第 17 話。 静かなる、入城。
「父上、姉上、兄上、行って参ります。」
「松之介、辛抱するのじゃぞ。」
「はい、父上。」
「何事も、吉永様に相談するのですよ。」
「はい、姉上様。」
「では、参りましょうか。」
松川藩の大手門には、全ての家臣が松之介を見送りの為に整列して要る。
源三郎を先頭に、松之介、斉藤と、最後には数名の若き家臣が連なり山賀へと向かう為に松之介は手を
振り大手門を出て行く。
松川藩でも、城中の者以外は、松之介が山賀の婿養子に向かうなどと知る者はいない。
本来ならば山賀の新しき藩主として、大勢の家臣を連れ山賀に向かうところだが、余り、目立つ様な事
をすると領民からは思わぬ反発を呼び起こす事も考えたのだろうか、源三郎は、目立たぬ様にと、あえ
て、若君、松之介の着物を家臣達同様の物を着せて要る。
「若君、これからは大変で御座いますが、山賀には吉永様が居られ全ての準備が整っておりますので。」
「はい、承知致しました、其れで、山賀には早馬で知らせ無くても宜しいでしょうか。」
「若君、何も知らせる必要は御座いませぬ。
若君も普段のままで、其れに、山賀の姿がどの様な状態なのか、其れも、城下に入れば直ぐ分かると思
いますので、お城へと直ぐには参らずに少し遠回りして城下に入り城下の者達の動きを見てからお城へと
参りますので。」
「私は、直接、お城へ向かうものばかりと思っておりましたので。」
「若君、その為に着物も若君とは分からぬ様に家臣と同じ着物を着て頂いたのです。」
後ろで話しを聞いて要る、斉藤も簡単に考えていたが、源三郎が若君松之介の着物を変えた意味が分か
ったので有る。
大勢の家臣を連れた行列で山賀の城下に入ると、城下の者達は普段の生活では無く別の顔で接し、だ
が、家臣と同じ様な着物ならば、領民は山賀の家臣だと思うだけで普段通りの顔で接して来る、其れが、
本来の目的なのだ。
源三郎は松川の城下を出たところで。
「では、少し馬を走らせましょうか、お昼前に山賀の城下に入りたいので。」
源三郎達は、一路、山賀の城下へと馬を走らせた。
大勢の家臣を連れ籠に乗ればこの様な動きは出来ない、途中、何度か馬を休めお昼前に山賀の城下に入
り、馬屋に馬を預けた。
「さぁ~、お昼にしましょうか。」
源三郎達は、城下に有るお食事処と書いて有る一善飯屋と言うのか飲み屋に入った。
「ご主人、申し訳無いですが、ご主人自慢のお昼ご飯をお願いします。」
「はい、じゃ~、わしの、母ちゃんが作る自慢の昼飯はどうですか。」
「はい、じゃ~、其れを七人分お願いします。」
源三郎達は、他の客がまだ来ていないので一番奥の席に座った。
暫くすると、お昼ご飯を食べに来る職人達が次々と入って来る。
「なぁ~、聴いたか、お城の家老とバカ息子が死んだって。」
「え~、本当なのか、で、お前、一体、誰に聴いたんだ。」
「まぁ~、其れよりも、その家老って奴は悪い奴で、何でも家老の屋敷に大金を隠してたって言う話しな
んだ。」
「へぇ~、其れで、どうなったんだ。」
「うん、でなっ、有る時、何でも、これの。」
職人は、刀を振り落とす真似をして。
「達人が来て悪家老を退治したそうなんだ。」
「へぇ~、その家老ってそんなに悪い奴なのか。」
「オレも、聴いた話しなんで詳しい事は知らないんだが、で、バカ息子も退治されたんだ。」
源三郎達は、職人達の話を静かに聴いて要る。
「はい、お待ちどう様です、これが、一番の自慢で。」
「はい、有難う。」
店の主人は、七人分の食事を次々と運び。
「お侍様、こちらは、一応、味付けはして有りますので。」
「はい、分かりました、有難う。」
店主は、満足そうな顔で職人達の注文を聴いて要る。
「其れで、どうなったんだよ~。」
「うん、其れでなぁ~、殿様も隠居だって話しなんだ。」
「えっ、隠居って事は、お城を出されるって言うのか。」
「そうなんだ、其れでなぁ~、まぁ~、これからが大変なんだ。」
「はい、お待ちどう様。」
店主と、一人の娘だ、多分、店の夫婦の娘だろうか、二人が次々と食事を運んで要る。
店は小さいが、二十人くらいは入れる店でその頃になると店は満員になった。
「おい、一体、何が、大変なんだよ~、早く話せよ。」
「お前は、本当に何も知らないのか、今度、お姫様と一緒になられる若様が来られるんだぜ。」
「へぇ~、若様がねぇ~、で、一体、何時、何処からその若様が来るんだ。」
松之介は、話しを聴く方が大事と見えて、食は進んでおらず、其れは、斉藤達も一緒で、源三郎だけが
一人のんびりと食べて要る。
「お前は、本当に大バカだよ、オレがそんな若様の顔を知る訳が無いだろうが。」
「だって、お前は何でも知ってる思ったんだぜ。」
「う~ん、だけどなぁ~、その若様って人だけど、オレ達の様な城下の者の事を考えて下さるか分からな
いぜ。」
「お前、そんなの決まってるよ、若様なんて所詮は殿様なんだ、ふん、オレ達が死のうが、生き様がそん
な事には全然関心は無いぜ。」
「うん、まぁ~、そうだなぁ~、だけどなぁ~、オレは、今度こそオレ達の事を考えて下さると思ってる
んだけどなぁ~、でも、やっぱり、無理だろうなぁ~。」
「まぁ~な、本当は、オレもそうは願ってるんだけど、オレなんか大家から早く家賃を払えって、其れ
は、もう大変なんだぜ。」
「其れはなぁ~、お前が酒の飲み過ぎなんだ。」
「まぁ~、仕方無いか、諦め様ぜ、だけど、その若様って、一体、どんな人なんだろうかなぁ~、前の殿
様と同じじゃ、また、オレ達も駄目だって事なのかなぁ~。」
「おい、そんな事より早く食べて行こうぜ。」
源三郎達は、其れよりも早く立ち。
「ご主人、これで、足りますか。」
「えっ、こんなのって頂き過ぎますよ。」
「宜しいのですよ、今日は大変良いお話しを伺いましたのでねあの人達の分も一緒にね。」
「でも、こんな頂いては、三日分以上も。」
「まぁ~、まぁ~。」
源三郎は、知らぬ顔で店を出ようとすると。
「お~い、正太、お侍様がみんなの分だって頂いたよ、みんなお礼を言うんだ。」
「えっ、おやじ、本当か。」
「本当だよ、みんな、お侍様にお礼いを申し上げるんだ。」
「皆さん、宜しいですよ。」
源三郎達は、店を出るとさっきの職人達が追い掛けて来た。
「お侍様、本当にありがとうございます。」
「いいえ、私達は、今日、本当に良いお話しを聞きましたのでね、まぁ~、そのお礼ですからねっ。」
源三郎は、ニコッとした。
「あの~、其れで、お侍様達は、お城のお方で。」
「いいえ、私は、違いますがね、このお方は。」
源三郎は、わざと話を逸らした。
「えっ、正か、若様で。」
「あっ、しまった、余計な事を申しました、ええ、その通りですが、でも私達がお城に入るまでは、誰に
も内緒にして頂きたいのですよお願いしますね。」
源三郎は、人差し指で口に当てると。
「其れは、失礼しました、おい。」
職人達が土下座をしようとした。
「皆さん、若君はお忍びですからね、貴方方が土下座されますと我々は大変困りますのでね、どうかお願
いしますね。」
源三郎は、この職人達は使える思い。
「でも。」
「私が、許しますからねお願いしますよ。」
源三郎は、この様な時は実に上手だ、松之介は平静を保っているが、若い家臣達は驚きの表情をしてお
り、彼らには、大広間での出来事がまるで他所事の様に思えるので有る。
「はい、分かりました。」
この職人達も、今は、何が何だか訳が分からないと言う表情をしている。
「其れで、少しお話しをお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか。」
「はい、お侍様、でも、何でしょうか。」
「貴方方は、職人さんだと思うのですが。」
「はい、でも、オレ達は職人と言っても城下の口入屋に行き仕事を貰ってますので。」
「では、仕事は毎日では無いのですか。」
「はい、山賀のご城下では、今まで家老が口入屋と、其れに、大きな問屋から袖の下を取ってるって噂が
有りましたので、其れで、口入屋もお城に行って仕事を貰ってましたので、オレ達の仕事は毎日変わって
ました。」
「そうでしたか、でも、その鬼家老もおりませんので仕事も増えると思うのですが。」
「お侍様、でも、山賀には大きな仕事は無いんですよ、オレ達が貰う金子少ないのでもその日の内に消え
るんですよ。」
「では、大きな仕事と食べるところと、ゆっくりと眠れるところが有ればどの様になりますか。」
「そりゃ~、お侍様、オレ達の仲間は大喜びですよ。」
「そのお仲間は、何人くらいおられるのですか。」
「はい、でも、はっきりと分かりませんで、う~ん、でも確か千人はおりますよ。」
「へ~、千人ものお仲間が毎日の仕事を探しておられるのですか、う~ん、これは、大変な事ですねぇ
~。」
「はい、其れで、今からその口入屋に行って、今日と明日の仕事を貰いに行くところだったんですが。」
「其れは、申し訳有りませんでした、其れで、貴男のお名前は。」
「はい、オレは、正太と言います。」
「正太さんですね、其れでは私達も考えて見ますのでね、其れと、正太さんは、何時も何処に来られるの
ですか。」
「はい、オレ達は仕事が終わると、さっきの店に行きますので、あの店に来て下さったら、オレ達が何処
に要るか知ってますので。」
「分かりました、では、我々は城に行きますが暫くは内緒にして下さいね。」
源三郎は、ニコリとし。
「では、若君、参りましょうか。」
源三郎達は、城へと向かうが。
「どなたか、お一人、お城の吉永様に伝えて頂きたいのです。
若君が、間も無く着かれますとね。」
「はい、では、私が。」
「馬は危ないですから、速足で行って下さいね。」
「承知致しました。」
「若君、先程の話が城下で暮らしている本当の庶民の声なのです。
若しも、若君が籠に乗られ行列でこの山賀に入れば、今の様な話を聴く事は出来なかったと思いますか
らね、これからはどの様な方法で領民と接して行くかだと思います。」
「義兄上、私も、先程の話でよ~く分かりました。
でも、これからは、聴く事が出来なくなるのでは無いでしょうか。」
「はい、その通りで、これから先は、吉永様によ~く相談され、城下の人達の話をどの様に聴き、その話
を、どの様に反映させて行けるかでしょうねぇ~、あの正太と言う人物は職人達の仕事が無いと言ってお
りましたので、私は、松川で開始する隧道作りを山賀でも行う方法を考えておりますのでね。」
「では、義兄上は、山賀から松川までを隧道で繋げるおつもりなのですか。」
「まぁ~、其れは、山賀に入ってからが本当の戦になると思いますので。」
「はい、私も、職人達の話を聴いておりますと継続的な仕事が無いと言うのは職人もですが、山賀の城下
では多くの人達の生活が苦しいと分かりました。」
「私も、その様に思いますが、山賀の家臣達を納得させるのが先だと思います。
彼らは、城下で庶民がどの様な生活をして要るのかも全く知らないのです。
私は、先程の話しをこれからは何度もする事になると思いますが、其れには、若君が辛抱し家臣達を納
得させなければなりませんよ。」
「はい、義兄上、今のお言葉、私は肝に命じ、私が先頭に立ち工事が出来る様に、そして、必ずや、工事
を完成させます。」
「ですが、余り、深刻に考えないで時を掛けて下さい。」
その頃、源三郎の命を受けた若侍は大急ぎで山賀の大手門近くまで来た。
「誰か、急ぎ足で来るが、一体、誰だろうかなぁ~見た事が無いお侍様だが。」
「うん、そうだなぁ~。」
「私は、松川藩の石田源九郎と申しますが、吉永様に大至急お伝えしたき事が御座いますのでお取り次ぎ
の程をお願い致します。」
「はい、少し、お待ち下さいませ。」
門番は、詰所の家臣に伝えると。
「分かった、直ぐ、お通しを。」
門番は、大急ぎでで詰所を出ると。
「あの~、直ぐ、お通り下さいとの事でこちらで御座います。」
「はい、有難う。」
その時には、詰所の家臣が、吉永の下へと向かっていた。
「あの~、失礼では御座いますが、吉永様はいずこに、私は急いでおりますので。」
「はい、ですが。」
その時、別の家臣が着て。
「失礼ですが、どの様なご用件で御座いますか。」
「はい、では、申し上げます、間も無く、松川藩の若君様がお着きになられますと、吉永様にお伝え下さ
いませ。」
「えっ、松川藩の若君様が、では、行列は。」
「いいえ、若君の他に、源三郎様を初め、数人だけでお越しになられます。」
「何ですと、では、若君様は。」
「はい、馬で来られますので、もう、間も無くかと。」
「これは、大変だ。」
詰所の家臣は大慌てで城内へと走って行き、暫くして、吉永が来た。
「ご苦労様です、其れで、源三郎殿は。」
「はい、今、若君様とこちらに向かわれておられますので間も無くかと存じます。」
山賀藩の城内は蜂の巣を突いた大騒ぎになって要る。
山賀の家臣達は、松川の若君が行列で来るものと思っていた、其れが、何と、数人だけで、其れも馬に
乗って来るとは今までの常識では考えられなかったので有る。
「お~、あのお姿は、正しく、源三郎殿ですよ、若君は。」
「はい、我らと同じ着物なので。」
「やはり、源三郎殿のお考えですなぁ~。」
「はい、私も、最初は驚きましたが。」
大手門には、次々と、家臣が集まって来た。
「えっ、何と行列では無い、これでは、一体、どのお方が若君様なのか分からない。」
「うん、拙者もだ、まだ、お会いした事が無いからなぁ~お顔も知らないのだ。」
「一体、どのお方が、若君様なのだ。」
源三郎達が、大手門に入って来た。
「やはり、源三郎殿が直々ですか、そのお顔は、何か有りましたな。」
「はい、その話はあとで、其れで、今日は。」
「吉永様。」
「やはり、若君でしたか。」
「はい、その話も、後で。」
「皆の者、こちらが、松川の若君である、これからは、山賀の国で。」
「吉永様、其れも後で。」
吉永は、直ぐに分かった。
「皆の者、全員、大広間に集まられよ、大太鼓を打て。」
暫くして、山賀の城内から。
「どど~ん、どど~ん。」
大太鼓が鳴り響き、源三郎達も吉永の案内で大広間に向かうが、途中では、腰元達が驚きの表情で、
一体、どの人物が、若様なのか見分けが付かないと言う表情で見て要る。
「どのお方が若君様なのでしょうか。」
松之介の姿が普通の侍姿で後にも同じ様な若い侍が続いて要る。
大広間には、次々と家臣が集まり、暫くは、話し声も聞こえていたが。
「皆の者、静かにされよ。」
大広間は、水を打った様に静まり。
「松川の国より、若君様がお着きになられた、今から、若君様のお話しが有る、皆の者は、よ~く、お話
しを聴く事だ、では、若君様。」
さすがに、吉永だ、あの数日で、山賀の家臣達を落ち着かせたのだろか、松之介は座らず立った
ままの姿で。
「私は、今日、この山賀の国に到着しました、松之介と申します。
皆様、これから長きに渡り、お世話になりますので、どうか、宜しくお願い申し上げます。」
松之介は、丁寧に頭を下げると、吉永を初め、家臣一同に対し改めて手を付き頭を下げた。
「私は、何も難しい事は申しませぬが、山賀の民により良い暮らしが出来る様に致したいだけなのです。
先程、此処に来る前、城下でお昼を頂きましたが、城下の庶民は仕事が欲しいと申しておりましたが、
皆様はご存知でしょうか。」
家臣達は驚いて要る、松之介は若君で有りながら、殿様の様な言葉使いもせず、かと言って、侍言葉で
も無く城下の者達の言葉使いなのだ。
「どなたも、ご存知御座いませぬか、これは、大変な事ですよ、私は、その人達の話を直接聴いたのです
が、一体、今まで、何をなされておられたのですか、これからは方針をかえますのでね、皆様、お覚悟の
程を、其れと、吉永様にお聞きしたいのですが、ご家老の席は。」
「はい、まだ、未定で御座います。」
「では、吉永様には、只今より、筆頭家老に就いて頂きます。」
「えっ、正か。」
「ご家老のお役目は、大変な重責で御座いますが、今の山賀には、吉永様を置いて、適任者が居られぬと
思います。
どうか、私の、頼みを聴いて下さい、この通りですお願い致します。」
松之介は座り手を付き、吉永に頭を下げた。
山賀の家臣達、驚きを通り越し、其れは余りにも衝撃的な光景で、藩主が、家臣に向かって手を付き、
頭を下げるなどとは、聴いた事も見た事も無いと唖然とした表情で声も出ず開いた口が塞がらないと言う
表情で有る。
「若君、拙者、未熟では御座いますが、山賀の領民の為、若君の為、この命を捧げるつもりでお引き受け
させて頂きます。」
吉永も改めて、松之介に対し手を付き頭を下げた。
源三郎はこの様な指示を出したのだろうか、いや其れは無い、其れは、若君、松之介様の決意だと吉永
は思ったので有る。
「ご家老様には、今後、多くの問題が発生するやも知れませぬが、其れと、私は、皆様が見られました通
りでお分かりと思いますが、若輩者で御座いますので、ご家老様には大変な迷惑をお掛けするやも知れま
せぬが、何卒宜しくお願い申し上げます。」
何と、松之介は、最初から吉永を全面に出して来た、これには、源三郎も少し予定が狂ったと思った。
「其れと、加納様と井出様には勘定方に入り、今までの帳簿を徹底的に洗い出して頂きたいと思いますの
で、宜しくお願いしますね、其れと、賄い処のお方は。」
「はい、私で、川野弥太郎と申します。」
「左様ですか、では、川野様、今までの殿様の御膳ですが、私は、皆様と同じ物を頂きますのでね、宜し
くお願しますね。」
「えっ、其れは、余りにも。」
「川野様、私の命が危険だと申されるのでしょうが、私を殺したければ毒など用いずに、正々堂々と、武
士ならば、武士らしく、私を襲う事ですねぇ~、但し、私は、抜刀術を少々と思って下さいよ、私の、先
生はご家老様の吉永様ですからね、私を、簡単には殺す事は出来ませんからね、まぁ~、相当な覚悟して
来る事ですねぇ~。」
何と言う事だ、松之介は、源三郎も驚く程に上手に話し、山賀の家臣達も吉永が吉岡道場の四天王だと
知っており、その吉永から手解きを受けたと言うので有る。
「其れとですが、この中で、山賀の城から見えるあの高い山に関して詳しいお方はおられるますでしょう
かねぇ~。」
すると、下級武士と思われる若い家臣が手を挙げ。
「私は、山賀から松川藩まで続くあの山には、私が、一番よく知って要ると思います。
高木一之介と、申します。」
「高木様ですね、では、高木様の友人でも宜しいですから、五名を選んで下さいね、お役に付きましては
後程お話ししますので。」
「はい、承知致しました。」
家臣達は、まぁ~、驚きの連続で、若き殿様は、其れはもう、次から次へとお役目を決めて行く。
だが、一体、何の為に山に詳しい者が必要なのだ。
家臣達は、若き殿様の考えなどは全く理解が出来ない。
高木は、五名の若き家臣を選んだ、その者達は高木の幼い頃からの友人だと。
「では、斉藤様、高木様、皆様も参りましょうか。」
「殿、一体、どちらに向かわれるのですか。」
「城下に行くのですよ、では、吉永様、申し訳御座いませぬが、少し遅くなりますので、宜しくお願いし
ます。」
松之介は、先頭になり、まぁ~、子供の様にニコニコとして部屋をでた。
「源三郎殿、殿は、一体、どちらに向かわれたのですか。」
「多分、お昼に入った飯屋だと、私は思うのですが。」
「えっ、飯屋と申されますと、では、お昼は城下で済まされたのでしたか、拙者も、少し遅いとは思って
おりましたが、ほ~、飯屋にねぇ~。」
「吉永様、実はね、お昼に入った飯屋で数人の職人が話をしておりましてね。」
源三郎は、吉永に城下の飯屋で有った事を話すと。
「其れで、よ~く、分かりましたよ、では、殿は、その正太と申される職人が来るだろうと思われたので
すか。」
「はい、殿は、城下の者達が、山賀の事を、一体、どの様に思って要るのか其れを知りたいのだと思いま
すよ。」
「其れで、ニコニコとされて、でも、あの高木達は驚いておりましよ、何処に行くのかも全く知らされて
おりませんのでねぇ~。」
「吉永様、殿は、この数日間で大きく成長され、私は安心しました。
後は、吉永様、松永様達の協力さえ頂ければ、山賀は必ずや再生出来ると思いますよ。」
「源三郎殿、拙者、微力ながら全力を持って、若き殿様をお助けさせて頂きますので。」
「吉永様には、大変でしょうが、今、ご無理をお願い出来ますのは、吉永様だけなのです。
何卒宜しくお願い申し上げます。」
その頃、松之介は、大手門を出ると城下の飯屋に向かった。
「殿、一体、どちらに。」
「高木様、皆様も、城下では、私を、殿とは呼ばずに松之介と呼んで下さいね、斉藤様もお願いしますか
らね。」
「えっ、正か、その様な。」
「宜しいのですよ、城下で殿と呼ばれますとね、私にも少し不都合が有りますのでね。」
斉藤は、直ぐ分かった、松之介の言葉使いも、殿様が使う言葉では無く、普通の言葉使いで、侍言葉で
も無く、其れは、やはり、源三郎の影響なのだと。
「高木様も皆様も、殿様の申される通りですよ、城中は別として、城下では松之介様とお呼び下さい。」
「斉藤様は、私の申し上げた意味をご存知なので大助かりですよ。」
お昼の飯屋は、直ぐ近くに有った。
「おやじさん、来ましたよ。」
「お~、これは、お昼のお侍様で。」
「おやじさん、正太さん達は来られますかねぇ~。」
「ええ、奴らは毎日来ますから。」
「じゃ~、正太さん達と一緒の席で。」
「じゃ~、少し待って下さいね、え~と、一番、奥でしたら、十分なのであの場所でお待ち下さいね、直
ぐお茶を。」
「そうですか、じゃ~、おやじさん、先に、まぁ~、適当にお願いしますね。」
「斉藤様、正太って、誰ですか。」
「今日のお昼を此処で済ませましてね、その時に、まぁ~、知り合ったとでも、申しましょうか。」
斉藤は、殿様が、正太から何かを聴きたいのだろうと。
「お~、おやじ。」
「お侍様、ね、噂をすればで御座いますでしょう。」
「はい、その様ですねぇ~、正太さ~ん、此処ですよ、ここ。」
「あっ、お昼のお侍様、どうかしたんですか。」
「まぁ~、宜しいでは無いですか、さぁ~、皆さんも座って、おやじさん、正太さん達にもお酒をお願い
しますね。」
「は~い。」
「えっ、何でだよ~、オレ達の時には返事も無いのになぁ~。」
「あんたはねぇ~、直ぐ、お尻を触るからいやなのよ~、ふ~んだ。」
松之介は大笑いし、正太達、大笑いした。
「正太さん、食べ物は。」
「はい、おやじが知ってますから。」
「そうですか、じゃ~、おやじさん、私にも同じ物を、皆さんも勝手に注文して下さいよ。」
其れにしても、まぁ~、松之介は、これが、松川藩の若君とは思えない程生き生きとしている。
「其れで、正太さんにお聞きしたい事が有るんですがね。」
「お侍様、オレの知ってる事だったら、いいよ。」
「その前に、そのお侍様ってのは止めて欲しいんですよ。」
「えっ、だって、お侍様ですから。」
「でもねぇ~、私も、他の者も侍なんですよ。」
「あっ、そうか、じゃ~、何て呼んだらいいんですか。」
「私はねぇ~、松之介と申しますのでね。」
「じゃ~、一番、若そうだから、え~と、そうだ若様ってのはどうですか。」
「若様かぁ~、嬉しいですねぇ~、何だか、お城の若君様になった気分ですねぇ~、うん、そう
じゃのぉ~、余は、満足じゃ。」
松之介は、一人、大笑いし、正太達も大笑いし、斉藤達もつられ大笑いした。
松之介の呼び名が、その後、若様と、其れが、山賀の領民にも知られる様になり誰からも若様と呼ばれ
る様になった。
「じゃ~、これからは、若様って呼ばせて頂きますが、本当にいいんですか。」
「有り難い、まぁ~、その前に、一杯飲んで下さいよ。」
「じゃ~、若様も。」
「はい、頂きますよ、さぁ~、さぁ~、皆さんも、食べて、飲んで下さいよ、おやじさん、お酒をお願い
しますよ。」
「は~い。」
松之介は、店の娘の声が嬉しかった、今まで、松川の生活では、この様な楽しい事は無かった。
「其れで、若様は、一体、何を知りたいんですか。」
「まぁ~、其れがねぇ~、あの山の事なんですがね、正太さんが何か知ってる様な事が有れば教えて欲し
いんですよ。」
「若様、あの山には、大昔から、大蛇が居ましてね、何十年か、何百年に一度、大不作になると、生贄
に、若い娘を差し出したって聞いた事が有るんですよ。」
「へぇ~、大蛇ですか、ですが、その大蛇って何処に住んでるんですか。」
「お城の裏側に大きな祠が有りましてね、その裏に大きな木が三本有って、三本の木の傍に大きな穴が有
るんですよ。」
地元の者達から聞き出す方法は、源三郎と良く似ている。
山賀の城の裏側には高い山が松川まで連なり、その山賀の城の裏側には祠が有るとは。
「高木様、大蛇の話は知っておられましたか。」
「私も、今、初めて聞きましたので。」
やはり、高木も知らなかった。
「そうですか、其れで、正太さん、その穴は大きいのですか。」
「若様、オレも、詳しくは知りませんがね間口が、畳、二畳で、奥は何処まで有るのか知らないんです
よ。」
「其れで、その穴って、誰でも入れるのですか。」
「いゃ~、穴は、地元の農民だけは行きますが、でも、城下の者は殆ど知りませんよ。」
正太は、どうやら農家の出の様だ。
「では、農民さんだけが行かれるのですか。」
「ええ、あそこには、お蛇様が要るんですよ、だから、誰も行かないんですよ。」
「へぇ~、お蛇様ですか、其れで、さっきの生贄ですが、農村には若い娘が多いのですか。」
「大昔は、生贄の為に娘が大勢いたそうですが、今は、どうか知りませんよ。」
さぁ~、松之介は、一体、どうするのだ、城の裏側に有る高い山には大きな穴が有ると言う。
源三郎は、山賀から松川までの隧道を計画中で、松之介は、何としても協力しなければならないと思っ
て要る。
だが、本当にお蛇様が住むと言う大きな穴に入って行くのだろうか、其れとも、別のところから隧道を
掘り進むのか。
「ねぇ~、正太さん、一緒にその穴に行きませんかねぇ~。」
「えっ、若様、正か、あの穴にはねぇ~お蛇様がいるんですよ、そんなのって無茶ですよ。」
「ですから、行くんですよ、大蛇を退治にね。」
「えっ、ですがねぇ~、そのお蛇様って胴回りが畳二丈分も有るんですよ、そんな大蛇をねえ~、一体、
どうやって退治するんですか。」
若君、松之介は、一体、何を考えて要る、胴回りが畳二丈も有る大蛇を、幾ら、抜刀術の達人でも無理
な話しでは無いのか、正太が驚くよりも、一緒に来た高木達の方が驚いて要る。
「若様、本当に、大蛇を退治に行かれるのですか。」
「高木様、その大蛇の為に、大昔は農村の娘さん達が犠牲になったと聞きました。
我々、侍が退治出来なくて、一体、何処の誰が退治するのですか、私は、農村の人達の為にも誰が反対
しても行きますからね。」
松之介は、胴回りが畳二丈も有る様な大蛇は居ないと思って要る。
大蛇の話が本当に要るのならば、日頃は、一体、何を食べて要るのだろうか、其れに、城下の者達は誰
も、大蛇の犠牲になっていないと、その大蛇の住むと言う洞窟には他に何かが有ると思った。
「斉藤様も如何ですか一緒に大蛇退治に参りましょうよ。」
若君は、怖いもの知らずなのか、其れとも、洞窟を調べたいのか、一体、どっちなんだ。
「はい、勿論ご一緒させて頂きます、ですが、まぁ~、若様も物好きなお方で。」
「はい、私は、物好きですよ、でも、面白いでは有りませんか、そんな大蛇が居ると聴くだけでももう、
私は、ワクワクして来まましたよ。」
正太達は、一変に酔いが覚めたのか。
「もぉ~、分かりましたよ、本当に、若様って、物好きなんだから、まぁ~、オレも、本当はねその大蛇
ってのを見たかったんでね、まぁ~仕方無いから行きますよ~。」
「おい、正太、本当に大丈夫なのか。」
「だって、オレ、何だか、若様が好きになったよ、若様、実は、オレはね、農家の三男で、オレの村
じゃ~、毎年、不作で、ねぇ~ちゃんも売られたんですよ、でも、そのねぇ~ちゃんも親も死んだんで、
オレは村を飛び出したんですよ。」
やはり、正太は、農民だった、すると、正太の仲間と言うのは。
「若様、オレ達、みんな農民で同じ村に住んでたんですが、村は、不作が続き村の全員が次々と死んで
ね、其れで。」
「分かりました、正太さん、私が、大蛇を退治出来る様に手伝って下さい。
其れで、色々な物を準備しますので、明日の朝、お城の大手門の前で待ってて下さい。」
「分かったよ、若様、オレは行くけど、みんなはどうするんだ。」
正太の、仲間は暫く考え。
「う~ん、だけどなぁ~。」
「行くのか、行かないのか、どっちなんだ。」
「なぁ~んだ、誰も行かないのか、分かったよ~、じゃ~オレだけか。」
「正太、分かったよ~、じゃ~、オレも行くよ。」
「よ~し、オレもだ。」
そして、全員が、行く事に決めた。
「じゃ~、正太さん、明日の朝、四ツで如何でしょうか。」
「若様、五つにしましょうよ。」
「はい、じゃ~、正太さん、朝飯は。」
「う~ん、だけど、オレ達、何時も朝は無いんだ。」
「分かりました、何か、用意して行きますからね。」
「やっぱり、若様だ、じゃ~、ついでに昼飯も頼むよ。」
「はい、いいですよ、じゃ~、私達は帰って準備しますので。」
「其れじゃ~、朝、五つに大手門に行きますから。」
「おやじさん、これで足りますか。」
「はい、えっ、これは多すぎますよ、其れにお昼の分も。」
「じゃ~、暫く正太さん達の食べ物とお酒の支払いに当てて下さいね、おやじさん、美味しかったです
よ、ありがとう。」
松之介の言葉使いだけでは、誰も、松川藩の若君で、今日から山賀の若殿様とは気付く事も無く店を出
ると。
「高木様達は、城に戻り次第、明日の準備をお願いします。」
「若様、何を、持って行かれるのですか。」
「う~ん、そうですねぇ~、洞窟ですので、松明を、二十本くらいと、提灯も必要ですねぇ~、後
は、縄が若しかすると必要になるやも知れませんのでね、全部、揃えて荷車に載せて下さい。」
「若、何やらお考えの様ですが。」
「斉藤様、私は、その洞窟に期待して要るのです。
奥行きが、一体、何処まで有るのか、其れを縄が有れば分かりますからねぇ~。」
松之介は、期待していると、其れは、洞窟を利用して奥へ掘り進めると言う事なのか。
「若、私も、分かりましたよ、私も、期待しておりますので。」
だが、高木達は、松之介と斉藤が、一体、何を会話しているのか全く意味も分からない。
「高木様、其れと、賄い処にお頼みして下さい。
人数分の、朝食と昼食を、どちらも、おむすびで宜しいですからね。」
其れからも話は続くが、お城に着くと、高木達は明日の準備に入った。
「斉藤様、初日から大変だったと思いますが、如何でしたか。」
「若、私は、以前の若を知っておりますが、正かと言う程に大成長され、私は、何と申し上げてよいのか
分からないので御座います。」
「私は、何も変わったとは思わないのですが、義兄上が、松川の同心を見事に裁かれ、同心の命だけで無
く、家臣達も納得させられたの見まして、其れよりも、私は、山賀に入れば、義兄上も斉藤様も元に戻ら
れると考えたのです。
確かに、吉永様はおられます、でも、ご家老となって頂いて、これからは、家中のお役目が大変だと、
其れが、今日のお昼に正太さんと言う職人達の話を聞き、私は、まず、正太さん達に仲間になって欲しい
と考え、其れで急な行動に出たのです。」
何と、松之介は臨機応変に行動した、其れは、正しく、源三郎流なのだ。
「若、やはり、源三郎様が行われておられます、物事は臨機応変が必要だと。」
「はい、私は、四角四面が好きでは無いので、その時の状況に応じた対応は必要だと常日頃からも考えて
おりましたので、今日は本当に良かったです。」
松川の若様、松之介は到着したその日から積極的に動いたので有る。
松之介は、斉藤と別れ殿様の部屋に入り、暫く、何かを考えていたが、余りにも急激な変化にさすがに
疲れたのか、直ぐ眠った。
明け六つには目が覚め、大手門に行くと、高木達が松明と縄を荷車に積み込みを行なっていた。
「やぁ~、皆さん、早いですねぇ~。」
「殿、これで、宜しいでしょうか。」
「はい、私は、十分だと思いますよ、後は、正太さん達が来るだけですが、賄い処は、何か聴いて
おられましたか。」
「はい、いゃ~さすがに驚いておられました。」
「では、朝と昼のおむすびと飲み水だけですが。」
「はい、今、平田達三名が取りに行っておりますので。」
「そうですか、でも、高木様達も驚かれたでしょうが、城中に居れば知らない気付かない事が多いのです
よ、私はね、許される限り城下に入り皆さんの話を聴きたいと思っています。」
「殿、私も、最初は驚きましたが、殿が、早くも、正太さん達を利用と申しては怒られますが、仲
間に迎い入れ様とされ、正直申しまして、驚くよりも呆れておりまして、申し訳御座いませぬ。」
「いゃ~、宜しいですよ、家中の皆様が正直な気持ちで話されるのを、私は、待っておりますのでね。」
高木は、若い殿様は、飾り気の無いお人だと感心している。
「多分ですが、正太さん達はもう直ぐ来られますよ。」
「はい、私も、同じ様に思っておりますので。」
その時。
「若様。」
大声がし、振り向くと、やはり、思った通りで正太達が来た。
「正太さん、随分と早いですねぇ~。」
「いゃ~、オレ達も、何か、楽しくなりましてね、で、早く目が覚めたんで、早く行こって事になったん
ですよ。」
「若様、遅くなりました。」
平田達が、朝食用と昼食用のおむすびと飲み水を持って来た。
「まぁ~、少し早いですが、参りましょうかねぇ~。」
「若様、オレ達が荷車を。」
「有難う、では、お願いしますね。」
大手門の門番は口止めされ、間違っても殿様とは呼べずに松之介達を見送った。
その様子を、源三郎、吉永、斉藤の三名が見ていた。
「斉藤様、大したお人ですよ。」
「ええ、私も、昨日の話を聴いておりましたが、話し方だけでは、誰も、山賀の若殿とは気付か無
いですよ。」
「斉藤様、其れで、誰が、若様って呼び名を。」
「其れが、正太さんと言う職人が付けたんですがね、一番若いお侍様だから、若様って、申しました
ところ、殿が、大変喜ばれまして、じゃ~、その若様で宜しいですよとなったのです。」
「では、お店でも、若様ですか。」
「はい、店主も、若様って呼び、高木様達も若様ならば呼びやすいと思ったのでしょう、誰も違和感を持
たずに若様と。」
「う~ん、其れは、良かったですねぇ~、では、誰も、山賀の殿様とは知らないのですね。」
「はい、私も、つい、若様と失礼だとは思いましたが。」
「何も、斉藤殿が謝る必要は有りませんよ、ですが、源三郎殿の上手を行かれましたねぇ~。」
「ええ、私も、大満足しておりますよ。」
「ねぇ~、若様、実は、オレ達はこれなんですよ。」
正太が、入れ墨を見せると。
「ほ~、其れは、一体何ですか。」
松之介は、全くの世間知らずなのか、其れとも恍けて要るのか。
「若様、オレ達は島帰りなんですよ。」
「えっ、島って、何処かの島に行かれてたんですか。」
「えっ、若様って、本当に知らないんですか、あ~ぁ、やっぱりだ、世間知らずの若様だねぇ~、若様、
オレ達は犯罪人だったんですよ。」
「そうなんですか。」
「若様、そうなんですかって、オレ達はねぇ~、悪い事をしたんですよ、ねぇ~、高木様、もう、何とか
して欲しいよ、だから、怖いもの知らずなんだ、もう、オレ、頭が変になりそうだよ。」
「若様、島帰りと言うのは、罪を犯した者が行って刑期を終わって帰った者を言うのです。」
「では、今は、何も犯してはいないのでしょう。」
「其れは、当たり前ですよ、誰が、あんなところ、二度と行きたくは無いですからねぇ~。」
「では、何も、問題は有りませんよ。」
「ねぇ~、若様、オレ達は城下じゃ一番の嫌われ者なんですよ。」
「へぇ~、そうなんですか、私はそうは思いませんがねぇ~。」
「ねぇ~、若様って恍けてるんですか、其れとも本当に知らないんですか。」
「正太さん、私は、若様ですよ、其れも世間知らずのね。」
松之介が、大笑いすると。
「もう、オレ、若様とは付き合えないよ。」
「え~、もう、私を嫌いになりましたか。」
「そうじゃないんですよ、オレも、今まで多くの人を知ってるけど、若様見たいな人って初めてですよ、
え~い、もうこうなったら、オレは、死ぬまで若様の面倒見るよ、若様を一人で出すと何をしでかすか分
からないんだから、え~い、も~、どうにでもなれって。」
実は、松之介の大芝居で、全員が騙されたが、松之介は、最後まで貫き通す事にした。
「じゃ~、正太さん、お願いしますね、私は、世間知らずの若様ですからねぇ~。」
「はい、はい、分かりましたよ、もう、本当に困った若様なんだから。」
馬鹿な話しをしている間に、お城の裏側に着いた、遠くに祠が見え、正太の言う三本の大木が見える。
「正太さん、あれですか。」
「そうなんです、でも、オレ、少し怖いんですよ。」
「何を、言ってるんですか、正太さんは島帰りなんですからね、何も。」
「若様、島帰りでもねぇ~怖いものは、怖いんですからね。」
松之介は大笑いするが、正太達は、やはり、大蛇が恐ろしいのだろうか、顔色が悪くなり、高木達も同
じ様で、正太は、松之介の後ろに、仲間達も荷車の後ろに行く。
「どうしたんですか、まだ、何も有りませんよ。」
松之介は、どんどんと近付いて行く。
「正太さん、これくらいはまだましですよ、私の、姉上は、其れはもっと、恐ろしいですよ、抜刀術の達
人ですからねぇ~。」
「若様、抜刀術って。」
「世間で言う居合い抜きですよ、まぁ~、其れよりも、もっと、恐ろしい人はねぇ~、でもまぁ~、この
話は止めておきましょうかねぇ~。」
正太の言う、祠に着き。
「では、今から入りますが、松明と提灯の用意を。」
それぞれが、松明と提灯に火を点けた。
「平田様、縄を荷車に結んで下さい。」
松之介は、洞窟の奥行きを調べるにはと考え縄を準備させた。
「ねぇ~、若様、何で縄を荷車に結ぶんですか。」
「正太さん、私はねぇ~、この洞窟が、一体、何処まで続いて要るかを調べたいのでね。」
「そうか、中は何も見えないからですか。」
「ええ、その通りですよ、さぁ~、準備が終わればみんなで中に入りますよ。」
松之介が、先頭になり中に入ると。
「お~、これは、何と、思った以上に大きいですねぇ~。」
「若様、足元には気を付けて下さい。」
「高木様も皆さんも、足元に気を付けて下さいね。」
松之介は、どんどんと奥へと進んで行く。
「若様、少し、待って下さいよ、オレは。」
「正太さん、どうされましたか。」
正太達は、大昔からの言い伝えで中には大蛇が住んでいると聴かされ怯えて要る。
「正太さんは、島帰りですから、何も怖くは無いでしょう。」
「そんなぁ~、若様、オレだってねぇ~、怖いものは有りますよ。」
「ええ、そうですかねぇ~、でも、中には何も有りませんよ、静かなものですよ、さぁ~、皆さんどんど
んと行きますよ。」
高木達は、驚く以前にもう呆れて要る、この人は、本当に松川藩の若君様なのか、言葉使いも、若君様
が使う言葉でも無く、怖さ知らずなのか、其れとも、本当に世間知らずなのか、一体、何処までが本当の
姿なのか分からなくなってきたので有る。
「若様、少しお待ち下さい。」
「どうかしましたか。」
「はい、縄が足りませんので結んで足しますので。」
「もう、そんなにも奥まで来たのですか。」
「いいえ、縄が短いので継ぎ足しを。」
「そうですか、では、少し休みましょうか。」
全員が、一か所に集まると、提灯と松明の灯りで洞窟内が少し明るくなった。
「正太さん、思った以上に中は大きいですよ。」
「本当ですねぇ~、オレも、此処まで来たのも初めてなんで。」
後ろを振り返るが、入り口の灯りが点の様にしか見えず、松明は余分に持ち込んでいるが、その
松明も三本目で提灯の蝋燭も二本目と交換している。
「若様、一体、何処まで行くんですか。」
「う~ん、そうですねぇ~、帰りの松明と提灯の蝋燭の残りを考えますと、これ以上、奥へ進むと
危険ですからねぇ~。」
「若様、じゃ~、戻りましょうか。」
「そうですねぇ~、では、縄を結んで置いて下さいね、表に出てから調べますので。」
縄を結び、松之介達は洞窟の中を引き返し始めた。
「う~ん、其れにしてもこの洞窟は大きいなぁ~、あれ~、少し待って下さいよ、此処に何か有り
ますよ。」
松之介が下を見ると、何かの道具の様に見え手に取ると。
「これは、鍬では無いですか。」
「若様、此処にも有りますよ、でも、何でこんなところに有るんだ。」
「正太さん、この洞窟は、どうやら昔、何かを掘り出した後の様ですねぇ~。」
「えっ、でも、オレ、そんな話し聴いた事が無いですよ、だって、オレの爺様も言ってたんですよ、あの
洞窟にはお蛇様がいるから、誰も、入るなって。」
「正太さん、私はねぇ~、大昔、誰かがこの洞窟で何か分かりませんが掘り出していたのです。
其れでねその掘り出し物が、まぁ~、余程、大事な物なのでしょうか、他の人達には洞窟の中に入らな
い様に大蛇がいると言ったんですよ。」
「えっ、じゃ~、この洞窟は人間が掘ったって言う事なんですか。」
「ええ、そうでなければ、何故、此処に鍬が有るのですか、其れも、あの入り口からこの場所まで続いて
要るのですから相当な奥まで続いて要ると思いますよ。」
「じゃ~、若様、正か、金じゃないですよねぇ~。」
「正太さん、其れは、分かりませんがね、ほら、此処にも有りますよ、正か、お蛇様が鍬で穴を掘
るんでしょうかねぇ~。」
「若様、そんな話し聴いた事有りませんよ、じゃ~、大蛇が居ると言うのは、大嘘だって。」
「ええ、大蛇が住んでいれば、もう、正太さんは大蛇のお腹の中に入ってますよ。」
「若様、そんな恐ろしい冗談は止めて下さいよ、本当に人が悪いんだからなぁ~。」
松之介は大笑いするが。
「えっ、正太さんでも怖いんですか。」
「オレだって、怖いですよ、若様、でも、一体、誰が掘ったんですかねぇ~。」
「まぁ~、まぁ~、そんな事よりも、外にでましょうか。」
松之介達は暫くして、洞窟の外に出た。
「高木様、松明と提灯の蝋燭ですが、何本残っていますか。」
「はい、松明が、え~っと、十本で、蝋燭は、各1本です。」
「縄の長さを調べますので。」
松之介達は、その後、直ぐには戻らず、祠の前で持って来たおむすびを食べるが。
「若様、この洞窟ですが、次も入るんですか。」
「ええ、勿論ですよ、私は、一体、何処まで続いて要るのか知りたいのでねぇ~。」
「若様、次の時には、松明は倍以上は要りますよ、其れと、蝋燭もですが。」
「そうですねぇ~、今度は荷車も三台にして、松明も提灯も、う~ん、そうですねぇ~、これの、三倍は
用意しましょうか。」
「其れで、今度は、何時になるんですか。」
「あれ~、正太さん、洞窟は怖くないのですか。」
「若様、オレに、怖いもの何て無いですよ。」
「おい、正太、お前、さっき、震えていたぞ。」
「あれはなぁ~、武者震いと言ってなぁ~、怖いから震えたんじゃないんだよ~。」
「お~、お~、外に出ると、途端に元気になって。」
「お前だって。」
「あっ、そうか、じゃ~、みんな同じだなぁ~。」
正太と仲間の話は、他の者達も一緒で、だが二人の会話で笑いが起きたのも間違いは無かった。
「じゃ~、皆さん、そろそろ帰りましょうかねぇ~。」
「ねぇ~、若様、あの洞窟ですが、何かに使うんですか。」
松之介は源三郎の進めて要る、海岸に有る洞窟の掘削工事を考えいた。
この洞窟が、一体、何処まで続いて要るのか、其れを調べてから源三郎に相談する事を考えて要る。
「そうですねぇ~、今日、城に戻って縄の長さを調べますので、明日とは言えませんが、では、数日の内
にはおやじさんに伝えて置きますので。」
「はい、分かりました、じゃ~、オレ達は此処から城下に行きますので。」
「正太さんも皆さんも、洞窟の話は誰にも言わないで下さいね。」
「そうか、若様は奥に隠して有る金が欲しいんだな。」
「ええ、そうですよ、正太さんも欲しいでしょう。」
「だって、そんなの当たり前ですよ、じゃ~、誰にも言いませんので。」
正太達は機嫌よく帰って行く。
「若様、今、縄を調べたところ、三町もありましたよ。」
「えっ、三町もですか、では、一体、何処まで有るのか、これは、大至急調べましょうか、高木様達は少
し休んで下さいね、私はご家老のところに向かいますので。」
松之介は吉永の部屋へと向かった。
一方、吉永は、家老として、城内の人事を考えて要る。
優秀な人材を発掘する為に、今まででは考えられない方法を採用した。
其れは、面接と言う方法でお役目に対して、一体、どの様な考え方を持って要るのか、本人が希望する
お役目とは何かを直接聴く方法で有る。
「ご家老様は居られますか。」
「殿、何用で御座いますか。」
若様は、何やら楽しそうな顔付きで、早朝に城を出られ、何かを見付けられたのだろうかと。
「吉永様、いや、失礼しました、ご家老様、私は、今日大変な発見をしましたよ。」
「大変な発見と申されますと。」
「ええ、実はね。」
松之介は、早朝から正太達と行った洞窟の話をすると。
「えっ、其れは、誠で、私も初めて聞きましたが、その様な大きな洞窟が有るとは知りませんでした。」
「其れで、義兄上が申されておられました、山賀から松川まで続く隧道の件ですが、私は、この洞窟を利
用出来ればと考えたのですが。」
確かに、源三郎は山賀から続く山に隧道を造り、途中、数か所か数十か所に備蓄用の倉庫を作ると話は
聞いていたが、正か、若様が、山賀に到着早々行動に移すすとは全く考えてはいなかった。
「殿は、その洞窟の再調査を考えておられるのですね。」
「はい、私も、出来るならば、早急に調査し洞窟の掘削が可能なのか、可能ならば、何時から工事に入れ
るのかを検討したいのです。」
松之介が、松川で、どの様な教育を受けたか分からないが、やはり、あの時、同心達の処分したのが、
今の、松之介の行動になったのは間違いは無い。
「殿は、その正太と言う人物を仲間にと申しましょうか。」
「ご家老様、正太さんも、正太さんの仲間も、島帰りだと自ら名乗りました。
私は、正太さんからこの城下では直ぐに人を集める事が出来ると申しておりますので工事には直ぐ入れる
と思うのです。
それで、私は、正太さんに人集めをお願いしようと思って要るのですが。」
「殿、承知致しました、至急、若手を集める事に、其れと資材ですねぇ~。」
「ご家老様、資材ですが、高木様達にお願いしておりますので。」
「では、何時、参られるのですか。」
「はい、其れを、ご家老様に相談に上がったのです。」
「殿、私は、今、城内のお役目に付いて面接と言う本人と直接会い、話しを聞き、出来るだけ本人の希望
するお役目に就かそうと考えて要るのですが。」
「面接方式ですか、私は大賛成ですよ、私も、詳しくは分かりませんが、松川では重役方に、この人物を
登用したいと、内々の進言が有りますが、多分、私の推測では希望するお役目にの上層部に。」
「殿、其れ以上は。」
「はい、でも、今申されましたご家老様の面接方式は良いと思いますよ。」
「殿、其れで、今、お話しの有りました工事の件で御座いますが、先程、申しました面接方式も、まだ、
始めたばかりでして殆ど決めておりませぬので、本日からの面接には工事関係のお役目も追加したいと考
えたのですが。」
「其れは、大変有り難いですねぇ~、私は工事と言うものが初めてなので、どの様な仕事が有るのかも知
りませんので、此処はご家老様のお知恵を拝借したいのですが如何でしょうか。」
吉永も、松之介が分からな事には何時でも発言するつもりで有る。
「殿、私も全てを知って要るのでは御座いませぬが、源三郎殿がなされておられましたので、多少の事は
知っておりご参考にして頂ければ宜しいかと。」
「私は、正太さん達を大切にしたいのです。
正太さん達は、島帰りと言うので、代価の良い仕事は与えて貰えずにその日だけの仕事ばかりだと、で
すが、私は、正太さん達が、いなければ、義兄上の申されております隧道造りは、最初から入らなければ
ならず、其れが例え、三町だと思われても大きな成果だと考えております。」
「殿、私も、正太を登用される事には賛成で御座います。
源三郎殿は、悪は悪として、本人が改心したならば新しい仕事に対し一生懸命になり工事が完成する方
が大事だと申されておられます。」
「ご家老様、私も同じで御座います。」
「殿、では、明日にでも、一斉登城を。」
「いいえ、其れでは、皆様に迷惑が掛かりますので、今、城内に居られる方々の中から集めたいのです。
私は、何も無理にとは申しませぬ、例え、十名でも二十名でも、今のお役目に支障が無いと判断された
人達だけで調査に向かうつもりです。」
殿様として命令をだすのではなく、自らの意志で、其れも、今の役目には支障が無いと判断した者達だ
けで調査に向かうのだと。
「殿、では、早速、私が各所に出向きまして説明をしたいと思いますが。」
「誠に、申し訳御座いませぬ、私も一緒に参りますので。」
山賀に到着して、まだ、日も経たないが、松之介と吉永は精力的に行動を開始した。
一方で、源三郎は、若君が発見したと言う洞窟の話は知らず、山賀から松川までの隧道建設に向けての
計画を練って要る。
「う~ん、十里か、これは、簡単な問題では無い。
最初から補強材が必要になるなぁ~、松川の峠で試みる物が、果たして役に立つのか、役に立たなけれ
ば他の方法も考えなければならないのか、う~ん。」
源三郎は何としても峠での試みが成功して欲しいと、この数日間は、峠での試みの事だけで他の事など
考える余裕も無かった。
「源三郎殿。」
「ご家老、如何なされましたか、えっ、殿様も、ご一緒とは。」
「義兄上、今日、大変な発見を致しました。」
「えっ、大変な発見ですと、一体、何をですか。」
「はい、今日の早朝、正太さんと仲間と私と五人の若手とお城裏に有ります、祠から。」
松之介は源三郎に詳しく説明すると。
「えっ、其れは、誠で御座いますか、では、その洞窟を利用すれば。」
「はい、私もその様に思いましたので、先程、ご家老様にご相談致しましたところ、賛成、頂きましたの
で、直ぐ、義兄上に報告に参ったので御座います。」
源三郎は今までに無い驚きで、其れよりも、松之介の行動力には驚きを通り越して唖然とした。
山賀の城下で正太達の話を聴いたその日の内に行動を開始したので有る。
だと、すれば、この計画はどの様な困難が有ったとしても成功させなければならない。
源三郎が考えていた計画は全てを白紙に戻し、松之介の考えを全面的に支援する事にした。
「殿、では、早速、行動に移されるのですか。」
「はい、ですが、私は何も分からず、今の方法が良いのか、其れとも悪いのかも判断出来ないのです。」
「いゃ~、其れで、私は十分だと思いますよ、では、私も同行させて頂きたいのですが。」
「勿論で御座います。
私は義兄上に見て頂ければ良い方策も出ると思っておりましたので。」
「殿、私は、現場に参りますのはあくまでも裏方としてで、現場の事は全て現場の人達に任せる方が良い
と考えております。」
「はい、有難う御座います。
では、早速、人集めに参りたいのですが、義兄上もご一緒にお願いしたいのです。」
「はい、勿論ですよ、お手並みを拝見させて頂きたいのです。」
松之介は、吉永と源三郎と共に各所を回り、上司に対して本人の希望を重視する様に伝えた。
だが、一部の者達の中には、今の役目が重要だと考えを持って要る事も確かで、松之介としても強制はし
ないと言う話で二十人程の家臣が集まり、大広間で詳しく説明を始めた時。
「若様。」
「はい、高木様、準備は。」
「はい、ですが。」
「宜しいですよ、此処に居られる方々は新たに参加して頂く事になりましたので。」
「はい、承知致しました。」
「殿、今、若様と呼ばれましたが、如何なされたので。」
「あ~、今の若様ですか、実はね、昨日、城下の飯屋でね。」
松之介は源三郎や吉永、其れに、新たに加わった家臣に説明すると。
「そうでしたか、若様ですか、では、正太さんは、殿とは知らないのですね。」
「はい、私も別に名乗ってはおりませんが、其れよりも、正太さん達が、私を殿としてでは無く、山賀の
家臣として洞窟まで案内してくれました。
私自身、これからの工事には、正太さん達の協力無しでは困難だと考えておりますので、皆様も正太さ
ん達と一緒の時には殿では無いと思って頂きたいのです。」
「私も、賛成ですねぇ~、如何ですか、皆様も、これからは、若様と呼んで頂ければ、殿、いや、若様と
して工事に入るので有れば少しでも気持ちが楽になると思いますが。」
「宜しいでしょうか。」
「はい、どうぞ。」
「殿は、その正太と申す職人を信頼されておられるのでしょうか。」
「ええ、私はね、何故、信頼したかと申しますとね、正太さん達が自分達は島帰りだと、自ら名乗った、
其れが、一番です。
普通は、島帰りだと自ら名乗る事は無いと思いますが。」
「私も、名乗られたのは理解出来るのですが、殿に、若様と申し上げるのは、やはり。」
「貴方のお気持ちは、よ~く分かりますが、若しも、正太さん達に知られましても、私は別に宜しいです
よ、最初に名乗りを上げなかった、私が、悪いのですからね、皆様は気になさる事は、御座いませんよ、
まぁ~、その時に考えますのでね、其れは、何れの機会にしまして、今回の調査ですが、私は、二組に分
け行いたいのです。」
「若様、二組とは、どの様な意味でしょうか。」、
源三郎は他の者達が言いやすい様にと最初に若様と言ったので有る。
「其れがですねぇ~、私も先端が何処に有るのかも分からないのです。
其れと、もう一つは、最初の二町までを詳しく知る必要が有ると思います。
高さも、幅も、其れに、内側が土なのか、其れとも岩石なのか、土ならば、落盤が起きる可能性も考え
られますが、私が最初に入ったところから二町までのところでは落盤が起きた様な痕跡も有りませんので
岩盤だと思います。
高木様達はかがり火の準備も必要だと思うのですが、城中には何個の用具が有るでしょうか。」
「若様、私の知るところでは百個は有ると思いますが。」
「百個ですか、全てを運ぶの無理として、荷車は何台用意出来るでしょうか。」
「はい、其れも、二十台は有ります。」
「若、少しお待ち下さい。」
「はい、義兄上、何か。」
「若が、全てを手配するのは無理です。
高木様達は別として、今、参加された方々に何が必要なのかを、若が申され、其れを、二十名の方が手
分けし手配する、其れで無ければ、余りにも、若の負担が大きくなりますので。」
「はい、義兄上、承知致しました。
では、申しますが、皆様、其れと、書く物を用意して下さい。」
二十名の家臣は、各自の筆と紙を取りに戻るが。
「高木様達も同じですよ、今は覚えて要るでしょうが、時が経つと、一つ、二つと、其れも、大事な部分
を忘れる事になるのです。」
「はい、ですが、私達は。」
「あ~、そうでしたねぇ~、ご家老様、高木様達の綴り一式の手配はお願いします。」
源三郎は、松之介が余りにも急ぎ過ぎで事故が起きるのを懸念した。
最初から山を掘り進むので有れば必要な道具などの資材の検討も付くが、この洞窟は、数十年、いや、
百年以上も大昔に掘られ、当時は、何を目的としたのか、今は、誰も知る事は出来ない。
其れに、洞窟が何処まで続いて要るのか内部の事情も全く分からない。
松之介は詳しく調べると言って要る、だが、突然、大勢の人間が入る事で洞窟内で突然落盤が起きる可
能性も有り、其れを、心配し少しの時を止めたので有る。
「若、一刻も早く掘削工事に入りたいと、そのお気持ちは私も理解は出来ます。
ですが、急ぐ余り、事故が起き犠牲者が出る様な事にでもなれば工事は中止しなければならず、その為
に、今後、工事を再開するまで多くの時を要するので御座いますよ。」
「はい、承知致しました。」
松之介は素直に聴いて要る。
「若、最初の二町を詳しく調べる事が大事だと思います。
私も、工事に入りますれば一刻でも早く開通して欲しいと思いますが、今は急がずとも工事は必ず成功
しますから。」
「はい、義兄上、有難う御座います。
では、数日掛けて検討したいと思います。」
松之介は、家臣達に対し役割分担を決め計画書を作るので有る。
その頃、正太は、何度も飯屋に行くが、若様からの連絡が無いと言われ少し落ち込んでいる。
松之介は、高木達に新たな役目を課した。
城下で仕事の無い者達の名簿作りで、高木達は手分けし名簿を作る為に城下を歩いて要る。
ところがある日の午後、正太達に出会った。
「あっ、あのお侍様は。」
「そうだ、若様と一緒に洞窟に入った時の、オレ、あのお侍に聴いて見るよ。」
「オレ達の事を忘れたのかなぁ~。」
「お侍様。」
「やぁ~、正太さん。」
「お侍様、若様から連絡が無いんだけど、オレ達の事。」
「いゃ~、其れは申し訳ない、若様は源三郎様と申されるお方の指示で、今、洞窟を調べる為の道具と、
その他、何が必要なのか詳しく書き出し、道具の準備に入られて要るのですよ。」
「えっ、そんなに掛かるんですか。」
「うん、其れがね、源三郎様が、そうだ、源三郎様って覚えておられますよねぇ~。」
「えっ、源三郎様って、え~っと、確か、最初、飯屋で。」
「そのお方ですよ。」
「じゃ~、その源三郎様って、お偉い方なんですか。」
「いゃ~、私も詳しい事は知りませんがね、他の国でも、源三郎様はお殿様でも一目置かれるお方だと聴
いていますよ、その源三郎様が、急ぐと事故に繋がるので時を掛けて調べる事、其れには、十分な準備が
必要だと申されたのです。
若様は、何も、正太さん達の事は忘れてはおられませんよ。」
「あ~、良かった、オレ達は、もう、若様に忘れられたと思ってたんで。」
「正太さん、それどころか、若様はね、正太さん達の協力が無ければ出来ないと申されておられました
よ。」
「じゃ~、もう少し待てばいいんだ。」
「そうですよ、其れで、正太さんお願いが有るのですが、宜しいでしょうか。」
「いいよ、今、オレ達、仕事が無いからねぇ~。」
「正太さん、代価はお支払いしますからね。」
「いゃ~、其れは、有り難い、だって、なぁ~、みんな。」
正太達は仕事が無いので飯屋にも行けないのだと。
「其れで、一体、何をするんですか。」
「実はねぇ~。」
高木は、正太に名簿作り、其れも、仕事が無いか、若しくは仕事が少ない人達の名前と住んでいるとこ
ろを調べるのに協力して欲しいと、詳しく説明した。
勿論、大きな仕事が有る事も喜んだのは、正太達で、長い期間の仕事が有り、食事も付くと、だが、そ
の中には幕府の密偵達も潜んでいるだろう、其れでも工事は決定して要る。
其れから、正太達は高木らと二人一組になり、城下の者達の名簿と名前、住居も調べるのに数日間掛か
ったが、この名簿は、後々、役に立つ事になり、総勢、1千人以上の名簿は完成し、同じく、松之介が、
指示した計画も完成し、源三郎とご家老の吉永に見せその出来栄えに対し、高木達は、吉永より褒めら
れ、僅かだが金子を受け取った。
「ご家老様、今回の名簿作りには、正太さん達の協力が無ければ、私達だけでは無理でした。」
「それ程までに、困難な作業だったのか。」
「はい、正太さん達は城下の隅々まで知っておられましたので、私達だけでは、とても。」
「では、その名簿作りと言うのは、貴重な体験をしたと言う事になるのですねぇ~。」
「はい、其れで、私は、今、頂きました金子で正太さん達と食事をしたいと思います。」
「ご家老様、私も、高木殿の意見に賛成で御座います。
正太さん達がいなければ、今頃は、まだ、作って要る最中で、でも、果たして、何時、完成する
のか私達も分からないと思います。」
「まぁ~、その話は宜しいですよ、其れに、その金子は、私の手から離れましたのでね、貴方方がどの様
に使われ様とも私の関知する事では有りませんからねぇ~。」
「はい、有難う御座います。
其れで、ご家老様、少しお聞きしたいのでが、宜しいでしょうか。」
「はい、何でも宜しいですよ。」
吉永は、高木が、今回、正太達と共同で作成した名簿は重要だと考えてはいたが、高木は、まだ、何か
を考えて要る様だと。
「私は、先日、この名簿を作って要る時に考えたのですが、正太さん達は住まれる場所もですが、その人
達がどの様な仕事をされて要るのか、その仕事の内容も全部知っておられるのです。
其れで、私は、名簿を作り変えたいのですが、宜しいでしょうか。」
「名簿を作り変えるとは、一体、どの様な。」
「はい、その人達がされていました仕事別にで御座います。」
高木は、名簿を作り変えると、其れも、仕事別に書き換えれば、工事に入った時に非常に役に立
つ、其れは名案だと吉永は思ったので有る。
「其れは、素晴らしい事ですよ、工事に入れば、自ずと、現場によっては作業員不足も起こるでしょうか
らねぇ~。」
「はい、勿論、其れも有るのですが、最初に作業に入る人達の人数も分かれば、必要の無いと言えば、怒
られますが、工事内容によっては作業員を休ませる事も出来ると思ったのです。」
「其れは、工事の進み方と言うのか、工事内容にと言う事になるのですね。」
「はい、私は、工事の事は全く分かりませぬが、何時も全員が必要な工事も有れば、工事の内容によれ
ば、半分の時も有ると思うのですが。」
高木は工事内容は知らないが、工事に必要な人員だけを確保出来れば良いと考えたので有る。
「では、工事に入らない人達は。」
「はい、身体を休める事も必要では無いでしょうか。」
其れは、源三郎も言って要る、無理な作業をすれば、何時か、必ず、無理をした為に事故に繋がると、
源三郎は工事に入って無くても食事は有るのだと、其れが、野洲での工事方式で有る。
どうやら、高木も野洲方式を取り入れようと考えて要る。
「分かりました、其れは、お任せしますのでね、貴方の考えで行なって頂いても宜しいですよ。」
「はい、有難う御座います。
では、私達は今から城下に参りますので。」
「はい、まぁ~、皆さんも、無理はしない事ですよ、其れと、正太さん達にも無理なお願いはしないで下
さいね。」
「はい、決して、その様な事は致しませんので。」
高木達の顔は以前とは比べものにならない程に生き生きとしている様に見える。
やはり、源三郎が話している事が高木達も理解したのだろうか、更に、松之介の存在も否定出来ない。
松之介は山賀に入った当日から積極的に、だが、家臣の誰にも強制はしない、其れが、源三郎流で、高
木達も、知らず、知らずの内に染まって行ったのかも知れず、その事に、本人は自覚していない程に考え
進み始めたので有る。
「おやじさん。」
「これは、正太なら、奥に居りますよ。」
「有難う、其れで、おやじさん、今日は、これで私達と正太さん達の分を。」
「はい、勿論ですよ、其れに、若様から頂いたのが、まだ、残っておりますので。」
「では、お任せしますので。」
高木達は、奥へと。
「あっ、高木様、一体、どうしたんですか、其れに皆さんもお揃いで。」
「其れがね、まぁ~、座りましょうか、正太さん達に協力して頂いた名簿作りで、先程、ご家老様から褒
美として金子を頂きましたのですが、私達よりも正太さん達が貰うべきなんですよ。」
「えっ、でも、オレ達は、何もそんなつもりでやったんじゃないんですよ。」
「私達も十分に分かっておりますよ、其れで、ご家老様にこの金子で正太さん達と食事でもと思ったので
お話しをしましたところ、全て、私達の好きな様に使っても良いと申されたので、早速来たと言う訳なん
ですよ。」
「じゃ~、今日は、その金子で、食べて、いや、飲めるんですか。」
「はい、全部、おやじさんに渡しましたので。」
正太は、おやじさんの顔を見ると、おやじさんは、ニコッとして、頷いた。
「おやじ、頼むよ。」
「はい、はい、だけど、余り飲み過ぎるんじゃ無いよ、明日も有るんだからね。」
「まただ、おやじ、オレ達は源三郎様や若様には、絶対に迷惑を掛けないってみんなで誓ったんだ。」
「ほ~、正太がねぇ~、じゃ~、わしは、何も言わんよ。」
「おやじさん、お酒を頼みます。」
「は~い。」
「なぁ~んだ、おやじ、オレ達と違うじゃないか。」
「まぁ~、まぁ~、正太さん。」
「はい、分かりました。」
「はい、お待ちどう様で。」
お酒と数種類の肴を持って来た、正太達が、酔わない内に話をしなければならないと。
「正太さん、少しお願いが有るんですが、宜しいでしょうか。」
「うん、何でもいいよ。」
「実はねぇ~、正太さん達が協力して頂いた名簿なんですがね。」
高木は、その後、詳しく話した。
「分かったよ~、じゃ~、明日からでも始めるか。」
「そうですか、この話はねご家老様にも賛成して頂きましたので。」
「じゃ~、ご家老様が、全部、書き換えるんだ。」
「いいえ、其れは、私達がしますので。」
「じゃ~、オレ達は。」
「正太さんは、何も、心配される事は有りませんので、私達も、全員で協力しますので、其れに、私達
は正太さん達が居なければ、一体、何から始めてよいのかも分からないのです。」
高木は正太達の協力なしでは、今後、入る工事もだが、現場に入る作業員の事も全く知らないと、正太
達の存在は大きいと、だが、高木が考えた以上に、名簿はもっと重要な物になるとは、この時には、知る
由も無かった。
そして、改めて、名簿作りに入るのだが、これが、思った以上に大変な作業となった。
「ねぇ~、高木様、オレ、考えたんだけど、千人も居ると、一人で束ねるなんて、そんなのは絶対に無理
だと思うんだけど。」
「はい、私も同じ様に思っておりますが、其れで、正太さんは何か考えられたんですか。」
「うん、若しも、若しもですよ、こんな事言ったら怒られるかも知れませんが。」
「正太さん、どなたも怒りませんよ、だって、みんな色んな事を考えて要るんです。
ですが、正太さんのご意見は貴重だと、我々は、思っておりますので。」
高木も正かと思う様な事を、正太は考えて要る
「じゃ~、言いますが。オレ達、五人は、みんな仕事が違うんです。
オレは、大工、こいつが、左官で、其れでね、オレが仮にですよ、仮に、大工の責任者に、笑わないで
下さいよ、オレは真剣なんですからね。」
「正太さん、私達も真剣ですよ、其れで。」
「はい、オレは、仲間の大工の責任者になり、こいつが、左官の責任者になり。」
「おい、正太、なんで、オレが、左官の責任者になるんだよ~。」
「まぁ~、オレの話を聴けって、オレ達は若様には大変お世話になってるんだぜ、特に、この五人は、其
処で、オレが仮に責任者になっても、若様は、オレを知ってるんだ、若様だって知らない奴が責任者にな
るよりも話しがしやすいと、オレは、思ったんだ。」
「じゃ~、オレが、左官の仕事を直接、若様と話をしてだなぁ~、其れを、同じ左官の仕事仲間に伝える
のか。」
「うん、そうなんだ、オレは、勝手に責任者にって言ったけど、オレは、若様と仲間の間に入ってだよ、
若様や高木様からの話を伝える、まぁ~、連絡掛かりって話なんだ。」
「なぁ~んだ、其れを早く言えよ、オレは、又、難しいな仕事だと思ったんだぜ。」
「でも、本当は、この仕事って、オレは、一番、重要な仕事だと思ってるんだ。
若様が、何時も、一人一人に話は出来ないだろう、其れを、オレ達が聴いて、仲間に話すんだよ、其れ
と、オレ達、仲間からの事もなっ。」
「まぁ~、オレ達は若様の手足となればいいんだろう。」
「其れなんだ、みんなで、若様の手足となって絶対に成功させるんだ。」
「よ~し、分かった、じゃ~、仕方無いからよオレは責任者になってやるよ。」
「有難うよ、だけど、これは、オレ達、仲間だけの事だぜ、本物の大工さんや左官屋さんとは違うんだか
らなぁ~。」
「正太、オレ達だって、そんなバカじゃ無いぜ、だって、本物さんに言って見ろ、其れこそ、大変な事に
なるんだからなぁ~。」
「よし、やろうぜ。」
「高木様、オレ達で勝手に決めたんですが、宜しいでしょうか。」
「私は、何も反対はしませんよ、でも、大変、重要な仕事だと思いますよ、仲間達の管理をするのですか
らねぇ~。」
「まぁ~、今更、若様に出来ませんって言えないですよ、其れより、オレ達に任せて下さい。」
「分かりました、では、新しく作り直して、組織を作り変えましょうか、其れで、仕事が楽になると思い
ますよ。」
高木達と言う思わぬ傭兵は、予想と超えた仕事を始め、松之介を助ける事になって行く。