第 46 話。誠情報正しいので有れば何時来るのだ。
「う~ん、そろそろ予定の期日に近いが果たして何時完成するのだろうか。」
と、源三郎は一抹の不安を抱いている。
野洲の洞窟では四号船の建造に取り掛かっており、其れよりも工藤から聴いた官軍の軍艦が完成する頃
だと源三郎は焦りを覚えているが洞窟の大工達を急がせる訳にも行かない。
源三郎は焦る気持ちは大工達にも言え無いと、その様な事を考えしながらも浜へと。
「あんちゃん。」
「えっ。」
と、気付くとげんたが傍に。
「げんた、どうしたんですか。」
「どうしたんですかって、あんちゃん、一体何を考えてるんだよ、まぁ~あんちゃんの事だから潜水船が
出来るか心配なんだろう。」
「う~ん、まぁ~ねぇ~、私も色々と考える事が有りますかからねぇ~。」
「まぁ~何とかなるよ、だって親方は絶対に造り上げるって言ってたから。」
「私も分かっては要るのですがね。」
二人で話すうちに浜に着き、源三郎は直ぐ洞窟へと向かった。
「銀次さん、少しお話しが有るのですが宜しいでしょうか。」
「はい、実はオレも源三郎様に話しが有るんです。」
「銀次さんもですか、では先にお聞きしますので。」
「はい、では、親方とも話したんですが、仲間の数人を菊池と上田に行かせ木こりさん達と打ち合わせを
させようと思うんです。」
銀次は源三郎と同じ事を考えていた。
「やはりでしたか、銀次さんも私と同じ事を考えておられたのですね。」
「えっ、では源三郎様もですか。」
「そうなんですよ、其れで木こりさん達には先に原木を切り倒して頂ければ考えてのです。」
「源三郎様、オレも同じで出来る事ならお侍様達にも少しで宜しんで山から浜まで運んで貰えれば嬉しい
んです。
源三郎様、無理を承知でお願い出来たらってオレが勝手に。」
「銀次さん、何も心配は有りませんよ、私が文を認めますので菊池の高野様と上田の阿波野様に渡して頂
ければ宜しいと思います。」
「はい、源三郎様、本当に有難う御座います。
其れで何時頃で宜しいんですか。」
「其れならば早い方が宜しいと思いますので、明日の朝の出立を出来れば宜しいかと思いますが如何で御座いましょうか。」
「其れで源三郎様、オレ達も準備が有りますんで数日の内には行く様にと考えてるんです。」
「そうですか、其れは大変助かりますねぇ~、菊池の高野様も上田の阿波野様も銀次さん達が行かれれば
助かると思いまよ。」
銀次達は野洲での経験で段取りも分かっており、親方達大工が来るまでには準備も終わるだろうと考えて要る。
この頃になると山賀から菊池まで岬の先端には見張り所が設けられ各藩に駐屯して要る中隊から数人づ
つが交代で見張りをしており、山賀の見張り所が最初に発見すると考えられ山賀の見張り所には特別に兵
士が増員され、更に数人が休む事が出来る様にと小屋も作られ、兵士達も緊張が続く中でも今か、今かと
目を凝らして要る。
「源三郎様が書状を書いて下さるってから、その書状を渡してくれ。」
「分かったよ、其れとオレ達で台の位置を決めたいと思うんだけど。」
「いいよ、其れも任せた、オレ達も後から行くから頼むぜ。。」
「よ~し、じゃ~待ってるぜ。」
銀次の仲間数人が菊池と上田に向け出発し、その数日後銀次達も道具を荷車に積み出発した。
野洲の浜では参号船を使っての訓練が連日続き、兵士達も疲れが取れず動きが鈍くなっている。
「吉田中尉、訓練を一旦中止し兵を休めて下さい。」
「中佐殿、ですが。」
「中尉、私も十分承知しておりますよ期日が迫って要る事も、ですが疲れが取れず訓練を強行すればいざ
と言う時には役に立たなくなり、その為に作戦が失敗に終わる事にもなりかねんませんのでね。」
「中佐殿、承知致しました。
では明日と明後日は完全休養と言う事にし休ませますので宜しいでしょうか。」
「はい、其れで宜しいですよ。」
工藤も思案が続く、官軍の軍艦もそろそろ完成して要る頃で後は何時出港するのか、仮に今日出港した
として三日後には連合国の沖合を通過するだろう、だが今の工藤にも何時出港したのか其れすらも知る事
が出来ずに要る。
一方、官軍では。
「司令官殿、最後の艦ですが明日から建造に入るとの事です。」
「そうか、では完成までは二か月は掛かるのか。」
「はい、その後、食料と飲料水に大砲に火薬、その他大量に積み込みますので出港は更に延びるかと。」
「まぁ~其れも仕方が無い、其れと兵の人選は終了しているのか。」
「はい、今各大隊で選考中でこの数日で決定致します。」
「そうか分かった、だが兵士達には目的地も目的も話すなよ。」
「はい、勿論承知致しております。」
やはりだ、官軍の司令官は秘密にしている。
工藤が入手した情報に間違いは無い。
この造船所でも軍艦の建造が遅れており、其れでも司令官に焦る気持ちも無く準備だけは進めて要る。
「其れとあの工藤達の足取りはつかめたのか。」
「其れが。」
「何だと、まだ分からないのか。」
「はい、追撃隊を送ったのですが、その追撃隊も今行方不明でして、何も分からないと申しますか。」
「はっきりと話せ、今の説明では全く分からないでは無いか。」
「はい、実は追撃隊が此処から十日程行った所に高い山が有りまして、その麓で我が軍の兵士と思われま
す死体を発見したと、ですがその死体は狼の攻撃を受けたようでして、追撃隊が少し離れた農家で話を聴
くと、高い山には数万頭もの狼がおり農家の者は決して山には近付かないと言うのです。」
「何だと、では工藤達は誤って山に入り狼の大群に襲われ食われたとでも言うのか。」
「司令官殿、私も其れ以上詳しくは分かりませんが、その農家も山の麓よりも遠く離れて要ると。」
「そうか、では工藤達は狼の大群に襲われ全滅したと考えて良いのか。」
「私も同じでして、其れと高い山の向こう側は全て断崖絶壁で人間が住める様な土地は無いと。」
どうやら官軍の司令部でも正確は情報は得ておらず、正か高い山の向こう側に連合国が有るとは考えも
していない。
「中佐殿、伝令です。」
「えっ、伝令とは、其れで何処からですか。」
「はい、山賀に幕府軍と官軍の一部と思われる兵士が登って来たとの事です。」
「よし分かった、吉田中尉、直ぐ応援部隊を出せ、どの様な事があっても誰一人も生きて帰すな。」
「はい、承知しました、直ぐに。」
吉田は二個中隊を引き連れ山賀に向かった。
「小川少尉、全員に告げ、警戒を厳重にせよと、特に菊池、野洲、山賀には重点的に行え、只今から潜水
船の訓練要員以外は戦闘準備に掛かり、準備が終了次第配置に就け。」
「はい、了解しました。」
小川少尉も各部隊に伝令を送り、潜水船の訓練要員だけを残し全軍が戦闘配置に就いた。
「私は今から総司令に報告に行く、何か有れば浜に来るように。」
「はい、承知しました。」
工藤は馬で浜に向かった。
「第一、第二小隊は幕府軍の動きを、第三、第四小隊は官軍の動きを、第五小隊は官軍の後方に回れ、特
に官軍兵は一人たりとも生かしてはならぬ、全員殺せ。」
と、山賀の中隊長は命じた。
山賀に駐屯中の中隊は早くも幕府軍と官軍の動きを察したのか中隊長は幕府軍よりも官軍兵は一人たり
とも生かしてはならぬ全員を殺せと命じた。
其れは若しも一人でも生きて戻り司令部に知れると連合国の存在自体が知れ、山が越せないと知った官
軍は軍艦で攻撃して来る。
その様な事にでもなれば連合国は完全に消滅させられると考えたので有る。
「う~ん、此処は熊笹が物凄く多いなぁ~。」
「うん、そうなんだ、前が全く見えないぞ。」
幕府軍の武士はよりによって一番熊笹の生い茂る所を登って要る。
だがその数町先に第一、第二小隊が待ち伏せして要るとは全く気付いていない、そして、官軍兵はと言
うと一町程後から追っては要るが。
「何だ、この熊笹は前が全然見えないぞ。」
其れは幕府軍とほぼ同じ所を登って行く。
「待て、あの動きは人間では無い、其のまま静かに。」
小隊は官軍兵の後ろへと向かう途中人間の動きでは無い熊笹の動きで狼だと知り、第一、第二小隊は進まずその場で停まった。
だが官軍兵は全く気付かず熊笹で顔や手から血を流しながらも登って行く。
「ぎゃ~。」
と、其れは突然の叫び声で。
「おい、どうしたんだ。」
「狼だ、狼が。」
「何、狼だと。」
「ぎゃ~。」
と、又も大きな叫び声がした。
「助けてくれ~、狼だ。」
「ぎゃ~。」
「誰か助けてくれ~、狼が。」
又も狼に兵士が襲われ。
「助けてくれ~、誰か。」
「誰か、わぁ~狼だ。」
熊笹の間からは兵士達の叫び声だけが聞こえ、一体何処から聞こえて要るのか全く分からない。
狼の大群に襲われた官軍兵は次々と倒れて行き、その叫び声は前を行く幕府軍にも聞こえた。
「おい、この辺りには狼がいるぞ、早く逃げろ、逃げるんだ。」
「早くって、一体何処に逃げるんだ。」
「登りは止め下るんだ、早く、あの声は多分官軍兵だ、官軍兵が狼の餌食になっているんだ、今の内だ早
く逃げろ。」
幕府軍の武士達は山を一斉に下り始め、其れはもう必死で逃げて行く。
「ぎゃ~。」
又も兵士が襲われ、官軍兵の殆どが犠牲になり、だが幸いな事に二名の官軍兵が狼の攻撃から逃げる事
が出来、やっとの事で山を下り麓の川に辿り着いた。
「あ~恐ろしかった、えっ二人だけか生き残ったのは。」
「うん、その様だなぁ~。」
二人の官軍兵は一体何処をどの様にして山を下りたのかも全く覚えてはおらず、其れより一刻でも速く
家に帰りたいと川の水を飲み、少しの休みを取り又も必死の形相で走り、別の部隊が駐屯して要る所へと
向かった。
其れは二日間も飲まず食わずで、だが二人には何も考える事など出来ない、只必死で走り、そして、二
日目の夕刻近く官軍の部隊を見付ける事が出来た。
「隊長に伝令だ、官軍兵二名は走って来ると。」
「お~い、助けてくれ~。」
「おい、一体何が有ったんだ、誰か水を。」
「水を、水を。」
二人は息も絶え絶えで兵士が持って来た水を飲みほした。
其処に部隊の隊長が来た。
「君達は。」
二人の兵士は隊長に敬礼し、その場にへたり込んだ。
「はい、自分達は司令部より命令を受けた追撃隊の生き残りです。」
「えっ、追撃隊って、一体誰を追撃しているんだ。」
「はい、自分も詳しい事は分かりませんが、確か工藤と言う人物と吉田とか言いましたが。」
「えっ、工藤中佐と吉田中尉の事なのか。」
「ええ、何でも工藤と言う人物は司令部に反旗を翻したとかで同調した兵士数百人が逃亡し、その吉田と
言う人物も後から一千人を連れて行ったとか。」
「其れは確かな事なのか。」
「はい、自分達の部隊では其の様な話しになっておりました。」
やはり工藤は逃亡したのだ、其れに前後し吉田と小川が工藤の集めたとされる一千人を引き連れ同じ様
に逃亡したので有る。
「其れで君達はあの高い山に入ったのか。」
「はい、自分達が高い山に入る途中に橋が有りまして、中隊長はこの橋を通ったと判断されて中隊は橋を渡りました。」
高い山を取り囲むように川が流れて要る、だが川の内側は殆ど人も住んでいない。
「では、橋を渡り暫く進むと広い所に出たと思うが。」
「はい、その通りでして、中隊長は幕府軍もこの道を通って要ると、其れならば逃亡兵もこの道を進んで
要ると判断されました。」
「何、では幕府軍も見たのか。」
「はい、途中で幕府軍を発見し進撃するとその橋に出ましたので。」
「其れで君達は山へと入ったのか。」
「隊長殿、何故詳しいのですか。」
「君達は本当に運が良かったんだ、あの地元ではなぁ~その橋の呼び名を戻らずの橋と言ってるんだ。」
「えっ、戻らずの橋と申されますと。」
「そうか、君達は何も知らないのか、じゃ~話してやるよ、あの橋を渡り進んだ者は二度とあの橋には
戻って来ないと言う話だよ。」
「ですが、何故その様な名が付いたのですか。」
「私の部下が地元の農家から聴いたところでは高い山から流れる川の内側には殆ど農家は無いんだ。」
「えっ、隊長殿、其れは本当何ですか。」
「そうだよ、部下は川に沿って行くと川の外側には農村は有る、だが地元の農家では川の内側には絶対に
入らないと言う事だ、其れは高い山には数万頭もの狼の群れが有り、内側に入った者は二度と戻って来な
いと言うんだ。」
「では、あの橋は何の為に有るのですか。」
「あの橋か、地元の農家が取り付けたと、其れも高い山の端に一か所づつで、君達が通り無事に通り抜け
る事が出来ればもう一か所の橋に辿り着けると言う事だ。」
「自分達はそんなに恐ろしい所とは知りませんでした、でも前を行く幕府軍ですが。」
「多分、全員が狼の餌食になって要ると思うが。」
「ですが、高い山を越えると。」
「高い山を越えると向こう側は全て断崖絶壁だと聞いて要るが、私は地元の農村の人達から何度も聞いた
んだ、だから我々の部隊は山には絶対に近付かないんだ。」
この隊長も農民の話を全面的に信用しており、追撃隊はその話を聴いておらず結果として彼らの部隊が
山に入り狼の攻撃で全滅したので有る。
「では隊長殿、自分達の追撃して要る工藤と言う人物の行方は。」
「探し出すのは無理だ、其れに例え司令部からの命令でも私の部隊は絶対に高い山へは行かない。」
隊長は狼の恐ろしさを知って要るのか、其れとも工藤の見方なのか、今は何も分からない状況だ。
「其れで隊長殿、自分達は一体どうすれば宜しいのでしょうか。」
「君達の部隊は全滅したんだ、どうだ私の部隊に入るか。」
「ですが、司令部に報告するのは。」
「う~ん、其の前に君達の事を知って要る者は他に誰か居るのか。」
「いいえ、其れは無いと思います。
部隊の仲間以外は、でも何処かの部隊に入り死体の数を調べれば直ぐに分かると思います。」
「其れはまず無理だなぁ~、仮にだよ他の部隊が山に入って死者の人数を調べる前にだ死体を見れば驚く
よ、軍服は引きちぎれ骨は散乱しているんだ、そんな死体が多く有れば人数の確認など出来る訳など無い
んだ。」
隊長の言う通りで、官軍兵の死体は狼に食い荒らされ四方八方へと散乱し人数の確認するどころか山に
は狼の大群が住み、何時襲われるのかと言う恐怖が先に立ちその場から逃げる様に離れて行く。
「其れにだよ、その付近一帯に人骨が散乱して要れば一体誰なのかも知る事は無理だよ、幕府軍の死体も
有るだろうからね、私でもその場を一刻でも速く離れるよ。」
「ですが大量の武器が残っておりますので。」
「君は命と武器と一体どちらが大切なんだ、戦で死ぬ事よりも狼の餌食になる事の方が余程苦しいんだ、
戦ならば運が悪ければその場で死ねる、だが狼に襲われれば簡単に死ぬ事は出来ないんだぞ。」
生き残った兵士も少し考え方が変わって来たのか。
「隊長殿、自分は戦で死ぬ事よりも狼の攻撃で死ぬ事の方が恐ろしいです。
隊長殿、宜しければ末端の兵に加えて頂きたいのですが。」
「よし分かった、其れで先程の話に戻るが、工藤中佐の行方は分かったのか。」
「いいえ、其れが全く手掛かりもつかめないのです。」
「そうか、やはりなぁ~。」
この隊長は一体何を考えて要るのだろうか、工藤と吉田達を探すつもりなのか、何故今になって工藤の
手掛かりを知りたいのだ。
「隊長殿、部隊は何処かに行かれるのですか。」
「いいや、私はこの地に残り幕府の残党狩りに就く事に成っている。
其れとこの地を通る官軍には高い山には絶対に近付くなと、其れだけを伝える為に残るんだ。」
「隊長殿、では自分達二人も此処に残れるのですか。」
「まぁ~君達は幽霊だからなぁ~。」
「えっ、ですが自分達は生きておりますが。」
「だから幽霊なんだよ、名字も変えて誰にも知られない様にするんだなぁ~。」
「はい、では私はあの橋から橋本と名乗ります。」
「で、君は。」
「では自分は反対の名で本橋では如何でしょうか。」
「うん、まぁ~誰も知らないからなぁ~、いいとするか、其れにしても橋本に本橋か。」
隊長は笑いながら。
「お~い、誰かこの二人を今から我が部隊に編入する、橋本に本橋だ、其れで第五中隊へ。」
「はい、承知致しました。」
二人はこの隊長の引き得る部隊に編入され、隊長が考えた様にその頃幕府軍は。
「お~い、此処にもあそこにも、これでは何れの家中の者か分からないが幕府軍の。」
「わぁ~狼の大群だ。」
彼ら幕府軍も既に狼の大群に囲まれ逃げる事も出来ず。
「何、何処に狼の大群がいるんだ。」
「わぁ~狼だ。」
「誰か助けてくれ~、狼だ。」
「ぎゃ~。」
と、幕府軍の武士達も次々と襲い掛かる狼の大群の餌食となって行く。
「小隊長、あの叫び声は。」
「う~ん、一体どっちなんだ、幕府軍なのか官軍なのか。」
第一小隊の小隊長も叫び声だけでは判断が出来ず。
「少し待て。」
と、小隊長は小隊を止めた。
「これは大変な数の狼がいるぞ、全員その場を動くな。」
連合国に駐屯して要る兵士達はこの頃少し狼の行動が判断出来る様になり決して深くは入らない。
其れは風を読み風下から進むと言う方法は官軍で学んだものでは無い。
同じ頃第二小隊でも動きを止めており、更に第三、第四小隊は少しづつ山の上に向かうが其れでも必ず
風の動きを調べ、少しでも風下から進むが。
「小隊長、此方にはおらない様ですねぇ~。」
「いや多分居ると思うんだ、だが官軍兵らしき叫び声が聞こえて来ないんだ。」
「若しかすれば既に狼に襲われ全員が殺されたのではないでしょうか。」
「私も同じだ、ではこの場で少し待って見るが、全員警戒だけは怠るな。」
小隊長の指示で全員が辺りを警戒しつつも休んでいる。
やがて半時程が過ぎ、一時が経った。
「小隊長、全く動きが有りませんが。」
「よ~し分かった、第二小隊と合流し戻るぞ。」
其れは第三、第四小隊でも同様でこれ以上待っても官軍も幕府軍も山越えする事は無いと判断し戻って
行く。
彼らの判断は正しく官軍はあの二人以外全員が狼の餌食となり、幕府軍も全員が狼の餌食になった。
「総司令。」
「工藤さん、如何されましたか。」
工藤は幕府軍と官軍兵が山を登って来たと報告に来た。
「実は先程山賀より伝令が有り、幕府軍と官軍が山を登って来たと、其れで中隊より四個小隊を送りまし
たのでその報告に参りました。」
「そうですか、又も官軍と幕府軍の侵入者ですか、其れで。」
「はい、官軍兵は全員生かして帰すなと命じましたが半時以上か一時も待って山を下って来なければ引き
上げろと命じております。」
「工藤さん、其れはどの駐屯地でも同じ方法を取られているのですか。」
「はい、一応、基本的ですが、最終の判断は小隊長と言う事に成っておりますので、若しかすれば我が隊
が着くまでには終わっているとも考えられます。」
「分かりました、まぁ~私は余り心配はしておりませんので、狼も人間が相手だと簡単だと考え大群で襲
うだろと思いますよ。」
「勿論私も同じ考えでして、でも一応念の為にと思いましたので。」
「よ~く分かりました
工藤さん、今後は全てお任せしますので、其れと各岬に配置されています兵士ですが随時交代させ下さ
いね。」
「はい、私も二~三日で交代させる様にしております。」
「では宜しくお願い致します。」
「総司令、では結果が判明次第報告させて頂きます。」
工藤は戻って行く。
幾ら四個小隊が馬で行くにしても各中隊毎に方法が変わる様では応援に行ったとしてもまたも現地の方
法で行わなければならず、だが工藤は基本だけは同じ方法を取り入れており応援部隊の兵士が混乱する事
の無い様にと考えた方法で有る。
「親方、如何でしょうか。」
「源三郎様、今は全てが順調で四号船の目途が付き次第大工の半数を菊池と上田に向かわせますが。」
「そうですか、親方、大工さん達も大変だとは思いますが、余り無理をされて事故が起きる事の無い様に
お願いしますね。」
「源三郎様、まぁ~任せて下さい。
どんな事が有ってもわしらは造り上げますので。」
親方も今は余裕が無いはずだ、其れでも工藤の言った期日までには五号船と菊池と上田で各一隻を造り
上げると言っている。
だが源三郎は官軍の軍艦も予定より遅れている事を知らない。
これが後々尾を引きどの様な結果になるのか、其れは源三郎も官軍の司令官も分からないので有る。
「あの~、オレ達は野洲から来ました。」
「はい、伺っておりますのでどうぞ右に有るあの建物でお待ちですから。」
「はい、有難う御座います。」
野洲から仲間の本隊が到着した。
「あの~。」
「皆さんをお待ちしておりましたのでどうぞ入って下さい。」
其処には先発した仲間も居る。
「お~みんなよく来てくれたなぁ~。」
「うん、其れで銀次は上田に向かったんだ、其れよりも段取りの方は。」
「其れがだ木こりさん達も直ぐ山に入って間伐材を切り倒してくれてるんだ、其れにお侍様が今運び入れ
て少し休んで頂いてるんだ。」
「其れは大助かりだなぁ~、じゃ~オレ達も今から浜に向かうとするか。」
「まぁ~まぁ~皆さん、今着かれたばかりなのに少し休んで下さいね。」
「はい、有難う御座います、でも。」
「まぁ~まぁ~そんなに急がなくても宜しいでは御座いませんか、我々の家中の者達が運び入れてますの
でお茶でも飲んで少し休みを取ってからでも宜しいかと思います。」
「お待たせ致しました、皆様お茶で御座います。」
菊池の腰元達が総出でお茶を運んでくれた。
「高野様、有難う御座います。
では、お~い、みんなお茶を頂こうぜ。」
「お~これは美味しいぜ。」
「うん、本当だ、其れで段取りの方だけど。」
「オレ達は上下の台を作る事に成ってるんだが、お侍様が原木の枝も切り落とし皮まで剥がして下さった
んで後は加工と組み立てるだけなんだ。」
「其れは大助かりだ、道具も揃ってるからもう少してから洞窟に行くよ。」
「浜には漁師さん達も待ってくれてるんだ。」
高野も何度か野洲で洞窟の中に入り現場を見ており出来る限りの事は済ませ、其れだけども大幅な短縮
になるのだ。
その後、彼らは荷車を引き高野の案内で浜に向かった。
一方、銀次達も上田に着いた。
「オレは野洲の。」
「銀次さんですね。」
何で銀次を知って要るんだと銀次はきょとんとして。
「えっ、何でオレを知ってるんですか。」
「上田では銀次さんの事は誰でも知っておりますよ、さぁ~さぁ~皆さんどうぞ、阿波野様もお待ちです
ので。」
何故、門番までもが銀次を知って要るんだと、銀次は首を傾げながらも、阿波野が居る部屋の前に行く。
「銀次さんですね、さぁ~どうぞ。」
「えっ、あっはい。」
銀次は驚くが、其れは上田の海で源三郎と銀次の二人で一升弾を爆破させる為に命懸けの大仕事をやっ
てのけ、其れからと言うものは野洲の銀次は命知らずだと名が通ったので有る。
「あの~阿波野様、何で門番さんがオレを知ってるんですか。」
「銀次さん、あの時からですよ。」
「えっ、あの時からって、一体何時の話しですか。」
銀次は忘れて要る、だが上田の家臣を含め、城中の者で銀次を知らぬ者はいない程で上田では一躍有名
になったと言う訳で有る。
「銀次さんが総司令と一緒に筏に乗られ。」
「あ~あの時の事ですか、でもオレは忘れてましたよ、だって、オレ達全員が源三郎様の為だったら何時
でも死ねるんですから何とも無かったですよ。」
阿波野は別に驚きもしないが、その部屋には家臣だけで無く上田の大工と木こり達もおり、彼らは物凄
く驚いて要る。
「阿波野様、其れよりもオレ達は早く洞窟に行って。」
「まぁ~まぁ~、銀次さんそんなに慌てないで、今着いたばかりですよ、お茶と少し休まれてからでも十
分ですよ。」
やはりだ、此処でも菊池と同様で、だが其れは源三郎が先発した銀次の仲間に持たせた書状に書かれて
おり、後発の主力は到着後直ぐ洞窟に行くと言うだろうからお茶と少しの休みを与えて欲しいと。
「はい、分かりました、其れで段取りのですが。」
「銀次、お侍様が原木を運び入れ枝落としと皮まで剥がして下さったんだぜ。」
「お~其れは大助かりだ、阿波野様、有難う御座います。
オレ達も大助かりで、じゃ~後は加工と組み立てか。」
「そうなんだ。」
「じゃ~少し休んでから行くとするか。」
その後暫くして阿波野が銀次達を浜に連れて行き洞窟へと入って行った。
「田中様。」
「はい、何時でも参れますので。」
「田中様、いよいよですがお願いが御座います。」
「お待ち致しておりました。」
田中も源三郎から声が掛かるのを待っていた。
田中の姿はもう武士の姿では無く、全国行脚を行なって要る薄汚い坊主で何時でも出立する事ができる。
「総司令、では私は行って参ります。」
田中は執務室の奥に在る部屋で僧衣に着替えると何も無かった様な顔をし大手門を出、一路山賀へと山
賀からは岬の方から山を越え軍艦を建造中の長崎へと向かった。
銀次達が洞窟へ入って十日程で上下の台は完成した。
「お~い、みんな、明日は休みにして明後日から山に行くぜ。」
「よ~し分かったよ、だったら一度浜に戻るとするか。」
銀次達も菊池の仲間の殆ど同じ頃浜に戻って来た。
「さぁ~皆さん、浜の名物ですよ。」
「えっ、浜の名物って。」
「そうですよ、まぁ~食べてから文句を言ってね。」
其処には阿波野も居た。
「阿波野様、浜の名物って一体何ですか。」
「さぁ~ねぇ~、私も知りませんよ。」
「お~、これは旨いぞ、銀次も早く食べろって。」
銀次も一口入れると。
「お~これは旨い、本当に旨いよ。」
「ね、そうでしょ、私達の愛情がいっぱい入ってからなのよ。」
「えっ。」
銀次も驚いた、これは野洲の味だ、だけど何で上田の浜で野洲の味がと思うが、実は阿波野が浜の奥さ
ん方に教えていた。
銀次達も久し振りに食べる浜の雑炊で有る。
そして、二日目の朝、銀次達は山へと向かった。
銀次達が菊池と上田に向かった後、野洲の洞窟では大工達が必死で潜水船を造り、二か月後には五号船
も完成した。
「源三郎様、無事五号船も完成しました。」
「親方、誠にご無理をお願いし申し訳有りませんでした。」
源三郎は親方を始め、大工達に頭を下げた。」
「源三郎様、そんなのって水臭いですよ、わしらに出来るのは潜水船を造る事なんですから。」
「まぁ~、其れにしても良くもこんなに早く完成に漕ぎ付けましたねぇ~。」
「源三郎様、こいつらですよ。」
そうだ、あの二十人の大工達で有る。
「源三郎様、こいつらはあの日から一滴も飲んでおりませんので、ですがこいつらは。」
「親方、今日は許して上げましょう、明日は休みにして上げて下さいね。」
「源三郎様、オレ、お酒の味を忘れました。」「
「正かお前がか、よ~し分かった、今日は源三郎様のお許しが出たんだ、わしも飲むぞ、その代わり明後
日には菊池と上田に向かい、何としても潜水船を完成させるんだぞ。」
「は~い、親方任せて下さい。」
「お前は本当に調子がいいんだからなぁ~。」
源三郎も大工達も大笑いした。
「よ~し今から道具の点検と準備に入れ、其れからだ。」
大工達は喜びを身体全体で表し、洞窟の道具を運び出して行く。
「親方、ではお城の執務室で待っておりますので、そうだ漁師さん達も一緒に呼んで下さいね、勿論奥さ
ん達もですよ。」
「源三郎様、浜の人達も大喜びしますよ。」
「では、私は先に。」
源三郎は城へと戻って行く。
「雪乃殿、今日夕刻大工さん達と浜の人達全員が来られますので。」
「はい、承知致しました、其れで場所で御座いますが。」
「そうか、此処では狭いか。」
「源三郎様、大広間で宜しゅう御座いますか。」
「はい、では宜しくお頼みします。」
雪乃も分かって要る。
源三郎の事だ大仕事を終えると関係した人達全員を呼ぶだろうと、雪乃はこの数日源三郎の動きで完成は近いと、さぁ~賄い処でも戦争の開始だ。
子供達用と女性達用、男性用と食事の内容も考えて作り始めた。
その数時後浜から大勢の、其れも全員が城へと向かい始めた。
「なぁ~げんた、雪乃様はあの時のままかねぇ~。」
「母ちゃん、あの時のままかって。」
「お美しいかって事よ。」
「母ちゃん、そんなの当たり前だよ、オレ様のねぇ~ちゃんなんだぜ。」
又も始まった、おせいとげんたの掛け合いが、浜の人達も久し振りのお城で、其れも今回は特別なのか
も知れない。
「お~げんた、久し振りだなぁ~。」
「えっ、そうかなぁ~、オレは何時も来てるって思ってるんだけど。」
げんたと門番のやり取りも今ではすっかり当たり前になって来た。
「皆さん、どうぞ大広間へ。」
家臣達も総出で浜の人達を出迎えて要る。
源三郎と雪乃の披露宴以来なのだが、何時もは静かなお城も小さな子供達の大歓声で賑やかで有る。
「の~源三郎、余も久し振りじゃ、この城で子供達の元気な声が聞こえて、何とも嬉しいでは無いか。」
「はい、私も大変嬉しゅう御座います。」
「そうじゃ、源三郎、まだ出来ぬのか。」
「殿、野洲の潜水船は全て完成し、残りは菊池と上田だけで御座います。」
「源三郎、何を馬鹿な事を申しておるのじゃ、余は何もその様な事は聞かずとも分かっておるわ、雪乃に
ややは出来たのかと聞いておるのじゃ。」
源三郎は正かとは思ったが。
「殿、申し訳御座いませぬ、私の努力の無さで御座います。」
「早くじゃ、早くじゃぞ分かっておるのか、え~源三郎。」
「はい、承知致しておりますが、何分にもこれだけは私一人では。」
「が、とは何じゃ、潜水船の目途も付いたのじゃ、今日と明日はゆるりと致すのじゃぞ、分かっておるの
か源三郎。」
殿様は源三郎の顔を見てニヤリとし。
「はい、承知致しました。」
この様な時の殿様は大変機転が利く。
「源三郎様、皆さんがお待ちで御座います。」
「はい、承知いたしました。
では殿もご一緒に。」
「余は参らぬ、お前達だけで楽しむのじゃ。」
「ですが、浜の人達は殿がお越しになられると楽しみされております。」
「何じゃと、余が行かぬと宵は始まらぬと申すのか。」
「はい、其れはもう、特に浜の女性達はで御座いますが、其れでも参って頂け無ければ私は大変な目に
合うので御座います。」
「そうか、浜の女達は余を待って要ると申すのか、うん、そうかそうか。」
殿様は目を細め、よだれが出るのでは無いかと言う様な顔付になって要る。
「よし、分かったぞ、源三郎、余は参るぞ。」
殿様は笑顔でと言うよりも顔がでれ~とした言うのが当たりなのかも知れない。
二人は大広間へと向かった。
大広間では賄い処の女中達と腰元達が総出で食事を運んでいる。
「あっ、姉ちゃん。」
「げんたさん、久し振りねぇ~。」
「なぁ~姉ちゃんも一緒に食べるのか。」
「私達は後で頂く事になりますよ。」
「なぁ~んだそうか、じゃ~あんちゃんは。」
「もう間も無く来られると思いますよ。」
「殿様のおな~り。」
「今日はその様な事は無しじゃぞ。」
「わぁ~お殿様だ、お殿様~。」
げんたの母親、おせいが大きく手を振り、殿様を呼ぶと。
「お~おせいか、良くぞ参ったのぉ~。」
「なぁ~母ちゃん、オレは恥ずかしいよ。」
「げんた、何言ってるのよ、私はただお殿様って言っただけなんだからね。」
「皆の者、今日はよ~く参ってくれたのぉ~、皆に今まで大変な思いをさせた、今日はゆるりとな、お酒
もたっぷりと有るでのぉ~、後の事は余は知らぬ、皆は好きにして良いぞ。」
「お殿様、私待ってるのよ。」
と、あちらこちらで浜の女中達はお殿様を呼び、お殿様も機嫌良く手を振って答えて要る。
「では、余は。」
「ねぇ~お殿様、一体何処に行くのよ、私を置いて。」
まぁ~何と言う女中達だ、他の国では考えられない会話をしている。
今の殿様も以前とは全く違い殿様自身が一番待っていた瞬間なのかも知れない。
「あんちゃん、もう食べていいのか。」
「皆さん、どうぞ食べて下さい。
親方、お酒も有りますのでね、今日は私が特別に許しますから貴方方も大いに飲んで食べて下さい。」
「源三郎様、今日は全部飲ませて頂きますので。」
あの二十人の大工さん達も長い間お酒を断ち潜水船建造に入っていた。
今日は源三郎から許しが出、其れは久し振りに美味しいお酒が飲めるのだ。
源三郎は大きな徳利を持ち大工さん達の中に入る。
「親方、本当に有難う御座いました。」
「源三郎様、わしらもこの頃潜水船造りが楽しくなってきましてね、特にこいつらは色々な事を考え、早
く頑丈な船を造るんだって、其れはもう必死でやってましたから、わしも本当に嬉しいんです。」
「皆さん、本当有難う、今日は好きなだけ飲んで下さいね。」
其処にげんたが来て。
「なぁ~あんちゃん、話しが有るんだけど。」
「げんた、今日は難しい話は無しですよ。」
「なぁ~あんちゃん、そんな事オレだって分かってるぜ、なぁ~あんちゃん、そんな事よりもオレ様の弟
か妹は未だ出来ないのか。」
「えっ。」
何とげんたは源三郎と雪乃の間に未だ子供が出来ていない事に気を揉んでいた。
「なぁ~オレにも都合ってもんが有るんだぜ、オレは弟か妹が欲しいんだからなっ、分かってるのか。」
源三郎もついさっきお殿様に言われたばかりで返事に困った。
その時。
「うっ。」
雪乃の様子が変だ。
「雪乃様、大丈夫で御座いますか。」
「ええ、私は、うっ。」
「ねぇ~奥方様、ひょっとして。」
「はい、その様です。」
「ねぇ~みんな聞いてよ、源三郎様の奥方様に赤ちゃんが。」
「わぁ~母ちゃん、其れって本当か。」
「間違いは無いよ、私も浜のおかみさん達もみんな経験してるんだからね。」
「何じゃと、雪乃、ややが出来たと申すのか、雪乃でかした、うん、誠でかしたぞ、源三郎、良かった、
良かった、よ~し今日は余も飲むぞ、皆も飲むのじゃぞ。」
お殿様が一番の喜びを現した。
「なぁ~何で殿様がそんなに喜ぶんだ、あんちゃんの子供なのに。」
「げんた、良いのじゃ、何も申すで無いぞ、余はこれ程嬉しい事は無いぞ、雪乃身体を労われよ。」
「はい、有難う御座います。」
「源三郎、今日は飲むのじゃぞ、飲むのじゃ。」
「ですが、私は。」
「何を申しておるのじゃ、雪乃には加代とすずが付いておるのじゃ、何を心配しておる。」
さすがの源三郎も反論も出来ずに要る。
「源三郎様、今日は二重の喜びで御座いますねぇ~。」
「親方、有難う、私も今は最高に嬉しいですよ、雪乃殿、誠に有難う。」
「はい、私も嬉しゅう御座います。」
雪乃の顔は薄く赤色に染まって要る。
「さぁ~源三郎、飲め、飲むのじゃ。」
お殿様も大工達の前に来て大きな盃を出し源三郎に進め、その周りには浜の人達が集まり。
「源三郎様、オラのお酒を飲んで下さい。」
「元太さん、有難う。」
と、言って源三郎は一気に飲み干した。
さぁ~大変な事になって来た、野洲の洞窟で建造中だった四号船とご五号船が完成し、今日は浜の人達
の慰労を兼ねた席で雪乃が源三郎の子供を身ごもったと分かり、お殿様も浜の人達も二重の喜びで何時の
間にか源三郎と雪乃を祝う宴席となりその為なのか大広間は大騒ぎとなった。
「源三郎、でかしたぞ。」
「父上、有難う御座います。」
「雪乃殿もこれからは無理をせずになっ。」
「はい、義父上様、誠に有難う御座います。
でも私は大丈夫で御座いますので。」
「いや、いや、其れが一番危ないのですかね、身体を十分に労わって下さいね。」
ご家老様にとっては初孫で有る。
「権三、余も嬉しいぞ。」
「殿、私の初孫で御座います。
私は長い間この日が来るのを待っておりました。
今日は我が人生で最良の日となりました。。」
「の~権三、これでこれからはおじいちゃんと呼ばれるのじゃぞ。」
お殿様もご家老様も大笑いし、源三郎は雪乃に身体を労わって欲しいと願うばかりで有る。
そして、その夜は大宴会となり夜遅くまで続いた。
そして、明くる日の朝、大工達は菊池と上田へと別れ出立し、その直ぐ後、松川に向け早馬が向かった。
其れは当然の事で松川の大殿様に雪乃が源三郎の子を身ごもったとの知らせで有る。
菊池と上田に向かった大工達は到着後早速潜水船の建造に入り、野洲では連日参号船による猛訓練が開
始され、やがて三十日が過ぎた頃、野洲の大手門にぼろぼろの僧衣を纏った田中が戻って来た。
「源三郎様、只今、田中戻りました。」
「田中様、大変だったでしょう、ご苦労様でした。」
「いいえ、その様な事は御座いませぬ。
私は少し足を延ばしましたので遅くなりました。」
「いいえ、私は田中様がご無事で戻られた事の方が大事で御座います。」
田中は当初十日、二十日の予定で向かったのだが、何故に三十日も経ったのか、源三郎はあえて聴く事
は無かった。
「源三郎様、報告させて頂きます。
造船所の辺りは何故か分かりませぬが警戒が大変厳重で余り近付く事で出来ませんでした。」
「警戒が厳重とは、一体何が有るのでしょうかねぇ~。」
何故だ、何故に厳重な警戒が必要なのだ、やはり何かを隠して要るのだと源三郎も考えたが。
「私も近くの農村や漁村に向かい探るつもりで、数か村で聴きましたが何も聴き出せずに、私も仕方無く
有る古寺に泊まりましたところで思わぬ話が聴けたのです。」
「田中様、思わぬ話と申されますと。」
「源三郎様、実は建造中の軍艦が一隻火事に有ったと。」
「えっ、軍艦が一隻燃えたと、ですが何故でしょうか、野洲でも潜水船を建造しておりましたが火の気無
いと思われるのですが。」
野洲では潜水船を建造中、親方は特に火の気には注意させており、其れは辺りには大量の木屑や材木が
有り煙草の火には特別な注意をさせていた。
「其れが建造中に煙草の火が原因では無いかと、古寺の住職が聴いたとの事です。」
「煙草の不始末が原因ですか。」
「ですが、源三郎様、誰かは付け火だとも言ったとか、ですが私は住職の申されます様に煙草の不始末だ
と思っております。」
「其れで一隻が燃えたのですね。」
「はい、ですが其れよりも火事で大工が十人程焼け死んだと、その古寺に十人のお墓が有りました。」
「えっ、十人者大工さんが火事で焼け死んだと、では軍艦の建造は遅れて要るのいですか。」
「はい、其れに未だ数人が火傷で仕事に就くのは当分は無理だと聴きました。」
大変は情報を得た、正かと思われる火事で十人の大工が焼け死に、まだ数人が火傷で仕事に就くのは当
分の間は無理だと、では新しく建造する事に成っても少ない大工で果たして何時になれば完成するのだ。
「では、田中様、全ての軍艦が完成するのは相当な期間が掛かると思われるますねぇ~。」
「はい、其れは間違い無いとは思うのですが、私は今大工が何人居るのか其れは聞け出せなかったのです
が、何れにしましても相当な期間の遅れが生じる事には間違いは無いと思います。」
其れは源三郎にとっては良報なのか、其れとも、だが今菊池と上田では二隻の潜水船の建造に入ったば
かりで親方に知らせるべきか、いや知らせない方が良いのか源三郎の決断が急がれるのは間違いは無い。
「総司令。」
工藤と吉田が来た。
彼らも田中が帰って来たと聞いたのだろう。
「工藤さん、吉田さん。」
源三郎は田中から聴いた内容を話して良いものなのか考えており、暫くの沈黙が続き。
「工藤さん、吉田さん、お二人に今からお話しする事は他言無用に願います。」
工藤も吉田も源三郎の言葉で一瞬驚くが、源三郎の顔付きが普段と違うと思った。
「総司令、悪い知らせで御座いますか。」
「う~ん、その判断が出来ずに困って要るので、田中様から説明をお願いします。」
「はい、承知致しました。
では、お話しをさせて頂きますが、実は。」
その後、田中は工藤と吉田に対し、源三郎にした内容を話すと。
「総司令、私も判断に困ります。
内容としては我々には大変有利ですが、今度は軍艦の完成時期が判明せず、その為監視期間が延びます
ので兵士達の疲労が心配になります。」
「確かに工藤さんの申されます通りですが、余り長期間となれば潜水船の訓練方法も考え直す必要が有る
様にも思えるのですが。」
「私も同じ様に思いますが、一体どの様な方法が良いのか分からないのです。」
工藤も突然の話で訓練方法を変える必要は認めるが、果たしてどの様な方法を取れば良いのか直ぐには
思い付かないのだと。
「う~ん、これは大変難しいですねぇ~、簡単に訓練方法をと申しましたが、私も思い付きなので。」
「総司令、今の訓練はただ潜り浮上するだけなので、何かう~ん、誠に難しい問題です。」
吉田も混乱して要るのだろ。
「あっ、そうだ中佐殿、筏作戦は如何でしょうか。」
「筏作戦と申されましたが。」
「総司令、以前、上田の浜で巨大な筏を総司令と銀次さんのお二人で爆破されました事が。」
「あ~あの時の事ですか、私も覚えておりますが、その筏を作るのですか。」
「はい、全体は筏ですが、後部には舵の様な物と取り付け、其れを爆裂弾で爆破する作戦です。」
「えっ、では本当に爆破させるのか。」
「いいえ、中佐殿、爆裂弾の外側は本物ですが中味は浜の砂を入れて。」
「吉田さん、私も分かりましたよ、器は本物ですが中味が違うので模擬の爆裂弾で爆破の訓練を行うので
すね。」
「はい、その通りでして、中佐殿は軍艦を良く知られておられますので、別に本物で無くても良いと思う
のです。
其れと舵の部分は丸太を使い潜水船でその筏を探す事から始め、軍艦の舵を爆破し再び潜る事までを訓
練すればより実戦に近い訓練が出来ると思うのです。」
「工藤さん、吉田さんの発想は実戦訓練に近く、只本当に爆発するのかしないのかだけで本物に近い訓練
が出来ると思いますねぇ~。」
「確かに私も出来る事ならばより実戦に近い訓練を行う事が出来れば良いと考えておりましたので、吉田
の提案を採用したいと思います。」
吉田の提案が採用され筏が完成するまでは今まで通りの訓練を行う事になり、銀次達を呼び戻す事に
成った。
「私が文を認めますので吉田さんが上田に行って欲しいのです。
其れと、何も全員で無くても宜しいのでまぁ~数人で大丈夫だと思います。
浜には元太さんもおられるのですから。」
「銀次さんにはその様にお伝え致します。」
「総司令、私も少し安心しました。
これで軍艦が完成するまでの間は本物の訓練を行う事が出来ますので。」
そして、明くる日早朝吉田は源三郎の書状を携え上田に馬を飛ばし、夕刻には銀次達が野洲に戻った。
「源三郎様、直ぐに戻れと阿波野様から言われましたが、何か大変な事でも起きたのでしょうか。」
「銀次さん、実は大事はお話しが有るのです。」
その後、源三郎は銀次と仲間の十数名に詳しく説明した。
「源三郎様、そんな大切な事をオレ達に。」
「銀次さん達に頼ばずして一体どなたに頼めば宜しいのですか。」
源三郎の殺し文句に銀次達は感激し。
「源三郎様、分かりましたよ、オレ達に任せて下さい。
其れでどんな筏を作ればいいんですか。」
「銀次さん、明日、工藤さんから詳しく説明して頂けますので今日はこの執務室で休んで下さい。」
源三郎が役目を行なって要る執務室には何時でも数十人が泊まる事ができ、その世話役には今は加代と
すずが務めて要る。
雪乃と言うとこれがまた誰にも役目を就かせて貰えずに要るが、その代わりと言ってはなんだが、何時
も源三郎の傍で書き物の代筆を行なって要る。
銀次達はその後四日目には組み立てに入り、七日後には完成し八日目からは本格的な実戦に近い訓練に
入って行く。
源三郎はその頃上田の洞窟に居た。
「親方、如何ですか。」
「そうですねぇ~、この調子ならば後二十日ほどで完成すると思います。」
「えっ、そんなにも早く完成するのですか。」
「ええ、此処の大工さん達もよ~く頑張ってくれてますので、本当に嬉しいですよ。」
源三郎は親方の話でこれで余裕が出来ると、其れならば話も早いと思い。
「親方、大変申し訳ないのですが、もう一隻お願い出来ないでしょうか。」
「源三郎様、わしも思ってたんですよ、松川にも要るだろって。」
親方も源三郎から話が来るだろうと考えていた様子で源三郎の話に反対する必要も無かった。
「其れは大変有り難い、親方、此処で造って頂き、松川へは試験航海と言う名目で如何でしょう。」
「じゃ~洞窟の中をですか。」
「はい、五隻とは別に上田から松川まで自由に通り抜ける事を確かめたいのです。」
「源三郎様、分かりました。
では今の船が完成してから取り掛かりますので宜しいでしょうか。」
親方も今は別に急ぐ必要も無いと分かって要る。
だが松川から上田に抜ける事が出来るならば上田から遠回りする事も無くなり、其れが今後の作戦上に
は大きな役割を果たして行く事に成る。
そして、親方の言った通り二十日後には上田で最初の潜水船が完成し、明日は上田のお殿様を始め、阿
波野を含め数人が洞窟で潜水船を見ると決定した。
源三郎はげんた、工藤、吉田と更に潜水船に乗り込む予定の分隊が野洲を出立した。
「なぁ~あんちゃん、上田では予定よりも早く出来たんだなぁ~。」
「そうなんですよ、其れも銀次さん達のお陰でしてね、あの方式を採用したのが結果的には良かったので
すよ。」
「ふ~ん、そうか、まぁ~あんちゃんの事だから親方に。」
やはり、げんたは分かって要る。
上田では予定よりも早く完成したので源三郎は親方に何かを頼むだろうとげんたも感じていた。
「ええ、予定よりも早く完成しましたので親方に無理をお願いしております。」
「ふ~ん、やっぱりなぁ~、オレも同じ事を考えてたんだ。」
「総司令、親方に何かを頼まれたのですか。」
やはり工藤ではまだ源三郎の考えて要る事を理解するのは無理だ。
「工藤さん、先日、田中様よりの報告では官軍の軍艦が完成するまでは未だ相当の日数が掛かると、です
が我々の方は予定よりも早く完成しましたので、私は上田から松川へ抜ける洞窟を利用出来るのか、其れ
を確認する方法する為に上田で二隻目の潜水船を造り、その潜水船でこの洞窟を抜ける訓練が必要だと考
えたのです。」
「では其れが成功すれば上田からは岬を通過する事も無く松川へ抜けれるのですね。」
「そうなんですよ、其れが実現出来れば工藤さんも作戦が立てやすいのでは無いか思います。」
「中佐殿、これは素晴らしいですよ、私は大隊の兵士達からも聞いておりまして。」
「吉田さん、何を聞いておられたのですか。」
「兵士達の中には自分達も潜水船の訓練に参加したいと申しております。」
「ですがねぇ~、吉田さん、何も確信が有りませんのでまずは此処での訓練ですが、今も野洲でも行なっ
て要る訓練が出来ないかを考えて頂きたいのです。」
「私もあの訓練で兵士達が今まで以上に真剣に行う様になりましたので、この上田と菊池でも同じ訓練が
行えればと考えて要るのです。」
やはりそうなのか野洲での訓練は兵士達も取り組み方に変化が起きてきたのだと、其れならば菊池と上
田でも同じ方法を採用すれば兵士達もより実戦に向けた訓練が行えるのだ。
「分かりました、では私から銀次さん達に頼みますからね、工藤さんは其れで宜しいでしょうか。」
「勿論で御座います。
私は兵士達から申し出された事に対し嬉しく思って要るのです。
総司令が命令を出されない理由がこの頃になって要約理解出来る様になりました。」
「工藤さん、私は別に意識して要るのではないのです。
兵隊さんも吉田さんが元武士で武士と言うのは悪い言い方ですが農民さんや漁師さん達に対し優れて要
るのだと、其れはこの数百年間も変わる事無く続いておりました。
ですが本当のところ武士は何も出来ないと分かったのです。
この浜の漁師さん達が命懸けで漁に出なければ我々は魚も食べる事も出来ないし、お米や野菜でも同じ
でしてね、農民さんが空を見て今日や明日の天気は一体どうなるのか其れが毎日の連続で数十日間も苦労
され作られた作物が我々の口に入るのです。
ですが武士は読み書きと剣術だけで果たして他に何が出来るのでしょうかねぇ~。」
「総司令、私も官軍に入る頃に官軍は世直しをして農民や漁民達、其れに町民の時代を作るんだと言われ、最初は衝撃を受けましたが、確かに以前はあの人達が苦労されている事を全くと言っても良い程知らなかったのです。
魚でもお米でも金子を出せば買える、其れが当たり前だと、ですがこの数年間の官軍の一部の者達が官
軍を利用し、以前よりも恐ろしい事を行なっており、私は其れが許せ無かったのです。
今度の軍艦も幕府軍との戦いに使うならば私も理解出来ますが、でもその前に金塊を略奪すると言う別
の方向へと。」
「其れは私も同じですねぇ~、異国の軍艦を買うと言うのは他に何か目的が有ると私は考えたのです。」
工藤も何かを感じて要るのか、新型の軍艦で佐渡の金塊を奪い異国の軍艦を購入し幕府軍の本丸を攻撃
すると言うが、其れが全てなのだろうか、と近頃の源三郎は考える様になった。
工藤や吉田の話ではこの戦は余り長期間に及ぶ事は無いと、だが官軍の一部が異国から軍艦を購入する
と言うが一体その国は何処なのだ、源三郎は幾ら考えても腑に落ちない。
では異国から軍艦を購入すると言うのはその者達が作った話で、果たしてどの様になるのか、話しの途
中で源三郎達は上田に着いたがお城には寄らず浜へと向かい其のまま洞窟へと入った。
「総司令、お待ち致しておりました。」
「阿波野様、予定よりも早く完成しましたねぇ~。」
「源三郎殿、私も嬉しいですよ、上田の洞窟で潜水船が造られたのですから。」
「殿、これからで御座います。」
源三郎の言うこれからと言う意味は別の意味も有り、上田の洞窟でこの先も潜水船を造ると言う意味も
含まれて要るのだが。
「そうでした、今日は潜水船を海に出すのでした。」
「殿様、今日から分隊も実戦訓練に入りますので。」
「源三郎殿、訓練は直ぐに始められるのですか。」
「はい、今の連合国に余裕などは無く、一日の猶予が取り返しのつかない事も考えられますので。」
「わかりました、分隊の兵士も大変だと思うが。」
「殿様、此処でも訓練は分隊だけでは出来ませぬ。
上田の漁師さん達の協力が無ければ無理なので御座います。」
「では漁師達も訓練に参加すると申されるのか。」
「はい、その模様を後から見て頂きますので。」
「源三郎様。」
「銀次さん、準備の方は。」
「はい、全部終わりました。」
「そうですか、では始めましょうか。」
「はい、お~いみんな行くぞ。」
「お~。」
此処での主力は銀次達で工藤も吉田達は何も手出しはしない。
「よ~し縄を解け。」
銀次の合図で一本の太い縄が解かれ、其の時、船体のきしむ音と共に潜水船はゆっくりと洞窟内の海へ
と入って行く。
「よ~し、その調子だ、もう少しだ。」
その後、潜水船は岸壁に繋がれ。
「源三郎様、終わりました。」
「銀次さん、有難う。」
「阿波野、銀次達の連携は素晴らしいのぉ~。」
「はい、私も同感で御座います。
総司令が全幅の信頼を寄せておられますので。」
「中尉、準備は整って要るのですか。」
「はい、分隊は五合弾に砂を詰め、これから湾の中で実戦訓練に入ります。」
「源三郎様、今から砂袋を入れますので。」
この頃になると砂袋を積み込む作業も早くなり砂袋を置く場所も分かっており直ぐに終わった。
「源三郎様、全部終わりましたので何時でも宜しいですよ。」
「はい、分かりました。
工藤さん、分隊の乗り込みを始めて下さい。」
「はい、承知しました。
吉田中尉、分隊の乗船を開始せよ。」
「はい、了解です。
分隊、乗船開始。」
分隊長を先頭に分隊の兵士は数個の爆裂弾を持ち潜水船へと乗り込みを開始した。
「銀次さん、大変素晴らしいですねぇ~、やはり銀次さんが提案されたので良かったと思います。」
「源三郎様、オレ達の仲間もこれからは造るだけでなく色々と考えるって言ってました。」
「其れは大変素晴らしい事ですよ、皆さんが現場でこれは改良出来ると言うので有れば何時でも宜しいで
すからどんどんと改良して下さいね。」
「源三郎様、有難う御座います。
其れでさっき親方から聴いたんですが此処でもう一隻造るって。」
「銀次さん、実はですねぇ~、ですが少し待って下さい、その話は後でしますので、工藤さん、洞窟を出
て訓練を開始して下さい。
殿様、先程、私が申す上げました漁師さん達の協力が無ければ訓練が出来ないと言う話を。」
「源三郎殿、其れを今から見せてくれると申されるのですか。」
「はい、では殿様、小舟に乗って頂き外に参りましょうか。」
源三郎は上田の殿様と阿波野と一緒の小舟に乗り外に出ると大きな筏が海上で待機して要る。
「皆さん、間も無く潜水船が洞窟から出て来ますので、では宜しくお願いしま~す。」
「お~。」
「えっ、一体何処から。」
「殿、間も無く何故漁師さん達の協力が無ければならないのか、其れが分かりますので。」
殿様は筏の向こう側に十数艘の小舟が待機して要る事を知らなかった。
そして。
「えっ、源三郎殿、あれは。」
殿様が驚いたのは大きな筏が湾の中央に向かい動き始めた。
「源三郎殿、分かりましたよ、此方から見えないが向こう側には漁師が小舟を漕いでいるのですね。」
「殿、左様で御座います。
小舟は十数艘も有りますので漁師さん達で無ければ呼吸が合わないので御座います。」
「う~ん、漁師達も大変じゃ、阿波野。」
「殿、全て承知致しておりますので手配も終わっております。」
阿波野もこの様な事が行われるとなれば漁師達の生活も考えなければならないと早くから城下の米問屋、海産物問屋に対し食料を届ける様に手配を済ませていた。
「源三郎殿、あの訓練ですが筏の動きは潜水船の乗組員は知って要るのですか。」
「何も知らされておりませぬ、更に漁師達が一体どの方向に向かうのか私も知りません。」
「では、漁師達の筏を探すのも訓練の内なのでは。」
「殿、遠くで発見すれば其れから潜水船は潜りまして潜水鏡だけで探すので御座います。」
「では、潜水船と筏の漁師達の知恵比べと、う~ん、これはお互いと言うよりも潜水船は一刻でも早く筏を発見しなければならないのか。」
「殿、今は湾内の狭い所ですが外海に出ますれば其れがどれ程にも広いのか、其れを早く発見し爆裂弾を
付けなければなりません。
この訓練に関しましては潜水船の乗組員全員が団結しなければならないと考えております。」
洞窟を出た潜水船は漁師達が操る小舟に引かれる筏がどの方向に移動しているのかも知らされず、潜水
鏡で必死になり筏を探し回って要る。
漁師達も潜水船に発見され無い様にと連携を取り合いその為簡単には発見出来ない。
其れでも暫くすると筏は発見され筏の後部に着くと一早く爆裂弾を取り付け導火線に点火し、だが実際
には行われず点火した事とし直ぐ潜らなければならない。
この訓練に関して吉田は分隊長も含め全員が出来る様にと指示を出して要る。
一回目の訓練が終わると小舟の漁師達も交代の為に浜に戻って来るが漁師達の疲労は大変で一度小舟に
乗り漕ぎ続ける為で同じ漁師達が続けるの無理だと、源三郎は一度の訓練が終われば交代だと決めた。
「う~ん、これは思う以上漁師達は大変だ、阿波野、食料だけは十分に届けさせよ、よしお酒もだ城の酒
を出せ。」
「はい、承知致しました。」
上田の殿様も漁師達には息抜きが必要だと思ったのだろう。
「銀次さん、お待たせてしましたね。」
「いいえ、源三郎様、オレ達も分かってますので。」
「そうですか、其れで先程の話しですが、この上田でもう一隻造りたいのですが。」
「はい、其れは勿論ですよ、源三郎様、其れと菊池に行った仲間から話が有りましてね。」
「多分、同じ様にだと思いますが。」
「はい、そうなんですよ、其れとまだ有るんですが。」
源三郎は菊池の洞窟が野洲よりも多く、更に大きいと、だが其れを忘れていた。
「銀次さん、どの様な話しですか。」
「源三郎様、仲間が言うのは菊池の浜には野洲よりも大きな洞窟が数十カ所も有るって漁師さんから聴い
たって。」
「あ~その話しですか、私が忘れておりました。
確かに私も漁師さんから聞いておりましたよ。」
「源三郎様、仲間は野洲の洞窟と同じ様に整地したいって言うんですが。」
銀次達は菊池から上田に掛けての洞窟を整理するつもりなのか、だが源三郎の考えは少し違って要る。
「銀次さん、私は菊池に有る洞窟を利用したいのですがね、食料の備蓄も大切だと思って要るのです。
其の前に菊池から野洲に通じる洞窟が有ればと考えて要るのです。」
銀次達の仕事は菊池と上田の洞窟で潜水船の建造が終われば一応の終わりで有る。
だが、今、源三郎が菊池から野洲に通じる洞窟が必要だと、だとすればこの先も仕事は続くのだと、更
に菊池から野洲に通じれば岬を回ると言う遠回りが無くなり大いに助かるので有る。
「源三郎様、分かりました。
オレが仲間に言って一番大きな洞窟で菊池から野洲に近い所を探す様に言いますんで。」
源三郎は菊池の漁師で三太の話を思い出した。
菊池の湾内には三十個もの大きな洞窟有り、だがその全てを利用するには大変な無理が有る。
更に幕府軍と官軍との大きな戦が終わり、官軍が勝利すれば新たな時代が来る、其れは全く新しい政治
が始まれば世の中が一変し、今まで数百年間も武家社会によって苦しめられてきた農民や漁民達、其れに
町民達も少しは豊かな暮らしが出来るだろう、と源三郎は新しい政府に対し少しの期待を寄せて要る。
だが果たして本当にその様な希望に溢れた世の中が実現するのだろうか、源三郎は期待と少しの不安をを抱いて要る。
其れでも当面の敵と思われる軍艦の完成は間違いは無い。
「源三郎様、菊池の洞窟でこれからも潜水船を造るんですか。」
「う~ん、其れがねぇ~少し私もこれからの先の事を色々と考えなければならないのですが、まぁ~今は
もう一隻お願い出来れば考えて要るのですがね。」
銀次は上田と同じ様に菊池でも一隻は造る事に成るだろうと思っては要る。
だがその後は造る必要も無いのだろうか、と考えていた。
「源三郎様、オレはもっと造るべきだと考えてるんですよ。」
「えっ、もっと造るんですか。」
「はい、オレはこの先一体どんなになるのか全然分からないんですが、源三郎様が言われて要る領民を守
るんだ、その為には何でもするって、今、幕府軍か官軍が攻めて来たら逃げ込む場所が無いんです。
オレは領民の為には洞窟を整地する必要が有ると思うんですよ、その中には食料も置くんだったら領民
も助かると思うんですが。」
源三郎は最初の頃の事を忘れかけていた。
「銀次さん、本当に有難う。
私は何時の間にか忘れておりましたよ、銀次さんのお陰で私は原点を思い出しました。」
「じゃ~本当にいいんですか。」
「銀次さん、お任せしますので、ですが大変ですよ。」
「源三郎様、本当の事を言いますと、仲間が今の潜水船造りが終わったらオレ達の仕事が無くなるって
其れで何とかして仕事を探そうって其れで洞窟の整地をさせて頂きたいって。」
「銀次さんのお仲間には私が感謝しておりますとお伝え下さい。」
「源三郎様、オレ達はそんな事なんか考えてませんよ、其れに原木を敷き詰める仕事も有りますんで。」
勿論、銀次も一抹の不安は有った。
野洲での仕事が終わり、上田の仕事も終われば菊池でも終わる。
仕事が無く成れば食べる事が出来なくなると、其れは仲間が考えていた事で源三郎の許可さえ貰える事
が出来れば菊池の洞窟の整地に入る事に成り、そうなれば食べ事も出来不安も消えると。
「銀次さん、ですが眠る所は有るのですか。」
「源三郎様、潜水船を造った洞窟が有りますので大丈夫ですよ。」
銀次の仲間も同じ事を話ていたが菊池の浜にも銀次達の眠る為だけの長屋が建てられている。
「其れに浜には長屋も有りまんで。」
「そうですか、私も出来るだけの事はしますが、私から浜のお母さん達と高野様にもお願いをして置きま
すので。」
其れから数日後、銀次達全員が朝もやの野洲から菊池へと向かった。
「銀次さん。」
「源三郎様、わざわざ有難う御座います。」
「いいえ、私の不注意で皆さん方にご迷惑をお掛けし申し訳有りませんでした。」
源三郎は銀次達に深々と頭を下げた。
「源三郎様、よして下さいよ、そんな水臭い事を、オレ達はそんな事なんか全然考えてませんよ、オレ達
が勝手に仕事を作ったんで、本当は起こられるって思ったんですよ、なぁ~みんな。」
「そうですよ、だって源三郎様はオレの命の恩人なんですから、そんな事今まで考えた事なんか有りませ
んから。」
「そうですよ、まぁ~これでおまんまも頂けるんで、オレ達の勝っ手を許して下さい、源三郎様。」
「皆さん、本当に有難う、私もこれからは菊池にも行かせて頂きますのでね、ですが皆さん、事故だけに
は気を付けて下さいね。」
「はい、じゃ~源三郎様、行ってきま~す。」
銀次達は源三郎の見送りを受け、手を振りながら菊池へと向かった。
数日後。
「う~ん。」
突然、雪乃がうなり声を上げた。
「雪乃殿、如何されました。」
「お腹が。」
「えっ、加世殿、すず殿。」
「直ぐに参ります。」
「う~ん。」
と、雪乃はお腹を押さえ苦しみ出した。
「雪乃様。」
「あっ、産気付かれたのでは。」
雪乃は産み月に入っており、子供が何時生まれても良かった。
「源三郎様、雪乃様に。」
「えっ。」
と言ったが、源三郎には全く分からない。
「雪乃様、お部屋に参りましょう。」
雪乃は頷くだけで、加代とすずに抱えられ執務室を出、雪乃の部屋へ向かった。
「加世殿、雪乃殿は大丈夫なのですか。」
「はい、大丈夫で御座います。
今日か明日の明け方には源三郎様のお子様がお生まれになります。」
「えっ、では私に子供が、其れは大変だ。」
日頃は冷静な源三郎が慌てて要る。
だが源三郎にはどうする事も出来ない。
「父上、父上、大変で御座います。」
「源三郎、何が大変なのだ。」
「父上、子供が生まれます。」
「何、子供、でかしたぞ、其れでもう生まれたのか。」
源三郎の父上は藩の筆頭家老で源三郎と同じで日頃から何事に対しても慌てる様な人物では無い。
だがその筆頭家老が源三郎よりも余程慌てて要る。
「権三、如何致したのじゃ、え~その様に慌てて。」
「殿、大変で御座います、雪乃が。」
「何、雪乃に何か有ったのか。」
「はい、子供が、子供が。」
「何じゃと、生まれたか、で男なのか女子なのか、どうなのじゃ権三。」
やはり殿様もか。
「源三郎、どうなのじゃ。」
「殿、父上、先程産気付かれ、今加世殿とすず殿が部屋に連れて戻りましたところでして。」
「では、未だだと申すのか。」
「はい、加世殿は今日か明日の明け方にはと。」
「何じゃ、二人共慌てるでは無い、だが大変じゃ奥にも知らせねば。」
お殿様も大急ぎで奥方様の部屋と向かった。
だが勘違いは其れだけで終わらなかった。
その頃、執務室には丁度中川屋と伊勢屋の番頭と丁稚が来ており、その後大騒ぎが始まる事に。
「中川屋さん、これは大変ですよ、奥方様が。」
「はい、私も直ぐ戻りお祝いの準備に入りますので。」
と、中川屋と伊勢屋の番頭さんは大急ぎで店へと走って戻るが、その途中で。
「お~い大変、源三郎様が。」
「中川屋の番頭さん、源三郎様がどうしたんだ。」
「お~あんたは、うん、今源三郎様にお子様がお生まれるになるんだ。」
「わぁ~其れは大変だ、オレはみんなに知らせるよ。」
だがこの男の一声が城下で大混乱を引き起こす事に成るとは誰も思っていない。
「お~いみんな、源三郎様がお子様を生まれたぞ。」
「何だと、源三郎様がお子様を生んだって、お前、源三郎様は男なんだ、男が子供産む訳が無いんだ。」
「そうか、じゃ~奥方様だ。」
「うん、分かった、其れでどっちが生まれたんだ。」
「えっ、オレは、う~ん、そうだ双子だ。」
「えっ、本当か、双子かそりゃ~大変だ、オレもみんなに知れせるぜ。」
城下の町民達の話は段々と違って行く。
「何、源三郎様に三つ子か、其れは大変だ。」
と、次々と話は膨れ上がり、そして最後には。
「何だと、源三郎様に男が三人と女の子が二人もお生まれに、よ~しみんなでお祝いに行こうぜ。」
まぁ~何と話が間違って伝わり、産気付いた話が何時の間にか五つ子が誕生したと城下では大騒ぎで、
その話しは農村にも漁村にも伝わり、さぁ~大変な事に成った。
「雪乃様、まだまだで御座います。」
「はい、う~ん。」
と、だがさすがに雪乃だ大声も上げず、其れでも苦しいのだと。
「えっ、ねぇ~ちゃんが赤ちゃん産んだって、母ちゃん、オレ行って来るぜ。」
「あいよ、母ちゃんも後から行くからね。」
げんたは表に飛び出すと。
「お~い、元太あんちゃん、大変だ。」
「えっ、大変って、一体何が大変なんだ。」
「ねぇ~ちゃんが大変なんだ。」
「奥方様に何か有ったのか。」
「赤ちゃんが生まれたんだ、其れも五人もだって。」
「えっ、本当か、これは大変だ、う~ん。」
元太は何を考えている。」
「お~い、源三郎様の奥方様がお子様を産んだって。」
「えっ、じゃ~今から行くよ。」
「行くって、何処に行くんだ。」
「元太、そんな事決まってるじゃ無いかお祝いに行くんだ、源三郎様の所に。」
「今からお城に行くってか、其れよりも漁に出て大きな。」
「よ~し、決まった、みんなで行くぞ。」
元太は大きなと言ったが、一体何が大きなだ、浜のお母さん達も子供達も、だが何も其れはこの浜だけ
に収まらず、農村からは荷車を引いてお城へ、荷車には何を積んでいるのだろうか。
「源三郎、松川の。」
「はい、承知致しました。」
松川の大殿様は源三郎にとっては義理の父上で有り、雪乃が子供を産むとだけ認め、早馬で行かせた。
夕刻近くになると城下からは中川屋と伊勢屋達が先頭になり、源三郎と雪乃へのお祝いの品物を積んだ
荷車が数台と、城下の者達はと言うと、一体何を持って要るのか数十人が一升徳利を持ち、更に後からは
大きな樽が積まれた荷車が、其れもこれも全て源三郎と雪乃に送ると言うお祝いの品物で有る。
「吉田中尉、城下から大勢の人達がお城に向かって来られます。」
「えっ、お城で何か大変な事でも起きたのだろうか、誰か直ぐに総司令にお聞きするんだ。」
大手門近くには吉田中尉達の大部隊が駐屯し、昼夜を違わずお城の警戒に当たって要る。
「吉田中尉殿、大変です。」
「何が大変なんですか。」
「はい、其れが、総司令の奥様が産気付かれたと。」
「えっ、其れは一大事だ直ぐ中佐殿にお伝えするんだ。」
兵士も大慌てで工藤の所に走った。
「中佐殿、大変です。」
「一体どうしたんだ。」
「はい、総司令にお子様が誕生されます。」
「えっ、其れは誠ですか。」
「はい、自分が執務室で直接聞いて参りましたので、吉田中尉には報告しました。
あっ、そうだ、城下からは其れはもう大変な事で大勢の人達がお城へと向かっております。」
「えっ、やはりそうですか。」
工藤は一体何を考えて、どうすればいいのか分からない。
だが源三郎に子供が誕生すると知るや城下の人達が続々とお城へと向かって要る。
工藤達もこの様な体験は初めてで他の国では到底考えられ無い話で有る。
幾ら源三郎が領民に慕われて要るとは言え、藩主でも無く、若君でも無い、父は筆頭家老だが其れにし
ても全く不思議でならない。
権力を使うでもなく、だが其れが源三郎の人柄なのだろうが、どの様に考えても全く理解不可能な野洲
で有る事に間違いは無い。
「わぁ~大変だ。」
大手門の門番は大声で叫び。
「誰か来てくれ。」
「一体、えっ、わぁ~。」
数人の門番が駆け付けると、もう其処には城下から大勢が詰め掛けて要る。
「お~い、源三郎様は。」
「源三郎様に会わせてくれよ。」
「みんな、一体どうしたんだ。」
「何だと、あんたは何も知らないのか。」
「えっ、何も知らないのかって、源三郎様に何が有ったんだ。」
「門番さんよ~、源三郎様が子供を産んだって。」
「えっ、源三郎様が子供を産んだって。」
「いや間違いだ、奥方様がお子様をお産みになったって聞いたんだ。」
「えっ、私は何も聞いてませんよ。」
「そんな事はどうでもいいんだ、早く源三郎様に会わせろ。」
大手門の騒ぎを聞き付けた執務室の家臣達が駆け付けた。
「一体、何事ですか。」
「源三郎様にお子様が誕生したって聴いたんです、其れに五人も。」
「えっ、誰がその様な事を奥様はまだお産みになっておりませんよ。」
「えっ、じゃ~嘘なのか。」
「皆さん、よ~く聞いてね、雪乃様は確かに産気付かれ、今、お部屋に入られましたが、早くて今日、多
分ですが明日の明け方近くにはお子様が誕生されると私達も聞いておりますので、皆さんは一度帰って頂
きたいのです。」
「お侍様、じゃ~奥様は大丈夫なんですか。」
「はい、大丈夫だと伺っております。」
「其れで源三郎様は一体。」
「先程、お殿様のお部屋に向かわれましたので。」
「なぁ~ん、だけど、男の子かなぁ~、其れとも女の子かなぁ~。」
「まぁ~でも良かったよ、お侍様、お誕生になられたらご城下にも知らせて下さるんですか。」
「勿論ですよ、皆さんには必ずお知らせしますから、今は何とかお願いします。」
執務室の家臣達から事情を聴き納得して要るのは大手門近くの町民達だけで、後方の者達のは全く分か
らない。
「お~い、みんな少し静かにして聞いて欲しいんだ。」
「お~い、静かにしてくれ。」
少しずつだが領民達は静まり始め、そして。
「皆さん、今、お侍様から聴きましたが、源三郎様のお子様が産まれるのは明日の明け方の様です。
其れと奥様は大変お元気でおられ、今、お部屋に入られておられますので、一度皆さんは家に帰って下
さい、と、申されておられます。」
「じゃ~御生まれになったら城下にも知らせが有るのか。」
「はい、今、お侍様が必ず知らせますと申されました。」
やがてその話は後方の町民達にも知らされて行き。
「まぁ~皆さん、その様な話しですので家に帰って下さい。」
「よ~し、分かったよ、だけど源三郎様は。」
「源三郎様は今お殿様とお話しをされておられますと。」
「まぁ~それじゃ~仕方無いか、オレ達も一度帰るとするか。」
「まぁ~なぁ~、そうだ今からみんなで祝杯を挙げるとするか。」
「よ~し、決まった、お~いみんな行くぞ。」
まぁ~何とも気の早い連中だ、今頃は雪乃が子供を産む苦しみを味わって要ると言うのに、町民の多く
は早くも祝杯を挙げると城下へ戻って行く。
「あの~、お侍様。」
「中川屋さん。」
「はい、私と伊勢屋さんで源三郎様と雪乃様にお祝いをと思いまして。」
中川屋と伊勢屋は荷車数台に山積みされた祝い物を持参して来た。
「私には判断出来ませんので少しお待ち頂いて宜しいでしょうか。
其れと此処ではなんですので執務室に入って下さい。」
「はい、承知致しました。」
中川屋と伊勢屋の店主は正装して要る。
其れにしても一体誰が、まぁ~其れにしても源三郎と雪乃はこの野洲では一番の人気者で大人から子供
までもが知って要る。
「中佐殿、我々は一体どうすれば宜しいのでしょうか。」
「いゃ~私も初めて見ましたよ、其れにしても源三郎様と言うお方の人気は恐ろしい程です。
私は今まであの様な光景を見た事も無いですよ。」
「私も驚いて要ると言うよりも、呆れ果てましたよ、私は何と表現して良いのか分からないのです。」
「小川少尉、私はもう唖然として一体どの様にして良いものかも分からないんですが。」
「吉田中尉殿だけでは有りませんよ、他の兵士達は口を開け、唖然としておりましたからねぇ~。」
「あんちゃんは。」
「お~げんた殿か、其れが今殿様の所に今行かれてますよ。」
「そうか、じゃ~なっ。」
さぁ~大変だ、野洲で一番恐れる事が起きるかも知れない。
げんたは平然と入り、其のまま城内へと消えた、だがげんたの様子が何時もと違うと門番は思った。
げんたに一体何が有ったのだろうか。
「あんちゃん。」
「お~げんたか、如何致したのですか。」
「あんちゃん、オレ、頼みが有るんだけどなぁ~、聴いてくれるか。」
「えっ、げんた、身体でも悪いのですか。」
源三郎はてっきり子供が産まれる話で来たもんだと思ったのだが、げんたの様子が。
「いや、何とも無いよ、其れよりもオレはあの連発銃と弾を借りたいんだけど。」
「何じゃと、鉄砲と弾をじゃと。」
殿様も源三郎と同じで、其れが何と連発銃と弾を貸して欲しいと。
「げんた、連発銃を何に使うのです。」
「まぁ~なっ、少し調べたい事が有るんだ。」
「調べたい事とは一体何を調べるんですか。」
「あんちゃん、まぁ~いいから、で貸してくれるのかくれないのかどっちなんだ。」
「宜しいですよ、では行きましょうか、殿、後程参りますので。」
「源三郎、分かったぞ。」
お殿様も何か期待外れで何時ものげんたならば源三郎に子供が出来ると聴くだけで大変な騒ぎになる、
だが子供の事も聞かず、突然連発銃を貸せとは、げんたに何が有ったのだろうかとお殿様も考えるが。
「げんた、連発銃で何を調べるのですか。」
「まぁ~其れは出来てからのお楽しみって、だけど其れを作れるのかはオレも全然自信が無いんだ。」
「そうですか、分かりましたよ、まぁ~げんたの事ですから私は何も心配はしませんがね、但し、取り扱
いだけは注意して下さいよ。」
「うん、分かったよ、其れと工藤さんか吉田さんでもいいんだけど。」
「呼ぶのですね。」
「うん、頼むよ。」
源三郎はげんたが新しい何かを作ろうと考えて要る事だけは分かる、だが一体何を作るのか、げんたは
其れ以上何も話さない、二人が執務室に入ると。
「どなたか連発銃と弾を数発持って来て下さい。」
「はい、直ぐにお持ちします。」
執務室の奥には頑丈な鍵の掛かる部屋が有り、その中に連発銃と弾薬が保管されて要る。
「其れと、工藤さんと吉田さんを呼んで頂きたいのです。」
「総司令、連発銃と弾丸を五発ですが宜しいでしょうか。」
「はい、其れで宜しいですよ、げんた、其れで一体何を調べるのですか。」
「うん、少しね。」
げんたは撃鉄辺りと見て弾丸を見て要る。
「総司令、お呼びでしょうか。」
「工藤さん、私では無く、げんたが聴きたいと。」
「えっ、技師長がですか、其れで何を。」
「工藤さん、この弾の先の部分を取る事は出来るんですか。」
「ええ、其れは出来ますが。」
「じゃ~取って欲しいんだけど。」
「分かりました、中尉、外して下さい。
「では、外して持って来ますので。」
「ねぇ~少し聴きたいんだけど、この弾の真ん中の、これが当たると中の火薬が爆発して先の弾が飛び出
すんですよね。」
「はい、そうですが、其れが何か。」
「うん、まぁ~ね。」
げんたは何も言わない。
「技師長、一体何をされるんですか。」
「う~ん、今、みんなに話しても、まぁ~あんちゃんでも分からないと思うんだ。」
「えっ、ですがげんた、何を考えて要るのですか。」
「オレはなぁ~今この弾と連発銃を見て、まぁ~みんなが腰を抜かす様な物を作るからね。」
「腰を抜かす様な物ですか、工藤さんは分かりますか、私は全く分からないのですがねぇ~。」
「総司令、私も全く考え付きませんが。」
「中佐殿、外して来ましたが。」
「ふ~ん、これがそうか、う~ん、そうか。」
げんたは弾丸の先を外した薬莢をしげしげと見て独り言を言って。
「あんちゃん、これ貸してくれるね。」
「宜しいですが、連発銃に弾は入れないで下さいよ。」
「うん、わかってるよ、じゃ~なっ、あっそうだねぇ~ちゃんは大丈夫なのか。」
「ええ、今、加世殿とすず殿が付き添っておりますので。」
やっと、その話しになったかと源三郎は思うが。
「其れで何時産まれるんだ。」
「げんた、私に其の様な事は分かりませんよ、ですが、加世殿の話では明日の明け方近くだと。」
「へぇ~そんなにか、じゃ~ねぇ~ちゃんはずっ~と苦しんでるのか。」
「その様ですが、私は何も出来ませんのでねぇ~、その様な時にげんたが来て他の話しだったので少し気
休めになりましたがねぇ~、其れでも心配ですよ。」
「ふ~ん、そんなものか、オレ、これを持って帰って分解していいか。」
「えっ、連発銃を分解するのですか。」
「うん、でもなぁ~。」
「其れは任せますが気を付けて下さいよ。」
「うん、じゃ~なっ。」
げんたはあっさりと帰って行く。
「総司令、技師長は一体何を作られるのでしょうか。」
「私は全く理解出来ませんよ、潜水船の時もでしたからねぇ~。」
「ですが、我々が聞いても全く理解出来ない物とは、私も想像も出来ないです。」
「工藤さん、げんたに任せましょう、其れよりも官軍の軍艦の完成が遅れて要る様で、予定の日が過ぎて
おりますが見張りの方はどの様になって要るのでしょうか。」
「はい、山賀の岬から松川、上田、野洲へと各岬の先端には常に十名が監視しており、何かを発見すれば
直ぐ連絡が入る様になっております。」
「其れは何よりですねぇ~、其れと訓練の方ですが。」
「はい、漁師さん達の協力のお陰で、私としましては満足しては駄目だと思うのですが、小川少尉の話で
は、菊池から上田に至るまで、まぁ~簡単に申しますと漁師さん達の操る筏を見付けるのと爆薬を取り付
ける事が良く出来て要ると。」
「そうですか、では皆さんも漁師さん達とは仲良しになられたのでしょうねぇ~。」
「はい、勿論でして、休みの時には漁師さん達との食事が一番嬉しいと聞いております。」
「そうですか、私は官軍が来ない事を願って要るのですがねぇ~。」
「総司令、私も同感でして、ですが、私はこの数日が山だと考えておりまして、特に山賀と松川の見張り
所には各三個小隊で監視に当たらせております。」
「皆さんも大変だとは思いますが、何卒宜しくとお伝え下さい。」
「はい、承知致しました。」
そして、明くる日早朝。
「おぎゃ~、おぎゃ~。」
遂に産まれた、源三郎の第一子で有る。
「源三郎様、丸まるとした男の子で御座います。」
おめでとう御座います。」
「加世殿、有難う。」
「ご家老様、御生まれになりました。
丸まるとした男の子で御座います。」
と、すずがご家老に報告した。
「そうか、男の子か、で雪乃は大丈夫なのか。」
「はい、母子とも大丈夫で御座います。」
「そうだこうしてはおれぬ。」
さぁ~大変だ、ご家老は一体何処に行くのだ。
「お~い、源三郎。」
「はい。」
「良かったなぁ~、で雪乃は。」
「はい。」
「直ぐに行ってやらぬか。」
「はい。」
「わしは殿にご報告するからの~。」
「はい。」
源三郎ははいと返事するだけだ。
「雪乃殿、大変で御座いましたが、本当に有難う、私は何とお礼を申して良いのか分かりませぬ。」
「源三郎様、私も嬉しゅう御座います。
義父上様も大喜びだと思います。」
「勿論ですよ、我が家では初孫ですから、もう大変な喜び様でして、雪乃殿、ゆっくりとお休みして下さ
いね。」
「はい、源三郎様、有難う御座います。」
「権三、権三は何処じゃ、何処に居るのじゃ。」
お殿様も腰元より産まれたと連絡を受け、ご家老様を探して要る。
お殿様にしても身内なのだ、さぁ~城内の、いや城下の騒ぎはこれで終わるはずが無い。
「お~い、源三郎様に男の子が誕生したぞ。」
家臣の中には我が身の様に大喜びする者もおり、まぁ~大変な騒ぎになる事は間違いは無い。
「総司令、おめでとう御座います。
男子誕生で私達も一安心で御座います。」
「工藤さん、有難う御座います。
私もやっと安心しましたよ、私は別に男の子でも女の子でもどちらでも元気で有れば全てよしでしたか
らねぇ~。」
「誰か城下に。」
「もう行ったよ。」
「えっ、本当か、其れにしても早いなぁ~。」
執務室の家臣達は男子誕生と聞いて直ぐ城下へと飛んで行った。
「お~い、皆さん、産まれましたよ、産まれたんですよ、源三郎様に男の子が。」
「わぁ~大変だ、オレはみんなに知らせに行くよ。」
「じゃ~オレ達もだ、みんな行くぜ。」
城下の領民が源三郎に男子誕生したと会う人に伝え回って要る。
「そうか、其れは良かったなぁ~、そうだ直ぐ伊勢屋さんにも。」
中川屋の番頭さんは大喜びで伊勢屋に向かったが。
「誰か中川屋さんと大川屋さんにも大至急知らせて下さい。」
この様になると誰にも止める事は出来ない。
伝え聴いた城下の人達が喜びを身体中に表せお城へと駆け付け始めた。
源三郎は松川の大殿様へ書状を認め早馬を出した。
勿論、浜のげんた達にも伝わり、其れは農村でも知らせを聴いた農民達が一斉にお城へと向かった。
その頃、官軍の軍艦五隻が一斉に出港し一路佐渡へと向かったが、源三郎達には知る由も無かった。
後、数日も経てば山賀の沖に現れる、さぁ~果たして連合国の潜水船が活躍出来るのだろうか、其の時
は刻、一刻と迫って要る。