第 34 話。遂に完成かイ零式弐号潜水船。
大手門から一里程の所に城下の人達数人が帰って来る人達の姿が現れるのを待って要る。
手には大きなのぼりを持ち合図する為で有ろう其処から数か所にも同じ様な人達が待ち構えており
のぼりが振られるのを今か、今かと、其れにお城の最上階では殿様と数人の家臣が同じ方向を必死に見つ
めて要る。
「まだ見えぬのか、う~ん其れにしても遅い、遅いぞ。」
殿様は最上階に朝の早くから登り、只管、待つので有る。
「殿、後、暫くかと。」
「何じゃと、余はもう待てぬぞ。」
「殿、其れだけは駄目で御座います。」
殿様は待ち切れずに一人で出迎えに行くつもりで有る。
「殿、その様な事をされますと源三郎様が。」
「お~そうであったのぉ~、一番恐ろしい源三郎がおったのぉ~。」
殿様はお道化ているがお城で待って要る領民達も今か今かと誰もが辛抱し待って要る。
だが一番苦しい思いで待って要るのは源三郎で有る。
源三郎はこの日まで何度悪夢を見た事か、元太が銀次が次々と幕府の手の者により殺されて行く、
其れをただじっと我慢し続けて来たので有る。
やがて昼が過ぎ弐時程過ぎた頃だ。
「お~い、あれは。」
「うん、間違いは無いぞ、のぼりを振れ~思いっきり振るんだ。」
数人が力いっぱいのぼりを振ると。
「お~い合図だ、帰って来たぞ~それ~。」
のぼりの合図が次々と振られ。
「殿、合図で御座いますぞ、皆が戻って参りました。」
「そうか、そうか、良かった、うん、良かったのぉ~、うん、うん。」
殿様はやっと安心したのか。
「直ぐ源三郎に知らせるのじゃ、直ぐにじゃ。」
殿様が言った時には既に家臣は最上階にはおらず階段をけたたましく降りて行く。
「お~い帰って来たぞ、みんなが野洲に帰って来たぞ~。」
城内に響き渡る程の大声で叫んで要る。
「源三郎様。」
「はい、今聞こえておりました、本当に良かったですねぇ~、私もこれでやっと安心ですよ。」
其処には雪乃の姿は無かった。
大手門にも知らせが行く。
「お~いみんなが帰って来たぞ~。」
叫ぶ家臣の嬉しそうな顔、顔、顔。
「本当か良かったなぁ~、さぁ~みんな始めるぞ~。」
一体誰が言ったのか分からない程、次々と伝わり。
「お~い、みんなが帰って来たぞ~。」
「わぁ~本当なの良かったわ、本当に良かったわよねぇ~、さぁ~始めましょうか。」
城内も城外でも大小のお鍋に大量の具材が入り、今や遅しと火が点けられの待っており、やがて、
次々と石を組んだ釜戸やたき口の全てに火が点いた。
城下の漁村も農村の女性達が大きな声でおしゃべりと特別性の雑炊作りに入って要る。
その様な中で数百、いや、其れ以上の子供達が駆け出し迎えに行った。
「でも本当に良かったわねぇ~、私はもう心配で心配で夜も眠れなかったわよ。」
「うん、本当にそうだよ、私だって大切な父ちゃんだからねぇ~。」
「でも、源三郎様って本当にお優しいお方なんだねぇ~。」
「うん、本当だよ、私達も源三郎様のお陰で今は父ちゃんも元気だし、子供も元気だし、私は源三郎様に
まぁ~本当に惚れ直したよ。」
「そんな事あんただけじゃないよ、私だって同じなんだからね。」
「ねぇ~あんた達には源三郎様はねぇ~見向きもしないわよ。」
「何でなのよ。」
「何を言ってるのよ源三郎様にはねぇ~、雪乃様って、其れはもう大変お美しい奥方様が居るんだよ。」
「あら、そうだったわねぇ~、私ったら。」
女性達が大笑いするが。
「でも奥方様も大変だったと思うのよ、源三郎様って、これはね私が勝手に思ってるんだけどこの城下の
人達もだけど漁村も農村の誰もが一番憧れるお侍様だと思うのよ。」
「まぁ~其れは言えるわよ、だって源三郎様って本当にお優しいお侍様だし、其れに相手が私達の様な者
にまで平気で頭を下げられるんだかねぇ~。」
「うん、本当にねぇ~、だからみんなは源三郎様の為にって行くんだねぇ~。」
この様な会話は何も城下の人達に限った事では無い、殆どのいや野洲領内の全員が思って要る事だけは
間違いは無い。
「お~い。」
やはり最初に大声を上げたのは銀次だ。
「お~い。」
待ってた人達が一斉に走り出した。
「みんな、大丈夫か。」
「お~、全員が元気で戻って来たぞ~。」
「わぁ~、物凄い荷車だけど一体何台有るんだ。」
「荷車か、う~ん、確か三百台くらいかなぁ~。」
「えっ、三百台もか、其れに荷車の米俵が物凄い数だよ。」
「もう、何俵載ってるか分からないんだ。」
「よ~しオレ達も手伝うよ。」
「父ちゃ~ん。」
子供達が勢いよく走って来る。
「父ちゃん。」
「みんなは子供達を相手していいんだオレ達が引くから。」
銀次の仲間が次々と代わって行く。
「父ちゃ~ん。」
「元太さん、子供だよ。」
「うん。」
「元太さん、子供は寂しかったんだぜ思いっきり甘えさせてやってくれ、オレ達に構う事は無いぜ。」
「だって。」
「だってもへちまも有るかよ、子供をさぁ~早く。」
「有難う、銀次さん。」
元太は子供を思い切り抱きしめて要る。
「う~ん、やっぱり子供は相当寂しかったんだなぁ~。」
「うん、オレ達はみんな独り身だからなぁ~、分からないんだけど本当に良かったなぁ~。」
銀次の仲間は少し寂しかった、泣いて縋りつく子供も居ない、だが彼らも何か嬉しかった。
例え妻や子供が居なくても同じ仲間の中から一人の犠牲者無く全員が無事に戻って来た事の方が何より
だったので有る。
「今度はオラ達が引きますから。」
山向こうの農民達が一斉に駆け寄り三百台もの荷車を引く者、押す者と代わって行く。
「なぁ~オラ達って本当に運が良かったと思うんだ、この人達は若しも殺されるかも知れないって言う
のにオラ達の為に。」
「うん、オラも同じ事を考えてたんだ、だってオラ達が反対の立場だったらと思うとなぁ~。」
「うん、本当だあの子供達も大変寂しかったと思うんだ、きっと。」
山向こうの農夫達は元太や他の人達が決死の覚悟で自分達を助けに来たと思うので有る。
山向こうから決死の覚悟で菊池に入り、そして、今度は連合国の中心とも言える野洲に無事到着し、後
少しでお城に着くので有る。
そのお城でも残っていた家臣と腰元達が農民の受け入れに最後まで忙しく動き回って要る。
「源三郎、良かったのぉ~。」
「はい、私もこれで一安心で御座います。
其れに城下からも漁村からも農村からも全員が迎えに来ており、苦労された人達もやっとの事で安心
出来るかと思うので御座います。」
「誠、その通りじゃ。」
「殿、其れと大変喜ばしい事が御座います。」
「うん、何じゃと、源三郎、雪乃に子が宿ったと申すのか。」
殿様は姪でも有る、雪乃が源三郎の子供を宿したと思ったが、その期待は。
「殿、その話では御座いませぬ、げんたが遂に完成させたので御座います。」
「何じゃと、げんたが遂に完成させたと、では、弐号潜水船をか。」
「はい、その通りで御座います。
げんたはこの数日間と言うもの潜水船の中に籠り切って最後の仕上げに入っていたと。」
「そうか、遂に完成したのか、其れでげんたは。」
「はい、先程から眠っておりまして、余程疲れたのでしょう、私はげんたが相当根を詰めていたのだと、
げんたは子供ながら我らも見習わなければなりませぬ。」
「誠、その通りじゃ、少し休ませてやるのじゃぞ。」
「はい、ですが浜の元太や銀次の顔を見たいと申しておりますので皆が城に入った時には起こして上げ
たいのです。」
「何とけなげな子供じゃ、余も見習わなければなるまいのぉ~。」
洞窟内では出入り口に大きな扉の様な物で被われ昼も夜も全く分からない。
今のげんたは昼と夜が逆転し、げんたの身体は今が夜なのだ。
其の時、城外で大歓声が沸き起こった。
「総司令。」
「はい、私の耳にも入りましたよ、皆さんが着かれたのですね。」
「はい、其れが物凄い歓声で何も分からない状態で。」
「では、私も参ります、殿も。」
「勿論じゃ、では参るか。」
野洲の領民達が待ちに待った瞬間で大歓声は鳴り止まず、暫くは源三郎も殿様も見ていた。
「あんた、本当に大丈夫なの何処にも怪我は無いの。」
「うん、何とも無いよ、ほらなっ。」
「父ちゃん、母ちゃんが寂しがってたよ。」
「うん、オレも寂しかったよ。」
城外では夫婦の会話が暫くの間続くが、其れでも荷車は次々と城内に入って来る。
「源三郎様。」
「銀次さん、大変ご苦労様でした。
皆さんが全員無事に戻って来られ、私もやっと安心出来ました。」
「でも、源三郎様が思われていました程では無かったですよ。」
「其れは良かったですねぇ~。」
「源三郎様。」
「鈴木様、大変なお役目でしたが皆さんが無事で何よりでした。」
「私は何も致しておりませんで、全て銀次さんや元太さん達のお陰で全てが順調に終わりました。」
「まぁ~当分の間はゆっくりとして下さいね。」
「源三郎様。」
「これは元太さん、大変お疲れ様でしたねぇ~。」
「いいえ、オラは、でもみんなが元気で漁よりも楽でしたよ。」
「えっ、漁よりも楽だったのですか、これは驚きましたねぇ~。」
「源三郎様、元太さんの度胸にはオレ達はもう何も言えませんよ。」
源三郎も分かって要る、海の仕事がどれ程危険なのか、其れを知って要る元太達漁師にとっては陸での
仕事は楽に思えるのも当然で有る。
「皆さん、少し待って下さいね。」
鈴木も銀次も其れに元太も分かって要る。
源三郎が山向こうの農民達に話す内容を荷車が全て到着し、其れよりも農民達は野洲の領民達の大歓迎
を受け相当戸惑って要る。
そして、最後の農民が着き。
「みなさ~ん、少し静かにお願いしま~す。」
この様な時、源三郎の一声は領民達も知っており直ぐ静かになった。
「只今、山向こうの農民さん達とお米を満載した荷車が約三百台と共に無事野洲に到着しました。
これも全て農民さん達の協力と野洲の人達の協力で私の無理を聴いて頂きました皆さんには何とお礼を
申し上げて良いか、今の私は皆さんが全員無事に到着された事で頭の中は混乱しております。
皆さんもお疲れでしょうからね私は余計な話は致しません。
今日、城下の人達と農民さんの全員に特別に作られました雑炊を食べて下さいね、私からは以上です。
では、皆さん一緒に食べましょうか。」
さぁ~大変だ救出に向かった者達は家族の元へ、買い付けに行った者も同じで、其れに山向こう農民達
は次々と領民達の中に引き込まれて行く。
「のぉ~源三郎、誠、良かったのぉ~、余は我が野洲の領民達に感謝をしておるのじゃ、領民達は誰の
命令でも無く全てが自らの意思で集まってくれたのじゃからのぉ~。」
「はい、私も大満足致しております。
これも全て殿が日頃から領民を大切にされておられますお陰だと私は思っております」
「いいや、其れは余では無いぞ、源三郎有っての野洲じゃ、連合国なのじゃ。」
「殿、源三郎様、雑炊で御座います。」
「うん、雪乃も食せよ、うっ、この魚は若しや。」
「はい、浜の子供達が大量に獲ったそうで、其れと殿のお楽しみの物も。」
「うん、やはり片口鰯か、うん、これは最高じゃ、うん、うん、美味いぞ。」
殿様は雑炊よりも焼き立ての片口鰯を満足した顔で食べて要る。
「お~い。」
「あれは大川屋さん達では。」
大川屋はお酒の樽を積んで持って来たので有る。
「源三郎様、私の勝手でお酒をお持ちしました。」
「其れは誠に有り難いですねぇ~、皆さんも大喜びされると思いますよ。」
「はい、では皆さんに。」
大川屋は数百もの酒樽を運んで来た。
「みなさ~ん、源三郎様からお酒を頂きましたよ、皆さん食べて飲んで下さいね。」
大川屋は荷車の酒樽を次々と配り、男も女もお酒を飲み始めた。
「あの~。」
其れは今着いたばかりの農民、数十人と名主達で。
「あの~私は。」
「名主さんですね、私は源三郎と申します。
この度は皆さんのご協力で大切なお米を売って頂きました事に私はとても感謝致しておりましてこの
通りで御座います。」
源三郎は名主達と農民達に頭を下げた。
「源三郎様、オラ達は農民です、農民にお侍様が頭を下げるなんて飛んでも御座いません。」
「えっ、何故ですか、私は皆さんに感謝致しております。
私が感謝のお礼に頭を下げるのが悪いのでしょうか、私は侍の前に一人の人間としてお礼を申し上げて
要るのですよ。」
名主達も農民達も其れはもう大変な驚き様で、源三郎の事は話では聞いてはいたが、正か本当に頭を
下げるとは思っても見なかったので有る。
「名主さん達も農民さん達も聞いて下さい。
私もですが、我々の連合国ではねぇ~侍が偉いのでは有りませんよ、侍はねぇ~刀を差しているだけで
何も出来ないのです。
其れに比べ皆さんや漁師さん、其れに城下の人達は色々な仕事が出来るのです。
私達は皆さんが大切に育てられた作物を食べさせて頂いて要るのです。
侍は皆さんを幕府や実態の分からない官軍から守るのが仕事だと考えております。
私達武士は其れが仕事なのですよ、でもその他の事は皆さんには勝つ事は出来ないのです。
名主さん達もこの野洲もですが他の四つの国でも一番大切な人達なのです。
今、私が言いました事は誰に聴いて頂いても宜しいですよ、多分、どなたも同じ答えを言われると思い
ますので。」
源三郎の話は農民が一番大切だと、だが山向こうの農民達は遂先日まで幕府と言う難敵に対し反抗も
出来ず、泣き寝入りをさせられ、其れが菊池に入ってからは全く別の世界に放り込まれた様な気分で其れ
が今も理解不能に近いので有る。
「源三郎様、オラ達はほんの数日前までは山向こうで幕府が何時やって来るのか、其れが恐ろしくて満足
に夜も眠れなかったんで、今お話しを聞きましてもオラ達の頭では理解出来ないので御座います。」
「そうでしょねぇ~、まぁ~簡単に言えば菊池から山賀までの国で侍が皆さんをいじめる事は有りません
からね安心して下さい。」
名主も農民も実のところ簡単に理解出来るとは源三郎も思っていない。
「まぁ~其れよりも皆さん食べて下さいね、全部食べられる方が作った人達は喜びますからねぇ~。」
名主達と農民達は源三郎に頭を下げ再び仲間のところへと戻って行く。
「源三郎様、オレもあの人達が受けた幕府の恐怖は分からんでもないですよ。
あの人達はオレ達が突然村に入って来たので野盗かと思ったらしいんです。」
「私も其れは感じましたよ、あの人達を説得するのにもみんなが大変苦労されたと思います。」
「私も今その様に感じましたねぇ~、幕府のやり方ですが中央の者達は各藩に対し上納金の上乗せを通告
し、各藩としては農民さんが苦労して育てられたお米を受け取ると言うよりも全てを略奪するかの様に
奪い取るのですからねぇ~、ですがあの人達の先祖は大変賢かったと思いますよ。」
「はい、其れはもうオレも洞窟に行ったんですが、村の守り神として祭られて要る祠の裏側に洞窟を掘り
その中に各村から食べれるだけのお米を隠したんですからねぇ~。」
「まぁ~其れと同じ様な事を我々も行なって要るのですからねぇ~。」
残る農民達も他の国に移る農民達も源三郎が突然頼みを聴いて欲しいと、一体何を頼むのだろうか、
若しかしてやはりなのか。
「源三郎様、オラ達に出来る事なんですか。」
「はい、勿論ですよ、これはねぇ~皆さんにしか出来ない事なのですが宜しいでしょうか。」
「はい、オラ達に出来る事だったら。」
「では、実は菊池もですが、この野洲、隣の上田、松川と言った国では毎年の如く不作が続いておりまし
てねえ~、其れでお願いと言うのは皆さんの種籾を少し分けて頂きたいのですが宜しいでしょうか。」
何と源三郎の頼みは山賀以外の国が毎年不作で農民達に種籾を分けて欲しいのだと。
「源三郎様、実はオラ達も相談してたんです。
オラ達の先祖もあの土地で不作が続き幕府の取り立てに泣かされておりました。
其れで先祖は寒い地方に行き少しだけ種籾を分けて頂き、お陰でやっとこの数年間でお米の収穫も
多くなったんです。
オラ達もこの国で生き残れるんだったらオラ達の種籾で作ろうって決めたんです。」
「其れは大変有り難いお話しで私は農業に付いては全く分かりませんので、皆さんに助けて頂けるので
あれば其れはもう大助かりになりますので何卒宜しくお願いします。」
「源三郎様、オラ達も先祖が苦しんだと聞いていますので何としても成功させたいんです。」
源三郎は農民達が菊池に入った時に決めていたとは知らなかったが同じ農民同士ならば理解し合える
と思っていた。
「上田に行かれる方々にも松川に行かれる方々にも、何卒、我々を助けて下さい。
今の我々には貴方方だけが頼りなので宜しくお願いします。」
源三郎は改めて農民達に対し深々と頭を下げた。
「オラ達も一生懸命に頑張りますので。」
「有難う御座います。」
「なぁ~元太さん、源三郎様って本当に腰の低いお侍様だなぁ~、オレ達も見習わなければ駄目だろ
うなぁ~。」
「銀次さん、オラ達に源三郎様の真似は出来ませんよ、でもオラの浜でもみんなが源三郎は特別なお侍様
だと言ってるんですよ。」
「うん、其れはオレも同じですよ、だってオレは島帰りですけど、源三郎は昔の事は忘れてこれからは
みんなの為にする事の方が大切だと言ってくれたんですよ。」
「あの~。」
山向こうの農民達が何かを知りたいのだろうか。
「オラにですか。」
「はい、源三郎様もですが、このお城のお侍様ですが、何でオラ達と同じ着物を着てられてるんですか、
オラは分からないんですが。」
菊池でも侍が農作業用の着物を着ており其れが彼らには不思議な光景にしか見えないのだろうか。
「この野洲のお侍様はね、お殿様とご家老様以外は全員があの様なお着物で仕事をされてるんです。
源三郎様は侍の着物では動くのが大変だって言われてね、其れにお侍様はオラ達の仕事まで手伝って
下さるんですよ。」
彼ら山向こうの農民達にすれば、何故侍が農村や漁村で手伝いをするのか全く分からないので有る。
「何でお侍様が漁師さん達のお手伝いをされるんですか。」
「此処ではねぇ~、お侍様は漁師さんの仕事でも農民さんの仕事でも、其れに城下でもお手伝いをされる
んですよ。」
「幕府の奴らとは。」
「此処はねぇ~幕府の人間が殆ど知らない土地でしてね、其れにお侍様は刀を持たれて無いんですよ。」
「あっ、本当だ、でも何で刀は必要無いんですか。」
「オレも最初は驚いたんだ、だけどオレ達の源三郎様はこの国じゃ~刀を使う必要は無いんだって言われ
てるんだ。」
「あの鈴木様も持ってはおられませんよ。」
「あっ、本当だオラは今まで全然気付いて無かったですよ。」
「野洲では奉行所の役人以外は誰も刀を差してはおりませんよ。」
「でも、悪人が。」
「悪人ですか、まぁ~其の時はですねぇ~鬼より恐ろしい源三郎様がおられますのでね領民は安心して
おられるのですよ。」
鈴木は山賀で世にも恐ろしい光景を目の前で見ており、其れがこの野洲でも領民達に知れ渡り世に言う
悪人はこの野洲からは消えて要る。
奉行所の役人の役目と言えば山越えをして来た者達に目を光らせるだけで十分なのだ。
「そんなに恐ろしいお方には見えないんですが。」
「ええ、源三郎様は皆さんにとってはこの世の中で一番頼りになるお方ですよ、但し、あのお方に嘘は
通用しませんのでね、まぁ~其れよりも皆さんはお疲れでしょうから腰元が案内しますのでね。」
「オラ達の着物は汚れてるんですが。」
「その様な事は気にされる事はありませんよ、お布団ですが全員の分が有りませんので、幼い子供と赤子
が居るお母さん達だけにして頂きたいのです、申し訳有りませんが。」
「オラ達は何も気にしませんので、其れじゃ~オラ達は。」
山向こうの農民達と領民、家臣達の夕食は一時程で終わり、農民達は腰元達の案内で今夜の寝床へと
向かった。
「ご家中の皆様、片付けは明日にでも宜しいのでね自宅へ帰って頂いても宜しいのです。
其れと明日は別に急ぎ登城されないようにね、銀次さん達も元太さん達もゆっくりと帰って下さい。
他の方々もお気を付けてお帰り下さいね、皆様、誠に有難う御座いました。」
源三郎は領民に対し深々と頭を下げ礼を言うので有る。
其れから間も無く少しづつ家臣達も領民達も家族と一緒に自宅へと帰って行った。
「源三郎様。」
「雪乃殿、やっと終わりましたよ。」
「源三郎様、大変お疲れでしょうから湯殿に行かれましては、殿が源三郎様が一番疲れて要るはずだから
湯殿に行かせよと申されておられますので。」
だが、源三郎は気が抜けたのか横になり直ぐ寝息を立てた、雪乃は用意して置いた布団を掛けそっと
部屋を出た。
そして、明くる日の朝、源三郎は何時もの時刻に起きて来ない。
「源三郎様。」
「あっ、雪乃殿、しまった、今は何時でしょうか。」
「はい、朝の九つで御座います。」
「そうですか良かった、私は良く眠れましたよ、昨夜は久し振りに悪夢を見ずにぐっすりでした。」
「源三郎様、其れは何よりで御座いました。では直ぐお茶をお持ちしますので。」
雪乃もほっとした、源三郎の表情も落ち着きを取り戻したのか穏やかになって要る。
「源三郎様、朝餉は如何致しましょうか。」
「はい、其の前に農民さん達は。」
「はい、まだお一人も起きて来られませぬ、あの方達も相当お疲れだと思われます。」
「やはりそうでしたか、では私は賄い処に参りますので。」
「はい、承知致しました。」
「あっ、そうだ、農民さん達の食事ですが。」
「はい、殿からは大広間を臨時の食事処にせよと申され、賄い処のお女中達は何時でも参れます様にと
準備だけは終わっております。」
「賄い処の方々には暫くの間ですが辛抱して頂ければなりませんねぇ~。」
「皆様も承知されておられますので。」
「そうですか、有り難い事で、では私も参りますのでご心配は無用で御座います。」
源三郎と雪乃は一緒に賄い処へと向かった。
その頃、賄い処では女中達と腰元達が一斉に動き始めた。
昨日、着いた農民達が起き出して来たので有る。
「皆様、こちらへどうぞ、朝食を用意致しておりますので。」
「えっ、オラ達の為にですか。」
「はい、そうですよ、朝ご飯を食べなければ良い仕事は出来ませんからね。」
腰元達はにこやかな顔で話すので農民達は驚いて要る。
特に農夫達は若くて美しい腰元達に言われると天にも昇った様な気持ちになったのか。
「はい。」
と、返事だけをし座り、子供達はと言うと初めて見るお城のご飯に目を白黒させながらも美味しそうに
食べ始めて要る。
源三郎は賄い処に寄らず、執務室に戻って来た。
あの様な時に賄い処に入ると女中や腰元達に叱責を受けるのは間違いは無いと思ったのだ。
其れよりも源三郎にはまだやるべき事が山ほど有る。
「う~ん、此処に残る農民さん達の家も大至急建てなければならないし、げんたが完成させたイ零弐号
潜水船も見に行かねばならない、両方共、優先事項だが取り会えず農民さん達の食事が終われば今後の
事に付いて説明しなければならないなぁ~、う~ん其れにしても大変だ。」
源三郎は独り言を言いながらも次なる戦略を考え始めた。
官軍の司令部で仕事をしていたと言う井坂が書いた物と発言の信憑性を探る必要も有るが、確信を求め
るにはどうしても田中の報告を聴かなければならず、その田中は一体今頃は何処で何を探って要るのだと
考える源三郎は疲れからか何時の間にか座ったまま眠って要る。
「源三郎様。」
雪乃が心配そうな顔で源三郎を見ていた。
「如何なされましたか、何処か悪いのでは御座いませぬか。」
「雪乃殿、少し疲れが残っていたようですが、もう心配御座いませぬ。」
「ご無理だけは決してなさらぬ様にお願い申し上げます。」
この頃、特に雪乃には心配ばかりを掛けて要ると源三郎も分かって要るが問題が余りにも多過ぎる。
最初は我が野洲藩だけで終わるはずが何時の間にか山向こうの村民まで救出する事にまで発展し、
どの様に解決すれば良いのか連日深刻に考えるので有る。
「雪乃殿、農民さん達の食事は終わりましたでしょうか。」
「はい、先程全員が終わられ、今はお城の中庭で何かを話されておられます。」
「そうですか、では私も参りますので。」
「源三郎様、その前に源三郎様も朝餉を。」
雪乃は源三郎の身体が心配で身体の負担を考え雑炊を作って来た。
「私は源三郎様のお身体が心配で御座います。
私が作りました雑炊でお口に合うか分かりませぬが召し上がって頂きたいのです。」
「雪乃殿には何時も心配ばかりを掛け申し訳御座いませぬ、では頂きます。」
源三郎は雪乃の心優しさが嬉しかった。
一刻も早く雪乃を安心させたいと思いつつも、遂、心配を掛けるので有る。
「お~、これは大変美味しです。」
「誠ですか、其れは嬉しゅう御座います。」
源三郎は雪乃が作ってくれた雑炊を全部食べ。
「雪乃殿、この雑炊をお昼にもお願い出来るでしょうか。」
「はい、勿論で喜んで作らせて頂きます。」
雪乃は源三郎がこれ程にも喜ぶとは思いもしなかったので顔が赤くなるのを感じた。
「私は雪乃殿に作って頂きました雑炊のお陰で元気が出ましたよ、ほらこの通りです、有難う。」
源三郎の素直な喜び方に雪乃はほっとしたので有る。
「雪乃殿、御馳走様でした。」
源三郎は手を合わせ。
「では私は農民さん達の所で話しをして参りますので。」
「はい、承知致しました。」
源三郎は農民達が話し合って要ると言う中庭へと向かった。
農民達も何か不安が残って要るのだろうか、其れを少しでも解消させるのが急務で中庭では数名の名主
と農民達が真剣な話し合いをと言うよりも、激論に近くそれ程までに不安の方が大きいのかと源三郎は
思ったので有る。
「皆さん、お早う御座います。」
「あっ、源三郎様、お早う御座います。」
「皆さん、何を話し合っておられるのでしょうか。」
農民達は何も答えない。
「私の見たところでは皆さんは不安と不満が有る様に見えるのですが如何でしょうか、私に出来る事が
有ればお話しを伺いたいのですが。」
「源三郎様、昨日聴いたのですが山の向こう側では大きな戦が行なわれていると。」
「はい、其れは本当の話しですよ。」
「でも、オラ達の村には何も伝わって来て無かったんですが。」
彼らの住む農村に戦が始まったと知らせる程近くで戦が行なわれているのでは無い。
「其れはですねぇ~まだ遠くの方で行なわれているからで皆さん達の住まわれている十里以上も遠い所
なのですよ。」
「じゃ~直ぐには来ないんですか。」
「まぁ~今のところはね。」
源三郎は考えたあれは確か松川か上田での出来事で官軍の兵士を見付けた。
「皆さん、では少しお話しをしましょうか。」
源三郎は官軍の兵士三名が高い山を越えて来た事をその中の二人は狼の餌食に、一人は今野洲に居る事
を話すと。
「源三郎様、その官軍と言うのは何ですか。」
農民達は初めて聴く官軍と言う名で、今までは幕府と言う巨大な武家社会が三百年間近く政権を握り。
だが、その幕府を打ち破る新しい組織が官軍と言う名の軍隊で、源三郎もまだ詳しくは知らない。
「実はねぇ~、私も余り詳しくは知らないのですよ、九州の薩摩と長州が合体したと言う話しですがね、
まぁ~其れよりも、先程申しました官軍の兵士三名が道に迷って山を越えて来たと言う事ですよ、其れは
ねぇ~既に近くまで官軍は迫って来ていると考え無ければなりません。」
「ですがその官軍と言うのは幕府を倒す為の軍隊でしょう、だったらオラ達の様な農民を苦しめる様な
事はしないと思うんですが。」
確かにこの農夫の言う事も一理有る、幕府、其れは武家社会で今まで散々苦しめられてきた農民や町民
が一斉蜂起したので有る。
その様な人達が自分達の様な農民を苦しめる様な事はしないと、だが其れはあくまでも表向きの話で
全てがその様な人物ばかりでは無く、末端に行けば中には悔い潰れた浪人や犯罪を犯した者達の隠れ蓑に
している事も考えられるので有る。
その様な者達が今まで溜まった不満を一気に爆発させ、何ら罪の無い農民や町民を殺して要ると井坂は
話し、其れが現実の戦争なのだと。
「貴方の言われる事は私も理解しておりますよ、ですが野洲におります官軍の兵士は全ての官軍兵が
幕府軍と戦って要るのではないのだと中には浪人崩れや犯罪者も紛れ込んでいると言うのです。
その様な者達は日頃の不満を一気に爆発させ何の罪も無い農民さんや町民を殺して要るのです。
皆さんの中には戦では武士と武士が直接殺し合いをすると思っておられるでしょうがねぇ~、その様な
戦は決して有りませんよ。」
「じゃ~オラ達も殺しに来るんですか。」
「敵方にすればこの人は農民の姿をしているから大丈夫だ、ですが現実を言えばこの野洲にも菊地に
も幕府の密偵が町民の姿や皆さんと同じ農民さんの姿に変え藩の内情を探っていたのですよ。」
「源三郎様、じゃ~敵から見ればオラ達が本物の農民か偽者の農民か分からないんですか。」
「はい、全くその通りですよ、皆さんが私を見て侍だと思われているでしょうが、私が姿を変えて要れ
ば、私だと見破れますか。」
「う~ん、でも源三郎様ですから。」
「其れはね皆さんが私を知って要るからなのですよ、私はねぇ~皆さんの中から一人も犠牲者が出ては
欲しくないのです。」
源三郎は今大きな戦が行なわれていると何度訴えても一部の農民の中には今まで幕府の人間にいじめ
られたが誰も殺されていない、だからこれからも殺される事は無いと思って要る。
「皆さんの中でこれから先も村が焼き討ちに会ったり、殺される様な事は無いと思われている人がおられ
ると思います。
ですが私の配下の者が目の前で農村が焼き打ちに会ったり、村人が犠牲になったのを見たと報告が
入って要るのです。
其れを知ったので我が領民が命懸けで皆さんを救出に向かい全員が無事に戻って来たのです。
其れが理解出来ない、いや理解する気持ちが無いので有れば今から元の村に戻って頂いても宜しいので
すが、但し、其れで結果がどの様になったとしても我々の知るところでは無いと思って下さいね。」
余りにも聴く気の無い態度に源三郎は農民達を突き放す様な言葉となり、源三郎の迫力有る話に農民達
は静かに聴き始めたので有る。
「其れとですが、我々の国でも他の国でもはっきりと申しますが、これだけ大勢の人達を受け入れる事に
大反対する人もいるのですよ、その反対する人達を我が国の農民さん達が説得し、貴方方を助けたと言う
事を分かって欲しいのです。」
「源三郎様、オラ達も本当はこれから一体どうなるのか、其れが一番心配なんです。
オラもですが村の者は何も不満を言ってるんじゃないんですよ、みんなは不安がいっぱいなんです。」
「勿論、私も皆さんの気持ちはよ~く分かりますよ、じゃ~少し待ってて下さいね、誰か井坂殿を呼んで
来て下さい。」
家臣は大急ぎでで井坂を呼びに走った。
源三郎は官軍の井坂に話をさせれば農民達の気持ちも変わるだろうと考えたので有る。
暫くして井坂が来た。
「源三郎様、お呼びとか。」
「はい、井坂殿、この人達は高い山の向こう側の農民さん達なのですが、私が井坂殿からお聞きしました
話をしたのですがねどうも私の話では皆さんは信じて頂く事が出来ない様で井坂殿から直接お話しをして
頂ければと思いましたので、宜しくお願い致します。」
「承知致しました、では私からお話しをさせて頂きます。」
「井坂殿、申し訳御座いませぬが、宜しくお願いします。」
「はい、では皆さんおいドンは九州の薩摩と言う国から。」
井坂は司令部で知り得た事、そして官軍の事を出来るだけ、分かりやすく、優しく、丁寧に話した。
「今、おいドンが話した事は全部源三郎様にもお話しをしました。
実はねぇ~、おいドンも源三郎様に命を助けて頂いたのです。
皆さんは幕府軍だけが悪いと思ってるでしょうがでも官軍の兵士の中にも悪い奴らが大勢いるんです。
其れに戦争は間違い無く山の向こう側にまで来ますよ、皆さんの農村もその被害を受けるのは間違い
は無かです。
其の時になって初めて気付かれても遅いんです。
さっきも言った様に官軍の兵士は連発銃を持っておりましてね、幕府軍の火縄銃とは比べものにはなら
ないくらに強力で其れこそ遠くにいても連発銃で殺されますよ、源三郎様は絶対に嘘は言われてません。
源三郎様を信じられない人はこの野洲から出たらいいですよ、其の時になったら分かりますから、では
おいドンの話しは終わりますので。」
「井坂殿、有難う御座いました。」
「源三郎様、あれで良かったんですか。」
「はい、もう十分で御座いますよ。」
「そうだ、また思い出しました事が有りましたので一応書き留めて置きました。」
「そうですか、其れは有り難い事です。」
「源三郎様、其れで少しお願いが有るのですが宜しいでしょうか。」
「はい、どの様な事でしょうか。」
「実はおいドンを偵察に行かせて欲しいのです。
源三郎様、おいドンは別に逃げようと考えておりませんし、今更、薩摩に帰っても脱走兵だと宣告され
銃殺刑で殺されます。
其れにおいドンが薩摩に帰っても家族もおりませんので。」
「井坂殿、ですが大変危険ですよ、井坂殿が申されている脱走兵ならば官軍も探索していると思いますが
ねぇ~。」
「勿論でおいドン全て承知しておりますし、仮に捕まっても此処の事は一切話しませんのでどうかお願い
します。」
「そうですか、其れでお一人で行かれるおつもりなのですか。」
「おいドンは其れを迷っておりまして、どなたかが一緒ならば道中も少しは気持ちも楽になると思うん
ですが。」
「分かりました、では若手をお供させましょう、此処での話が終われば直ぐ参りますので。」
「源三郎様、おいドンは決して裏切る様な事は致しませんので。」
「はい、其れは勿論承知しておりますよ。」
「はい、有難う御座います、では。」
井坂は突然偵察に行かせて欲しいと、源三郎は信用していると言ったが、連合国の内情は知り得て要る
はずで、だが井坂の言う事が真実ならば危険な偵察任務を志願した事を断る必要も無いと考えた。
だ問題は若手の中から井坂と同行する者を選ばなければならない、かと言って誰でも良いとは限らず、
其れは万が一の時には井坂をその場で始末しなければならないので有る。
「う~ん、一体、誰が良いのだろうか。」
「あの~、源三郎様。」
「はい、何ですか。」
「オラが間違っていました、オラは源三郎様を信じてるんです。
でもオラ達の村では今まで戦の巻き添えになった者が居なかったので。」
「はい、其れも十分承知していますよ、実はねぇ~我々の連合国もこの数十年間と言うもの戦の経験が
有りませんのでね。」
「えっ、源三郎様、今の話し本当何ですか。」
農民達も驚いて要る、この国でも数十年間は戦を経験したした事が無いと言う、だが、何故戦が恐ろし
いと分かるので有ろうかと農民達も分からないので有る。
「勿論、本当ですよ、但しですがね、幕府の密偵は今まで数十名の命は絶ちましたよ、其れも高い山の
中ですのでね狼の餌食になったのは間違いは有りませんよ。」
「でも、そんな事をすれば幕府からの仕返しが有るんじゃ無いんですか。」
「はい、有りましたよ、ですが我が藩の武士は城下では殺してはおりませんよ、密偵が山に入るのを見届
けた後ですので後で調べても狼の餌食になったと分かりますよ、其れはねぇ~足や腕の骨には刀の傷
が有りませんのでその代わりに狼の歯形が残っておりますので、其れに他の者にも城下の人達にもあの
高い山には狼の大群が要ると言ってますので、仮に一人が逃げたところで幕府には狼に襲われたと報告
するでしょうからねぇ~何も心配しておりませんよ。」
「源三郎様もその密偵を。」
「実に簡単な事でして数人の密偵に傷を付けるだけですがね、もう其れだけで十分なんですよ、狼は血の
匂いを嗅ぎ付けて襲いますからねぇ~、其れはまぁ~本人にすれば本当に恐ろしいと思いますよ。」
農民達も山に狼の大群が住んでいるとは言い伝えで聞いていたが、正か本当に狼の大群が住んでいると
は思って無かったのか、源三郎の話を聴き恐ろしくなったのか怯えて要る。
「源三郎様、オラ達が狼に襲われる事は有るのですか。」
「まぁ~今までは一度も有りませんよ、多分これからも無いとは思いますよ、其れよりも私が昨日も
申し上げましたが菊地から松川までの四カ国はお米の不作が続いており、其れを皆さん方の種籾を使わせ
て頂きまして何とか領民の全員にお米を食べて頂ける様にしたいのです。」
「源三郎様、オラ達もみんなで協力してお米を多く収穫させたいと思います。」
「そうですか、其れは良かったです、では早速ですが野洲に残られます皆さん方にお願いが有ります。
我が野洲の田を見て頂きたいのと新しい田を作りたいので皆さん方にも行って頂け無いかと思って要る
のですが。」
「はい、勿論で御座います。
源三郎様、オラ達も農民ですから直ぐに行きます。」
「そうですか、ではえ~っと、そうですねぇ~数人の家臣に案内させますので、其れと皆さん方が住まわ
れます家ですが一応我々が考えた場所が有りますのでその場所で宜しければ家も建てますので。」
「えっ、オラ達に新しい家を建てて下さるんですか。」
「其れは勿論ですよ、だってそうでしょう、家が無ければ眠る所も有りませんよ、但し、家が出来るまで
はこのお城で生活をして下さいね。」
「なぁ~みんな、こんなにも有り難いお話し今まで聞いた事が無いよ、オラ達の家まで建てて下さる
んだ、みんなは一体どうするんだ、オラはこの野洲で新しい家と、でも田や畑は直ぐには出来ないけど
此処で頑張ろうと思うんだ。」
「よ~しオラも決めたぞ此処で頑張るよ。」
「よ~しオラもだ絶対にやるからなぁ~。」
野洲に残る農民達は何とか理解出来たので有る。
其れもこれも井坂の話を聴いた後に新しい家と新しい田や畑が出来、稲穂が実るまでは苦しいが其れで
も食べては行けるのだと。
野洲に残る新しい農民達は数人の家臣と共にその現場へと向かった。
その後、源三郎は執務室に戻り。
「源三郎。」
「殿、如何なされました。」
「何も無いが、問題無く進んでおるようじゃのぉ~。」
「はい、ご家中の方々が手分けし、次の上田に向かう準備と説明をされておられますので。」
「うん、そうか其れは良かったのぉ~。」
「はい、私も一安心しております。」
「じゃが昨日は大変じゃったのぉ~。」
「いいえ、私は予想しておりましたので、其れよりも殿は何か御考えがあるのでは御座いませぬか。」
「源三郎、げんたが。」
「殿、やはりげんたが完成させましたイ零弐号潜水船が気になるのでは御座いませぬか。」
「うん、じゃがのぉ~今は無理で有ろう。」
「はい、上田へ出立すればと考えておりましたので。」
「そうか、で、上田へはどの様に手配しておるのじゃ。」
「はい、先程、農民達には説明をしたのですが、やはりまだ何か不安が残って要る様子で私は上田の
阿波野様に対し文を認め届ける様にと考えております。」
「そうか、じゃが上田も今手薄では無いのか。」
「はい、ですが上田からは何も連絡が御座いませぬが、私としましては此処に長居は無用と考え明日の
朝には出立させよと思います。
上田の事も承知致しており、我が野洲のご家中の方々にお願い出来ればとご家中の方々も山の向こう側
から付き添っておりますので農民達も安心すると思っております。」
「よし、分かったぞ、では頼むぞ。」
「はい、承知致しました。」
源三郎は上田の阿波野宛に詳しく認め、昼頃早馬で届けさせたので有る。
昼過ぎには新しい家を建てる場所と田にする為の農地を見た農民達が戻り、全てが満足では無いが思い
の他満足した様子で多くの農民達は笑顔になって要る。
源三郎は、その後、残りの上田、松川、山賀へと向かう農民達に話をすると、事前に家臣達が説明した
のが良かったと見え農民達はすんなりと納得し明日の明け六つに出立する事を伝えた。
その日の夜は残る者達と先に向かう者達同士が仲良く夕食を共にし、お互いの健闘を誓い。
そして、明くる朝、明け六つには野洲の家臣達と上田へと向かったので有る。
「鈴木様、上田様、げんたが、いや技師長がイ零弐号潜水船を完成させましたので、明日、殿と私が浜に
向かいますので。」
鈴木も上田も余計な事は言わずに返事だけで終わり。
「源三郎。」
「殿。」
「殿では無いわ、何時参るのじゃ。」
「殿、何時と申されますと。」
「浜へじゃ、潜水船に乗るので有ろう。」
「殿、正か。」
「何じゃと、余が参ってはならぬと申すのか。」
「う~ん、其れは。」
「いいや、余は参るぞ、絶対に参るぞ。」
「う~ん。」
源三郎も殿様の気持ちは分かって要る。
「源三郎、何とか申さぬか、余は何としても見たいのじゃ、余が参ると皆に迷惑が掛かると言うので有れ
ば余も皆と同じ物に着替えるぞ、源三郎、余の頼みじゃ。」
今回は仕方が無いだろう殿様は何時も話しだけを聴かされており、源三郎も同じ様に乗りたいのだ。
だが問題のげんたがどの様に判断するのか、例え、殿様とは言えげんたの判断に従うので有れば同行を
しても良いと思うので有る。
「殿、これだけは申し上げますが、浜に参られましてもげんたは技師長で御座います。
げんた、いいえ技師長が許可を出さなければ乗る事は出来ませぬが、其れでも宜しいので御座いましょ
うか。」
「う~ん。」
「殿は技師長に全ての権限を与えておられ私も技師長の許可を得なければ乗る事は出来ませぬ。」
「源三郎、それ程までにげんたが考案した潜水船と言うのは凄いと申すのか。」
「はい、殿、技師長を子供だと侮ってはなりませぬ、技師長の考え方には我々がどの様に考えても理解
不能だと申し上げます。」
「何故じゃ、何故に源三郎までもが乗れぬのじゃ。」
「殿、其れが技師長の考え方でして技師長の考え方は実戦なのです。
殿が乗られると言う事は殿が実戦に出なければならないと言う事なので、物見遊山に乗るのでは無いと
前回も技師長から釘を刺されました。」
「そうか、それ程までに大切な船だと申すのか、潜水船と言うのは。」
「はい、正しくその通りで御座います。
潜水船を知る者は浜の人達と殿と私、鈴木に上田、ご家老と、更に井坂だけで御座いますので仕方は
御座いませぬ。」
「何、井坂にも見せたのか。」
「はい、私は井坂と言う人物が本当に脱走兵なのか、其れとも脱走兵になりすまし我々の連合国を探りに
入って要るのかを知る為に、私があえて見せたので御座います。」
「そうか、源三郎、分かったぞ、余もげんた、いや技師長の許可が無ければ乗らぬぞ、だが見るだけなら
ば許して欲しいのじゃ。」
「はい、勿論で御座います。
私も殿には乗って頂きたいと思っております。
ですが海中に入れば乗組員としての役目が御座いますので。」
「源三郎も辛いのぉ~。」
殿様は源三郎も乗りたいと分かった要る。
だが現実の問題として、果たして殿様が乗り、源三郎も乗り込み乗組員としての役目を果たす事が出来
るのだろうか、其れは誰が考えても無理としか思えないので有る。
「殿、仕方が御座いませぬ、私が予想した以上になり、今では少し後悔をしております。」
「まぁ~其れは仕方有るまいぞ、自身が蒔いた種じゃからのぉ~。」
殿様も乗れるか、乗れないのか全ては技師長げんたの判断で決定する。
源三郎が技師長に権限を与えたのはそれなりの理由があった、だが時には弊害となり、其れは源三郎
が乗って海に出ると言う事が出来なくなったので有る。
だが、今更、取り消しも出来ないと源三郎は諦めて要る。
そして、当日の朝、殿様もご家老様も極普通の侍姿となり、源三郎達は馬で浜へと。
その頃、浜ではげんたの指示を受けた吉川と石川が細部の点検を行なって要る。
「う~ん、オレが思った通りに出来たなぁ~、だけど、まだ何か物足りないなぁ~。」
「技師長、何が物足り無いのですか。」
「そんな事分かったら何も考え無いよ、オレの中に何かが足り無いって言ってるんだ、其れが分からない
から考えてるんだ、吉川さんも石川さんもオレの手伝いだけに来たんだったら帰った方がいいよ。」
「えっ、何故ですか。」
「あんちゃんはねぇ~二人を単なる助手として寄こしたんじゃないと思ってるんだ。」
げんたは源三郎が何の為に二人をげんたの下に就けたのか分かって要る。
「オレも同じなんだ、単なる助手だったらこの浜の人達の方がいいんだ、其れを真剣に考えないと何時
まで経ってもオレの頭の中から盗む事なんか出来ないぜ。」
げんたは考えて要る事を盗めと、何と大胆不敵な発言をするのだ、だがこの二人は果たして理解してい
るのかその方が問題だとげんたは思って要る。
「技師長の頭の中を盗めと申されましたが。」
「まぁ~簡単に言うとねオレが次に何を考えて要るかって話しなんだ、この潜水船は造って終わりじゃ
ないんだ、今は完成したと思っても改良する事も考えないと駄目なんだ、だからオレがさっきも言ったで
しょう何か物足りないって、あれはねぇ~オレの感覚なんだ。」
吉川も石川もげんたを普通の子供だと思っていたのが大間違いだと今初めて気付いた。
身体はまだ子供でも考えて要る事は並みの大人では到底太刀打ちできないので有る。
「技師長、申し訳有りませんでした。」
げんたも分かって要るので二人を責めるつもりも無い。
「いいんだって、これからは何をするにも常に考えてやって欲しいんだ。」
「はい、承知しました。」
吉川も石川も改めて頭を下げ、今からは考え方を変えて行くと心に誓ったので有る。
「技師長、重りの砂袋の事ですが。」
「あっ、そうかそうだ、分かったよ、有難う。」
げんたは重りになる砂袋を忘れていた。
「吉川さん、オレが何か足りないって言ったでしょう、其れが重りの砂袋だったんだ。」
「技師長、私も何か分かりませんが、今、要約技師長の言われた事が分かった様な気がします。」
「分かってくれただけでオレはいいんだ、オレは常に考えてるんだ、これはどうすればいいんだって、
其れが次の潜水船を造る時には必ず役に立つと思ってるんだ。」
「はい、私もこれからは何事も考えながら仕事を行ないます。」
「そうだ、砂袋を作らないとでも浜の人達にはこれ以上無理は言えないしなぁ~。」
「技師長、私が城に戻り皆さんに頼んでみます。」
「う~ん、やっぱり其れしかないかなぁ~。」
其の時、源三郎達が浜に着いた。
「やぁ~げんた、いや技師長。」
げんたの返事が無い。
「げんた。」
「源三郎様、技師長は洞窟に行きましたが。」
鍛冶屋の若手職人だ。
「そうですか、じゃ~、いや貴方方に少しお聞きしたいのですが宜しいでしょうか。」
「はい、オレ達が知ってる事だったら。」
「では、今回の潜水船ですが、何か特別に苦労された所は有りますか。」
「う~んそうですねぇ~、オレ達が苦労したと言うよりも、技師長が一番苦労したと思いますよ、其れ
が水車方式と風車型なんです。
特に潜水船の中に取り付ける水車型なんです。」
「船内に取り付ける水車型ですか。」
「はい、技師長は髪の毛も通らない様にって言われるんですがねこれが飛んでもない物でして。」
「髪の毛が通っては駄目と言うのは何故なのですか。」
「はい、その部分ってのは外から空気を入れる為に絶対に隙間を作っては駄目だって。」
げんたは潜水船を造る為には絶対と言っても良い程に妥協はしないと考えて要る。
其れは海に潜ると言うのは下手をすれば乗組員の全員が水死する事も考えられ、陸で使う物ならば多少
の妥協は出来るが相手が海の中となれば話は全く別で有る。
「では、その部分が一番苦戦、いや苦労されたと言われるのですね。」
「はい、オレ達は簡単に考えてたんですが技師長はこの部分が一番大事だと隙間が有れば、叩いて伸ばし
其れはもう何百回も打っては伸ばし、当たり過ぎて動かなければまた少しづつ削ってと、その作業が
大半を占めてたんです。」
漁師の元太が言った、足踏み機が一番大変だと其れは疲れ過ぎで途中からは足も動か無かった。
其れで考え付いたのが水車方式で、だが現物を作り始めると思った以上に困難な作業で空気を取り入れ
る為には最も重要な部分で、その部分を加工するだけで一体何日掛かったのだろうか。
「では、今は完成して船内に取り付けて有るのですか。」
「はい、でオレ達は次の事を考えまして、今、同じ物を作ってるんです。」
「えっ、次の事とは。」
源三郎は正かげんたが参号船までも考えて要るとは知らなかったので有る。
げんたは単に三隻目を造るのではなく改良を加え、げんたが思い描いた通りの潜水船を造りたいのだ。
「その加工品を見せて頂けるでしょうか。」
「はい、宜しいですよ、これなんですがね。」
「ほ~これですか、これで外から空気を取り入れる事が出来るのか、其れにしても凄いなぁ~、これが
有れば足踏みをしなくてもいいのかなるほどなぁ~。」
「源三郎様、これを回すと中に有る、まぁ~オレ達は羽根って呼んでるんですがね、その羽根が回るんで
すよ。」
職人が手で回すと確かに中に有る羽根が回る、だがよ~く見ると時々こすって止まりそうだ。
「源三郎様、これが駄目なんですよ、当たる所を少し削り一枚一枚を確かめて作るんです。」
「今の私が全てを理解するのは無理ですよ、げんた、いや技師長がこの方法を考えたのでしょうか。」
「勿論で、技師長は身体は子供でも頭で考える事は普通の大人では絶対理解出来ないですよ、だってこの
水車って一体誰が考え付きますか、其れでオレ達も考えたんですよ、技師長の考え方に少しでも近付いて
行こうって、源三郎様、オレ達は次の潜水船を造る時には技師長の手を借りないで造って見せますよ。」
げんたも鍛冶職人達も今の潜水船には満足せず、まだ改良の余地は有ると考えて要る。
「皆さんよ~く分かりました、其の時には宜しくお願いしますね、皆さん手を止め申し訳有りませんで
した私は洞窟に向かいますので。」
鍛冶職人達の意気込みを感じ、源三郎は浜の漁師に洞窟に行って欲しいと頼み二艘の小舟で洞窟へ
向かった。
「のぉ~源三郎、この浜でげんた、いや技師長と言うのは既に子供では無いのぉ~、余は鍛冶職人達
の話を聴いておったが我々よりも遥かに大人の考え方をしておるぞ。」
「はい、正しくその通りだと思います。
技師長はイ零弐号潜水船を造る前に改良部分で相当苦労したと思われます。
今や押しも押されぬ立派な技師長と申しましても過言では無いと私は思います。」
「うん、正しくその様じゃのぉ~、鍛冶職人達の腕前も相当だと思うが、其れ以上に技師長の考え方が
先に行っていると言う事になるのぉ~。」
「はい、私も誠その様に思います。」
「源三郎様、洞窟に入ります。」
「はい、お願いします。」
二艘の小舟はゆっくりと洞窟に入って行く。
「お~い、源三郎様が来られらたぞ~。」
「えっ、あんちゃんが来たのか。」
この時、げんたは正か殿様とご家老様も一緒だとは知らなかった。
「あんちゃん。」
げんたは大きく手を振った。
「あれ~、若しかしてあれはお殿様とご家老様じゃ~。」
二艘の小舟が岸壁に着くと。
「なぁ~んだ、オレはあんちゃんだけかと思ったのに殿様とご家老様までが一緒に来たのか。」
「げんた、いや、技師長、済まぬ、余が源三郎に無理を頼んだじゃ、許せ。」
「ふ~ん、やっぱりねぇ~そうだと思ったぜ。」
洞窟内で掘削工事に入って要る他の者達は全く気付いておらず作業の手を止める者も居ない。
「技師長、イ零弐号潜水船を拝見したいのですが宜しいでしょうか。」
「あ~いいよ。」
洞窟内のかがり火に映し出されたイ零弐号潜水船は源三郎が想像した以上よりも遥かに巨大な潜水船で
有る。
「へぇ~こんなにも大きいのですか。」
鈴木も上田も余りにも大きな潜水船に驚き以上に唖然としている。
「何じゃとこの大きな潜水船が海の中に潜ると申すのか。」
「うんそうだよ。」
久し振りにげんたの鼻が鳴り、其れは正しくげんた自慢の巨大潜水船で有る。
「殿、私はこの様な大きな潜水船とは全く想像もしておりませんでした。」
「のぉ~権三、余も全く想像も出来なかったぞ。」
「技師長、ところで今度の潜水船ですが一番苦労したのは、やはり。」
「うん、元太あんちゃんが言ったんだ、足踏み機を踏み続けるので疲れて途中から動か無くなったって、
あんちゃん、此処の大工さん達は最高の人達だぜ、だから船は造れるんだ、だけどねぇ~問題は何とか
して元太あんちゃんの言う事を解決したかったんだ。」
「私も先程鍛冶職人さん達のからお話しを伺い、其れが一番苦労、いや一番大切だと思いましたよ。」
「あんちゃん、あの人達の腕前も大したもんだぜ、だけど最後の部分だけはオレがやったんだ。」
やはり最後はげんたの出番で、げんたは城下で小間物屋で作って要る時から最後の部分までを客の
注文通りに作り上げており、其れは客の無理を聴く事で次からの注文に繋がり、其れが今回生かされたの
で有る。
「なぁ~あんちゃん、ところで今日は一体何しに来たんだ、オレが当てて見ようか。」
げんたは源三郎が潜水船に乗るつもりで着た事は分かって要る。
「まぁ~ね技師長の思う通りですよ。」
「あんちゃん、少し問題が有って今は潜水船を海に出せないんだ。」
「えっ、問題って其れは何ですか。」
「うん、オレはもうオレって本当に大馬鹿だぜ、一番大事な物を忘れてたんだからなぁ~。」
源三郎も殿様も何が大事な物かも分からずに首を傾げて要る。
「技師長、一体何を忘れたのですか。」
「あんちゃん、重りの砂袋なんだ。」
「あっ、そうか分かりましたよ、でもさすがの技師長でも忘れましたか、其れもまぁ~仕方が有りません
がねぇ~。」
源三郎もげんたも笑って要る。
重りの砂袋が無ければ潜水船は潜る事が出来ないので有る。
「のぉ~源三郎、何じゃその砂袋と言うのは。」
「殿、潜水船は海に潜るのですが乗組員の体重だけでは潜れないので重りとして砂袋が必要なで御座い
まして、 壱号船の時は事前に準備出来たのですが、今回は、う~ん、ですが。」
「あんちゃん、其れでさっきも吉川さんと石川さんにお願いしてたんだ。」
源三郎は直ぐに分かった、何時もならば浜の人達に頼めるが今回の砂袋は大量に必要だと。
「その砂袋をお城の方々にですか。」
「う~ん、でもねぇ~たくさんいるんだ。」
「其れで一体何枚くらいが必要何ですか。」
「う~ん、まぁ~千枚ってとこかな。」
「何じゃと、砂袋が千枚も必要だと申すのか。」
「うんそうなんだ、鈴木のあんちゃんも上田のあんちゃんも知ってると思うんだ、壱号船と今度の船は
大きさも違うんだけどね、この印を見て欲しいんだ。」
げんたが示した印は最初は此処までは沈めると言う目印となる線が記されている。
「えっ、これは。」
「鈴木のあんちゃんも分かったと思うんだ。」
「技師長、分かりましたよ。」
だが殿様もご家老様も全く分からない。
「あんちゃんも分かったと思うんだけど今度の潜水船は大きいから最初に此処まで船を沈めるんだよ。」
「そうか私も分かりましたよ、最初にこの線まで沈めて置くと潜る時には楽だと言う事なのですね。」
「うん、そうなんだ、だけど今度はオレが忘れてたんだ。」
「のぉ~では最初から重りの砂袋を積んでおけば良いでは無いのか。」
「殿様、この船は特別なんだ、今は人間だけが乗るけどねでもあんちゃんの事だから何かを積むと思って
るんだ、オレも殿様の言う事は分かってるんだ、だけど船の中に一体何人が乗ると思うんだ、オレは最低
でも十人の人達が必要だと思うんだぜ。」
「何じゃと、十人も乗せれば、う~ん。」
「うん、そうなんだ、でもね十人って言ったけどオレは乗れないんだ。」
「何故なのじゃ、何故に技師長が乗れぬのじゃ。」
「殿様、オレは子供だぜ、元太あんちゃん達は大人なんだ、潜水船を動かすのは全員が大人なんだ、
オレも本当は乗りたいよ、でもねオレが乗ったら余計な人間になるんだ。」
げんたの身長も体重もまだ大人には達してはいない、其れが一番問題なのだと。
「其れに今は何も積んで無いけど、その内にあれも、これもって積む事になるんだ砂袋だったら入れ替え
が自由自在に出来るんだけど、その一番肝心な砂袋を忘れてたんだ。」
「う~ん、余は技師長の話に全くついて行けぬが、源三郎は理解しておるのか。」
「はい、私も多分乗せては貰えないと思いますがねぇ~。」
源三郎は分かって要るので、げんたを見てニヤリとした。
「では、余も無理だと申すのか。」
「殿、技師長は私の考えを理解し、このイ零弐号潜水船を建造したので御座います。
其れにこれからはこのイ零弐号潜水船で家臣の皆様には訓練に入って頂く様に考えておりますので。」
「あんちゃん、イ零式だよ、イ零式二号潜水船なんだぜ、其れよりもオレはなぁ~全員がお侍だけじゃ
駄目だと思ってるんだ。」
「イ零式弐号潜水船ですか、私の不注意で申し訳ない、其れで今の話しですが他の人達もですか。」
「殿様もご家老様も今だったら乗ってもいいよ、だけど海に入れて潜るとなったら無理なんだ。」
「う~ん、やはり余は無理なのか。」
「あんちゃん、オレはねぇ~この船を誰でも動かせる様になって欲しいんだ。」
「えっ、其れは。」
源三郎は家臣だけを人選し訓練を行なうつもりだが、げんたの考え方は全く違う、誰でも操縦出来る様
にしたいのだと。
「技師長は誰でもと申されさしたが。」
「うん、そうなんだ、オレは最初に浜の漁師さんと銀次さん全員で、次にお侍様全員、そして、最後に、
これが一番大切なんだ、城下の人達にもだけど全員は無理だからなぁ~、う~ん、其れはオレにも分か
らないんだ。」
これは大変な事になった、浜の漁師と洞窟の銀次達が最初で、次に家臣が、だが、げんたは城下の人達
にも操縦出来る様にすると、だが城下の人達ともなれば、其れこそ人選が大変な事になるので有る。
「技師長、城下の人達がじゃ、何故に訓練が必要なのじゃ。」
「殿様、オレはあんちゃんから聴いたんだ、官軍か幕府の軍艦が若しもこの浜を攻撃して来るかも知れい
ないって考えたんだ、其れでオレは誰でも動かす事が出来るんだったらもっと改良して城下の人達全員が
乗れる潜水船を造ろ~って。」
げんたの頭の中には源三郎の言葉が残っており、軍艦は一隻や二隻で来るとは限らない。
若しも、十隻、いやもっと多くの軍艦が来る事も考えられる、その様になれば浜の漁師だけが、いや、
侍だけが操縦出来たとしても百人も出来るとは限らない、今の内に多くの人達が参加し操縦出来る様にと
考えたので有る。
「殿、技師長は五隻、いや十隻の潜水船を造るとなれば、其れだけ多くの人達が操縦出来なければならな
いと考えて要るので御座います。」
げんたも源三郎の話で大規模な戦になると、其れは殿様やご家老様が考えて要るよりも、遥かに先を
考えて要るので有る。
「源三郎、わしも技師長の考えには大賛成だ、お前が以前申していた軍艦は五隻や十隻では無い。
技師長は浜の人達を守りたいのだ、この浜に幕府や官軍の軍艦が着き、大勢の兵士が上陸すれば我が
野洲は簡単に陥落するんだ、技師長はなぁ~其処まで考えて要るんだ。」
「あんちゃん、ご家老様はさすがだ、あんちゃん、オレはなぁ~この浜の人達も城下の人達も全員が助
かって欲しいんだ。」
「よ~し分かった、ではげんたお前の思う通りの潜水船を造ってくれ、其れでさっきの砂袋は私が早急に
手配する、千枚、いや二千枚も其れ以上作ってくれる様に領民の人達にお願いするからな。」
「あんちゃん有難う、オレはこれから石川さんと吉川さんの二人にはオレの頭の中を全部見せるぜ。」
大変な事になったげんたは源三郎が言いたい事を全部話した。
やはりだげんた自身が一番危機感を持って要る事は確かなので有る。
「技師長、では先程の話で私も殿様も其れに家老も海では乗る事は出来ないので有れば今日今からでも
宜しいので中に入らせて貰えないだろうか。」
「うん、其れはいいんだけど、あんちゃん、オレはその前にこの潜水船の外側から知って欲しいんだ。」
何故、技師長、げんたは船体の外観から見る事を進めるのだろうか、げんたにすれば潜水船の外側に
特徴でも有ると言うのだろうか、源三郎はぐるっと外側を見たが壱号船と余り変わった所を見付ける事は
出来なかった。
だが、げんたは外側に取り付けて有る物がこの潜水船の特徴だとでも言いたいのだろうか。
げんたはイ零式弐号潜水船の外側から説明する事になった。
果たして、其れは源三郎の予想を越える内容なのか、其れとも、・・・。