第 16 話。 若君、松之介の凱旋入城か。
「ど~ん、どん、ど~ん、どん。」
突然、お城の大太鼓が鳴り響き、其れは、松川藩士の一斉登城の合図で有る。
明け六つを過ぎた早朝の頃で、藩士達はお城で、一体何が起きたのかも知らずに早々と自宅を出
て行く。
「お~い、一体、何が有ったんだ。」
「いや、拙者も知らぬ、お主達は。」
「いや、何も知らぬのだ。」
殆どの藩士が知る事では無く、大広間には殆どの家臣が集まり、やがて、殿様が入られ。
「静まれ~い。」
ご家老様の声で静まり。
「皆の者、今日は聴きたくは無いと思うような話をせねばならぬ。」
家臣達は、一体何事が有ったのだと言う様な顔付で。
「昨日の事だが、その前に昨日の十名は前に出よ。」
奉行所の同心、十名が一番前に出ると。
「この者達は、大盗人で有る。」
「えっ、奉行所の。」
「そう、彼らは、奉行所の役人でしかも同心だ。」
「うん、そうだ。」
「静まれい、何故、盗人かと申すと、奴らは、長い間漁師が苦労して獲った魚を金子も払わずにだ
持ち帰っておった。」
「ご家老、何故、分かったのですか。」
「其れは、我が藩の斉藤と、もう一人、此処に居られる、源三郎殿がその浜の漁師と話している所
に現れたのだ。
一人が魚を二匹、三匹としてもだ、十名となれば、二十、三十匹と、其れは、大変な数になる、
其れを、こやつらは、役目も果たさず浜に行き魚を奪い帰っていたと言う話しだ。」
「其れで、ご家老は許されるのですか。」
「いや、昨日、殿も、即刻、打ち首に致せと申されたが、その前にだ、奉行所の同心や与力のお役
目とは、一体どの様な仕事なのか、其れは、皆も知っておろう。
城下の領民を悪人から守り、又、悪人を捕まえるのが、一番、大切なお役目なのだ、だが、この
者達は、お役目を放棄し毎日浜に行き漁師から魚を奪い取るとは、どの様な理由が有ろうとも許せ
ぬが、皆はどの様に思う。」
「ご家老、打ち首ですよ。」
「いや、張り付けにするのだ。」
家臣達は血祭りに上げろと叫び。
「では、聴くが、この十名の同心が居なくなると言う事になれば、奉行所の同心が大幅に減る事に
もなるが、誰か奉行所に行っても良いと思う者はおらぬか。」
ご家老の話で大広間は一瞬にして静まり。
「お奉行は如何されるおつもりなのですか。」
「拙者は。」
奉行は、自らの責任で腹も切らず、部下だけが悪いと思っており、其れ以上言わずに要る。
「お奉行の責任は逃れられる事は出来ぬぞ。」
「はい、勿論、覚悟は致しております。」
奉行は、腹を切る事も無く責任を逃れようと思って要るのだろうか、殿様は、源三郎の出番を作
ろうとして要る。
「皆は、どの様な処分が妥当だと思うのだ。」
「ご家老、昔より盗人は市中引き回しの上張り付け獄門首と決まっております。」
「張り付けかぁ~、まぁ~、其れも仕方有るいなぁ~。」
「いや、拙者は、切腹が妥当だと思います。
其れは、若し、若しも、奉行所の同心が張り付けの刑に処せられますと、奉行所の信頼は無くな
りますが。」
「う~ん、其れも、一理有る。」
家臣達は、切腹では無く、打ち首か、張り付けの刑が、妥当だと大半を占めた。
「殿、ご家老、宜しいでしょうか。」
「斉藤、何じゃ、申して見よ。」
「はい、私も皆様と同じ意見で御座います。」
「やはりか、で、何じゃ。」
「はい、私は源三郎様のご意見を聴かれては如何でしょうか。」
「うん、そうで有った、源三郎殿は如何かな。」
「はい、殿様、ご家老様、その前にもう他にはおられませぬか。」
「皆の者、どうじゃ、もう居らぬのか、今、申せば余も考えるぞ。」
「殿、拙者も、一度では御座いますが。」
「うん、申して見よ。」
「はい、私の息子は来年元服致しますが、もう、十年近くになると思いますが、子供を連れて浜に
行きましたところ、丁度と申してよいか分かりませぬが、漁師さん達が地引網を引いて要る最中で、
一人の漁師さんが我が息子も引く様に申され子供は大喜び網を引いたのです。」
「うん、其れで。」
「はい、漁師さんが子供にお手伝いの褒美だと申され数十匹もの魚を頂き、拙者は少々ですがと金子を出
しましたが、漁師さんは、この魚は拙者にでは無く子供の褒美だと受け取られなかったので
御座います。
拙者は、お礼を言いましたが、子供大喜びする顔が今でも忘れられないので御座います。
漁師さんが、我が子に魚を食べて大きくなって下さいよとニコニコされておりました。」
「よし、分かった、何も申すな、お主は金子を出したが漁師は受け取りを拒否したのじゃ、其れな
らば何も問題は無い、左様ですな、源三郎殿。」
「誠に、その通りで、其れで、その漁師さんのお名前は。」
「はい、確か、えいじさんとか申された様で網元さんの息子さんだと伺っておりますが。」
「やはり、えいじさんでしたか、貴殿には、何のお咎めも御座いませぬので。」
「はい。」
「もう、御座いませぬか、後程知れば一族の全員は打ち首になりますよ。」
だが、その後は、誰も名乗る者も居らず。
「殿様、ご家老様、私にお任せ頂けますか。」
「うん、全て任せるが、一体どの様な裁きを致すのじゃ。」
「はい、私の処罰は実に簡単で御座います。
斉藤様、阿波野様、其れと、う~ん、若君様にもお願い申し上げます。」
「義兄上、私達にですか。」
「はい、其れと、雪乃殿は。」
雪乃は、柱の陰で事の成り行きを見ていた。
「はい、私は此処に。」
「あっ、雪姫様だ。」
大広間にいる家臣達の中には、雪乃が、松川に戻って要ると知る者も少なく、大勢の家臣が驚い
て要る。
「竹之進様、松之介様、これが、私の処罰で御座います、雪乃殿、お耳を。」
源三郎は、雪乃の耳元で何かを囁き、雪乃は頷いた。
「皆様、この十名を落としますので、太刀のご用意を。」
阿波野と高野は知っていたので、斉藤に耳打ちすると、斉藤も頷き同心の後ろに立ち。
「よし、落とせ。」
源三郎の合図で、一瞬の内に十名の同心の髷が膝の上に落ちた。
同心達も広間の家臣達も声を上げる暇も無く、其れこそあっと言う間の出来事で同心達はその場
を動く事さえ出来なかった。
「はい、皆様、これで、処罰は終わります。」
まぁ~、其れにしても何と言う処罰なのだ、源三郎は、五つの藩で行なった処罰には一滴の血を
流す事も無かった、だが、処罰はこれで終わるはずもない。
其れに、まだ、五名の同心の処罰は終わっていない。
「ご家老、盗人の処罰が余りにも軽くは御座いませぬか。」
「そうだ、彼らは、日頃、ご城下では町民には張り付けの刑にして要るのですよ。」
「そうだ、そうだ、拙者も、其れだけでは許せぬ。」
大広間に居る他の役人達は何も反論出来ずにいる。
「皆の者、静まれ~い、静まるのじゃ。」
殿様もご家老様も、源三郎が与えた処罰が軽すぎると思って要る。
「源三郎殿、余も、皆が申す通り、犯した罪に対して処罰が余りにも軽いと思うのじゃ、武田はど
の様に思うのじゃ。」
「殿、私もその様に思いますが、源三郎殿、この者達の処罰は終わりなのですか。」
ご家老様も余りにも刑が軽過ぎると。
「殿様、ご家老様、そして、皆様、私は確かに処罰は終わった申し上げましたが、ですが、この
方々には、これで終わる事は御座いませぬ、本当の処罰はこれからで御座います。」
「まだ、続くのですか。」
「はい、私は、作日、お奉行様に道具の手配をお願い致しました。
その道具を持っての仕事が御座いますので。」
「何ですと、では、何処かで工事でも始めると申されるのか。」
「はい、私は、昨日、海岸に向かいましたが、まぁ~、其れは、後から斉藤様にお話しを致します
ので、私はあの峠を改修出来ればと考えており、その最初の仕事に就いて頂くのがこの方々で御座
います。」
源三郎は、この工事にも付属として別の工事を考えていた。
だが、今は、その工事の内容を説明する必要も無いと。
「あの~、宜しいでしょうか。」
若い同心だ、彼は、あの時、一緒に来た若い同心の一人で。
「はい、宜しいですよ。」
「私も、あの浜へ一緒に参った者ですが、私には何の処罰も無いのでしょうか。」
源三郎は、忘れていたのではない。
確かに、あの時、五名の若い同心も来たのは知って要る、その五名の同心が発するの待っていた。
「私も、知っておりますよ、あの時、五名の方々も来られておりましたので、其れで、貴方方も同
罪だと思われて要るのですか。」
「其れが、私には分かりませぬので。」
「貴方方も同じ処罰を受けるとでも申されるのですか。」
「う~ん。」
「では、貴方方、五名のお役目ですが、お奉行様、後で、お願いしますので少しお待ち下さい。
其れよりも、大事なお話しを致しますのねで、皆様、よ~く聴いて下さい。
最初に、今、此処で有った事は一切他言無用ですよ、十名の同心は、今、髷も無くご家中の皆様
に見られているだけでも武士として屈辱を味わって要るのです。
この場で有った事がご城下で噂になると言う事は、この中に居られるどなたかが話されたと言う
事になりますので、私の配下の者、この者達は闇の者と申しまして普段からご城下におり、この者
達の耳に入れば、私はどの様な方法を取ってでもその者を探し出し処罰としますが、その処罰とは
その者の命は無いと思って下さい。」
源三郎は、何時もの脅しに入った。
「源三郎殿、命は無いと申されるのは、打ち首だと申されるのですか。」
「いいえ、私は、血を見るのが大嫌いでしてね、私の配下が森に連れて行くか、其れとも、山賀の
鬼家老の息子の様に両足を砕き海岸の岩場で鳥の餌食か、まぁ~、其れとも、海の中に沈めるのか何れか
の方法なるでしょうねぇ~。」
「何と申した、では、その者達の遺体は。」
「殿様、申し訳御座いませぬが、ご家族にもお見せする事が出来ませぬので。」
何と言う残酷な刑を言うのだ。
「少し、お聞きしたのですが、宜しいでしょうか。」
斉藤も、これ程にも残酷な刑罰を聴いた事が無い。
「斉藤様、どの様な事でしょうか。」
「今、お聞きしますれば十名の同心の刑罰よりも、この場で起きた事を話した者の方が厳しい刑だ
と思うのですが。」
「斉藤様、私も理解しておりますが、私は何も命を奪うのが目的では御座いませぬ、其れは、何故
だかと申しますと、先程、私が申しました工事ですが一切幕府に知られては困る程に大事な工事に
入る為に必要な処置だと思って頂いても宜しいのですよ。」
源三郎は、この場で全てを話す事にしたのだろうか、源三郎が考えて要る工事が今の幕府に知れ
ると大変な事になると、松川の家臣全員に思わせなければならないのか。
大広間に集まった家臣達は、何やらひそひそと話し始めた。
「源三郎様、今、申されましたが幕府に知られてはならぬ工事とは、一体どの様な工事なので御座
いましょうか。」
「殿様、ご家老様、そして、皆様、これは、何も松川藩だけの問題では無いのです。
松川藩も隣の上田藩、その隣の野洲、更に、菊池藩が生き残りを掛けた戦になるのです。」
「何ですと、四つの藩が生き残りを掛けた戦になると、では、その敵とは、一体、どの国なので
しょうか。」
松川藩の家臣達は他国から攻撃を受けると思った。
「其れで、今、私の配下の者にその敵が、どの様な組織なのかを調べに入らせておりますが、私も直ぐに
は敵が攻めて来るとは考えてはおりませんので。」
「殿、我々も準備に入らなけばなりませぬのでしょうか。」
「まぁ~、その事も含め、今、源三郎殿が話しておるのじゃ、皆の者も、よ~く聴くのじゃ。」
「殿様、有り難きお言葉で、では、皆様には全てお話し致しますが宜しいでしょうか。」
「源三郎殿、お話し下され。」
ご家老様も聴きたいのだと。
「では、お話しを致します。」
源三郎は、この後、野洲で行なっている工事、上田も菊池も同じ工事に入って要る理由を詳しく
話すので有る。
その話は長く続いたが、殿様もご家老様も大広間に集まった家臣達も真剣な眼差しで聞いて要る。
「その様な訳でして十名の同心は、この工事の先駆者になって頂きたいので御座います。」
「源三郎殿、では、彼ら、十名の同心は奉行所には戻って来られないと申されるのです。」
「はい、この工事が全て終わりましても、今、申しました様に先駆者となりますので、後から続く
人達の教育も行わなければなりませぬので、その為に奉行所には戻る事は御座いませぬ。」
「では、奉行所は十名少ない状態で維持しなければならないのか、う~ん、だが、城下の治安が、
源三郎殿、何とかならぬのか。」
お奉行は我が身の保身だけを考えて要るのだろうか。
「お奉行、今、お奉行は城下の治安を申されましたが、では、お聞きしますが、奉行所から、いや、
城下から浜までどれ程掛かるのですか、そして、浜で漁師から魚を奪い取り、奉行所に戻ったと思
いますが、奉行所に戻れば他の方々にも知られる、と、言う事は、この方々は自宅に戻って行く、
この間、城下の治安は、一体、どの様な状態だったのか、其れすらも理解出来ずにおられるとは、
お奉行と言う大事なお役目が良くも全うされましたなぁ~、如何ですか、盗人はどの様な罪で処罰
を受けるのですか、軽くて島流し、ですがねぇ~、彼らの犯して罪は大罪ですよ、これは誰が考えられま
してもても張り付けです。
其れにもまして、お奉行は、昨日まで全く知らなかったとは、同罪よりも最高責任者としての罪
を逃れる事は出来ませぬから切腹と、いや、山の主に任せましょうかねぇ~、簡単に申しますと狼
の餌食にでもなって頂きましょうかねぇ~、まぁ~、其れよりも、お奉行の申される事は私も分か
りました、では、私は、野洲に帰りますので、殿様、この者達は、殿様の申されました様に極刑と
され、張り付けに、お奉行は十台な監督責任が有るとして切腹をお願いします。
私は、この間々野洲に帰りますので、斉藤様、誠に申し訳御座いませぬが、後の事は斉藤様のご
判断にお任せ致します。」
源三郎は、立ち上がり大広間を出た、さぁ~、大変な事になった、今、源三郎に去られると言う
事にでもなれば、源三郎の考えた工事をどの様に行えばよいのだ、其れよりも領民の暮らしは。
「源三郎様、お待ち下され。」
「いいえ、私は帰らせて頂きますので、では。」
斉藤も必死で止めようとしたが、今の源三郎を止める事も出来ず、鈴木と上田も大広間を出た。
残ったのは、阿波野と高野だ、高野も経験し、源三郎は信念を貫き通す侍だと。
「阿波野殿、高野殿、どの様に致せば、源三郎殿は、戻って来られるでしょうか。」
「殿様、ご家老様、私も同じ様な経験を致しましたが、源三郎様はどの様な事が起きたとしても、
ご自分の信念を貫き通されますので大変では御座いますが、それだけは、申し上げる事が出来ると
思います。
源三郎様は、決して、途中で放棄される様なお方では無い事は確かで御座います。」
「高野様、では、野洲に帰られると申されましたが。」
「はい、源三郎様は、野洲に戻られるのは確かです。
ですが、その前に、皆様、源三郎様が本気だと言う事を理解されなければなりません。」
「私は、我々も本気だと思っておりますが。」
「斉藤様、其れは、斉藤様だけで、今のお奉行は本気では無いと私も見えるのです。」
「お奉行、何か申し上げる事は御座いませぬか、其れと、此処に居られる皆様方は本気で領民の為
に工事に入られる気持ちが有るのでしょうか、源三郎様が、何故、他国を助ける必要が有るのです。
確かに、雪姫様は、今は、源三郎様の奥方様となられました、だと言って、源三郎様は、松川藩
だけの事を考えられてはいないのです。
私も、山賀との往復で色々なお話しを聴かせて頂きましたが、どの話をされましても、変わらな
いのが、全ては領民の為だと申されておられます。」
「斉藤、お主の申す事が正しいやも知れぬぞ、確かに、雪乃は源三郎殿の妻となったが、其れだけ
の事で心を揺るがせる様な人物では無い事は確かな事じゃ、そうじゃのぉ~、雪乃。」
雪乃は頷き。
「雪姫様、何とか源三郎様に戻って頂く事は出来ませぬか。」
雪乃は、其れでも首は振らず。
「雪乃、何か申す事が有れば申して見よ。」
「父上、今の私は、源三郎様の妻で御座います。
どの様な事が御座いましても、私は源三郎様が決してお役目を放棄される様なお方では御座いま
せぬので、父上がご判断下さいませ。」
殿様も困った、源三郎は並みの頑固者では無いと、一度、決めればどの様な障害が有ろうとも突
進んで行くと。
「森山、先程、死んだのじゃ、だがのぉ~、源三郎殿は十名の同心を生き返らせ新たな役目に就け
と、そのお役目は、松川がこれから行う工事の先駆者となってくれと申しておるのじゃ、と、言う
事はじゃ、十名の元同心が松川藩を救う為にはどうしても必要とする人材だと思っても過言では無
いと、余は思うが如何じゃ。」
「殿、誠に申し訳御座いませぬ、拙者の軽はずみな言動で源三郎殿が、松川の為にと考えておられ
る工事が。」
「森山、分かってくれたか、十名の同心は如何じゃ。」
「殿、ご家老様、拙者が間違っておりました。
拙者、いや、私は、どの様な困難な工事を与えらられましょうとも、私の命に懸けましても完成させたく存じます。」
「お主は、何と申すのじゃ。」
「はい、私は菊田伸太郎と申します。」
「うん、よし、分かった。」
「高野殿、先程申されましたが同じ様な経験をされたと、では、その時の解決方法は、一体どの様
な方法でなされたのですか。」
「ご家老様、我々、菊池の家臣の全員と、殿様、ご家老様などご重役方全員で血判状を。」
この話は、高野の作り話で、実は、野洲での話で、今、山賀に入って要る吉永の発言が原因で殿
様を初め、ご家老様から家臣の全員が血判状を書き一応は収まったので有る。
「えっ、血判状を書かれたのですか。」
斉藤も驚いたが、藩の立て直しには、どうしても、源三郎の知恵が必要なのだ。
「高野殿、それ程までに、源三郎殿が必要だと申されるのですか。」
「ご家老様、源三郎様の考えておられる事は我々の想像を越えた考え方なのです。
多分ですが、源三郎様は、今も、何かを考えておられると思います。
私が、考えますところでは、皆様が一体何処まで本気になられているのか、其れを試されて要る
と思うので御座います。」
「では、我々が本気にならなければ、源三郎殿は、決して、どの様な工事をされるのかは明かされ
ないと申されるのか。」
「私は、その様に考えております。
あの時は、斉藤様もご一緒でしたのでお分かりだと思いますが、窯元での話、あの様に、普通で
は考えられない様な事をあの方は全てなされておられます。」
「はい、私も、最初、何を話されて要るのかは全く分からなかったのですが、源三郎様は、焼き物
で洞窟の内側を補強するのだと申されておられました。」
「斉藤様、その話は何れかの時に、今の話の様に、源三郎様は我々の考える遥か先を見られて要る
と言う事なのです。」
「森山、お主は十名が死んだと考えてじゃ、部下の配置を考え直すのが寛容だと思うが。」
「殿、私も奉行所に戻りし時から所内の与力、同心達と話し合いを致す所存で御座います。」
「のぉ~、雪乃、何とか、源三郎殿を説き伏せる事は出来ぬか。」
「父上、、父上とご家老様、お奉行様、そして、十名の同心の方全員が参らければ、私は、無理だ
と思いますが。」
「う~ん、これは、大変な事になったのぉ~。」
「殿、拙者、高野殿の申されました血判状を源三郎殿に差し出しては如何かと。」
「森山、余と同じ考えなのか、よ~し、分かった、余が、最初、血判致すぞ。」
「殿、ご家老、拙者もお仲間に入れて頂きたいと思いますが如何でしょうか。」
其れは、与力でも同心でも無い城詰の家臣からで。
「拙者も、どうか、参加をさせて下さい。」
其れからは、次々と家臣達が名乗り上げ全員が血判すると言うので有る。
雪乃は、これで、松川藩は纏まったと、源三郎が考えた計画は、これで、成功する事は間違いは
無いと思った。
その頃、源三郎はと言うと、鈴木、上田と共に浜へと向かう道を歩いて要る。
源三郎が、窯元に依頼したと言う物を最初に使う所で。
「源三郎様、窯元さんにお願いされたと言われる物ですが、一体、どの様な物なのでしょうか。」
「あ~、そうでしたね、鈴木様も上田様もご存知無かったのでしたね、これは、申し訳御座いませ
ぬ、其れがね、私も、松川に来るまでは全く考えもしなかったのです。
鈴木様も上田様もご存知の様に野洲の洞窟では木材で洞窟内の補強を行なっておりますが、木材
と言う物は湿気が有ると腐るのです。」
「ですが、今は、何も心配は有りませんが。」
「はい、確かに、今は何も問題は有りませんよ、ですが、何時頃から腐り始めるのか、私は、全く
知らないのです。」
鈴木は、野洲の洞窟に作った補強は頑丈だから直ぐには腐らないだろうと思って要る。
「では、松川で何かを発見されたのですか。」
「う~ん、まぁ~、発見と申しますか、其れよりも陶器と言う物は、十年、百年、いや、千年経っ
ても腐らないと言う事なのです。」
「へぇ~、千年もですか。」
「ええ、私はね、我々が使う食器を何とかして補強材として作る事が出来ないかと思いましてね、
其れで、窯元に聴いたのです。」
「で、一体、どの様な物なのですか。」
「う~ん、どの様に説明しましょうかねぇ~。」
源三郎は、頭の中には描いて要る物を言葉では簡単に説明出来ない。
以前、げんたに頼んだ時と同じで、げんたが言うには、「あんちゃんは、簡単に言うけど、普通
の人が聞いたって、一体何を言ってるんだ、」と、話しにもならない。
源三郎は、この物が本当に作れるので有れば、洞窟内の安全は確実に保たれると確信して要る。
「源三郎様は、その物が完成すると洞窟内の仕事が大幅に変わると思われて要るのですか。」
「ええ、私は確信しておりますよ、仮に、落盤事故が起きたとしても、木材の補強では壊れる恐れ
が有ると思いますが、私の想像では相当大きな落盤で無い限り補強した部分が壊れる事は無いとは
思うのです。」
その頃、松川の城下から数人の男達が、源三郎達が居る峠近くを歩いていた。
「窯元さん、一体、何処に行くんですか。」
「親方も、知って要るでしょう浜に通じる峠を。」
「ええ、知ってますが其処に行くんですか。」
「親方、源三郎様の言っておられる物なんですがね、私も、この頃は思った通りの物が出来ないん
でね、何か気分転換出来る事が無いか考えたんですよ、そんな時、源三郎様ってお侍様が来られて、
その時、有る物を作ってくれって言われたんですよ。」
「ですが、その物と峠と一体何の関係が有るんですか。」
窯元は、その物を作り峠で試したいと考えたのだが、一体何を試すのか大工の親方も訳が分からないと
思うので有る。
「親方、今度、作る物なんですがね、わしの様な陶器物作りと大工の親方と左官屋さんの協力が無
いと出来無いって思ったんですよ。」
「窯元さん、オレ達、大工と左官屋の協力が必要だって言われますが、その物を作るのは窯元さん
で、オレ達、大工は、一体何を作るんですか。」
窯元は、源三郎が依頼した物を作るには大工達の協力が必要だと考えたが、大工の親方は窯元の
言う物が一体どの様な物なのか、全く、分からないと言うよりも、窯元は、何も説明せず、何も言
わず峠まで連れて来た。
窯元が峠に近づくと、前方に数人の侍達が何やら話している様子で。
「あれは、確か、源三郎様では。」
「源三郎様、誰か、こちらに向かって来ますよ。」
「うん、あれは、確か、窯元さんでは。」
窯元は、早足で来た。
「やっぱり、源三郎様でしたか。」
「えっ、窯元さん、何で峠に来られたのですか。」
「源三郎様も峠に用事でも。」
「いゃ~、これは参りましたねぇ~、多分、窯元さんも、私と同じ事を考えておられたとはねぇ~、
私は本当に嬉しいですよ。」
「じゃ~、源三郎様もですか。」
「窯元さん、こちらのお侍様は。」
「親方、わしが言った、源三郎様って、お侍様だよ。」
「えっ、じゃ~、窯元に、何か知りませんが物を作れって言われた、お侍様で。」
「うん、そうなんだ。」
「窯元さん、こちらのお方は。」
「はい、大工の親方なんですがね、わしは、何も言って無いんですよ、だって、源三郎様の注文は
普通の者が聞いたって、まぁ~、さっぱり分からないと思いましたので、其れよりも、わしは、大
工の親方と左官屋の協力が無いと、源三郎様の言われた洞窟作りは失敗すると思ったんで。」
「いゃ~、其れは大助かりですよ、私もねあれから考えたのですが、窯元さんと左官屋さん、だけ
ど、何かが足りないと考えておりましたね、今、窯元さんが申されました、大工さんまでは考えも
しませんでしたよ。」
源三郎は、窯元を持ち上げると窯元は嬉しそうな顔で。
「窯元さん、一体、何ですか、その洞窟って。」
「親方さん、私から説明させて頂きますので。」
源三郎は、大工の親方に詳しく説明すると。
「えっ、何だって、あの山に洞窟を掘るんですか。」
大工の親方は大変な驚き様で。
「でも、山賀から此処までは十里も有るんですよ。」
「はい、勿論、私も知っておりますが、親方、この仕事は全て領民の為なのです。
確かに、山賀から松川までは十里は有りますが、全てを完成させますと漁師さん達にも農民さん
達にも、そして、城下の人達にもですが誰にも知られる事無く、食べ物が行き渡る事が出来るので
すよ。」
「お侍様、ですが、十里の洞窟と、この峠と、一体、何の関係が有るんですか。」
「親方、この峠ですが、私は此処を掘り、窯元さんにお願いをしております物で洞窟内を補強し、
その上に盛り土をしようと考えたんです。」
「でも、この峠ですが物凄く急な場所でなんですよ。」
「ええ、ですがね、漁師さん達はこの峠を越えなければ城下にも行けませんので、其れに、ご城下
の魚屋さんも大変だと思うのですよ、親方、此処に新たな洞窟を完成させれば、此処を起点として
山賀へ通じる洞窟と言うよりも隧道を掘りたいのです。」
「なぁ~、親方、源三郎様って、今までの様なお侍様じゃ~無いんだ、今までのお侍様は、自分達
の事ばかり考えてたんだが、源三郎様はわしらの様な者にもだけどご城下で仕事の無い者達にも仕事を下
さるんだ、だからなっ、わしも面白いって思ったんだ、じゃ~、一体、どうするんだって、
わしは、他の窯元にも話したんだ、みんなはやって見ようってな、で、此処に作業場を作ろうって
なったんで、其れで親方に来て貰ったんだ。」
「えっ、じゃ~、此処に新しい作業場を作るって言いますが、一体、何を作るんですか。」
「わしはなぁ~、源三郎様の事だから反対はされないだろう思ってな、此処に大きな現場を作りた
いんだ。」
「窯元さんは、もう其処まで考えて頂いておられたのですか、実は、私も考えておりましてね、峠
を掘るには大勢の人達が必要だと思いましてね、その人達の食事を作って頂ける人達や、その他に
も大勢が集まると思いましたのでね、この付近一帯に大きな作業現場を作ろうと考えておりました
ので、私は、もう大助かりですよ。」
「窯元さん、じゃ~、此処に何軒くらいの家が要るんですか。」
「親方、其れは、わしにも分からんよ、だって、一体、何人くらいの人が要るのかも分から無いん
だから。」
「窯元さん、親方、私は、これから城に戻り考えますので、其れと、親方、私と一緒に城に来て頂
けますか。」
「えっ、お城って。」
「はい、この仕事は、松川藩だけでは有りませんので、そうだ、窯元さんも一緒に来て下さい。」
「源三郎様、お城って。」
「大丈夫ですよ、私がおりますからね、鈴木様と上田様は直ぐ戻りご家老に伝えて下さい。
部屋をお借りしますと。」
「はい、では、直ぐに。」
鈴木と上田は走って行く。
「源三郎様、其れで、お城で、一体、何を。」
「まぁ~、此処では詳しいお話しも出来ませんからね、其れに書く物も必要ですから。」
源三郎は、城内の出来事とは全く関係無く工事の開始に向けて動き出していた。
その頃、城中の大広間では、ご家老様が書面を作り殿様から血判を始めた。
「武田、何としても、源三郎殿に戻って頂くのじゃ。」
「殿、私の命に代えましても。」
ご家老様も名を連ね血判し、その後、重役達も家臣の全員が血判して行く。
「阿波野様、源三郎様は、多分、あの峠に行かれ考えを巡らせておられると思いますが。」
「やはり、高野様も同じでしたか、私もね、同じ事を考えておりましてね、源三郎様の事だから、
峠で色々な事を考えておられますから、でも、私は、源三郎様が戻られてからが本当の意味で大変
だと思っておりますよ、上田の時も、まぁ~、次から次へと指示を出されるのですから、私は、一
体、何時、この様な事を考えておられるのだろうと思う程で、私もですが、傍の若い家臣が書き写
すのが必死だったのを思い出しますよ。」
「そうでしたねぇ~、源三郎様は、これから先の事は一人では出来ぬ、数人を選び、その者達に指
示を出す様にと。」
「其れには、多分ですが、斉藤様も驚かれると思いますよ。」
「其れは、確かに言えますねぇ~、私も、今、源三郎様が、一体、どの様な策を練っておられるの
か、まぁ~、楽しみにしておりますので。」
阿波野と高野の二人は、苦笑いをして要る。
その後、血判状が出来上がる頃、大広間に鈴木と上田が飛び込んできた。
「ご家老様、源三郎様からの伝言でお部屋をお借りしたいと申されたおられます。」
「えっ、部屋を、では、源三郎殿は戻って来られるので。」
「はい、先程、峠で窯元さんと大工の親方とお話しをされておられましたので、其れと、申し訳御
座いませぬが、書き物をされると思いますので。」
「分かりました、殿、今、お聞きの通り、源三郎殿が戻られますので。」
「そうか、そうか、良かった、では、直ぐ手配するのじゃ、皆の者、今、聴いての通りじゃ、源三
郎殿が戻られるので、皆は、そのまま待つのじゃ。」
殿様とご家老様は喜んだ、だが、奉行と十人の同心の心中は穏やかでは無い。
雪乃も動き出し、源三郎は、一人では戻っては来ない、多分、その窯元と大工の親方も一緒だと、
直ぐ、お茶の用意をと賄い処に向かった。
「鈴木殿、源三郎殿は、部屋を借りたいと申されましたが、どの様な部屋が宜しいでしょうか。」
「はい、野洲のお城では、大手門を入って直ぐの部屋で御座いますが、でも、私はどの様に使われ
るのかは伺ってはおりませんので。」
「我が藩の城にも、大手門を入った直ぐ右にも大部屋と小部屋が有りますが。」
「ご家老様、では、その二つの部屋をお借り出来るでしょうか。」
「分かりました、直ぐに、二人程来てくれ。」
「はい。」
二人の若い家臣が。
「直ぐに、その部屋に行き両方の部屋を空ける様にと、大至急にだ。」
「はい、直ぐに。」
若い家臣は大急ぎで大手門の部屋に向かい、鈴木も上田も向かった。
源三郎は、のんびりと窯元と大工の親方と話をしながら松川の城へと向かっている。
「源三郎様、その工事ですが急ぐんですか。」
「まぁ~、急ぐと申せば、急ぎますがねぇ~、でも、余り無理をして事故にでもなれば、大変な事
になりますので、まぁ~その辺り適当と申しましょうかねぇ~。」
「じゃ~、先に、現場に家を建て始めても宜しいのでしょうか。」
「親方、其れは有り難いのですが、その前に、私もする事が有りますのでね、まぁ~、其れが終
わってからとしましょうかねぇ~。」
暫くして、城の大手門近くに来ると、鈴木と上田が待っていた。
「源三郎様、ご苦労様です。
先程、申されました部屋ですが大手門近くの部屋を用意しました。」
「お二人共、有難う、で、その部屋は。」
「はい、こちらで御座います。」
鈴木は小部屋に案内した。
「源三郎様、隣には、大部屋も御座いますので。」
「其れは、有り難いですねぇ~、窯元さんと親方、暫く、この部屋でお待ち下さいますか、直ぐに
戻って参りますので、鈴木様、申し訳有りませんが、お茶をお願いします。」
源三郎は、何かを考えて要る、大広間では家臣達が残って要ると分かって要るのだろうか。
源三郎は大広間に向かい、その大広間には殿様を始め家臣全員が源三郎が入って来るのを待って
要る。
「殿、源三郎様が戻って来られました。」
その直ぐ、源三郎が部屋に入ると、家臣の全員が手を付き頭を下げた。
「殿様、ご家老様。」
「源三郎殿、大変、申し訳無かった、余も、この通りじゃ、許してくれ。」
「殿様、誠に申し訳御座いませんでした。
私こそ、大変、失礼な事を致し、反省を致しておりますこの通りで座います。」
源三郎は、殿様に頭を下げ。
「ご家老様、お許し下さいませ。」
ご家老様にも頭を下げると、振り向き。
「ご家中の皆様、誠に申し訳御座いません、私も反省致しております。
この通りで御座います、どうかお許し願います。」
源三郎は、家臣の全員に頭を下げると、殿様もご家老様も、其れに、家臣達が唖然としている。
其れは、源三郎の大芝居で全員に対し、これから、工事の付いての話をする為で、その工事は急
を要すると家臣に思わせる為に、其れと奉行達に先手を打ったので有る。
「源三郎殿、何か有ったのでしょうか。」
「ええ、まぁ~ねぇ~、其れを、今から、お話し致しますが、この度の工事はご家中の皆様全員の
ご協力が無ければ、必ずや失敗すると思って下さい。
更に、工事に尽きまして、ご家中の方々は、決して領民さんに命令されるのでは無く、お願いをして頂
きたいのです。
では、今から、この工事に関して大事な二人をお連れましすのでね、何卒宜しくお願いしますね、
では、私が迎えに参りますので、皆様、暫くお待ち下さい。
ご家老様、筆と、紙の用意をお願いします。」
「承知しました、誰か、至急、筆と紙を持って参れ。」
若い家臣が大急ぎで取りに行った。
「武田、源三郎殿は、一体何を始めるのじゃ。」
「殿、私も、何が、何だか、さっぱりと分かりませぬ。
高野殿、源三郎殿は、一体、どうされたのでしょうか。」
高野も阿波野も、さっぱり分からず、家臣達は何も話さず静かに待っているが、一人、奉行だけ
は何かを恐れて要る様子で有る。
「窯元さん、親方、では、今から一緒に来て下さい。」
窯元も大工の親方も、一体何処に行くのだろうと、だが、源三郎の事だ、別の部屋に行き、話し
をするのだろうと思っていたのだが、其れが。
「さぁ~、どうぞ、お入り下さい。」
「はい、えっ、あっ。」
二人は、腰を抜かす程の驚きだ、大広間に入った瞬間、その場にへたり込んだ。
其処には、初めて見る、お殿様やご家老様が、其れに、大勢の侍達が座っており、驚くのも無理
は無い。
「どうかされましたか。」
「げっ、源三郎様。」
「そうでしたねぇ~、お二人は、殿様や、ご家老様に会われるのも初めてでしたねぇ~、ですが、
何も、心配される事は有りませんよ、私が一緒ですからね。」
源三郎は、髷の無い十名の同心を見ていた。
「あの~、源三郎様、オレは、一体、どうなるんですか、何か恐ろしい事でも始まるんで。」
大工の親方の気持ちは、源三郎も分かって要る。
「まぁ~、親方も私に任せて下さいね、松川藩のご家中の皆様、今度、工事を始めますがこのお二
人には、大変、ご無理をお願いしております。」
源三郎は、窯元と大工の親方が、これから始まる工事の関しては中心的な役割をなしていると説
明した。
「私が、今、申しました工事ですが、早急に開始しますが、先程の十名の方々には、これから基盤
となる部分の工事に就いて頂きます。
尚、当分はこの飯場に多くの建物を作りますので、お奉行、ご城下でどなたも住んでいない建物
を大至急調べて頂きたいのです。」
「源三郎殿、今、申されました、飯場とは一体どの様な意味でしょうか、私もですが、殿も、初め
て聴かれたと思うのですが。」
源三郎は、ニヤリとし窯元の顔を見た。
「その名前と申しますか、名付けられたのは、窯元さんでねまぁ~、簡単に申しますと、この場所
では、ご飯も頂けますよと言う意味だと、そうでしたよね窯元さん。」
窯元も頷いた、正か、口から出た言葉が、そのまま、使われるとは窯元は思いもしなかった。
「では、食事を作るところもでしょうか。」
「はい、私よりも、窯元さんが考えられましてね、その場所を起点にし、工事を進めるんだと、そ
れに、既に多くの窯元さんからも参加されると聞いております。
其れより、先程も申しましたが人が住まれていない家を解体し、その材料と山から切り出した
木材で家を建て大きな作業現場を作りますが、お奉行にお願いが有るのですが、宜しいでしょうか
ねぇ~。」
お奉行は、驚いて要る、源三郎は、一体、何を頼むと言うのだ。
「源三郎様、拙者に出来る事ならば、どの様な事でも致しますが。」
「お奉行、有難う御座います。
では、朝の五名の方々には、ご城下の人別帳を作って頂きたいのです。」
「えっ、人別帳ですか、で、その人別帳で、一体、何を調べるのですか。」
傍では、殿様やご家老様も首を捻り、だが、大工の親方は人別帳の意味を知って要る。
「はい、今回の工事には大勢の人達が必要になるのですが、作業される人達を集めなければなりま
せん。
ですが、その中には幕府の密偵が居るやも知れませんので、其れと、その前に、この工事の事を、
ご城下の人達にも知らせる必要が有ると考えたのですよ。」
「源三郎殿、工事は幕府に知れない様に進めるのでは無いのですか。」
「ご家老様、この工事そのものをは知れられても、何も問題は起きないと考えております。
これは、皆様方にも知って置いて頂きますのですが、浜の漁師さん達の話しでは、魚を城下まで
運ぶのが大変だと、其れに、城下の魚屋さんでも浜に行く途中に峠が有るので大量に魚を買っても、
峠が有る為に持って帰れないと言われているのです。
では、一体、どの様な方法が有るのか、考えたところ、あの峠に隧道を掘れば良いのだと、です
が、左右は高い山で、大雨が降れば土砂崩れが起き危険だと、其れで、私は、窯元さんにお願い
した物が、大変、役に立つと、其れを使えば隧道が出来るのだと考えたのです。」
だが、源三郎が話す内容を理解出来る者など、今の、松川の家臣には居ないと分かっては要る。
其れでも、一応、一度でも説明しなければ、後々、何かの時に困ると考え、家臣が、理解出来様
が、出来なかろうが関係無く説明をしなければならないと考えたので有る。
「源三郎殿、先程の人別帳で御座いますが、一体何に使用されるのですか。」
「ご家老様、ご城下の大工さん達全員をこの工事現場に連れて来る事は出来ません。
私は、その不足する、大工さんと本体工事に就いて頂ける人達、その人達に食事を作って頂ける
人達を集めたいのです。」
大工の親方が思った通りで、城下の大工達には城下での仕事に就かせ、少しでも、大工の経験を
した者で有れば家は建てられると。
「源三郎様、今、奉行所の牢屋に入って要る者達ですが、その者達でも宜しいでしょうか。」
「私は、別に宜しいですがその者達の罪状は。」
「はい、殆どが、酒が原因で喧嘩になり、相手に怪我をさせた者ですが、中には、食べる物に困り、
押し込みに入り、何も取れず捕まった者もおりますが。」
「親方、休むところとは別に、住む家もお願い出来るでしょうか。」
「はい、其れならば、さっき言われてました人の住んでいない家を解体し、飯場に新しく建てる事
も出来ますが、でも、一人が一軒となると、其れは。」
「親方、飯場に住むならば、仮にですが、五人か、まぁ~、其れ以上でも宜しいのですが、一軒と
言う様な長屋風の家は出来るのでしょうか。」
「源三郎様、其れなら簡単ですよ。」
「お奉行、では、その者達も入れて下さい、ですが、その者達にも理解出来る様に説明せねばなり
ませぬ、其れと、賄いも付くと言う事もですよ。」
「あの~、宜しいでしょうか。」
彼は、十名の中の一人で。
「はい、宜しいですよ。」
「先程申されましたが、この松川では長い間漁も不漁が続き、農村では不作に近いのですが、漁師
や農民も入れるのでしょうか。」
源三郎は、この質問を待っていた。
「大変、良いご質問を頂きました。
この工事に関しましては、ご家中の皆様方よりも、漁師さん農民さんが主力となります。
何故かと申しますと、この地では不漁と不作が続き漁師さんや農民さん達の生活が、其れは、も
う大変厳しいのです。
私の、野洲でも同じで、漁師さん達も農民さん達も真面な食べ物が無いと言うのが現実で、だか
らと言って食べ物を無償で配るよりも、仕事をして頂きその代償で食べる事が出来れば、漁師さん
達も農民さん達にも本当の意味で食べる事が出来る、其れは、少しですが安定した生活が出来ると
言う事なのです。
但しですが、全員と言う訳には参りません。
農民さんが全員工事に参加されますと、田畑の仕事には誰も就かなくなり、田畑は荒れますので、
食料の配給は、主に農村と漁村に行い、工事には、毎日、日替わりで入って頂く、其れが、最も良
い方法だと思いますが。」
あれから、城中では、阿波野、高野が色々と話しをしたのが、殿様を初め、ご家老様も含め家臣
の全員が、やっと、その気になったのだろうか、まだまだ、質問が続くので有る。
「源三郎様、漁村と農村に出向き、先程と同じ様に人別帳を作るのも重要では。」
「斉藤様、其れなのです、そのお役目が一番大切なのです。
そのお役目を先程の五名の方々にお願いしたいのです。」
「ですが、これは、大変なお役目ですよ、果たして五名の者達だけで出来るのでしょうか。」
斉藤は、人数が少ないと考えて要る。
「斉藤様、直ぐ明日から工事に入ると言うのは無理ですよ、今回の工事には、最初に測量と言う仕
事が有りまして、その測量と申しましょうか、あの峠は、左右に高い山が壁となっておりますので
大変、危険が伴うのですよ、隧道の内部は、幅、三間近く必要ですので余程慎重に測量しなければ
なりません。
測量が終わる頃には家や他の施設も出来ると思いますので、その全てが出来る頃から工事に入る
予定で、其れまでには全ての農村を周り、名主さんと農民さん達に説明し納得して頂ければ宜しい
のです。」
源三郎の頭の中では、早くも、次の工事予定も考え始めている。
「源三郎殿、では、漁村と農村に出向き、全員が納得してから工事に入ると申されるので有れば、
農村や漁村に配る食料ですが、一体何処で調達すれば宜しいのでしょうか。」
「ご家老様、上田の米問屋と海産物問屋から運ばせますので。」
「えっ、其れでは、上田藩が困るのでは御座いませぬか。」
「いいえ、何も心配は御座いませぬ、山賀からもお米を届ける事が出来ますので、まぁ~その方法
に付きましてはては、私が、後程でも詳しくお話ししますのでね其れよりも、その様なお役目に就
いて頂くには、ご家老様、専門の人が必要になるのです。」
「何故、専門の人間が必要なのか、私にはよく分かりませぬが。」
「ご家老様、松川には、一体何か所の農村と漁村が御座いますか。」
「う~ん。」
「其れなのです、工事現場にも食料を届けなけれなりませぬ、漁村や農村にも配給するのです。
ですが、毎日、必要な分量を管理する者が必要になるのです。
更にと申しましょうか、このお城にも届けると申しますか配給するのですが、お城の倉庫の食料
は、この松川藩全員の為の物で、皆が勝手に取り出しますと、食料は、直ぐ底を尽きますのでね、
その管理を十数人で行なうのです。」
「武田、余は、今日から領民の為に我慢するぞ、我々、城中の者が好き勝手にすれば苦しむのは現
場の者達じゃ。」
殿様は、既に、決心して要る様子で有る。
「ご家老様、お米や野菜は農民さんが作られ、魚は漁師さん達が獲って来られるのですよ、其れを、
お城の方々や、ご城下の人達が代価を払って頂く事が出来るのです。
私は、何故、漁師さんや農民さんを大事にせねばならないのか、其れを、皆様方に理解して頂き
たいので御座います。」
「源三郎殿、よ~く分かりました、皆も聴いての通りだ、これからは、我々も早く気持ちを切り替
えて工事に入るのだ、私は、今日、いや、今から重役方に、其れとだ、斉藤、数人の若手を選んで
くれ。」
「ご家老様、有難う御座います。」
「源三郎殿、若手を登用すれば色々な意見が出るのではと思っただけなので。」
「ご家老様、其れと、これからのお話しは別の部屋でお話し致したく思いますので宜しいでしょう
か。」
「源三郎殿にお任せします。」
「はい、では、斉藤様、其れに、十五名の方々には、私と、別の部屋でお話しを致しますので、ご
家老様、では。」
源三郎は、大工の親方と窯元、そして、斉藤と髷の無い十名、更に、若手の同心五人と共に大手
門横の部屋に向かうので有る。
「源三郎様、今度の仕事では、オレ達、大工の仕事ってもう大変なんですねぇ~。」
「ええ、親方もですが、窯元さんはもっと大変だと思いますよ。」
「源三郎様、わしの仕事はこの松川藩全体を。」
「ええ、そうなると思いますねぇ~、松川藩の運命を決める仕事になると思いますよ。」
「親方、わしらは本当に大変な仕事をするんだなぁ~。」
「窯元、これは大事ですよ、だって、今まで、正か、そんな藩の運命を決める仕事って無かったで
すからねぇ~、こりゃ~、大変な事になったなぁ~、余程腕のいい大工を集めないと。」
「親方、何も其処までは必要は有りませんよ。」
「でも、下手な大工じゃ~。」
「親方、当分は雨露さえ防げれば良いのですから。」
「はい、分かりましたが、源三郎様、オレ達、大工にも誇りってものが有りますので、後々、あい
つらが建てた家は駄目だって言われる様な家だけは建てたくは無いですから。」
源三郎の思った通りだ、大工には大工の誇りを掛けて家を建てるだろうし、窯元には、窯元の
誇りが有るのだと。
「源三郎様が、考えられた物ですが、何と言う名前なんですか。」
「名前ですか、私は、其処までは考えておりませんでしたよ。」
「わしが、今、思い付いた名前ですが、連岩って、どうですか、岩が連なると言う意味なんですが
ねぇ~。」
「連岩ですか、じゃ~、これからは、連岩と呼びましょうか。」
「えっ、本当にいいんですか。」
「はい、私も、大変、良い呼び名だと思いますよ、連岩ってねぇ~。」
源三郎も、納得の出来る呼び名だ、やはり、窯元だけの事は有る、呼び名を付ければ、他の窯元
にも話が分かるだろうと。
「其れで、大きさですが。」
「そうでしたねぇ~、じゃ~、厚みが一寸半で幅が五寸で長さが、う~ん、七寸では如何でしょう
かねぇ~。」
「そうですねぇ~、ですが、持つ時の事も考えて、厚みですが、二寸では。」
「二寸の厚みですか、じゃ~、其れで、行きましょうかねぇ~。」
まぁ~、何と言う簡単な決め方なのだ、余りにも簡単過ぎるでは無いのか。
「親方、この寸法で型枠を作って欲しいんだが。」
「分かりましたよ、で、何個分くらいが宜しいんですか。」
「まぁ~、親方に任せましょうかねぇ~、でも、最初なので、余り、多くは要りませんのでね。」
「じゃ~、其処は適当にしますから。」
窯元と親方が決めて行くが、源三郎は何も言う必要は無かった。
「窯元、其れで、その連岩ですが、表面の光沢は必要有りませんのでね。」
源三郎は、表面を荒く作る方が簡単だと思って要る。
「えっ、じゃ~、荒く作るんですか。」
「ええ、私は、荒く作って頂きたいのです。」
「でも、何故、荒く作る必要が有るんですか。」
「私は、連岩を洞窟と言うよりも、隧道ですね、この隧道の内側の補強に使いたいのです。」
「でも、連岩を内側に使って、じゃ~、その工事には左官屋の協力が重要なんですね。」
「はい、左官屋さんで有れば、出来ると思うのですが、でも、横は、大丈夫だと思いますがねぇ~、
問題は天井の部分なんですよ。
源三郎は、大変な仕事だと分かって要る、だが、この仕事で隧道が完成しなければ、山賀から松
川まで十里も続く隧道を掘り進める事は不可能なのだ。
「源三郎様、わしが、左官屋さんと話をして見ますよ。」
「窯元、申し訳有りませんが、何卒宜しくお願いします。」
その時、丁度、大手門横の小部屋に着いた。
「さぁ~、皆さん、お入り下さい。」
源三郎は、十名の同心に測量させると言ったが、果たして、同心達に出来るのだろうか。
「皆さん、今回の仕事は松川藩の運命を左右すると言っても過言では御座いません。
其れで、先程申しました、測量ですが、何故、皆様にお願いするのか、お分かりにならないと思
いますが、皆様は、お侍で、私もですが侍と言うのは読み書きが出来るのが普通です。
ですが、農民さんや漁師さんの中には、大変失礼だとは思いますが、読み書きが出来る人達は少
ないと思います。
この測量と言う仕事は読み書きは勿論ですが、同じ仲間で無ければ、大変難しい仕事だと思って
おります。」
源三郎は、この後も詳しく説明するのだが。
「其れで、皆様は、髷が御座いませぬが、奥方様にはどの様にお話しをされるのですか。」
同心の一人が。
「源三郎様、拙者は正直に話す事に致しました。」
「貴殿の申される事は、私にも、よ~く分かります。
で、他の皆様は如何でしょうか、皆様は奥方様には正直の申されるのでしょうか。」
「はい、私も正直に。」
と、全員が正直に話すと言うので。
「皆様は、大変な決断をされたと思いますよ、ですがねぇ~、私の考え方は違うのです。」
「ですが、普通では考えられませぬが。」
「はい、確かに、その通りですよ、では、私の考えを申しますと、皆様はご城下の事を一番良く
知っておられますよねぇ~、其れで、今回は特別はお役目を殿様から直々に指名され、そのお役目
の為ならば、どうしても、髷を落とさなければならないとなり、苦渋の決断をし、髷を落としたの
だと、この様にお話しして頂ければ、奥方様も納得されるのでは御座いませぬか。」
「ですが、その様な嘘の話が通るでしょうか。」
「勿論ですよ、普通では考えられませんがねぇ~、でも、この工事は、殿様もご家老様もご存知な
のですよ、其れに、お奉行もですから、殿様が、このお役目には、我らだけに与えられた特別なお
役目で、ご家中のどなたも選ばれてはおられないと申されますれば如何でしょうか。」
「はい、承知致しました。」
「宜しいでしょうか。」
髷の無い同心の十名も納得したのだろうか。
「では、今から、お話ししますが、先程も申しました様に、今回の工事は松川藩の運命を決定する
重要な工事で御座いますが、其れで、今、質問されましたお方のお名前を。」
「はい、拙者は、有田雄三郎と申します。」
「では、有田様には、これから重要なお役目をお願いします。
其れは、他の皆様が測られました、場所の記入と他にも数字などの書き物をして頂きます。
其れに付きましては、十名の方々と大工さん達が話し合いを持たれまして決定して頂くのですが、
測量は、大工さん達の専門ですので。」
「源三郎様、オレ達だけでは無理なんで、オレの知り合いで、こんな工事の得意な連中がいるんで
すが仲間にしても宜しいでしょうか。」
「はい、其れは、親方にお任せしますのでね、其れに道具も必要ですので其の手配もお願いします。
但しですよ、峠の上は大変危険なので十分注意して下さい。」
「源三郎様、記入と言うのは詳しく書く方が良いのですか。」
「はい、記入されたものが、正確ならば工事は進みますので、其れで、実際の工事には先程もお奉
行が申されました人達に行って頂くのですが、その時、記入された所と同じ所まで掘り進みますの
で、有田様は、他の方々に正確な数字を伝え、他の方々はその指示を作業される人達に伝えて下さ
いね、其れと、途中で何度も見直しも必要ですので。」
その後も、源三郎は、次々と指示を出し、有田は、源三郎の指示内容を必死に書き留めて要る。
「では、次に、五名の方々のお役目ですが、これからの相手は犯罪者では無く、漁民さんと農家の
人達ですので言葉使いは特に気を付けて下さい。」
「源三郎様、先程も申されておられましたが、侍の様に命令する様な言葉では無く、お願いするの
だと、では、拙者と言う様な言葉では。」
「別に、宜しいですよ、ですが、何々をするのだ、と、言うのは駄目ですよ、何々をして頂きたい
のですが、と、皆様は、これから相当苦労すると思いますが、全ての工事には漁師さんと農民さん
達の協力が無ければ出来ないと言う事だけは理解して頂きたいのです。」
「はい、承知致しました。」
若手の五人は、少し落ち込んでいる様子で、今までは、奉行所の役人としての言葉使いで良かっ
たが、其れを、これからは言葉使いも態度も全てを一変させろと言うので有る。
果たして、自分達には出来るだろうかと言う不安な顔をして要る。
其処へ、家老が入って来た。
「源三郎殿、宜しいでしょうか。」
「はい、どの様なご用件で。」
家老は、懐に手を入れた。
「ご家老様、懐の書き物は大切に保管して下さい。
其れは、皆様方のご意思ですので、私は、そのお気持ちだけで十分で御座いますよ。」
「えっ。」
まだ、何も言って無いのに、何故、源三郎は分かったのだと。
「源三郎殿、有り難きお言葉、武田は嬉しゅう御座る。」
「ご家老様、色々とご迷惑をお掛けしましたが、この人達全員を信頼しておりますので、余り、
深刻になされない様にして下さい。」
「源三郎殿。」
源三郎は頭を下げた。
「皆の者、苦しいだろうが我慢してくれ、頼むぞ。」
家老は、同心達にも手を付き頭を下げた。
「ご家老様。」
「では、拙者は、これで、失礼する。」
「そうでした、皆様、大事な事を忘れておりました。
皆様は、漁師さんや農民さんのに対して本気で土下座は出来るでしょうか。」
「えっ。」
突然、何を言い出すのだ。
「皆様は、お侍ですが、相手は漁師さんで、その漁師さん達に対し、平気で土下座が出来なければ
ならないのです。
私は、武士だ、武士の誇りが許さないと思われるでしょうが、侍が、刀を持たず、頭の髷も無く、
農民さんの着物を着て仕事用の笠を被れば、誰が、侍だと気付きましょうや、侍が、何も偉いので
は有りませんよ、私は農民さんや漁師さんの方が遥かに偉いと思います。」
「源三郎様、宜しいでしょうか。」
「はい、宜しいですよ。」
源三郎は、親方が、何を言いたいのか予想は出来ていた。
「はい、有難う御座います。
源三郎様、オレ達、大工の仕事は其れこそ、誰でも出来るんですが、大工の仕事ってお侍様が
思って要る程楽じゃ~無いんですよ。」
「ほ~、では、皆さんは、親方のところに入って修業されるのですか。」
「まぁ~、お侍様の様な剣術の修業の様な事は有りませんが、其れでも、代価を頂けまでは普通で
も五年や、十年以上は掛かるんですよ。」
「そんなにも掛かるのですか。」
「はい、大工は、木目を読み、材料を選び、其れが出来初めて家を建てる事も出来るんで。」
「親方、木目と言われましたが、木は、山から切り出すのでは。」
「はい、オレ達の仕事は、漁師さんや農民さんと同じで自然が相手なんですよ、オレ達大工は材木
問屋に行き、材木を選びって、其れに、木は全部違いますので。」
「では、その材木の事も覚えるのも大変ですねぇ~。」
源三郎は、野洲での経験が有る、野洲でも大工の親方が潜水船を造る時、材木を選んでいるのを
知り多くを親方から教えて貰った。
「私も、その様に思いますねぇ~、漁師さんも農民さんも毎日が自然との戦をされておられますか
らねぇ~、親方の言われる意味は分かりますよ。」
「う~ん。」
有田は、考え込んだ。
「侍は、今までは侍が一番偉いと思って要るだけなのですよ、漁師さんや農民さんの経験に勝もの
は有りませんよ、十年、いや、百年以上も伝えられて来た自然の動きを、あの人達は経験と言う呼
び名で簡単に言われますが、侍が、幾ら、教えて貰っても、其れは、所詮無理と言うものでしてね、
私達が、食べて行けるのは、あの人達の苦労が実って初めて食べる事が出来るのですよ。」
「拙者、これからは、真剣に考え工事が無事に終わる様に致します。」
「有難う御座います、これからは、大変ですが、どうか、皆様、他の人達とも協力され完成させて
下さいね、宜しくお願いします。」
源三郎は、頭を下げ。
「私は、これから、参りますところが有りますので失礼します。
斉藤様、私にお付き合いを願います。」
「はい、承知致しました。」
源三郎は、斉藤を伴って、一体、何処に行くのだろうか。
その後、有田達は、窯元と大工の親方と長い時を掛け話し合いをした。
源三郎は、途中で雪乃と出会い。
「雪乃殿、どちらへ。」
「はい、今から、竹之進と松之介のところへと思っておりました。」
「其れは、丁度、宜しかったです、私も、今から参るところでしたので、ご一緒に。」
「はい、承知致しました。」
「竹之進、松之介、源三郎様がお越しになられましたよ。」
「義兄上が、はい。」
源三郎と斉藤が部屋に入ると、二人は、手を付き頭を下げ。
「義兄上様、何用で御座いますでしょうか。」
源三郎も頭を下げたが、斉藤は唖然としている。
源三郎が、相手ならば立場が逆転している様にも見えて要る。
「松之介様、明後日、山賀に向かいますが、宜しいでしょうか。」
「はい、私は何時でも宜しですが。」
「源三郎様、ですが、若君の準備がまだ。」
斉藤は大慌てだ、山賀の藩主となる若君の入城の準備が全く出来ていないのだと。
「斉藤様、馬で参りますので。」
「えっ、若君が馬で山賀の城に参られるのですか、其れは、余りにも。」
斉藤は、若君の凱旋入城には相応の家臣を連れて行かねばならないと考えていた。
「斉藤様、何故、大勢で参る必要が有るのですか、今、松川の家臣全員が領民の為に大切なお役目
が有るのですよ、斉藤様は、一体、どちらが大事かを考えて頂きたいのです。」
「義兄上、私は領民の方を優先すべきだと思いますが。」
松之介は既に理解している、何も行列を組む必要も無いと。
「義兄上、私は、籠よりも馬で参りたいのです。
籠に乗るのは本当のところ余り好きでは有りませんので、其れに、籠に乗ると外が全く見えませ
んので。」
「斉藤様、五名か六名も居れば十分ですよ。」
雪乃も分かっていた、今になって、大勢の家臣を引き連れて行くなど、全くの無駄と言うもの
で、その様な無駄が領民を苦しめる事になるのだと。
「斉藤様は心配でしょうが、私に任せて下さい。
松之介様の乗る馬も私が乗る馬も誰が見ても普通の侍が乗って要ると思わせれば、其れで十分で
すから。」
斉藤は山賀の家臣達がどの様に思うのか其れが心配なのだ。
「義兄上、私も同じ意見です、私の姿も義兄上と同じ様な着物ならば、誰も気付かないと、其れに、
山賀の家臣達も驚くと思いますよ。」
「松之介様、よくぞ申されましたねぇ~、私と同じ考えで、正か、普通の姿で現れるとは、誰も考
えてはおりませんので、山賀の家臣がどの様に見るのか判断出来ると存じます。」
「義兄上、先程のお話しで、私のお役目も少しは理解出来たと思っております。
藩主、自らが先頭になり領民の為にどの様な役目を果たすのか、其れによって、領民の見る目が
違って来るのでは御座いませぬか。」
松之介は、兄の竹之進と今後の松川藩と山賀藩をどの様に盛り上げて行けば良いのか話し合った
のだろう、其れには、やはり、雪乃の存在が大きいと、源三郎は感じて要る。
「斉藤様、当日のお供ですが、若手の三名程と、勿論、斉藤様にも同行をお願いします。」
「源三郎様が直々出向いて頂けるので有れば、私としましても大変助かりますので。」
「源三郎様、私はどの様にさせて頂きましょうか。」
「雪乃殿には申し訳御座いませぬが、若い五名の同心に漁師さんや農民さんに対する接し方を教
えて頂きたい思うのですが、宜しいでしょうか。」
「はい、かしこまりました。」
「姉上、私は、山賀い参り、義兄上が、今日、家中の者達にされたお話しを山賀の家中の者達にも
時を掛けてお話しを致します。」
「松之介、よい心掛けですよ、これからは、山賀と松川の為に存分に力を発揮して下さる様に希望
します。」
だが、この時、世の中は大きく変わろうとしていた、全国各地では、農民達が一揆を起こしては、
潰され、また、起こすと、その幕府が滅亡するまでには、余り、時も掛からず、後、何年、持つか
と言う頃で有る。
だが、その前に、源三郎が進める五つの藩が連合するのだろうか、其れも、松之介が山賀に入っ
て分かるので有る。
そして、明日は、松川の若君、松之介が山賀に向かう日で有る。
「父上、長きに渡り誠に有り難き幸せで御座いました。
私は、明日、山賀に入り、今後は山賀の為松川の為、いいえ、上田、菊池、そして、野洲の領民
の為に一生を捧げる所存で御座います。」
「うん、松之介、よくぞ申した、先に入っておられる、吉永殿達の教えを守り、領民の為にじゃ、
頼むぞ。」
「はい、兄上、今後とも宜しくお願い申し上げます。」
「松之介、私も、松川の領民の為に斉藤殿に教えて頂く事が多く有るが、松之介と二人で、この両
藩を盛り上げて行こう。」
三人の会話は簡単に終わったが、松之介を待つ山賀では、吉永が地盤を固めはじめ、若き藩主を
盛り立て、山賀を元の姿にすべく、松永達も奮闘し、後は、若君、松之介を迎い入れるだけになっ
たので有る。