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闇の帝国    作者: 大和 武
59/288

 第 32 話。 領民達の動きは速かった。

話しは少し戻り、源三郎が提案した連合国が誕生し各国では家臣達は大忙しだ、だが、実のところ家臣達


よりも領民達の方が早く理解と言うのか、いや、納得し始めたので有る。


 其れは家臣達には色々な思惑と考えが、だが、領民達と言えば実に単純に考えて要る。


 五つの国が統一される事で仕事も出来ると、その仕事とは洞窟の掘削工事と隧道工事で不作続きの農民


不漁続きの漁民達、其れよりも今まで仕事の無かった町民までもが積極的に工事現場に入り、そのお陰と


言えるのだろうか食事も満足に取れる様になったので有る。


 一方で商人達と言えば、今までの様な必死になり利益を上げる必要も無くなったので有る。


 連合国と言う閉鎖された地域では別に金儲けに走る必要が無いと言うのが結論なのだろうか、工事現場


やその他の関連した現場に供給出来る物資を集めるか、作るか、其れで十分食べて行けると理解したので


有る。


 米問屋は定期的にお米を配給する事で良い。


 仮に山賀から菊池へお米を運ぶとなれば短い日数で届けるのは無理であり、その為に今までの旅籠は移


動する為の宿泊施設となったので有る。


 中継地点の旅籠には、米問屋、海産物問屋、薬種問屋などその他の問屋の人足達だけで連日賑わいを見


せて要る。


 どの工事現場でも活気を見せ、現場作業員は連日の仕事では無く、数日置きに完全な休みが取れ、だか


らと言って食べる事を心配する事も無くなったので有る。


 源三郎は鈴木、上田を伴い巡回に向かうだけの日々が続く。


 そして、最初の潜水船が完成して十日程が経った頃久し振り浜へ向かった。


「総司令、げんたさんは如何されているのでしょうか。」


「其れは私も分かりませんがねぇ~、何しろあの日から一度もお城に来ておりませんので、私も少しは


心配になりましたので。」


「やはり、私達が申しました改良すべき事柄が思う様に行って無いのでしょうか。」


「まぁ~其れは心配無いとは思っておりますよ。」


「私はあの潜水船でご家中の皆様方が訓練される様子を想像するのですが、まだ、私と上田殿だけの二人


だけしか経験しておりませぬので、どなた様にも説明しても理解は得られないと思いましたので話しては


おりませぬが、其れで宜しかったのでしょうか。」


「はい、勿論ですよ、私もあの日殿にもご説明致しましたが、殿は源三郎の話では全く理解出来ぬと申さ


れました程でしてね、実を申しますと私も全てが理解出来てはおりません。」


「殿がですか、私は殿が一番理解されて要ると思っておりましたが、殿でも無理となればご家中の方々に


は理解されると言うよりも其れ以前の様ですねぇ~。」


 鈴木は何故家臣達に話さなかったのか源三郎には直ぐ分かった、それ程にも潜水船と言う海の中に潜る


船と言う物体に理解不可能だと言う事なのかも知れないので有る。


「其れでお二人が一番に改良せねばならないと思われましたのは。」


「はい、やはり元太さんが一番苦労されました足踏み機だと思いました。」


「やはりでしたか、其れでげんたにはどの様に話されたのですか。」


「足踏み機ですが途中から作動しないと、船内には余分となった空気の逃げる穴が無いと申し上げたので


御座います。」


「其れでげんたは何と。」


「はい、最初う~んと言った後は何も話さなくなりました。」


「げんたの事ですから、まぁ~どの様な方法を使ってでも逃げ穴を作ると思いますよ。」


「はい、私もその様に願っております。」


 げんたは相当悩んだのか、其れは浜に着き直接げんたから話を聴かなければ分からない。


 野洲の洞窟でも銀次達もだが、その後多くの領民が掘削作業に参加を始めた。


「ご免。」


「あら~源三郎様じゃ~、お久し振りですねぇ~。」


「お母さんもお元気で何よりです、あれ~げんたは。」


「はい、隣の作業小屋で何をやってるんだか知りませんがねぇ~、ず~っとですよ。」


 大工達がげんたの為にと家の横に作業小屋を作ってくれた、その作業小屋からは何を打って要るのか鉄


を打つ音が聞こえる。


「では、そちらに行って見ます。」


「源三郎様、此処から行けますので。」


 入った直ぐ横に引き戸が有り、開けると。


「げんた。」


「お~あんちゃんか久し振りだなぁ~。」


「げんたも元気で。」


「当たり前だよ、オレは何時でも元気なんだから。」


「其れでこの小屋は。」


「うん、大工さんがオレの為にって作ってくれたんだぜ。」


「ふ~ん、そうですか其れは良かったですねぇ~。」


「其れであんちゃん、今日は何か用事でも有るのか。」


「いゃ~、私は急にげんたの顔を見たくなりましてねぇ~。」


「そうか、やっぱりかあんちゃんはオレが心配なんだなぁ~。」


「まぁ~ねぇ~、其れよりもげんたあの日鈴木様達から何か相談は無かったのか。」


「うん、有ったよ、其れがどうしたんだ。」


「何か良い方法でも有ったのかなぁ~っと思いましてね。」


「あ~ぁ、あれか、一つは簡単なんだけど、でも元太あんちゃんが言ってたふいごの代わりになるものが


有れば助かるって話したんだ、其れでオレが今作ってるんだ。」


「えっ、もう作ってるのですか。」


「うん、まぁ~ね、其れにオレ様は天才だからなぁ~、だけど作るのは大変なんだぜ。」


 げんたは鉄板を削って要る。


 源三郎は考えた、これから先造る潜水船はげんた一人では無理だ。


 鍛冶屋も大工も含め大勢の人達の協力無しでは造る事は出来ないと、其れに井坂の言った事も気になる


ので有る。


「なぁ~げんた、大切な話が有るのですがねぇ~。」


「あんちゃん、一体どうしたんだ。」


「う~ん、其れが実はねぇ~。」


 源三郎はげんたに今後の仕事に対す事を優しく話した。


「うん、分かったよ、じゃ~オレの仕事は。」


「げんたにはねぇ~、これから先造る潜水船の責任者になって欲しいのです。


 潜水船は全員の協力無しでは造る事が出来ないと思って要るのです。


 其れでげんたは責任者となって全体の指示をお願いしたいのですがねぇ~。」


「なぁ~あんちゃん、其れだったらオレは何も作れないのか。」


「まぁ~ねぇ~一応はその様になりますがね、でもげんたには物を作るよりも頭でする仕事を頼みたいの


です。」


「あんちゃん、そんなのって急に言われてもオレだって困るんだぜ、だって周りの人は全部が大人ばっか


りなんだぜ、誰がオレの言う事なんか聞いてくれると思うんだ。」


「まぁ~げんた、其れは私に任せて下さい。


 其れにですよ、あの日殿様に報告しましたらね、殿様も大喜びでしてね其れでね、殿様からはげんたを


現場の責任者に致せと申されたのですよ。」


「え~、殿様がオレをか。」


 殿様はその様な話はしていない、其れは源三郎の大芝居だ、だが、其れだけでは無かった。


「なぁ~げんた、潜水船を考えたのも造ったのもげんたなんですよ、其れにねぇ~此処の大工さん達も銀


次さん達もげんたの事を天才だと言われてたと思うのですが。」


「うん、其れは大工さん達に言われたけどなぁ~。」


「げんたその通りですよ、げんたが潜水船の基本を考え、船体を造ったのは大工さん達です。


 私はね殿様に申し上げましたよ、あの潜水船で家中の者達に訓練をしますってね、其れにね我が藩の


全員がげんたの事を知っておりますからね大丈夫ですよ。」


「うん、其れは知ってるよ、だってオレだけなんだぜ大手門から簡単に入れるのは。」


 げんたは大手門の門番とも知り合いとなって要る。


 殿様からもげんただけは何時お城に来ても良いと、げんただけにお城には自由に出入りが許され、げん


たは其れが自慢なので有る。


「げんた、其れでね、私もですが殿様はもっと大きな潜水船をげんたに考えて欲しいと申されて要るので


すよ。」


「えっ、もっと大きな潜水船を造れってか、そんなのってあんちゃん、オレ一人じゃ造れないよ。」


「げんたその通りなんですよ、げんたは頭で考えて他の人達が作るのですよ、其れにねぇ~考えても見て


下さいよ、げんたは大人の人達に命令と言えば大人の人達に怒られますがね、げんたの指示で造ってくれ


るんですよ、こんなにも楽しい仕事は有りませんよ。」


「う~ん、何か嬉しい様な気もするけど、でもなぁ~少し寂しいよ、だってあんちゃん、オレは潜水船を


作れないんだぜ。」


 げんたの気持ちも源三郎は理解して要る。

 

 城下の小間物屋では全てを考え、げんた一人が作っていた、其れがこれからは自分が作れない寂しさが


有る。


「総司令、宜しいでしょうか。」


「はい、宜しいですよ。」


 鈴木も何としてもげんたには責任者になって欲しいので有る。


「げんたさん、今、私が何故総司令とお呼びしたのかお話しをしましょうか。」


「うん、オレもあんちゃんが何で総司令って呼ばれるのか分からないんだ。」


「では、お話ししますね、げんたさん連合国と言う国を知っておられますか。」


「うん、誰かが言ってた様な気もするんだけど。」


「そうですか、では、今から詳しくお話しをしますね。」


 鈴木はこの後げんたに連合国の誕生と、源三郎が何故総司令と呼ばれる様になったのかを優しく詳しく


話をした。


「じゃ~、あんちゃんは連合国で一番偉い人になったのか。」


 げんたの解釈が間違って要るのでは無く、其れは誰が聴いたとしても、源三郎が一番偉い人物になった


と思うので有る。


「げんたさん、その総司令官がげんたさんにお願いをして要ると思って下さい。」


「じゃ~あんちゃんの命令なんだね。」


「げんたさんも知っておられるでしょう、総司令は命令はされませんよ、其れはげんたさんにもですが、


他の人達にも命令では無くお願いをされて要るのです。」


「う~ん何か分からないけど、オレの仕事ってあんちゃんを助ける事になるのか。」


「はい、勿論その通りですよ、そうだ総司令に怒られる覚悟で申し上げたいのですが。」


「鈴木様、私は何も怒る事は有りませんよ、其れよりも鈴木様のお考えを聴かせて頂きたいのですが。」


 源三郎は鈴木の考えが読めた、げんたを責任者に抜擢する為の方策を考えたのだと。


「総司令、げんたさんの呼び名ですが、私は技師長となって頂き、総司令の直属に入って頂くのは如何で


御座いましょうか。」


「げんたを技師長に抜擢ですか其れならば私も大賛成ですよ、其れに私の直属となればげんたもこれから


先の動きが楽になりますからねぇ~、分かりましたよでは本日からげんたを技師長と呼びましょう。」


「なぁ~あんちゃん、少し待ってくれよ、其れにその技師長って一体なんだよ~、オレにはさっぱり分か


らないんだけどなぁ~。」


 技師長に大抜擢されたげんたは意味が分からず戸惑っており、其れも当然の話で有る。


「げんた、いや、技師長、では私が説明しましょう。」


 源三郎はげんたに詳しく説明した。


「まぁ~げんた簡単に考えると、げんた、いや技師長と言う仕事は頭で考えて、図面を描き、説明文を書


き、其れを職人さん達が作るんですよ。」


「え~、だけどオレは読み書きが出来ないんだぜ。」


「技師長、そうだ、鈴木様、我が藩から書面を作れる人物を二人程探して下さい。


 技師長が説明した内容を書き写す事の出来る人物です。」


「えっ、あんちゃん、其れってオレの為なのか。」


「げんたの為でも有りますが、先程、鈴木様が説明した連合国全員の為にですよ。」


「えっ、じゃ~あんちゃん、オレってそんなに大変な船を造ったのか。」


「げんた、大変どころの騒ぎでは有りませんよ、其れに潜水船の事を知って要るのは我々と殿様にご家老


様以外には連合国の誰も知りませんよ、其れに野洲の侍もですよ、其れにですよ各国のお殿様や司令官達


に潜水船の話をしますとね、そうですねぇ~まぁ~全員が腰を抜かす事になると思いますよ。」


「じゃ~、オレってそんな大それた物を作ってしまったんだ。」


 げんたにすれば誰もが考え付かない潜水船を造っただけだと簡単に考えていたので有る。


「まぁ~今のげんたはねぇ~、私以上に連合国では大切な人物ですからねぇ~。」


「えっ、オレって、あんちゃんよりも大切な人になったのか。」


 源三郎はニコリとして。


「勿論ですよ、私もげんたの頭に勝つ事は出来ませんからねぇ~。」


 げんたの鼻が鳴った。


「そうか、あんちゃん、まぁ~仕方無いからやってやるよ、其れにあんちゃんの為にだからね。」


「げんた、有難う。」


 源三郎も鈴木も上田もやっとの事で安心したので有る。


「では、早速ですが、技師長。」


「何ですか、あんちゃん。」


 げんたは笑って鼻を鳴らして要る。


「でもやっぱり変な感じだぜ、オレはなぁ~、げんたって呼ばれる方がいいんだけどなぁ~。」


 とは、言ったものの、げんたの表情は技師長と呼ばれ満足した様子で有る。


「技師長、先程の件ですがね、これからは技師長が一人頑張るのでは無く、そうでした、今から城下の鍛


冶屋さんに行きましょうかねぇ~。」


「えっ、何で鍛冶屋に行くんだ。」


「まぁ~其れは途中でお話しをしますからね、其れと隣に家が有りますが、あれは。」


「うん、あれは大工さんが何れ必要になるだろうって建てたんだ。」

「そうですか、分かりましよ。」


 源三郎は隣の家には鍛冶屋の若手職人を住まわせれば、げんたの仕事を手伝わせる事が出来るのではな


いかと考えたので有る。


「では、参りましょうかねぇ~。」


「総司令、私は城に戻り、書き写しの出来る者を探しますので。」


「鈴木様、申し訳有りませんがお願いします。」


「総司令、絵心の有る者は必要では無いでしょうか。」


「そうですねぇ~、技師長はどうですか。」


「うん、オレも助かるよ、だってオレの絵って、まぁ~本当に下手だからなぁ~。」


「では、私の知り合いに絵心の有る者がおりますので話して見ます。」


「そうですか、私も助かりますよ、では上田様にはその絵心の有るお方をお願いします。」


「はい、では私はお先に参りますので。」


 鈴木と上田は城に戻って行く。


「なぁ~あんちゃん、オレ、今、頭が混乱してるんだ。」


「げんた私も分かりますよ、でもねぇ~これからの仕事はげんたが技師長を引き受けてくれたお陰で私は


一安心しているのですよ。」


「でもなぁ~、オレに出来るかなぁ~。」


「勿論、大丈夫ですよ、私がおりますからね。」


 げんたの不安も分かる、だが今の状況から考えて見ても誰も反対する事は出来ない。


「なぁ~あんちゃん、潜水船って一体何に使うんだ。」


「いゃ~、其れが私も全く分からないのですよ。」


「え~、あんちゃんでも分からないのかぁ~。」


「其れでね、げんた、潜水船の事なんですがね、今よりも大きな船は出来ませんかねぇ~。」


「其れは出来るとオレは思うんだ、だけどあのふいごに代わる物が一つじゃ足りないんだ。」


「やはりねぇ~、では三つは必要になりますかねぇ~。」


「あんちゃん、だけど大きく作る事は出来ても、他の物も其れだけ多く要るんだぜ、あんちゃんは簡単に


言うけど今の大きさだけでも作るのは大変なんだから其れだけは分かって欲しいんだ。」


 源三郎もげんたの言う事には理解は出来る、だが井坂が言った爆薬を積み込む為には今の潜水船では小


さ過ぎて無理だ、其れならばと源三郎は何か良い方法は無いかと考え始めたので有る。


「なぁ~あんちゃん、何で大きな潜水船が要るんだ、何か有るんだろう、なぁ~オレだって知りたいん


だ、あんちゃんが困ってるんだったら言ってくれよ。」


 源三郎は迷って要る、げんたには早いが爆薬を積み込み、乗組員も今の倍必要に、いや、其れ以上乗れ


る潜水船が必要なのだ。


 げんたに今幕府軍と官軍が戦を行なって要る事を話すべきなのか、其れとも話さずに、いや、本当の事


を話さなければげんたは理解出来ないだろう。


「げんた、実はなぁ~潜水船を試した時、私達とは別に井坂と言う侍が。」


「あ~あの侍ね、でもあの人がどうしたんだ。」


「げんたは、今何を聴いても驚かないですか。」


「オレは何を聴いても驚かないよ、だってオレはあんちゃんの。」


「そうでしたねぇ~、では話しましょうかねぇ~。」


 源三郎は高い山の向こう側で起きて要る戦の話をした、すると。


「あ~そうか、其れであの人が道に迷って来たんだ、でもあんちゃん、幕府と官軍の戦は高い山の向こう


側だけなんだろう、其れなのに何で大きな潜水船が要るんだ、オレにも分かる様に話してくれよ。」


 げんたも何か薄々と感じて要るのだろう、源三郎が思う程驚きもせずに聞いて要る。


「分かりましたよ、では話しましょう、其れがね私が他の国の海岸に行った時にですよ、私も廻船問屋の


船ならば何度も見た事が有りますがね、その船は誰が見ても軍艦でしてね。」


「えっ、その軍艦って幕府のか。」


「いゃ~其れは分かりませんがね、私はねぇ~大勢の侍や兵士達があの高い山を越えて来るのは無理だと


思って要るんですよ、でもね海の上ならばですよ大勢の人達を乗せた廻船問屋の船がこの浜の沖を通っ


て要るのを見ておりましてね、げんた、と言う事はですよ、大勢の武士や兵士達の他に武器も一緒に乗せ


た軍艦が遠くから来ても不思議では有りませんよ。」


 源三郎は何としてもげんたに理解させようと話をするがやはりげんたもまだ子供だ、大人でも簡単には


理解する事が難しい話を子供が簡単に理解する事は無理だと分かって要る。


「なぁ~あんちゃんは幕府と戦をするのか。」


「げんた、私はねぇ~戦をするのは好きでは有りませんよ、ですがね、若しも、若しもですよ、此処の浜


を攻撃をされた時の事を考えて要るのです。」


「うん、其れはオレも分かるよ、あんちゃんが戦をするとはオレも思って無いよ、じゃ~幕府の軍艦がオ


レ達の浜を攻撃する事も有るのか。」


 げんたも少しづつだが分かってきた。


「そうですよ、若しもですよ、この浜に幕府の軍艦が攻めて来たとしたら、げんたのお母さんや元太さん


や銀次さん達は一体どうなると思いますか。」


「あんちゃん、そんな事オレだって分かるよ、幕府の奴らはきっと浜の人達を殺すに決まってるんだ。」


「その通りですよ、私はねぇ~幕府と戦をする気持ちは有りませんがね、若しも軍艦が攻めて来るのでし


たら軍艦を沈めるのでは無く船の後ろに付いて要る舵を壊すか、其れとも他の所で爆発が起きた、だけど


海の上には何処を見ても船は見えないのです。


 げんたは軍艦に乗ってる武士や兵隊が海の中を見ると思いますか。」


「あんちゃん、そんなの誰が見るか、オレが別の人間で船に乗っても海の上を見るぜ、そんな事誰でも分


かってる事なんだぜ。」


「げんた、其れでね、私は幕府の軍艦が来た時に海中から潜水船の頭だけを出して、小さな爆薬を付け爆


発させた、軍艦に乗ってる人達にはあの海に行くと幽霊が出て船が爆発すると思わせたいのです。」


「えっ、あんちゃん、本当なのか浜の沖に幽霊が出るのか。」


 やはり子供だ、げんたは幽霊が出ると思って要る。


「いゃ~違うのです、幕府の船に乗った人達に思わせるるんですよ、すると、どうなると思いますか。」


「そんな事オレだって分かるよ、あの海に行くと、突然、あっ、そうか、あんちゃん、オレにも分かった


よ乗ってる人を脅かせばいいんだな、そうなんだろう。」


 げんたもやっと理解した様子だ、やはり子供には人を殺す為に潜水船が必要だとはとてもでは無いが


今の源三郎は言えないので有る。


「げんた、その通りですよ、船に乗ってる人は帰って言うでしょう、あの海には幽霊が住んで要る、その


幽霊が船を爆発させるんだ、とね。」


「そうか、其れが噂になって人が乗らなんだ、あの海に行くのは嫌だって、そうか。」


「そうですよ、大きな船になると船頭さんが乗らなければ動きませんからねぇ~。」


「あんちゃん、オレはこの浜が大好きなんだ、元太あんちゃんや銀次さん達も優しいしから、其れに母


ちゃんもこの浜はいい所だって言ってるんだぜ。」


「では、げんた、お願い出来ますか。」


「うん、分かったよ。」


 げんたはまだ本当の意味を知らない、其れに源三郎も言えないので有る。


 その様な話をしていると野洲の城下に入り。


「あんちゃん、オレも久し振りなんだ。」


 げんたも潜水船を造る為に浜へ引っ越し、今日は久し振りに城下に帰って着た。


「お~い、げんた、久し振りだなぁ~、元気でやってるかぁ~。」


「あ~オレも母ちゃんも元気だよ、みんなの変わって無いなぁ~。」


 げんたは町行く人達に声を掛けられ、その度に返事をして要る。


「源三郎様もお元気で。」


「有難う、皆さんも余り無理はされぬ様にして下さいね。」


 源三郎も同じで有る。


「げんた、さぁ~鍛冶屋さんに行きましょうか。」


 げんたは久し振りだと言う事も有り、城下で元気を取り戻したかの様に笑顔で鍛冶屋へと歩いて行く。


 源三郎もげんたに釣られ自然と笑顔になり歩き、暫く行くと。


「お~げんたじゃ無いのか、まぁ~久し振りだなぁ~。」


 鍛冶屋の親方が先に声を掛けた。


「親方、お久し振りです。」


「これは源三郎様で、げんた、お前。」


「親方、実は親方に相談が有りましてね、今日はげんたと共に寄せて頂いたのですが。」


「えっ、源三郎様がですか。」


 親方は一瞬驚くが。


「はい、その通りでして、実はねこのげんたが浜の洞窟で潜水船を造りましてね。」


「えっ、源三郎様、その潜水船って、一体、何ですか。」


 親方が驚くのも無理は無い、突然、潜水船を造ったと言われ、初めて聞いた者には潜水船とは一体どの


様な物なのかさえも分からないので有る。


「親方、船がね海の中に潜るのですよ。」


「源三郎様、オレは鍛冶屋で学も有りませんがね、船が海に潜るってそんなぁ~オレ達をバカにしないで


下さいよ。」


 親方は源三郎に馬鹿にされたと思い、表情が変わり機嫌が悪くなったので有る。


「親方、本当の話しなのですよ。」


「げんた、お前、源三郎様を騙してるのか。」


「親方、本当にオレが造ったんだぜ、其れに浜の元太さんや鈴木様と上田様ってお侍様が乗って海に潜っ


たんだから、だから信じてよ。」


 親方もげんたは嘘を言う子供では無いと知って要る。


「源三郎様、じゃ~げんたが造ったと言うその潜水船ですが、オレ達にも手伝えって言われるんで。」


 親方もまだ半信半疑で、だが源三郎に限って嘘は言わないと分かって要る。


「ええ、そうなのですよ、ですが、親方はこの城下での仕事が有ると思いますので、お弟子さんをとお願


いのに上がったのです。」


「じゃ~内の若い奴らをですか、まぁ~奴らなら腕もいいんですからねぇ~、でも一体何を作るんです


か、其れによっては道具も必要ですからねぇ~。」


 傍で仕事をして要る鍛冶屋の若手職人達は何やら落ち着かない様子で聴いて要る。


「皆さんは如何でしょうか、このげんたを助け頂きたいのですが。」


「お前達、此処の仕事は多くは無いから、みんなで源三郎様のお手伝いをするんだ。」


「親方、本当にいいんですか、オレ達が居なくなったら寂しくなりますよ。」


「いゃ~いいんだ、お前達にしか出来ないと源三郎様が言われてるんだ、其れにオレも鼻が高いよ。」


 其れでも親方は一末の寂しさを感じながらも、源三郎が直接頼みに来たと其れだけで十分で有る。


「源三郎様、親方の許しが出ましたのでオレ達も一生懸命にさせて貰います。」


「そうですか、其れは本当に有り難い事で、其れでねぇ~仕事と言うのは。」


 源三郎はげんたの仕事と合わせて詳しく話すと。


「えっ、じゃ~オレ達の作る物って、げんたの考えた、え~っとその何ですか潜水船の中でも一番大事


な物を作るんですか。」


「わぁ~こりゃ~大変な事になったぜ、だって。」


「こら~だってもへちまも無いんだ、源三郎様はお前達の腕前を見込まれての頼みなんだ、え~其れを今


更何がわぁ~だ出来ないと言うなよ、このげんたが一人で造った物を何でお前達に出来ないんだ、この


大バカ野郎どもが。」


 親方は本気で怒って要る、源三郎が頭を下げ頼み、鍛冶職人達も引き受けた仕事が潜水船の中でも一番


重要な部分を作るのだと聞いて驚くよりも不安が先に出たのだろう。


「まぁ~まぁ~親方、皆さんが申されるのも当然なのですよ、げんたが最初に作った物よりも改良しなけ


ればなりませんし、其れに潜水船の中でも一番大事な物を作るのですからね、其れに失敗すると中に乗ら


れている人達が死ぬ事になりますのでねぇ~。」


「源三郎様、そんなに脅かさないで下さいよ、今の話を聴いただけでもオレ達の仕事って其れは大変だと


思ってるんですからねぇ~。」


「まぁ~余り深刻に考えないで、其れよりも皆さんの道具ですが。」


「源三郎様、オレの事は心配要りませんから必要な道具はどうぞ全部持って行って下さい。


 後はまぁ~何とでもなりますからねぇ~。」


「親方、有難う、本当に無理を申し上げます、 この通りで許して下さい。」


 源三郎は親方と弟子達に深々と頭を下げると。


「え~源三郎様、そんなの水臭いですよ、オレは今本当に嬉しいんですよ、だってオレ達の仕事が源三郎


様やみんなのお役に立つんですからこんな嬉しい事って、なぁ~お前達、オレは本当に鼻が高いよ。」


 鍛冶屋の親方は本当に嬉しそうで、鼻を詰まらせている。


「では、皆さん道具類も揃えなければならないと思いますし、其れに他の準備も必要でしょうから、其れ


と荷車の手配で大変ですが、家はげんたさんの隣が作業場でしてねその隣に新しい家も出来ておりますか


らね。」


「源三郎様はなぁ~お前達の為に新しい家までも建てて下さったんだからしっかりとやるんだぞ、分かっ


たのか。」


「親方、オレ達は親方に恥を掛ける様な仕事は絶対にしませんよ、あいつらはやっぱり親方の弟子だって


言って欲しいですからねぇ~。」


「お前はオレを泣かせるのか、馬鹿野郎が。」


「本当なんですよ、だって源三郎様がオレ達が必要だって言って下さってるんですから。」


「親方、私は城に戻りますので、皆さん何卒宜しくお願いします。」


 げんたは何も言わずに要る、げんた自身もこの職人達を知っておりだから安心出来るのだと、今は余計


な事を言う必要も無いと思って要るので有る。


「げんた良かったなぁ~。」


「うん、オレもみんな知ってるから安心なんだ、其れに道具も来るからなぁ~。」


 今の作業場には道具類が余りにも少ない、これでは幾ら腕の良い職人達でも良い品物は作れないと思う


ので有る。


 鍛冶屋からお城に行く途中でも源三郎とげんたには多くの人達が声を掛けて来る。


「そうだ、げんた、中川屋に行って見ますか。」


「うん、オレも久し振りなんだ。」


 げんたを紹介したのは中川屋と伊勢屋でその中川屋に行くのも久し振りで有る。


「ご免。」


「源三郎様、お~これはげんたもですか久し振りですねぇ~。」


「番頭さんもお元気で何よりです。」


 げんたもニコニコとしている。


「旦那様、源三郎様とげんたですよ。」


 中川屋の店主が飛んで来た。


「源三郎様、お久し振りで御座います、これはげんた元気そうですねぇ~。」


「うん、オレは何時も元気だからなぁ~。」


「まぁ~此処では何ですから、さぁ~奥へ。」


 源三郎とげんたは店主と奥座敷へと。


「さぁ~どうぞ、まぁ~其れにしてもげんたは何故か大人になった様に見えますが。」


「中川屋さん、有難う、私も久し振りでしたが鍛冶屋さんに用事が有りましたのでね。」


「左様で御座いますか、源三郎様も余りご無理をされない様にして下さいませ、誰かお茶を其れとげんた


に何かお菓子を持って来て下さい。」


 げんたもやはり子供だ久し振りのお菓子と聞いて顔がほころんだ、暫くして女中がお茶とお菓子を運ん


で来た。


「げんた、嬉しいですか。」


「うん、オレもお菓子の事なんか忘れてたよ、だって今までず~っと船の事ばっかり考えてたから。」


「そうだ、後で持って帰るといいよ。」


「おじさん、有難う、母ちゃんも喜ぶよ。」


「げんたは母ちゃん思いだからなぁ~。」


 げんたは頭をかきながもニコニコと嬉しそうな顔になって要る。


「源三郎様、実はそろそろお米の買い付けに行かなければと考えて要るのですが。」


「えっ、お米が不足しているのですか。」


「いいえ、まだたっぷりとは有るのですが、私達も定期的に買いますとあの名主さんにも約束をしており


ますので。」


「そうですか、ですが少し待って下さいね。」


 源三郎は菊地の海岸の状態が気になった。


「店主殿、以前、買い付けに向かわれた時には菊地から行かれたと思いますが。」


「はい、その通りでして、今回も同じ所から行く段取りになっておりますが、其れが何か。」


「店主殿、仮にですが、仮に菊地の山越えになればどの様になりますか。」


「えっ、では源三郎様、あの海岸の道は通れないのですか。」


「私も至急誰かを菊池に向かわせて調べる様にしますが、若しも山越えとなれば。」


「う~ん、でも仕方御座いませんねぇ~。」


「店主殿、私の失策で誠に申し訳御座いません。」


「いいえ、私は別に宜しいのですが、問題はですが、今回は以前よりも多く買い付けをと考えては要るの


ですが。」


「えっ、ですが其れは一体何俵くらいの予定なのでしょうか。」


「はい、一応、以前の倍以上で大よそ五百俵くらいかと。」


「えっ、五百俵もですか。」


「はい、以前に参りましたところですが、其の時、来年は作付けも多くすると言われておりまして、其れ


と別の所からも以前の買い付けと同様か出来れば多くにと言われておりますので。」


「では、最低でも五百俵で、其れよりも多くなる可能性も有ると申されるのですか。」


「はい、番頭は何かを感じておりましたので何か有れば、其れと他の準備も必要でしょうから、其れと荷


車の手配も大変なのですが今回は出来る限り多く買い付けたいと思っております。」


「そうですか、店主殿、番頭さん、今からお話しする事は大変重要な話ですのでね、よ~く聴いて頂きた


いのですが宜しいでしょうか。」


 源三郎は高い山の向こう側で幕府軍と官軍が戦争状態に入って要る事を詳しく話した。


「源三郎様、では、若しも今回の買い付けが最後になる可能性が有るとも考えなければならないので御座


いましょうか。」


「はい、私も今情報を集めては要るのですが今までの戦でも犠牲になるのは農民さん達なので店主殿が


申された可能性は有ると考えなければならないと思いますねぇ~。」


「源三郎様、では今回は上限を決めずに買えるだけ買い付けましょうか。」


「其れは私としましても大変有り難いお話しですが、店主殿、数日間だけ待って下さい。


 私は城に戻り大至急菊地に人を向かわせますので。」


「はい、承知致しました、では伊勢屋さんにもお話しを。」


「はい、伊勢屋さんには申し訳有りませんが店主殿の方からお願いします。」


「はい、勿論で御座います、私から直接話をして置きますので。」


「では、私は。」


「源三郎様、今回は私どもと伊勢屋さんの協同で買い付けを行ないたいと思っております。」


「はい、宜しくお願いしますね、では。」


 源三郎はげんたを連れ城へと戻って行く。


「なぁ~あんちゃん、今言ってた事だけど山の向こう側で戦争が起きてるのか。」


「ええ、そうなんですよ、井坂さんの話では今の幕府が崩壊するのは間違いは無いのです。


 連合国が作って要る作物が少ないので中川屋さんが中心となり大量のお米の買い付けを行なって頂いて


要るのです。


 ですが、高い山を越えるのが大変なので今まで菊池の海岸に有る道を通っていたのですがね、若しかす


れば菊地の海岸に有る道が封鎖されている事も考えられますので。」


「あんちゃん、じゃ~中川屋さんは買い付けには行けないのか。」


「うん、そうなんですよ、ですから誰かを菊池に向かわせ調べる必要が有るのですよ。」


「なぁ~あんちゃん、若しもだよ海岸の道が通れないと山越えになるのか、え~そんな事になったら大変


な事になるぜ。」


 源三郎は高野が海岸の道を封鎖していないと事を願っては要るが、高野は既に封鎖を完了し、だが、高


野は隧道工事に着手し、後、少しで開通するところまで来て要る。


 源三郎とげんたは早足でお城へと向かって要る頃、中川屋は伊勢屋で話をして要る。


「伊勢屋さん、その様な訳で如何でしょうか、協同で買い付けにと思うのですが。」


「中川屋さん、私も大賛成ですよ、実は私も今回は大量に買い付けを考えておりましたので、其れで中川


屋さん荷車の手配ですが。」


「そうですねぇ~、現地では荷車が不足して要る事も考えなければならないと思いますので、私は源三郎


様にお願いをしましてご城下から集められるだけ集めまして参りたいと思います。


 其れと後は人足ですが、これも源三郎様にお願いしましょうか。」


「じゃ~中川屋さん、今からでもお城に向かいましょうか、源三郎様の事ですからきっと解って頂けると


思います。」


「そうですねぇ~、じゃ~直ぐに参りましょう。」


 中川屋と伊勢屋は源三郎に話す為お城へと向かった。


 さぁ~大変だ、買い付けしたお米や海産物、其れに他の物を積む荷車の手配と、其れよりも今回は大量


の買い付けと言う事になり大金を持参しなければならないが、いや、その前に大事な事が有るのだと。


 其れは、果たして菊地の海岸を通る事が出来るのだろうか、其れが一番の問題で有る。


「殿、殿はどちらにおられますか。」


「源三郎、一体どうしたと言うのだ、そんなに急いで。」


「父上、殿は。」


「お前達の部屋に向かわれたぞ。」


「では、父上も一緒に来て下さい、大事な話が有りますので。」


「うん、分かった、お~、其れよりもげんた久し振りだなぁ~。


「ご家老様、オレはなぁ~あんちゃんの直属になったんだぜ、凄いだろう。」


 げんたは嬉しさで鼻を鳴らして要る。


「やはりか、まぁ~げんた、その話は後でゆっくりと聞かせて貰うぞ。」


「うん、いいよ、オレは何時でもいいからね。」


 ご家老様と源三郎、其れにげんたは源三郎の執務室兼、作業場の部屋に向かった。


 お殿様と言えば日常は自室には殆ど居られず、この執務室で家臣達の仕事を見て要る。


 この執務室では、例えお殿様でもご家老様でも家臣達には何も言わず静かな時を過ごして要る。


「殿。」


「お~源三郎か、如何致したのじゃ、其れにげんたも一緒か。」


 部屋に入ったげんたは家臣達の傍に座った。


「鈴木様、上田様、こちらに。」


 鈴木と上田は何が有ったのかと言う顔をしている。


「お二人は大至急菊池に向かい、高野様に。」


 源三郎はお米と海産物の大量買い付けに向かう事を話し。


「はい、承知致しました。


 其れで、若しも海岸の道が封鎖されておりましたら山越えになるのでしょうか。」


「其れで高野様にはこの文を渡して下さい。」


 源三郎は大急ぎで文を認め、鈴木に渡し。


「お二人は馬を飛ばして下さい。」


「はい、では直ぐに参ります。」


 俄かに執務室の雰囲気が変わり、何時に無く緊張感に包まれて来た。


 鈴木と上田は直ぐ執務室を出、馬にまたがり菊地へと飛ばして行った。


「源三郎、如何致したのじゃ、その様に慌てて。」


「殿、少しお待ち下さい。」


 源三郎は大急ぎで上田の阿波野、松川の斉藤、山賀の吉永宛てに文を認め始めた。


 其れは、彼らには護衛の侍と集められるだけの荷車の手配を、更に上田の米問屋にも買い付けには出来


るだけ買い付けよと命令書を詳しく書き終えると。


「皆様、大至急、この文と持ち馬で向かって頂きたいのです。」


 執務室に居た家臣達の全員が立ち上がり、源三郎から文を受け取ると数人づつで各藩に向け飛び出して


行った。


 源三郎は菊池の高野にも詳しく書いた文を。


「これは菊地の高野様に届けて下さい。」


 数人の家臣が文を受け取ると同じ様に執務室を飛び出して行った。


 源三郎は一息付くと。


「殿、ご家老、其れと、残られました皆様今から大事なお話しをしますので。」


 家臣達は立ち上がり、源三郎の近くまで来た。


「では、今からお話しを致します。」


 源三郎は各藩に向け書いた書状の内容を詳しく話した。


「源三郎、では米問屋と海産物問屋が大金を持ち買い付けに向かうので、出来れば全員で中川屋と伊勢屋


の護衛に就けと申すのか。」


「はい、鈴木様に渡した文の内容よりも後で書きました内容とは少し違いますが、何れにしましても山の


向こう側に行かねばなりませぬ。


 ですが以前と違うのは幕府軍と官軍が戦を行なって要ると言う事なので、今回、皆様は中川屋と伊勢屋


達の命と物資の略奪の為に襲われると言う可能性が有ると言う事を考えねばなりませぬので。」


 家臣達はと言うと源三郎の話を一言も聞き逃さぬと言う真剣な眼差しで聞いて要る。


「源三郎、どの様な事態になったとしてもじゃ、中川屋と伊勢屋達は守らねばならぬぞ。」


「はい、勿論で、私も同行したいと考えて要るのですが。」


「総司令、是非、我々にお任せ下さい。


 この様な時の為に我々が要るのですから。」


 其の時、中川屋と伊勢屋が来た。


「源三郎様。」


「中川屋さんに伊勢屋さん、さぁ~どうぞ。」


 中川屋も伊勢屋も緊張した様子で。


「中川屋さん、伊勢屋さん、今、全ての藩と上田の問屋さんにも文を書き、馬で向かいましたので数日の


内に返事が出来ると思いますよ。」


 この様な時にはお殿様もご家老様も口は出さず源三郎の話を聴いて要る。


 中川屋と伊勢屋もお殿様とご家老様に挨拶をするだけで源三郎との話に入ったので有る。


「源三郎様、先程も伊勢屋さんと話をしておりましたが、今回は特別だと考えておりまして、ご無理をお


願いしなければならないと、はい。」


「宜しいですよ。」


「はい、有難う御座います、其れでご城下に御座います荷車を何とか出来ないかと、勿論、ご無理は重々


承知の上で御座いまして。」


「中川屋さん、その様な事を心配される必要は御座いませんよ直ぐ手配致しますのでね、少しお待ち下さ


いね、皆様方、今お聞きの通りで皆様方は今から城下に行って頂きまして荷車を集めて頂きたいのです。


 其れと城内の荷車は全て出して下さい。」


「総司令、城下の人達にも説明は必要だと思うのですが、宜しいでしょうか。」


「はい、勿論、宜しいですよ、但し、不安は何も有りませんと、今回は大量買い付けで荷車が不足してい


るとこれは事実ですからね宜しくお願いします。」


「では、今から全員でご城下に向かいますので、其れで荷車は城内に集めるれば宜しいのでしょうか。」


「はい、其れで宜しいですよ。」


「では、早速向かいますので。」


 残っていた家臣の全員が城下へと向かった。


「源三郎様、誠に有難う御座います。」


「其れと人員の確保ですが。」


「はい、其れも今私達の店の者だけでは不足しますので何とか出来ないかと思って要るので御座いますが


如何で御座いましょうか。」


 今回は特別だと言うので特に人手不足が問題となった。


「う~ん、人手の確保ですか何か良い方法は無いものだろうか、う~ん、これは困った。」


「なぁ~あんちゃん、城下に立て札を出したらいいんだ、お米と海産物と其れに他の物も大量に買い付け


に行くけど人手が足り無いないからって。」


「その手が有りましたね、げんた、いやさすがですねぇ~、では技師長の提案を採用します。」


 げんたはまたも鼻を鳴らして要る。


「あんちゃん、其れとねみんなに助けて欲しいって書いたら城下の人達は助けに来るぜ、みんなはなぁ~


あんちゃんが困ってるからってきっと飛んで来るぜ。」


「有難う、まぁ~本当ですからねぇ~、げんたの言う通りに書きますよ。」


 お殿様もご家老様も頷き今回だけは特別なんだと言う事を領民にも知らせる必要が有ると。


「源三郎様、私達も其れはもう大助かりで御座います。」


「いいえその様な事は私がご無理をお願いしておりますので。」


「殿、私は直ぐ立て札の準備に入りますので。」


「権三、頼むぞ。」


 ご家老様は部屋を出、立て札の準備に入って行く。


「源三郎、今回の買い付けはそれ程にも切迫しておるのか。」


「殿、その様な事は御座いませぬが、中川屋さんも伊勢屋さんも今回の買い付けは大変だと申されておら


れます。


 其れと申しますのも、多分ですが今回の買い付けが最後になるやも知れませんので。」


「何じゃと、最後だと、何故じゃ、何故、最後だと申すのじゃ。」


「お殿様、私達も最後にはしたくは御座いませぬが、これだけは何と言っても相手がどの様な状態になる


のかも全く分かりませんので。」


「そうか、誠最後になる事も考えねばならぬのか、う~ん。」


「はい、私も決断しなければなりませんが、今の幕府軍と官軍との戦の状況次第だと言う事になりますの


で、ですが何れにしましても今回の買い付けは連合国の総力を上げて行わなければならないと考えて要る


ので御座います。」


 源三郎も中川屋の言った最後の買い付けになるだろうとは予想はしている。


「中川屋さん、仮にですよ、今残って要るお米を種籾として残す事は出来ませんか。」


「はい、其れはもう何時でも宜しいのですが。」


「その種籾もですが、山賀の種籾でしょうか。」


「いいえ、これは以前に仕入れましたお米ですが。」


 源三郎は一体何を考えて要る、その種を正か菊地や上田、野洲で栽培するとでも、だが、山賀以外の土


地では正か不作で他国から仕入れた種籾で豊作になるとでも思って要るのだろか。


「殿、その種籾で一度試しに栽培しては如何かと、私は駄目で元々だと考えて要るのです。」


「では、我が藩で最初に育てるのか。」


「はい、今思い付きましたが、家臣の中から数人を選びその者達には稲の育ち方を調べさせるのです。


 その者には毎日農民さんがどの様な方法で稲を育てられているのかを克明に書き、どれ程の収量が有っ


たのかも記録として残し、問題点を農民さんを交えて議論するのです。」


 源三郎は農業改革まで起こすと言うので有る。


 野洲で今まで育てて来た稲と中川屋が仕入れた別の稲の育ち方を見比べれば色々な問題点が出るだろう


と考え、少しでも多く収穫出来る様にしなければならないと考えたので有る。


「殿、其れと山賀で収穫されましたお米も試して見れば自ずと何かの答えが出ると思われますので。」


「源三郎、余も少しは分かって来たぞ、其れでじゃ何時から始めるのじゃ。」


 もうお殿様は気が早すぎる、今年もそろそろ白いものが降る季節を迎えようとして要る頃になった。


 源三郎の話は次の季節にならなければ出来ないのだと言うので有る。


「殿、もう今年は無理で御座います。


 来年の種を蒔く頃の季節にならなければ出来ないので御座いますから。」


 実は殿様も其れだけ焦って要ると言う事なのかも知れない。


 だが、この殿様はそのままで終わる様な殿様では無い。


「のぉ~、源三郎、先程申した試しの話じゃが。」


「はい、殿、また何か思い付かれましたで御座いますか。」


「うん、山賀以外の土地では不作ならばじゃ、その種を他の国でも試してはどうじゃ。」


 やはり殿様も考えていたので有る。


「のぉ~源三郎、同じ駄目で元々ならばじゃ、野洲だけでは無く、菊地でも上田でも試すのも良いと思う


のじゃがのぉ~。」


「左様で御座いますねぇ~、私も少しでも収穫が増えるならば、次の年からはより多く植え付ければ良い


のですから。」


「源三郎、余が直々文を認める、後は中川屋が種籾を届けてくれれば良いのじゃ。」


「はい、私も大賛成で御座います。


 中川屋さん申し訳有りませんが来年用の種籾を残して頂ければ幸いなのですが。」


「源三郎様、私も大賛成で御座います。


 其れで少しお願いが御座いましてお届けさせて頂きます種籾の分量ですが。」


「余が直々文を認めるが各農村で必要な分量を知らせて欲しいと書けば良いのか。」


「はい、左様で御座いまして、私は今の内に来年度分の種籾を確保出来ればと思っておりますので申し訳


御座いません。」


「よし、分かったぞ、源三郎、其れで良いのか。」


「はい、誠に有難う御座います。」


 その数時後、鈴木と上田は早くも菊池に到着し。


「私達は野洲の鈴木と上田と申しますが、総司令、いや、源三郎様から高野様へ大至急お渡しする様にと


文を預かり、大至急、高野様にお取り次ぎをお願いします。」


 菊池の門番は総司令と言っても分からない、だが源三郎と言えば直ぐ伝わり、今ではそれ程までに源三


郎の名は浸透しているので有る。


「はい、高野様なれば、この左に入った執務室におられると思いますので、どうぞ。」


「承知しました、では。」


 高野の執務室は直ぐ隣に有った。


「高野様。」


「これは、鈴木様に上田様一体何用で御座いますか。」


「はい、実は総司令から文を預かりまして、大至急高野様にお届けする様にと。」


 高野は直ぐに読むと。


「えっ、これは大変だ、鈴木様、実は海岸の道は既に封鎖し、今、隧道を掘り進んで要るのですが、う~


ん、これは困った。」


 やはり源三郎が思った通りで有った。


「では、山越えは不可能なのでしょうか。」


「少しお待ち下さい。」


 高野は腕組みし考え始めたが。


「う~ん、これは大変な事になった、何とかせねば、だが、う~ん。」


 高野は必死で考えて要るが、其の時。


「高野様、少し細いですが、頂上の見張り所に行く為の道が有りますが。」


「あっ、そうかあの道か。」


「高野様、道は有るのでしょうか。」


「はい、有ります少し狭いですが。」


「高野様、少し広げましょう、荷車が通る事が出来れば良いのですから。」


「上田様一体何台の荷車が通るのですか。」


「其れが、私達も分からないのですが、総司令の事ですから。」


「そうですねぇ~、では我が藩からも荷車を全て出しましょう、総司令がこの様な文を出されると言う事


は余程の事ですから向こう側の道も広げ、間伐材は隧道工事の補強材として利用しますので、総司令にお


伝え下さい。


 菊池の全勢力を集め何とか致しますので。」


「高野様、誠に申し訳御座いませぬ、では私達は急ぎますので。」


「鈴木様、上田様、馬を乗り変えて下さい。」


 鈴木と上田は高野が用意した馬に乗り野洲へと飛ばした。


 高野に源三郎からの本文が届けられるのは、その一時程経過した頃で有る。


 一方、上田、松川からも直ぐに返事が有り、山賀は吉永が家臣の全員に総力戦だと伝え。


 上田の阿波野、松川の斉藤は城下の荷車全てを集め準備は全て整い、数日後、中川屋と伊勢屋の番頭達


全員がお城に入った。


「源三郎様、私達は金子を二千両づつ用意しました。」


「えっ、二千両もですか。」


「はい、今回の買い付けには源三郎様が野洲のお侍様全員が向かうと店主から言われましたので私達は全


員分の旅費と、其れに一番大切なお米や海産物を、其れに他にも必要な物が有りますので何としても大量


買い付けする様にと主人からも申し付けられておりますので。」


 その頃、城下からは領民が次々とお城へと向かい、総勢が二百人以上もの町民で誰もが、源三郎の窮地


を救うのだと自らの意思で集まって来たので有る。


「源三郎、此処に七~八百両は有ると思う、これも使え。」


 ご家老様がお城からでは無く、源三郎の為にと思い数十年間を掛け蓄えた大金で有る。


「父上、この金子は。」


「何も言うな、今回は特別だ何としても成功させねばならぬ、その為の金子だ。」


 源三郎は知っていた、昨夜、父が裏の土蔵から何やら持ち出し、其れは八百両近くも有る大金だと言う


事なので有る。


「父上、申し訳御座いませぬ、この様な。」


「いいんだ、この金子はお前の為にと思い、わしが数十年間少しづつ蓄えて来たのだ、何も不正をして蓄


えた金子では無いから心配はするな、其れと、必ず全員を無事に戻らせるのだ分かったなっ。」


「はい、承知致しております、では私は。」


 今回の買い付けには源三郎が先頭になって行くつもりなのだ、だが、其れも以前ならば可能で有った、


だが今回は無理なので有る。


 話はその数日前に戻り。


「皆様方、少しお願いが有るのですが、聴いて頂けましょうか。」


 その頃、雪乃は賄い処に居た。


「奥方様、如何なされたので。」


「吉田様、私を奥方とは呼ばないで頂きたいので御座います。


 私は源三郎様の妻ですが、殿様の奥方様では御座いませぬので。」


「ですが、私としましては。」


「分かりましたが、其れよりも私がお願いしたいと申し上げていますのが数日後の早朝ご家中の皆様方の


殆ど全員と米問屋の中川屋さん、海産物問屋の伊勢屋さんでお米と海産物、その他にも色々な物を大量に


買い付けに参られる事をご存知でしょうか。」


「雪乃様、私達も聞いておりますが、一体何を致せば宜しいのでしょうか。」


 女中頭は大よその事は分かって要る。


「先日、ご城下には人手不足だと立て札が立てられ、その中の文言には源三郎様が人手不足で大変お困り


だと書かれていたようにも思うのですが」


「では、ご城下からも大勢の人達が参られるのですか。」


「はい、でも私は一体何人集まられるのか分かりませぬ、百人、いや、二百人は集まるのではないかと


思って要るので御座います。」


「二百人ですか、では雪乃様はその人達の朝とお昼のおむすびを作りたいと申されるのでしょうか。」


「はい、源三郎様は今回の買い付けは命懸けだと申されておられます。」


「雪乃様、買い付けが命懸けだと、ですが何故で御座いますか。」


 腰元達もある程度は知っては要るが、だが其れは一部の腰元だけで殆どの腰元や女中達はまだ理解出来


ていない、其れにもまして賄い処の女中達は全く知らないと言うよりは全く理解が出来ていないと言うの


が現実なのかも知れない。


「では、私の知る限りのお話しをさせて頂きますので。」


 其の時、誰から聴いたのか大勢の腰元が賄い処に集まって来た。


「では、今からお話しを致します。」


 雪乃は今連合国の置かれている立場を詳しく話し始め、理解出来ていない女中達は其れこそ大変な驚き


様で、其れでも一部の腰元を含め腰元達は驚きもせずに雪乃の話を聴いて要る。


 雪乃の話し方は優しく詳しくするので、今の今まで全く理解出来ていなかった腰元達も全員が理解出来


たのは間違いは無いので有る。


「その様な訳なので御座いまして、私達は何も出来ないのでは御座いませぬ、せめて、せめて、買い付け


に向かわれます皆様方におむすびをお届けする事しか出来ないのです。


 皆様、どうかご協力の程を何卒宜しくお願いしたいので御座います。」


 雪乃は手を付き深々と頭を下げた。


「雪乃様、頭を上げて下さいませ。


 私達に出来るのはおむすびを作る事だけで、明後日の出立前にはお届け出来る様に致しますので。」


 女中頭も他の者達も雪乃は松川藩のお姫様だと知って要る。


 そのお姫様が女中達や腰元達に頭を下げるなどとは他の藩では考えられ無い話で有る。


「雪乃様、其れで一体何個作れば宜しいでしょうか。」


「はい、私は途中で農民さんも大勢来られると思います。


 でも今の私には一体何個必要なのかは見当も付かないのです。」


「え~っと。」


 女中頭が人数をを数え始めた。


「雪乃様、大体ですが、五百人くらいになると思うのですが。」


「五百人ですか、でも大変な人数になりますが、其れでお一人が。」


「雪乃様、取り合えず、二千個作りましょう、其れで足らなければ仕方が御座いませんから。」


 女中頭は案外とさっぱりとしたもので。


「そうですねぇ~、では一応二千個ですが、明日の。」


「雪乃様、其れならば私達にお任せ下さい。


 何時もの事ですので、後はおむすびを作るだけなので夕刻から始めても大丈夫ですから。」


 そして、明くる日の早朝、源三郎は誰よりも早く大手門前の広場に居た。


 その頃、賄い処では二千個以上のおむすびが作られ、腰元、女中の全員が数百もの籠を手にして大手門


へと向かった。


 大手門前の広場には家臣が町民が次々と集まり二百台近くの荷車も揃った。


「源三郎様~。」


 雪乃の声がした、雪乃は昨日から家に帰らずにおむすびを握っていたので有る。


「雪乃殿。」


「源三郎様、お待たせ致しました、これは皆様方の朝とお昼のおむすびで御座います。」


 やはり雪乃だ自宅に帰らなかった訳が分かったので有る。


「有難う、皆様方も大変だったでしょう、私からもお礼を申しげます。」


 源三郎は腰元と女中達の全員に頭を下げた。


 其の時、城下の方から。


「お~い、皆さん少し待って下さい。」


 大川屋の番頭と店の者達の殆どが来た。


「源三郎様、大変遅くなり申し訳御座いません。」


「大川屋の番頭さん、其れに皆さんも。」


「主人から出立に何としても間に合うようにと、其れでこれを用意しておりまして遅くなりましてさぁ~


皆さんにお渡しして下さい。」


 何と大川屋からは大量のおむすびと水の入った竹筒で有る。


「番頭さん、有難うこの様な物までも。」


「いいえ、源三郎様、私達に出来るのはこれくらいしか有りませんので。」


「いいえ、私よりも皆さんが喜ばれると思いますので、どうか、店主殿にも源三郎からだとお礼を申し上


げて下さいね。」


 源三郎は番頭にも丁稚達にも頭を下げた。


「では、皆様方、宜しくお願い致します。


 何事も無く、皆様方全員が無事に戻って来られますように、鈴木様は中川屋さんに上田様は伊勢屋さん


に同行して下さい。」


「はい、承知致しました。」


 鈴木と上田はそれぞれの所に行き。


「では、皆さ~ん、出立しま~す。」


「皆様、宜しくお願い申し上げます。」


 源三郎は総勢五百人以上にもなる買い付け部隊の人達に対し深々と頭を下げ、雪乃達も同様で大手門に


はお殿様もご家老様も頭を下げ買い出し部隊を見送ったので有る。


 源三郎と雪乃は最後の一人が見えなくなるまで立ち見送り全員の姿が見えなくなると城内に戻った。


「雪乃殿、有難う御座います、私は本当に助かりました。」 


「いいえ、源三郎様、私達女子は何も出来ませぬ故、せめて、朝とお昼のおむすびなりと、ただ其れだけ


の事で御座いまして、私よりも賄い処の皆様方と腰元の皆様のお陰で御座います。」


「では、皆様方は。」


「はい、昨日の夕餉の後から始めようと思ったのですが、でも、突然、殿が参られ余の夕餉はこのおむす


びじゃと申され、二つ食べられ明日もおむすびで良いぞと部屋を出られました。」


 やはり野洲の殿様は違う、これが他の、いや連合国以外の殿様ならば果たしてどうで有ろうかと雪乃は


思って要る。


「雪乃殿、今の殿は以前とは比べものにはならない程に変わられ、決して無理は申されません。


 雪乃殿も知っておられると思いますが、殿はお部屋にはおられず常に私達の作業所と賄い処と其れに他


の部屋を見舞われご家中の皆様方が役目を行ないやすくされるようにとお気遣いをされておられます。」


「はい、其れは私も驚いておりまして松川の父上にも伝えて置きたいと思っております。」


「雪乃殿、其れよりも賄い処のお女中達も腰元の皆様方は一睡もされておられないのですね。」


「はい、でも私は別に宜しいのですが、他の人達は大変お疲れだと思います。」


「分かりました、雪乃殿、申し訳御座いませんが、お女中と腰元の皆様にはゆっくりと休みを取る様に伝


えて下さい。


 私は今から殿に申し上げに参りますので。」


「はい、ですが殿様の昼餉とご家老様のお食事、其れに源三郎様も。」


「雪乃殿、その様な心配はご無用ですよ、其れよりも皆様方の身体が心配ですのでね。」


「はい、承知致しました、皆様方にはその様にお伝え致しますので。」


 その後、雪乃は賄い処と腰元達の休み処へと向かった。


 源三郎は殿様とご家老様が話をされて要ると思い、殿様の部屋へと向かった。


「のぉ~権三、先程、中川屋と伊勢屋が買い付けに向かったが、戦が長引けば買い付けも出来なくなるの


では有るまいか。」


「はい、私も今は其の事を大変危惧しておりますが、こればかりは我々では何ともしがたいので御座いま


せぬか。」


「山賀だけが豊作じゃが、何か良い方法を考えねばなるまいのぉ~。」


 殿様も山賀以外では不作だと知って要る。


「殿。」


「お~源三郎か。」


「はい、殿、実はお願いが御座いまして。」


「何じゃ源三郎の願いとは、じゃが恐ろしいのぉ~。」


 殿様は冗談のつもりでニヤリとした。


「殿、私はその様な気持ちでは、其れよりも賄い処のお女中達と腰元達の事で。」


「何じゃ、雪乃に怒られたのか、え~源三郎が正か。」


 またも殿様の冗談に。


「殿、そうでは御座いませぬ、賄い処では昨夜から一睡もせずお女中と腰元達の全員がおむすびを作って


おられましたので朝餉と昼餉を。」


「源三郎、何も申すな、余は朝餉も昼餉もおむすびで十分なのじゃ、余は先に賄い処で皆に申して置いた


今日は何もするで無いぞと。」


 殿様は既に賄い処の女中達や腰元達には今日は身体を休ませるようにと伝えていたので有る。


「殿、有り難き事で御座います。」


「のぉ~源三郎、余は何も出来ぬのじゃ、いや出来ぬと申すよりもじゃ、源三郎の命令でじゃ何もさせて


は貰えぬのからのぉ~。」


 殿様は冗談のつもりで言うのだが。


「殿、その様な事は御座いませぬ。」


「源三郎、余は当分の間、いやせめて皆が無事で全員が戻って来るまではおむすびで十分なのじゃ、余に


何も不満は無い、源三郎、其れよりもじゃこの先の事を考えねばなるまいぞ。」


「殿、この先と申されますと。」


 源三郎は幕府軍と官軍との戦の事だと思ったのだが。


「何を申しておるのじゃ、今日は中川屋と伊勢屋が買い付けに向かったが中川屋の話は分かった、伊勢屋


も海産物も何とか確保するで有ろう、じゃがのぉ~薬種はどの様に考えておるのじゃ。」


 源三郎は薬種問屋にはまだ何も話していなかった。


「殿、私も考えておりまして、農村では今別の所を開墾し、そのところに薬草を育てる方法を考えており


ます。」


「何故じゃ、薬草は別なのか。」


「はい、以前、薬種問屋の店主に聴きましたところ、農村で栽培が出来ると聴きましたので。」


「そうか、そうか、余も薬は大事だと思っておったのじゃ。」


「殿、其れで城下の医者と薬種問屋には話を致しますので。」


「よ~し、分かったぞ、まぁ~源三郎の事だから何も心配はしてはおらぬが。」


 其の時、雪乃がおむすびとお茶を持って来た。


「殿、おむすびだけで申し訳御座いませぬ。」


「雪乃、その方も疲れたで有ろう、今日は帰りゆるりとするのじゃ。」


「殿、私は大丈夫で御座います。


 先程、賄い処と腰元達の詰所に参り、今日は何もされずにお休みをと伝えましたので。」


「そうか、雪乃、済まぬのぉ~。」


「殿、何を申されます、私は何も出来ませぬ故、源三郎様のお役に少しでもと思っただけの事です。」


「雪乃、今日は帰れ余の命令じゃ。」


 雪乃は何か寂しげな様子で、だが一睡もしておらずおむすびを作り続け相当疲れて要る。


 その頃、買い付けに向かった者達と鈴木と上田が何やら話をしている。


「お侍様、其れにしても、中川屋さんと伊勢屋さんですが物凄く荷車が多いんですが、何で源三郎様は大


勢の人達が要るって言われたんですか。」


「其れがねぇ~、あの高い山を越えないと駄目になったんですよ。」


「え~、じゃ~峠は。」


「この野洲もですがね、菊地や上田、松川でも向こう側に通じる峠が無いのですよ。」


「峠が無いって、じゃ~一体何処から山を越えるんですか。」


「ええ、其れでね、今から向かう菊地からですが其処が一番低いのでね、でも菊地にも峠は無いのですが


人が一人通れる道だけなんですよ。」


「じゃ~人間は通れても荷車は無理なんですか。」


「源三郎様から菊池に文が届き、今大急ぎで荷車が通れるようにと道を広げて頂いて要るのですが、私も


どの様になって要るのかも知らないのです。」


「今まで何で荷車が通れる峠が無かったんですか、其れにオレ達は山の向こう側を知らないんですよ。」


「じゃ~今から簡単にお話しをしますね。」


 鈴木と上田は町民達に話すと。


「えっ、じゃ~幕府の人間が来れない様にと昔の人達が作らなかったんですか、其れじゃ~、オレ達野洲


の者も向こう側には行けませんねぇ~。」


「ですが別に向こう側に行かなくても何も問題無く普段通りの生活は出来ると思いますよ、其れに菊地か


ら山賀に続く高い山が有るだけで幕府の軍勢も来れませんからねぇ~。」


 鈴木の説明に町民達は納得している様子で。


「まぁ~其れでもですよ、一人や二人ならば山を越える事は出来ますがね、でも、この山には狼の大群が


要るのを知っておられますか。」


「うん、オレ達も昔からの言い伝えで山に詳しい猟師でも、この山には狼の大群が要るんで、其れはもう


恐ろしい山だって聞きましたが。」


「ええ、その通りですよ、仮にですが貴方が山越えを考え登り始めたとしましょうか、この山には下から


は大木が茂り、其れにですよ人間の背丈以上も有る熊笹が群生し、若しもですが熊笹で切った傷が付く


でしょう、すると狼は血の臭いを嗅ぎ付けて大群で襲ってきますからねぇ~。」


「そうか、じゃ~熊笹で切ったら命は無いと言う事なんですか。」


「そうですよ、其れを城下の人達は知っておられますからね、まぁ~極端な言い方ですがね山には絶対に


入るなと。」


「その話はオレも聞いた事が有るよ、でもお侍様だったら刀が有るから心配は無いと思うんですが。」


「刀ですか、ですがねぇ~、あの狼の攻撃には刀は何の役にも立ちませんよ、だってあの素早い動きに


我々侍が太刀打ち出来ると思いますか、私は例え源三郎様から山越えを命じられましても拒否しますから


ねぇ~。」


「じゃ~其れで菊池まで行くんですか。」


「ええ、菊地でも同じですがね、菊池藩の方々が熊笹を刈り取り、人間が通れる様にされたのですがね、


其れを今回の買い付けの為にと菊地の人達が道を切り開いて要るのです。」


「其れは、オレ達が行くからですか。」


「はい、その通りですよ。」


 問題は菊池側の登り道では無く反対側がどの様になって要るのか、其れに今回の買い付けが終わると向


こう側の人達に知られる前に封鎖しなければならないので有る。


 高野の事だ何も心配する事は無いが何時幕府軍か官軍に発見されるかも知れないので有る。


 大量の米俵や海産物を積んだ荷車が次々と山を登って行くところを発見でもされたならば、其れこそ大


変な事になる。


 その為にも何としてでも早く買い付けを終え山を登り切らなければならないのだ。


 鈴木も上田も行きは良いが帰りが恐ろしいと心中は穏やかでは無い。


 その様な話をしていると城下を抜けたところで多くの農民が待っていた。


「あれ~、源三郎様は。」


「えいじさん、今回の買い付けには源三郎様は同行されないのです。


 いいえ、されないと言うよりも、我々家臣が源三郎様には残って頂きたいとお願いしましたので。」


「鈴木様、オラ達も一緒に行きますので。」


「えっ、ですが農村では忙しいとお聞きしましたが。」


「鈴木様、オラ達も全員で行こうって言ってたんです。


 其れで今から取り入れる仕事は各農村の半分が残り、刈り取りする事に決まったんです。」


「えっ、では半分の人達が応援に来て頂いたのですか。」


「初めは全員がって、でも刈り入れも大事ですから。」


 野洲の農村でもこれからが本格的な刈り入れが始まり、其れこそ猫の手も借りたい程の忙しさで、だが


其れでも源三郎の危機だと聞いた農民達が参加すると言って百人程が応援に駆け付けたので有る。


「えいじさん、皆さん、有難う、其れで皆さん朝の食事は。」


「鈴木様、オラ達は今日は食べる暇が無かったんです。」


「そうですか、ではおむすびが有りますので、今日の朝とお昼は申し訳無いのですがおむすびで我慢して


下さいね。」


「いゃ~オラ達も嬉しいですよ、みんな、おむすびが頂けるそうだ、受け取ったら行儀は悪いけど食べな


がら行きますよ。」


「お~。」


 農民達の気勢が上がり、これで野洲からは総勢六百人からの人達が菊地を目指し進み始めた。


 一方、菊地では大きな変化が起き大忙しで、高野が先頭になり海岸に道を造り始めた。


 其れと言うのも山越えする道を造るよりも海岸に道を造る方が早いと考えたので有る。


 今、隧道工事では大量の土砂が掘り出され土砂の捨て場に困り、その土砂は海岸の道を塞ぐ為に使用し


ていた、今回、源三郎からの文で急遽荷車が通れるだけの道を造る為に使用しようと考えたので有る。


 菊池の家臣全員と城下からも大勢の人達が土砂の捨て場から運び始めた。


 野洲からは早馬の知らせでお昼頃には到着すると言うのだ。


 同じ頃、上田からも阿波野が先頭になり上田の家臣全員と城下からも大勢の人達が集まり松川へと向か


い、松川では斉藤が先頭になり上田からの到着を待って要る。


 一方、山賀では家臣全員が上田と松川からの買い付けに同行し護衛の任に当たるべく山賀の城で待機し


て要る。


 菊池の海岸の道からは千人以上が、そして、山賀の山越えには二千人近くがお米と海産物なのど買い付


けに向かったので有る。


「のぉ~源三郎、これから暫くは夜も眠れぬ日が続くのぉ~。」


「はい、其れは私も覚悟致しております。


 ですが何としてもやり遂げねばなりませぬ。」


「そうじゃ、源三郎、げんたの事を忘れておったぞ。」


「殿、其れは心配要りませぬ、げんたは賢いですから、其れに今回の事もげんたと一緒に中川屋に行って


分かったのですから、げんたも久し振りにのんびりとしていると思います。」


「そうか、まぁ~其れならば良いのじゃが。」


 一方でげんたはこの数日間、お城でのんびりと過ごしていた。


「なぁ~ねぇ~ちゃん。」


「あら~、げんたさん、如何されたのですか。」


「いゃ~オレよりもみんな行ったのかなぁ~。」


「ええ、遂先程、総勢で五百人程にもなりましたが、皆さん元気に出立されましたよ、其れよりもげんた


さん朝のご飯は。」


「うん、オレもみんなが行ってから来ようと思ってたんだ。」


「そうでしたか、やはりげんたさんは優しいですねぇ~。」


 雪乃はニッコリとしてげんたを見つめた。


 げんたは子供だが考え方は並みの大人以上で常に何かを考えて要る。


「其れであんちゃんは。」


「源三郎様は殿様とご家老様とお話しをされておられますよ。」


「うん、分かった、じゃ~これを食べたら行ってくるよ。」


「そうですか、では私も新しいお茶を持って参りますので、其の時一緒に参りましょう。」


 げんたは雪乃を本当の姉の様に思っており、それ程までにも甘える事の出来る人なのだ。


 暫くして、雪乃とげんたは殿様の部屋へ。


「殿様、新しいお茶をご家老様、源三郎様にも。」


「雪乃、有難う、じゃが早く帰るのじゃぞ。」


 雪乃はこの後暫くして城を出自宅へと戻って行く。


「げんた、済まなかったですねぇ~。」


「いゃ~オレは別にいいんだ、さっき姉ちゃんから聴いたんだ。」


「そうですか、殿、げんたをこの度技師長に任命致しました。」


「そうか、げんた、いや技師長、源三郎の無理を聴いて欲しいのじゃ、じゃが何故げんたを技師長に。」


「げんたの頭は並みの大人では想像出来ない程の発想力を持っております。


 其れが何よりも一番の理由で御座います。」


「うん、其れは余も認める、其れに源三郎さえも考え付かなかった潜水船を造り、その試しも無事成功し


たのじゃからのぉ~、まぁ~其れにしてもげんたは大した男じゃ、うん、うん、誰もが認める事に間違い


は無いぞ。」


「殿、私はげんたが能力を最大限に発揮して欲しいと、其れならばと思い付いたのが技師長と言う名称


で、其れと我が藩から数名の若手を選び、技師長の下で学ばせようと考えて要るのですが如何で御座いま


すでしょうか。」


「あんちゃん、其れは無理だぜ、だってただ考えるだけだったら誰にでも出来るんだ、オレはなぁ~使え


る方法から考えるんだぜ、そんなの教えたって出来ないよ。」


「やはりそうですか、無理ですか、では他に何か方法でも有りますかねぇ~。」


「なぁ~あんちゃん、オレはオレ一人の方がいいんだ、だけど、オレ、字が。」


「分かりましたよ、では、あの時の二人に決めますか。」


「うん、オレも鈴木のあんちゃんや上田のあんちゃんが探した人がいいんだ。」


「分かりました、ではその様にしますからね、殿、その様な訳で御座いますので、殿が申されておられす


す大きな潜水船ですが少しお待ち頂きたいのですが、如何で御座いますか。」 


「源三郎、全て技師長に任せるぞ、今更余が口出す事では無いと思うのじゃ。」


「はい、其れで今の内にげんたが技師長になった事の知らせと、技師長の手助けになる者達を集めたいと


思うのですが。」


「源三郎、立て札じゃ、城下の者達はげんたの事は知っておる、げんたの手助けは家中の者と城下の者達


の中から集めては如何じゃ、げんたは如何じゃ。」


「う~ん、実を言うとねぇ~オレはまだ何も考えられないんだ、だってあんちゃんは急にだぜ技師長にな


れって言うし、其れに今の潜水船の改良も有るしなぁ~、其れにだよ大きな潜水船を考えろって言うし、


殿様、あんちゃん、オレはまだ子供なんだぜ、その子供にだよそんな無理を言う方が間違ってるんだ。」


 げんたの言う事が正しいのだが、げんたは其れを今更子供だからと言って、あれも出来ない、これも


出来ないと言う様なげんたでは無い事は源三郎も知って要る。


「げんた、本当に済まないと思っていますよ、ですがねげんただから出来ると思って要るのです。


 其れよりもまぁ~のんびりと行きましょうかねぇ~。」


「うん、分かったよ、あんちゃん其れよりも、オレ、母ちゃんが心配だから浜に帰るよ。」


「そうですか、では気を付けて帰って下さいね、其れと賄い処に行って下さい。


 雪乃殿が何か渡す物が有ると申されておりましたので。」


「えっ、ねぇ~ちゃんがオレにか一体何だろうかなぁ~、まぁ~いいかじゃ~なっ。」


 げんたは雪乃が用意した物を受け取ると元気良く浜へと帰って行った。


「源三郎、雪乃が渡す物と。」


「はい、中川屋から頂きましたお菓子で母親にも甘いお菓子をと。」


「そうか、そうで有ったのか、源三郎、疲れたで有ろう雪乃の所に帰るのじゃぞ。」


「はい、私も少し疲れましたので少し休ませて頂きます。」


 源三郎は殿のご命令だと雪乃の待つ自宅へと戻り掛けた時、大手門に髭は伸び放題、頭はと言うとぐ


しゃぐしゃ、着物はぼろぼろの侍が、だが、この侍は、果たして、一体何者なのだと大手門の門番は慌て


たので有る。



           






           

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