第 39 話。果たして、領民達との対話は可能なのか。
その日の早朝、突然だった。
「ドン、ドン、ドド~ン。」
と、山賀のお城から大太鼓が鳴り響き、家臣全員の一斉登城の合図で有る。
家臣達は一体何事が起きたのかも分からずに、ただ、お城へと急ぐので有る。
山賀のお城の大広間には次々と家臣が集まり、やがて全員が集まると。
「殿様のおな~り。」
何と何時もとは全く違う若様、松之介が現れた。
山賀に入城した時とはまるで違い一体何が起きたのかと多くの家臣に不安が過ぎる。
「皆の者、只今より若様、いや殿様が山賀の、いや我が連合国の為のお話しをされる、だが、この御話は
何れ領民達にもせねばならぬ、その為、今日一度だけの話では無い。
今後何度でも説明を行なうが全てを理解し、全員で領民に対し説明せねばならぬ、皆はよ~く聞く様に、では、殿。」
「皆様方、今ご家老様が申されました様に我が連合国が生き残る為、全ての領民が理解出来るまでお話し
をしなければなりません。
私が以前にも申しましたが皆様方の中には理解不足のお方もおられると言う事では、果たしてその様な
状態で領民さん達にお話しが出来るでしょうか。
山賀の領民さんはまだ何もご存知無いと思うのです。
其れよりも皆様方の中にまだ我が連合国に滅亡の危機が迫って要ると言う事を全く認識されておられな
いとは如何なものでしょうか。
あの時、私の義兄上でも有り、連合国の総司令官でも有る源三郎様がお話しをされたのは何の為なのか、其れよりも皆様方の中でお話しされた内容に付きまして協議された事はお有りでしょうか、多分ですが全く無いと思うのです。
私が今からご説明をさせて頂きますので、まだご理解されておられないお方も含めてその都度質問され
ても宜しいのでお話しをお聞き下さい。
では、今から説明をさせて頂きますので静かにお聞き下さい。」
この後、若様松之介は詳しく家臣が理解出来る様に説明を始め、松之介の説明は一時以上にも続き、其れでも家臣達は静かに聴いていた。
「私が今お話しをさせて頂きましたが皆様が完全にご理解をされるまでは説明させて頂きます。
そして、本日は此処に総司令の源三郎様もご出席されておられますので少しでも疑問や分からぬ事が御
座いますれば、どの様な事でもお聞き下されば宜しいかと存じます。」
「はい、若様お聞きしたいのですが。」
「はい、どの様な事でしょうか。」
「はい、先程、申されましたが幕府軍か官軍の中で、どちらかの武士か兵士の一部でも宜しいのですが山
賀のご城下に侵入して来たのでしょうか。」
「はい、では今の質問にお答え致します。
野洲の山には幕府軍と思われます十数名が登って来たのですが、野洲の役人が全て返り討ちにしたと、
其れと官軍兵ですが五十名の内、三名ですが二名は義兄上様の手に掛かり、残りの一名は今野洲のお城に
居ります。」
「では、残りの四十七名が何れかの山中に潜んで要るので御座いますか。」
「彼ら五十名ですが官軍の脱走兵で、若しも官軍に捕らわれたとすれば官軍の規定で全員は銃殺刑になる
と、その為と申しましょうか今だ彼らの消息は不明で御座います。
其れよりも、脱走兵の全員が新式の連発銃を持ち、弾薬も一人が百発以上を持って要るのです。
連発銃は我々が持っております火縄銃とは違い雨が降っても使用が可能で、其れだけでも大変な脅威で
有ると考えて頂きたいのです。」
「私もお聞きしたいのですが、その脱走兵ですが官軍は捜索しているのでしょうか。」
「はい、義兄上の配下の者が九州の長崎まで偵察に向かわれる途中数百名の捜索隊と遭遇されておられ、
脱走兵は何としても探し出すと聴かれておられますので、今も捜索は継続されて要ると考えられます。」
「では、その捜索隊が山を越えて来るとも考えられないでしょうか。」
「其れは私にも分かりませんが、今だに捜索が続いて要ると言う事は遅かれ早かれ我が連合国の山にも入
り、山賀か其れとも他の国に入る可能性は有ると思います。」
「若様、我らとして何らかの対策を取る必要が有ると思うのですが。」
「はい、其れに付きまして私の考えですが、幕府軍なれば何とか防ぎ様に考えられるのです。
問題は官軍だと思いますねぇ~、官軍兵は訓練された兵士ですので、其れに兵士が持って要る連発銃に
対抗する手段が今は見つからないと言うのが現状なのです。
其れで皆様方のお知恵で何とか解決出来ないものかと考えては要るのですが。」
松之介は官軍兵に対抗する手段が無いと言う、だが、果たして全く無いものなのか、家臣達も真剣に
考えて要る。
「若様、私は別の事をお聞きしたいのです。
我々は今まで幕府に対抗する方策を考えておりましたが、私は何故に官軍が我々の敵となるのかがはっ
きりと理解出来ておりません。
若様、源三郎様、何故なのでしょうか。」
家臣が疑問に思うのも無理も無い。
この数百年と言うもの貧しい農民や漁民達を含め多くの小藩は幕府の圧政に泣かされて来た。
その多くの人達が結集し打倒幕府を言う錦の御旗を振り上げたのが今の官軍で有る。
だとすれば官軍は弱き者の見方では無いのかその官軍が何故敵軍となるのだと。
「私も今の質問には何の反論も出来ないと言うのが本音です。
ですが現実はその旗印を振りながら弱き者、其れが農村や漁村の人達を含む領民さん達を殺して要ると、いいえ、虐殺と言っても過言では無いと思っております。
確かに今の質問に有った様に官軍は庶民の見方だと、薩摩や長州の本隊司令部では幕府軍と官軍に反抗
する者だけを成敗せよとの命令が出て要ると思っております。
ですが現実を見れば末端の部隊では農村からも漁村からも略奪や暴行が行なわれ女性達は犯され、挙句
の果てには幕府軍が行なったと同じ様にと農村や漁村では全員を殺し、家に火を点け村の全てを焼き払う
と言う暴挙を平気で企てて要るのです。」
「若様、そのお話しはどなた様からなのでしょうか。」
「このお方は義兄上の配下で闇の者と申されますが、その闇の者が直接見られたと、私もその人物からお聞きしましたので間違いは御座いませぬ。」
山賀の家臣はあの時の事を思い出し全員が静まり返った。
源三郎が言う闇の者が山賀の鬼退治にも当時の殿様を隠居させる切っ掛けを作ったので有る。
名も顔も知らないが、やはり闇の者の存在は大きいと思わせた。
「私も最初は皆様方と同じで幕府を倒す者達ならば我らの様な小国の見方で有ると、ですが現実はと申し
ますと全く違い末端の部隊が略奪や婦女暴行と更に虐殺を行なって要るとは中央の司令部は知らないと思
います。」
「殿、ですが多くの兵士が完全武装で高い山を果たして来るでしょうか、私はまず無理だと、いや不可能だと思っております。
その理由としまして、高い山には狼の大群と、更に麓からは熊笹が生い茂っておりますので、私は官軍
と言えども無理はせずに他から侵入するのではと考えるので御座います。」
松之介は高い山からの侵入が無理ならは海上からだと言わせるつもりなのだろうか。
「では一体何処から来ると思われので御座いましょうか。」
「其れは海からだと思います、でも我が山賀には浜は御座いませぬので山賀に入る事は簡単では無い
と思うので御座います。」
「今申されました様に海からですが、確かに山賀には浜は有りません。
ですが隣の松川から菊池までに至るまで浜が有り、仮にですが松川の浜に官軍の軍艦が着き官軍兵が上
陸した、さぁ~松川は一体どの様になると思われますか。」
「若様、松川藩と申しますれば、若様の。」
「はい、私の生まれた所ですが、でも松川藩の武士は少ないですよ、其れに武器と言えるのは数十丁の火
縄銃と皆様方と同じ腰の物だけですよ、若しも十数人の官軍兵が連発銃を持ち上陸すれば松川の武士は数
日、いや数時で全員が殺されます。
問題はその後でしてね、官軍兵の全員が連発銃を持ち、弾薬も多く持って要るとすれば、数人の官軍兵
に松川藩は全滅させられます。
城下の領民さんが少しでも反抗的は態度を見せれば、他の人達の見せしめとして、他の人達の居られる前で銃殺するでしょうから、まぁ~後は略奪と暴行の繰り返しで松川が終われば、上田に向かうか、其れ
とも我が山賀に来るかですねぇ~。」
「若様、何か対策を考えねばなりませぬが、私は弓を。」
「私も一度は同じ様に考えましたが、たかが数十本の弓矢を放ったところで、果たして官軍兵の全員を殺
す事は可能でしょうかねぇ~、まぁ~其の前に一本の弓矢で官軍兵が死ねば、官軍兵からは一斉射撃を受けると思いますが如何でしょうか。」
松之介は家臣の考えを否定しているのでは無い。
其れは何としても今野洲で造って要る潜水船の話に近付けたいと考えて要る。
だが山賀の家臣の中には旧態依然の考え方が多く一向に話が進まないと感じて要る。
「私は何も皆様方の意見に対し否定をしているのではないのです。
ですがねぇ~何故だか分かりませぬが、私が感じて要るのは皆様方の中にまだ本当の意味で危機感を感
じる事が出来ないのです。
先日、山賀のお城の北側に有る空掘りの洞窟で燃える石の掘削現場で落盤事故が発生し、そして、
松川からは大量の連岩が届いたのも皆様はよ~くご存知かと思います。
その現場で中心的に動かれておられるのは野洲から来られた大工さん達に鍛冶屋さん、其れと、野洲の
海岸洞窟で掘削工事をされておられる銀次さん達とお仲間なのです。
私はねぇ~何故だか分かりませぬが。」
家臣達からは質問も無くただ静かに聴いて要る。
「其れはねぇ~、あの人達は義兄上、いや源三郎様と申されます我々連合国の総司令官が申されておられ
る話を理解されて要るからなのです。
では、その話の内容とは一体どの様な内容だと皆様は思われますか。」
「若様、野洲には浜が有り、その浜に幕府軍か官軍の軍艦が上陸すると申されるのでしょうか。」
「はい、その通りで、総司令は野洲の沖を通過する大型船、其れは幕府軍でも官軍の軍艦でも良いのです
がその大型船を航行不能にする方法を考えられているのです。」
「えっ、大型船を航行不能と申されましたが、野洲にも軍艦が有ると申されのでしょうか。」
「いいえ、野洲の浜に有る舟と言えば漁師さん達の小舟だけですよ。」
「ですが幾ら何でも小舟で大型船、其れも軍艦を航行不能にする事は誰が考えても不可能だと思うので御
座いますが。」
少しづつだか松之介は潜水船の話に近付けて行く。
「ええ、確かに小舟で大型船に近付く事は不可能ですよ、ですがねぇ~野洲には天才が居るのです。」
「若様、天才と申されるのは、正か。」
「はい、その正かでしてね、皆様も見られたと思いますが、げんたと申しますがげんたは今や野洲の、い
や連合国の技師長としてこの山賀に来られております。
その技師長が造り上げたのが潜水船と言います。」
「えっ、潜水船と申されましたが、私は今初めて聞きましたが潜水船と申されますと船が海に潜るので御
座いますか、う~んその様なお話し今の私は信じる事は出来ぬので御座いますが。」
「はい、ですが事実でしてねぇ~。」
「えっ、正か船が海に潜るとは、私は今までその様な話は聞いた事が御座いませぬが。」
「いや、私もだ船は海の上を進むのだから、海に潜るとは、う~ん全く信じる事が出来ませぬ、其れに何故木造船が潜れるのか、余りにも難し過ぎ理解出来ませぬ。」
やっと松之介は潜水船の話まで辿り着いた、さぁ~これから先どの様に話を進めて行くか。
山賀の家臣は潜水船の話しを初めて聞かされ、大変な驚き様で暫くは家臣達同士が話し合っており、松
之介は暫くは何も言わずに家臣達の言いたい放題にさせて要る。
「拙者は船が海に潜るなどとはとてもでは無いが信じる事など出来ない。」
「うん、拙者もだ、だがなぁ~そのげんたと言う技師長は一体どの様な人物なのだ、若様は天才だと申さ
れておられるが。」
「うん、そうだ、大人でもその様なバカげた話はせぬぞ。」
「だがなぁ~若様は御覧になられたと、と言う事はだご家老も御覧になられたと、お~、そうだ山賀から
も何人かが野洲に参ったはずだ。」
「皆様、少しお静かに、この中に野洲に参られた方々が居られると思いますが、どなた様でしょうか、
若しも、良ければお話しをお聞きしたいと思うのですが。」
一番後ろで数人の若い家臣が手を挙げた。
「若様、私達で御座います。」
「貴方方ですか、では前に出て下さい。」
一人の家臣が一番前に出て来た。
「では、貴方方から皆様方にお話しをして下さい。」
「はい、承知致しました。
私達は若様の命により野洲の洞窟で潜水船が造られており、その潜水船の建造技術を学ぶ様にと。」
「殿、私から質問させて頂いても宜しいでしょうか。」
「はい、宜しいですよ、ですが全てを学んだ訳では有りませんのでね答えられる内容と、答えられない内
容が有りますので、其れは皆様方も分かって頂きたいのです。」
「はい、承知致しました。
ではお聞きしますが、お主達はその潜水船と言う船を見られたのですか。」
「はい、ですが其の前に私も皆様方同様で最初、潜水船の話しをお聞きしました時には、その様な事は有
り得ないと船が海の中に潜るとは信じてはおりませんでした。
野洲のお城には私達だけでなく、他国からも大勢が来ておられました。」
「他国と申されるのは。」
「はい、菊池藩、上田藩、松川藩からもお殿様と随行の方々、其れに私達と同様に若い家臣が数人づつで
御座います。」
「其れでは、連合国の殿様全員が参られたと申されるのですか。」
「はい、其れで最初は野洲のお城で、今此処におられます総司令からご説明が有りまして、ですが其の時
でも私もですが他の方々も船が海の中に潜るとは信じておられず、説明が終わり皆様方とご一緒に浜に参ったので御座います。」
「若様、他国でも潜水船の話は初めてなのでしょうか。」
「はい、その通りでしてね、野洲で総司令からお話しを頂きまして、其の時が初めてで、私も含めまぁ~皆様方の驚き様は其れは大変なものでしたよ、私もね潜水船と聞かされましたが全くと言っても良い程想
像すら出来なかったと言うのが本当でしてね。」
「其れでお主達は詳しく説明を聴かれたのか。」
「はい、浜での説明は技師長からですが、一緒に参られました他国の方々も技師長の説明に全く理解出来
なかったと言うのが誠で御座います。」
「皆様方が理解出来ない程に難解な説明なのでしょうか。」
「いいえ、そうでは無いと思いますが、何もかも其の時が初めてで潜水船の動力源が水車だとか、空気の
取り入れ口は風車だとか説明を頂きましても、何故海の中で水車がかと思う程でして、今の話しですが皆様方には大変失礼だと思うのですが、ご理解して頂けるでしょうか。」
「う~ん、拙者は全く分からぬ、だが何故船が海の中に潜れるのでしょうか。」
「申し訳御座いませぬ、正直に申しまして私も詳しくは説明が出来ないので御座います。」
「では、お聞きしますが、他国の方々も潜水船が海の中に潜るのを見られたのですか。」
「はい、若様を始め、各藩の殿様方も全員が見られる中、海の中に潜って行きました。」
「やはりだ、船が沈んだのでは。」
「いいえ、全くその様な事は御座いませぬ。
潜水船からは海の上に空気を取り入れる筒が出ておりましたので。」
その後も家臣達は次々と質問するが若い家臣は見た通りの事を話すだけで何も作り話をしているのでは
無い。
「あの~宜しいでしょうか、私が不思議に思うのは海の中に潜ると、ですが海の中に潜った状態でどの様
な方法を用いて進むのでしょうか、海の中に入れば船の中からでは全く外が見えないと思うのですが、如
何でしょうか。」
「誠に申し訳御座いませぬ、私の説明不足で潜水船の中には船の中から外を見る為の潜水鏡と申しますの
が有りまして、その潜水鏡だけが海上を見る唯一の物でして、船長が潜水鏡で海上を覗きながら操縦士に指示を出すので御座います。」
「では、潜水鏡が無ければ一体どの様になるのですか。」
「其れは、勿論、進む事は出来ませぬ。
皆様、私も他国の殿様方も含め、大勢の方々が小舟に乗り潜水船が進む方へと向かわれましたが漁師さ
んが申されなければ私達は潜水船が何処を進んで要るのか分からないので御座います。」
「若様、では少し離れますと潜水船の存在は知れないと申されるのでしょうか。」
「はい、全くその通りでしてね、私も小舟に乗り真近くにおりましたが全く見えず、これが軍艦の様な大
型船の上からだと全く見る事は出来ないと言う事になりますねぇ~。」
「若様、ではその潜水船で幕府軍か官軍の軍艦を攻撃すると申されるので御座いますか。」
「私は可能だと思いますよ、幕府軍も官軍でも、其れにですよ、誰が考えても海中から攻撃を受けると思
いますか。」
「正か潜水船に大砲を備え付けると申されるのでは御座いませぬでしょうねぇ~。」
「今の潜水船に大砲を備え付けるのは不可能ですよ。」
「う~ん、ですがどの様な方法で軍艦を攻撃するのだろうか、大砲を備え付けるとなれば相当大きな船で
無ければ無理だと思うのですが。」
「皆様、其れでは、総司令からお話しを伺いたいと思うのですが、如何でしょうか。」
「若様、では私から説明させて頂きますが、私もまだ試みてはおりませんので、実のところ成功するのか分からないのです。」
「総司令、その方法とは一体どの様な方法を考えておられるので御座いましょうか。」
山賀の家臣達も俄然説明が聴きたいのだろうか、立ち上がろうとして膝を付き。
「まぁ~簡単に言いますとね爆薬ですよ。」
「えっ、爆薬で御座いますか、ですが一体何処に爆薬を。」
家臣達はもう早く聞きたいとざわつき顔色が変わ始めた。
「まぁ~まぁ~、皆さん少し落ち着いて下さいよ。」
だが家臣達はと言うと今までの表情とは変わり早く源三郎の説明を聞きたいので有る。
「皆さん、その前に軍艦とは思わないで大型船を想像して下さいね、大型船の前方、まぁ~簡単に言えば
船首ですね、そして、一番後ろ船尾ですが、大型船の乗組員は真下の海を見ると思われますかねぇ~。」
「総司令、私も今まで何度か遠くの海上を通過する大型船を見ましたが、余りにも遠くを通過しますので
船乗りの姿は見えませんでした。」
「お主はあの高い崖から沖の船を見たのか。」
「そうだ、だが余りにも遠くなので船乗りの姿は見え無かったのだ。」
「其れでは話に成らんでは無いか。」
「まぁ~まぁ~其れで十分ですよ、今ご貴殿は遠くに見える大型船を見られた思いますが、其の時、崖の
真下を見られましたか。」
「いいえ、正か、総司令、あの断崖絶壁からは人間が登って来るとは思っておりませんので。」
「そうですねぇ~、今申された通りで、山賀には浜は有りませんが高い断崖絶壁が有り、其れで今まで敵
の軍勢から攻撃を防いでいたのです。
皆さんの中には断崖絶壁と軍艦と一体何の関係が有るのだと思われるでしょうが、其れが大いに有るの
ですよ、皆様も正かと思われるでしょうが、大型船もですが軍艦の船尾にですがね、其処には何が有ると思われますか。」
「総司令、何も無いと思うのですが。」
「いいえ、其処には船に取りましては一番重要な物が有るのですよ。」
山賀の家臣は首を傾げ一体何が有るのだと考えて要るが殆どの家臣は気付かない。
「あの~、総司令、宜しいでしょうか。」
やはりあの若い家臣が手を挙げた。
「はい、貴方ですか、貴殿ならば分かると思いますねぇ~。」
「はい、大型船には必ず大きな舵が付いております。」
「さすがに野洲で学ばれたのですね、皆様方、漁師さんが使う小舟には舵は付いておりませんが、大型船
ともなれば今も申された通り必ず舵と言う物が付いておりますよ。」
源三郎の話は現実味を帯びて来たと松之介は思って要る。
「総司令、正かその舵を壊すと申されるのでは御座いませぬのでは、ですが仮に舵を壊したとしましても
軍艦は沈まないのでは御座いませぬか。」
「ええ、その通りですよ、でもね私は無駄な人殺しを望んではおりませんのでね、其れよりも軍艦と言え
ど一番重要な舵が壊れると其れからの航海は出来ないのです。」
「其れでは軍艦が何処に向かうのか分かりませぬが。」
「ですが総司令、軍艦が漂流すると何処かの浜に着く事も考えられますが。」
「其れは連合国の浜と申されると思いますが多分無理だと思いますよ、私は松川から菊池までの浜に参り
ましたが、大型の軍艦が漂流し浜に着く前にですが、どの浜の入り口も狭くとても大型の軍艦が漂流しな
がらと言うのは、其の前に軍艦の船乗りですが、幾ら彼らが優秀な操船技術を持ったしてもですよ、左右
の浅い所を避けて入り江の中に入ると言うのは奇跡が起こらない限り不可能だと思いますねぇ~、其れと、仮にですが山賀に有る絶壁の真下に漂着したと考えて下さいね、あの断崖絶壁を登る事はまず不可能だと思います。」
「では、総司令は一体何を待っておられるのか、私は全く理解出来ないので御座います。」
源三郎はニヤリとして。
「私はねぇ~船乗りもですが、軍艦に乗った者全員が味わうで有ろう恐怖を待って要るのですよ。」
「えっ、恐怖ですか、ですが恐怖とは何時敵軍からの攻撃が有るのか分からないと言うのが恐怖で、軍艦
に乗っておれば何時でも反撃は出来ると思うのですが。」
「そうですねぇ~、其れも確かな話ですが、舵を失った軍艦は一体何処に向かうのでしょうか、風が吹いたとしても何処に向かうのかも分からず、其れよりも軍艦には食料は積んでおりますがね十日が経ち、二
十日も経てば食料も飲料水も無くなるでしょう、兵士達は食料も飲み水も無く、無駄な漂流を続けると、
何れは餓死と言う人間に取って一番苦しい死に方が待って要るのです。
ですが全ての軍艦が漂流し餓死者が出るとは限りません。」
「では他の軍艦が助けると申されるのでしょうか。」
「はい、私は其れでも良いと思っておりましてね、私は兵士達よりも船乗りが恐怖を味わうと大型船、其
れは軍艦に乗ってあの海には行きたくは無いと船乗り同士が話をすれば、何れその話は大きな噂となれば船乗りは軍艦には乗りたくは無いと、その様になれば自然と軍艦を操るのは専門の船乗り、其れが兵士で
ね、兵士は専門の訓練を受け、軍艦を操る事になると思いますがねぇ~。」
山賀の家臣達に源三郎の狙いが何か全く理解出来無くなって要る。
「総司令の目的は一体とはどの様な事なのでしょうか、私は全く理解が出来ないのです。」
「まぁ~皆様方も多分同じだと思うのですがね、私の答えは実に簡単でしてね、其れよりもですが船乗り
は領民さんだと思っておりましてね、私は領民さんを巻き込みたくは無いのです。
軍艦に領民さんが乗っておらなければ仮にですが軍艦が沈没したとしても死亡するのは兵士達ですからねぇ~。」
家臣達もやっと理解したのだろうか、だが大型の軍艦を沈めるとなれば爆薬も大量に必要になる。
「ですが、総司令、軍艦と申せば造り方は頑丈では無いのでしょうか。」
「はい、勿論ですよ、軍艦と言うのは戦争の大事な大道具ですからね、ですが先程も申されましたが軍艦
に乗った兵士が船の真下を四六時中監視する事は出来るでしょうかねぇ~、其れにもまして舵が取り付け
て有る場所は大変見難い所に有り、まぁ~皆様方は余り心配される必要は無いと思いますがねぇ~。」
「総司令、有難う御座いました。
今、総司令のお話しでも分かって頂けたかと思いますが、其れよりも、皆様、我が山賀の工事が一番遅
れて要るのをご存知でしょうか。」
「若様、何故で御座いますか、空掘りの掘削も進んで要ると思うのですが。」
「其れは確かですが、でも山賀の洞窟は十里も有ると思われるのですよ、最初は数百年前の洞窟を発見し、その洞窟からは燃える石と鉄になると言う土が発見され、今は石と土の採掘作業と並行して掘り進んでおりますが、先日、先端部分で落盤事故が発生し、今、洞窟の補強する為の連岩が大量に運び込まれており、直ぐ工事に入る事が出来ないのです。」
「では城下の人達に応援を頼まなけれならないのでしょうか。」
「其れも何れは必要になるとは思いますが、でも領民さんに説明をしなければならないのでよ。」
「では我々が城下に参り説明するのでしょうか。」
「はい、その通りですが、まぁ~其の前にですねぇ~、我々は少しだけですが官軍の事を知っております。
ですがねぇ~我が山賀の領民さんが果たして何処まで知って要るのかも分からないのです。
これは私の推測ですが、多分、多分ですよ殆どの領民さんは幕府軍と官軍の大規模な戦争を行なって要るとは知らないと思うのです。」
「では其れを私が説明に。」
「はい、勿論でしてね、勿論、私も参りますが、私が説明しても理解出来ない人達が大勢居られると思い
ますが皆様方は領民さんには何を話されても良いと思いますよ。」
「若様、全てを話せと申されるのでしょうか。」
「はい、私は何も隠す必要は無いと考えておりますのでね。」
「でも領民の中には以前の事も知りたいと言う者達も居るのでは御座いませぬか。」
「全て誠の事を話して頂く方が大切だと思います。
下手に隠す様な事にでもなれば領民さん達は今まで以上に不信感を抱く事になりますので。」
松之介は過去の事を聴かれたならば全てを話せと、だが鬼家老から賂を受けた家臣達の心中は穏やかで
は無い。
其れは自らが少しの期間少額と言えども甘い汁を吸っていたので有り、仕方が無いと言えば仕方が無い。
その者達も含め領民からどの様な言葉を浴びせられ様とも辛抱するしか無く、其れが出来ないと言うの
で有れば、その者は山賀、いや連合国からは脱出すると言う方法だけが最後に残された手段なのかも知れ
ないので有る。
「若様、ですが、私はあの鬼家老からは一文も受け取ってはおりませぬが、其れを領民は知って要るので
しょうか。」
「私はねぇ~、何も以前の話を蒸し返す必要は無いとは思うのです。
其れよりも皆様方は幕府軍と官軍が戦を行なって要る、何時、山賀を含めた連合国に大軍が攻めて来る
かも知れず、山賀の家臣全員が領民さんが生き残れる事に全力を注ぐので、皆さんどうか強力して下さい
とお願いする事の方が重要なのです。
今、全ての工事は洞窟内の補強工事に掛かっており、何故、洞窟から採掘される鉄になる土が必要かと
申しますとね先程の潜水船の船体を守る、其れは潜水船の乗組員を守る為に船外に鉄の板で補強する為な
のです。」
「若様、潜水船は敵軍の船からは見えないので御座いませぬか、其れが何故船の外側を補強する必要が有るのでしょうか。」
山賀の家臣はどうしても潜水船の話に戻って行く。
「分かりました、では簡単に説明をしますね、潜水船は軍艦の舵に爆薬を着ける時に一度浮上しなければ
なりません。
其れと軍艦が一隻ならば何も問題は有りませんが、其れが二隻以上となれば後続の軍艦から潜水船の姿
が見えるのです。
その時に連発銃で撃たれると木造だけの潜水船では船体に穴が開き、海中に潜る事が出来ないのです。
ですが鉄の板を貼り付ければ木造の船体が弾丸から守られ、潜水船の乗組員は爆薬に点火し、再び海中
に潜り逃げる事が出来るのです。
私は潜水船の外側を補強する為にはどうしても鉄の板が必要になると思うのです。
皆さん、分かって頂けましたでしょうか。」
松之介は大した若殿様で有る、源三郎が説明した内容の全てを理解して要る。
「若様、私は先程から考えていたのですが、宜しいでしょうか。」
「はい、勿論ですよ、其れでどの様な事でしょうか。」
「はい、我が山賀が遅れていると指摘が御座いましたが、私は今からでも十分だと思い、其れで別の事を
考えておりまして。」
「別の事と申されますと、どの様な事を考えておられたのでしょうか。」
「はい、私は北の空掘りを利用出来ればと考えたのです。」
「空掘りを利用したいと申されましたが、ですが今もその空掘りを利用し燃える石や鉄になる土の集積場
所となっておりますよ。」
「はい、其れは私も十分存じております。
ですが私が空掘りを利用すると言うのは別の話でして、空掘りに大きな賄い処と作業員の為に必要な
休み処を作っては如何でしょうか。」
「賄い処と休み処を作るのですか、其れは何かの理由が有っての事だと思うのですが。」
「はい、今はお城の賄い処で食事を作っておられますが、私はお城では無く工事現場専用と申しますか、
まぁ~簡単に申しますと工事関係専用の賄い処を作り、其処で働かれる人達の食事を作り、提供すると言
う場所なのですが、その理由としまして、お城の賄い処で工事関係者の食事も作ると言うのは大変では無いかと考えたので御座います。」
「確かにその通りかも知れませんねぇ~、皆様はどの様に考えておられますか、私は大変良い話しだと思
いますよ、ですが賄い処の人達ですが。」
「はい、其れならば、城下の人達にお願いが出来ればと思います。
確かに先程からの議論を聴いておりますと、我々山賀の家臣が理解出来なければ領民に理解出来る様な
説明は出来ないと申されておられますが、私は全てのお話しを聴いて頂くよりも簡単に今お城の空掘りで
大きな工事を行なっており、若し皆さん方の協力が頂けるので有れば我々よりも皆さん方の方が大いに助
かると思いますよと、最初から素直に話す方が領民にも理解出来るのではないでしょうか。」
「お主の話では大切な事が抜けて要る様に思うのだが。」
家臣達の中にも色々と考えて要る者が居り、話しに賛同する者、だが当然反対意見も有る。
「はい、私も十分にしておりますが、我々が話をするよりも領民から質問させる方が領民達も注目すると
考えたのです。」
「其れは我々が説明するのではなく、領民が聴きたいと思わせると申されるのか。」
「はい、その通りでして我々が説明すると言うのは領民の中にも、また侍の話しか、またかぁ~、まぁ~
仕方が無いから聴くだけにして置こうと思うでしょうが、其れが反対に領民は一体何の工事を行なって要
るんだ、其れに何故その工事が必要なんだと思わせ質問に答える方が理解も早く多くの領民が耳を傾ける
のではないかと考えたので御座います。」
確かに今までは侍が考え、侍が中心で文言を作り、侍側の一方的な説明だけで多くの領民にすれば何も
関心が無い事でも仕方無く聴いており、その為、後日領民に聴いたところで話は全くと言っても良い程通
じておらず、其れが現実で有る。
だが、彼は反対に領民が話を聴きたいのだと思わせれば自然と理解して行くのだと、その様になれば次
からは領民が積極的になるのではないかと考えたので有る。
「う~ん、確かにお主の申す通りかも知れぬなぁ~、今までは我々侍が中心だと考えて要る事を今度は貴
方方が中心ですよと思って貰うのか。」
「はい、私は反対の立場になり領民側の立場で考えたです。
勿論、我々自身も積極的にならなけれなりませぬが、山賀、いや連合国が生き残りを掛けた戦になるの
だと、確かに今までの戦は侍が中心でした。
今度の敵軍は幕府で有ろうと、官軍で有ろうと、戦の中心がまして、直接、領民が戦場に行くのでは無
く工事現場と言う戦場に入って頂ける様に出来ればと考えたのです。」
「其れは私が考えなくてはならなかったのかも知れませんねぇ~、皆様方も今の様な提案が有ればどしど
し聞かせて頂きたいのです。
其れで今の提案ですが、皆様方はどの様に考えておられるのでしょうか。」
「殿、私は大賛成で御座います。
ですが其の前に我々自身が現状を把握しなければならないと思います。」
まぁ~其れにしても今頃になって、やっと本気で皆がやる気を起こしたと思えば良い。
源三郎も傍のご家老吉永も思っており、其れはまだ遅くは無いと言う事なのだと。
「あの~、宜しいでしょうか。」
彼も若手の家臣で、其れよりも若手の家臣が発言すると言う事は前向き姿勢だと考えなくてはならない。
「はい、宜しいですよ、前向きな発言ならばね私は大歓迎ですすから。」
松之介も若手からの発言を聴きたいと思っていた。
「はい、先程も申されておられたと思うのですが、休み処の事で。」
「ほ~、休み処ですか、其れで貴殿は何か別の考えでも有るのでしょうか。」
「はい、私は時々城下に参るのですが仕事も少なく、其れにその人達には決まった家も無いと思われるの
です。
私はその人達にも仕事が出来る様になれば良いのですが、私は其れよりも空掘りの中に大勢が住める様
な長屋を建てては如何と思うのです。
勿論、私はその様な話しはとてもでは無いが無理だと承知致しております。」
「今、申されましたが仕事が少ないと申されるのですが、何故なのですか。」
「はい、実はその人達は前の家老の威光をかざし、以前から城下の人達には余り評判がよくなかった人達
でしてその家老が居なくなると途端に城下の人達からは冷遇され、其れは毎日が生き地獄の様だと聞いて
おります。」
「申し訳有りませんが、私も今初めて知りまして、其れで今その人達は。」
「はい、約、十名ですが。」
「何故、その人達をご存知なのですか、私は何も貴殿に責任がとは考えておりませんので。」
「はい、実はその中に私の子供時代の友がおりまして、彼は今では恥じており、其れで私はこの者達にも
仕事を与えたいと思ったのです。
誠に申し訳御座いませぬ、余計なお話しを致しまして。」
「いいえ、宜しいですよ、大変良いお話しを聞かせて頂きましたのでね、何も気になされる事は御座いま
せぬ様にして下さいね。」
この話は正太に聴く方が早いと、正太の事だから何かを知って要るだろうと松之介は考えた。
「分かりました、其れは私が調べて置きますね。」
「若様、私は其れ以外にご城下の女性達にもお願いが出来る事が有ると思うのですが。」
「宜しいですよ、お話し下さい。」
「はい、先日、私も皆様と一緒に洞窟に入りました。
その時思いましたのがこの人達の着物は何時洗濯するのだろうか、いや其れよりも何時洗濯が出来るの
だろうかと思ったのです。」
そうだ彼の言う事に間違いは無い、正太の仲間は洞窟に入り燃える石の採掘作業を行なっており、彼ら
の着物は燃える石と土で其れは外の者達には想像出来ない程に汚れ、着替えも無く、洗濯も出来ず、其れでは食事も休みを取る時でも満足は出来ない、せめて数日に一度の洗濯が必要だと。
「う~ん、私も今申されるまで全く気付きませんでした。
義兄上、何か良い策は御座いませぬでしょうか。」
源三郎は野洲でも同じ事が有った、ただ山賀と野洲では条件が違うのだと。
「皆様にはお着物の着替えが有ると思います。
ですが此処の洞窟で働く人達には着替えが無い、と言う事は汚れた身体と汚れた着物では満足な食事も
休みを取る事も出来ないのです。
私は先程申されました様に賄い処も休み処も大賛成で御座います。
其れで如何でしょうか、城下に参り彼らの着物を洗濯をして頂ける女性達を募っては如何かと思います
がねぇ~、其れとは別に現場で働いて頂ける方も募っては如何でしょうか、其れに着替えの古着も有れば
宜しいのですが。」
やはり源三郎は野洲との違いが分かっていた、だが野洲と同じ方式を取る事は進めてはおらず、其れは
松之介と家臣が考える事だと。
「若、源三郎殿が申されましたが洞窟の中は思いの外劣悪な環境だと思います。
工事を急ぐ余り、工事に入って頂いております人達には満足な食事と休みを取らせる事も無く進めてお
りますと、遅かれ早かれ大きな事故を招く事になり、其れがやがて領民から不満が起きると考えます。」
「ご家老、よ~く分かりました、では皆様、私からの提案ですが皆様方は読み書きが当然の様に出来ます
ねぇ~、其れで私の提案ですが、工事に直接関係する作業員の名簿を作り、組み分けをすると言うのは如
何でしょうか。」
「殿、その名簿で組み分けすると申されます目的ですが、どの様な目的でしょうか。」
「先程も総司令からもご家老からも申されましたが、我々の工事は他国に比べ確かに遅れてはおります。
ですが急ぐ余り作業をされておられる人達に休みを取らせなければ何れ大きな事故で貴重な人材を犠牲
にする事にもなりかねませぬ、事故の大小に関わらず数日間、いいえ数十日間も工事を止めなければなら
ず、私は事故防止と工事の中止を防ぐ為には、例えば洞窟内で採掘作業に入られておられる人達を何組か
に分け、数日に一度は必ず休みを取ると言う方法なのですが如何でしょうか。」
「若様、其れでは現場で作業されて要る人達の人数が減ると思うのですが。」
「拙者は工事現場の作業員が減ったとしても別に問題は無いと思います。
私は若様のご提案には大賛成で御座いますよ、其れと合わせまして拙者も考えたのですが同じ様な現場
でも工事の内容によっては人数が多い所と少ない所が有ると思われるのです。
其れで私の提案なのですが、工事内容を細かく書き出しては如何でしょうか、考え方としましては現場
に入り現場を知れば、人員配置も考える事が出来ると思うので御座います。」
「私は人員の平均化を考えたいのですが。」
この後も次々と意見が出、家臣達も真剣に考え始めたと、源三郎は思うので有る。
この問題もだが家臣同士が積極的に意見を出すと言う事は良い事だと、だが何れの問題も直ぐ答えを出
すと言うのは無理が生じる。
洞窟の先端まで補強工事が終わるまでは当分掛かり、完了するまでに答えを出せば良いので有り、其れ
が良い結果に結びつくと思う源三郎で有る。
其れからの数日間は松之介が家臣達に対し積極的に話し掛け、昨日は数人、今日も数人と理解出来る
る様になり、やがて十日が経ち。
「若様。」
彼は家臣達の先頭に立ち、彼自身も話し続けた結果。
「我ら山賀の家臣全員が理解致しまして、明日からでも城下に参り領民の人達に説明を行ないたいと思う
のですが、如何で御座いましょうか。」
其れは松之介が待ちに待った答えで有る。
「そうですか、皆様方全員が理解されたのですか、私もこれでやっと安心しました。
では明日からでも城下に参り、領民さん達に説明を始めると致しましょうかねぇ~。」
松之介は山賀の家臣全員が理解したと聴き、今までの努力がやっと実ったのだと、やっとこれで少しは
前に進む事が出来るのだと安堵したので有る。
「はい、其れで私の独断で誠に申し訳御座いませぬが、我らが一人で説明に参りますよりも数人づつで組
を作り、領民に説明すると言う方法を決めたのですが。」
「私は其れで良いと思いますよ。」
「有り難きお言葉で御座います。」
「其れで私とはどなたが組まれるのでしょうか。」
「えっ、若様も参られるのでしょうか。」
「勿論ですよ、私は是非とも参加したいと思っておりましてね。」
突然の話で彼は驚いた、正か若様が城下に行き領民に説明するとは思ってもいなかった。
「私が参るのは駄目でしょうかねぇ~。」
松之介は家臣を顔を見て微笑み、傍では吉永は笑って要る。
家臣達とは一緒に城下に行く事は出来ないのだろうか。
「若、私とご一緒では如何でしょうか。」
「えっ、ご家老も参られるのですか。」
松之介は苦笑いし、家臣達は二度も驚かせされたので有る。
「ご家老、私とご家老ですが、今回は城下には参るなと言われた様ですねぇ~。」
「若様、私は正かその様な事などは思ってもおりませぬ。」
「まぁ~宜しいのですよ、私はねぇ~別に貴殿を責めるつもりも有りませんのでね。」
「若、まぁ~仕方が御座いませぬなぁ~、我ら二人でのんびりと参りましょうかねぇ~。」
「はい、ではその様に致しましょうか。」
家臣達は下を向いたままで、松之介と吉永は大笑いをしており、その様な光景は以前では考えられ無
かった。
其れと言うのも、何事に置いても、いや規則だのと、何時の時代でも出る釘は打たれ、其れが次第に家
臣達のやる気を失わせ様になった。
だが今の若様は全く違う、若い家臣でも中堅の家臣に対しても言葉使いは丁寧で今では家臣達も松之介
の言葉使いを真似る様になり、其れならば城下に行き領民に対しする言葉使いも大丈夫だと松之介も思う
ので有る。
「ご家老、私は正太さんに会ってきますので。」
「若、やはり、先日のお話しが気になるのですか。」
「はい、確かにその人達は鬼家老の威光を振りかざしていたと考えられますが、その人達も今まで十分だ
と言える程に城下の人達からの制裁を受けたと思うのです。
ですが、その人達が正太さんと此処に来ていないと言うには他に何かの訳が有る様に思いましたので、
私は許されるならば洞窟での仕事に就かせたいと考えて要るのですが、其の前に正太さんにも承諾を得な
ければなりませんので。」
「私は若の思い通りにされても良いと思いますよ。」
「はい、ご家老、では私は今から行って参りますので。」
「はい、では私は源三郎殿とお話しを致しておりますので。」
「はい、承知致しました。
義兄上、何卒宜しくお願い致します。」
松之介はその後地下を通り空掘りに出ると丁度、正太と出会った。
「若様、一体どうしたんですか、其れにこの十日以上もお侍様は誰も来られなかったんで何か有ったんで
すか。」
「正太さん、其れは誠に申し訳有りませんでした、実は。」
松之介は正太に何故十日間も来れなかったのかを詳しく話すと。
「じゃ~幕府軍か官軍と言うのかが山賀を攻撃するんですか。」
「まぁ~確かな事は分かりませんが、でも可能性としては十分に有りますよ、其れで正太さんに少しお聞
きしたい事が有るのですが宜しいでしょうか。」
「若様、何か有ったんですか。」
「はい、実は。」
松之介は正太に先日聞いた十名の話をすると。
「ええ、勿論知ってますよ、奴らはオレに言わせると当然の報いを受けているんですよ、奴らは鬼家老が
生きていた頃、其れはもう大変で城下の人達を散々いじめてたんですよ。」
「えっ、いじめって、一体何が。」
「奴らはねぇ~、特に貧しい人達や町民にお金を貸していた奴らの仲間でね、取り立てに行くんですがね、其れはもう脅しは当たり前で殴る蹴るは日常的でだったんですよ。」
「何故、誰も止めなかったんですか。」
「若様、そんな事すればお城からお侍が飛んで来るんですよ。」
其れが鬼家老から賂を受け取っていた家臣だと初めて分かった。
「では役人も手が出せなかったと言うのですか。」
「そんなの勿論ですよ、だって下手に手を出せば、今度は鬼家老が出て来て役人を成敗すると言うんでね
奉行所の役人も見て見ぬふりになりましたから。」
其れであの家臣達は城下に行く事を嫌がったので有る。
鬼家老が腹を切り全てが収まったと思ったのだが、城下の人達は役人よりも鬼家老の命を受け城下の人
達に対して脅かしを行なっており今でも城下で被害に会った人達は家臣の顔を忘れてはおらず、それどこ
ろかその家臣に対し、松之介が温情を掛けたのが最大の問題となった。
「ねぇ~、若様、正か奴らに仕事を与えるんじゃないでしょうねぇ~。」
今の松之介に返事のしようがない、これは大変な誤りで有る。
松之介は家臣達の言い分だけを聴き判断し、だが今からどの様な裁きを行なえば良いのかを考え込むの
で有る。
「正太さん、私は飛んでも無い過ちを犯しましたねぇ~。」
「若様、其れは仕方無いと思いますよ、だってその時の事を誰も話して無かったんでしょう。」
「ええ、其れはその通りなんですがね、ですが、う~ん一体どうすればいいんだろうか。」
正太は松之介の心中が分かって要る、だが簡単に収まる話しでは無いと、正太も考え始め。
其れから暫くして。
「若様、だったらオレ達に任せてくれますか。」
正太は一体何を思ったのだろうか。
「正太さん、何か良い方策でも考え付いたんですか。」
「うん、其れとあの時のお侍もですがオレ達に任せて欲しいんですよ。」
何と正太は鬼家老の元配下の家臣も預けろと言うので有る。
「正太さん、何を考えて要るんですか。」
「若様、今洞窟の先端での採掘作業は中断しているんですが、それとは別に鉄になる土の採掘作業は続い
てるんですよ。」
正か、正太はその者達全員を採掘現場で働かせるつもりではないのだろうか。
「正太さん、正か城下の十名とその家臣を採掘現場に入れるのでは無いでしょうねぇ~。」
「ええそうですよ、其れもこの採掘が終わるまで続けるんですよ、まぁ~その代わり食べる事と寝る所
は有りますので。」
「でも今は寝る所は有りませんよ。」
「若様、オレは何も家で寝るとは言ってませんよ、洞窟の中でも寝る事は出来ますので。」
正太は島帰りで島での生活を知って要る。
正太は相当な思いなのだろう、確かに松之介の判断は誤りでは有る。
今度の相手は正太とその仲間で正太は平然としている様にも見える。
城下の十名と甘い汁を吸った家臣達には正太達の恐ろしいまでの制裁が待ち受けている。
城下の十名の者達には食事も休みを付いている仕事が有ると、其れは嘘ではない、但し仕事は大変な厳
しさで果たして何時まで身体が続くのか、更に言えば当時の家臣達には新たな仕事に就かせる事に、だが
彼ら家臣は家族の者にはどの様な言い訳をするのだろうか、更にこの者達が仮に山賀から逃げ出したとし
ても行く当てなどは無い。
高い山を無事に超えたとしても其処には幕府軍と官軍が戦争を行なっており、さりとて松川か上田に逃
げ込むのも簡単だが、松之介はこの者達の似顔絵を各藩に渡すだろうと、さぁ~一体松之介はどの様に話
すのだろうか、だが考え様によっては食事も有り、直ぐに殺される事は無い。
其れよりも松之介は騙されたと言う思いで家臣達には腹の虫が煮えくり返っており、良くも騙してくれ
たと思うので有る。
「正太さん、私も家臣を許す訳には行きませんよ、私を騙したのですからねぇ~、正太さんがどの様な仕
事を与えるかは任せますので。」
「はい、オレも腹の虫が収まらないんですよ、其れに奴らの為にどれだけの人達が苦しめられた事かその
人達の為にもオレ達は本当の意味でこの世の地獄を味わせてやりますからねぇ~。」
「私はねぇ~この者達が何処に逃げても構わないですよ、松川から菊池までの各藩に書状を送りますから
ねぇ~、まぁ~その事は最初に伝えますので。」
「若様も腹の虫が収まらないんですね。」
「其れは当然でしょう、私は何も知らずにおり其れを利用されたのですから、其れと家臣全員伝えますよ、私を騙すと人生が変わりますよとね、これは脅しでは有りませんから。」
「お~怖っ、若様って、本当は恐ろしい人なんですねぇ~。」
「正太さん、私はねぇ~何も恐ろしい人間では有りませんよ、まぁ~今回だけは特別ですがね。」
そして、其れは突然だった。
「ドン、ドン、ドド~ン。」
お城の大太鼓が鳴り響いた。
「えっ、何だ突然にお城で何か大変な事が起きたに違い無い。」
自宅に居た家臣は大急ぎでお城へと向かった。
「若、一体何事でしょうか。」
「ご家老、申し訳有りませんが今は何も申せませんので。」
吉永も松之介に何かが起きたのだと直ぐに分かった。
大広間には次々と家臣が集まって来る。
松之介は最初から座り、目を閉じて何かを考えて要る。
集まり始めた家臣達も松之介の只ならぬ様子に話す事も無く静かにしている。
「全員、集まりましたか。」
「はい、全員で御座います。」
「皆の中で鬼家老から賂を受け取っていた者は全員前に出なさい。」
何時もならば家老の吉永が先に話す、だが、今回は突然松之介が切り出しその口調は何時もとは違う。
「早く、前に出なさい。」
鬼家老から賂を受けていた家臣が全員の前へと出た。
「後ろの者この者達の腰の物を取り上げなさい。」
家臣達は一言も言わず静かに前に行き彼らの腰の者を取り上げると。
「では、紐で後ろでに縛り猿轡もです。」
「えっ、若様。」
「何も聞くな、早くしなさい。」
前に出た家臣達も後ろに座る家臣達も顔色が変わり、前に座って要る家臣を後ろ手に縛り、猿轡をした。
「はい、其れで宜しい。」
松之介は太刀を持ち立った。
「若、一体何事で御座いますか。」
吉永も突然の事で少し動揺しては要るが、其れよりも前に座った家臣達の顔は青ざめ、身体は震えが止
まらない。
「ご家老、私はこの者達に利用されたのです。」
松之介は家臣の後ろに立ち。
「動くなよ。」
と、言った瞬間家臣の髷が落ちた。
「あっ。」
後ろに座って要る家臣達も其れ以上の声は出ずに、松之介は胡坐で座り太刀は抜き身のままで肩に担い
でおりその姿はまるで鬼の形相に見えた。
「では、今から話ますが先日この場でどなたでしたかねぇ~、城下で十数名の話しをされたお方は。」
「はい、私で御座います。」
彼は後ろの方で手を挙げたが、その手は震えている。
「はい、貴方でしたねぇ~、其の時の話を私は空掘りで工事を行なっています正太さん達に確かめたとこ
ろ、彼ら十数名は城下で借金の取り立てを行い、返済が遅れている人達には暴行を加え其れは非情とも思
えるやり方で其れでも返済が出来ないとでも言えば、今此処に髷の無い元家臣が城下に出向き脅迫すると
言うのです。」
「若、其れは誠の話で御座いますか。」
「ご家老、正太さんが私に嘘を言って何か徳するとでも思われるのですか、正太さん達は私と最初に会っ
た時、オレ達は島帰りだよって何処の誰が自分達は犯罪を犯し、島送りになったと言いますか、私ならば
言いたくは無い話ですよ、でもねぇ~正太さん達は最初から正直に言ってくれたのですよ、その人達が何
を嘘を言う必要が有ると思うのですか。」
「若、分かりました。」
「皆は分かっていたはずで、其れよりもこの者達は私に嘘を言って騙しました。
ですが、其の時、私は何も分からなかったので全てを信じ私は本当に情けなく思いました。
ですがねぇ~この者達の脅かし方は尋常では無く、有る人達に対しては子供は山賀に有る断崖絶壁から
放り投げ、有る夫婦の奥さんは身ごもり、その奥さんのお腹を切り裂き赤子を取り出す、この話しはは
ねぇ~ほんの一部の話ですが、ご家老は信じる事が出来ますか。」
「若、拙者も武士の端くれですがその様な事などは全く考え付きませぬ、ですが他の者は何故申し出な
かった、皆もこの者達の悪事は知っていたはずだが。」
家臣達は暫くは何も言わずにいたのだが。
「ご家老、私は脅迫されておりました。」
「何だと、今何と申した、この者達に脅迫されていたと聞こえたが。」
「はい、私の妻はあの当時身重でしたので彼らからは他言すればお腹の子供を取り出し焼き殺すと言われ
私は今の今まで何も申し上げる事が出来ませんでした。」
「何だと何と恐ろしい事を、其れで他の者は。」
「はい、私もで御座います。
あの当時、私は妻と一緒になったばかりで他言すれば新妻を皆で犯し崖に連れて行くと。」
「若様、私もで、私には老婆がおりまして老婆は何の役にも立たぬから焼き殺すと。」
「お前達、平気でその様な事を言ったのか。」
吉永の顔は怒り心頭で青くなっている。
「ご家老、この者達の素顔でして、私もですがご家老も義兄上も騙されていたのです。」
「若、拙者、今は本当に怒りが込み上げてきました。」
「其れに中にはご家族の全員が断崖から身を投げられたと、其れも何家族もですから。」
「其れで、あの当時、家中の者は何も言えなかったと言う訳ですか、う~んもう許せぬ。」
吉永は爆発寸前で有る。
「ご家老、私もその様に思いますねぇ~。」
「若、其れでこの者達の処分ですが、相当厳しいのでしょうねぇ~。」
「ご家老、この者達は山賀の家臣では御座いませぬので、全てを正太さん達に任せる積もりで。」
「では、自害はさせないと。」
「勿論ですよ、正太さん達はこの者達にはこの世の地獄を味合わせると言われましてね。」
この世の地獄とは一体どの様な地獄なのか。
「若、ですが今洞窟は落盤で工事も止まっていると思うのですが。」
「其れは燃える石の採掘現場でしてね、鉄になる土の現場は今でも採掘は行なって要ると聞いております
ので。」
「では正太さん達が見張りをすると言われるのでしょうか。」
「いいえ、多分、見張りは必要とはしないと思っております。」
「其れでは逃げる事も出来るのでしょうか。」
「ご家老、例え山越えしても向こう側では戦争中ですよ、其れと私が松川から菊池まだ書状を送り、この
者達が入ったならば殺さずに送り返して下さいと。」
松之介は全ての藩に彼らに対する書状を送ると、山越えも出来ず、他国へ行けば捕まり、再び洞窟の仕
事に就くと、其れにしても正太の言うこの世の地獄とは一体どの様な意味なのか。
「若、ですがまだ家も有りませぬが。」
「私はこの者達の為に家を建てる程優しい人間では有りませんよ、洞窟の中で食べ、眠るのです。」
「若様、では一生あの洞窟の中で生きよと申されるのでしょうか。」
「まぁ~其れも仕方が無いと思いますねぇ~、自らが蒔いた種ですから自らの手で刈り取って頂かなけれ
ばなりませんのでねぇ~。」
松之介は家臣達に対し不敵な笑いを見せるので有る。
「この者達は確かに誰も殺してはおりませんがね、こやつらの為に数十人が命を落としたのは事実でして
ね、こやつらはその人達の怨みを洞窟の中で感じると思いますがねぇ~。」
「ではこの者達の家族は如何されるおつもりでしょうか、正か山賀から追放と言う事には。」
「ええ、勿論でしてね、私は追放などと言う優しい方法は取りませんよ、奥様も家族も全く知らなかった
とは思っておりませんので身内の者が鬼家老のお陰で良い暮らしをしていたのは確かな話しでしてね、先日、どなたか存じませんが賄い処が出来れば、その賄い処で働いて頂きます。」
「ですが、中には幼い子供も居ると思うのですが。」
「確かに幼い子供には直接関係ないと思いますがねぇ~、ですが親の威光を使った子供も多く居りますの
で身内の全員が賄い処で働き父親が犯した罪を償う事になるでしょうねぇ~、まぁ~其れも人生だと思っ
て諦めて頂くしか無いと思いますがねぇ~。」
「若、何故、其処までにも。」
「ご家老は何もご存知無いのでしょうが。」
「拙者、今は確かに全てにとは申せませんが。」
吉永はまだ城内の事だけで他に目を向ける暇も無かった。
「ご家老、私の妻もですが、子供達も其れは大変ないじめにあっておりました。」
やはりか、この者達の妻達も子供達までもが主人や父親が鬼家老直属の配下と言うだけで、他の妻や子
供達にまで威光をかざしていた。
「若様、私の息子は道場で集団で稽古の相手をさせられており、もう道場には行きたくは無いと、其れは
毎日の事でした。
ですが、私も武士として何としても独り立ちするには道場で稽古しなければならないと息子を説得して
おりました。」
「ご家老、私の妻は毎日と言っても良い程買い物に行かされ、其ればかりか買った物の金子も払わず我が
家は悲惨な状態で私も何時かは必ずこの恩だけは返したくと考えておりましたところで御座います。」
家臣達は今まで溜まっていた不満を一気に吐き出す様に話した。
「皆様方、私は先程も申しましたが今回だけは許す事は致しませんのでね、其れと後で宜しいので道場主
を呼んで下さい。
お前達は山賀の家臣では無い、其れは家族も同じで私から家族に直接話すので覚悟する事です。
其れと賂を受け取ったがこの者達とは加担しなかった者は此処に残れ。」
松之介の裁きは実に簡単だが何も知らされていない家族はさぞや驚く事になるだろう、其れは突然、山
賀の家臣では無いと告げられるのだからで有る。
「さぁ~この者達を早く洞窟に連行して下さい。
私は二度と顔は見たくは無い。」
松之介の命で十数名は後ろ手に縛られ、猿轡をした元家臣を立たせ、正太達の待つ洞窟へと連れて行く。
「今後、私に嘘を言った者は私が直接裁きを下しますよ、内容は問わずですからね、其れと先程申された
城下の十数名も早々に洞窟に連れて行く事も忘れないで下さいね。」
髷は落とされたが、加担していなかった者達は猿轡と紐を解かれたが下を向いたままで。
「貴方方は加担したいなかったとは言え今後一切髷を言う事は許しません。
城下の人達に理由を聞かれる事は無いでしょうが、腰の物も不要ですから分かりましたか。」
彼らは下を向いたまま頷くだけで有る。
「若、ですが後日、領民に説明する事になっておりますが。」
「はい、其れも勿論行いますよ、その説明には彼らも同行させますが、一切話をさせる必要は有りません
のでね皆様方も承知して下さい。
其れでこの者達の役目ですが領民の話を書き留める作業が有りますのでその役目に就かせます。
貴方方は城下の人達に髷の無い事を聴かれても一切答えず他の人達に任せるのです。
まぁ~当分は恥じる事になるでしょうが、其れも仕方の無い事だと諦めるのです。
其れと妻や子供達には自ら説明をしなさい。」
松之介は幾ら加担しなかったと言え、鬼家老から賂を受け取っていた事を世間に知らせ恥じる事になる。
だが松之介の処罰はこれで終わったのでは無い。
「今からあの者達の自宅に参り玄関の表札を取り外し、自宅に有る大小の刀を没収しますので皆様方も同
行して下さい。
ご家老にお願いが御座いまして。」
「若、空掘りに家を建てるのですね。」
さすがに吉永は読みが早い、賄い処とあの者達の家族が住む家が必要だと。
「はい、ですが全て長屋にして頂きたいのと、家族の人数に関係無く二間も有れば十分です。」
やはり厳しい話になって来た、今までは山賀の家臣だと言うだけで立派な住まいで、だが空掘りに家を
建て其処に住まいを代えるのだが、さぁ~一体どの様な生活になるのだろうか。
「あの者達の家族には山賀の家臣では無いと私からもはっきりと申し伝えますのでこの問題が解決次第領
民との話し合いに入りますが皆様方も言葉使いと態度には改めて行く様に是非ともお願い致します。
では、皆様方、参りましょうか。」
松之介を先頭に城下に有る家臣達の住む区画に向かった。
途中、家臣達は何も話さずに、其れよりも若様、松之介がどの様に考えて要るのか、其れが全く分から
ずに要る。
武家屋敷の区画は東門を出ると直ぐに有り、その一軒目の屋敷に入ると。
「ご免、私は山賀の松之介です。」
家臣の全員が玄関脇の座り、頭を下げた。
「貴方方は本日から山鹿藩藩士では無い。」
この後、松之介は顔色も変えず一方的に説明し。
「表札を外し、其れと大小の太刀全てを没収します。」
同行した家臣達は表札を外し、妻の持つ短刀も取り上げ子供が付けている小刀も抜き取った。
「家中に有る全ての刀も出しなさい。」
妻は奥座敷に有る大小の太刀も差し出しながら眼には涙を浮かべ、其れでも気丈な態度はやはり山賀武
士の妻で有る。
「お殿様、私達、親子はこれからの先一体どの様に致せば宜しいので御座いますか。」
「貴女方、親子は城の空掘りに建てる長屋に住み仕事は賄い処です。」
「えっ、賄い処と申されましたが何を致せば宜しいので御座いますか。」
「簡単は話しですよ、空掘りに有る洞窟の中で働く作業員達の食事を作り、その人達の着物を洗濯するの
です。」
松之介は簡単に言った途端に元家臣の妻はその場で泣き崩れ、息子も眼に涙をため、何故か必死に堪え
て要る。
「貴女方は既に山鹿藩の武士の家族では無い、犯罪者とその共犯者と同類です。
食事と寝る所だけは確保したので家に有る家具は必要無い、数枚の着物と数種の食器だけを持って行く
様に其れと空掘りに長屋が出来次第移る。
其れとですが他国に逃げても良いが私が全ての国に対し、書状を送るので松川から菊池までの国では相
手にされる事は無い。
山越えも自由ですが山には狼の大群、そして、例え山を越えたとしても幕府軍と官軍が戦争中で貴女は
捕まり、犯され殺される、自害するも良い、但し北側に有る断崖絶壁から飛び降りる方法しか無い。
私からは其れだけです。
後日、家財道具も没収に来ます。」
松之介は恐ろしい程に非情に徹しており、同行した家臣達は若様は本気だ、口調は冷淡で冷たく感じて
いる、その後も同じ方法で次々と自宅を回り、全てを終えると。
「皆様方、これも私の姿ですのでねしっかりと覚えて置いて下さいね、では戻ります。」
「皆様方、本日は大変ご苦労様でしたねぇ~、では皆様方は城には戻らずご自宅に戻って頂いても宜しい
ので自宅で今日有った事をご家族にお話しをして下さい。」
松之介は何事も無かったかの様な顔でお城に戻ったのは夕刻近くで有る。
「お主、若様は誠恐ろしいとは思わなかったか。」
「うん、拙者もだ、若様は普段はお優しいとばかりと思っていたが、本気になれば、う~ん其れにしても
若の抜刀術だがあれだけの人数の髷を一瞬の内に切ったのだからなぁ~、恐ろしいよ。」
「私も少しは抜刀術を学んで置けば良かったと今更ながら思いました。」
「う~ん、其れにしてもあの奥方達はこれからが大変だよ、今までの様には参らぬのだから。」
「だけどなぁ~、若様が申された、自害したければ北の断崖から飛び降りなさいと、あれにはさすがに驚
きましたよ。」
「だがなぁ~、今日有った事を話しをしても家内は信用しないと思うのだがなぁ~。」
「うん、拙者も今同じ事を考えて要るんだ、だが正かあの様な結末になるとは今まで考えも付かなかった
からなぁ~。」
「うん、その通りだ、まぁ~これで鬼家老の一派は誰もいなくなったのだから、私は何故か胸がすっきり
としましたよ。」
「その通りだなぁ~、拙者はこれから先も正直にお役目を務めるよ、奴らは腹も切れずに要るとはどれ程
の屈辱感を味わうのか、だが若様ならばこの先何も心配する事も無いと思うのだ。」
家路を急ぐ家臣達がこの様な話をしていると、先程、訪れた元家臣達の自宅前に来た。
「全く話し声も聞こえないが。」
「うん、そうだなぁ~、余程堪えて要ると思うんだ、何時もならば表に出、拙者達の妻達に命令を出して
いたのだろうからなぁ~。」
「うん、その通りだ。」
また暫く行くと家の中から賑やかな声が聞こえてきた。
「おい、お主の家から賑やかな声が聞こえて来るが一体何が有ったのだろうか。」
「只今、戻りましたよ。」
「旦那様、お帰りなさいませ。」
「一体何事ですか。」
「はい、実は先程。」
家臣の妻が先程有った事を話してくれた。
「其れでですか、皆様方が来られて要るのですか。」
「はい、私は今までの事がまるで嘘の様に何故か気持ちがすっきりと致しました。」
「そうだったのか、では私から話す事も無いと思いますが。」
「はい、でも私は聴きとう御座いますので、皆様方がお帰りになられてからでも宜しいのでお聞きしたく
思います。」
「分かりました、では私は別の部屋に居りますので。」
この家臣の奥方も気持ちがすっきりとしたのか、又も話しの続きに戻って行った。
この話はこの家臣宅だけでは無く、元家臣宅以外全ての家臣宅でも同じで、この話題はどうやら数日間
は続きそうで有る。
松之介がお城に戻ると城下の道場主が待っていた。
「お殿様。」
「これは失礼しましたねぇ~、随分とお待ちして頂きまして申し訳御座いませぬ。」
「いいえ、私は一向に、其れでお話しが有るとお聞きしましたのですが、どの様な。」
「はい、では少しお聞きしたいのですがねっ。」
松之介は道場内での話を聴くと。
「お殿様、実は私も脅されておりまして他言すれば妻と娘の命は無いと、私は正直なところで御座います
があのお侍様方がこの世からいなくなればと、お殿様、誠に申し訳御座いません。」
道場主は慌てて手を付き頭を下げたが。
「いいえ、宜しいですよ、貴殿が謝る必要は御座いませぬのでね、其れで。」
松之介は道場主がまだ何も知らないと思って要る。
「はい、ですが、私、独りでは何も出来ずにおりまして、その息子達の非道を見て見ぬ振りをしており、
誠に恥ずかしく思っております。」
「そうでしたか其れは大変だったのですねぇ~、其れで奥方様と娘さんは大丈夫ですか。」
「はい、妻も娘も元気に致しておりますが、実は有る人物を探して要るのです御座いまして、そのお人で
すがこの頃ご城下の飯屋に来ないと。」
松之介は道場内での話を聴くつもりで呼んだのだが、何かの弾みなのか、其れとも道場主は道場内での
話は下手には出来ないとでも思ったのだろうか、突然、道場主の話題が全く違う方向へと向かった。
「有る人物を探しておられるのですか。」
「はい、島帰りの職人さんでして。」
何と言う話だこの道場主もだが、娘は島帰り職人を探して要るのだと、之には何か深い訳が有るのだろ
うと、松之介はどうしてもその話しを聴きたくなったので有る。
「島帰りの職人を、何故ご貴殿もですが、娘さんが探しておられるのですか、宜しければお聞かせ下さい
ますか。」
「はい、実はその職人さんは娘には命の恩人で御座いまして。」
「島帰りの職人が命の恩人と申されましたが、何故島帰りの職人が命の恩人なのでしょうか、詳しくお聞かせ下さいますか。」
「はい、其れではお話しをさせて頂きます。」
道場主は松之介に詳しく話すと。
「そうでしたか、ではその職人だけが罰を受け島送りになり、相手には何の裁きも無かったと、う~ん其
れは断じて許す事は出来ませんねぇ~。」
「はい、ですがあの時のお侍様から何時仕返しが有るのか分かりませぬので私も其れが恐ろしいので御座
います。」
「貴殿にお聞きしたいのですが、その当時ですが鬼家老が実権を握っていたのですね。」
「はい、ご家老様のご威光を笠に着てあのお侍様方は其れはもう好き勝手にやりたい放題でして、下手な
事でも言えば其れは大変な事になりますのでご城下の人達は何も言えなかったので御座います。」
「ご貴殿の申されております侍達ですが二度と皆さん方の前に現れる事は有りませんよ、実を申しますと
ね先程全員を北の空掘りに有る洞窟の中に連れて行き、洞窟内での採掘作業に就かせましたからね何も心
配されると事は有りませんよ。」
「お殿様、其れでは私達は安心して暮らせて行けるのですか。」
「はい、勿論ですよ、其れで先程のお話しですが。」
「あ~良かった、これで他の弟子達も安心して稽古に励む事が出来ますが、でもその息子達はまだ稽古に
来るので御座いましょうか。」
「いいえ、其れは有りませんよ、話しは長くなりますが、家族も同罪と言う意味でしてね空掘りに長屋を
建てまして其処に住まわせる事に決まっておりますので。」
「では誠心配する事も無くなりましたが、私も娘の気持ちを考えますと、どうしてもその職人さんを見付
けたいので御座います。」
「分かりましたよ、ご貴殿も奥様と娘さんの為に大変な苦しみを味合われましたがまぁ~、其れも心配が
無くて良かったですが、其れと先程申された職人さんかは分かりませんがね、城下で働いておられます職
人さんの多くが今城の空掘りで大きな工事に就いて頂いて要るのですが。」
「えっ、其れで御座いましたかご城下の職人さん達が少ないと思いました。」
「はい、私が直接お願いをしたのですから間違いは有りませんが、その職人さんの名前は。」
「はい、確か正太さんと申されたと思うのですが。」
「えっ、其れは誠なのでしょうか。」
松之介は衝撃を受けた、あの正太がこの道場主の娘の命の恩人だとは、確かに正太は島帰りだとは言っ
たがその正太が人の命を助けた。
その正太が罪を犯したのでは無く、道場主の娘を助ける為に犯したのだと知り、松之介は少し嬉しく
なった。
「はい、間違いは御座いません、娘は何度も城下の隅々まで探したと、でも何処にも居られなかったと
言っておりました。」
「実は私はその正太さんを知っておりましてね、今も申しました空掘りで大きな工事に入っておりまして
ね、正太さんは其処では中心人物でして私も正太さん達に任せて要るのですよ。」
「何と言う奇遇で御座いましょうか、お殿様のお仕事をして要る人物があの正太さんだとは、私は早速戻
り娘に知らせたいと思うのですが、宜しいでしょうか。」
「勿論ですよ、私も正太さんに伝えますが、ご貴殿にお願いが有るのですが。」
「お殿様、私はもう何でもお聞き致しますので、何でも申し付けて下さいませ。」
道場主は喜びの余り、松之介の頼みは何でも聞くと言ったが、其れが正かと言う展開になるとはこの時
道場主は考えてもいなかった。
「では申し訳有りませんが、奥方様と娘さんには何も申されずに、私がお会いしたいと伝えて頂きたいの
ですが宜しいでしょうか。」
「お殿様、ですが理由で御座いますが。」
「理由ですか、まぁ~余り難しく考えないで其処のところは適当に考えて欲しいので、まぁ~ねぇ~其れ
よりも娘さんの為だと思って欲しいんですよ。」
「お殿様、誠に有難う御座いましす、私は早速戻り家内と娘に話をしますので。」
「其れで奥方様にもご一緒に来て下さいね。」
道場主は首を傾げ、何と言うお殿様だ以前の殿様では考えられない。
其れよりも何と言う理由を付ければ良いと言うのだと道場主は別の意味で考えなければならないが、其
れよりも今は嬉しさで顔は喜びに溢れ帰って行く。
「若、正かの展開になりましたねぇ~。」
「はい、私も本当に正かと思いましたよ、正太さんは確かに島帰りだと私に申しましたが、島送りの原因
は鬼家老の配下でその配下の侍達には何の咎めも無く、正太さんだけが島送りになったと其れが一番私は
許せないのです。」
「若、やはり鬼家老の配下でしたか。」
「ご家老、私は配下の者が今回の者達の中に居ると思っておりますが、とてもでは有りませんが今更調べ
る気持ちにはならないのです。」
「若、私も同感で御座いますので、其れよりも正太さんと娘さんの事ですが。」
「はい、其れは明日の話で本人達の気持ち次第だと考えておりまして、正太さんに聴かなけれならないと
思っております。」
松之介は考えた、道場主の娘は正太を探していたと、だが、ただ命の恩人だと言う訳で果たして城下の
隅々まで探すだろうか本当の気持ちはどうなのだ、其れも明日になれば結論が出る。
「若、正太さんには私が会って話をしますが、宜しいでしょうか。」
「ご家老、何か策でも考えられたのでしょうか。」
「いいえ、若が参られますと、若の事ですから嬉しさの余りに先に全てを話される思いましたので、ただ
其れだけの事で御座いましてね。」
「はい、ご家老の申される通りで私が参りますと全部話すと思いますので、ではご家老にお任せしますの
で宜しくお願い致します。」
吉永も何故か嬉しくなった来た、今日の今まで楽しい話などは無かった。
其れが他の話を聴く為に城下の道場主を呼び、話しの途中で道場主の娘が命の恩人を探して要ると、其
れが何と正太だったとは暗い話の後で其れは久し振りに明るい話に成った。
吉永は正太に詳しく話さず、明日、殿様の所に行く様にと、正太は何が有ったのかと思うが、其れでも、明日は必ず行くとだけ返事をし、そして、明くる日の朝。
「正太さん、湯殿の用意が出来ておりますので、先に入った下さい。」
「えっ、何で。」
正太は全く訳が分からない、今まで若様が直接話に来ており其れが今回初めて家老が来た。
正太には其れだけでも驚きで、行き成り湯殿に入れとは一体何が有ったんだと考えながらも正太は風呂に入り用意された新しい着物を着て殿様の部屋へと向かった。
その頃、大手門に道場主と娘、母親が着き、門番に挨拶をし、出迎えの家臣が殿様の部屋へと案内した。
「若様。」
「正太さん、さぁ~さぁ~、こちらへ。」
松之介は何時もと同じ様に接するが、其れでも何時もと何か雰囲気が違う、其れは何時もはいない腰元
達が其れにご家老はと言うと何故かニコニコとしており、正太は首を傾げて要る。
「殿、お着きで御座います。」
「そうですか、ではお通して下さい。」
正太は訳も分からず、頭を下げた。
「お殿様。」
「さぁ~さぁ~お座り下さいね。」
娘は何故か不安げな顔をしており、後ろの母親も同じで有る。
「貴方が娘さんですね。」
「はい、幸と申します。」
「えっ。」
正太が顔を上げた。
「えっ、正太さん。」
「えっ、幸さんって、正か。」
「良かったですねぇ~、娘さんが探されていた正太さんに間違いは有りませんか。」
「はっ、はい、正太さんに間違いは有りませんが、でも何故正太さんが。」
「幸さんと言われましたね、正太さんはね今私の配下としてお城で大きな工事の責任者なんですよ。」
「えっ、若様、オレはそんな。」
「正太さん、宜しいんですよ、私はねぇ~正太さん達がいなければこの大工事は完成しないと思っており
ますので、まぁ~其れよりも正太さんは幸さん事をどの様に思われて要るのですか。」
「えっ、どの様にって突然言われても、幸さんはお侍様の娘さんでオレは島帰りの。」
「正太さん、私は正太さんが何故島送りになったのかも全て聴きましたよ、まぁ~、まぁ~、其れよりも
ですねぇ~、正太さんは幸さんをどの様に思って要るのですか。」
「オレは、オレは。」
「何を言ってるんですか、何時もの正太さんならばはっきりと言いますよ。」
「オレは。」
「幸さんは正太さんをどの様に思われて要るのです。」
「はい、私は正太さんが命の恩人で。」
「それは私も知っておりますよ、其れだけの事だけで今まで探されておられたのですか。」
松之介は一体何を考えて要る。
幸と言う道場主の娘はこの数年間正太と言う人物を命の恩人だと思って探していた。
其れが突然の再会で更にどの様に思って要るのかと訊ねられ正太も幸も返事に困って要る。
「え~い、面倒だ、正太、幸さんが好きなのか、其れとも嫌いなのか、え~一体、どっちなんだ返事に
よっては、う~ん。」
松之介は思い切った太刀を立て身構え、すると。
「はい、大好きです。」
「よし、幸はどうなんだ。」
「はい、大好きで御座います。」
「よ~し、話しは決まった、二人は今日からこの城で一緒に暮らすんだ、分かったのか。」
正太も幸も松之介の大芝居に其れよりも一番驚いたのは吉永で有る。
「若、一体どの様になれるので御座いますか。」
「私ですか、何時もと同じですよ、でもね余りにも正太さんが煮え切らないので少しね。」
松之介はニヤリとした。
「あの~お殿様、突然のお話しで一体何がどうなっているのか私は訳が分からないので御座いますが。」
母親は不安で仕方が無いと言う顔をしている。
「お母さん、何も心配される事は御座いませんよ、幸さんはねぇ~、ただ命の恩人とは思ってはおりませ
んよねぇ~そうでしょう、幸さん。」
幸は何も言わず下と向いたまま頷いて要る。
「ですが物事には順序と言うものが有ると思うので御座いますが。」
「順序ですか、でもねぇ~その様な事は別に良いのです。
今申されました順序が大事なので有れば今何故幕府軍と官軍が戦争をしているのでしょうか、幕府の横
暴に対して西の九州で幕府を打倒する為に旗が挙げられたのです。
物事の順序と言うなれば、私はねぇ~話し合いで解決出来ると思いますが如何でしょうかねぇ~。」
幸の両親は何故なのかの意味も分からずに頷いて要る。
「私の考え方が間違っているのかも分かりませんが、今の幕府は腐敗しきっていると思います。
我々の連合国に対し上納金を増やせと、何故我々が幕府に上納金を納めなければならないのでしょうか
ねぇ~、私は領民が進んで税金を納めたいと思える国が本当だと思います。」
松之介は一体何の意味が有って幕府軍と官軍が戦争をして要ると話をするので有ろうか。
「お殿様、今幕府と官軍とか申されました軍隊が戦をしているのでしょうか。」
「はい、まぁ~其れは後程お話しをしますが、正太さんと幸さんが幸せになる事のい方が一番ではないで
しょうねぇ~。」
「はい、其れは私も十分承知致しておりますが、ですが。」
「お母さん、物事が大事だと言われましたが、今の正太さんがですよ、世間で言うところの職人さんで、其れに幸さんは侍の娘さんで正太さんがはっきりと言えなかったのはその部分です。
職人さんが侍の娘さんを娶ると言う事が出来ないと考えのです。
其れでは一生二人は結ばれる事は有りませんよ、ご両親が幸さんが本当に大事で有れば如何でしょうか
ねぇ~此処は決断されては如何でしょうか。」
「ですが娘を嫁がせるとなれば準備も必要ですので。」
「別に必要は無いと思いますよ、幸さん、其れよりもねぇ~、正太さんの作業着を数枚縫って頂きたいの
ですがねぇ~如何でしょうか。」
幸は嬉しそうな顔で。
「はい、勿論喜んで縫わせて頂きます。」
「其れと幸さんはこの城では腰元の着物で宜しいと思いますからね。」
「えっ、私がで御座いますか、ですが私は皆様方の様には出来そうには。」
「幸さんはね正太さんの世話だけで十分ですよ。」
松之介は突飛な事を考え殿様の権限を出し、幸には腰元と同じ着物を着なさいと、更に正太だけの世話
で良いと、其れは今日から事実上夫婦としての生活を送りなさいと、まぁ~其れにしても、松之介と言う
若様の考える事にはこの頃、驚かされるばかりだと吉永は驚きを通り越し呆れている。
「若、では二人は夫婦としてこの城での生活を送るので御座いますか。」
「ご家老、正しくその通りでしてね、正太さんはう~ん、そうですねぇ~、空掘りでの工事に関しまして
は監督する様な人ですか作業の途中で何か有れば打ち合わせも必要な時もありますし、ご家老、もう一部
屋が必要になりますねぇ~。」
「若、打ち合わせ行う専用の部屋と言う事で御座いますね。」
「はい、其れで幸さんは其処で我々が打ち合わせを行なう時には、皆さん方のお世話を言いますかまぁ~
お茶を出して頂くだけで宜しいかと、うんよしこれで決まりですねぇ~。」
幸の両親は唖然として要る、殿様は話しを次々と勝ってに進め、母親は幸の為に婚礼衣装も準備したい
と思って要る。
「ねぇ~幸、私は貴女の為に婚礼衣装も揃えたいと思ってるの。」
「母上、私は何も要りません。
お殿様の申されます通りに致しますので。」
「でもねぇ~。」
「母上、私は正太さんのお傍に居させて頂けるだけでも幸せで御座いますので。」
「よ~し、ご家老、これで決まりですねぇ~。」
「若、私が部屋の手配を致しますので。」
「はい、お願いしますね、誰か居られますか。」
「はい、只今。」
数人の腰元が来た。
「この女性は幸さんと申されますが。」
「殿様、全て心得ておりますので私達にお任せ下さいませ。」
腰元の表情は何時もより晴れやかで、其れは山賀では長い間鬼家老の独裁で腰元達の表情も暗く、其れ
が松之介が来てからと言うものは次々と改革され、そのお陰だろうか腰元達は松之介に対しては今までに
ない程の好感を抱いて要る。
「幸さん、一緒に行って下さい。」
「さぁ~参りましょうか。」
腰元達もにこやかな表情で幸を連れて行く。
「若、私は部屋を見て参りますので。」
「はい、お願いします、正太さんは残って下さいね、其れとお二人にもお話しをさせて頂きます。
先程、私が申しました幕府軍と官軍が戦争していると残念ですがこの話は本当です。」
「ですが私達は何も知らないのですが、其れにご城下も平穏で誰も戦が行なわれて要るとは考えてもおり
ませぬが。」
「はい、其れはですねぇ~我々の周りを高い山が囲み、山賀の北には断崖絶壁で誰もが簡単には侵入出来
ないからなのです。」
「ですが、お殿様は何故ご存知なので御座いましょうか。」
「私ですか、私は先日野洲に参り、野洲には松川、上田、菊池の殿様、其れと連合国には無くてはならな
い人物が集まり、有る人物から報告を受けたのです。」
「お殿様、有る人物と申されますと。」
「そのお方は影の存在だと、ですがその人物の話を聴きますと山の向こう側では各地で大小の戦が始まっ
て要ると申されております。」
「では山賀にも攻めて来るとお殿様は考えておられるので御座いましょうか。」
「私は山賀だけの問題では無いと思って要るのです。
我々の連合国が生き残れるかの問題だと申し上げて置きます。
仮にですが官軍が山賀には攻撃せず他の松川から菊池までの浜に軍艦が上陸し官軍兵が持つ連発銃で攻
撃すれば数日で攻め落とされ、その後は各藩も次々と攻め落されるの間違いは有りません。」
「お殿様、ですが山賀にも大勢のお侍様がおられるのでは御座いませぬか。」
「其れが大きな間違いでしてねぇ~、官軍兵は新式の連発銃を全員が持っておりましてね、我々が持って
要る様な火縄銃では到底太刀打ちが出来ないのです。」
「お殿様、では我々は何も出来ず戦に負けるので御座いますか。」
よ~しこれで話を一気に進める事が出来ると松之介は思い、一気に進めるので有る。
「其れで正太さん達が今城の北側の空掘りで大きな工事を行なって要るのです。」
「お殿様、大きな工事と申されましたが、ご城下の人達の殆どが知らないと思いますが、その大きな工事
とは一体どの様な工事なのでしょうか。」
「其れはねぇ~。」
松之介は空掘りで大きな工事を行なって要る内容を説明すると。
「では、お殿様、官軍か幕府軍の大きな軍艦が攻めて来ると申されるのですね。」
「はい、その通りですよ、山賀では正太さんが中心となって要るのですがね、隣の松川では私の兄上が中
心で上田も菊池もどのお国でも殿様が先頭になって洞窟を掘削しておりましてね、その中心となられて居
られるお方が野洲に居られるのです。
そのお方とは私の義兄上でしてが最高責任者として就任され、今は総司令官となられ全ての工事を監督
されて居られるのです。」
「では、山賀ではお殿様が先頭になっておられるのですね。」
「はいと申し上げたいところですが、実は工事の全ては正太さんに任せておりましてね、私は其れよりも
山賀の人達全てに先程も申しました様に幕府軍と官軍が戦争を行なって要る事実と、何時我が連合国に
攻めて来るのか分かりませぬが、今北空掘りで大きな工事を行なっておりその工事に協力をお願いしたい
と、今の私に出来る事は皆さん方にお話しをするのが大切なお役目だと思って要るので御座います。」
松之介はこの道場主を中心に城下の人達に話を進めたいと考えて要る。
「お殿様、私の道場ではご家中の方々は勿論で御座いますが、ご城下の人達にも剣術を教えておりますの
でその人達にもお話しをさせて頂きますが其れで宜しいので御座いましょうか。」
「勿論ですよ、お話しは私が行ないますので宜しいでしょうか。」
「はい、勿論で御座います。
其れで今日は特別な日で御座いましたので稽古は有りませんが、明日からは普段通りに稽古を始めて参
りますので。」
「其れは大助かりですねぇ~、では私と数人の家臣で参らせて頂きたいと思うのですが。」
「はい、勿論で御座います。」
「あの~お殿様、其れで幸の事ですが、私達はこれから一体どの様すれば宜しいのでしょうか、先程から
のお話しを伺っておりますと大変心配で。」
「何時でも城に来て頂いても宜しいですよ、其れとこれからの事は何も心配される事は有りませんよ。」
「ですが門番の方にお話しをしなければ。」
「別に何も話される必要は有りませんよ、私に会いに来たと言って下されば、其れで宜しいのです。
山賀のお城は何時でも誰でも入れますので何も心配される事も有りませんよ、其れと幸さんと他の腰元
達と一緒に私の悪口でも言って下さっても宜しいですからね。」
「そんな恐ろしい事をお殿様の悪口などと決して、その様な。」
松之介は笑いが止まらないのか、だが、道場主の奥方は正かと思う様な顔をして要る。
山賀の城でも野洲の方式に倣って大手門からは何時でも入れるので有る。
「まぁ~まぁ~、其れくらいの軽い気持ちで来て頂ければ宜しいのですからね、城に来るからと言ってお
着物を着換える必要も有りませんのでね。」
「お殿様、では私もご近所の奥様方に話をして見たいと思うのですが、宜しいでしょうか。」
「其れは有り難い事ですねぇ~、では其の時には私かご家老が参りますので。」
「えっ、ご家老様がですか。」
道場主の奥方は以前の鬼家老だと思っており、まだ、鬼家老が腹を切ったとは信じていない。
「先程、部屋を見に行きましたが今のご家老で私の義兄上様の右腕のお方で吉永様と申されましてね、そ
の吉永様が鬼家老の切腹を確認しておりますので。」
「はい、承知致しました。
私も出来る限り多くの奥様方にお声を掛けて見ますので。」
「はい、何卒宜しくお願い致します。」
松之介は、道場主の夫婦に頭を下げた。
「えっ、お殿様が私達の様な者に頭を下げるとは、お殿様、どうか頭を上げて下さいませ。」
道場主夫婦は驚いたが松之介はニッコリとして。
「いいえ、私がご無理をお願い申し上げて要るのですからね当然の事ですよ。」
「若様、だったらオレは一体何をすればいいんですか。」
「正太さん、私は工事に関しては詳しくは説明できませんのでねお仲間を数人と一緒に来て頂きたいので
すよ。」
「えっ、オレ達が説明するんですか、そんなぁ~無茶な話しって。」
「ええ、そうですよ、正太さん達が説明されると領民さん達も納得されると思いますのでね。」
「はい、じゃ~初めの奴らを連れて行きますので其れで宜しいですか。」
「はい、勿論ですよ、正太さん達にお任せしますのでね、では明日の朝みんなで道場に参らせて頂きます
のでね宜しくお願い致します。」
この様にして領民に対して最初の説明会が剣術道場で行なわれる事になり、正太も新妻の幸を迎え気持
ちも新たにするので有る。