第 40 話。活動開始する家臣達。
源三郎と他の藩主や職人達は自国へと戻って行く。
「若、山賀も海へと掘り進める方向で如何でしょうか。」
「ご家老、私も同じ事を考えておりましたが、その為にも山賀の家臣が領民に対し詳しく話さなければな
らないと考えて要るのですが。」
山賀の松之介は源三郎が言った様に城中の者達だけでは進まないと、何としても領民の手助けが必要
だ、その為には家臣一同が領民に対し、現状を説明しなければならず、だが、領民は家臣とは違い、職業
によっては他人事の様に取られる者達も要るで有ろうが、その様な人達にも納得させなければ今進めて要
る工事は完成出来るとは考えられないので有る。
「若、私も城下の人達に説明は大変重要だと認識致しておりますが、我々の考えて要る以上に困難な事だ
と思っておるので御座います。」
だがその前に山賀の家臣達には本当の意味での危機感は有るのだろうか、口では納得したと言うだろう
が本当の意味で現状を理解し、納得しているのか、まず家臣達がどれ程理解して要るのか確かめなくては
ならず、其れでも、先日鬼家老の一派を処分した事で家臣達は晴々としたのだろうか数人の家臣に聴くと
其れが以外にも家臣達は理解していたので有る。
「ご家老、明日の朝、剣術道場から説明会行いますので、数人を選んで頂きたいのですが。」
「若様、私が参りますので。」
「拙者も参ります。」
「えっ、ですが全員と言う訳には参りませんので。」
「では、私は領民さんの話を書き写しますので。」
「ご家老も参られるのでしょうか。」
「うん、私は道場主の奥方が近所の奥様方を集められると思いますので。」
「では、私も参りますので。」
「私も行きますよ。」
家臣達は次々と説明会に参加すると申し出て要る。
「分かりましたよ、では、明日が最初ですので、今の方々にお願い致します。」
「若様、如何でしょうか、組み分けと言うのは。」
「う~ん、そうですねぇ~、では一度元に戻し、皆さん方で組み分けをお願いします。
其れでその中には必ず書き写されるお方も入れて頂きたいのです。」
「若様、では私達だけで決めても宜しいのでしょうか。」
「はい、勿論ですよ、私は何も問題無いと思いますので。」
「では早速に組み分けに入りたいのですが、皆様方は如何でしょうか。」
「拙者に異存は御座らぬぞ。」
「はい、私も賛成で御座います。」
「では、皆様方、決めて参りましょうか。」
家臣達は一体どの様な方法で組み分けを行うので有ろうか、これは実に見ものだと松之介と吉永は部屋
を出た。
「若、我が山賀の家臣達も要約ですが、本気になって来たと思うのですがすねぇ~。」
「はい、私もこれで一安心しておりますよ、やはりあの鬼家老一派の存在が大きかったのだと今更ながら
思うのですがねぇ~。」
「はい、私も正かあれ程とは思いませんでした。
あの元家臣達がいなくなり他の家臣達も今要約元気が出て来たのだと思います。」
家臣達は決めて行くのは早く。
「若様、宜しいでしょうか。」
「はい、では、もう決まったのですか。」
「はい、今の我らには何の弊害も御座いませぬので思いの外簡単に決まったのですが、其れとは別にご相
談が有るので御座います。」
「はい、ではお伺いしましょうか。」
「髷の無い家臣達は如何なされるのでしょうか。」
「あの方々の事ならば簡単ですよ、皆さん方の中に入れて下さい。」
「何故で御座いますか、我々はあの者達とは一緒では御座いませぬが。」
家臣の言うのも無理は無い、髷を落とされた家臣達は鬼家老から賄賂を受け取り鬼家老の仲間に入る寸
前で有った。
「私はねぇ~、あの者達に恥じて欲しいのですよ、確かに賄賂を受け取りましたが他には何も無かったと、ですから説明の場ではあの者達には話をさせず、皆様方から話されても宜しいですが、其れも聞かれてからの話しですのでね、何もこちらから話をされる必要は御座いませんよ。」
「では、何も話さずに自ら行った行為に対し、領民からの辱しめを甘んじて受けさせろと申されるので御
座いましょうか。」
「ええ、そうですよ、私はあの者達がどれ程屈辱的な目と言葉を浴びせられるのか、其れは自らが招いた
のですかねぇ~耐えなければならないと思いますよ。」
武士として髷を落とされ、其れ以上に説明の場に参加、其れは半ば強制的なもので、例え何故に髷が無
いのだと質問が無かったとしても領民からは好奇な目で見られ中には屈辱的な言葉を浴びせる領民も要る
だろう、だが其れも仕方が無いと諦め無ければならず、其れにもまして家族も非難を浴びるろうし、中に
は其れに耐える事も出来ず自害する者も出るだろうが、その全ては鬼家老からから賄賂を受け取ったと言
う紛れも無い事実が有り、その罪からは逃れる事は出来ないので有る。
そして、明くる日の朝、松之介と吉永は分かれ、松之介は道場へと、吉永は道場主の妻が集めた女性達
の所へと向かった。
「御免。」
「お早う御座います、お殿様、私の弟子は全員が揃っておりますので。」
道場主の案内で道場に入ると、一斉に門弟が頭を下げた。
「皆さん、頭を上げて下さい。」
門弟達が頭を上げると。
「えっ、若様だよ、何で若様が来たんですか。」
門弟達は松之介を知って要るが、正か松之介が山賀の殿様だとは知らなかった。
「みんな、このお方が、山賀のお殿様ですよ。」
「えっ、本当で、じゃ~、若様って、お殿様だったんですか。」
松之介はニコニコしながら。
「私は何も皆さんを騙すつもりは無かったんですがね、其れに私は山賀の殿様ですよと名乗る必要も無
かったと思いましたのでね、皆さん許して下さいねこの通りですから。」
松之介は門弟達に頭を下げた。
「若様、頭を上げて下さいよ、でも、何だかやりにくいなぁ~、今までの若様だったら何とも無かったん
だけどなぁ~、其れにお殿様には何も言えないですからねぇ~。」
「皆さん、私は別に山賀の殿様で無くても良いのですよ、今で通りの若様だと思って下さい。」
「う~ん、だけどなぁ~。」
「私はねぇ~、お殿様と呼ばれるとね背筋がぞくっとするんですよ、其れよりも、今までの様に若様って呼んで下さいよ、この通りお願いしますからね。」
又も、松之介は頭を下げ、ニコニコ顔で頭を上げると。
「よ~し、分かったよ、じゃ~若様。」
「おい、お前、さっきまでと態度が違うぞ。」
「え~、そうかなぁ~。」
「だって、お前はなぁ~、お殿様って大嫌いだって言ったんだぜ。」
「えっ、殿様が大嫌いですか。」
「はい、この野郎はねぇ~、お殿様って何時も偉そうな態度でオレ達、領民を見下げて要るんですから
ねぇ~って、私も同じでして。」
「私は違いますよ、皆さんに助けて頂け無ければなりませんのでねぇ~。」
「ねぇ~、若様、オレ達が若様を助けるんですか。」
「いゃ~別に意味は無いのですが、皆さん、あの高い山の向こう側で幕府軍と官軍が戦争を行なって要る
のを知っておられますか。」
「えっ、若様、戦って本当なんですか。」
松之介は余計だと思われる話を続けながらも道場の内弟子達に幕府軍と官軍が戦争をしていると伝えた
ので有る。
其れと言うのも、松之介は山賀の城に入る前から城下の一善飯屋に入り、正太達と出会い、其れからも
頻繁に城下に来ては正太達と城下を巡り、其れで城下の人達は松之介を知ったので有る。
松之介はこの時案ずるよりも生むがやすしと、之ならば城下の人達に説明しても聞いてくれると思った
ので有る。
「ええ、本当の話しですよ、其れで幕府軍と戦を行なって要るのが官軍と言うのですがね、その前に私達
は山賀から菊池まで高い山に囲まれ山の向こう側の出来事は全く知らないんです。」
「だって、若様、あの山には狼の大群が、其れにですよ熊笹が下から山の上まで群れで生えて要るんです
よ、オレ達だって山越えする事も出来ないんですからねぇ~。」
「ええ、其れは私も知っておりますがね、今まで数十人の幕府軍と思われます侍と官軍の兵士も山を越え
て来たのですから。」
「えっ、じゃ~お侍様達は。」
「其れがねぇ~、彼らも運が悪いと言うのか分かりませんがね、官軍の兵士二人は私の義兄上に成敗され、一人は今野洲のお城に要るのです。」
「これは大変な事になったぜ、でもなぁ~オレ達は何処にも行けないからなぁ~、う~ん、一体どうすればいいんだよ~。」
「まぁ~まぁ~余り心配する事は有りませんよ、幕府の侍も全員が山の主の餌食になりましたのでね。」
「若様、山の主って狼の餌食になったんですか。」
「はい、勿論ですよ、ですからね今は心配は有りませんのでね。」
「あ~良かった、オレは幕府が攻めて来るのかと思ったんですよ。」
他の門弟達も安堵の表情を浮かべている。
「皆さん、私達連合国ではこの山は幕府軍も官軍も簡単には越えては来ないと考えて要るのです。」
「若様、だったら海から来るって事になるんですか。」
「ええ、ですが山賀には浜は有りませんよ、高い断崖絶壁を登る事も簡単では無いと、では、一体何処から来ると思いますか。」
「若様、隣の松川ですか。」
「はい、松川は勿論ですが、松川から菊池までには多くの浜が有りましてね、その何処かの浜に幕府軍か
官軍の兵士に上陸されるとですよ、仮に其れが松川だと考えてですが数日で松川のお城もですが城下は火
の海になる事は間違いは無いでしょうからねぇ~。」
「若様、大変だよ、だって松川から山賀までは直ぐですよ。」
「其れなんですよ、若しもですよ松川の浜か他の浜に上陸でもされますとね、我々の連合国は早くて十日、遅くとも二十日も有れば全ての侍は死にますよ、その様な事にでもなれば皆さんの中からは多くの犠牲者が出ると思います。
其れにねぇ~、まだ大きな問題が有りまして一部の幕府軍か官軍の兵士は何を行なうと思いますか。」
「若様、何をするかってですか、奴らは食べ物を奪いますよねぇ~。」
「私はねぇ~、多分其れだけでは終わらないと思いますよ。」
「ねぇ~、若様、一体何が起きるんですか。」
「皆さん、山賀の城下にも多くの女性が住まわれておられますよ。」
「えっ、正か、若様、何でですか。」
「ええ、その正かですよ、私もね先日野洲のお城で私の義兄上で源三郎様と申されます総司令官の配下で、影、いいえ、闇の者と言われます人物から直接聞いたのですがね。」
「ねぇ~、若様、その影か闇の者か言われるお方ですが、何を見られたんですか。」
「はい、闇の者と言われます人物は遠く九州の長崎に行かれたのですがね、先程も申しましたが官軍の中
の一部の兵士達は村々を襲い、女性は犯し、その後、女性と子供を家の中に閉じ込め火を点け焼き殺した
と聞かされたのです。」
「若様、でも、その話って本当なんですか。」
「ええ、勿論ですよ、皆さんは山賀の殿様と鬼家老を始末した人物をご存知でしょうか。」
「若様、オレ達だって全部は知らないけれど鬼家老が切腹したって知ってますよ、其れに前の殿様は隠居
させられたって。」
「はい、その通りですよ、二人をこの世から始末されたのが、源三郎様と申されます総司令官でして,
影、いや、闇の者と言われる人物は源三郎様の配下のお方ですよ、おのお方が見られ、総司令に報告され
たのですから間違いは有りません。」
城下の人達は以前の殿様が隠居させられ鬼家老は切腹したと知って要る。
だが闇の者が居ると言う噂では聞いてはいたが、その闇の者と言われる人物が見たと言う、やはり山の
向こう側では幕府軍か官軍が戦を行なって要ると、其れが現実だと認めなければ仕方が無いので有る。
「ねぇ~、若様、その戦って何時まで続くんですか。」
「其れは私にも分かりませんが、今隣の松川から菊池に有る浜の洞窟では領民だけでも生き残れる様にと
言いまして洞窟を掘って要るのをご存知では無いと思うのですか。」
松之介は話を一気に進める事にした。
「ねぇ~、若様、オレは洞窟って見た事は無いんですが、そんな洞窟を掘って一体何に使うんですか。」
松之介は別の事を考え話す事に、其れは源三郎が当初考えた事とは違う話しになる、其れと言うのも源
三郎は幕府に取られる食料を隠す様と野洲の海岸に有る洞窟を掘削工事に入った。
だが、あの時と今では大きく情勢が変化し、今は幕府軍と官軍から領民の命を守る為になって来た。
「皆さん、今、お城の北側に有る空掘りから大きな洞窟が見付かったのですが、皆さんはご存知でしょう
か。」
「若様、その洞窟ってお蛇様が住んでいる洞窟ですか。」
やはりだ、城下の人達は空掘りの北側に洞窟は知って要る。
その洞窟には大昔からお蛇様と言う大蛇が住んで要ると言う伝説を信じて要る。
「ええ、その通りですよ、ですがねぇ、私も入りましたがお蛇様も住んではおりませんよ、その中からは
大量の武器が見付かったんですよ、このお城を築かれたお殿様が武器を作る為に掘っておられたと思いま
すがね。」
「えっ、本当なんですか、じゃ~お蛇様は。」
「本当ですよ、其れをこの正太さん達が調べたのですから間違いは有りませんよ。」
「正太って、島帰りの正太ですか。」
「ええ、その通りですがね、皆さんも知って要ると思いますがねぇ~。」
「若様、オレは正太が島送りになった訳を知ってますが、正太は今若様のお手伝いをしてるんですか。」
「うん、そうだよ、若様、オレも知ってますよ。」
「はい、その通りでしてね、正太さん達がね洞窟の中から其れはもう大変な物を見付けましてね、其れが
何と燃える石と鉄になる土なんですよ。」
「えっ、燃える石って、若様、石が燃えるんですか、そんな話し聴いた事も無いですよ。」
「まぁ~石と言いましてもね本当は別の物だとは思うのですがね、燃える石は真っ黒で輝いて要るんです
よ、其れとね別の洞窟の中からは鉄になる土も見付かりましてね。」
「ねぇ~、若様、オレは文字も書けないし読めないけど鉄になる土とか燃える石って言いますが、オレ達
を馬鹿だと思ってるんですか。」
「私はねぇ~、皆さんをその様に思った事は一度も有りませんよ、其れにねぇ~私も最初石が燃えるって
聞いた時は、正か石が燃えるなんて話し今まで一度も聞いた事が無いので本当に見るまでは信じる事が出
来なかったんですからねぇ~。」
「じゃ~、その燃える石ですが一体何に使うんですか。」
「はい、鉄を作るんですよ、鉄になると言う土からですがね。」
「でも、その鉄を作って刀を作るんですか。」
さぁ~これからが本筋の話になるのだが、燃える石の話しでも簡単に理解出来ない人達に潜水船の話を
したところでまず信用しないだろう、だが潜水船の補強に使う為の鉄の板を作り出さなくてはならないが、話しをどの様にすれば良いのか松之介は考えて要る。
「皆さん、私の話を聴かれるとまぁ~大変な驚きですよ。」
「若様、燃える石の話しもオレは驚いて要るんですが、其れ以上の話しなんですか。」
「はい、その通りでしてね、実はねぇ~野洲の海岸に有る洞窟の中でね潜水船を造って要るんですよ。」
「なぁ~若様、オレはもう驚かないよ、だって何ですかその潜水船って、正か。」
「はい、その正かでしてね、船が海の中に潜るんですよ。」
「あ~ぁ、若様も等々気が狂ったんだ、だってそうでしょう鉄になる土や燃える石の次は海の中に潜る船だって、若様って本当に可哀想だよ、こんなお若いのに気が狂ってしまったんだから。」
「皆さん、私は何も頭が変になってはおりませんよ、だって潜水船の話は本当ですかねぇ~。」
松之介は理解するのは無理だと分かって要るので話の最中でもニコニコとしているが。
「いゃ~もう駄目だ、此処まで来ると、若様、本当に大丈夫なんですか。」
「うん、そうだよ、だってなぁ~あの鬼家老の為に本当にお可哀想になぁ~。」
道場の内弟子達は松之介の頭が狂って要ると思って要る。
だが今の話を聴けば誰でもその様に思うのが当然で、突然、石が燃えるとか、土が鉄になるとか、その
話に追い打ちを掛けたのが船が海の中に潜ると一体何処の誰が信用すると思うのか、信用する処か、山賀
のお殿様は遂に気が狂ったのだと思うので有る。
松之介は説明に困って要る、其れと言うのも門弟達は驚くよりも、全く理解出来ないと言う様な段階の
話しでは無い。
「ねぇ~、若様、悪い夢でも見たんじゃないですか、若様って真面目過ぎるんですよ、オレ達の様に気楽
に考えないと、其れこそ本当に狂い死にしますよ。」
「う~ん、ですがねぇ~、潜水船を見たのは私だけではないのですよ、え~っと誰かあの時一緒に行かれ
たお方は居られませんか。」
「はい、拙者も一緒に参りました。」
「申し訳有りませんが、こちらの人達は潜水船の話で私は気が狂ったと言われておりますので、貴殿から
も説明して下さい。」
「はい、承知致しました。
皆さん、今、若様が申されました様に野洲の海岸に有る洞窟で潜水船が造られて要るのは間違いは有り
ません。」
「お侍様、本当に潜水船って有るんですか。」
「はい、私達は野洲のお城で源三郎様と申されます総司令官からお話しを伺ったのですが、私達も皆さん
と同じで船が海の中に潜るって話しですが、誰も信用しなかったのです。
お城を出て、海岸に有る洞窟の中で実物の潜水船を見た時には驚くよりも唖然として開いた口が塞がらなかったのです。」
「お侍様、だけど、その潜水船って一体誰が考えたんですか、オレはその人に会って見たいんですよ。」
「う~ん、でも信用して頂けるか分かりませんがねぇ~、潜水船を考えたお人はまだ子供なのでしてね、
私は驚きよりも衝撃を受けたのを覚えております。」
「え~、またまた、子供が潜水船を考えたなんてそんなの誰が信じると思いますか。」
「其れが本当でしてね、今その人は山賀に居られますよ。」
「えっ、山賀にって、じゃ~城下に要るんですかねぇ~。」
「いいえ、山賀の城でねぇ~、若様、拙者も説明が出来ないのですが申し訳御座いません。」
「はい、宜しいですよ、その人はねぇ~今は技師長と言われまして、山賀の空掘りで先程も申しましたが
鉄を作る為の窯を考えておられますよ、其れに潜水船を造られた大工さん達もね。」
「じゃ~、若様、山賀でもその潜水船って船を造るんですか。」
「今の山賀で潜水船を造るのは無理ですが、山賀の空掘りで大きな窯を造り、その釜で鉄が出来ると潜水
船の補強に使うのです。」
門弟達は潜水船を考えたのが子供だと知り今度は驚いて要る。
其れよりもその人物が山賀で技師長として要るとは正に驚きの連続で、其れに道場主は何も言わずに、
ただ松之介と門弟達の話し合いを聴いて要る。
「ねぇ~、若様、鉄を作る窯って大きいんですか。」
「其れは私も分かりませんがね、空掘りでは窯だけを造って要るのではないのです。
色々と必要な物が有りましてね、それらを大工さん達と正太さん達が協力して作って要るのです。」
「だけど若様って大変だねぇ~、オレ達みたいな者を助ける為って、だけど若様、あんまり無理をすると
本当に気が狂いますよ。」
「まぁ~そうかもしれませんねぇ~。」
松之介は大笑いしながでも話を進め、傍の家臣は松之介と言う若様は本気で領民の為に働いて要ると改
めて思うので有る。
「まぁ~まぁ~其れよりもねっ、先程の話に戻りますが野洲で造った潜水船の補強材として鉄の板を取り付けるのですが、皆さんは官軍か幕府軍の軍艦が何故上陸するのか分かりますか。」
「若様、そんなの当たり前の話しですよ、食べ物が要るからでしょう。」
「はい、其れが本当の話だと思いますがね、其れよりも私が野洲で聞いた話ですが、官軍は佐渡に行き佐
渡から金塊を奪いましてね、その金塊で異国から新式の軍艦を買うと言うのです。」
「え~、異国の軍艦を買うって、でも何で異国の軍艦が要るんですか。」
「其れなんですがね、異国の軍艦は頑丈で大きく、大砲も幕府軍の軍艦や官軍の大砲とは比べ物にはなら
ない程でしてね、そんな異国の軍艦が一隻でも有れば幕府軍の軍艦は全滅すると聴きました。」
「じゃ~幕府を倒して、其れから一体どうなるんですか、オレは何か嫌な予感がするんですがねぇ~。」
「貴方の予感は山賀以外の浜に上陸し、我々を攻撃し、食料を略奪して女性を犯し、反抗する人達は殺さ
れると言う事だと思いますが。」
「若様の言う通りで、オレは軍艦を佐渡には行かせたく無いと思うんです。」
「はい、全くその通りでしてね、源三郎様と申されます総司令官は潜水船を多く造り、佐渡に行く軍艦を
何としても止めたいと考えておられるのです。」
「若様、大体の事は分かりましたが、其れでオレ達は一体何をすればいいんですか。」
「皆さんも仕事は有ると思うんですが、その内、一日、いや半日でも宜しいのでね空掘りの工事を手伝っ
て欲しいのですが、如何でしょうか。」
「若様、オレの仕事は左官なんですが、左官の仕事は有るんですか。」
「はい、勿論ですよ、本当の話をしますとね、燃える石を取っておりました洞窟の中で落盤事故が起きま
したので今は掘削工事は中止しておりましてね、左官屋さんには松川から届きました連岩を積み上がる仕
事が有るのです。」
「若様、オレも左官の仕事が出来ますよ。」
「其れは大助かりですねぇ~、でも今は洞窟の中で木材を使って補強の最中で、何時頃、工事に入れるの
かも分からないのです。」
「若様、オレからもお願いが有るんですが宜しいでしょうか。」
「はい、正太さんはこの大工事の総監督ですからねぇ~、お願いします。」
正太にはまだ戸惑いが有り、だが松之介から言われると今は断る事も出来ずに要る。
「皆さん、オレの話を聞いて欲しいんです。
若様がさっき言った潜水船の話しですが、今、山賀の空掘りで大工事の中心になって頂いた人が大工の
親方でその人達が潜水船を造られたんです。
其れとオレが島でお世話になった銀次さんと言う人物ですが、この銀次さんの仲間全員が島帰りで、で
も源三郎様の信頼は厚く、オレも銀次さん達のお手伝いをしているんです。
ですが大工さん達も銀次さん達も全員が野洲に帰り、次の潜水船を造る事になってるんです。」
「正太、だったらその人達が帰った後はオレ達だけでその工事をやるのか。」
「そうなんですよ、だから、オレはみんなが手伝ってくれると大助かりなんです。」
「よ~し分かった、正太、お前が中心だオレは左官の出来る人を集めるからなぁ~。」
「正太さんの仕事は全体を見る事なので皆さんの協力が有れば私も大助かりで、皆さん本当に有難う。」
「ねぇ~、若様、正太って奴はね、本当に真面目な奴でしてね、だから正太に任せて下さい。
其れで正太の仲間なんだが左官の経験者は要るのか。」
「はい、少しですが。」
「よ~しこれで決まりだ、若様、さっき言ってました連岩って一体何ですか。」
「ええ、其れがね、私も初めて見ましたがね松川の窯元さんが焼き上げた陶器でして全部が同じ形なんで
すが、この連岩を洞窟の中の内側に積み上げて行くのですが、正太さん、今洞窟は何処まで掘り進んでい
るのですか。」
「え~っと、確か三町は行きましたが、皆さん聞いて欲しいです。
初めの二町は全部が岩石で残りの一町を掘ったところ、燃える石を取れば岩石と土で最後の一町が崩れ
たんです。」
「若様、明日にでもその連岩と洞窟を見たいんですが。」
「じゃ~、オレが案内しますよ、お城の地下から行けば早いですからねぇ~。」
「えっ、正太、お城の地下から行けるのか。」
「はい、正かとは思いましたがね、お城の中に秘密の地下が有り、その地下から空掘りに出る事がのですよ。」
「オレ、大手門に居ますので。」
剣術道場では一応の説明が終わり、門弟達はその後城下の知り合いに、今、山賀の置かれて要る状況を
話すと、勿論、その時には松之介達も同行する事で話が纏まった。
一方、吉永達も道場主の奥方の呼び掛けに集まった数十人の女性達に説明したが、その半分以上が家臣
達の妻で、先日鬼家老一派の者達から解放された事も有り理解するのも早かった。
だが残りの半分が町民と言う事で全てを理解するまでには、後、何度か話しをする必要が有ると松之介
に報告し、次からは松之介も同行する事となり、この様な説明が三十日間で終えるので有る。
一方で銀次達は空掘りぼの洞窟から西の端まで有る大木を切り倒し、大工の親方の指示で洞窟で使う木
材と川に設置する水車と空掘りまでの組木を作り、正太の仲間達が組み上げ、この工事も三十日間程で完
了した。
げんたは空掘りの端に窯を作る図面を書き多くの左官が連岩の組み上げが始まった。
洞窟内でも銀次達が木材を使い上部から半円形になる様に組み上げを行ない、其処からは左官達が連岩
を使い積み上げ工事に入り、工事は順調に進み、一方、松川でも全ての窯元が連岩作りに入り、連日、数
千個の連岩が山賀の洞窟へと運ばれて行く。
「親方、如何でしょうか。」
「若様、左官屋さんが積み上げた連岩が崩れ落ちない事を願っております。」
最初に積み上げた連岩を支えて要る材木の取り外しが始まり、大工達も銀次達も、其れに左官屋達も緊
張した様子で見守って要る。
「よ~し、今から、本体部分の支柱を外すからみんな離れてくれ。」
数人の大工が支柱を支えて要る木材を取り外した、だが左官屋達の腕前が見事なのか、全ての木材を外
したが連岩は見事に残って要る。
「若様、大成功ですよ。」
「皆さん、本当に有難う、私は今最高に嬉しいですよ、其れにしても見事な程に半円形を描いております
ねぇ~。」
「ええ、若様、此処の左官屋さん達の腕前は見事しか言い様が無いですねぇ~。」
「親方、この調子で行けば先端部分まで行くのも早くなりそうでしょうか。」
「若様が思っておられる程簡単では無いんですよ。」
「親方、私にも分かる様に説明をお願いします。」
「はい、じゃ~お話ししますが、木材の組み上げよりも下に有る、この部分なんですよ。」
親方は地面を指し。
「若様、お城でも此処の部分の基礎工事が一番大事でしてね、この基礎がしっかりと出来ないと全てが崩
れるんですよ。」
「では、基礎工事で少しでも手抜きをすると家もお城も建てれないと言われるのですか。」
「はい、わしら大工は元々基礎工事は行わないんですがね、まぁ~大工の仕事は基礎さえ出来て要ればそ
れ程難しい仕事では無いと言う事でしてね、この連岩を積み上げると一番下に掛かる重さは想像以上でし
てね、上の重みを基礎部分だけで支えてるんです。」
大工の親方は早く野洲に帰り、次の潜水船を造りたいと思って要るが、其れもまだ無理だと思って要る。
「若様、わしは大工ですから、よ~く分かるんですよ、其れでねこの仕事を正太さん達にお願いしたいと
思ってるんですが、正太さんはどうでしょうか。」
「えっ、親方、オレ達にですか。」
「ええ、基礎工事に少しでも手抜き、いや少しでも気を抜きますと、連岩を積み上げ、そうですねぇ~、
わしらの背丈の倍くらいに積み上げると、突然崩れ下手をすると大けが、いや死人が出る事も有るんで、
其れくらい基礎工事が重要だと言う事なんで、其れを正太さん達の仲間に作って欲しいんですよ。」
「正太さん、私からもお願いしますよ。」
松之介は正太と仲間に手を合わせ懇願している。
「若様、でも川に水車と。」
「正太さん、其れはわしら大工に任せて下さい。
わしらも此処に何時までも要る事は出来ないんです。」
「親方、分かりました、じゃ~仲間の半分は基礎工事に向けますが其れでいいんですか。」
「はい、もうそれで十分ですよ、其れでわしらが道具も作りますから。」
「親方、私も一度経験したいと思うのですが、宜しいでしょうか。」
「若様、ですが基礎工事って簡単見えますが、其れはまぁ~大変ですよ。」
「はい、勿論承知しておりますが、私も経験しなければ城下の人達に説明が出来ませんので。」
「若様は城下の人達にも工事に就いて貰うつもりなんですか。」
「はい、山賀の領民も家臣もみんなが工事に入る事でお互いの理解が深まると思うのです。」
「分かりました、わしは別に反対はしませんがね、まぁ~大変ですから覚悟して下さい。」。」
「親方、オレは今から仲間に話をしますので。」
正太は空掘りの端で大木の切り倒しを行なって要る仲間達の所へと向かった。
「親方。」
「銀次さん。」
「若様も来られてたんですか。」
「はい、銀次さん何か。」
「親方、家を建てるんでしたねぇ~。」
「若様、空掘りに家を建てると聞いたんですが。」
「はい、長屋を建てて頂きたいのですが。」
「長屋をですか、其れで何人くらいの長屋でしょうか。」
「そうですねぇ~、家族が三人か四人くらいで二十家族分と残りは長屋では無く、二間以上の家を、其れ
もそうですねぇ~、二十軒位と大きな賄い処を建てて頂きたいのですが。」
「銀次さん、大木を適当な長さ、う~ん、十尺と二十尺の長さで切って頂けますか。」
「分かりました、其れで何本くらい要るんでしょうか。」
「まぁ~其れは適当にお願いします。」
松之介は長屋と戸建ての家を建てて欲しいと。
「若様、其れで長屋は急ぐんでしょうか。」
「はい、出来るならば早くお願い出来たらと思っております。」
「分かりました、銀次さん今適当な大木は有りますか。」
「はい、有りますよ、じゃ~お堀の上から落として行きますので。」
「頼みましたよ、わしらも直ぐに取り掛かりますので。」
親方は大工達に話し、大工達は頷き、すると早くも。
「親方、今から落としますので離れて下さいよ。」
銀次の合図で空掘りに次々と大木が落ちて行く、銀次の仲間も空掘りに入り大木の移動と、中には早く
も切り出し作業を始めた者達も要る。
「親方のお仲間ですが動きが早いですねぇ~。」
「若様、わしらは野洲で潜水船を造って要るんです。
その現場では誰がどの部分を作るのかを最初に話しておりますので此処でも大工や銀次さん達の仲間も
分かってるんですよ。」
親方も銀次達も野洲では役割分担をし、其れが仕事を早く進めて行けると確信して要る。
暫くして。
「親方、オレの仲間を連れて来ました。」
「正太さん、じゃ~皆さんもわしらが作った道具を使って貰うんですが、じゃ~最初は方法を見て下さい。
お~い、誰か道具を持って来てくれ。」
数人の大工が色々な道具を持って来た。
「皆さん、この道具の中でもこれが一番大切なんですよ。」
親方は木を三角に打ち付け何やら鉄の重りが付いた小道具を持った。
「親方、これは一体何ですか。」
「正太さん、これでね、水平を見るんですよ、此処に印が有るでしょう、其れでこの重りがね印の所まで
来ると水平で少しでもずれて要ると、ほらね重りが印から外れるでしょう、これで見て行くんですよ。」
「ほ~、大した道具ですねぇ~。」
「皆さん、他の道具は土を固める為の道具ですので使い方は分かると思いますが、正太さん、さっきも言
いましたが基礎工事が一番大事ですので。」
親方は数人を選び、使いを方教えて行く。
「其れで固める時ですが土だけでは駄目でしてね石も大小と色々、其れも大量に要りますから。」
其れからも親方の説明は続くが、彼らは城下では土木の仕事をしていた者もおり、正太の仲間はお互い
が話し合いどんな事が有っても積み上げた連岩が崩れない様に工事を進めるんだと改めて思うので有る。
「若様、オレ達も工事中の事故だけは避けたいですから、親方の教えを守りますので。」
「正太さんにお任せしますので何卒宜しくお願い致します。」
松之介は改めて正太達に頭を下げたので有る。
「若様、話は変わるんですが、この頃、お侍様が大勢城下に来て要るって聞いたんですが、何か有ったん
ですか。」
「あ~其れはねぇ~、私達が城下の人達にも一応お話しを聞いて頂いて理解して頂いたのですがね、家臣
は特に農村の人達がまだ理解されておられない人達も居られるだろうと、其れに城下の人達でも全員が全
てを理解しておられるとは限らないと思いまして、その為、家臣の全員が農村に出向き少しでも分からな
い事が有れば説明しますよと、家臣達が積極的に出向いて行かれておりましてね、其れで城下に家臣の姿
が多いと思うのです。」
「オレも、前の事を知ってますが、お侍様が其れはもう気軽に話し掛けてるって。」
「私も今は任せて要るのですが、家臣達が今まで以上に城下に向かうと言うのは、仮に山越えした者達が
見付かる時にも対処は出来ますので。」
「若様は山を越えて幕府軍か官軍が来ると思ってるんですか。」
「う~ん、其れはねぇ~大変難しい話でしてねぇ~、仮にですよ幕府軍が大勢で登るとなれば下から上ま
で熊笹が茂った、其れも急な登りをですよ、私はとても無理だと思って要るのですがねぇ~。」
「でも、何人かが山を越えて来たとなったら。」
「其れは少人数でしょうからねぇ~、まぁ~運が良かったと思いますよ、木こりさん達でも熊笹を刈り取
りした細い道を行くと聞いておりますからねぇ~。」
「でも、オレ達では勝てないんですよ。」
「正太さん、義兄上がおられますので、其れよりも我々山賀の人間は今出来る事をするのが大事だと思いますよ、其れで正太さん、話しは変わりますが、あの者達は如何ですか。」
「あ~あの侍達ですか、若様、奴らは大変だと思いますよ、だって今は燃える石の採掘は中止になって要
るんですが、鉄になる土の掘削現場では頻繁に土が崩れて来ますので、オレ達も補強材を入れて崩れを止
めようとはしているんですが全体的に土が柔らかいので掘るのは楽なんですが、其れでも崩れを止める事
は出来ないんです。」
「其れで、誰か怪我をしたとか、死んだ者は要るのですか。」
「まぁ~、其れは今のところは有りませんが全体的に見ても掘削作業は楽だと思います。」
「正太さん、余り無理をさせない程度でお願いしますね。」
「若様、其れでその洞窟なんですが、今海の方向に掘り下がってるんですよ。」
「海の方にと言う事は北に有る断崖絶壁の海岸まで続いて要るのでしょうか。」
「オレも其処までは分かりませんが、若しも、若しもですよ海岸まで行くとなったらオレ達はどうしたら
いいんですか。」
「まぁ~其の時に考えれば良いと思いますよ、其れと技師長が言われた川に水車を取り付ける方です
が。」
「はい、今残りの人数で川から空掘りまで縄を使って調べ、道も造り、其れから歯車を取り付ける支柱を
作る事になっていますが、支柱は親方のお任せしてオレ達は道を造る様に掛かってますが。」
「そうですか、でも長い期間が掛かると思いますが。」
「多分ですが、親方がさっきも言われてましたが基礎になる道が大事だと思ってるんです。」
正太は空掘りから川までの道が大事だと思って要る。
だが急ぐ余り関係の無い大木を切り倒す事にもなり、其れが余計な手間となると考えて要る。
正太が考えて要るのは道と並行し歯車の支柱が設置出来る様にとその為には調べる日数を掛けて要る。
その頃、げんたも窯の構造を考えて要る。
「う~ん、これがか、う~ん、だけど鉄って溶けると一体どうなるんだ。」
げんたも鉄を作る窯をどの様に造れば良いのか、あの日から必死に考えて要る。
鍛冶屋も詳しくは知らないと、げんたは構想が纏まらない日が続き、やがて、二十日が過ぎた頃。
「よ~し、松川の殿様に、いや、その前に山賀の若様に聴いて見ようか。」
と、独り言を言いながら、松之介は部屋に居るだろうか。
「若様は。」
「はい、今、お部屋でご家老様と。」
「だったら駄目かなぁ~。」
「いいえ、宜しいかと思いますよ、若様もお待ちだと思いますので。」
「うん、だったら、若様。」
「これは、技師長。」
「若様、お願いが有るんだけど。」
「技師長、一体何事でしょうか。」
「うん、オレは今空掘りに作る窯を考えてるんだけど、お願いって言うのは松川の窯元さんに作って欲し
い物が有るんだけど。」
「窯元さんにですか、其れで何を作れば良いのでしょうか。」
「うん、窯のね一番下に入れる物なんだけど。」
げんたは身振り手振りで松之介に説明すると。
「では、薄くて、燃える石の熱でも溶けない棒が要ると言われるのですか、其れで長さは。」
「う~ん、一尺くらいかなぁ~、出来れば多く欲しいんだ。」
「分かりました、私が兄上に手紙を書きますが、技師長、絵を書いて頂けますか。」
「だけどオレは絵が下手なんだけど、其れでもいいかなぁ~。」
「大丈夫ですよ、絵が有れば窯元さんにも話が出来ると思いますので。」
「うん、だったら書くよ。」
げんたは松之介に言った通りの絵を書き、傍では吉永が感心している。
鉄を作る為の窯が必要だとは分かるが、一体何処からこの様な棒が必要だと考えるのだ。
だが、果たして、その窯から鉄が作れるとなれば野洲で造っている潜水船の補強に使え、更に考えれば、幕府軍や官軍が考え付くのか、いや我が連合国の者達でも思い付く事は無い物を作り出すかも知れないと、それ程までにげんたと言う技師長は計り知れない可能性を持った人物なのだと思うだけでも吉永は身震いするので有る。
「技師長、私も直ぐに書き、直ぐ早馬で松川の兄上に届けさせますので。」
「若様、ごめんね、オレはどうしても鉄を作る窯が作りたいんだ、だってあんちゃんが困ってるんだぜ、
オレも窯を作り最初の鉄が出来たら野洲に帰ろうと思うんだ。」
「技師長、私も大変なご無理をお願い致しまして申し訳無く思っております。
私は義兄上が連合国の為にと色々と考えられておられるのを知っておりますので、技師長が最初の鉄が
出来るのを確認された後は我々が責任を持って作って行きますので。」
「若様、ごめんなさい、もう一つ有るんだけど。」
「はい、お聞きしますよ。」
「うん、じゃ~今度の工事の中でも一番大切な所が有るんだけど。」
「一番大事な所と申されますと。」
「うん、其れはね、水車と歯車を、其れに送風機の羽根をこれはね物凄く難しい仕事なんだ、其れでね山
賀の鍛冶屋さんに野洲から来た鍛冶屋さんから教えて貰う事が出来るんだけど、でもねぇ~、これは簡単
には作れ無い物なんだ、其れで明日か明後日からでも作り始めたいんで山賀の鍛冶屋さんの所に行きたい
んだ。」
さぁ~、いよいよ窯でも一番重要な部分を作り始めると、野洲の鍛冶屋が詳しく教えるので山賀の鍛冶
屋に協力を頼んで欲しいと言うので有る。
「分かりましたよ、技師長、私も一緒に参りたいと思いますので宜しいでしょうか。」
「うん、だったら大助かりだ、オレは野洲の鍛冶屋さんの所に行って話すからね、じゃ~明日の朝に。」
「はい、私からも宜しくお願い致します。」
げんたは野洲の鍛冶屋が居る部屋に向かった。
「若、げんたは何ともまぁ~素晴らしい技師長ですねぇ~、暫くの間、窯の事ばかり考えていた様で。」
「はい、私もその様に思いましたよ、でも松川の窯元さんも大変だと思いますが、其れよりもあの発想は
一体何処から生まれて来るのでしょうかねぇ~、普通の頭では考える事などはとてもでは有りませんが無理だと思います。」
「以前ですが、源三郎殿が申されておられましたよ、げんたの頭の中を一度見て見たいと、彼は我々が考
えて要る事とは全く別の世界を考えて要るのだと。」
「ご家老、私もこれで少しは安心しましたよ、最初は一体どの様になるのか、其れはもう毎日が不安でし
たが、特に鬼家老の一派が問題でしたが、その問題が解決したと分かり家臣達の動きが以前とは比べ物な
らないくらいに積極的になり、毎日、城下にも出向きまして城下の人達に何か分からない事が有りますか
と、其れで少しでも分からないところが有れば根気良く、まぁ~其れは優しく説明していたと聴きますか
らねぇ~。」
「若、拙者もで御座います。
最初、山賀に着た時ですが山賀は崩壊の一歩手前でして、源三郎殿が鬼退治をし、ですが、山賀の殿は
これからだと思ったのでしょうねぇ~、正か隠居させられるとは、其れでも少しづつですが前に進む様に
なりましたからねぇ~。」
吉永もふと最初の頃を思い出していた。
「ご家老、私は兄上にお願い状を書き一度空掘りに参りますので。」
「はい、ではご一緒させて頂きます。」
吉永は部屋へと戻って行き、松之介はげんたが作って欲しいと言う物の絵と書状を認め、早馬で届ける
様にと手配し、吉永と数人の家臣と共に空掘りへと向かった。
「お~、これは何と素晴らしい住まいでしょうか。」
松之介が見た物とは長屋と大きな賄い処で有る。
「親方、完成の様ですねぇ~。」
「はい、実は井戸が無かったので、銀次さん達にお願いしまして井戸を掘ったんです。」
「あっ、そうか飲み水と食事作りには水が必要でしたねぇ~。」
「はい、若様には後程でも報告するつもりだったんですが、済みませんでした。」
「いいえ、私がご無理をお願いしましたので、其れで全てが完成したのでしょうか。」
「はい、今は賄い処の釜戸を作って貰ってますので、明日か明後日には出来ると思います。」
「では、これからは此処で食事が出来るのですね。」
「はい、その前に中を見られますか。」
「はい、其の前に貴方方はあの者達の家をご存知だと思いますので今から参り伝えて下さい。
四日後、住まいを此処に移しますと持ち物は賄いの着物と布団で十分だと思いますので。」
「若様、箪笥は如何なされますか。」
「そうですねぇ~、余り大きな物で無ければ宜しいですが貴方方が見られて判断して下さい。」
松之介は今は元家臣となった妻達の家をこの空掘り建てた長屋と決めたので有る。
「はい、承知致しました、では直ぐに。」
「そうでした、当日の朝、こちらから荷車と運ぶ人達を向かわせますと其れも伝えて下さい。」
数人の家臣達もあの鬼家老の一派の被害者なのだが家臣達の顔も何故が嬉しそうで有る。
其れは今までの生活から突然奈落の底に突き落とされた様な生活となるのだろうと思うのだが、空掘り
の長屋に入る家族達の生活は一体どの様になるのだろうか全く想像も出来ないので有る。
「若様、戸建ての家ですが、どの様な造りにすれば宜しいのでしょうか。」
「まぁ~、そうですねぇ~私も少し考えて見ますのでね。」
親方は最後の仕上げに向かった。
四日後の早朝、数十人の家臣が荷車を引き、元家臣達の自宅へと行き、必要な物だけを乗せ空掘りへと向かい、到着後次々と荷物を運び込み家臣達は城へと戻った。
家族の動揺は激しく家の中で泣き崩れる妻達で有る。
その数日後、げんたが松川の窯元に頼んだ物が届いた。
「よ~し、これで一度作って見ようか。」
明くる日の朝から窯作りが始まり、げんたの指示で左官屋達は連岩を積み上げて行く。
「ほ~、これは一体何と言う物なのでしょうか。」
「う~ん、オレは何も考えて無かったんだ、だったら若様、名前を付けて下さい。」
「えっ、私がですか、う~ん、其れにしても何が宜しいのでしょうかねぇ~、鉄になる土が溶けるんです
よねぇ~、う~ん、これは大変難しいですねぇ~、う~ん、じゃ~鉄になる土が溶けるんですよねぇ~、
それじゃ~、技師長、溶鉄炉と言うのは如何でしょうかねぇ~。」
松之介は今までにない程困った顔をして要る。
「溶鉄炉か、うん、其れに決めた~っと。」
まぁ~、何とも簡単に決まった。
げんたの考案した鉄を作る大きな窯は溶鉄炉と命名され、完成後初めて鉄を作る作業に入った。
その作業には野洲と山賀の鍛冶屋が行なう事になり、早朝から薪木に火を点け、次からは燃える石を入
れ、其れからは送風機が回り始め、燃える石が次々と投入され溶鉄炉の上からは真っ赤な炎が吹き上げる
頃、鉄になる土の塊が次々と入れられて行く、炉の下には溶けた鉄を受ける焼き物が置かれ、そして、昼
近くになる頃、真っ赤に溶けた鉄が落ちて行き、遂に出来たのか暫くすると、溶けた鉄の塊を取り出すの
だが鍛冶屋も他の者達も初めて見る光景に固唾を飲んでおり、鍛冶屋は恐る恐る容器を出すと器の中はま
だ真っ赤に燃えて要る。
「げんた、大成功だよ、若様、大成功ですよ。」
「わぁ~、本当に良かったなぁ~。」
付近に居た家臣達も親方も銀次達も、其れはもう大喜びで相手構わずに抱き合い喜びを爆発させて要る。
「よ~し、これで行けるぞ、やったねぇ~。」
付近に居る者達からは大歓声が沸き起こったので有る。
「やったぞ、やった、やった、大成功だ。」
「げんた、本当に良かったなぁ~。」
「うん、親方、本当に有難う。」
「げんたは本当に天才だなぁ~。」
「銀次のあんちゃん、今頃分かったのか、もう本当に遅いよ、まぁ~オレ様は天才なんだぜ。」
松之介も他の者達も大笑いして要る。
「さぁ~これからが大変なんだかなぁ~、山賀の鍛冶屋さんも頑張ってね。」
「う~ん、其れにしても、あんたは本当に子供なのか、わしはあんたが本当に子供だとは信じら
れないんだが。」
「オレは本当に子供だぜ、だけど、オレはみんなと此処が違うんだぜ。」
げんたは自分の頭を指差すと、又も大笑いとなった。
「鍛冶屋さん、オレはねぇ~、あんちゃんが苦しんでるのが見たく無いんだ、だって、あんちゃんはね、
みんなの為にって何時も必死なんだ、だからオレはあんちゃんの為にもみんなの為にもオレにしか出来な
い事が有るって、其れはね、あんちゃんが次に何が要るのかって何時も考えてるんだ、だからオレは別に
天才でも無いんだ、其れに浜の人達の為にもオレの様な子供でも出来る事が有るんだって、オレの母ちゃ
んが言ったんだ、其れでなんでも出来る様にたんだからね。」
「う~ん、この歳で此処まで考えて要るとは、わしらも考え直さなくてはならないなぁ~。」
傍で聞いて要る松之介も感心して要る。
げんたの考え方は子供の考え方では無いと。
「技師長は直ぐ野洲に帰られるのですか。」
「う~ん、でもねぇ~、今日、溶鉄炉で作られた鉄は最初だから、もう一回作れたらみんなと一緒に野洲
に帰ろうと思うんだけど、親方、其れでいいかなぁ~。」
「わしはげんたに任せるよ、其れにまだ正太さん達を手伝うからげんたの気が済むまでやればいいんだ
よ。」
「うん、親方、有難う、銀次さんも其れでいいかなぁ~。」
「あ~、オレ達も其れまでは此処で見物でもさせて貰うからなぁ~。」
「若様、其れで決まりだ、鍛冶屋のあんちゃん、其れで次なんだけど何時頃出来るかなぁ~。」
「そうですねぇ~、一度、溶鉄炉が冷えて中の燃えカスを出さなければならないからなぁ~、其れが終わってからだから、だけど溶鉄炉が冷えるまで何日掛かるのかも分からないからなぁ~。」
「うん、分かったよ、だったらオレも考え事が有るんだ。」
「まぁ~、げんた、そんなに急ぐと危険だからなぁ~、のんびりとした方がいいよ。」
溶鉄炉から作る出された最初の鉄の塊は、その後、山賀の鍛冶屋が薄く引き伸ばして行き、その数日後
には溶鉄炉からの熱気も取れ中の燃えカスも取り出され、新しく燃える石が入れられ、再び、鉄の塊を作
る為の火が入れられ数日後には二度目となる溶けた鉄の塊を取り出す事に成功し、其れを見届けたげんた
と大工の親方、銀次達、鍛冶屋達は野洲へと帰って行った。
「若、良かったですねぇ~、拙者も安心しました。」
「はい、私は此処まで良くも出来たと思います。
今は技師長や親方達に感謝致しております。」
「拙者も以前のげんたを知っておりますが、まだ、源三郎殿と知り合った頃には、正かこの様な子供に一
体何が出来るのかと思っておりましたが、山賀に来た時にはあの頃の子供では無く、技師長として其れは
もう立派と言う他は御座いません。
今は拙者自身が驚いて要るので御座います。」
「ご家老、私もですよ、野洲で紹介された時には正か子供が潜水船を考案し造ったとは信じられなかった
ものですから。」
「実は潜水船なる物を見たのは、あの時が初めてでして、正か船が海の中に潜るとは考えもしなかったの
で驚くと言うよりも大変な衝撃を受けました。」
「松川の兄上も同じ事を申されておられました。
ですが、私は其れ以上に義兄上の人を見る目は確かだと思いました。
例え相手が子供で有ったとしても、その人物が一体何を考えて要るのかじっくりと考え、其れから大抜
擢するのですが、其れよりも言われた本人が一番驚いて要ると思いますがねぇ~。」
「その点は若も同じだと思いますよ、正太さん達を抜擢されたのが最も良い例だと思います。
野洲で源三郎殿が家臣達よりも、農村、漁村、城下の人達ともう其れは関係無く抜擢されておられまし
て、銀次さん達もあの様に今では生き生きとしておりますのでねぇ~。」
「私も今回は良い経験をさせて頂いたと思っております。
別に家臣が如何のと言うのではなく、領民自身が危機感を持つと言う事も大事では無いかと思いました
ねぇ~。」
「まぁ~其れにしても、我が山賀の家臣達も良く動いておりますねぇ~、その数十日間と言うものは家臣
の殆どが城にはおらずに城下に出向き、領民達の問いに答えておりましたから。」
「はい、私も今回は山賀の家臣を見直しましたよ、特に農村には大勢が参り、山の向こう側から来られた農民さん達に、其れはもう何度も聞いておりましたからねぇ~。」
「ですが、あの人達がおらなければ農村での説明は大変だったと思うのですが。」
「ええ、其れは私も痛感しましたよ、あの人達は幕府の恩恵よりも悪事とでも言うのでしょうか悪い所ば
かりを見ていたと聴きましたが。」
「若、拙者も野洲でその話は聞きました。
野洲の米問屋がお米の買い付けから戻ると、山の向こう側では幕府の役人は農村からお米を略奪して要
るのだと。」
「其れでですか、私が聴きましたのは農村の人達は山の洞窟に米俵を大量に隠していたと。」
「其れに、仮にですが官軍がその農村に行ったとしても米俵は全て無くなっており、農村からは人影も消
えておりますので農村の人達が何処に向かったのかも分からず、食料の調達も出来ないとなれば、果たし
て、官軍は何処で食料を調達するのでしょうか。」
松之介と吉永の話はその後も続き。
「若、其れでお聞きしたいのですが、姫君とはお話をされたので御座いますか。」
「えっ、姫君とですか、あっ、そうだった、私はあの日から全く顔も見ておりませんので、今の今
まで忘れておりましたよ。」
「私は若の事ですから多分そうだと思っておりました。
其れで、若、少し落ち着いたところで姫君とお話しをされては如何でしょうか。」
「そうですねぇ~、では、あの日からお部屋を出られなかったのでしょうか。」
「私も分かりませぬが、姫様ご自身も大変不安だと思いますよ、自分はこの先一体どうなるのかも知りた
いと思っておられるでしょうから。」
「はい、よ~く、分かりました、ご家老、私は今からでも参りますので。」
「若、姫様の不安を取り除く事が先ですので、余り急がずにお話しをして頂きたく思います。」
「はい、承知致しました。」
松之介はこの数十日間、いや数か月と言うもの元藩主の姫と話すらしていなかった。
松之介は別に姫君を無視していたのでは無く姫君の存在を全く忘れていたので有る。
その頃、正太も、新たな動きを始めていた。
「お~い、みんな集まって欲しいんだ。」
正太の呼び掛けに溶鉄炉から洞窟からも仲間達が集まって来た。
「正太、一体どうしたんだ、何か有ったのか。」
「まぁ~みんな座って話を聴いて欲しいんだ、実はオレはこれから先の事も考えて、溶鉄炉と鉄になる土
と燃える石を掘り出す人員の組み分けを考えたんだけど、みんなはどう思うかなぁ~って。」
「なぁ~、正太、その組み分けって言ったけど、一体何で組み分けにするんだ。」
「うん、じゃ~今から説明するよ。」
正太は何故組み分けが必要なのかを説明し、溶鉄炉と二か所の採掘現場に配置する人員まで話した。
「オレは賛成だぜ。」
「それじゃ~、みんなはどうだ。」
「オレもいいと思うよ。」
其れからは、全員が賛成し。
「じゃ~、溶鉄炉と二か所の採掘現場で誰を責任者にするかを決めて欲しいんだ。」
「えっ、責任者って、何で必要なんだ、オレ達は今までと同じで何も不満は無いんだぜ。」
「うん、其れはオレも分かってるんだ、まぁ~、其れはオレの言い方が悪かったんだ、責任者って言って
もなぁ~、別にその人が責任を取ると言う意味じゃないんだ、オレの目的は休みを取れる様にって考えて
るんだ。」
「えっ、休みって、なぁ~正太、何で休みが要るんだ、オレはなぁ~毎日働いても文句は無いんだぜ。」
「うん、其れはオレも分かってるんだ、だけどなぁ~、オレは何処の現場でも事故だけは起きて欲しくな
いんだ。」
「そんな事は誰でも分かってるんだ、だからみんなも注意してるんじゃないのか。」
「勿論、オレは其れも分かってるんだ、だけどなぁ~、う~ん、じゃ~少し違うところで考えて欲しいん
だ、仮にだよ溶鉄炉が何かの理由で壊れたと考えて欲しいんだ。」
「正太、何で溶鉄炉が壊れるんだ、まだ作ったばかりなんだぜ。」
正太の仲間は組み分けには賛成するが、休みを取ると言う問題に関しては簡単には妥協しない。
其れは彼らの中で一日でも休むと言う事は食べ物が無い、其れは城下で嫌と言う程にも知らされて要る。
「うん、其れもオレは分かってるんだ、オレはなぁ~野洲の鍛冶屋さんにも山賀の鍛冶屋さんにも話を聴
いたんだ、鍛冶屋さん達も今度の溶鉄炉って初めてで、其れに鉄になるって言う土もだけど燃える石も全
部が初めてで、何時、何が起きても不思議じゃ無いって言うんだ、仮にだよ溶鉄炉で大きな事故が起きれ
ば中で溶けた鉄の塊が周囲に飛び散り火傷は勿論だけど、下手をすると溶けた鉄の塊で死人が出るかも知
れないって。」
「なぁ~、正太、溶鉄炉って、そんなに恐ろしいものなのか。」
「うん、本職の鍛冶屋さんだってなぁ~今度の溶鉄炉は恐ろしいって言ってるんだ、其れにだよ溶けた鉄
の塊を取り出し、溶鉄炉が完全に冷えるまで、一体何日掛かると思ってるんだ、其れで考えたんだ。」
「だけど、正太、溶鉄炉が冷えるまででも、オレ達は他の仕事も有るんだぜ。」
「うん、だからなんだ、鍛冶屋さんはなぁ~、何日か働いて一日か二日間くらいの休みを取って溶鉄炉に
火を入れる日から仕事を始めてもいいんだって。」
「じゃ~正太は、オレ達を組み分けするって言うのは休みを取る為なのか。」
「うん、そうなんだ、オレはなぁ~みんなが大切なんだ、仲間が一人でも怪我や病気にならない様って考
えて休みと取って身体を休め、そして、休みが終わったらまた何日か働くって方法を考えたんだ。」
「だったら、正太がオレ達の責任者になって考えればいいんだ、なぁ~そうだろう、みんなも同じ
だと思うんだけどなぁ~。」
「うん、そうだよ、正太が責任者になってだ、オレは其れが一番いいと思うんだけどなぁ~。」
「そうだよ、正太なら出来ると思うんだ、全部お前がやればいいんだ、オレはお前に任せるぜ。」
「うん、みんな、オレも本当は有り難いんだ、だけど、れだけの大勢になると、オレが一人で全部を見
る事なんか出来ないんだ。」
其れからも正太と仲間達の話し合いは続くが、簡単には解決出来ず、仲間は仕事がしたい、だが誰かに
責任者になって貰いたいと困る正太で有る。
其の時、丁度、吉永がやって来た。
「正太さん、何か有ったのですか。」
「あっ、ご家老様、はい、実は。」
正太は吉永に全てを話すと。
「正太さん、よ~く分かりましたよ、其れでは私からお話しをしましょうか、其れはねぇ~全て皆さんの
為で其れが山賀の為でも有り、最終的には我々の連合国の為にと考えておられるのです。
正太さんは総司令から命を受けられたのですがね、其れは全て皆さんもですが現場で働かれる人達の身
体を一番大切にして下さいと、例えば、先日、洞窟内だ落盤事故が有りましたね、でも、あの落盤事故で
幸いにも皆さんの中からは一人の怪我人も、ましてや、仲間の方が亡くなられてはいないと言うのは奇跡
に近い事だと思います
若しもですが、あの時、貴方方の中から一人でも亡くなるお方が出たとなればですが、皆さんは其れで
も直ぐ洞窟内に入って採掘作業が出来ますか。
私はねぇ~その様な事は無理だと考えて要るのですよ、確か、皆さんは仕事がしたいのだと、其れは本
当に有り難いお話しだとは思いますがね、事故と言うのは、何時、何処で起きるのか、其れは誰にも分か
らないのです。
正太さんはねぇ~、総司令の命よりもお仲間の命が大事だと考えて要るのです。
その様な訳ですからね、皆さんも正太さんの気持ちも察して上げて欲しいのです。
正太さん、私は今のお話しを若にも伝えて置きますので、若の事ですからきっと大賛成して頂けると思
いますよ。」
「ご家老様、有難う御座います。」
正太は涙が出る程嬉しかった。
吉永が言う源三郎からの指示は無く、吉永が作り話をしてくれたので有る。
更に松之介にも報告するとなれば、仲間達は反対する事も出来ないと、いやしないだろう。
「みんな、オレからの頼みなんだ、考えて欲しいんだ。」
「正太、お前って奴は本当に大馬鹿だぜ、お前が決めてオレ達に命令すれば済む話をわざわざみんなにす
るから、其れになぁ~、みんなは仕事が一番大事だと言ってるだけなんだからなぁ~。」
「そうだよ、お前が決めたって誰も反対はしないんだか。」
「正太、お前に任せるぜ。」
「そうだよ、お前が勝手に決めればいいんだから。」
「みんな、有難う、じゃ~、オレが考えて決めるよ、だけど、三つの現場をオレ一人で見る事なんか本当
に出来ないんだ。」
「だからお前が決めていいんだ、オレ達は誰が責任者になっても文句は言わないから。」
「じゃ~、何日か掛けて作り、其れからみんなに言うからな。」
「よ~し、決まったぜ、正太はオレ達みんなの、そうだご家老様、何て言ったらいいんですか。」
「そうですねぇ~、総監督と言うのは如何でしょうかねぇ~。」
「じゃ~、正太は総監督に決まりだ、お~い、みんな今日から正太って呼ぶなよ、総監督って呼ぶんだぜ、そうだご家老様、正太が総監督だったら、現場の責任者ってのも何だか変だから現場監督って呼ぶのもいいですよねぇ~。」
「はい、勿論ですよ、正太さんが総監督で現場の責任者が現場監督ですか、うん、これは最高の呼び名で
すねぇ~、本当に貴方は大したお人ですねぇ~、どうですか、総監督、この人を現場監督にされては。」
「ご家老様、そんな無茶な、オレは嫌ですよ、だってオレは現場の仕事が大好きなんですよ。」
「そうですかねぇ~、では皆さんに聴いて見ましょうかねぇ~、皆さんは如何でしょうかねぇ~、この方
を現場監督の第一号になって頂くと言うのは。」
「オレは大賛成ですよ、秀一は今日から現場監督に決定だ。」
「正太、何でオレなんだ。」
「なぁ~、秀一ご家老様のご命令だ逆らうなよ。」
「そうだ、そうだ、オレも大賛成だぜ。」
仲間達は大笑いしながらも秀一を現場監督に祭り上げたので有る。
「よ~し、だったら、これからはオレ様の命令を聴くか。」
「お前は何時もオレ達に命令してたんだぜ、正太、いや、総監督からの命令だって。」
「えっ、オレ、そんな事言ったかなぁ~。」
「これだからなぁ~、本人は全然覚えて無いんだから、本当に困るよ。」
「其れは済まん、だけど、本当にオレでいいのか。」
「みんながいいって言ってるんだから、お前はこれから正太に、いや総監督の補助をするんだからなぁ~、もう大変だぜ。」
秀一と言う人物を見抜いたご家老は何と恐ろしい人物だと正太は思って要る。
家老の吉永は正太の仲間と話すのは、今が初めてだと言っても良い程で、その家老が僅かの話をした秀
一を現場監督の第一号になれると判断したのだ、実は正太も秀一を監督にさせるつもりで、其れを家老の
吉永が命じた、だが、まだ続きが有った。
「其れと、貴方と貴方は第二と第三の監督に如何でしょうか。」
正太の仲間が反論する暇も無く三名の監督を決め、正太も仲間達も唖然としている。
「えっ、オレがですか。」
「えっ、正か。」
「ご家老様、オレの考えていた通りの仲間ですよ。」
「正太さん、これで総監督と補助の三名の監督は決定と言う事で宜しいでしょうかねぇ~。」
「はい、オレも大助かりですよ。」
「ご家老様、オレはそんな監督なんて出来ませんよ。」
「オレもですよ、ご家老様。」
「では、皆さん聞いては如何でしょうかねぇ~、皆さんはこの方々に監督に仕事をして頂きたいと思われ
ますお方は手を挙げて下さい。」
吉永の問いに他の仲間達は今度ばかりは言葉に出さずに、其れは下手な言葉を出せば、では貴方もです
と言われると思ったのだろうか全員が何も言わなかったので有る。
「正太さんと三名の監督にお願いが有ります。
其れは何事も皆さんの意見を聞かれ、決して独断で決める事に無い様にお願いします。
其れと他の皆さんにもお願いして置きたいとのですが、これからはみんなの話し合いによって決まると
思うのですが、誰かが発言した内容に対し、何時も否定的な、其れはね全てを後ろ向きの発言は止めて、
全てを前向きに考えて発言をし、其れでも決まらなければ、最後はこの四名に任せると言う事なのです。
其れで無ければこれから鉄の塊をを作り続けると言う重要な仕事は失敗に終わり、その時には山賀を含
めた連合国は消滅すると思って頂きたいのです。
まぁ~皆さんの事ですから私は何も心配は致してはおりませんのでね、何卒宜しくお願い致します。」
其れは正に吉永の独断で決定したので有る。
「正太さんと監督になられた三名のお方は、明日、若の所に参り、今日、決定した事を報告して頂きたい
のです。
私は今日中にお伝えして置きますのでね。」
「はい、宜しくお願い致します。」
正太は改めて吉永に礼を、吉永は城内へと戻って行く。
「なぁ~正太、組み分けって言ったけど、何か方法でも考えてるのか。」
「うん、其れなんだけど、今、仲間は千人も要るんだ、其れでオレも考えてたんだけど一番人数が必要な
現場監督には掘削工事の現場だと思うんだけど。」
「其れは間違いは無いと思うぜ、まぁ~今のところ溶鉄炉には必要は無いと思うんだ。」
「其れで考えたんだ、掘削現場に八百人で残りの二百人は溶鉄炉でどうだろうか。」
「オレは其れでもいいと思うんだ、其れで。」
「うん、其れでオレが考えた方法なんだけど。」
正太はその後詳しく人数の配分を説明すると。
「よ~し、其れで行こうか、オレは今思ったんだけど、組み分けしたんだったら、其処の責任者としてだ
よ組長の名前を付けたいんだけど。」
「組長って、じゃ~、い組とか、ろ組ってするのか。」
「う~ん、だけどまだ其れは考えて無かったんだけど。」
「まぁ~其れは、後からみんなに聴いてからでも遅くは無いと思うんだ。」
「じゃ~、これで決まりだなぁ~。」
「其れで最後の人選はお前達に任せるよ。」
「じゃ~、正太は。」
「うん、オレは少し考え事が有るんだ。」
「分かったよ、じゃ~オレ達だけで決めて行くか。」
最初、一善飯屋で源三郎と話しをした五人組が決めて行く事に正太は考える事が有ると言った。
だが、実は考える事などは何も無く、嘘も方便でその様に言えば彼ら五人組が人選するだろうと、其れ
は正しく正太の読みが的中したので有る。
正太は一先ず幸の待つ部屋へと入り。
「幸さん、オレ。」
正太は何か深刻な悩みでも有ると言う表情をしている。
「正太さん、何か有ったの。」
「幸さん、実は、オレ、若様に総監督にさせられてしまって、大変なんだ。」
「えっ、総監督って、だけどその仕事は現場では無いのでしょう。」
「そうなんだ、だけどオレの仲間って千人も要るんだぜ、其れの総監督になんだ、オレは一体どうしたら
いいのか分からないんだ。」
「えっ、正太さんの仲間って千人も要るの、そんな大勢だったとは知らなかったわ、其れで。」
幸は正太の仲間は多いとは聞いていたが、正か千人も要るとは思わなかったので有る。
「じゃ~正太さんは千人の仲間を纏める仕事なの、その総監督と言う仕事は。」
「うん、そうなんだ、オレは正かこんな大変な仕事だとは思って無かったから気軽な気持ちで引き受けた
んだ、其れが。」
「其れでなの、気持ちが。」
「うん、だけど、今更オレは出来ませんってなんか、若様に言えないから、其れで。」
「其れで正太さんは落ち込んでたの、でも正太さんが独りで仲間の人達を纏めるの。」
「いや、ご家老様が三人の監督を決めてくれて、今、その仲間が、まぁ~簡単に言えば人選びをしてるん
だけど。」
「ねぇ~正太さん、私も正太さんのお仕事は大変だと思うのよ、でもご家老様が三人の監督を選ばれたと言う事は、まだ他にも、う~ん、私、何て言っていいのか分からないんだけどね、
例えば班長さんの様な人も選べばいいと思うのだけど。」
「うん、其れは監督が決めるって言ってたんだ。」
「ねぇ~正太さん、だったら簡単だと思うのよ、私は現場のお仕事はその人達が行って、正太さんは監督
さん達と話し合いをすればそれで済むと思うんだけど、私は何も分からないから、正太さん、気を悪くし
ないでね。」
幸は正太が千人を纏める必要は無いと、今、監督に決まった仲間が改めて人選を行なっており、その中
から組長か班長か分からないが、現場で直接指示を出す様な人物を選ぶと聞いていた。
「幸さん、オレも分かったよ、現場の仕事は任せて、オレは監督か班長か組長か分からないけどその仲間
と話し合いをすれば済むと言う事なんだね。」
「私はその様に思うのよ、父の道場でもね門弟に直接稽古をつけるのは師範代役目で、父は師範代の稽古
を見て要るのよ、だったら正太さんも同じ方法を使えば、私はいいと思うのだけど。」
「そうか、考え方を変えれば、オレは道場主で監督が師範代と言う事になるのか。」
「私は其れでいいと思うんだけど、後は正太さんが判断すればいいのよ。」
やはり、幸は剣術道場の娘だけあって、父のと言うより、何処の剣術道場でも道場主が直接門弟達に稽
古をつける事は無く、殆どが道場に師範代が行なっており、幸は同じ様な方法を使えば正太が直接千人も
の仲間を纏める必要は無いと言うので有る。
「幸さん、本当に有難う、オレって学が無いから大事な事が分からないんだ。」
「正太さん、其れは学の問題では無いと思うの、だって、私も父が剣術道場を開いて要るから分かっただ
けで、私は何事でも経験に勝ものは無いと信じて要るのよ。」
「だけど学問って必要だと思うんだ、オレは恥ずかしいけど、読み書きが出来ないんだ、其れでこれから
オレに読み書きを教えて欲しいんだけど。」
「はい、分かりました、正太さん、これからも私に出来る事が有れば何でも言って下さいね。」
幸はニコッとした、正太も今まで悩んでいたのがまるで嘘の様に消えたと思ったので有る。
その頃、山賀を発ったげんた達は松川へと向かっていた。
「親方、今夜は松川で泊まるんですか。」
「銀次さん、今は、昔と違って旅籠が無いんですよ。」
「じゃ~、何処に泊まるんですか、正か。」
「うん、わしも考えたんだけど、まぁ~其れも仕方が無いんだ、わしは其れよりも松川の工事現場で連岩
の積み上げを見たいんだ。」
「そうか、野洲の海岸に有る洞窟も連岩を積み上げ無いと駄目だったからなぁ~。」
「そうなんですよ、今はまだ大丈夫だけど何時落盤事故を起こすか分からないから。」
「親方、オレも見たいんだ、其れと洞窟もね。」
げんたは松川の洞窟を見たいと、だが、今の予定でも松川で潜水船を造る事は無いはずなのに、げんた
は何故松川の洞窟を見たいと思うのだろうか、その日の夕刻近く、松川の大手門に大勢の職人達が着いた。
「申し訳有りませんが、わしらは野洲のげんた技師長と大工や鍛冶屋さん達で斉藤様と申されます
お侍様はおられますでしょうか。」
「えっ、野洲からですか、少しお待ち下さい。」
「誰か斉藤様にお知らせして下さい。
野洲から技師長と大勢の職人さん達が来られましたと。」
松川藩大手門の門番は大慌てで斉藤を呼びに行き、暫くすると斉藤が息を切らせて走って来た。
「親方、其れに技師長まで何が有ったのでしょうか。」
「斉藤様、大勢で押し掛けて来まして済まないと思っておりますので。」
「何を申されますか、私達は勿論大歓迎で御座いますから、さぁ~さぁ~、皆さんお入り下さい。
誰か殿に伝えて下さい、技師長と親方、銀次さん達も含め大勢の職人さん達がお着きになられました
と。」
「はい、直ぐに。」
家臣は大急ぎで殿様の部屋へと向かった。
「親方も皆さん方もお疲れでしょう、大広間の方へ。」
「はい、ではお言葉に甘えまして、みんな行きますよ。」
げんたは少し疲れた様子だ。
「げんた、疲れたのか。」
「いゃ~そうじゃないんだ、少し考え事をしてたんだ。」
「えっ、もう次の事を考えてるのか。」
「うん、まぁ~ね、でもなぁ~、う~ん、これは簡単じゃないからなぁ~。」
げんたは何時もの独り言で親方や銀次、其れに鍛冶屋達には一体何を考えて要るのかはさっぱり分から
ないと言う表情で有る。
「若殿、技師長と親方さん達がお着きになられました。」
「お殿様、急に押し掛けて申し訳有りません。」
「いいえ、その様な事は御座いませんよ、でも松之介からは何も言ってきておりませんでしたが、親方、
何か有ったのでしょうか。」
「はい、実は初めは直接野洲に帰る予定だったんですが、急に松川の現場を見たくなりましてね、其れで
予定を変えたんです。」
「そうでしたか、では今宵は。」
「お殿様、申し訳有りませんが、お世話様にと思ったんですが、宜しいでしょうか。」
「勿論ですよ、斉藤様、お手配の程を宜しくお願い致します。」
「はい、承知致しました。」
「お殿様、わしらは何も要りませんので、其れに明日の朝、現場とげんたは洞窟を見たいと、其れだけで
すので。」
「親方、現場と言うのは、今城下と浜を結ぶ隧道を造って要るのですが。」
「はい、其れを見たいと思いまして、野洲の海岸に有る洞窟にも連岩を積み上げたいと思っておりますの
で、申し訳御座いませんが。」
「そうですか、では私がご案内しますので宜しいですか。」
「えっ、お殿様が直々にですか。」
「はい、私もねぇ~、今は城下よりも現場の方が長いので、其れに洞窟にも久しく参っておりませんのでねぇ~。」
親方は正か松川の若殿、竹之進が直々に案内するとは考えもしなかったので驚いて要る。
「正か、お殿様が直々に案内して下さるとは、そんなのわしらは大体の場所さえ言って下されば、もう其
れで十分で御座いますのでね。」
「まぁ~まぁ~、親方、宜しいでは有りませんか、私もねぇ~何かの理由を付ければ洞窟にも参る事が出
来ますのでねぇ~。」
竹之進も実は長い間、洞窟には行って無いと、其れが急に山賀の帰りに技師長達が来たと、其れならば、技師長を洞窟に案内すると言う大いに理由を付ける事が出来るのだと言うので有る。
「はい、では、お殿様、宜しくお願い致します。」
「親方、食事までは少し掛かますので皆さん方は湯殿に行かれては如何でしょうか。」
「はい、有難う御座います、ではみんな順番にお風呂に入って疲れを取ってくれ。」
げんたや親方達は湯殿で疲れを取り、その後、夕食を頂き、そして、明くる日の朝、竹之進と斉藤、其
れに数十人の家臣も同行し松川の現場へと向かった。
「わぁ~なんだこれは。」
げんたは思わず大声を上げた。
げんたの見たのは、高く積み上げられた岩や土で、竹之進が進めて要る隧道は何処にも見えない。
「若殿様、一体どうなってるんですか。」
「技師長、今、見られて要るのが以前の峠に登る所でしたが、今は別の所に移しまして。」
「えっ、別の所に移してって一体何処に有るんですか。」
げんたも親方達も付近を見回すが隧道らしきものは見つからない。
「右側に見える林の中に有りましてね、本来ならばお城の裏側から行く様になっているのですが、その前
に今を見て頂きたいと思いましたのでね、では今からご案内致しますので。」
「ねぇ~親方、林の中って言ったけど、一体あの中はどうなってるんでしょうかねぇ~。」
「銀次さん、わしも何故か興味が沸いてきましたよ、お殿様、じゃ~あの土や岩は何処から運んで来たん
ですか。」
「あの土ですか、あの土はねぇ~掘り下げて要る所の土でしてね。」
林を抜けて行くと森の中に入って行く。
「でも、お殿様、この工事は大変だと思うんですが。」
「いいえ、其れには斉藤様が色々と調べてくれましてね、其れで最後にはこの森の中から入れる様にと普
通の人はわざわざ森に入る事は有りませんので、あっ、見えて来ましたよ。」
「えっ、何処にですか、わしらにはさっぱり見えないんですがねぇ~。」
親方も銀次達も見るのだが、何処にもその様な隧らしきものは見えず、だが、前方に祠が見える。
「お殿様、正かあの祠の裏側でじゃないでしょうねぇ~。」
「親方、その正かでしてね、この祠は地元の人達が毎日手を合わせに来られますので、でも祠の近くに
行っても見えないですよ。」
「殿様、じゃ~、一体何処から入るんですか。」
銀次達も必死に探して見るが分からないと、だが祠をよ~く見ると左右の造りが少し違う、銀次も正か
と思ったのだが。
「殿様、正かとは思いますが祠の中が入り口じゃ~無いでしょうねぇ~。」
「銀次さん、其れが実は入り口でしてね、祠の裏側を見て頂きますと直ぐに分かると思いますが、でも
ねぇ~大木の陰で其れも見えない様になって要るんですよ。」
竹之進が次の扉を開けると、其れは連岩は大木の陰に隠れ少しくらい見ただけでは入り口は全く分から
ないので有る。
「でも良くもまぁ~考えられましたねぇ~、祠から入るとは誰も考えませんからねぇ~。」
「はい、祠の中に入っても中の扉が分かりませんのでね入り口を見つける事は簡単には出来ないと思いま
すよ。」
竹之進の後からげんたや親方達も入って行く。
「銀次さん、此処の左官屋さん達の腕前はとても素晴らしいですねぇ~、見事な湾曲を描いておりますか
らねぇ~。」
「う~ん、本当だ確かにこれは見事としか言い様が無いですねぇ~。」
「其れに下の基礎部分も相当な強さで踏み固めてますから、簡単には崩れないと思いますよ。」
「お殿様、お聞きしたいんですが。」
「はい、何でも聞いて下さい。」
「この隧道ですが、入り口付近から少しづつ登りになって要るようにも感じるんですが。」
「やはり分かりましたか、親方の申される通りでしてね、大昔、この浜に大津波が押し寄せて来たそうで
して、浜の人達がこの峠に登って難を逃れたと、其れで今後も大津波が来るだろうと考えて浜に向かう方
から少しづつ登りを作り、中程からは少しづつ下りになる様に考え作っております。」
「えっ、ですが野洲には大津波が来たとは聞いてはおりませんが。」
「親方、多分、何処かのお寺には書き物として残って要ると思いますが、松川では昔から言い伝えれて来
ましたので。」
「じゃ~何時来るのかも知れない大津波が来ても大丈夫だと言われるんですか。」
「はい、私はその様に考えておりますよ。」
やがて一町程進むと浜側の出口が明るくなってきた。
「お殿様、この隧道ですが、何処まで続くんですか。」
「確か三町くらいだと聞いておりますが、後、半町も進めば今度は少しづつ下りになります。」
松川で工事中の隧道の先端部分に着くと、現場では大勢の領民が働いて要る。
「親方、この現場では我が藩の家臣は殆どおりませんよ。」
「殿様、何故、お侍様がおられないのですか。」
銀次が不思議に思うのも無理は無かった。
野洲では洞窟の現場で働くのは銀次達で、だからと言って家臣は何もしていないのでは無い。
野洲でも家臣達は農民や、猟師、木こりなどの姿に変え山を探索し、又、一部の家臣は城下で不審者の
発見に就いて要る。
「はい、此処でも何時幕府軍や官軍が侵入して来るのか分かりませんので、家臣の多くは山と城下で不審
者の発見に務めておりますので。」
「殿様、此処の海岸には洞窟は有るんですか。」
「技師長、勿論有りますよ、其れに此処は浜と言うよりも大きな湾になっておりましてね、洞窟は確か、
二十ヶ所は有ったと思いますが。」
他の殿様ならば洞窟の存在は知ってはいても其れが何か所有るのかは知らない、だが、松川の若殿、竹
之進は何故か知って要る。
「何で殿様が知ってるんですか。」
「技師長、私と弟の松之介は子供の頃は何時も山の中や海岸の洞窟に入って遊んでおりましたのでね、で
すが松川の洞窟は殆どが分からないと言いますか、見えないのですよ。」
「殿様、分からないって、海の上からはじゃ見えないって言うんですか。」
「ええ、そうですよ、殆どの洞窟は潮が引いても、う~ん、そうですねぇ~、これくらいですから一尺程
度の小さな穴と言いますか、ですから年中海中で少しでも波が有れば全く見えないのですよ。」
「殿様が知ってるって事は、その洞窟に入った事が有るって事なんですよね。」
「ええ、何度も入っておりますよ、でもねぇ~、中には入っただけで少し明るい程度でしてね、奥が何処
まで有るのか私も知らないのです。」
「う~ん。」
げんたは何かを考え始めた。
「技師長、何か有るのでしょうか。」
「うん、だけどねぇ~、中が暗いからなぁ~、う~ん、何か方法は無いかなぁ~。」
げんたの頭が回転を始めた。
「技師長、私が参りましょうか。」
「えっ、殿様が行くって言うのか。」
「松川の藩では多くの家臣が子供の頃、洞窟の探検だと称して入っておりますから、まぁ~何も心配は無
いと思いますがねぇ~。」
竹之進は子供の頃を思い出し、何故か今は洞窟の中を探検したいと気持ちで心は早くも洞窟の中へと
入って要る。
「だけど、殿様だけで行くってそんなの危ないと思いますよ。」
「技師長、数人の若い家臣も連れて行きますのでね。」
「う~ん、だけどなぁ~、オレは。」
「技師長、任せて下さいよ、此処の洞窟の事ならば浜の漁師さん達も一緒に行って貰えると思いますので、技師長、其れで一体何を調べれば良いのでしょうか。」
「げんた、お前、正か。」
「銀次さん、オレは幕府か官軍か知らないけどね浜の人達を襲うって事だけは許せないんだ。
其れでさっきから考えてたんだけど、その洞窟が何処まで続いて要るのか、中が一体どうなってるのか
分かれば、浜の人達も少しは安心出来るかなぁ~って、ただ其れだけの事なんだ。」
「だけど、年中、海中に有るって事は一体どんな方法で中に入るんだ。」
「うん、其れはねぇ~簡単に出来ると思うよ、別の所から入り口を作ればいいんだ、其れよりも洞窟の中
がなぁ~。」
「技師長、分かりましたよ、私も領民の為ですので、何としても中に入り調べたいのでねぇ~まぁ~私に任せて下さい。」
「だけど、殿様に若しもの事があったら大変だから。」
「技師長、私はねぇ~領民の為ならば私の命は惜しくは無いのです。
まぁ~其れよりも中は暗闇なので灯りが、其れが問題ですねぇ~。」
「なぁ~親方、水が入らないで松明か蝋燭が濡れない箱は出来ないかなぁ~。」
「げんた、任せろ、其れで大きさは。」
「う~ん、松明も多く要るしなぁ~。」
「親方、私と家臣が入りますので、何個でも宜しいですよ。」
「お殿様、箱は五個くらい作りますが、それで宜しいでしょうか。」
「はい、勿論ですよ、では私は家臣に話をしまして人数を集めますのでね。」
「げんた、其れでいいのか。」
「うん、殿様、入り口の深さなんだけど。」
「入り口の深さですか、其れも調べますので中の深さもですね。」
「げんた、お前、正か。」
げんたが何故深さを調べたいのか銀次には直ぐ分かった。
「うん、そうなんだ、銀次さんの考えてる通りなんだ。」
「技師長は深さを調べて、何を考えて要るのですか。」
「殿様、オレは浜の人達もだけど、他の人達も潜水船に乗せて洞窟に入れば、誰にも見付からないと思う
んだ、其れで深さを知りたいんだ。」
「では、領民を洞窟に収容させるのですか。」
「うん、そうなんだ、だけどなぁ~、う~ん。」
げんたはまたも考え込んだ、其れは別の事を考え始めたのだが、其れを知るには今の竹之進には到底無
理だ。
げんたは一体何を考えて要るのか、其れよりも前に松川の洞窟を詳しく調べる必要が有ると、そし
て、三日後、松川の洞窟の調査が開始される事になったので有る。