると、その意味なんだが、連合国ではどんな仕事でも本人が望む事も有れば、望まない事も有る、本人が望まない仕事を無理に押し付けると何れ事故が起き、その事故で人命が失われ失敗に終わると、だから説明し本人が希望すれば参加すると言う方法なんだ。」


「中佐殿、其れは中佐殿でも同じで軍務もでしょうか。」


「う~ん、其れは少し違うんだ、だけど必ず説明はする、納得して初めて作戦が成功すると、私は思って

要るんだ、総司令は其の事を知っておられるが、全てが現場が最優先で、だからさっきも田中様が言われ

た様に事後報告でも良いと。」


 其の頃、各小隊事に別れ話を始めたが小隊の兵士達は何を聞いても驚きの連続で、彼らが理解出来るま

では数日間も掛かり、やがて結論を出さなければならない時が来た。


「中佐殿、オレ達は知ってる限りの事を全部話しました、後はお任せしますので宜しくお願いします。」


「そうですか、長い間ご苦労様でした。

 では小田切少佐、全員を集めて下さい。」


「はい、了解しました。」


 全員集合せよ、全員集合と兵士が集合ラッパを吹き、やがて部隊の全員が集合した。


「では皆さんにお聞きしますが、決断は貴方方で少佐が決めるのでは有りませんよ、故郷に帰るも良し、

我々の連合国に来るも良し、今直ぐに答えを出す必要は有りませんが、今日中に答えを出し、明日の朝お

聞きしますので、少佐と中隊長は明日の朝まで兵士達には何も言わない様に、貴方方の答えはその後に聞

きますのでね、では解散して下さい。」


 さぁ~果たしてどの様になるのか、兵士達全員が連合国に加わるとなれば一千名の兵力が集まる事に、

其れよりもこの一千名の兵士達も元々が農民で彼らの村も焼き討ちと略奪と、其れは幕府軍の仕業なのか、官軍なのか村人は全員死亡し、今となっては何も分からない、だが何故田中はこの部隊を連れ帰る事を考えたのだろうか、その田中を言えば何かを考えて要る様子で。


「工藤さん、私は野洲に戻らず、このまま行く事にします。」


「総司令への報告は。」


「全て工藤さんにお任せ致します。

 明日の朝に出立しますので。」


「はい、承知致しました。

 総司令には私から説明をしますので、ですが決して無理をされぬ様にお願いします。」


 其の日は小隊の中でも議論されていた。

 一千名の兵士は連合国に行くのか、其れとも故郷に戻るのか、兵士の中には一人で考える者、仲間と話

す者、彼らは夜が明けるまで議論し、そして、次第に夜が明けて行く、一体どの様になるのか誰にも分か

らないので有る。


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