表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇の帝国    作者: 大和 武
56/288

 第 29 話。幕府軍と官軍の戦は。

 イ零弐号潜水船が完成する少し前、野洲を飛び出した田中は旅の僧侶に身を隠し、一路、長州を目指し


其れから九州へと向かう為にゆっくりと辺りを偵察しながら歩いて要る。


 有る時、北へと向かうと農村を見付け付近にお寺は無いかと聴いた。


 農民から見れば国中を巡って要る僧侶と思ったのだろう、田中は野洲のお寺で一応僧侶の教えを受けて


おり余程の人間で無ければ見破られる事は無い。


 其れに今回はさんぺいは同行させていない、浪人の姿ならばさんぺいは必要だが、僧侶の姿ならば何処


に行っても誰にでも話し掛ける事も出来るのだと考えたので有る。


 更に、今回は今までとは違い命の危険度は数段高く、その様な所にさんぺいを同行させる訳には行かな


かったので有る。


 そして、備前の国と言われて要る国に入ると焼き物の町が多く有り、田中は幾つもの寺に入り、寺の住


職からは色々な話を聴けたので有る。


 一方、野洲では源三郎はイ零弐号潜水船の完成を待ち侘びて要る。


「源三郎、げんたからは何も言って来ぬのか。」


「はい、ですが、私が行ってどうにでもなるものでは御座いませぬので。」


「余も分かっておる、じゃが、遅くは無いかのぉ~。」


「相当悩んで要る様子ですが、げんたの事ですので必ず完成させると思いますので、後、少しの辛抱かと


存じております。」


「よ~し分かった、何か有れば頼むぞ。」


「はい、其れは勿論で御座います。」


 殿様も相当いらついて要る、だが、今はげんたに任せるしかないので有る。


 その数日後。


「源三郎様、お奉行が来られましたが。」


「はい、ですが一体何用でしょうか。」


源三郎は全く心当たりが無い、正かと思う程の話しが。


「源三郎殿、お久し振りで御座います。」


「お奉行が自らお越しになられるとは一体何が有ったのでしょうか。」


「源三郎殿、実は城下に官軍の兵士らしき者が運ばれてきたのですが、運んで来た侍は野洲の家臣だと


申されておられますが、何か心当たりでも御座いませぬか。」


「その者達は四名でしょうか。」


「はい、源三郎殿より特命を受け山に侵入して来る幕府軍と官軍の兵士を捕らえろと、其れと場合によっ


ては切り殺しても良いと。」


 正か、あの四名の家臣が本当に官軍の兵士を切り殺すとは思わなかった。


「はい、確かに四名の者は我が野洲の家臣で私が特命を出したのは間違いは御座いませぬ。」


「ですが、四名の家臣は其れだけを伝えると直ぐ何処かに向かいましたが、其れで宜しかったので御座い


ましょうか。」


 彼らにはお城へは戻る事は無いと言ったが、本当は追放の意味で、彼らが正か本当に特命だと思って要


るとは源三郎は思いもしなかった。


「其れで、官軍兵は。」


「はい、官軍兵は死亡しており、一応、奉行所で預かっておりますが、どの様にすれば良いのかと私も判


断に困りまして、直接、お話しをお聞きせねばと思い伺ったので御座います。」


「其れは誠に有難う御座います。


 では、兵士の遺体から軍服を脱がせお寺で其れと武器ですが。」


「はい、鉄砲と弾薬ですが、弾薬は大量に持っておりましたので奉行所で保管しております。」


「分かりました、お奉行、申し訳御座いませぬが鍛冶屋の親方に明日私を訪ねて来る様にと申し付けて頂


きたいのです。


 其れとその鉄砲と弾薬ですが、どなたかに届けて頂きたいのですが宜しいでしょうか。」


「はい、勿論で御座います。


 私は早速戻り兵士は寺に鉄砲は明日届けさせますので。」


「はい、其れで官軍兵の遺体ですが、城下の人達は見たのでしょうか。」


「いいえ、其れは無いと思います。


 遺体が運ばれたのが子の刻を過ぎておりましたので大丈夫だと思いますよが。」


「其れは良かったです、では、宜しくお願い申し上げます。」


 お奉行は足早に奉行所へと戻って行く。


「皆様、今、お奉行のお話しですが一切他言無用に、特に井坂殿には。」


 執務室の家臣達は事の重大さを知っており、其れは井坂と言う人物を完全に信用した訳では無いと言う


事なので有る。


「私は今から井坂殿の部屋に参りますのでどなたが来られましても私はおりませんと申して下さい。」


 源三郎は其れだけを言って井坂の部屋へと向かった。


 井坂の部屋は城中でも奥に有り、家中の者が源三郎の指示以外で訪れる事は無く、その為、井坂が何を


考え何を書いて要るのか全く分からない。


 源三郎は突然井坂の部屋を訪れた時の反応を見たいと思うのも当然なので有る。


「井坂殿。」


「はい、えっ。」


「源三郎で御座います、突然で申し訳御座いませぬ。」


 井坂は別に慌てるでも無く机の上の書き物も隠した様子も無かった。


「源三郎様が突然来られたと言うのは、何か有ったので御座いますか、。」


「いいえ、別に何もご用は有りませぬが、この部屋にお一人では余りにも寂しいのではないかとふと思っ


たものですから。」


「いいえ、おいドンは何も。」


「今、何を書かれておられるのですか。」


「はい、おいドンがおりました司令部の見取り図と、長崎の造船所の見取り図ですが、でも、簡単には思


い出せずにおります。」


「井坂殿、別に急がずとも宜しいので、其れよりも少しお聞きしたいのですが井坂殿が持っておられまし


た連発銃の事ですが。」


「はい、連発銃が何か。」


「私はあの様な銃は何処か特別な場所で作られて要るのかと考えておりましてね。」


「おいドンも詳しくは知りませんが、確か最初の頃だと思いますが異国から入って来たと、其れを鍛冶屋


に作らせたと聞いております。」


「えっ、ですがあの様な精巧な連発銃を鍛冶職人が作れるのでしょうか。」


「いゃ~おいドンも其れ以上は知りませんので誠に申し訳御座いません。」


 井坂は多分其れ以上は知らないのだろう、野洲の鍛冶職人の腕前は評判で注文がどの様な困難な物だと


しても全て作り上げて要る。


「井坂殿、その造船所の見取り図を拝見したいのですが。」


「はい、どうぞ。」


 井坂が書いた見取り図には詳しく書かれている。


「ほ~これは大変素晴らしいですねぇ~。」


「源三郎様、此処で軍艦を建造しております。」


 井坂は源三郎に詳しく説明した。


「井坂殿、配置が出来上がるのは何時頃になるのでしょうか。」


「はい、後、二~三日もすれば。」


「では出来上がりましたら、私の方に。」


「はい、直ぐに持って参りますので。」


「お願いします、では余り手を止めたくは御座いませぬので、私は。」


 源三郎は其れだけを言って直ぐ部屋を出た。


「う~ん、其れにしても余りにも詳し過ぎる、普通はあれ程まで詳しく描けるのだろうか、それ程にも人


間の記憶力とは、果たしてそれ程までに素晴らしいのか、やはり、井坂には何か有る、だが、暫くは今の


ままにして置くとするか。」


 源三郎は井坂の描いて要る長崎の造船所の見取り図が余りにも詳し過ぎると、幾ら、司令部に在籍して


いたとはいえ、やはり何かを隠して要ると井坂に対する疑念は増々深まるばかりで有る。


 源三郎はその足で殿様の部屋へ。


「殿。」


「お~源三郎か、うっ、やはり何か有ったのか。」


 殿様は源三郎が来ると言う事は余程の事だと直感した。


「殿、実は山に官軍の兵士が侵入し、私が任命した四名の者がその兵士を処罰致しました。」


「何じゃと、官軍の兵士が侵入したと申すのか。」


「はい、先程、お奉行が自ら来られまして、私に。」


「だが、その四名は特命と言う名じゃが、追放処分では無かったのか。」


「まぁ~其れがどの様に解釈されたのか分かりませぬが毎日山に入って要る様子で、其れが今回侵入した


官軍の兵士を切り殺したと言うのです。」


「じゃが考え方によってはその四名が解釈を違えたのが結果的には幸いしたと言うのかも知れぬぞ。」


「はい、私も正かとは思いましたが、あの者達は今回の一件で我らは私からの特命で任務を成功させたの


だと、まぁ~此処まで来ますと勘違いが良かったのか何とも言えませぬ。」


 源三郎は苦笑いをするので有る。


「で、その兵士の遺体は。」


「はい、お奉行にはお寺でと申して置きました。


 其れと武器ですが明日私の手に届く様になっております。」


「源三郎、兵士の遺体が城下の者達が見たのではないのか。」


「其れも心配は無いと奉行所に届けられたのが子の刻を過ぎていたとお聞きしましたので。」


「まぁ~其れならば何も心配は要らぬのぉ~。」


「殿、其れと私は明日鍛冶屋を呼んでおります。」


「何故じゃ、何故、鍛冶屋が必要なのじゃ。」


「はい、私は一度鍛冶屋に兵士が持っておりました連発銃を見せ、同じ連発銃を作る事が出来るのかを知


りたいのです。」


「源三郎、鍛冶屋に連発銃を作らせると申したが、誠出来ると思うのか。」


「其れで、先程、井坂殿の部屋を訪れる何となく聴きましたところ、薩摩でも鍛冶職人が作ったと。」


「何じゃと、其れは誠なのか、本当に鍛冶屋にその連発銃が作れると申すのか。」


「私も真偽の程は分かりませぬが、今は我が城下の鍛冶屋に見せ、作る事が大事では無いかと考えており


ます。」


「う~ん其れにしても、その井坂といい四名の家臣が切ったと言う官軍の兵士もだが、何故、その様な少


人数で侵入して来るのか、其れともじゃ官軍から逃げて来たのか其れが分からぬわ。」


「殿、私も同じ様に考えております。


 幕府軍が道に迷ったのならば理解出来るのですが、官軍と言うのが一体どの辺りまで来て要るのか、其


れが今のところ全く分かりませぬので、仮にですがまだ多くの兵士が侵入しているのならば何らかの策を


講じなければなりませぬので一応殿のお耳にと思いましたので。」


「よし、分かった、源三郎の事じゃ何かを考えておるのじゃろ。」


「はい、私は菊池、上田、松川、山賀に文を出し至急対策を練りたいと。」


「よし、お主に任せるぞ。」


「殿、其れとあの井坂と言う人物ですが、まだ何かを隠している様にも思えるのです。」


「そうか、余もまだ何か有ると思っておるのじゃ。」


「先程、長崎の造船所の見取り図を見たのですが、余りにも正確に描いて要る様にしか思えないので御座


います。」


「正確にじゃと、だが、源三郎はその長崎を知らぬのではないのか。」


「はい、勿論で御座います。


 ですが、私は人間の記憶があれ程まで正確に覚えて要る事が出来るのかと、其れで不審に思って要るの


で御座います。」


「う~ん、じゃがのぉ~人はそれぞれ違うと思うのじゃが。」


「はい、其れは勿論で御座います。


 私は司令部でどの様な仕事をしていたのか、其れもですが、先程の奉行の話と違い、官軍は少人数で各


地に向かわせて偵察行動を取って要るとしか考えられ無いので御座います。」


「だがのぉ~、井坂はこの城内を調べるでもなく外にも出てはおらぬぞ。」


「はい、井坂が本当の密偵ならばまず城の者達を信用させる事に重きを置くと思います。


 半年、いや一年間も有れば誰もが疑う事も忘れ、其れから我が連合国の内情を調べる事も出来ます。」


「では、源三郎は井坂はわざと捕らえられたと申すのか。」


「私の思い違いで無ければ宜しいのですが、あの時、私の手に掛かった二人は運が悪かったと、その代わ


りと申しましょうか、井坂が時を稼ぎ城内の者達から何かを聴きだそうとして要る様に思えるのです。」


「う~ん、其れにしても困ったものじゃのぉ~、源三郎は何か策でも考えておるのか。」


「私は今のところ何も考えてはおりませぬが、何も知らせず腰元を一人付けようかと思って要るのです。


 私ならば最初は何も聴かず故郷の話をして時を掛け腰元を信用させ、其れからじっくりと腰を据えて腰


元から色々な事を聞き出しますが。」


「じゃがのぉ~、腰元も余り話さぬで有ろう。」


「私は井坂が興味をそそる様な話しをすれば井坂は聞きたいと、其れから本来の目的でも有る事を聞き始


めると思うのですが。」


「だが、一体誰を向けるのじゃ。」


「はい、私は加世殿かすず殿に話を致し、井坂が何の目的で連合国に入ったのか、其れが少しでも分かれ


ば私は井坂を解き放ちます。」


 源三郎は井坂が密偵だと考えて要る。


 加世かすずならば源三郎の話を理解し、井坂が本来の目的とする何かを少しでも聴き出すだろうと、だ


が、井坂に知られては困るので有る。


「其れは、雪乃にも話すのか。」


「勿論で御座います。


 雪乃殿も井坂は何かを隠しているのではと申しておりましたので。」


「源三郎、では早急に頼むぞ。」


「はい、では私は早速に。」


 源三郎は執務室では無く自室に戻り。


「雪乃殿、お願いが御座います。」


「如何なされたので御座いましょうか、私に頼みとは。」


「申し訳無いですが、加世殿とすず殿を呼んで頂きたいのです。


 訳はその時にお話し致しますので。」


「はい、直ぐに。」


 雪乃は源三郎がただならぬ思いだと知り急ぎ加世とすずを呼びに行き、間も無く三名が源三郎の部屋に


入って来た。


「加世殿かすず殿にお願いが御座います。」


 源三郎は雪乃達に詳しく説明話すと。


「では、私が参ります。」


 加世が名乗り上げ。


「誠に申し訳御座いませぬ。」


 源三郎が頭を下げると。


「私は源三郎様のお役に立つので有ればどの様な事でも致しますので、どうか、頭を。」


「加世殿、有難う、其れと、私が先程井坂殿の部屋に入りましたところ、余りにも殺風景だと申しており


ますので何かを置いて頂きたいのです。」


「はい、ではお花を生ける事もでしょうか。」


「はい、其れはお任せします、表向きはその様な訳なのでお茶も、其れとこれが一番大事なのですが、井


坂殿が聴く様子を見せれば全てお話しをして頂いても宜しいのですので。」


「源三郎様、では浜の事もでしょうか。」


「雪乃殿、井坂殿を安心させる為でして、其れに井坂殿も一度浜に行っておりますので。」


「其れで、私は井坂様の様子を見て要れば宜しいでしょうか。」


「はい、その通りで、本当の目的は何か少しでもその様な素振りを見せれば其れで良いのです。」


「ですが、何か証になるようなものが有れば。」


「其れは多分無いと思いますよ、頭の中に全てを入れて置くと考えておりますので。」


「では、お掃除ですが。」


「はい、井坂殿が拒否すれば必要は有りませんが、仮に掃除を受け入れたとしても、何も探さずに普通に


掃除だけを行なって下さい。」


「其れで、何か分かった時ですが。」


「私には直接話される必要は御座いませぬ、雪乃殿かすず殿に其れも簡単に、う~ん、そうですねぇ~、


まぁ~其れは加世殿にお任せしますので。」


「加世様、何時もの様に参りましょうか。」


「はい、私も其れならば大丈夫だと思います。」


 雪乃は何時もの様にと言った、多分、この三名だけに分かる何かの合図でも有るのだろう、源三郎もあ


えて聴く事も無いと思って要る。


「加世殿、早速ですが宜しくお願いします。」


「はい、承知致しました。


 私は早速生け花をお持ちし、源三郎様のご指示でお世話させて頂きますのでと。」


「申し分御座いませぬ。」


 加世は早速生け花の準備に入る為に部屋を出た。


「源三郎様、私は。」


「すず様は何時も加世様とご一緒にされておられますので、加世殿とさりげなく接触して頂ければ宜しい


かと思います。」


「はい、承知致しました。


 私と加世様でお芝居をさせて頂きます。」


「源三郎様、お二人に任せて頂ければ大丈夫で御座います。」


「はい、其れで何か有れば。」


「はい、承知致しておりますので、では私も。」


 すずも部屋を出た。


「源三郎様は何かを感じられたので御座いますね。」


「はい、其れがねぇ~、その前に雪乃殿は記憶力は如何でしょうか。」


「私ですか、そうですねぇ~私は普通では無いでしょうか、其れが何か。」


「実は井坂殿の部屋に参り、長崎の造船所の見取り図を描かれておられたのですが、私が拝見したところ


では大変詳しく描かれておりましたのでね、私は人間の記憶力と言うものが一体何処までなのか分からな


いのでお聞きしたのです。


 其れにしても、あれ程にも詳しく描いて要るならば物凄い記憶力だと思ったのです。


 其れと司令部では一体どの様な任務に就かれていたのか其れが納得出来ないのです。」


「では、何か特別な任務を受けたと考えておられるのですか。」


「これは私の勘ですが、特殊な能力を持った密偵では無いかと。」


「源三郎様がその様に思われるならば間違いは御座いませぬ、今は何もせず静かに薩摩の情報を申されて


おられますが、私は全てが正しい情報では無い様に思えるのです。」


 雪乃も同じ様に考えて要る。


 其れは井坂が全くと言って良い程部屋から出ず薩摩の情報を書き出して要る。


 普通ならば一日中部屋で書き物などは出来ず時々でも息抜きが必要なのだが、井坂は全くと言っても過


言では無く部屋を出ないので有る。


「井坂様、宜しいでしょうか。」


「はい、どうぞ。」


「私は加世と申します、先程、源三郎様よりご指示が御座いまして、井坂様のお部屋を少し明るくして下


さいと、其れで生け花をお持ち致したのですが宜しいでしょうか。」


「えっ、源三郎様がおいドンの為にですか。」


「はい、其れでお部屋のお掃除やその他色々とお世話をと申されましたので。」


「そうですか、おいドンは全く気にしておりませんでした。


 加世殿と申されましたね、おいドンは別に気にはしませんので。」


「其れならば宜しいので御座いますが、私が時々参りますので何か御用が有りますればどの様な事でも申


し付けて下さいませ。」


「其れは有り難いのですが、出来るならばおいドンは一人の方が好きなので、其れに源三郎様にお渡しし


ます図面も書かねばなりませぬので。」


「はい、承知致しました、では後程お茶をお持ち致しますので。」


「そうですか、有難う御座います。」


「では、直ぐに。」

 

 加世は話の最中に井坂の座布団を見ると何やら紙の一部らしき物を見たが、何も無かった様な顔で部屋


を出ると、直ぐ襖の開く音が、だが、振り向きもせず何時もの様に戻って行き廊下を曲がると、すずと


出会った。


「やはり何か御座います、では。」


 さりげなく言うとそのまま賄い処へ、加世は何時もの様にお茶を入れ、再び、井坂の部屋に入り井坂傍


にお茶を置き、部屋を出たが井坂も何食わぬ顔だが、やはり何かを隠している様にも見える。


 其れにしても部屋が整頓され過ぎで机の周りには何も無く紙と筆だけで他には何も無い。


 普通ならば書き損じた紙が机の周りの有るはずだが、其れすら一枚も無い。


 源三郎の睨んだ通りなのか、其れとも、元々、綺麗好きなのか、加世は暫く監視する事を考え。


 そして、明くる日の朝。


「あの~源三郎様に呼ばれました鍛冶屋で御座います。」


 大手門に鍛冶屋が来た。


「はい、伺っておりますので、其処を左に行かれますと直ぐに分かりますので。」


 門番は何時もと同じ様に案内する。


 大手門の門番には昨日鍛冶屋が来る事を伝えて有り、門番も心得たもので簡単に入る事が出来る。


 「あの~。」


「これは、鍛冶屋さん、お忙しいところ誠に申し訳御座いませんねぇ~、さぁ~どうぞ。」


 鍛冶屋も普段と違い、少し緊張した様子で有る。


「どなたか保管庫から連発銃と弾丸を持って来て下さい。」


 家臣は直ぐ保管庫に入り、保管されている連発銃と十数発の弾丸を取り出し執務室に戻った。


「源三郎様、わしが何かを作るんですか。」


「はい、まぁ~その前に見て頂きたい物が有りますので。」


「総司令、お持ちしました。」


「有難う。」


 連発銃は箱に入れ大切に保管して有る。


「親方、これなんですがね、見て頂きたいのです。」


 源三郎が箱を開けると。


「えっ、あっ、これは一体。」


「親方、この連発銃は官軍が作ったんですがね、親方、如何でしょうか、これと同じ物を作る事は出来ま


せんかねぇ~。」


「う~ん、わしも初めて見ましたので何とも言えませんが。」


「どうぞ手に取って見て頂いても宜しいですよ。」


「はい、では。」


 親方は初めて連発銃を見、更に現物を持つと。


「お~これは、思ったよりも軽いですねぇ~。」


「この連発銃は薩摩の鍛冶屋さんが作ったと聞きましたので、其れならば親方にも出来るのでは無いかと


思いましたので。」


「源三郎様、わしも昔ですが火縄銃を先代のお殿様に命じらまして作った事が有るんですが、でも、わし


が果たして連発銃なんて物が作れますか其れは分からないんですよ。」


「親方、別に急ぐ事は有りませんので、其れとこれが弾丸なんですよ。」


「えっ、これが弾なんですか、へぇ~これがねぇ~。」


 親方は驚きの連続で。


「だけど他国の鍛冶屋に作れて、わしが作れないとは言えませんからねぇ~。」


 親方は他国の鍛冶屋に負けたくは無いのだと言うので有る。


「源三郎様、わしも負けられませんよ、他国の奴らに出来てわしに出来ないって、よ~し、源三郎様、わ


しに任せて下さい。」


「親方、無理は必要有りませんのでね。」


「いや、わしにも意地が有りますよ。」


「そうですか、其れと弾丸ですがこの中に火薬が入っておりますので注意して下さい。」


「はい、其れは勿論で十分注意しますので、だけど見事な作りですねぇ~。」


「はい、私も最初は異国から入って来たのかと思ったのですが、其れが全く違っておりましたので驚いて


要るのです。」


「源三郎様、直ぐには無理ですが、何とかやって見ますので。」


「はい、お願いします、この箱では目立ちますので簡単にしますので少しお待ち下さい。」


 執務室の家臣も正か箱に入れて渡す訳には行かずと考え、寧ろを巻き風呂敷で包み渡した。


 その数日後。


「井坂様、お茶で御座います。」


「あ~これは加世殿で何時もながら有難う御座います。」


「いいえ、私も別に大事なお役目も御座いませぬので。」


「そうですか、では少し話でも如何でしょうか。」


 やはり来たぞ、加世にすれば待っていたので有る。


「加世殿は野洲のお方ですか。」


「いいえ、私は松川の者ですが、其れが何か。」


「源三郎様の奥方様も松川のお方だとお伺いしましたが。」


「はい、松川藩の姫君様ですよ。」


「えっ、そんな話をされても宜しいでしょうか。」


「ええ、城中の方々もご城下の人達も知っておられますので宜しいのですよ。」


「そんなぁ~、おいドンには考えらませんよ、お姫様が。」


「でも、私はお姫様が、いえ雪乃様が羨ましいですよ、元はお姫様ですがご家中のと申されましても源三


郎様はご家老様のご子息様ですから、でも一番喜ばれたのは野洲のお殿様でしたよ。」


 井坂も其れくらいの事は知って要るはずで、だが、あえて確認したかったのだろうか、其れにしても、


何故今頃になって聴くのだろうか、やはり、源三郎の言う通りで少しづつ探りを入れて来たのだろうか。


「ですが、何故、野洲のお殿様が喜ばれて要るのです。」


「雪乃様の伯母上様が、殿様の奥方様で。」


「えっ、では、松川藩とは。」


「はい、ご親戚ですが。」


 井坂の事だ其れくらいの事は早くから知って要るはずで、加世は恍ける井坂の術中にはまる事で井坂の


目的が分かると考え、その後も井坂は色々な事を聞いてきたが、何時になればと思う加世は別に今日で無


くても良い、何かの理由を付け今日は戻らなければと考えた。


「あの~井坂様、私は夕餉の支度と湯殿の。」


「あっ其れは誠に申し訳無い。」


「はい、申し訳御座いませぬが、また明日にでも宜しければ。」


「はい、宜しくお願いします。」


 加世は立つ時座布団を見たが、今日は何も無く井坂の部屋を出、振り向きもせず賄い処へと向かうが、


井坂は何か気になる様子で襖を少し開け覗き見する様子を別の所に居るすずが見た。


 すずはその足で源三郎の所へと向かう途中で雪乃に出会いその話をすると、雪乃は頷き、源三郎の部屋


へ入った。


「源三郎様、やはり何かを気にされて要る様子で加世様が部屋を出た後、暫く加世様を見ていたとすず様


から聞きました。」


「そうですか、やはりねぇ~、先程もすず殿から聴きましたが座布団の下に何か書き物が有る様だと加世


殿が見られたと。」


「源三郎様の申された通りなのかも知れませぬ、普通ならば腰元が部屋を訪ねたところで何も気には致し


ませぬが。」


「はい、私もその様に思っておりますが、まぁ~其れでもまだはっきりとした事が分かりませんので雪乃


殿、加世殿には余り無理をなされない様に、無理をすれば必ずや何処かに落とし穴が有りますのでゆっく


りと進める様にと申して下さい。」


「はい、承知致しました。」


「私は今からこの文を持って執務室に向かいますので。」


「はい、お気を付けて下さいませ。」


 源三郎は自室を出、執務室へと向かったが、その頃。


「私は奉行所の。」


「はい、伺っております、左に行かれますと執務室が有りますので、どうぞ。」


 奉行所の役人は大手門の門番が余りにも手際が良いので少し面食らい返事も忘れたのだろうか、言われ


た通りに行くと大きな建物の入り口には執務室とだけが表示されている。


「私は奉行所の。」


「はい、どうぞ、総司令は間も無く戻られますので。


「はい。」


 と、返事するだけで、座ると直ぐにお茶が運ばれ、其れから暫くすると源三郎が入って来た。


「総司令、お奉行所のお方がお待ちで御座います。」


「はい、わかりました。」


「源三郎様でしょうか。」


「はい、私が源三郎です。」


「これを、お奉行が源三郎様にお届けする様にと。」


「そうですか、有難う御座います。」


 源三郎が包みを解くと連発銃が五丁と弾薬が大量に有った。


「えっ、連発銃が五丁も有ると言う事は官軍兵の人数は。」


「はい、五名で御座います。」


 源三郎は奉行から人数は聴かず一名だと勝手に思い込んでいた。


「私はまた官軍の兵士は一名だとばかり思っておりましたので。」


「五名の兵士達は一刀のもとに切り殺されておりました。」


「一刀ですか、では、連発銃は使われていないのですか。」


「はい、火薬の臭いもせずで、其れにまだ中に残って要ると思いますが、我々では弾の出し方が分かりま


せんので誰も手を付けてはおりません。」


「そうでしたか、其れはご苦労様でした。


 其れでこの連発銃を知っておられる方々ですが。」


「源三郎様、我々、奉行所の者達も当日の当直の者達だけで、後はお奉行だけで御座います。」


 源三郎は奉行所の役人達全員が知って要るものと思っていたが奉行の判断で直ぐに隠せた。


「其れは、有り難い事で御座います。


 其れと官軍兵とこの連発銃に付いては口外無用とお奉行様にもお伝え下さい。


 本日は誠にご苦労様でした。」


 奉行所の役人も源三郎に頭を下げ奉行所へと戻って行く。


「総司令、連発銃が五丁とは、其れに弾薬で御座いますが何発有るのか調べて見ます。」


「はい、其れと以前井坂殿から預かって要る連発銃と弾薬を出して頂きたいのです。」


 源三郎は今の内ならば連発銃が同じ物なのか調べる事が出来ると、二丁の連発銃と弾丸を持ってきた家


臣が念入りに調べ始めた。


「総司令、どちらの連発銃も作りは同じで御座います。」


「やはり同じ物ですか、するとこれらの連発銃は同じ所で作られたと思って間違いは無い様です。」


「其れにしても同じ物が作れると言う事は相当腕の良い職人ですねぇ~。」


「ええ、私もその様に思いますねぇ~、う~ん、でも、これは我々だけでは無理かも知れないです。」


 源三郎は野洲の鍛冶屋だけでは到底無理だと判断した。


「先程、お渡ししました文ですが。」


「はい、今からお届けに参りますので。」


「少しお待ち下さいね、追文も書きますので。」


 源三郎は菊池、上田、松川、山賀の国にも七日後に来る様と追文を書き届けさせた。


 そして、丁度、七日後の昼過ぎに全員が集まり。


「皆様、お忙しいところ申し訳御座いませぬ、実は大至急ご相談が有りましたのと、少しお待ち下さい。


 連発銃と弾丸を持って来て下さい。」


「源三郎殿、連発銃とは。」


「はい、まぁ~見て頂ければ分かりますので。」


「総司令。」


「皆様方の前に。」


「お~これは何と。」


 吉永も初めて見たのだろうか、其れに高野達も大変な驚き様で有る。


「実はと申しますと、野洲の山に官軍の兵士、三名が。」


 源三郎は今までの経緯を話した。


「では、源三郎様はこの連発銃と弾丸を作れないかと申されるのですか。」


「はい、私は今野洲の鍛冶屋に預けておりまして、鍛冶屋は何としても作ると申しておるのですが、この


連発銃と弾丸を皆様方の国の鍛冶屋でも作れないかと思いましたのですが如何で御座いましょうか。」


「う~ん、これは厄介な問題ですねぇ~。」


「そうだ、源三郎殿、報告を忘れておりました。


 山賀の洞窟を掘削しているのですが燃える石が出て来たのです。」


「えっ、燃える石ですか。」


「吉永様、其れは誠なのでしょうか。」


 誰もが初めて聞いた、石が燃えるとはそんな馬鹿な話は聞いた事が無いと言う表情だ。


「阿波野殿、其れが誠なのです。


 私もその石を見ましたが、真っ黒で見た目にも普通の石では無いと分かりましたが、其れにしても大変


な驚きでした。」


「吉永様、何故、石が燃えると分かったのでしょうか。」


「源三郎殿も驚かれると思いますよ、其れが若と職人の正太と言うのですが、昼食用にと蒔きを燃やした


ところ近くに有ったその黒い石が燃えたのだと。」


「へぇ~其れからどの様になったのですか。」


「はい、其れが洞窟を掘削する方向の全てがその燃える石なので思った以上に掘削が進み黒い燃える石は


別の所に保管しているのです。」


 山賀の吉永は城内の者には告げず空掘りの奥へと運び込み保管していると。


「そうだ、私も報告を忘れておりました。」


 阿波野も思い出したと。


「阿波野様も何か発見されたのでしょうか。」


 源三郎は若しやと思った。


「はい、我々も洞窟を掘削しておりますが、少し前でして釜戸を作る為に洞窟の土で作りその釜戸で何


度か煮炊き物をして下りました。


 其れが、先日、その土が溶け出して要るのが分かり調べたところ鉄だったと。」


「えっ、土が溶けて鉄になったのですか。」


 源三郎は正かと思ったが、やはり鉄粉を含んだ土で有る。


「吉永様、その燃える石ですが、火力はどれ程なのでしょうか。」


「はい、其れが思った以上の火力でして薪木よりも遥かに強く、更に長持ちします。」


「う~ん山賀で火力の強い燃える石と上田では鉄粉を含んだ土が発見されたと言う事は上手く行けば鉄の


塊を作る事が出来るのでは無いでしょうかねぇ~。」


「其れは可能でしょう、今までは苦労して集めた砂鉄を溶かしておりましたので。」


「吉永様、空掘りの奥はどの様になって要るのでしょうか。」


「一番奥には誰も近付きませんので。」


「その空掘りですが、大きいのでしょうか。」


 高野は山賀の空掘りが大きいとは知らない、だが源三郎は何か閃いたので有る。


「はい、何故ですか空掘りだけは大きく、其れに深く掘られておりまして、源三郎殿、正か。」


「はい、吉永様の想像通りで御座いますよ、阿波野様、その土ですが大量に有るのですか。」


「其れが洞窟を掘削する方向に有り、先程の燃える石では有りませんが思ったよりも硬くは無いと聞いて


おりまして、その土ですが色が茶色をしており、やはり別の所に積み上げております。」


「皆様、今、上田で鉄粉を含んだ土が大量に搬出され、山賀では火力の強い燃える石が発見されたと報告


を頂きました。


 私はこれで何としても鉄の塊を作り出したいと思うのですが如何でしょうか。」


「源三郎様、其れならば一度国に戻り鍛冶屋に話をしては如何でしょうか、山賀の空掘りを利用する事も


考えればと思うのですが。」


「そうですなぁ~、私も一度空掘りに行きどの様な方法を使えば良いか、正太に相談してみます。」


 話は思わぬ方向へと進み、其れは源三郎の予想を遥かに越え、鉄を作る材料も有り、火力の強い燃える


石も発見され、これならば大量の鉄を作り出す事が出来るのだ、後は吉永達が国に帰り鍛冶屋と相談し、


後日、協議する事になった。


「源三郎殿、その後は如何なされるのでしょうか。」


「はい、其れで私は皆様方に謝らなければなりませぬ。」


「一体、どうされたのですか。」


「野洲の洞窟で潜水船の建造を行ない、現在、一隻は改造中で其れが完成すれば皆様方に御覧頂きたく考


えておりましたが、今回はこの連発銃の件でお集りを願いましたので潜水船を拝見して頂きたく存じてお


ります。」


「今、潜水船と申されましたが、私は初めて聞きますので全く理解出来ないのです。」


 高野も阿波野も首を傾げて要る。


「誠に申し訳御座いませぬ、簡単に申し上げますと弐艘の小舟を合わせたのが潜水船でして海の中に潜る


のです。」


「えっ、船が海の中に潜るのですと、で、一体どなたが考え造られたのですか。」


「吉永様はご存知と思いますが、げんたが。」


「えっ、正かあのげんたが考え造ったのですか。」


 吉永は驚くと言うよりも大きな衝撃を受けたので有る。


 げんたはまだ子供のはずだ、その子供が一体どの様な発想から潜水船を考え付いたのだ。


「ですが、げんたはまだ子供だと思うのですか。」


「はい、勿論今も子供ですよ、ですが今は技師長として其れはもう大変で一日の殆どを洞窟内の弐号潜水


船の改造を行なっております。」


「源三郎様、私もげんたと言う名は聴いた事が御座います。


 あれは、確か潜水具を作ったとかお聞きしましたが。」


「はい、誠、そのげんたが壱号船を造ったです。


 弐号潜水船と言うのが五十尺も有る大きな潜水船でしてねぇ~。」


「えっ、五十尺と申されましたが、其れをその技師長が一人で造られたのですか。」


「いいえ、其れには大工さん達と専門の鍛冶屋さんが其れに他にも大勢の人達が、でも、全員が浜におら


れる人達だけで造られたのです。」


 源三郎の突飛な話しに、吉永もだが高野達全員が混乱している。


「其れで、今日にでも一度見て頂けるので有ればと思いますが如何でしょうか。」


「勿論、参りますよ。」


 吉永は最初に見たいと。


「では、皆様方も参りましょうか。」


 源三郎は馬を準備させ、その後全員で浜に向かった。


 馬で行くと実に早いし、其れに途中で余計な説明する必要も無く、現地に着けばげんたに説明を頼む事


も出来ると考えたので有る。


「お~い、元太、源三郎様だと思うんだが、馬で来られたぞ~。」


「えっ、源三郎様が、よ~し分かったよ、オラが。」


「元太さん、お忙しいところ申し訳有りませんが。」


「えっ、高野様に吉永様、皆さん一体どうしたんですか、オラは。」


「元太さん、急な用事で皆様に集まって頂き、其れで浜の洞窟で造っております潜水船を見て頂く事にな


りましてねぇ~。」


「やぁ~元太さん、久し振りですねぇ~。」


「オラ、びっくりしましたよ、今も丁度、壱号船で訓練に入ってますので。」


「そうですか、で、潜水船は。」


「はい、そろそろ出来てくる頃だと思いますが。」


 その時、海上の小舟が移動を開始した。


「源三郎様、皆様、あの小舟の下に潜水船が潜ってますので。」


「えっ、何とでは最初から潜ったままで。」


「はい、でもまだまだですよ、今は半時以上は潜ったまま進みますので。」


「此処では何も見えませぬので洞窟に参りましょうか、元太さんお願いします。」


「はい、お~い、後、弐艘出して欲しいんだ。」


 今の浜は何時でも洞窟に行く事が出来る様になって要る。


 暫くして弐艘の小舟が浜に着き吉永達が乗り込み洞窟へと向かった。


「元太さん、訓練の方は。」


「はい、あれからはお侍様達は真剣にされておられますので。」


「そうですか、あの時元太さんが怒られたので皆も驚いてのでしょうねぇ~。」


「いゃ~オラは何にも、でもこの浜のみんなは源三郎様の為だって言ってますから。」


 「其れは本当に有り難い話でねぇ~。」


「特に銀次さん達は源三郎様の為なら何時でも命はって。」


「えっ、でも其れはどの様な理由が有ったとしても絶対に駄目ですよ、私が直接話しますからね、其れで


げんたは。」


「はい、まだ弐号船の中だと思いますが、其れに技師長は一日中此処におりますから。」


 其れから暫くして源三郎達を乗せた弐艘の小舟は洞窟の一番奥に着いた。


「お~これは一体何と言う大きな船でしょうか、この船が海の中に潜るのですか。」


「お~い銀次、源三郎様が来られたぞ~。」


「お~分かった、だけど今手が離せないんだ、代わりに頼むよ。」


「よ~し分かった、源三郎様、銀次さんですが船の中で技師長のお手伝いをしておりますので手が離せな


いそうです。」


「はい、有難う御座います。


 では元太さんから少し説明をして頂けますか。」


「えっ、オラがですか。」


「そうですよ、元太さんはねぇ~私の直属になったのですからね。」


「えっ本当なんですか、でもオラは漁師ですよ。」


「ですが、この浜では元太さんが最適だと私は思っておりますので、其れに今は技師長も手が離せないと


思いますので。」


「じゃ~オラの知ってる事だけを話します。」


 その後、元太は吉永達に説明し、終わると。


「皆様、元太さんは私の参謀になって頂きますので。」


「えっ、何ですかその参謀って。」


 元太は意味が全く理解出来ない、だが。


「では、参謀長にお聞きしたいのですが、この潜水船でどれくらい潜って要られるのですか。」


「はい、今、技師長が最後の工事をやってますので、其れが出来れば、え~っと其れが問題なんでして、


まぁ~一時以上、いや其れ以上潜る事も出来るんです。」


「参謀長、この潜水船を他国でも造れると思われますか。」


「そんなの簡単じゃないんですよ、この弐号船もですが、技師長が頭の中で書いて其れをお若いお侍様で


石川様と吉川様が紙に書かれ大工さん達と鍛冶屋さんが造られるんですが、技師長が次にどんな潜水船を


考えてるのか誰にも分からないんです。」


「ですが、図面が有れば造れると思うのですが。」


「まぁ~其れは技師長に聴かないとオラでは分かりませんので。」


「高野様、私も同じですが私の考えを申しますと、山賀以外の国には大きな入り江と洞窟が有りますので


其処で皆様方に提案として優秀な若手を技師長の下で学ばせては如何と考えて要るのですが、如何でしょ


うか。」


「確かに源三郎殿の申される通りですねぇ~、源三郎殿、では山賀からも学ぶ者を出したいのです。


これは山賀と言うよりも連合国の一員として参加し、連合国として建造されては如何でしょうか。」


 源三郎の思った通りで、山賀には海は有るが全てが断崖絶壁で、今のところ洞窟を掘る予定は無く、だ


が今の隧道が貫通すれば掘る事になるだろうと。


「はい、ではその方向で宜しいでしょうか。」


 さぁ~源三郎の提案だが果たしてげんたが承諾するのだろうか。


「ですが、技師長の意見も。」


「はい勿論ですよ、多分技師長は許すと思います。


 其れに技師長の考えて要る内容は我々では対応するする事は出来ません。


 ですがまだ身体は子供ですが、技師長としてげんたを見れば浜の子供達とも遊びたいと思わせる素振り


も有りませんので、私はその様に話を付けるつもりなのです。


 其れよりも全員が纏まらなければ技師長としては許さないと、何故かと申しますと学びに来られた人達


が技師長を子供だと甘く見れば、其れこそ大変ですよ技師長は子供ですが、私以上に頑固者で一度へそを


曲げると私や殿がどの様に謝りを入れても、まず無理でして、その事を参加される方々には十分説明して


頂きたいのです。」


「其れは私も経験しておりますよ、その時はこの小僧を殺したいと思うくらい憎たらしいのですが、彼の


言う事の方が正しく、私は何度家に行ったか分からないですよ。」


 さすがに吉永だ、見事な大嘘を付くが吉永が言うと日頃が真面目なので本当の様に聞こえるからこれが


また不思議で有る。


「分かりました、私は人選を慎重に致し、その者には納得するまで話を致します。」


 高野は源三郎の頑固は知っており、その源三郎が自分以上に頑固者だと言うのだから間違いは無いと


思ったので有る。


「私もですが大変ですねぇ~、私は今から頭が痛いですよ。」


 斉藤は頭を抱えた、やはり吉永の発言が相当効いて要るのだろう。


「私はその前に殿やご家老に話し、其れから家臣に話をしたく考えて要るのですが、総司令、家中の者全


員が潜水船の事を知っても宜しいでしょうか。」


「いいえ、其れはまだ秘密にして頂きたいと思います。


 連合国となり今は大丈夫だと思いますが、若しも何かの都合で城下の人達に知れ、先程の官軍では御座


いませぬが何時どの様なところから幕府か官軍に知れるやも分かりませんので菊池から松川までの海岸に


有る洞窟に配置するまでは全て隠密に進めたいのです。」


「では、先程申されました人選ですが。」


「はい、其れも全て隠密に運んで頂きたいのです。」


 人選するのも大変だ、この人選は誰でも良いと言うものでは無く、源三郎が言う様に全てを隠密に進め


ると言うのは並大抵の事では無い。


 だが、若しも幕府か官軍に知れる事にでもなれば海上からは軍艦の一斉攻撃を受け、連合国は壊滅する


のだと其れだけは何が有っても阻止しなければならないので有る。


 其れから間も無くして、げんたが潜水船から降りて来た。


「あんちゃん、ごめんな。」


「いゃ~私こそ忙しい時に。」


「其れで、今日は。」


「技師長、こちらの方々は。」


「あ~知ってるよ、吉永様でしょう。」


「なぁ~んだ知ってたのか。」


「だって、あんちゃんが一番信頼出来るって言ってたんだぜ。」


「そうでしたかねぇ~、私もすっかり忘れておりましたよ、其れでね実は他の方々ですがね菊池の高野


様、上田の阿波野様、松川の斉藤様なのですが技師長に頼みが有って来られたんですがね。」


「へぇ~、じゃ~みんなあんちゃんの仲間なのか。」


「勿論ですよ。」


「じゃ~オレをどんな風に思ってるんだ。」


 さぁ~行き成りげんたの攻撃が始まった、吉永は別として他の三名は正か最初に質問をされるとは思っ


て無かったが、源三郎から聴いていたのが幸いしたのだろうか。


「私は源三郎様から技師長のお話しを伺っておりまして、我々が想像も出来ない程、類い稀な能力を発揮


され建造された潜水船を何としても拝見したく、源三郎様にご無理を承知でお願いをしたのです。」


「ふ~ん、でもあんちゃん、オレに嘘は通じないよ、だって本当は他の用事でみんなが集まったんだ。」


「げんた済まぬ、本当の話をするとね、先日、山で官軍の兵士を見付け、まぁ~直ぐは終わったんですが


ね、問題は官軍の兵士が連発銃を持っておりましてね、その連発銃を他の国でも作って欲しいと、其れを


話し合ってたんですよ、ところがあの兵士から九州の長崎で軍艦を造って要ると聞き、野洲の洞窟で潜水


船を造っていますと、私が申しましてね、では皆さんが見せて下さいと、まぁ~その様な話しが本当でし


てね。」


「なぁ~んだ其れだったら初めからそうと言ってくれたらいいのに、オレには嘘は通じ無い事は分かって


よ、其れと本気にならないと、まぁ~いいかその内に分かるからね、あんちゃん、さっきの話し本当な


のかその長崎ってところで軍艦を造ってるのは。」


「う~ん其れがねぇ~建造中なのか、其れとも終わったのか其処までは分からないんだ。」


「ふ~んだったら参号船も要るのか。」


「げんた、其の前に相談が有るのですが。」


「えっあんちゃん、オレに相談って、正か。」


 げんたは勘の鋭い子供だ下手な小細工は必要無いので有る。


「げんたその正かなんですよ、其れで菊池から山賀までの若手を選んでげんたのところで学ばせたいと思


いましてね。」


「ふ~ん、じゃ~オレの知って事を教えて欲しいって言うのか。」


「その通りですよ、何とか聞いて欲しいのですがねぇ~。」


「ふ~ん、でもなぁ~オレは何にも教える事なんか無いよ、だってあんちゃん、全部オレが考えたんだぜ


其れを簡単に教えて欲しいって言うのか。」


 さぁ~大変だ今のままでは絶対にげんたはうんとは言わない。


 だが、其れが分かるのは源三郎だけで確かにげんたの言う通りで今までどれだけ苦労したのか其れを


知って要るのはこの浜の人達だけ有り、その浜の人達も簡単には受け入れないだろうと思うので有る。


「なぁ~あんちゃん、何で他国の人にオレの潜水船を造らせるんだ、オレはなぁ~この浜の人達の為にっ


て造ってるんだぜ。」


「げんた、私も其れは十分に分かっていますよ、では、げんた、雪乃殿をどう思いますか。」


「オレはねぇ~ちゃんは大好きだよ、だってあんちゃんの。」


「うん、其れは分かっていますよ、ですが雪乃殿は松川のお姫様でしてね、その松川には二人の弟君がお


られ、一人は松川の、で、一人は今山賀の若様と言われましてね吉永様もご存知の方なんですよ。」


「えっ、じゃ~ねぇ~ちゃんの弟が松川と山賀に要るのか、ふ~ん。」


 だが、げんたにその様な話をしても一切妥協などはしない。


「みんな、悪いけど帰って欲しいんだ。」


 げんたは其れだけを言うとまた潜水船の中に消えた。


「源三郎様、何故拒否されたのでしょうか、私は理解が出来ないのですが。」


「阿波野様、げんたは浜の人達の為にとこの潜水船造ったのです。


 其れを今日突然来て造り方を教えて欲しいと言った私が全て間違っておりました。


 皆様、申し訳御座いませぬ。」


 源三郎は頭を下げたが、源三郎には別の思惑が有り、げんたと言う技師長を理解させる必要が有った。


 幾ら、げんたの事を話しても理解出来るものでは無い、其れで源三郎が咄嗟に考え付いたのが、今の話


でげんたの事だ二人で話し合えば何れは分かると。


「源三郎殿、先程申されましたが長崎の造船所で軍艦を建造しているとは誠なのですか。」


「はい、実は官軍の兵士ですが一名を今野洲の城で。」


「えっ、官軍の兵士ですと。」


「はい、あれは確か。」


 源三郎は官軍の兵士だと言う井坂の話をすると。


「では、今、その井坂と言う官軍兵が長崎の造船所の見取り図を書いて要るのですか。」


「はい、ですが、私は長崎の造船所の見取り図を受け取ったとしても役には立たないのです。


 其れと言うのも長崎まで行く必要が無いと考えておりまして、では一体どの様にするのだと考えた時、


官軍も幕府軍も建造しているのが海上の軍艦で船が海の中に潜ると言う事などは全くの想定外の話でし


て、其れもですよ野洲の様な小国が造って要るとは一体何処の誰が考えるでしょうか。」


「確かに源三郎様の申される事は私も理解は出来ます。


 では、その潜水船の活用方法なのですがどの様に考えておられるのですか。」


 高野もだが阿波野も斉藤も前に有る潜水船を理解していないと、これは、まず潜水船がどれ程重要な軍


艦になるのか其れから話さなければならないので有る。


「皆様、その前に潜水船がどれ程重要な軍艦になるのかを知って頂く必要が有るのです。」


 源三郎はその後前の潜水船を見ながら詳しく話をすると。


「確かに源三郎様の申される通りですねぇ~、我々の目は何時も海の上だけを見ており、正か、海の中を


船が潜って要るとは誰も考えませんからねぇ~。」


「私は官軍の軍艦にも幕府軍の軍艦にも沈めるだけの爆薬を付けるのは無理だと考えております。


 ですが船に取って一番大事な舵を壊せば船乗りは恐怖を覚えると思うのです。


 船は大きくなれば専用の舵が取り付けられ、舵の操作が重要でその舵が壊れると大きな船は一体何処に


行くのか誰も分からないのです。


 ですが、其れよりも一体何処から攻撃されたのか其れだけは分からないと、仮に海上を見渡したところ


で何も見えませんので発見される事は無いと思うのです。」


 多分、げんたは源三郎の話を聴いて要るだろう、この場で源三郎が何を話すのか、その内容によっては


げんたの気持ちを変える事が出来ると源三郎は考えたので有る。


「我々はこの浜の人達もですが、農民さんが育てられた作物を食べて要るのです。


 侍が幾ら偉そうな事を言っても魚も取れないし作物も作れないです。


 今の官軍も幕府軍も大軍を引き連れては山越えは出来ないと、では一体何処から来るのか其れは海から


なのです。」


 源三郎は潜水船の重要性を高野、阿波野、斉藤に知って貰わなければ、例え、げんたが許したとしても


学ぶ者が真剣にはならないと考えて要る。


「源三郎様、潜水船で軍艦の動きを止める事が出来ると考えてとおられるのでしょうか。」


「ええ、正しくその通りでしてね、私は動きを止めるだけで十分だと考えております。」


「先程申されました、長崎の造船所で軍艦を建造し我々の連合国に対し攻撃を加えると言うのも間違いは


無いのでしょうか。」


「ええ、陸路では無理ならば海上から、其れも入り江に侵入され漁村を砲撃し上陸されれば連発銃を持っ


た官軍の兵士が大軍となって押し寄せ、その様になれば連合国は簡単に壊滅します。


 其れがどの様な結果になるか皆様はご存知だと思います。」


「その為には多数の潜水船が必要だと申されるのですね。」


「はい、その通りで、今その潜水船を造れるのは浜の大工さん達と鍛冶屋さん、其れに技師長の頭脳が必


要なのです。


 大工さんも鍛冶屋さんも図面を見て造られていますが、図面を書くにしましても技師長の頭脳が無けれ


ば造れないと言う事なのです。


 この浜の人達はげんたと言う技師長をとても大切にされておられます。


 其れに、今、前に有る潜水船を他国に運ぶ事は浜の人達が決して許さないと思いますよ。」


「この浜では技師長も他の人達も全員が野洲の家臣以上に固い絆で団結されているのですね。」


「はい、其れは間違い御座いませぬ、我が野洲の家臣が先日げんたが子供だと言う事で、まぁ~簡単に申


しますと、何故子供に対し武士が頭を下げなければならないと言った事で浜の人達から猛反発を受けまし


てね私は腹を切る覚悟で技師長に頭を下げたのです。


 例え、私が腹を切ったところで許さないと、其れはもう大変な事態になったのです。」


「えっ、源三郎様が腹を切ると。」


「はい、其処まで本気にならなければ、彼は絶対に許してはくれないのです。」


「う~ん、これは我々も頭を切り替えなければなりませんねぇ~。」


「源三郎殿の頑固なのは私も知っておりますが、げんた殿はまだその上を行くのですから我々も生半可な


気持ちでは駄目だと言う事になりますねぇ~。」


「ええ、技師長は自分が一人で考えた潜水船だと、其れだけは間違いは無いのです。


 ですがこの潜水船は野洲の領民もですが、連合国全員の運命を決めると申しましても過言では御座い


ませぬ。」


「源三郎様、よ~く分かりました。


 私の失言で技師長の心を痛めたのは間違いは御座いませぬ。」


 高野は改めてげんたに謝るつもりで要るが、げんたは以外に気にしておらず、げんたも早くみんなに教


え他国でも潜水船を造り浜の人達や農民が助かれば良いと思って要る。


 げんたは頭の回転は早く、あの時源三郎が何故止めなかったのか、其れには高野達に潜水船がどれ程大


事な船なのか其れを知って欲しいと其れが発言を止めなかった理由なのだと知って要る。


 だが、今、船の外に出ると源三郎の考えた事が失敗に終わると考えて要る。


「高野様、今技師長に話されても駄目だと思いますよ、私が後程話して置きますので。」


「ですが、私の発言の為に皆様方にもご迷惑をお掛けしたと思っておりますので。」


「まぁ~私に任せて下さいよ、其れよりも皆様は人選を、そして、選ばれた方々にはどの様な事態になっ


ても他言されぬ様にと、若しも他言されたのが知れますとその方が切腹されましても事態は収まらず、


連合国の滅亡を意味すると思われても間違いは御座いませぬので。」


「はい、承知致しました。」


 高野も阿波野も、更に斉藤も相当な覚悟を決め望まなければならないと改めて思うので有る。


「源三郎殿、私も若と相談しその者を決めたいと考えております。」


「はい、皆様、何卒宜しくお願いします。


 其れからこの話は別ですが、最初に申しました山越えした官軍の兵士ですが、多分連合国の内情を探り


に来たと思われるのです。


 何故だか分かりませぬが軍服を着て侵入していると考えて下さい。


 其れに兵士は道に迷ったと必ず申しますが、其れは我々を欺く為の言葉だと考えて頂きたいのです。」


「では、官軍の兵士は潜水船を知って要るのでしょうか。」


「其れが分からないのです。


 我々を探る為ならば軍服では無く平民か侍の着物を着て要ると思うのですが。」


「ですが、我々も今日初めて潜水船を知ったのですよ、正かとは思いますが其の前に野洲に密偵が侵入し


たとは考えられませぬか。」


「阿波野様、斉藤様、高野様、国に戻られれば浜の人達に其れとは無く探りを入れて頂きたいのです。」


 若しも官軍が知ったとなれば漁師からだろう、漁師達はお互いを知っており、何も隠す必要も無く話


し、其れが何かの時に密偵の耳に入ったとは考えられないだろうか、其れと言うのも以前、漁師の元太が


隣の村の漁師仲間に洞窟で掘削を行なって要ると話した事実が有り、当時の元太は何も隠す理由が無かっ


たので有る。


「まぁ~何れにしましても、今更遅いと思いますので、お国に戻られれば山の警戒を厳重に行なって頂き


たいのです。」


「はい、特に山賀は一番に侵入される可能性が有りますので、戻り次第大至急対策を考え、一度、いや、


数度、山狩りを行ないます。」


「では如何でしょうか、連合国以外の者達を探し出すのも重要では御座いませぬか。」


 阿波野は連合国の総出で山狩りと城下の人達も調べる事を提案した。


「阿波野様、私は大賛成ですよ、今回見つけ出しますればその者は絶対に帰国させてはなりませぬ。」


 さぁ~大変だ潜水船の中ではげんたも聞いて要る。


 げんたの造った潜水船は官軍にも幕府軍にも知られてはならぬと意見が一致したので有る。


 げんた自身は潜水船が其処まで重要な船だとは考えていなかった、ただ、野洲の浜の人達が助かれば良


いと、其れが今日は連合国の責任者とも言うべき人達が集まり話は重大な局面へと向かうので有る。


 その頃、野洲を密かに出た田中は苦労の末九州の地に入った。


 だが、問題は九州と言う地が初めてで全く分からず、どの方角に薩摩の地なのかも分からず、其れでも


姿は僧侶なれば各地の寺に向かうしか無かったので有る。


 井坂の話しだと南に行けば薩摩に着くはずで余り急ぐと怪しまれると思い、大小さまざまな寺へと入


り、其処では数日間滞在出来、その数日間でお寺の住職や関係者と話を進める内に色々な事が分かってき


たので有る。


 其れは、今の幕府まで数百年間続いた武家社会の組織と言うものの全てが崩壊し、天皇制の復活を願う


者達と武家社会の圧政に苦しめられた民衆、特に農民や漁民達が一斉蜂起したのだと言う、だが、田中は


残念な事に天皇制と言うのを全く知らない。


 野洲の地では以外と言っては大間違いかも知れないが、農民や漁民達が圧政で苦しめられたと言う話は


今では聴かない、其れどころか源三郎が中心となり幕府の圧政に対抗しようと、だが、その幕府も今の状


態が何時まで続ける事が出来るのか、其れはこの九州に着くまでに通って来た大小の藩の動きから幕府側


に付き今まで通り甘い汁を望む者と、いや、新しい世の中を作るのだと、其れは官軍側に付きたいと望む


者達が交錯して要るのは間違いは無い。


 今はどちらに付けば我が身を守れるのか思案する者達と其れだけ都より西の地では激しい論争が行なわ


れて要る。


 田中が九州の地に入るまでも、大小、数々の戦が行なわれ、官軍の兵士も幕府軍の武士達も多くの血を


流し息途絶えた姿を目の当たりして要るので有る。


 戦の為に田畑は荒らされ、家屋は至る所で猛火に包まれ、農民も漁民も多くが死んでおり、田中は其れ


までにも、数百、いや、数千と言う死体と埋めて要るが、農村の、いや、漁村も含め村々の多くで皆殺し


にされた所も有る。


「何故だ、何故に農民や漁民を、其れにもまして女や子供までも殺すとは一体何者の仕業だ。」


 田中は腹の底から怒りが突き上げて来るのを覚えるので有る。


「御坊は、確か。」


「えっ、私で御座いますか。」


「はい、そのお姿で思い出したましたよ、この山の麓の農民を弔っておられたのでは。」


「はい、私は余りにも悲惨な姿をそのままには出来ず、何も考えずに弔っただけでして。」


「若しや、御坊はお侍様では御座いませぬか。」


 やはり見る人によっては田中は武士だと見抜かれてしまう。


「はい、ですが私の家族は幕府軍と思われる者達に惨殺され私は国を去りました。」


 田中は寺の住職にはその様に話をするので有る。


「私が僧侶の姿をしておりますのは世間を欺く為では御座いませぬ。


 悲惨な死に方をされた人達を放置では余りにもむなしく思い少しでも安らかにと、ただ、其れだけの事


で御座います。」


「そうでしたか、其れで今夜のお泊りは決めておられるのでしょうか。」


「いいえ、私は何処かの荒れ寺でも有ればと。」


「では、宜しければ、私のところに何も御座いませぬが、今宵だけでもゆるりとされては如何で御座いま


しょうか。」


 この男も、いや、住職も何れの国の武士で有ろう、だが、今は僧侶の姿をし、其れは何かを隠して要る


様子で有る。


「誠に有り難き事ですが申し訳御座いませぬが、私の僧衣には血が。」


「何を申されます、私はその様な事は気にも致しませぬのでさぁ~どうぞお入り下さい。」


 田中が向かった先は荒れ寺に近く、だが、暖も取れ何よりも安心出来るので有る。


「では、お邪魔致します。」


 男は久し振りなのかお酒を出し。


「まぁ~寺の者には失礼では御座いますが。」


「はい、では、遠慮なく。」


 一口飲むと其れは腹の底に染み渡る様で有る。


「少しお聞きしたいのですが、私が弔いました農村ですが。」


「あれは幕府軍の仕業では有りませんよ。」


「えっ、では野盗なので御座いますか。」


「いいえ、官軍の仕業ですよ。」


 田中も分かって要る、殆どの農民は鉄砲で撃たれた傷が有った。


「何故で御座いますか、私がこの地に来るまでは、官軍は農民や漁民の暮らしが少しでも豊かにするのだ


と一斉蜂起したと聞いておりますが。」


「ご貴殿はその話を全て信じておられるのですか、勿論、其れが誠です。


 ですが、兵士の中には、いや其れ以前に人を殺したいと思って要る者も多くおり、その者達の仕業です


よ。」


「えっ、正か、私は。」


 田中はこの人物は官軍か幕府のどちらかに関係すると思って要る。


「其れは本当の話ですよ、その証拠に農村の人達の大半が鉄砲で殺されております。


 幕府の武士ならば鉄砲などは使いませぬので。」


 確かにその通りで火縄銃などで武士は人は殺さない、武士ならば必ず刀を抜く、この方が致命傷を負わ


せる事が出来るので有る。


「其れにしましても余りにも悲惨過ぎるのでは御座いませぬか。」


 田中は別に探りを入れるつもりでは無かったが。


「はい、私も其れは分かっております。」


 やはり何か有る、若しや官軍の人物では無いのか。


「私も以前は武士の末席を汚しており、武士の中にもその様な者も少なからずおりましたが、私のおりま


した国では藩主は決してその様な藩士を許さず厳罰を科しておりました。


 でも官軍が何故に、私は官軍を知りませぬがその鉄砲は誰でも持つ事が出来るのでしょうかねぇ~、


其れで無ければ。」


 この男は何かを話し出すのだろうかと考えて要る。


「少しお聞きしたいのですが、この先も戦は続くのでしょうか。」


「其れは私も分かりませぬが、何時の世でも戦と言うのは悲惨なものでして、当事者同士のみならず、全


く関係の無い農民や漁民、町民までもが何の理由も無く殺されて行くのです。」


「はい、其れは私もこの目で見て来ておりますので、私はこれから先もその様な不幸に合われた人達を弔


う事しか出来ませんが、私は身体の続く限り行なって行きたいと思っております。


 この九州の地でも多くの人達が悲惨な死に方をされて要るならば尚更で御座いますが。」


 田中は其れ以上話すのを止め、この人物の言葉を待って要る。


「私もご貴殿のお気持ちはよ~く分かります。


 其れで明日からはどちらの方に向かわれるのでしょうか。」


「私に行く当てなどは御座いませぬので通り掛かったところでその様な人達がおられるならば、私はただ


弔いを行なうだけで御座います。」


「ですがこの先は多くの検問所が有り、無用な者達は入れない所も有りますので。」


「えっ、検問所と申されますと関所では御座いませぬか。」


「今、この地では官軍が検問所を設けており、幕府方の関所は有りますが、幕府の役人はおらず、官軍の


兵士が見張りと検問を行なっております。」


 何故、それ程までに詳しいのだ、やはり官軍の者なのか、だが、官軍の者が何故この様な荒れ寺に近い


寺に要るのだ。


「そうですか、でも私は今は幕府の武士では御座いませぬのでしょうか。」


「はい、其れは私がご貴殿の話を伺ってわかりました。


 ですが、検問所ではその様な言い訳が通る事は御座いません。


 今までにも数十人の者達が僧侶の姿で侵入しようとして捕らえられております。」


「そうですか、私もまだ何処かで武士に対して少し未練が残っており、髷を落とす事ができませぬので、


余計な疑いを持たれるやも知れませぬが仕方が御座いませぬ、この地では無くまた別の地に向かいたい


と思うですがやはり少し心が痛みます。」


「う~ん。」


「私は明日早立ちをしたいと思いますので、これで失礼します。」


 田中は久し振りの酒で直ぐに眠った。


 明くるの朝早く目が覚めると、謎の人物は既に起きて要る。


「ご貴殿にこの書き物をお渡しします。」


「えっ、これは。」


「はい、私はあれから少し考えまして、ご貴殿が官軍の検問所を通られる時にこの書き物を見せて頂けれ


ば問題無く通れますので。」


「ですが、其れではご貴殿にご迷惑が掛かるのでは御座いませぬか。」


「その様な心配は要りませんし、私はご貴殿の申されます事が理解出来ますのでどうかお使い下さい。」


 謎の人物は田中に書き物を渡した。


 表書きを見ると通行許可書を書いて有り、裏を見ると海軍参謀長、上野弥三郎と署名がされて要る。


「では、ご貴殿は官軍の。」


「はい、私は官軍の海軍で参謀長を務めております。」


「えっ、ですが何故で御座いますか、海軍と申せば海だと、ですが其れよりも何故この様な荒れ寺に。」


「確かにこの寺は海軍とは全く関係が無いのですが、では簡単にお話しをします。」


 海軍の参謀長、上野弥三郎は一体何の為に海とは全く関係の無い山寺に近い寺にいるのか。


 上野は田中に話した。


「えっ、では司令部におられた人物が脱走されたのですか。」


 その一人が井坂だとこの時分かったので有る。


「はい、その通りで彼らは脱走兵で、私も海を渡り暫く探したのですが其れでも見付からず、直ぐに帰れ


ば良かったのですが、ご貴殿があの農村で遺体と埋葬されている姿を見まして、これは官軍の仕業でこの


まま放置は出来ないと何か良い方法は無いかと考えて要る時通り掛かったのがこの荒れ寺でして、其処に


ご貴殿が来られたと言う訳で御座います。」


「その様な事情とは知らずにご迷惑をお掛けしました。


 私に出来る事が有ればどの様な事でもお伺い致しますので。」


「其れは誠に有り難いお話しで、では、ご貴殿が向かわれる途中であの農村の様な所が御座いますれば、


ついでの時で宜しいので検問所の士官にこの書き物を渡して下さい。」


 上野は予想していたのだろうか、田中にもう一通の書き物を渡した。


「ですが、私の話を信用して頂けるでしょうか。」


「その心配は無用です、この書き物には全てを書いて有りますので、私はご貴殿に無理をお願いしなくて


はなりません。」


「では、お急ぎなのでしょうか。」


「はい、私は今から長崎へ参らねければなりませんので。」


「えっ、長崎ですか、ですが薩摩に戻られるのでは。」


「今、長崎の造船所で我々海軍の軍艦を建造中で。」


「えっ、軍艦と申されますと、では幕府の軍艦とで御座いますか。」


「はい、我々は幕府の軍艦、数十隻と海戦に入りますので、今、長崎の造船所で十隻の軍艦を建造し幕府


軍を壊滅させるのです。」


 田中はこの時初めて官軍の海軍が十隻の軍艦を建造中だと知った。


 さぁ~大変だ今までに無い一番の情報だ、だが田中はわざと話しを逸らすので有る。


「そうですか、では私は出立致したいのですがどちらの方角に参れば宜しいでしょうか。」


「もう直ぐ私の部下が到着しますので一緒に参りしょうか、途中までの道を案内しますので。」


「誠に有難う御座います。


 貴方様も大変ですが何卒ご無事で有ります様に願います。


 ですが大変ですねぇ~、脱走兵を探し、更に軍艦を建造されておられるのですから。」


「ですが軍艦が完成しましても其れからが大変でして、海軍は陸軍と違い訓練方法も違いますのでまぁ~


直ぐに出港する事は出来ないのです。」


「そうですか、私は軍艦と言う船を見た事が御座いませんが、お気を付けて下さい。」


 田中は其れ以上は聴かない事にした。


「其れはどうも、ご貴殿もお身体をご自愛下さいませ。」


 其の時。


「参謀長殿、お迎えに上がりました。」


 下士官と数名の兵士が入って来た。


「ご苦労さん、誰かこのお方を街道の分岐点までお送りして下さい。」


「はい、承知致しました。」


「では、参りましょうか。」


 上野と言う官軍の海軍の参謀長だが、官軍の上官で有りながら腰の低い武官で服装も軍人らしからぬ平


民の着物を着ていた。


「申し遅れましたが、私は田中直二郎と申します。」


「私こそ、上野弥三郎と申します。」


 田中は二度と会いたくは無いと、この時思った。


 暫くは細い道を行ったが、やがて分岐点と言う所で。


「では、田中殿、私の部下がこの先の街道に出るまで同行致しますので。」


「上野様、誠に有難う御座いました、では私はこれにて。」


 田中は一人の官軍兵と一緒に本街道の分岐点まで行く事になった。


「兵隊さん、有難う御座います。


 少しお聞きしたいのですが宜しいでしょうか。」


「はい、自分で分かる事で有れば。」


「はい、先程、上野様と申されました参謀長ですが、海軍の参謀長とは一体どの様なお役目のお方なので


しょうか。」


「参謀長ですか、あの方は部下の面倒見が良いので自分達の中では評判の良いお方ですよ。」


「そうですか、私はこの地が初めてなのですが、上野様は長崎に向かわれると申されたのですが此処から


は遠いのでしょうか。」


「いゃ~それ程でも有りませんよ、まぁ~三日も行けば着きますので。」


「そうですか、其れで私はどちらに向かう街道に。」


「あ~其れならばこの道を行きますと阿蘇と言うに山着きますので山を越えれば薩摩へと通じております


ので。」


「えっ、阿蘇と言う山ですか。」


「はい、火の山ですよ。」


「私は遠く北の国から来ましたので、今申されました火の山とは一体どの様な山なのでしょうか、山が燃


えて要るのですか。」


「阿蘇の山は火山で地の底から火を噴きあげて要るのです。」


「えっ、その様な恐ろしい山が有るのですか。」


「まぁ~恐ろしいと言えば恐ろしいですが、時々火を噴き上げますが、其れさえ無ければまぁ~それ程恐


ろしい山では有りませんよ、この道を行くだけですので途中には別に何も有りませんし、でも、所々に農


村が有ると聞いております。


 また、道が分からない時には村の人達に聴けば教えてくれますよ。」


「はい、有難う御座います。


 余り行かれますと遅くなるのでは御座いませんか。」


「其れは心配有りませんよ、自分はその分岐点で分かれますが、その道が長崎に向かう分岐点ですので、


直ぐ追い付きますよ。」


「其れは良かったです。」


 田中に同行している官軍兵は何も疑う事も無く聴く事には何でも答えてくれる。


「ですが皆様も大変ですねぇ~、先程も上野様が申されておわれましたが、え~っと海軍と陸軍では訓練


方法が違うと。」


「はい、その通りでして、海軍は軍艦と言う狭い船に乗りますので陸軍の様な広い所での訓練は出来ませ


んので、其れに全ての訓練は軍艦で行なうのです。」


「えっ、でも軍艦と言うのは大きな船だと私は思っておりましたが。」


「いゃ~そうでもないですよ、中は色々と有りますので思った以上に狭いですから。」


「でも、訓練は厳しいのでしょうねぇ~。」


「自分はそれ程厳しいとは思ってはおりません。」


「その軍艦は先程も申されておられましたが、幕府の軍艦を沈めるのでしょうか。」


「はい、自分達の軍艦は今建造中で完成すれば、でも大砲を積み込み、火薬もですが、其れよりもまだ先


の話でして。」


「えっ、ですが今建造中では無いのですか。」


「はい、でも建造出来るのは、一隻で次の建造に入れるのが確か来年だと、で、参謀長が焦られている


のです。」


 今、建造中の軍艦が一隻だと言う事は正か一隻だけでは幕府の軍艦と戦には入れないだろう、責めて、


三隻か、いや四隻が完成してからだと、だがその一隻で幕府の軍艦を攻撃する事も可能だと、果たして、


一隻だけで幕府の軍艦を攻撃するのか、そしてその軍艦の行き先は一体何処へ、更にどの海を進むのだ。


「あの石碑が目印で左に進むと薩摩の方へ、右に進めば長崎の方へと向かいますので、自分は右に曲がり


ますので。」


「はい、有難う御座いました。


 ではお気を付けて下さい、其れと上野様にもお礼を申し上げて頂きたいのです。


 色々と有難う御座いました。」


 田中は官軍兵の案内で一路薩摩へと向かい、上野から預かった書き物の中身は一体何が掛かれているの


だろうか、其れは官軍の検問所に着けば分かるので有る。


 今は急いで長崎に向かう必要も無い、阿蘇の山を越えれば薩摩に入ると、今度はこの書き物が有れば官


軍の中心部へと入る事も出来、これからはじっくりと腰を据えて情報を集め、帰りの途中に長崎に入る事


も出来るので有ると考えた。


 さぁ~これからが本当の意味で正念場で有ると田中は思ったので有る。



           



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ