第 33 話。あんちゃん、やったぜ、出来たんだ。
「お~い、来たぞ~。」
「よ~し、分かった。」
銀次達が連れ帰った最後の農民の姿が見えたと隧道内にも伝わり。
「お~い、最後の人達が見えたぞ。」
菊池側では大騒ぎになった。
「良かったよ、良かった、本当だよ良かったなぁ~。」
「炊き出しを始めてくれ~。」
菊池の城内も領民の人達も誰もが大喜びで溢れて要る。
一時、二時と過ぎ、銀次達が菊池側の出口に現れると。
「わぁ~本当に帰って来たよ。」
「本当だ、みんな行くぞ。」
領民も家臣達も一斉に隧道の出口に駆け出して行く。
「えっ、わぁ~。」
一瞬、驚いたのは、やはり農民達で銀次達が言った通りで、正かこんなにも大勢の人達に出迎えられる
とは考えもしなかったので有る。
「銀次さん、オラ、本当に嬉しいですよ。」
元太の目には涙が溢れ、他の漁師達も涙を流している。
「元太さん、全員無事なんですか。」
「うん、オラ達も全員無事ですよ。」
「銀次殿。」
「えっ、正か、お殿様。」
「銀次殿、何も気にするで無い、余は誠嬉しいのじゃ、野洲の皆が其れに村人全員が無事菊池に帰って
着た事に対し余は菊地を代表して礼を申すぞ。」
菊池のお殿様は銀次達に頭を下げた。
「お殿様、オレ達は何もしてませんよ、其れよりもみんなが菊池のご領内に入ったんでしょうか。」
山向こうの農民達は其れこそ大変な驚き様で。
「銀次さん、あのお方は。」
「あ~、あのお方は菊池のお殿様ですよ。」
「えっ。」
村人達が一斉に土下座しようとすると。
「皆の者、その様に土下座をする事は無いぞ、余は何も出来ぬ殿様じゃ、だが皆よ~く決心してくれたの
ぉ~、これからは菊地を初め五か国が皆の住む所じゃ、だが当分の間はのんびりとされよ、食べる事も心
配するで無いぞ。」
高野と鈴木も着いた。
「高野、鈴木殿、良くぞ成し遂げられた、鈴木殿は暫く菊池に滞在されるが良いぞ。」
「殿様、誠に有り難きお言葉、鈴木は改めてお礼を申し上げます。」
鈴木は菊地の殿様に頭を下げた。
「さぁ~みんな、ぜん~ぶ食べてもいいわよ。」
城下からは数百人の女性達が荷車に大きなお鍋を積み持って来た。
「さぁ~みんな食べてよ、だけどまぁ~味は余り考えないでね。」
女性達は村人達に雑炊を配り。
「わぁ~この人が銀次さんって言うの、まぁ~其れにしても何と言う男前なの、私。」
「えっ、本当にですか、オレってそんなに男前かなぁ~。」
「なぁ~銀次、そんなのお政治に決まってるだろう、お前が男前だったらオレ達全員が男前だって言う事
に成るんだぜ。」
「え~、そうかなぁ~オレは。」
「何を言ってるのよ、銀次さんが一番の男前だよ。」
「それ見ろ、やっぱりオレ。」
「まぁ~そんな事はどうでもいいから、食べてよお腹空いてるんでしょうから。」
「そうか、オレ達は何も食べて無かったのか、オレは完全に忘れてたよ。」
今回、一番活躍したのは銀次達で其れは誰もが認めて要る。
銀次達も雑炊のお代わりをしている。
「誰か野洲の源三郎殿に早馬じゃ、全員が無事菊地に到着しましたと、後程、文をお届けしますとな。」
菊池の家臣は馬に乗り飛ばして行った。
「高野、鈴木殿も大変お疲れでしょうから。」
「殿、私は大丈夫で御座います。」
「殿様、私もで御座います。」
殿様は何かを考えて要る様子だ。
「左様か、では今は暫くお休みをして頂き。」
「殿様、何か御考えでは御座いませぬか、私は大丈夫で御座いますので。」
「そうですか、では中に入って頂き少し相談が有るのですが宜しいでしょうか。」
「はい、勿論で御座います。」
「高野も一緒に参れ。」
殿様は高野、鈴木を城内に有る高野の執務室に入った。
「まぁ~お座り下され。」
高野と鈴木は座り。
「鈴木殿、この話は今思い付いたので源三郎殿も知らぬ事なのじゃが、どうだろうか、農村は五か村で我
が連合国も五か国なので各国で一か村を預かると言うのは。」
高野も鈴木も驚く程の話では無かった、二人は菊地に戻るまでに同じ内容の話をしており、その時にな
れば源三郎に伝えてから決めても遅くは無いと判断していた。
「殿、実は私も鈴木殿と同じ事を話し合っておりました。」
「そうか、で、結論としては出たのか。」
「はい、私も鈴木殿も考え方は同じですが、まだ農民さん達には何も伝えておりません。」
「うん、そうか、そうかやはりのぉ~、だが源三郎殿も反対はされまい。」
「はい、勿論、源三郎様の事ですから、其れに何も反対される理由が御座いませぬが、其れよりも農民さ
ん達の意向も聞かねばならないと思っております。」
「高野は如何なのじゃ。」
「私は大賛成で御座います。
菊池の農民さん達も理解して頂けるものと信じておりますので。」
「余もその様に思うのじゃ、で、鈴木殿は。」
「はい、私も何も反対する理由が御座いませぬので殿様と高野様にお任せ致します。
ただその前に各村の名主と数人の農民さんにはお話しをする必要が有ると思うので御座います。」
「うん、誠、その通りじゃ、では明日にでも名主と数人の農民と交えて話を致すとするか。」
「殿、実は銀次さん達が連れて来られました農民の中に名主はおりませぬ。」
「えっ、何じゃと今何と申したのじゃ、名主はおらぬと申すのか、何故なのじゃ。」
「はい、そのお話しですが。」
高野は殿様に事の成り行きを話した。
「其れは誠なのか。」
「はい、其れで名主夫婦は二日目には姿は見えずになり、其れ以後の事は分かりませぬ。」
「そうなのか、其れは困ったのぉ~。」
この様な時に源三郎ならばどの様に解決するだろうかと殿様は考えるが一向に策が浮かばず。
「殿、其の村人を我が菊池が受け入れると言うのは如何なものでしょうか。」
「やはりか高野も余と同じ考えなのか。」
「では殿もで御座いますか、其れならば話しは速い方が良いのでは御座いませぬか、私が明日にでも村人
全員に話を致しますので。」
「よ~し高野に任せたぞ、鈴木殿は其れで宜しいでしょうかな。」
「はい、私も源三郎様ならば野洲で預かると申されると思います。
其れに源三郎様のお考えならばですが、多分間違いは御座いません。」
鈴木は源三郎ならば他に任せず野洲で預かると言うだろう。
「よし高野、余が源三郎殿に文を認めるぞ、源三郎殿の事だ反対はされぬと思うのじゃ。」
「殿様、其れと山向こうに隠しておりました米俵で御座いますが、その内の五百俵を菊池で預かって頂き
たく思っております。」
「えっ、何じゃと五百俵もの米俵を菊池で受け取れと申されるのか。」
「はい、あの二千五百俵は買い付けしたお米とは別のお米で御座いますので。」
源三郎も同じ様にするだろうと鈴木は考えたので有る。
「じゃが、あの米俵は。」
「殿様、二千五百俵のお米は五か村の人達が自分達の為にと隠されたお米なので、源三郎様でも同じ様に
されると思います。」
「殿、私も鈴木様の申される通りだと思います。」
「よ~し分かった、その事も文に認めて置く。」
「殿、其れよりも大きな問題が御座います。」
「何じゃ、大きな問題とは。」
「はい、実は山向こうの土地では大豊作だと思われますが、我が連合国では山賀を除き四カ国が不作続き
で御座います。」
「う~ん正しくこれは一番の問題じゃ、何か良い策は無いのかのぉ~。」
「殿、私も考えて見ましたが、この問題は直ぐには解決出来ないと思います。」
「確かにその通りじゃ、余は何時も考えておるのじゃが、鈴木殿は如何ですかな。」
「はい私も今は良い策が浮かばないので御座いますが、私は野洲に戻り次第源三郎様に相談致したく思っ
て要るので御座います。」
「そうじゃのぉ~、源三郎殿ならば良い策を考えて頂けるやも知れぬからのぉ~。」
「殿、私もその様に思います。」
「では、その方向で参るとするか、高野、明日から各農村の名主に聴いてくれるか。」
鈴木も同じ考えで有る。
一国で一か村ならば何れの国も負担は少ないと考えた。
だが最大の問題は山賀以外の国では米の不作が続き他の作物が有れば良いのだが、今の高野も鈴木も
一体どの様にすれば良いのか分からないので有る。
一方、城内に着いた山向こうの農民達は何故だか落ち着いており、余り緊張した様子も無い。
「皆さん、今夜はお城に泊まって下さいね、何処に寝て頂いても宜しいですからこのお城には大きな部屋
が有りますので野洲の皆様方も今夜はゆるりとして下さい。
但し、お布団が少ないので申し訳有りません。」
菊池の家臣は頭をさげた。
「あの~お侍様、オラ達は何処にでも宜しいんでしょうか。」
「いいえ、その様な訳には参りませんよ、皆さんはこのお城で暫くの間はのんびりとして下さって
宜しいのですからね。」
「オラ達は農民ですのでそんなにのんびりとしたら。」
「皆さん、お食事もお仕事も何も心配される事は有りませんよ、今日は皆さんが大変お疲れだと思います
のでね。」
農民達は余りにも待遇の違いに戸惑っている。
先日まで侍と言えば命令口調で苦労して育てた野菜やお米を略奪し、其れが今は食事も有り仕事も有る
と言う、だが本当に信用して良いのか甘い言葉に載せられて来たと思って要る農民達に菊池の家臣達が真
剣に話せば、話す程、山向こうの農民達は不信感を取り除く事が出来ないので有る。
「なぁ~みんな、少しだけオレ達の話を聴いて欲しいんだ。」
銀次は何を思ったのか突然農民達に話し掛け始めた。
「みんな、オレ達の源三郎様はお侍様よりも農民や漁民、其れと、オレ達の様な領民を一番大切にして下
さるお侍様なんだ、オレが嘘を話して要ると思う人はオレの仲間や漁師の元太さん、其れに菊地のお侍様
に聴いてくれれば分かるんだ、オレ達は源三郎様や菊地、野洲のお侍様から命令されたんじゃないんだ、
其れはなぁ~オレ達みんなは源三郎様が困ってるって知ったんだ、オレは確かに島帰りだよ、だけど源三
郎様のお陰で今のオレ達は誰にも恥じる事はないんだって、だからみんなを助けに行こうって言った時、
オレの仲間も元太さん達も其れに野洲の城下の人達も、オレ達をしてみんなを助けに行くと決めたんだ。
オレもオレの仲間もあんた達を助ける時、幕府の奴らに殺される覚悟で行ったんだ、さっきのお侍様は
なぁ~みんなが疲れているからって、お殿様も大賛成されたんだ、だからみんなお侍様の言われた様に本
当にゆっくりとして欲しいんだ、だけどオレはこれだけは言って置くぜ、みんなを助けたのはオレ達じゃ
無いんだ、其れはなぁ~オレ達の源三郎様がみんなを助けられたんだと思ってな、だから何も考えないで
ゆっくりとしてくれよ、なぁ~頼むからよ~。」
銀次は農民に対し土下座をした。
「銀次様、オラ達は。」
「いいんだ、何も心配するなって、オレ達やみんなの後ろにはなぁ~源三郎様がおられるんだ、だから
全部源三郎様に任せるんだ。」
「なぁ~皆さん、銀次さんやお侍様達はオラ達を命懸けで助けて下さったんだ、お侍様の言う通りお城の
中でゆっくりと休ませて頂きましょうや。」
一番最初の村の名主だ、やはり名主だけの事はある。
「オレ達の仲間が、えっ、あっ、そうかオレはこのお城の中は知らなかったんだ。」
「だから、銀次は大馬鹿なんだ、そんな事は最初から分かってる事なんだぜ。」
銀次も銀次の仲間も大笑いをした。
「お侍様、済みませんでした、オレが馬鹿でした。」
「まぁ~まぁ~銀次さん宜しいんですよ、では我々菊地の者が案内をしますから。」
「あの~お侍様、オラ達みんな汚れてるんですが。」
「はい、勿論承知しておりますよ、でも汚れたところは掃除をすれば元に戻りますからね、さぁ~さぁ~
皆さん一緒に行きましょうかねぇ~。」
農民達は汚れていると其れだけ苦しかったと言う事なのだ、だが、この先一体どの様になるのか不安ば
かりが先に立ち他の事など考える余裕さえ無かったと言うのが本音だろう。
農民達は案内された部屋に入ると、子供達は安心したのか早くも眠りに、その内、大人達も何時しか深
い眠りに入って行く。
その頃、菊地を早馬で飛び出した家臣は。
「私は菊地の。」
「はい、伺っておりますのでそのままどうぞ源三郎様は執務室におられますので。」
野洲の門番は直ぐ分かりそのまま通した。
「源三郎様。」
「貴方は菊地のご家中では。」
「はい、菊地の殿より伝言で御座います。
山向こうの農民達全員と野洲の方々全員が無事菊地に到着されました。」
「其れは誠で御座いますか。」
「はい、私もその場におりましたので間違いは御座いませぬ。」
「あ~其れは良かった、本当に良かった、ふ~。」
源三郎は一息付いた、それ程までにも今回は危険な役目だと言うのか、仕事と言うのか、源三郎は一気
に緊張感が切れたと感じたので有る。
「源三郎様、其れと、後程詳しくは文に認めましてお届けしますと、我が殿が伝えて下さいとの事で御座
います。」
「誠、有り難き事、殿様には大変感謝申し上げますとお伝え下さいませ。」
「はい、確かにでは私はこれにて失礼致します。」
「少しお待ち下さい、誰か馬を変えて下さい。」
だが、其の時には馬の交換は終わっており、家臣は菊地へと戻って行った。
源三郎は何故か急に疲れが一気に来たのか、この数日間と言うものは今までに無い緊張感の連続でその
緊張感も今全員が無事だと聞かされた途端に針の糸が切れた様な脱力感に襲われたので有る。
執務室では同じ様に待機し報告を聴いた家臣達がお城の隅々まで知らせに走って行く。
「源三郎様、よう御座いました、私もこの数日間は眠れぬ日々が続きましたので今のお知らせを聴き、今
はほっと致しております。」
緊張感が続いていたのは何も源三郎だけでは無い、雪乃も同じ様に緊張した日々が続き、今はやはり緊
張感が切れたのか疲れからなのか何も手に付かない様子で有る。
「雪乃殿にも大変なご心配をお掛け致しました。」
源三郎は雪乃がどれ程苦しい数日間を過ごしたかを知って要る。
「いいえ、私は何も出来ませぬゆえ、只々、皆様のご無事を願っておりましたので。」
「源三郎。」
殿様が早速駆け付けた。
「殿。」
「源三郎、誠良かったのぉ~、これで余も一安心じゃ、誠嬉しいぞ。」
「殿にも多大なご心配をお掛け致しましたが、私も一安心で御座います。」
「源三郎、其れで詳細はまだ分らぬのか。」
「はい、後程、菊池の殿様より文が届けられると。」
「そうか、では其れまでは何も分からぬと申すのじゃな。」
「はい、其れも仕方が御座いませぬ、今頃は菊地も大混乱して要ると思われこちらからは何も申せませぬ
ので。」
「うん確かにその通りじゃ、だが良くぞ全員が無事で有ったのぉ~。」
「はい、私は田中様の報告では直ぐにでも戦火に包まれるのではないかと危惧しておりましたので。」
「で、その田中は既に。」
「はい、今回、私は何も申しておりませぬ、田中様は今回一番危険な状態の所へ向かわれたと、私は考え
ております。」
「う~ん、そうか、余は田中の事も心配なのじゃ。」
「はい、勿論、私もで御座いますが、私は田中様が集めて来られました内容をよ~く精査し、その後にで
も策を考えたく思っております。」
「今は全て田中頼みじゃと申すのか。」
「はい、ですが、これも仕方が御座いませぬ。」
源三郎も田中がどれ程の情報を収集し戻って来るのか、全ては田中次第だと考えて要る。
そして、日が変わり、菊地では朝餉の準備に賄い処は大戦争の最中で有る。
朝食と言っても農民全員が食べるだけの具材は無い、だが山向こうの農民達にとっては生まれて初めて
食べる物が有った、其れは白いご飯で食事で食べる物と言えば麦や粟に稗で有り白米などは食べる事など
は出来ないので有る。
連合国でも少し前までは同じだったが、源三郎達の努力により農民達も日常的に白いご飯が頂ける様に
なったので有る。
昨日着いた農民達は朝が早い、だが今朝は何時もより少しだけ寝坊が出来た。
「さぁ~皆さん朝食ですが、誠に申し訳ありませんが皆さん全員が食べられるだけの具材が無くご飯とお
漬物とお吸い物ですが許して下さいね。」
「お侍様、オラ達はそんな事まで気にしていませんよ、だってオラ達は。」
「いいえ、以前とは違いますよ、我々も出来るだけの具材を探しますので今朝は辛抱して下さいね。」
「わぁ~、母ちゃんも父ちゃんもこのご飯白いよ。」
「え~わぁ~本当だ、あんたオラも初めて白いご飯を見たよ。」
「なぁ~父ちゃん、これ何かの間違いじゃないのか、オラはまだ眠ってるのかなぁ~。」
「うんオラもだ、寝ぼけてるのかなぁ~、でもこれは本当に白いご飯だよ。」
「お侍様、このご飯ですが何かの間違いじゃないんですか。」
「いいえ何も間違ってはおりませんよ、それはねぇ~皆さんが育てられたお米ですからねぇ~、本当に
美味しいですよ。」
「だってオラ達は農民なんですよ、農民がこんな白いご飯を食べたら其れこそ撥が当たりますよ。」
「その撥ならば我々が受けますからね、さぁ~さぁ~皆さん食べて、食べて下さいよ、お腹が破裂するま
でね。」
「お侍様、オラはそんなに食べれないよ、だってお腹が破裂したら、もうご飯が食べれない様になるんだ
からなぁ~。」
子供は正直だ、だがまだ本当に食べれないと子供達も思って要る。
「本当に食べてもいいんですか。」
「はい、勿論ですよ、私は大嘘は言いませんからね。」
「あのお侍様って面白いねぇ~、なぁ~父ちゃん大嘘は言いませんって。」
「じゃ~小さな嘘だったらいいのかなぁ~。」
「父ちゃんは何時もオラに言ってるじゃないか、嘘は駄目だって。」
「そうだよ嘘は大きくても小さくても駄目なんだ、其れよりもさぁ~みんな食べようか。」
「わぁ~本当に美味しいよ。」
「そんな事は当たり前だ、父ちゃん達が作ってるんだからなぁ~。」
この様な親子の会話が城内至る所でされて要る。
農民達はそれ程までに冷遇されていた、だが、これからの生活の場所となる連合国では全く違う。
農民や漁民は手厚く保護され、勿論、城下に住む庶民も同じで、其れは今までの幕府が行なってきた政
とは違う。
其れよりも今戦争を行なっている官軍と言う新しい組織はと言うと全く実態が分からず、果たして農民
や漁民の見方なのか、それとも新しい貴族と言う名で今までと同じなのか、いや其れよりも違う政を行
なう組織なのか、新しい組織の実態が確認されるまでは連合国は秘密裏に事を進め生きて行かねばならな
いので有る。
源三郎の肩には、次々と問題が降り掛かる。
「源三郎、先程から考えておったのじゃがのぉ~、その山向こうの農民達の事じゃが一体どの様に考えて
おるのじゃ、余はのぉ~我々野洲もこの数年間と言うものは不作続きで新たに農民が入って来ても不作の
続く土地で一体何を作ればよいのかわからぬのじゃ。」
源三郎も考えては要る、だが正か多くの農民を受け入れなければならないとは全くの予想外で全ての農
民を野洲にだけ受け入れる事などは到底無理と言うもので有る。
「はい、私も数日前まではこの様な事態になるとは全く考えておりませんでしたので、今は全てが白紙の
状態なので御座います。」
「源三郎、その村と言うのは一体何か村有ると申すのじゃ。」
「私も詳しくは分からないのですが、確か五か村だと聞いておりましたが。」
「う~ん、五か村の農民かこれは誠難しいのぉ~。」
「源三郎様、今五か村と申されましたが。」
「はい、私もその様に聴いておりますが、何か。」
雪乃も考えていたが。
「源三郎様、其れならば一層の事各国で一か村を受け入れると言うのは如何で御座いましょうか。」
「一つの国に一つの村ですか。」
「はい、同じ村に住む人達ならば気持ちも少しは楽になるのでは御座いませんでしょうか。」
「そうですねぇ~、確かに同じ村の人達だけならば気心も知れているでしょうからねぇ~。」
「一つの国で一つの村人を受け入れる事にすれば他の上田や松川も理解してくれると思うぞ。」
「はい、では私もその方向で調整致します。」
「うん、じゃが問題は何を作ればよいかじゃのぉ~。」
「源三郎様、私達は農民と言えばお米ばかりだと思っておりましたが、野菜も必要では御座いませんで
しょうか。」
「そうですねぇ~、私も他に何が作れるのか聴いて見ます。
其れに我々も今後は食生活を考える時が来たのではないでしょうか。」
「うん、余もその様に思うぞ、農民がどの様な物を食しておるのか全く分からぬが、これから先はお米が
不足するやも知れぬからのぉ~。」
源三郎は野洲の農民に聴く事を考えて要るが、農家は何もお米だけを作っているのではない。
誰にも野菜は必要だ、源三郎は野洲でどの様な野菜が収穫されて要るのか、其れに土地の改良も必要で
改良出来れば多くの野菜も収穫出来るのではないか。
「殿、私も早急に野洲の農民さん達に聴き、其れから次の対策を考えて参ります。」
一方、菊地では高野が中心となって各村の名主と数人の農民が参加し、話し合いが行なわれて要る。
「各村の名主殿、農民さん達に大切な話が有るのです。
ですが何も心配される様な事では有りませんので。」
「あの~お侍様。」
「はい、如何されましたか。」
「はい、オラの村の名主ですが。」
「其れならば、私も知っておりますので心配される事は有りませんよ、私が後で皆さんに説明致しますの
でね、其れで宜しいでしょうか。」
「はい、じゃ~お願いします。」
この農民の村は銀次達が行った五番目の村で名主は不正を働き、今まで農民に内緒で蓄財しており、そ
の蓄財が村人に知られ途中までは付いて来たが何時の間にか姿が見えず、その後は行方不明となった。
「では、皆さんにお話しをしますので。」
高野は一国に一か村が入植すると言う方法を説明した。
其れは源三郎が考えた方法と同じで、最初の菊池から受け入れる村がどの村になるのか、其れを名主と
数人の農民を交えて話し合って欲しいと言うもので有る。
だが名主の居ない村の農民は誰にも相談出来ないだろうと高野は考えていた。
「皆さんにはお知らせしますが、我々連合国と言うのは五つの国が一つに纏まった国なのです。
でもどの国でも今まで幕府が行なっていた様な事は有りません。
特に農民さんや漁師さん達が冷遇される事は全く有りませんのでね心配される様な事は有りません。
今は皆さんがどの様に思われて要るのか分かりませんが、我々の方法は全く新しい考え方なのでして
ね、皆さんがその方法に慣れて頂けるまでは暫くの間は混乱もされると思いますが。」
「お侍様、オラ達はどの国に行けばよいのか分からないんです。」
「確かにその通りですねぇ~、では、簡単に決めては如何でしょうかねぇ~、五つの村ですからこの菊池
には最後の村を、そして次の野洲の国には四番目の村がと言う様な方法も有りますからねぇ~。」
「お侍様、オラ達は今までの様にお米や野菜を作る事は出来るんですか。」
「あっそうか、その問題が有りましたねぇ~。」
高野はすっかり忘れていた、菊地もこの数年間と言うものは不作が続いて要る。
其れでもお米の不足は無い山賀では大豊作が続きそのお米を他の国へ供給している。
だが其れは今までの話で有り、新たに千五百人の農民が移住と言う事なのか移り住む事になった。
「皆さん聴いて下さいね、我が菊池もですが、野洲、上田、松川、この四カ国はこの数年間と言うものは
不作が続いております。」
「えっ、其れは本当なんですか。」
「はい、勿論ですよ、間違いは有りませんので。」
「でも、白いご飯が。」
「はい、其れは山賀と言う国だけが何故か大豊作でしてね、其れとは別に昨年も今年も皆さんから大量の
お米を買わせて頂き、そのお米を各国に分配しているのです。」
「でもそのお米は何時までも続かないですよ。」
「私達も何とか良い方法が無いか考えて要るのですが、未だに良い解決方法が見当たらないのです。」
「お侍様、失礼な事を申しますが怒らないで下さい。」
「いいえ、私は別に其れよりも良い方法が有れば教えて頂きたいのです。」
「ではお聞きしますがこの土地に雪は降るのでしょうか。」
「はい、例年、確実に大量の雪が降りますが。」
この名主はどうやら土地に植え付ける種籾に問題が有ると考えたのだろう、だが、何故その様な事が分
かると言うのだ。
「お侍様、オラ達の村でも例年大雪に悩まされていました。」
「えっ、でも大量の収穫が有ったと思うのですが。」
「はい、其れはオラ達の先祖が苦労し土地を掘り起こし、種籾も寒い国から買ったんです。」
「では菊地もですが、山賀以外の国の土地が今までの種籾とは合っていないと申されるのでしょうか。」
「はい、オラはそう思いますが。」
「では、一体どの様にすれば宜しいでしょうか。」
「う~ん、其れには土を改良する事に成るんですが、今からでも遅くは無いと思いますので、其れより
も、なぁ~みんな、オラ達はこちらの人達のお陰で助けられたと思うんだ、其れでみんなに相談なんだけ
ど、オラ達の手で何とかお米の収穫が多くなる様にしたいんだけどなぁ~。」
「うん、其れがいいよオラは大賛成だ、だってあのままだったら幕府の奴らが来て全部奪って行くんだ、
でもこちらの人達は買って下さってたんだからなぁ~。」
「その通りだ、オラは此処の村の人達が悪とは思わないんだ、其れよりもみんなで協力したいんだ。」
「私は名主さん達に感謝します。」
「お侍様、オラ達はどのお国に行ってもいいんですよ。」
「其れならば、私も大助かりですよ。」
「じゃ~みんな、さっきお侍様が言われた様に順番に行こうか。」
「うん、其れでいいよ、其れにオラ達の種籾が役に立って、少しでも多くお米が取れるんだったら其れで
いいんだからなぁ~。」
「皆さん、本当に有難う御座います。」
高野が予想した事とは全く違う方向へと向かい、名主の全員と話し合いに参加した十数人の農民も菊池
から松川までに入り、土壌の改良と自分達が収穫した種籾で多く収穫すると言う。
其れが成功すれば、菊地も野洲もお米の収穫が増える、その様になれば各国の食生活も安定すると言う
もので有る。
名主の居ない村人達も安心している、その村人達は菊池の入る事になりそうで有る。
「オラ達は菊地に入りたいんですが、一応みんなに話しますので。」
「では私も参りますので、其れと皆さんの家ですが、なんせ急な事でしたのでしてね、家が出来ておりま
せん。
ですが各国の司令官は理解してくれますのでね、其れと新しく家が建てられるまでは少しの辛抱をお願
いします。」
「お侍様、オラ達の事なら心配は要りませんよ、だって農民ですからねぇ~。」
農民達は頷き笑って要る。
「では、何時、此処を出発されますか。」
「お侍様、オラ達は何時でもいいんですよ、でもあの人達は大変だったと思います。」
野洲から駆け付けた千五百人の男達と買い付けに行った男達がおり、彼らにも聴かなければ。
「では私があの人達に聴きますが、皆さんは明日の朝出発すると言う事になっても宜しいのですか。」
「お侍様、オラ達は何時でも行けますので。」
山向こうの農民達とは話が終わり、残すは買い付けに行った者達と千五百人の者達にも聴かなければな
らないので有る。
其処へ、銀次に元太、中川屋に城下の領民数人が来た。
「おや、あの人達は。」
「高野様、銀次さんに元太さん、中川屋さんの番頭さんもおられますよ。」
「皆さん、丁度良かったですよ、今からお話しに伺うところでしたので。」
「高野様、鈴木様、実はオレ達もさっきから話し合ってたんですよ。」
「銀次さん、どの様なお話しですか。」
「はい、オレ達はもう何時でも行けると思ってまして、でも後は山向こうの人達に。」
「銀次さん、其れならば全て解決しましたよ。」
「えっ、本当ですか、で、どうなったんですか。」
「まぁ~其れがねぇ~、私が各村の名主さんに話をしましたら、皆さんも気持ち良く受けて頂きまして、
まぁ~其れよりもあの農民さん達ですが菊地から松川までの農民さん達と協力し土壌の改良を行うと
言われましてね。」
「えっ、その土壌の改良って、オレは意味が分からないんですが。」
「其れは、お互いが農民なので収穫が少ないと自分達の生活が困ると言う事なのです。」
「それだったら、オレも多い方がいいと思いますが。」
「実は山向こうの農民さん達も最初の頃は大変苦労されたと、其れで先祖が土の改良をされ、寒い所の種
籾を仕入れ、其れが成功したと言われましてね、其れで我が藩でも同じ方法で改良と種籾を別の物に変え
育てる様にとなりましてね、其れであの人達の種籾を分けて頂ける事になったのです。」
「銀次さん、私も実は寒い所のお米を買い付けたのですが、その種籾を今回買い付けましたので野洲でも
成功すると思うのです。」
中川屋の番頭も大量の買い付けは今回が最後だと思っていた。
「番頭さん、オラもお米の事は知らないんですが、オラ達の村と言うよりも野洲は他の国よりも寒いんで
すか。」
「はい、元太さんもあの高い山に雪が積もるのは知って要るでしょう、其れに野洲のご城下にも沢山の雪
が積もります。
其れはあの高い山が有るからだと思っています。
だからと言って山を動かす事は不可能でして、其れで私は前に行った農村で聞いてんだすよ、其れが山
向こうの村だったと言う事なんです。」
「えっ、じゃ~前も同じ村に行かれたんですか。」
「はい、其れで名主さん達に聴いたんですが、あの人達も最初の頃は同じ様に苦しかったと、でも苦労が
実って今では毎年豊作になったそうですよねぇ~、名主さん。」
「はい、そうなんです、其れよりもオラ達は山の向こう側にお城が有るって知らなかったんです。
中川屋さんからは何も聞いて無かったんですよ、其れでオラ達は驚いたんです。」
「あ~、其れであの時にですか、でもこれで信用してくれましたか。」
「はい、オラも正直いって村を捨てる事は出来ないんです。
でもみなさんが幕府と官軍が大きな戦を始めるから早く村を捨てて下さいって、でもこのお城に着て初
めて分かったんです、皆さんがオラ達の命を助けて下さったんです。
で、オラ達はその恩返しにって思っただけなんですよ。」
「名主殿、我々は誰も恩を売ったとは考えてはいないのですよ、我々の源三郎様はねぇ~、其れはもう~
大変命を大切にされるお方ですので。」
「じゃ~お侍様、その源三郎様のおられるお城は何処にあるんですか。」
「直ぐ隣ですよ。」
「えっ、隣って此処からそんなに近い所におられるんですか。」
「はい、でもねぇ~源三郎様はお城のおられるとは限りませんよ、源三郎様が何時何処におられるのかは
誰も知らないのですから、そうでしたよねぇ~、銀次さん。」
「だったら、オラ達が行っても会えないんですか。」
「まぁ~其れは分かりませんよ、でも皆さんが野洲に着かれる時には必ずおられますからね、何も心配
される事は有りませんよ。」
「お侍様、オラの村が隣の国に行くんですが、其の時にはおられるんですか。」
「はい、其れは間違いは有りませんよ、ですが其れから先の事は誰も分かりませんので。」
「お侍様、其れは何故なんですか、お城でお仕事をされてるんでしょう。」
「まぁ~其れはねぇ~普通の我々と同じ侍ならば、何時も必ずお城で仕事をされて要ると思いますがね、
でも、源三郎様の事ですらねぇ~分かりませんよ、其れに源三郎様だけは別格なのです。」
「えっその別格って、オラは意味が分からないんですが。」
「源三郎様と言うお方は、我ら連合国の最高司令官でしてね、我々は何時も総司令とお呼びして要る
のです。」
「でもお侍様、お殿様が一番偉いお人じゃ~無かったんですか。」
「まぁ~この話は日を改めてしませんか、其れでは明日の明け六つで如何でしょうか。」
「オラ達は其れで十分です。」
「高野様、オレ達も其れでいいので。」
「そうですか、では明日の明け六つに出発しますので、皆さん宜しくお願いします。」
さぁ~菊地を出発する時刻は決まった。
高野はその足で賄い処に向かい、其れとは別に城下にも数人が走った。
明日の明け六つとなれば、朝とお昼のおむすびを手配する為で総勢三千五百人分のおむすびを作らなら
ければならない。
高野は賄い処で話を終えると執務室へと向かった。
先程の話を源三郎に伝えなければならず、高野の文は半時程で書き上がり、家臣が源三郎に届けるべく
馬を飛ばした。
「殿。」
「高野か、如何であった。」
「はい、其れが私の予想が外れまして、山向こうの農民さん達が菊池から松川までの土壌を改良し、更に
種籾も寒い地方で使われている別の物を使用すると申されまして。」
「そうか、其れは良かったのぉ~、で、我が菊池に残る農民達は。」
「はい、実はその村の名主は行方不明でして。」
「うん、で、どの様になったのじゃ、正か菊地に残ると。」
「はい、その通りで御座います。
ただ名主がいないだけで農民さん達は喜んでおられました。」
「何じゃと、名主のいない方が良かったと申すのか。」
「はい、私も知っておりまして、名主は長い間農民を騙し蓄財をしており、其れが先日発覚し、その時か
ら名主は農民さん達の信頼を失い我々の後ろから来ておりましたが、私が気付いた時には行方知れずとな
りましたが農民さん達も全く探す気持ちも有りませんでした。」
「まぁ~其れも仕方が無いのぉ~、自業自得と言うものじゃ。」
「はい、私もその様に理解しております。」
「其れでじゃ、何時、出立致すのじゃ。」
「はい、明日の明け六つと決まりました。」
「明日の明け六つにか、では朝と昼のおむすびは。」
「はい、先程、賄い処にはお願いをして参りました。
其れとは別に城下の人達にもお手伝いをお願いしております。」
「そうか、其れと源三郎殿には文を。」
「はい、其れも先程早馬で行かせましたので一時程で総司令には届くと思います。」
「そうか、では後の事は源三郎殿に任せるのじゃな。」
「はい、全てお任せ致しますと記しておりますので。」
一方、源三郎は文を待って要る、
菊池の様子が全く分からず、だが今のところ早馬が飛び込んで来る様子も無い。
「源三郎様、お茶で御座います。」
「有難う、雪乃殿。」
「やはり、まだで御座いすか。」
「はい、私も早馬が飛び込んで来るのを待っておりまして。」
「殿様もご家老様も何時もと違いお部屋の中を歩き回っておられます。」
同じ待つのでも今までとは違い、直ぐ隣の国なのに何か有ったのだろうか、いや何か有れば直ぐ分か
る、今回だけは待つ身の辛さがよ~く分かる源三郎だ、一時が経ち。
「う~ん、・・・。」
さすがの源三郎も少し落ち着きを無くなって来たのだろうか。
「お~い、あれは。」
「うん、菊地からの早馬だ、間違いは無い。」
だが、まだ遠くだと言うのに野洲の門番もいらいらとし待つのだろうか、菊地の方ばかり見て要る。
「私は。」
「どうぞ、お待ちで御座います。」
と、言った時菊地の家臣を乗せた馬はそのまま源三郎の待つ執務室へと飛んで行った。
「源三郎様、菊地の高野様よりの文で御座います。」
菊池の家臣は馬から落ちる様に降りた。
「其れは大変ご苦労様でした、雪乃殿、お茶を。」
「はい、直ぐに。」
野洲の城内に残った家臣達は騒然とした。
勿論、殿様もご家老様も菊地から文が届いたと聞き、二人は大急ぎで源三郎の執務室へ向かった。
源三郎は高野よりの長文を読んでいる。
「うん、うん、そうですか、では明日の明け六つには菊池を発つと、すると。」
独り言を言っている。
「源三郎。」
「殿、只今、菊地の高野様より長文が届きました。
「うん、其れで何と。」
「はい、総勢、三千五百人が明日の明け六つに菊池を出立しますと。」
「うん、そうか、そうか、で、他には何を。」
「殿、其れが、私とお話しをしておりました、一国一村になると。」
「やはり、高野殿も源三郎の考えを知っておったと見るが、如何じゃ。」
「はい、高野様も私で有ればと考えられたのだと思いますが。」
「そうじゃのぉ~、では源三郎の考えた通りになったのではないのか。」
「はい、その様で、其れとですが山向こうの農民さん達が二千五百俵もの米俵を洞窟に隠していたと、其
れを今回各国に五百俵づつ降ろすと、ですが、このお米はあくまでもその農民さん達の蓄えですので我々
が手を出す事は無い様にと。」
「何じゃと、二千五百俵も隠しておったと申すのか。」
「はい、其れは幕府に見付からない様にと。」
「其れも山向こうの農民が考えた策なのか。」
「私もあの人達の知恵には感心しました。」
「確かにその通りじゃ、だが良くも今まで見付からなかったのぉ~。」
「私はその様に隠す事の出来る所が有った事も偶然では無いと思います。
先祖が数年間も掛かって洞窟を掘られたのでは無いかと考えます。」
「では、野洲の海岸と同じでは無いのか。」
「はい、我々には海岸の洞窟が有るだけでも幸いだと思えるのです。
「確かに源三郎の申す通じゃのぉ~、其れで明日出立すると申すのか。」
「はい、明け六つに出立しますとのことで、順調に行けば夕刻には到着致します。」
明日の夕刻に到着すると、では早急に受け入れ準備に入らなければならないが既に源三郎の頭の中は回
転を始めている。
「何人か来て下さい。」
執務室の中が慌ただしくなり始めた。
「源三郎、余は出るぞ、邪魔になるでのぉ~。」
殿様もよ~く分かって要る。
源三郎は農村、漁村、城下の中川屋など、そして、隣国の上田にも伝令を出した。
「源三郎様、お城の賄い処だけでは其れだけ大勢の食事を作るのは無理で御座います。」
雪乃は源三郎の考え方は分かって要る。
だが、お城の賄い処だけで準備するには余りにも人数が少ない、では一体どの様な方法が有ると言う。
一方、漁村に向かった家臣は。
「網元さんは。」
「はい、おられますよ、どうぞ。」
家臣は喜びの顔で。
「網元さん、元太さん達が明日の夕刻には戻って来られますよ。」
「えっ、其れは本当で御座いますか。」
「はい、勿論、本当ですよ、先程菊池の高野様から源三郎様に文が届けられ明日の明け六つに菊池を出
立しますと。」
「では、元太達が無事に戻って来られるのですか。」
「はい、全員が無事だと。」
「そうですか、其れは良かったですねぇ~、あれから何も連絡が無かったので村の人達は心配しておりま
したので、お~い、誰か。」
だがもうその時には漁師が村中を走り回って要る。
「お~い、明日の夕刻にお城に帰って来るぞ~。」
「えっ、本当なの、で、父ちゃんは。」
「うん、みんな無事だって。」
「良かった、良かったわよねぇ~。」
村の女性達は表で大騒ぎを始めた。
漁師の女達は夫が漁に出ても心配で無事浜に帰って来るまでは生きた心地では無い。
だが、今回は漁に出たのでは無く、全く知らない土地へ、そして、人助けに行ったので有る。
近くでは戦も行われていると言う、女達は表向きは気持ち良く送り出したが心の中では行かせるべきで
は無かったと、其れは毎日が後悔の連続で今日か明日かと、其れ程にも毎日が生きた心地では無かったの
で有る。
其れが全員が無事で帰って来るとの知らせが入り浜の女達が大騒ぎするのも無理は無い。
勿論、浜の子供達も父親はおらず子供達だけで漁に行き、父親がいない寂しさを漁に出る事で少しでも
気持ちを紛らわせて要るのだろう。
「お~い、母ちゃん。」
と、子供達が手を振って浜に帰って着た。
「母ちゃん、大変だ。」
「どうしたんだ。」
お互いが大声を出しており、何を言って要るのかも分からないので有る。
「母ちゃん、其れがなぁ~、まぁ~見てくれよ、舟いっぱいに魚が獲れたんだ。」
小舟が浜に着くと小舟の中には小魚が満杯近く、小舟は何時転覆するかも知れない。
子供達だけで舟を浜に上げる事も出来ず、浜の女達全員が手伝い浜に引き上げた。
「ねぇ~、一体どうしたって言うの、こんなにも。」
「オラも分からないんだ。」
そう言えば長い間本格的な漁には出来ず其れが原因なのか入り江の中に魚が集まって来たのだろう。
「そうだ、明日の夕方に父ちゃん達がお城に帰って来るんだ。」
「えっ、母ちゃん本当か。」
「母ちゃんは嘘は言わないよ、だって今お侍様が網元さんに知らせに来てるんだから。」
「わぁ~い父ちゃんが帰って来るんだ。」
浜の子供達も大騒ぎを始め、浜の子供達も長い間寂しい思いをしていたので有る。
「お侍様、其れで一体何人くらいになって帰って来るのですか。」
「其れが全員で三千五百人くらいだと。」
「えっ三千五百人もですか、じゃ~晩御飯は。」
「私も詳しく分かりませんが、お城の賄い処だけではとても無理なので何か良い方法は無いかと源三郎様
も考えておられるのですが。」
「お侍様、今からオラがお城に行き、源三郎様にお聞きしても宜しいでしょうか。」
「其れは有難いですよ、是非お願いします。」
「では、直ぐ参りますので。」
網元は直ぐ源三郎が待つお城へと向かった。
実は同じ様な話が農村でも有り、名主が城へと向かい其れは城下でも同じで、特に中川屋、伊勢屋など
数十人が急ぎお城へと向かった。
浜からも農村からも、更に城下からも大勢が城へと向かう者達の気持ちは同じで、全員が無事に戻って
来るのだとその受け入れ準備にと心は既に決まって要る。
最初に来たのは中川屋達で。
「源三郎様。」
「これは、これは、中川屋さんに伊勢屋さん、其れに皆さんも有難う御座います。」
「源三郎様、先程お聞きしましたが全員が無事で帰って来られると。」
「はい、私も大変嬉しく思っておりますし、其れでお話しと言うのは。」
「はい、夕刻にはお城に到着するとなれば、夕食の事ですがお城で全員分を準備されるのでしょうか。」
「はい、一応はその様に考えておりますが。」
「源三郎様、私達にも何かお手伝いをさせて頂きたいのですが。」
城下の人達もお城の人達だけでは無理では無いかと考えて要る。
「ですが、お聞きしましたところ三千五百人ですので、失礼とは思いますがお城の方々だけではとても無
理では御座いませんでしょうか。」
「農民さん達だけでも千五百人で残りの人達は農村、漁村と其れに城下の人達もおられますので。」
源三郎は三千五百人の賄いをお城で一手に引き受けるだけの人員はいない、その為に城下の人達の助け
が必要になると考えて要る。
「実は明日の朝にでも皆さん方にお願いに参るつもりでおりまして。」
「源三郎様、今度はご城下からも大勢が行っております。
我々が明日の朝からでも準備に入ろうかと、さっきも話し合っておりましたので。」
「伊勢屋さん、其れは大助かりです。
特に農民さん達は大変だったと思っておりますので、皆さん方のご協力が有れば私としましても大助か
りです。」
「源三郎様。」
浜の網元も飛び込んで来た。
「これは、網元さんに名主さんも。」
「はい、オラもさっきお話しを聞き、其れで飛んで来たんです。
浜のかみさん達も子供達も其れはもう大喜びで、あっ、そうだ、忘れるところでした。
明日の夕食なんですが。」
「網元さん、今そのお話しをしておりましたところなんですよ。」
「えっ、そうだったんですか、あっ、そうだ、実は浜の子供達が大量の小魚が獲れたって。」
「大量の小魚ですか。」
「はい、其れがまぁ~十数艘の小舟にいっぱいで。」
「小舟にいっぱいですか。」
「源三郎様、オラ達は今洞窟の人達にも、其れも小魚が獲れた時には浜の全員で雑炊を作るんですよ。」
「ほ~雑炊をですか。」
「源三郎様、雑炊だったら中に何でも入れて作れますよ。」
伊勢屋も雑炊ならば手間を掛ける必要も無いと思ったのだろう。
「じゃ~網元さん、明日の朝にでも持って来て頂けますか。」
「はい、其れはもう喜んでお届けさせて頂きます。。」
「源三郎様、オラの村で漬け物を大量に仕込んでおりますので、じゃ~其れも持って来ます。」
「源三郎様、お米は私の方で。」
中川屋もお米を出すと。
「源三郎様、お手伝いですが。」
「はい、其れが。」
「そうだこの最ですよ、ご城下の全員分を作って浜の人達も農村の人達も全員食べれる様に致しません
か、其れならばお母さん達も其れに子供達が一番喜ぶと思うんですが。」
まぁ~何と言う話しだ城下の領民全員がお城に押し寄せる事になるので有る。
「源三郎様、オラも大賛成ですよ、子供達の為にもお願いします。」
「分かりました、ですが一体何人くらいになるのでしょうかねぇ~。」
源三郎も人数までは分からないが内心ではほっとして要る。
「まぁ~宜しいじゃないですか、源三郎様、久し振りに大宴会になりますよ。」
執務室に居る家臣達も何かを期待して要る様子で、誰もが自然と顔が綻びニコニコとし始めた。
だがこれは大変な事になった、確かに一番喜ぶのは子供達に間違いは無い、其れよりも一番驚くのは
山向こうの農民達だろう。
「源三郎様、私達が全て手配致しますので少し休まれては如何で御座いましょうか。」
伊勢屋は源三郎の顔を見て疲れが取れてないと感じたのだろう。
「ですが、私にも責任が有りますので。」
「源三郎様のお陰で今ご城下の誰もが安心した暮らしをさせて頂いております。
其れは城下の誰もが知っておりますよ、私達は源三郎様のお元気なお姿を拝見するだけで帰って着た人
達も安心するのでは無いでしょうか。」
今の中川屋も伊勢屋も以前の様に険しい表情では無い。
中川屋の言う様に其れは源三郎に命を助けて貰ったのだと言う気持ちなのだ。
「皆さん、有難う御座います。
では全てをお任せ致しますので、何卒宜しくお願い致します。」
源三郎は改めて深々と頭を下げた。
「では、皆さん、この場をお借りしまして打ち合わせをしたいのですが。」
中川屋が音頭を取り、明日、全員が帰って来るのと夕食の準備の話し合いを始めた。
源三郎は何も言わずに、只、じ~っと聴いて要る。
話し合いは一時程で終わり。
「源三郎様、私達は帰りまして、明日の朝から準備に入りますので。」
「そうですか、では宜しくお願いします。」
中川屋を始め全員が執務室を出た。
「源三郎様、何と素晴らしい人達なのでしょうか、私はこの様になるとは夢にも思っておりませんでした
ので驚いて要るので御座います。」
だが源三郎は予想した通りに行った。
漁師も農民も、其れに城下からも大勢が今回の救出作戦に加わって要る。
買い付けに行った者達を合わせると二千人近くの領民が自らの意思で参加したので有る。
「雪乃殿、何故だかお分かりになりますか。」
雪乃は家臣達も含め、大勢の領民が行ったので分かってはいた。
「はい、一応は分かって要るつもりなのですが、では、源三郎様はこの様になると予想されておられたの
でしょうか。」
「はい、雪乃殿は驚かれたでしょうが、これが今の野洲の姿でしてね、野洲では漁民も農民も関係が無い
のです。
其れは、誰が命令を出すとか、誰が結論を出すのでは無く、領民の人達が命令とは一切関係無く、自ら
の意思で決められ、私は皆さんの意思を大歓迎し後押しをするだけの事ですから。」
野洲も以前の殿様の時代までは全ての決定は殿様が行ない、上意下達、其れが普通で有る。
今の殿様も途中までは上意下達で、だが何時の頃から少しづつ変わり、源三郎が殿様の命により藩の大
改革に乗り出した頃から今の様に領民も積極的になり、今では命令では無く、殆どがお願いをすると、
その為に家臣が積極的に領民の生活改善を行なった結果、今では城中の家臣も奉行所の役人も領民の信頼
を得る様になったので有る。
「雪乃殿、実は明日山向こうの農民さん達も一緒なのですが、その中で一か村の農民さん達を受け入れが
決まり、その人達の家を建てなければならないのです。」
「はい、私も勿論承知致しております。」
「ですが、家が建つまではこのお城での生活になると思うのです。」
「源三郎様、其れは仕方の無い事で御座います。」
「ですが、一体何人の農民さん達がおられるのかも分からないのです。」
雪乃はそれ程心配はしていない、受け入れるならば全員の食事と眠る所を確保するだけだ。
「菊池も一か村受け入れており、野洲もその人達の食事と眠る場所が必要になるのです。」
「では、私は食事と眠られる所を確保致せば宜しいでしょうか。」
「其の通りなのですが、このお城には大きな広間が五ケ所程有りますので、その大広間を当分の間生活の
場所としたいのです。」
「では大広間に入って頂ければ宜しいでしいのですね、只、農民さん達には辛抱して頂く様にお話しは
源三郎様がなされるので御座いましょうか。」
「勿論、其れは私が致しますので、雪乃殿には申し訳無いと思っておりますが、加世殿とすず殿と他に数
人の腰元にも農民さん達の話し相手になって頂ければと思って要るのですが。」
「其れでは私も参りますので宜しいでしょうか。」
「申し訳有りませんが、宜しくお願いします。」
雪乃に不安は無かった、加世とすずが要れば大丈夫だと、其れも家が出来るまでの間で有る。
その頃、浜に戻った、網元は漁師の妻達に話をしていた。
「みんな、明日の夕方には父ちゃん達がお城に帰って来るんですが。」
「わぁ~やっと帰って来るんだ、内の人大丈夫だったのかなぁ~。」
「あんたの父ちゃんなら殺しても死ぬ様な男じゃないよ。」
「うん、まぁ~ねぇ~其れは言えるねぇ~、だって長い間ご無沙汰だからねぇ~。」
「あらまぁ~、これは大変だこと。」
妻達は大笑いするが。
「みんな聴いてくれ、其れで明日なんだが、子供達が獲って来た小魚で雑炊を作る事になったんだけど、
みんなにも協力して欲しいんだ。」
「網元さん、其れだったら私達の出番だよ。」
「そんなの当たり前だよ、私達の雑炊はねぇ~まぁ~天下一だものねぇ~。」
「そうだよ、じゃ~オラ達が作るんだね。」
「うん、其れは勿論なんだけど、ところが行ったのは漁師だけじゃないんだ農村からもご城下からもなん
だ、其れにだ山向こうの農民が千五百人で野洲から行ったのが千五百人とその前に五百人が行って。」
「へぇ~そんな大勢が行ったんだ、じゃ~全部で、網元さん正か。」
漁師の妻達が驚くのはまだ早い。
「其れがね、野洲の領民が全部来るだろう、特に子供達は寂しかったと思うんだ。」
「網元さん、私の方がもっと寂しかったよ。」
「あんたは、もう。」
またも大笑いになり。
「其れなら一層の事全員分を作ろ~ってなったんだ。」
「えっ全員分をって、そんなの私達だけじゃ~とても無理だよ。」
「其れで明日は農村からもご城下からも全員が集まって作る事に決まったんだよ。」
「わぁ~そりゃ~大変な事になるよ、だって全員って簡単に言うけどお鍋にお椀に、そうだお箸も持って
行くんだよ。」
「まぁ~まぁ~みんな聞いて欲しいんだ、明日は朝から準備を始めるからね。」
「網元さん、まぁ~私達に任せなよ。」
「あ~皆さん頼みましたよ、明日は父ちゃんが帰って来るんだからね。」
「わぁ~嬉しいよ、久し振りで父ちゃんの顔が見れるんだからねぇ~。」
「あんたは、子供か。」
その後も妻達は大笑いしながらも明日の話を続けた。
其れは農村でも城下でも同じで、特に子供達は大喜びで有る。
そして、明くる日の早朝から浜の子供達は大はしゃぎで走り回って要る。
其れは数日振りに父親に会えるからで有る。
「さぁ~さぁ~何時まで騒いでいるのよ、早くしないと。」
「は~い。」
子供達の元気な声で浜の妻達も嬉しそな顔で有る。
「さぁ~みんな行きましょうか。」
浜に有る数台の荷車には昨日獲れた小魚が山と積まれ、別の荷車には全員の食器が、更に、別の荷車に
はお鍋が積まれ、浜からは少し登りだが其れを越えると後はお城までは平坦な道だけで妻達も子供達も元
気いっぱい荷車を押し、引いて行く。
どの顔も待ち遠しくて仕方が無いと、其れは農村でも同じで早く村を出お城へと向かった。
城下ではもっと大騒ぎで早朝から城下に残った男達が山に入り木を切り倒し荷車に積み込みお城へと運
んで行く。
お城でも全員でかがり火用の道具を運び出し設置されて行く。
だが、その中で殿様は何もさせて貰えず。
「のぉ~権三、余も何か手伝いたいのじゃが。」
「殿も何もさせて貰えないのですか。」
「そうなのじゃ、余が行くと邪魔だと申してな。」
「其れは私も同じでして、何処にも行けないのです。
其れに源三郎はと言うと何もせずに、只、みんなの動きを見て要るのですから。」
「何じゃと、源三郎は何もせずに見て要るだけとな。」
「どうやら、昨日中川屋から言われた様です。」
「何じゃと、其れでは余と同じでは無いのか、誠、愉快じゃ、うん、愉快じゃのぉ~、源三郎が何もさせ
て貰えないとは、うん、そうか。」
殿様は源三郎が何もせずに、只、みんなの動きを見て要ると思って要るが、源三郎は動きを見て要るの
では無く、別の事を考えて要るので有る。
今の源三郎は夕刻に帰って来る農民や領民の事を考えて要るのでは無く、あの時姿を消した田中の事を
考えて要る。
今頃、田中は一体何処で何を探って要るのか、其れよりも無事で有れば良いがと源三郎は田中の事が
心配なのだ。
「源三郎様。」
其れは、元官軍のと言っても良い井坂の声で。
「井坂様、如何されました。」
「はい、長い間掛け申し訳有りませんでしたが、おいドンの知って要る限りの事は書き出しましたのでお
持ち致しました。」
「其れは、有難い事で申し訳御座いませんでしたねぇ~、ではお預かり致します。」
井坂が思い出しながら書き出した官軍の様子で有る。
今の源三郎に全てを読むだけの暇がない、其れでも最初のところを見ると。
「何、陸軍と海軍と書いて在りますが。
「はい、薩摩には大きな湾が有り、其れで海軍が出来たと聞いております。」
「海の軍隊だから、海軍と呼ぶのですか。」
源三郎は長崎の造船所で軍艦が建造中と書いて在るの見て。
「軍艦の建造中と書かれておりますが、其れは大きな軍艦でしょうか。」
「はい、おいドンが知って要るのは幕府の軍艦よりも大きく、大砲も数十門備えて要ると。」
「大砲が数十門とは、この軍艦は私の想像以上に大きいのでしょうねぇ~。」
「はい、多分、源三郎様が想像されておられます倍は有ると思います。」
「では、何隻が建造される予定なのですか。」
「はい、おいドンが司令部におりました時には十隻以上は建造すると。」
「そうですか、分かりました、後程読ませて頂きますので有難う御座いました。」
「其れで、源三郎様、おいドンはこれから何をすれば宜しいでしょうか。」
「今は何も有りませんが、出来ればこれと同じ物を後四冊書いて頂きたいのですが。」
「えっ、四冊ですか、宜しいですが、何に使われるのでしょうか。」
井坂はさり気無く探りと入れて来たと源三郎は思った。
今の井坂がこの地を離れ元の司令部に戻る事はまず不可能だ、だが何としても戻る気持ちが有るならば
方法は幾らでも有る。
「私達の連合国に送り、皆で同じ情報を共有出来ればと考えておりますので。」
「其れならば、至急書き写しますので。」
「ご無理をお願いします。」
「はい、承知しました。」
井坂は何を知りたいのだ、何を聴きたいのだろうか、だが井坂の書いた中には軍艦が十隻以上が建造に
入ったと言うのは本当なのか、其れとも嘘なのか、其れは何れ分かる、仮に十隻が建造中なのか、若しも
建造が終わって要るとなれば情勢が大きく変わるので有る。
田中には一刻も早く帰国して欲しい、だが其れも田中が集める情報次第だと言う事で有る。
話は少し戻り、此処は菊地の城内で早朝、まだ薄暗い時刻だと言うのに早くも農民達は動き出した。
やはり農民達の習慣と言う事なのか、だが野洲に帰れると言うので銀次達も元太達も動き出して要る。
「なぁ~元太さん、家に帰るのも久し振りで奥さんも子供達も寂しかったと思うんだ。」
「うん、でもオラ達は何も心配して無かったんですよ。」
「えっ、だけど今度はみんな命懸けだったんですよ。」
「銀次さん、オラ達の仕事は毎日が命懸けなんですよ、其れに比べれば、よっぽど安全ですよ。」
銀次はこの救出作戦は誰も命懸けだと、だが、元太は漁師で漁師の方が毎日が命懸けで有ると。
銀次は元太の仕事が漁師で入り江の中で行なう漁だから安全だと思って要る。
「銀次さん、オラ達の仕事は魚を獲る事ですがね、あの小舟が転覆すると岸に近ければ何とか助かります
が入り江の中程ではまず命は無いんですよ。」
「そんなに危険な仕事とは知らなかったんで済みませんでした。」
銀次は漁師の仕事は毎日が命懸けだと言う意味が初めて分かったので有る。
「銀次さん、其れにねぇ~、特に冬場の漁はもっと危険なんですよ、小舟から海の中に投げ出されたら、
まぁ~絶対に死にますよ、オラの爺様もオラがまだ小さい頃に海で死んだんです。
漁師は海で魚と獲って食べて行けるんで、だからみんな危険だと分かっていても漁に出るんです。」
「元太さん、オレは何も知らなかったんで許して下さい。」
「銀次さん、だからオラ達は今度だけは漁に行くよりも安心してたんですよ、其れにあんなにもお侍様が
要るんですよ、其れにこれだけ大勢が要るんですから幕府の人も襲って来ないと思ったんです。」
銀次は感心している、漁師の元太は野洲と菊池の侍が大勢おり、更に、仲間も大勢居るその様なところ
に幕府も攻撃して来ないと、だから海よりも安全だと、だが銀次は違った、海の恐ろしさを知らないと言
うより、幕府の方が恐ろしいと思っており、其れは銀次と元太の生き方の違いで有る。
「元太さん、オレは帰ったらみんなに話すよ、だって、オレは今の今まで侍や役人が怖いと思ってたん
ですよ、でもね元太さんの話を聴けば、オレ達が怖いと思って要るのは、オレ達が悪い事をしなければ、
何も怖くは無いんだと言う事なんです。
だけど元太さん達は生きて行く為に毎日が生死を掛けた戦なんだと言う事が情けない事ですが今やっと
分かったんです。」
「銀次さん、オラ達の仕事を少しでも分かってくれただけでいいんですよ。」
元太は一人でも多くの人達が漁師の仕事がどれ程過酷なのかを知って貰えるだけでいいと思って要る。
「元太さん、オレはこれから浜の母ちゃん達が作ってくれる魚の雑炊を食べる時、今の話を思い出しなが
ら食べる事にしますよ。」
「銀次さん、オラは其れだけで十分ですよ、ですから本当の事を言えば、母ちゃん達は余り心配して無い
と思うんですよ。」
「オレもやっと分かって来ましたよ、まぁ~其れにしても元太さんはオレ達とは比べものにならないくら
いに度胸が有るよ、オレは島帰りで度胸は有ると思ってたんですがね、浜の漁師さん達に比べたらまぁ~
元太さん達は大人でオレ達は子供だなぁ~って思いましたよ。」
「銀次さん、そんな事は有りませんよ、オラ達は魚を獲る事しか知りませんので。」
「いいえ、オレは本当に驚いたよ、じゃ~浜の漁師さん達は平気だったんですか。」
「はい、何とも無かったですよ、海に比べれば陸で舟は転覆しませんからねぇ~。」
「まぁ~其れは間違いは無いよ、だって陸で舟が転覆でもしたら、お天道様が天から転げ落ちるからねぇ
~、わぁ~そんな事になったら大変だ。」
銀次と元太が大笑いした。
「やぁ~皆さん、お早いですねぇ~。」
「あっ高野様、オレ達も何だか興奮してるんですよ。」
「私もよ~く分かりますよ。」
「でも、今元太さんの話を聴いて驚いてたんですよ、だってオレ達は今度は命懸けで怖いと思ってたんで
すが元太さんは平気だって言うんですからねぇ~。」
「銀次さん、元太さんは荒れた海に行かれるのですよ、まぁ~海に比べたら陸は何とも無いと言う事で
しょうかねぇ~。」
「高野様も海は恐ろしいって言われるんですか。」
「はい、私がまだ子供の頃ですが、近所の子供と一緒に浜に行きましてね、その時、その子供が海に入り
波に攫われて死にましてね、今でも海に行くのが恐ろしいのです。」
高野も海の恐ろしさを知って要ると、陸では怪我で済む様な事でも海の中では死に繋がるのだと、銀次
は改めて知らされたので有る。
「銀次さん、元太さん、この調子ならば皆さんは早く集まりそうですねぇ~。」
「はい、オラ達も農民さん達も早く集まると思いますが。」
「ですが少し待ってて下さいね、今、賄い処で朝とお昼のおむすびを作っておりますので。」
「高野様、何から何まで有難う御座います。」
「いいえ、私達に出来るのはこれくらいだけですので、皆さんが菊地を出立される前に野洲の源三郎様に
早馬でお知らせ致しますので。」
「じゃ~オレ達が野洲に着くと大変な事になりそうですねぇ~。」
「はい、そうですよ、まぁ~銀次さんも覚悟はされては如何でしょうかねぇ~。」
高野も大笑いし、銀次も元太もつられて大笑いした。
「あの~お早う御座います。」
「名主さん、お早いですねぇ~。」
「はいオラ達は農民ですから朝は早いですので、其れで今大変な事になるって言われましたが、一体何が
大変なんですか。」
「そうですよ、まぁ~ね高野様。」
銀次はニヤリとし高野も元太も頷いて要る。
「じゃ~オラ達が行くと迷惑になるんでしょうか。」
「いゃ~飛んでも無いですよ、その反対ですよ野洲の領民、う~ん、そうですねぇ~まぁ~城下の全員が
集まりますよ、ねぇ~そうですよねぇ~元太さん。」
「うん、まぁ~其れは間違いは無いと思いますよ、だって野洲には源三郎様がおられますからねぇ~大
変な事に成りますよ。」
「元太さんも覚悟は出来てるんですか。」
「はい、其れはもう今から覚悟はしてますよ。」
山向こうの名主は一体何が大変なのか全く分からず、首を傾げて要る。
「名主さん、其れを説明するのは無理ですよ、まぁ~我々の想像だけですからねぇ~。」
「高野様、でも、多分、想像以上になるとオレは思ってるんですよ、まぁ~特に元太さん、浜の人達は
ねぇ~。」
銀次は浜の人達を知っており、一体どんな事になるのか想像も出来ないと言うので有る。
「高野様、オラは帰るのが恐ろしいですよ。」
だが、元太も銀次も笑って要る。
「名主さん、簡単に言いますとね、皆さんは大歓迎されるこれだけは絶対に間違いは無いと申し上げて置
きますよ。」
「でも、オラ達は何も無いんですよ。」
「其れがね、我々の源三郎様なのです。
源三郎様はね我々武士よりも農民さんや漁民さん達もですが、領民の人達を一番大切にされるお方で
すから、其れと源三郎様もですが野洲の侍は全員が皆さんと同じ様に作業着姿でおられますのでね。」
「ですが、そんなにお偉いお方が何故オラ達と同じ作業着姿なんですか。」
「う~ん。」
「高野様、オラ達に説明は無理ですよ、名主さんまぁ~何も心配は有りませんから、其れにお殿様もです
からね。」
「えっ、お殿様もですか。」
「野洲のお殿様はねぇ~、お殿様じゃ~無いんですよ。」
「えっ、オラはもう分からなくなってきましたよ、お殿様がお殿様と違うって言われても。」
「銀次さん、私は分かりますが名主さんには理解は無理ですよ。」
「そうですねぇ~、オレも説明の出来ない程のお殿様ですからねぇ~、お殿様も源三郎様も、えっ、
オレも混乱してきたよ、まぁ~今からそんなに心配しないでいいですから。」
銀次も元太も野洲をどの様に説明して良いのかさっぱり分からないので有る。
その時、朝、四つの鐘がなった。
「高野様、大変お待ちどう様でした、皆さんの朝とお昼おおむすびを持って参りました。」
「皆さん、本当にありがとう。」
高野は賄い処の女中達と腰元全員に頭を下げた。
「いいえ、私達に出来る事をさせて頂きましたので、皆様、どうぞお気を付けて下さい。」
腰元達も農民達に頭を下げた。
「高野様、それに菊地の皆様、本当にありがとうございました。
オラ達はこの御恩は一生忘れませんので。」
集まった農民達が菊地の藩士や腰元達に頭を下げた。
「お~い向こうに行っても頑張れよ、オラ達も頑張るからなぁ~。」
「うん、オラ達もこれからみんなと一緒に頑張るからなぁ~。」
銀次と元太が先頭になり。
「では、皆さん宜しいでしょうか。」
「お~。」
総勢、四千人近くの人達が一路野洲を目指し菊地を出発した。
「お~いみんな、此処からはのんびりと行きますからねぇ~。」
「銀次さん、小さな子供は荷車に。」
「うん、そうだった、皆さん小さな子供は荷車に乗せて上げて下さい。
野洲までは直ぐですから、別に急ぐ事も無いので半時歩いて休みを取りますからね。」
銀次は大変な気の使い様だ、その時後ろから。
「お~い、皆さ~ん、気を付けてね。」
菊池から野洲へ向かう馬に乗った家臣が農民達に手を振って来た。
「あれは確か菊地から野洲に知らせる為に。」
「お~い、頑張れよ~。」
家臣は馬をゆっくりと走らせて行く。
「お侍様、ありがとう。」
農民達もにこやかな顔で手を振り、中には頭を下げる農民も、やがて集団の先頭を抜けると馬は一気に
走り出した。
「元太さん、オラ達は今まであんなお侍様を見た事が無かったですよ。」
「名主さん、あのお侍様の姿をオラ達は今では普通に見えてるんですよ。」
「何と言うのか、あれじゃ~幕府の奴らとは大違いですよねぇ~。」
「はい、オラ達も同じですよ、其れにオラ達の野洲でもさっきの菊池でも金子は要らないんですよ。」
「えっ、じゃ~物が必要な時には。」
「オラ達もですが。農村でも必要になれば城下に行けば全部配給されるんですよ。」
「えっ、じゃ~作ったお米は。」
「全部、米問屋に持って行くんですよ、其れに米問屋に行けば、何時でもお米は頂ける様になってるんで
すよ。」
「預けるって、じゃ~オラ達の村の様に隠す事は。」
「そんな事、野洲も菊池もしてませんよ、誰でも仕事をすれば食べる事が出来るんです。」
「でも、菊地のお侍様が数年間も不作が続いて要るって。」
「其れは、他の国から買い付けてオラ達の住んでる海岸の洞窟に運んでるんです。
でも、源三郎様は買い付けは今回で最後になるだろうって、其れで今回は大量に買い付けに行ったって
聞きましたが。」
「じゃ~、元太さん達もお米は。」
「はい、オラ達の漁村には中川屋さんが届けてくれるんですよ。」
名主は余りにも衝撃的な話に目を白黒させて要る。
其れと言うのも今までその様な話は聞いた事が無いのだと。
「何でそんな事になったんですか。」
「オラも詳しい事は知らないけれど、幕府に渡したく無いと思うんだ、みんなが苦労して育てたんだれを
何とかしたいって、源三郎様が考えられたんだ、だけどオラ達、漁師も源三郎様のお陰で今までよりも多
く食べる事が出来るんだ。」
「源三郎様って、そんなにお偉いお侍様なんですか。」
「源三郎様はご家老様の息子さんだけど、あのお方は誰に対しても源三郎と呼んで下さいって言われる
んだ、だから野洲で源三郎様を知らない人はいないよ。」
「へぇ~、じゃ~誰でも知ってるんですねぇ~。」
「うん、そうだよ。」
名主の頭は混乱して要る。
何故、一人の侍を農民や漁民、其れに城下の領民までが知って要るのだ、その様な事は普通では考えら
れ無いと思って要る。
「ねぇ~元太さん、さっきのお侍様達だけど、誰も刀を持って無かったと思うんですが。」
「其れだったら野洲も同じですよ、まぁ~刀を持ってるのはお奉行の役人だけですよ、全部源三郎様のお
話しを聞けば納得しますよ。」
一方、菊池を出た早馬は一時程で野洲の領地に入り、野洲のお城まで二里の所を馬は飛ばしお昼前に。
「菊池からの伝令で~す、源三郎様に。」
大手門の門番は手を振り、馬はそのまま源三郎の執務室の前で止まった。
「あれは。」
「源三郎様、本日、明け六つ前に菊地を出立致しました。」
「そうですか、大変ご苦労様でした、誰かお茶を。」
雪乃は全ての準備を終えているので早い。
「はい、お茶で御座います。」
「有難う御座います。」
「其れで皆さんは。」
「はい、全員が元気で先程ものんびりと歩いておられました。
其れと、荷車は約三百台で以上で農民さん達は千二百人となっております。」
「では、高野様が。」
「はい、約、三百人の農民さんを受け入れられました。」
「では、一国一村と申されたのですね。」
「はい、隠されておりました米俵ですが、各五百俵は農民さん達のお米だと申されておられます。」
「はい、分かりました、其れと野洲から行かれました人達ですが。」
「はい、皆様、大変お元気で山向こうの農民さん達には優しくされておられました。」
「そうですか、高野様にはお礼を申して置いて下さい。」
「はい、では私は戻らせて頂きますので。」
「お気を付けてお帰り下さい、ご苦労様でした。」
菊池の家臣は馬を乗り変え来た道を、今度はゆっくりと走らせ菊地へと戻って行く。
「源三郎様、よう御座いました、私もこれで一安心致しました。」
「はい、雪乃殿にも大変なご心痛をお掛けしましたが、私も安心しました。」
「私は何も出来ませんので、源三郎様のお役に立てれば、其れで宜しいので御座います。」
「さぁ~皆様、夕食の準備に入りましょうか。」
「は~い。」
家臣達はそれぞれの持ち場へと戻り、城内、城外を問わず全員で帰国する人達の為の準備に入った。
その頃、浜のげんたも急ぎ足で大手門をくぐった。
「あんちゃんは。」
「執務室ですよ。」
げんたと門番とのやり取りは何時もと同じで。
「あんちゃん。」
「げんた、どうしたのですか。」
「あんちゃん、遂に出来たぜ。」
「えっ、出来たって、何が。」
「え~何でだよ、あんちゃんはもう忘れたのか弐号船だよ、今頃何を言ってるんだ、ほら潜水船だよ。」
「えっ、本当か、そうか其れは良かったです。」
源三郎が待ちに待った改良された大型のイ零式弐号潜水船が完成したので有る。
源三郎は大喜びでげんたに抱き着いた。
「あんちゃん、やめろってオレは。」
「そうか遂に出来たか、私はこんなに嬉しい事は無いですよ、其れにねぇ~今日の夕刻にみんなが帰って
来るのですよ。」
げんたは長い間洞窟内の潜水船の中で最後の作業をしており、げんただけが知らなかったので有る。
「あ~其れでなのか、浜の母ちゃん達も居なかったんだ、なぁ~んだじゃ~オレだけが知らなかった
って分けなのか。」
「げんた、本当に有難う。」
「げんたさん、私も嬉しいですよ、でも大変だったのでしょう。」
「いいや、そうでも無かったよ、で、あんちゃん、何時浜に来るんだ。」
「げんた、少し待って下さいね。」
源三郎は今日は駄目だと思って要る。
其れは、今日の夕食は大宴会になるのは間違いは無い。
げんたが苦労したイ零式弐号潜水船が完成した、さぁ~何時浜の洞窟に向かうのだろうか、源三郎に
とっては二重の喜びで有る。