第 15 輪。松川で新たな問題が発生。
前日の夜遅くまで続いた話し合いを終え、源三郎は、吉永達を残し、松川へと向かった。
「吉永様、私達が何処までお役に立つのか分かりませぬが、精一杯頑張りますので、何卒宜しくお
願い申し上げます。」
「いゃ~、拙者こそ、この度の大役をお受けした限り山賀を立て直し、領民の暮らしが良くなる様
にと、今、改めて心に誓いを立てた処で、私こそ皆様のご協力をお願い致します。」
その後、吉永は、後藤、井川、大田を呼び野洲藩で行われている工事の話を始めた。
後藤達は、今更驚く事も無く話は続いて行く。
その頃、山賀を出発した、源三郎と、阿波野、高野と斉藤は松川へは直ぐ戻らずに山賀から松川
まで続く山の麓まで来ていた。
「斉藤様、山賀から松川まで続く洞窟を掘りたいのですがねぇ~。」
源三郎は、一体、何と言う突飛な発想をするのだ。
山賀のお城裏から続く高い山は、松川の城まで一体何里有ると思って要る。
其処に、洞窟を掘るとは、だが、一体何の為に必要なのだ。
「えっ、源三郎様、一体、今、何と申されましたか、私は、山賀から松川まで続く山に洞窟を掘る
と聞こえたのですが。」
「はい、その通りですよ、其れでね、私が、何故、その様な考え方をしたのかを、今から、皆様に、
お話しをしますので、実はね、野洲の城下の木こりさんからの情報なのですがね、山の向こう側で
は大きな戦が始まったと分かったのです。」
「源三郎様、その大きな戦とは、一体、どの様な戦なんですか。」
「はい、実のところ、私もはっきりとは申せないのですが、木こり達の話しで、山の向こう側一帯
で数十、いや、百か所以上から煙が上がっていると言うのです。」
野洲藩の山は高い、だが、木こり達は山中を自在に移動出来る、その木こり達が野洲藩とは反対
側の村々から数百か所にも及ぶところから煙が上がって要るのを見て要る。
向こう側と言うのは、高い山も少なく、其れで、田や畑が一面に見え、木こり達は、その風景を
見慣れて要る、だが、この最近では毎日と言っても良い程煙が上がり、数日前とは別の所からでも
煙が上がって要る。
「源三郎様、火事にしては少し変ですねぇ~。」
「私も、単なる火事では無いと思って要るのです。
其れに、猟師さん達は、其れとは別にですがね、時々ですが傷だらけの侍が敵から逃れて来たの
かは分かりませんが数人から十数人が山の中に入って来ると。」
「では、また、大きな戦が始まったのでしょうか。」
「高野様、阿波野様にお願いが有るのですが。」
「源三郎様、山の向こう側で一体何が起きて要るのかを調べるのですね。」
「はい、ですが、侍の姿では変えって怪しまれるやも知れませんのでね農民さんを一人とご家中の
方を一人と二人一組で調べに入って頂きたいのです。」
源三郎は、既に、田中と農民のさんぺいを都へ向かわせ都付近の状況を調べに入らせている。
だが、高い山の向こう側に付いては、まだ、何の調査を行なっていない。
「ご家中の方々には浪人者の姿になって頂くので、暫くは髭を生やし頭も整えずに頂きまして着物
も古着でお願いしたいのです。」
「源三郎様、では、その調べに向かわせる者達を数組準備させ、山の向こう側を調べさせれば良い
のですね。」
「はい、私も、既に都とその周辺を調べる様にと向かわせております。」
「よ~く、分かりました、私も戻り次第手配し、直ぐに向かわせる事に致しますので。」
「高野様、阿波野様、大変なご無理なお願いで御座いますが。」
「源三郎様、その様な事は御座いませぬ、ですが、その戦で、今度は世の中が大きく変わるので
しょうか。」
「私は、今までに無く大きく変化する様な気がするのです。
三百年近くも今の幕府は続きましたが、私は、其れよりも、我々の全く知らない他国も有ると思って要るのです。
何れはと言うよりも、これから先、数年、いや、十年もすれば、世の中の人達が驚く様な変化が
起きる様に思って要るのです。」
「では、十年もすれば全く違った国になると申されるのですか。」
「高野様、山の向こう側では間違い無く大きな戦が行なわれて要ると私は考えております。
その戦は、今までの様な国盗りだけを目的とした戦では無いと考えております。」
「源三郎様、では、我々も何れはその戦に巻き込まれて行くと考えられるのでしょうか。」
「はい、これからの世の中は、我々の様な弱小の国だけが生き残れば良いと言う様な考え方では、
まず無理で有ると考えております。」
源三郎の読みが当たるのか、其れとも、だが、現実の問題として山の向こう側の多くの地域では
戦闘が行われて要る。
その戦闘で今の幕府の終焉を齎すとは、今の源三郎には予想も出来ずにそれ程にもこの地に有る、
四つの小国と、其れよりも少し大きな国には、何も情報が入らないと言うのか、其れは、高い山に
囲まれた特性なのか今は何も分から無い。
今の幕府が、これ以上長く続く事だけは無いと源三郎は考え、一刻でも早く世の中の動性を早く
知る必要と考えて、阿波野と高野に調査を依頼したので有る。
「源三郎様、では、松川からも調べに入っては如何でしょうか。」
「斉藤様、大変有り難いのですが、余り多くの者達を送り出すと、我々の知らない者達に知れる事
にもなるやも知れず、暫くは、阿波野様と高野様の藩で調べて頂き、その情報を下にし、再度、調
べる必要が有れば、斉藤様にお願いするやも知れませぬので、その時には、何卒宜しくお願い致し
ます。」
「はい、承知致しました、其れでは、私は、何時でも参れる様に準備だけは進めて置きます。」
「其れで、斉藤様には松川に戻ってからでも宜しいのですが、数人の窯元さんを紹介して頂きたい
のですが。」
「其れは、宜しいのですが、窯元に何かを頼まれる事でも有るのでしょうか。」
「はい、斉藤様も、阿波野様、高野様、松川藩では、昔から焼き物が盛んなのですが、私は、その
焼き物を利用出来ればと考えて要るのですがねぇ~。」
「焼き物を利用するとは、一体、何に利用されるのですか。」
「高野様、木材と言うのは、湿気で何れは腐りますが、陶器と言う物は数十年、いや、数百年経過
しても腐る事は御座いませぬ、私はその特性を生かし、山賀から松川までの洞窟の内側に貼り付け
ると申しますか、まぁ~、そのところは想像が必要だと思いますが、落盤事故防止に活用出来ない
かと考えて要るのです。」
源三郎は、山を掘り進めば内部が土の為に落盤事故が起きると考え、焼き物を内部の補強材に利
用出来ないかと考えたので有る。
「源三郎様、山賀から松川までは十里近くも有りますが。」
十里もの長い洞窟を掘るとは、一体、誰が考えるのだろうか、だが、その洞窟を何に使うのだ。
「ですが、源三郎様、十里近く有る洞窟を掘って、一体、何に利用されるのですか。」
阿波野は素直な疑問を感じた、物を運ぶので有れば街道を行けばより早く着ける、だが、十里も
の洞窟と言うよりも隧道を掘るには完成するまでは長い期間が掛かるので有る。
隧道を完成させる頃には、源三郎の言った様に世の中が大きく変わって要る可能性も有る。
「確かに、阿波野様の申される通りで、ただ、洞窟を掘るだけでは何も意味が御座いませぬ。
私は、この洞窟を、いいえ、隧道と申しますか、途中の数か所か数十ヵ所に倉庫を作り、その倉
庫に山賀を初め、各藩で収穫された作物を備蓄し必要な分量だけを各藩に届ける事が出来ないかと
考えて要るのです。」
源三郎の考えでは、土の中は、年中一定の湿気なので穀物類を含め、その他の物を備蓄出来ない
かと考えて要る。
「う~ん、確かに、土の中、其れも、山の中に巨大な倉庫を作ればまず外からも見えないですから
ねぇ~。」
「私も、別に確信が有るのではないのですが、仮にですよ、地上に作った倉庫ならば、誰が見ても
一見して分かりますので入り口を開けば中に何を入れて要るのか直ぐに知る事が出来ますが、洞窟の様な
外部から見えないところでは中を確認する事は出来ませんから。」
「源三郎様は洞窟の工事に入られて要るのですか。」
「はい、今は、野洲だけでは御座いませぬ、阿波野様の上田藩、高野様の菊池藩でも海岸の洞窟を
利用し、お城の中まで通路にする為掘り進んで頂いております。」
「そうですか、其れで、阿波野様にお聞きしたいのですが、その工事には、例えば、無宿人などを
使っておられるのですか。」
「いいえ、我が藩でも、源三郎様の指示で、漁師さんや農民さん、其れに、城下で仕事に就けてい
ない人達を中心に工事に就いて頂いておりますが。」
「源三郎様、何故、無宿人を使われないのですか、私は、無宿人の方が簡単に集める事が出来ると
思うのですが。」
確かに、斉藤の言う事も理解は出来る、だが、現場は牢屋では無く、無宿人の姿をした幕府の密
偵が要ればどの様な工事を行なって要るのか直ぐ幕府知れる、それより、地元の者達だけで工事を
行なえば余程の事が無い限り外部に漏れる事は無い。
其れは、野洲の海岸で洞窟の掘削工事が漁師仲間を通じて上田藩に知れた事も事実だ。
源三郎は、工事を秘密の状態で進める方が一番良い方法だと考えたので有る。
「斉藤様、実はね、野洲の海岸で洞窟の掘削工事を行なって要るのですがね、その工事が、当時、
何も関係が無かった上田藩が知ったのですよ。」
「えっ、でも、地元の漁師や農村の人達だけで工事を進めておられたのではないのですか、其れが、
何故、上田藩に知られたのでしょうか。」
「其れがねぇ~、漁師さんの一人が隣村の網元さんとは親戚と言う事も有り、網元さんも同じ漁師
仲間なのでねその工事の手伝いを引き受けられたのですよ、別に漁師さん達も網元さんも悪くは有
りませんが、網元さんからの頼みなので村の漁師さんも気軽にお手伝いをして頂いておりましたが、
まぁ~、漁師さんも悪気が有って話されたのではないのですがね、その工事の話が上田の城下まで
行きましてね、最後には上田藩が知るになったと言う事なのですよ。」
「斉藤様、ですが、私に入った話では野洲のご城下で何かの工事を行なって要るとだけ情報が入り、
其れで、私が、数日の内に野洲のご城下に入ったと言う訳なのです。」
「では、阿波野様は、肝心の工事が何処で何の工事か分からなかったのですか。」
「はい、その通りで、私も、どの様な工事を行なって要るのか知りたいので、何度か野洲のご城下
に入ったのですが、其れでも、全く分からずに、その時、源三郎様に呼び止められたと言う話しで
御座います。」
「まぁ~、その話は何れかの時にされては如何でしょうか。」
「はい、承知致しました。」
「斉藤様、私はね四つの小国だけの問題とは思わないのです。
何れかの時が来れば、我々の小国は潰される事は間違いは無いのですよ。」
「えっ、正か、その様な事が。」
「私は、其れよりも、領民さん達を守りたいのです。」
「源三郎様、今の、我々も同じだと思うのですが、我々の世代では出来なかったとしても、次世代
に引き継ぐ事が出来れば、我々の責務は果たせたと考えて要るのです。」
さぁ~、果たして、源三郎は何を話すのか、阿波野も高野も考え方は同じで四つの小国だけが、
いや、其れに山賀を加えて今までの様な小国では無く、強大な国家を作るのか、其れとも、他に何
か考えでも有るのか、斉藤も次第に源三郎の話にのめり込んで行く。
「実はねぇ~、私には有る壮大な計画が有りましてね、その計画が実現されればと思って要るので
すがねぇ~。」
「えっ、壮大な計画ですか。」
斉藤の目が一気に輝いた、其れは、阿波野、高野も同じで。
「源三郎様、その壮大な計画とは、一体、どの様な計画なのですか。」
「う~ん、私もこれは、余りにも壮大過ぎるの為に、果たして、実現可能なのか未知の世界なので
御座いましてね。」
「未知の世界ですか、う~ん、何故か、私はその計画を実現致したくなりましたよ。」
斉藤は、まだ、計画の内容も聴かず、源三郎の言った未知の世界に有るかの様な話しに、阿波野も高野
も何時の間にか、源三郎の計画を知りたいと欲望に駆られていた。
「源三郎様の申される壮大な計画をお聞かせ頂きたいのですが、如何でしょうか。」
「そうですか、実はねぇ~、これは数年前から考えておりました計画でね地下の大帝国を築きたい
と考えておりましたのですが。」
源三郎は、簡単に地下の大帝国と言ったが、其れは、どの様な帝国なのだろうか。
「えっ、地下の大帝国を築き上げると申されるので御座いますか。」
「ですが、簡単には出来ないとは思うのですがねぇ~。」
「はい、勿論その通りですよ、山賀から松川へ、松川から上田へと続き、最後は野洲から菊池へと
繋がる、地下と申しますか、洞窟の大帝国なのですよ。」
源三郎の考えた計画は余りにも無茶だと壮大と言うよりも、突飛な計画で、阿波野も高野も斉藤
も開いた口が塞がらないと言う表情で唖然としている。
正か、源三郎の目指す大帝国の始まりが、野洲で、その最後が、山賀から始まるとは、阿波野も、
高野も考えは出来ずにいたが、野洲で始まった海岸の洞窟の掘削工事でお城まで通じる地下通路そ
の地下通路から続く巨大な倉庫、その巨大な倉庫には食料を保管するのが最初の目的だった。
「源三郎様、その為に、地下に巨大な倉庫を作り、食料などを保管する目的なのですか。」
「私は、殿から、幕府から領民を守る為に何か良い方策は無いか、其れを考え、何としても、領民
だけは守るのじゃ、と、其れが、最初でしたが、其れが、菊池、上田、松川までもが海岸に洞窟が
有るのです。
其れに、次は、山賀までが絡んでいるのですよ、私はねぇ~山賀にも洞窟が有ると思うのです。
若しも、若しもですよ、山賀にも洞窟が有れば、山賀から菊池まで洞窟で繋げる事が出来るので
有れば、其れを利用し、洞窟に巨大な倉庫と巨大な空間を作れば、全ての領民と家臣の全員が収容
出来る地下の大帝国が完成し、幕府からの攻撃が有れば、領民の全員を避難させる事が出来ると思
うのですが。」
源三郎の計画とは、余りにも無謀過ぎるのではないのだろう、その様な地下の大帝国を築く事が
果たして完成させる事が出来るので有ろうか。
「では、源三郎様は、領民も家臣達もその地下と申しますか、洞窟の大帝国で生活をすると申され
るので有れば、食料は、一体、どの様にされるのですか。」
「高野様、私自身、まだ、詳細まで考える暇が無かったので、其れには、余りにも多くの問題が発
生し、その問題を解決する事の方が先決だと考えております。」
確かに、源三郎の言う通りかも知れない。
源三郎は、野洲の問題を解決し、洞窟も完成した後、野洲の殿様を通じ、時を掛け、各藩を巻き
込むつもりが、野洲の工事に入ったところで、菊池、上田と野洲に関係する問題が発生し、更には
雪乃を妻とした事で松川と山賀の問題も発覚したので有る。
其れが、今、要約、解決に向かい始め、関係する上田、菊池、松川の責任者に近い者達に話をす
る事が出来たので有る。
「私は、今、要約と申しては怒られるかも分かりませぬが、阿波野様、高野様、そして、斉藤様に
お話しが出来る様になったので御座います。」
「では、源三郎様は、これから各藩に向かわれてお話しを煮詰められるのですか。」
「はい、ですが、その前に、皆様方の意見を聞きたく存じております。」
源三郎の、考えは余りにも突飛で、今まで、誰一人として、その様な事を考える者はおらず。
だが、源三郎は、必ず出来ると確信を持って要る。
その前に、阿波野達が源三郎の話をどの様に考えて要るのかを知りたいので有る。
「源三郎様、私は領民の為と申されたお話しに共感して要るので御座います。
確かに、領民の為ですが、私は、各藩の殿様を始め、家臣の全員が同じ目的の為に、必ずや成し
遂げると言う強い意志を最後まで貫き通すと言う事、そうですねぇ~、私は、血判状の様な書が必
要だと考えておりますが。」
「う~ん、やはり、血判状ですか、私も同じ事を考えておりました。
ですが、話しを、一度や二度、行なって、果たして、ご家中の皆様方全員が理解出来るでので
しょうか、阿波野様達は、私の話を直ぐ理解されると思っておりましたが、例えば、我らのお役目
とは全く関係の無いお役目に就いておられる方々には直ぐには理解出来ぬと思うのです。」
「う~ん、確かにその通りですよねぇ~、私は、阿波野様の申される事も正しいとは思うのです。
仮にですよ、腰元達は、其れに賄い処のお女中達は、私の申し上げる通りだとは、悪いとは思い
ますがね直ぐには理解されるとは思えないのです。」
「確かに、斉藤様の申される通りだと私も思います。
その為にも、私は、殿様やご家老様、ご重役方が早く理解され、その方々が中心となり、ご家中
の皆様方の理解を得る為、何度も説明して頂けなければならないと思いますが。」
斉藤や阿波野、高野は、源三郎の話が次第に確信に触れて行くのが分かった。
だが、果たして、殿様や重役方が直ぐ理解出来るとは限らない。
其れと、言うのも、今まで、殿様や家老達重役方が決定すれば、家臣の全員が従うと習わしが数
百年間も続きその事が弊害となって要る。
どの国でも、下級武士や腰元などに了解を得るなどは行なっていない、其れが、これからは、家
臣の全員が理解するまで説明を続けなければならないので有る。
その様な忍耐力を持った殿様や重役方が果たして要るのだろうか、その方が、遥かに困難な話だ
と阿波野達は思うので有る。
「阿波野様、高野様、斉藤様のご心痛は、私も十分に分かっております。
家臣達が理解する前に、殿様やご家老様達に理解させる、其れは、それ程、難しい話では有りま
せぬ、ですが、その方々が、ご家中の皆様方に対し説明を何度も致さなければなりませぬ、今まで、
数百年間も命令に従う方法が続いておりましたので、殿様やご家老様達が何度も同じ内容の説明を
される事の忍耐力が有るか、どうかと考えておられると思います。」
「確かに源三郎様のお話しは、余りにも突飛な為に直ぐ理解されないと思うのです。」
高野自身も、今、初めて聞いたので直ぐには理解出来ずに、だが今まで、源三郎とは、何度も話
をしていたのが幸いしたのか理解するまで多くの時を掛ける事は無かった。
だが、源三郎を知らない者達が、今の話を聴いたところで、この先も幕府は安泰だと、どれ程、
多くの家臣や領民が思って要る事かその者達に源三郎の話が理解出来るとは、いや、果たして出来
るのだろうか。
「まぁ~、皆様方、今から、余り深刻に考える話では御座いませぬよ、其れよりも、斉藤様、話は
変わるのですが、松川の陶器作りは長いのでしょうか。」
「はい、私が知っておりますところでは数百年前からだと。」
「ほ~、そんな昔からなのですか。」
源三郎は、話題を変えたいと思って要る。
「源三郎様、先程、山賀から松川まで山の中を掘り進むと申されましたが、では、掘り出した土は、
一体何処に捨てば宜しいでしょうか。」
「最初の内は分かりませぬが、掘り進むと大量に出て来ると思います。」
「その事で、私は松川の窯元にお話しを聞きたいのです。」
斉藤は、大量に搬出された土を何処に運べば良いのか、其れが、知りたいと、だが、源三郎の頭
の中では別の考えが有った。
「窯元の話を聴かれるとは、源三郎様、松川では、この数百年間で大量の陶器を破壊しております
ので。」
「斉藤様、今、申されましたが陶器の破壊とは、どの様な事なのですか、私達は城内で使う食器類
は大切に使っておりますが。」
「高野様、食器を大切に使って頂きまして有難う御座います。
私が申しました陶器類の破壊とは、陶器を作る職人達が丹精込めて作った陶器類を焼くのですが、
焼き上がった陶器が全てが良いとは限らないのです。」
「えっ、其れは何故なのですか、私は、全部売り出されると思っておりましたが。」
「高野様や阿波野様のお城にも高価な陶器類が有ると思いますが、職人達と言うのは、其れは、も
う大変な頑固者で、私達が良いと思っても、自分達の作った器が気に要らなければ全て壊しますか
らねぇ~。」
「え~、本当なんですか、では、安物と言いますと怒られますが、その様な物は。」
「職人達の中でも、まだ、若い人達は旅籠とか、まぁ~、一般の人達が使う様な食器を作ります。
でも、我々の様な素人が見ても分からないと思いますよ。」
「では、その壊した器の破片は何処に有るのですか。」
「其れがねぇ~、まぁ~、窯元によっては違うと思いますが、松川では別の所に捨て場が有りまし
てね其処には、う~ん、そうですねぇ~、今では大きな山になっておりますよ。」
「斉藤様、私は陶器の事は失礼とは思いますが、全く分かりませんので、少し教えて頂きたいので
すが宜しいでしょうか。」
「源三郎様、私も知らない事の方が多いのでお答え出来るか分かりませんが、どの様な事で。」
「実はですねぇ~、その破壊された破片ですが何かに利用されておられるのでしょうか。」
「私も、其れがどの様になって要るのか分かりませんが、松川ではその様な山が数十ヵ所も有りま
すよ。」
源三郎は、一体何を考えて要る、破壊された陶器の破片を一体何に使うと言うのだ。
「斉藤様、私はねぇ~掘り出された土と破片とを混ぜて有る物が出来ないか考えて要るのです。」
「えっ、一体、何を作るんですか、土と破片を混ぜて焼くと申されましたが。」
「はい、其れで焼いてですが、再び物は出来るのでしょうか。」
「でも、其れは、まぁ~多分無理だと思いますよ、私も素人なので詳しくは分かりませんが陶器に
使用するのは粘土ですから。」
「えっ、粘土で無ければ作れないのですか。」
「はい、土では粘り気も有りませんので、其れに粘土と言うのは土よりも細かいですよ。」
阿波野も初めて知った、だが、其れが普通で、やはり、専門の職人に聴く方が話は進むと。
「源三郎様、もう少し参りますと窯元が集まった所に行きますので、其処でお聞きになられますれ
ば如何でしょうか。」
山賀を出てから松川の領内に入り、海岸に向かう予定だったが、斉藤が言う様に窯元が近くに有
れば先に聴く事の方が良いと。
「では、先に、窯元に参りましょうか。」
「源三郎様、その前に、腹ごしらえを。」
「いゃ~、そうでしたね、斉藤様、この近くに茶店は御座いますか。」
「はい、後、半里も行けば有りますので。」
「では、先に参りたいと思いますので、阿波野様、高野様、申し訳御座いませぬが。」
「源三郎様、私達も全く知りませんので、良い機会ですから是非とも窯元さんのお話しを伺いたい
と思います。」
源三郎は、斉藤の案内で昼の食事を取る為茶店に入り、簡単な食べ物とお茶を頂き。
「では、源三郎様、参りましょうか。」
「はい、では宜しくお願いします。」
茶店から、半時も行くと窯元が集まる所へと着いた。
「源三郎様、何軒か回る方が宜しいかと思いますが如何でしょうか。」
「はい、私も、出来るだけ多くの窯元さんを知りたいので、斉藤様にお任せします。」
「では、前に見えます、窯元へ。」
源三郎は最初の窯元に入った。
「ご免。」
「はい、何か、ご用でしょうか。」
「実は、陶器の事で、少し話しを伺いたいのですが宜しいでしょうか。」
「はい、どうぞ。」
この窯元は、老齢だが頑固な職人だと見えた。
「まぁ~、座って下さい。」
「有難う御座います。」
源三郎は、初めて見る窯元で有る。
「其れで、お侍様は、一体、何をお知りになりたいのですか。」
「ご主人様ですか。」
「はい。」
「お忙しいところ、誠に申し訳有りませんが、ご主人が作られております、陶器の事で、これは失
礼しました、私は源三郎と申します。
其れで、陶器を作られておられるのですが、その使用されぬ物の事で。」
源三郎も分からない事だらけで、どの様に聴いて良いのか分からずに使用する粘土の事を聴きた
いので有る。
「お侍様、わしの作る、器に使う粘土は特別に細かい粘土なんですよ。」
「粘土にも種類が有るのでしょうか。」
「そりゃ~、色々と有りますがね、で、一体、何を作るんですか。」
窯元は作る物により、使う粘土も変わって来るのだと、窯元は其れよりも、侍が直接器の注文に
来たと思ったのだろうか。
「実はねぇ~。」
源三郎は、作る物を、身振り手振りで伝えると。
「えっ、何ですか、その四角い物って、一体、何に使うんですか。」
「はい、では、今から説明させて頂きますので。」
源三郎は、窯元に詳しく説明を始めると。
「えっ、じゃ~、何ですか、焼き物をその洞窟の中に使うんですか。」
窯元も、正か、山に洞窟を掘り、その内部に落盤防止用に使うとは思っても見なかった。
「はい、其れで、窯元さんに直接お話しを伺えば良いと思いましたので。」
窯元は、驚くと言うよりも、呆れた顔で。
「お侍様、わしも長い事器を作ってきたがねぇ~、何だって、山に洞窟を掘り、落盤を防ぐ為に、
その何て言った、その四角い物は出来ないかって、わしの作る器はねぇ~他の職人には真似の出来
ない特別な物を作ってるんだ、わしの作る器はねぇ~、大名のお殿様が買う為の器なんだそんなも
訳の分からない物は作らんよ。」
「ご主人、私が、悪かったです。
私は、何も、ご主人が作られて要る様な高価な物では無く、其れよりも、私はねぇ~、松川の農
民さんや漁師さん達、領民の為に山に洞窟を掘るんですよ、確かに、ご主人の申されている事も理
解しておりますよ、ですがねぇ~、後、十年もすれば、今の幕府は崩壊するのですよ。」
「えっ、何ですって、今の幕府が亡くなるんですか。」
源三郎は頑固そうな窯元に思い切った話をする。
「はい、私は、今の幕府は、この十年もすれば崩壊すると思っております。
其れにですよ、次にどの様な幕府か、其れとも全く新しい政府が出来るのかも分かりません。
私はね、何もご主人の作られている器を否定して要るのではないのですよ、私はどの様な器が高
価なのかも分かりません。
其れは申し訳ないと思っておりますよ、ですが、ご主人もですが、この窯元には、ご主人だけで
仕事をされて要るのでしょうか。」
「いいや、わしの息子や家族も居るし、其れに可愛い孫も居るよ。」
「そうだと思いますよ、ねぇ~、ご主人もまだ、お若いですからねぇ~、二十年や三十年間はお仕
事をされると思いますよ。」
窯元はにやりとした。
「でも、でもですよ、その十年後に出来た新しい組織の人達の全てが、ご主人の作られた高価な器
だけを買われると思いますかねぇ~。」
「う~ん、其れは何とも言えんなぁ~。」
窯元も少しづつ、源三郎の話を聴く様になって来た。
「先程も申しましたが、私も、今、此処に要る者達も、ご主人の作られる器を否定してはおりませ
んが、新しい組織が、幾ら、ご主人の器が良いと知っておられても、必ず、買うと思いますか。」
「う~ん、だがなぁ~、わしは、何としてでもこの仕事を続けたいんだ。」
「私はねぇ~、ご主人だけでなく、此処に居られる皆様の子供の代、孫の代までも仕事を続けて頂
きたいと思って要るのです。
ですが、続けて行く為には、誰もが続けて行ける仕事の中身も必要では有りませんか。」
「其れじゃ~、お侍様は、その何とか言う訳の分からない物を作れと言われるんですか。」
「はい、その通りですよ、何れ我々の様な武士の時代は終わりますがね、我々には、ご主人の様な
仕事が無いのです。
其れに、私も、ご主人も、何れこの世の中から消える運命に有りますが、ご主人が亡くなられた
後も、子供さんや可愛いいお孫さんが居られ、その人達が生き残る為には、例え、今のご主人が納
得出来なかったとしても、新しい物を作る事でお孫さん達が生き残れるのですよ。」
「う~ん、お侍様の言われる事も分かるんですが、だがなぁ~。」
源三郎の話は、今の生活の為では無く、子供や孫の時代の話なので窯元も分かって要る。
其れでも、この窯元は相当な頑固者で簡単には納得しない。
「だけど、その新しい組織ってのは、どんな事をするんだ、正か、わしの仕事を取り上げるんじゃ
ないだろうなぁ~。」
「其れは、私にも分かりませんがね、ご主人の作られている高価な物ですが、相当な数で売れるの
ですか。」
「そんな事は分からんよ、わしが、納得した物で無ければ売らないからなぁ~。」
「ですがねぇ~、其れが、全く、売れなくなったら、ご家族や、この仕事で働いて要る皆様方は、
一体、どの様にして食べて行けるのですか。」
「其れは、わしが蓄えた金子を出して行くよ。」
後、もう少しだと、源三郎は思った。
「そうだと思いましたよ、私が申し上げたいのは、年間を通して売れる物を作られては如何ですか
と。」
「でも、其れが売れるって保証は有るんですか。」
「はい、勿論有りますよ、これからはね、この物が必要になるのですからねぇ~。」
「お~い、居るか、あっ、お客様だ。」
「いいんだ、で、何か用事なのか。」
「うん、済まない、少し用立てて欲しいんだ。」
「なぁ~んだ、又か、お前はなぁ~、仕事を選ぶから駄目なんだどんな仕事でも受けるんだ。」
「う~ん、其れは分かってるんだがなぁ~。」
この人物は何者なのか、だが、窯元はこの人物に対して、源三郎と同じ意味の話をした。
源三郎は、その話を聴き、これで間違い無く行けると確信した。
「ご主人、このお方は。」
「はい、左官屋ですが。」
「ご主人、今、この左官屋さんに何と申されましたか。」
「えっ、わしは、仕事を、あっ、そうか。」
「ご主人、分かって頂けましたか、こちらの左官屋さんと同じなのですよ、左官屋さんは仕事を選
ばれますが、ご主人は、売る物を高価な物だけだと選ばれておられます。」
「ねぇ~、親方、こちらのお侍様は。」
「うん、わしに、他の仕事もするんだと言われてるんだ。」
「うん、其れは、オレと一緒だ、親方の作った器は高いが、まぁ~、余り売れないんだけど。」
源三郎は、この時、この左官屋も引き込む事を考えた。
「失礼ですが、左官と言う仕事ですが。」
「お侍様、オレの仕事は壁の上を美しく作り上げる仕事なんですよ。」
「では、少し聴きたいのですが、私は、左官屋さん達の仕事は分かりませんので。」
「お侍様、何を知りたいんですか。」
「実はねぇ~、私は。」
源三郎は、用意した筆で紙に下手な絵を書いた。
「あの~、お侍様、これは、一体、何んですか。」
左官屋は、源三郎の書いた絵が理解出来ない。
「源三郎様、宜しいでしょうか。」
「はい、お願いします。」
阿波野が説明すると。
「えっ、何ですって、この洞窟の落盤をって、で、その落盤が起きると、洞窟は、一体、どうなる
んですか、其れに中で作業している人達は。」
「其れがねぇ~、中で掘削工事をされて要る作業員全員が落盤で埋まり死にます。」
「えっ、人が死ぬんですか。」
「はい、ですが、私はこれが有れば、人の命も救われるのではないかと考えたのです。」
「えっ、じゃ~、落盤が起きてもこの何とか言う物が有れば止める事が出来るんですか。」
「まぁ~、全てと言う事は無理でしょうが、でも、大幅に減らす事は出来ると思っております。
其れで、今、窯元さんに、その物を作って頂けないかとお願いをしているんですがねぇ~、でも、
窯元さんもね左官屋さんと一緒で仕事を選ばれておられましてねぇ~。」
「其れじゃ~、親方が作って、このオレが、その洞窟が崩れない様に仕上げるんですか。」
「はい、私は、何とか出来ないか考えて要るのですが、左官屋さん出来るでしょうか。」
「いゃ~、オレだって、出来るか、出来ないか、其れは分からないんですが、う~ん、でも、これ
は、大工も一緒になって考えないと簡単には出来ないと思うんですがねぇ~。」
「其れじゃ~、左官屋さんの知っておられる大工さんにも相談して頂きたいのですが、でも、私は、
何も無理にとは申しませんのでね、あっ、そうだ、其れが出来るまでの手当ては、私が出しますの
でね。」
源三郎は、懐から金子の入った紙入れを出すと。
「これで、如何でしょうか。」
「わぁ~、こんな大金を。」
「まぁ~、宜しいですよ、これで不足ならば、松川藩から持って来ますのでね。」
「えっ、お侍様達は松川藩の。」
「いいえ、私は他の国から来ましたが、こちらの斉藤様は松川藩のご家中ですから。」
「じゃ~、お城から来られたんですか。」
「はい、勿論ですよ、其れで、一度、これを作って頂きたいのですがねぇ~。」
「親方、オレはやって見たいんだよ。」
「だけど、若しも作れなかったら、お前もわしも首が飛ぶぞ。」
「ご主人、私は、例え、出来なかったとしても、その様な打ち首にしようとは思っておりませんよ、
まぁ~、其れよりも何とか作って頂きたいのですが、そうすれば、この城下の領民が生き残れると思うの
ですが。」
「親方、その領民が生き残れるって話は。」
「まぁ~、その話は後からするから、じゃ~、一度、作って見るか。」
「ご主人、左官屋さん、何卒宜しく願いします。」
源三郎は、何時もと変わらぬ様に深々と頭を下げた。
「お侍様、わしらの様な者に頭を下げるなんて。」
「いいえ、私はねお二人に無理なお願いをしているのですからね当たり前ですよ。」
「何て、お侍様何んだ。」
斉藤はと言うと少し驚いた、今までその様な侍を見た事が無い。
これが、農民や漁師達を見方に付けるのだと思った。
阿波野も高野も源三郎と同じ様に頭を下げて要る。
「では、申し訳有りませんが、宜しくお願いしますね、我々は城に戻りますので。」
「はい、承知しました。」
窯元の家を出ると。
「源三郎様、では、別の窯元の。」
「いいえ、其れは、必要有りませんよ、あの人達に任せたのですから、其れよりも、海岸に向かい
ましょうか。」
「はい、では、此処から丁度、二里の所ですので。」
「では、参りましょうかねぇ~。」
源三郎は、何故、別の窯元の所へ行かないのだろう、其れに、今の窯元は、松川の窯元の中でも、
一番の頑固者でその頑固者と左官屋、其れに、左官屋の知って要る大工まで巻き込んだ、斉藤は、
感心するよりも呆れて要る。
だが、源三郎の思いは、果たして通じたのだろうか、源三郎が考えた物が出来、左官屋と大工達
が共同で作ると言う物は、一体、どの様な物なのか。
源三郎は、別に不安は無いと言う顔で海岸へと早足で向かって要る。
「阿波野様、源三郎様は、あの様に、何時も領民に対して頭を下げられるのですか。」
「私も、最初は驚きましたが、源三郎様は、特に、領民に対しては出来るか、出来ないかは別とし
て、侍と言う立場で頼んで要るのではない、人間として無理をお願いして要るのに頭を下げるのは
当然だと申され、私も源三郎様の申されるのは、正しいと思い、今は領民に対しても頭を下げる事
には平気になりましたよ。」
「斉藤様、源三郎様と言うお方は、例え、相手が侍の、其れも下級武士に対しても同じですよ、
ですから、私も藩の重役よりも、下級武士に対しては丁寧にお話しをさせて頂いております。
そのお陰と申しますが、今では、我が藩の者達は領民から信頼を得る様になったのです。」
「そうでしたか、私も見習わなければなりませんねぇ~。」
「まぁ~、最初は抵抗は有りますが、何度も繰り返しますと、自然に其れが当たり前になりますか
らねぇ~、今から、海岸に行かれますが、源三郎様の事ですから直ぐ分かりますよ。」
其れから、五町も歩くと、少しづつ登りに入って来た。
「斉藤様、これから登りに入るのですか。」
前方は、左右から山が迫り、その向こうが海だ。
「はい、あの山の中腹くらいまで登り、其れからは下りになります。」
「では、峠になって要るのですか。」
「はい、この道は人通りも少なく、浜の漁師と城下の魚屋が通るくらいだと思います。」
「そうですか。」
源三郎は、何かを考え始めた。
「う~ん、其れにしても、何か良い方法は無いか。」
途中からの登りが更に厳しくなり、其れでも、源三郎は、何かに動かされている様に登る。
「これは、大変ですねぇ~。」
「はい、私も長い間通っておりませんので。」
斉藤の言う通りで、峠の道は余程人の往来が少ないのだろう雑草が生えて要る。
この峠道には荷車の通った跡が残って要る為に道だと分かるが、そうでなければ直ぐには分からない。
その後、源三郎達の口数も少なくなり、長く、厳しい登りが続いたが、其れでも、要約、峠の頂
上に着いた。
頂上からは海が見え、小さな漁村も見え、海岸は砂浜の様だ、下りは早く、源三郎達は峠を下り、
浜に着いた、久し振りに潮の香がする、浜に着いた源三郎は、早速、浜で網の繕いをしている漁師
を見付け。
「あの~、お忙しいところ恐縮ですが、突然で驚かせました。」
源三郎は、若い漁師に頭を下げると。
「あの~、今日は不漁だったのですか。」
「えっ、何がですか。」
「私は、少しお話しを聴かせて頂きたいのですが。」
「ですから、今日は不漁で何もないんです。」
源三郎と漁師の話しは、全く噛み合わない。
「申し訳有りませんが、一体、何の話しなのでしょうか。」
漁師は不機嫌そうな顔で。
「お侍様、今日は不漁なんで、何もお渡しする魚が無いんですよ。」
何と、源三郎は、誰かと間違われた。
どうやら、松川の藩士が、この漁師から魚を代金も払わず持ち帰って要るらしい。
「申し訳有りませんが、私は源三郎と申しまして、今、漁師さんの言われております意味が全く分
かりませんのでお話しを聴かせて頂けますか。」
「えっ、じゃ~、魚を取りに来たんじゃ~。」
「はい、私はこの浜には今日が初めてなので。」
「あ~、そうだったんですか、オラは、また別のお侍様が魚を取りに来たと思ったんです。」
「侍が、魚を取りに来たのですか。」
「はい、オラ達が苦労して獲った魚を好きなだけ持って帰るんですよ。」
「えっ、其れで、その魚の代金は。」
「お侍様、そんなの一度も無いですよ。」
「代金を払わずにですか。」
「はい、そうなんですよ。」
「其れは、申し訳有りませんねぇ~、私がお支払い致しますので。」
源三郎は、頭を下げ懐から金子を出し。
「其れで、代金は幾らになりますか。」
「えっ、お侍様が払ってくれるんですか。」
「はい、私も同じ侍として、漁師さんに迷惑をお掛けしましたので、私がお支払いします。」
「だけど、分からないですよ、殆ど、毎日の事ですから。」
斉藤も唖然としている、何と、毎日、藩士は、漁師が苦労して獲って来た魚を奪い取るとはこれ
は許す事は出来ない。
「では、取りあえず、これで、宜しいでしょうか。」
源三郎は、五枚の小判を出すと。
「お侍様、こんな、大金を貰っても。」
「宜しいですよ、では、その侍ですが、今日は、まだ、来てないのですね。」
「はい、今日は本当に不漁で、また、次も漁に行くので網の繕いをしてるんです。」
「そうでしたか、其れは大変ですねぇ~、其れで、漁師さんに少しお聞きしたいのですが宜しいで
しょうか。」
「オラの知ってる事だったらいいですけど。」
「そうですか、申し訳無いですが、この入り江に洞窟は有るのでしょうか。」
「洞窟って、海の傍に有る、穴の事ですか。」
「はい、その通りですよ。」
「ええ、有りますよ、其れが何か。」
「では、その洞窟はどの辺りに有るのでしょうか。」
「う~ん、そうだなぁ~。」
漁師達は立ち上がり入江の左右を指差し。
「お侍様、こっちに、二十個、其れで、あっちに十個以上は有りますよ。」
「へぇ~、其れはまた凄いですねぇ~、其れで、その洞窟は大きいと言いますか、奥はどれくらい
まで有るのでしょうか。」
「こっちの二十個だけど、半分以上は、そうだなぁ~、一町、いや、二町は有りますよ。」
「えっ、そんなに奥まで有るのですか。」
「うん、其れに、中も広くて天井も高いんで、オラ達、海が時化ると、この浜に帰るよりも洞窟の
中に入るんですよ。」
「其れが良いと思いますねぇ~、其れで有れば、入り口は広いのでしょうかねぇ~。」
「うん、広いよ。」
「その入り口は、あの外海からは見えるのですか。」
「いゃ~、全く見えないですよ、入り口の前には大きい高い岩が有りますから、この浜の漁師達は
知ってますが、其れに、大きな船はもっと沖を通りますから。」
源三郎は、その洞窟を直ぐにでも見たいのだが、その時。
「あっ。」
漁師が叫んだ。
「どうされたのですか。」
「はい、あのお侍様が。」
源三郎が振り返ると十五人程の役人らしき侍が浜に向かった来た。
「お侍様、あのお侍様達が何時も来る人達です。」
「何ですと。」
斉藤達も振り返ると、其れは、城下の役人で十五名の者達だ。
「失礼ですが、貴殿達は、この浜にどの様な用事で来られたのですか。」
「拙者は。」
一番、前の役人は其れ以上何も言わず。
「私は、殿のご命令で、この漁村に来て今貴殿達の話を聴いたが。」
「何、一体、貴殿達は。」
「我々は、松川藩の城の者だが、貴殿達はご城下の役人と見たが。」
「其れが、何か。」
「貴殿達は、此処の漁師さん達が苦労して獲って来た魚を奪って帰るそうだなぁ~。」
すると、後ろの若い役人は。
「私達は、今日が初めてで、浜の漁師が魚をくれると聞きましたので、其れで今日。」
「お侍様、後ろの五人のお侍様は今まで見た事が有りませんが、他のお侍様は、毎日、来られてい
ますので。」
「分かりましたよ、貴殿達はお役目を果たさず、漁師さん達の魚を奪うとは許せぬ、城に帰り殿に
報告するので、全員自宅で謹慎を命ずる、今から、直ぐに帰れ。」
役人達は、其れ以上反論する事も無くそのまま急ぎ足で戻って行く。
「漁師さん、誠に申し訳無い、私が責任を持って処罰しますのでどうかお許し下さい。」
斉藤は、漁師達に頭を下げた、その姿を見て。
「斉藤様も、要約、お仲間になられましたなぁ~。」
「えっ、私は源三郎様が自然になさっているのを拝見しておりましたので、でも、今は、何も考え
ず自然に出来ました。」
「斉藤様、其れが、一番大切だと私は思っておりますよ、強制されたのでは相手に本当の事は伝わ
りませんが、其れが自然に出来るならばもう本物ですよ。」
傍では、阿波野も高野も頷き、ニコッとした。
「斉藤様、良かったですねぇ~。」
「はい、私は、これからも本気で相手のお方に伝えます。」
「あの~、お侍様、なんで、オラに頭を下げられるんですか、オラは漁師で、お侍様とは身分が違
いますから。」
「漁師さん、私は源三郎と申しますので、これからは、源三郎と呼んで下さいね。」
「えっ、でも、お侍様に向かって、そんな事は。」
「宜しいんですよ、私はねぇ~誰からも源三郎と呼ばれておりますので。」
「じゃ~、源三郎様、オラは漁師のえいじって言います。」
「えいじさんですか、其れで、さっきの話しですがね、私はね相手が漁師さんでも農民さんでも同
じなのですよ、私の知らない事を教えて頂いた時は有難う御座いますと頭を下げるのが当たり前だ
と思っておりますので何も気にされずにして下さいね。」
「源三郎様、でも、さっきの、お侍様達は、一体どうなるんですか。」
「斉藤様、処罰はどの様に。」
「はい、普通で有れば切腹になると思いますが。」
「えっ、あの人達は切腹になるんですか。」
「まぁ~、其れは仕方が有りませんよ。」
「でも、魚と言っても此処の海は大漁の時なんか今までに一度も無かったんですよ、だから何時も、
お一人が五匹か十匹なんで。」
「えいじさん、何匹を言う問題では無いのですよ、其れはねぇ~、漁師の皆さんが苦労して獲って
来られたのですよ、其れを、代金も払わずに持って帰るというのは、盗人のする事で許す事は出来
ませんのでねぇ~。」
「でも、切腹って。」
「まぁ~、えいじさんが心配する事では有りませんからねぇ~、其れよりも、えいじさん、申し訳
無いのですが今から洞窟に行く事は出来ないでしょうか。」
「源三郎様、其れが、もう直ぐ海が荒れてきますので今日は無理ですよ。」
「其れじゃ~、何時頃になりますかねぇ~。」
「う~ん、今夜は相当荒れますので明日も無理だから、明後日ではどうですか、明後日なら海も静
まりますので。」
「そうですか、では、明後日の、で、時刻は。」
「う~ん、オラ達が戻って、そうですねぇ~、朝の四つ半では。」
「はい、分かりました、では、明後日の朝、四つ半ですね、必ず、寄せて頂きますのでね宜しくお
願いします。」
「じゃ~、お待ちしてます。」
源三郎は、えいじ達に礼を言って松川の城へと戻って行く。
「斉藤様、先程の役人達ですが、どの様な処罰をされるのですか。」
「私は、先に殿に報告しご裁断を仰ぎますすが、殿が、どの様なご裁断をされるのか分かりません
ので、処罰は殿がお決めになると思うのです。」
「はい、私も其れで良いと思うのですが、その者達の上役は如何なされるのですか。」
「はい、私は町奉行にも重大な責任は有ると考えておりますので。」
「部下の監督責任ですねぇ~。」
「はい、例え知らなかったとは言え、奉行は部下の行動を把握すると言う最も重要なお役目が御座
いますので。」
さぁ~、松川の殿様は、十人の役人達の処分を、一体、どの様に下すのか、そして、町奉行の監
督責任は、一体、どの様になるのか。
「斉藤様としては、どの様な処分が妥当だと考えておられますか。」
阿波野と高野は、源三郎が下す処分は多分だが髷を切り落とすだろうと、だが、その後の事まで
は分からないと思って要る。
「私も、どの様な処分が妥当なのか分からないのですが、あの者達は盗人と同じで、考え方を変え
れば盗人よりも厳しい処分が必要だと考えております。」
だが、源三郎は今度の計画を考えており、その者達を現場で相当長期間働かせる事も考えて要る。
「斉藤様、話は変わりますが、この峠ですが、私が計画しました洞窟の掘削ですが、先程窯元さん
達にお願いしました物を最初に使う所を探していたのですがね、この峠で最初に使ってはと今思い
付いたのですがねぇ~。」
「えっ、この峠を掘るのですか。」
「はい、松川の城下を少し離れておりますが、この峠を掘り進んで行き、窯元さんに作って頂いた
物を此処で使うと、一体、どの様になるのか其れを見聞出来ると考えたのですが。」
「源三郎様は、最初からそのつもりだったのですか。」
「いいえ、其れは有りませんよ、先程、この峠を歩いて思い付いたものですから、この峠を掘り進
みその物を利用すれば外からは見えない様になるのではと考えたもので。」
「では、其れが完成すると峠を登らずに海岸まで行けると言う事なのですね。」
「はい、出来ればですが、其れと、海岸の洞窟を見てですねぇ~、山賀から掘り進める洞窟と言う
よりも隧道と結び付けたいのです。」
「えっ、洞窟とこの山に掘る隧道を繋ぐのですか。」
「はい、その通りですよ、まぁ~、これが、完成すると山賀で収穫したお米は街道を通らずに隧道
を通り松川まで届ける事が出来るのですから、其れと、隧道内に作る数百の倉庫に隠せると言う訳
ですよ。」
何と、峠を掘り進めるだけでなく、松川の海岸に有る洞窟を掘削し、山賀から掘る隧道と直結し、
中には数百の倉庫までも造ると言う壮大な計画を話したので有る。
だが、源三郎の計画が余りにも壮大な為に、果たして完成させる事が出来るのだろうかと、斉藤
は思うのだが、源三郎が自信を持った話に反論よりも唖然としている。
その様な話をする内に松川の城下に入り、源三郎達は城へと向かった。
話は少し戻り、斉藤から謹慎処分を申し渡された十人は奉行所の上司にどの様な説明をしていた
のだろうか。
「お奉行、実は。」
「うん、一体、どうしたと言うのだ、え~、お主達、何が有ったのだ。」
十人の役人達は、一体、どの様に説明して良いのか分からない。
「一体、どうしたと言うのだ、早く話せ。」
「はい、実は、先程。」
と、一人が、奉行に全てを話した。
「何だと、お前達は一体何を考えて要るのだ、其れでは全く盗人では無いか、え~。」
「はい、其れで、斉藤様からは殿に報告するので、其れまで間自宅謹慎を仰せつかりました。」
「其れでお前達は私に報告に来たのか。」
「はい、左様で御座います。」
「よ~し、分かった、だが、どの様な処分を申し浸かるか分からぬぞ、良いか。」
「はい、承知致しております。」
「お前達は何と言う馬鹿な事をしたのだ、僅かの魚が欲しかったのか、其れとも、役人だから誰で
も言う事を聴くとでも思ったのか。」
役人達が気付いた時には遅く、彼は市中見回りの役人で本来ならば市中の安全を守るのがお役目
で、其れが、今は反対の立場になって要る。
お奉行は、斉藤が報告に行く前に殿様に報告する事を考え。
「わしは今からお城に上がり殿に報告する、わしが帰るまで此処で待っておるのだ、分かっておる
のか。」
日頃は役人風を吹かせて要る十人は何も言う事は無い。
後は、殿様から処分を申し渡されるのを待つだけで、其れこそ針の寧ろに座って要る様だ。
お奉行は、大急ぎでお城に向かったが、一足遅かった。
「殿、只今、戻りました。」
「お~、斉藤か、源三郎殿も阿波野殿、高野殿も大儀で有った。」
「殿、やはり、源三郎様が思われました通りで鬼家老の息子が。」
「うん、其れは、昨日、鈴木殿と上田殿から聴いたが、鈴木殿も上田殿も、其れよりも、源三郎殿
の顔が一番恐ろしかったと申されておりましたぞ。」
「えっ、私がで御座いますか。」
「はい、私も、あの時、源三郎様が誠の鬼かと思いましたよ。」
「私が、鬼ですか、いゃ~、これは、参りましたなぁ~。」
源三郎は、大笑いしたが。
「鈴木殿は家老の息子を沖に沈めたと申されましたが。」
「あ~、あれですか、私は、山賀の城内を汚れた血で汚すなどとは出来なかったので、其れに、こ
の者を生かせて置くと、後々、余計な面倒を引き起こすと思いましたので、まぁ~、今頃は、あ
の世で親子仲良く話しをしている事でしょうなぁ~。」
まぁ~、何とも恐ろしい源三郎だ、顔色も変えずに言うのだから。
「でじゃ、その後、山賀の家臣達には何と申されたのじゃ。」
「はい、話は実に簡単で、まず、松川の若君を山賀の姫様へ、まぁ~、一応表向き若君様には婿養
子と言う事で話しをしております。」
「其れは、松之介と言うのじゃな。」
「はい、ですが、今、山賀には家老がおりませぬので吉永様にはご無理をお願い致しまして暫定的
にですが若君の到着を待ちまして家老の要職に就いて頂き、其れと、上田からと菊池からの四名の
方々に付きましても、勘定方などの要職に就いて頂き、まずは、山賀の腐敗した体質を改善して行
きたく存じておりますが。」
だが、よ~く、考えて見ると、上田の二人も菊池の二人も藩では勘定方の役職に就きながら幕府
の密偵だった、その様な者達が果たして、山賀の体質を改める事が出来るのだろうか。
「斉藤、だが、山賀の者達は相当反論したで有ろう。」
「殿、其れが、源三郎様の申されます事には反論も出来ず、其れにですが、源三郎様の脅かしには、
私も震え上がりました。」
「何じゃと、源三郎殿の脅かしたと言うので家臣達は何も申せぬと申すのか。」
「殿は直接聴かれてはおられませぬが、私は源三郎様の申されました内容が余りにも恐ろしかった
のです。
左様で御座いましたなぁ~、阿波野殿、高野殿。」
「殿、私も高野様も源三郎様はお優しいお方で、どの様な事になろうとも太刀は抜かないと思って
おりましたが、源三郎様の太刀は木剣で、其れも、見事な一刀で、山賀のバカ息子の両足が粉々に
なったので御座います。」
「殿、源三郎様は、一刀流の達人なのです。」
「何じゃと、源三郎殿は一刀流の達人じゃと。」
「はい、一刀流の達人に刃向かう様な者達は山賀にはおりませぬ。」
「のぉ~、斉藤、一度、立ち会っては如何じゃ。」
殿様はニヤリとしたが。
「殿、何と言う恐ろしい事を申されるので御座いますか、私は、あの時、自然体の源三郎様を見て
おりましたが一部の隙も無いのでございますよ、その様なお方に私の抜刀術などはとてもでは御座
いませぬが刃が立ちませぬ。」
殿様は、斉藤でも無理だと知った。
「そうか、其れで、その後は如何したのじゃ。」
「はい、源三郎様は、全ての家臣の中にお女中も腰元も含めてですが、全員に話され、松川の若君
様は二日後には山賀に入城するので、其れまで皆で話し合いをして結論を出せと申されまたので御
座います。」
その時、奉行が息を切らせて入って来た。
「殿、あっ。」
町奉行は、もう駄目だと感じた。
「森山、如何致したのじゃ、青い顔して。」
「殿、申し訳御座いませぬ。」
「う、一体何の話じゃ、余は、まだ、何も聞いておらぬぞ。」
「殿、私の報告が遅れておりました。」
「斉藤、何が有ったと申すのじゃ。」
「はい、先程、浜に奉行所の同心達と思われます役人が十五名参りまして、その中の十名が漁師さ
んが獲って来られました魚の大半を奪い取る様にして持ち帰ったと言うので御座います。
其れも、殆ど毎日だと、漁師のえいじさんの話です。」
「何じゃと、町奉行の同心達十名が漁師から魚を奪い取るだと、其れも、毎日とな、一体、何と言
う事じゃ、森山はその事を知らせに参ったと申すのか。」
「はい、左様で御座います。
拙者も、つい、先程、話を聴きましたので、殿にご報告せねばならぬと思い。」
「だが、斉藤達は、何も申してはおらぬわ、余も、今、初めて聴く話じゃ、して、森山は、何とす
るのじゃ、町奉行の同心と申せば市中の見回りが役目では無いのか。」
「はい、左様で御座います。
其れで、話しを聞きますと、どうやら、お互いが示し合わせて漁村に向かっていたと。」
「森山、其れは、大事なお役目をせずにじゃ毎日行っておったのか。」
「はい、その様で、しかも、一度に数匹と申しておりますが、十名ともなれば不漁なれば水揚げも
少なく、その様な時には全てを持ち帰ったと申しております。」
「殿、源三郎様と私達は、海の洞窟を見る予定だったのですが話しの途中でその十名と、更に、若
い同心五名が来ましたので、えいじさんから話を聴き、私の独断で御座いますが、殿からのお呼び
出しが有るまで自宅にて謹慎せよと申し付けました。」
「左様で有ったのか、森山は何とするのじゃ。」
「はい、私も判断に困っております。
一人や二人では無く、十名の同心を一度に切腹させる事も出来ず、さりとてこの間々自宅謹慎だ
けならば、又、何れ同じ過ちを犯すやも知れませぬので。」
「森山、打ち首に致せ、その様な者達を生かせて置く訳にも行かぬ、直ぐにじゃ、直ぐ奉行所に戻
り、即刻打ち首に致せ、余は、許さぬ。」
「殿様のお気持ちは、私も同じで御座います。
その者達は盗人ですので、まぁ~、よくて打ち首、悪ければ張り付け獄門首でしょうなぁ~、で
すが、殿様、本人は其れで宜しいのですが、何も知らぬ奥方や幼い子供は如何されますか、まぁ~、
確かに、この者達が持ち帰った魚は奥方も食されて要ると思いますが、正か、同罪と申されるので
は無いのでは御座いませぬでしょうか。」
「う~ん、じゃがのぉ~、この者達を許すと後々にのぉ~、源三郎殿はどの様に。」
「はい、其れは、十分に承知致しておりますが、この一件、この源三郎にお任せ頂く事は出来ませ
ぬでしょうか。」
「何じゃと、源三郎殿に任せよと申されるのか。」
「はい、左様で御座います。」
「う~ん、じゃがのぉ~。」
殿様は、源三郎が何を考えて要るのか、全く分からず、傍の、阿波野と高野は直ぐに分かった。
「お奉行様、少しお頼みが御座いますが宜しいでしょうか。」
「拙者に頼みとは、どの様な事で、御座るので。」
「はい、では、農作業の作業着を五十着程、其れと、土を掘り返す道具を五十人分を今日中に揃え
て頂きたいのですがねぇ~。」
さぁ~、始まったぞ、源三郎の次なる計画が、だが、一体、何に使うのか、阿波野も高野も其れ
までは分からないので有る。
「農民が着る着物を五十着とは、一体、何に使うのじゃ。」
「殿様、私にお任せ下さいませ、お奉行如何で御座いますか。」
「う~ん、ですが、奉行所にはその様な物は御座いませぬが。」
「はい、勿論、承知致しておりますので、ご城下で集めて頂きたいのですがねぇ~、同心から与力
達を通じて十手持ちに申して頂ければどの様にでもなると思いますが、まぁ~、其れが出来ぬと申
されるならば、この十名とご家族共々、殿が申されますように、そうでした、お奉行も含めて、打
ち首になりますが、其れでもお奉行は宜しいのでしょうか、お奉行は部下のお命を助ける気持ちが
御座いますれば、明日の全員登城までにはお手配して頂きたいのですがねぇ~。」
何と、何時もの、源三郎の脅しだ、だが、奉行は全く信用していない。
「何と、貴殿は拙者を脅すと申されるのか。」
「いいえ、そうでは御座いませぬ、お奉行にも上役としても責任が御座いますが、まぁ~、其れも、
一緒に私が処理致しますので。」
「お奉行、源三郎様は、お奉行が思われている様な優しいお方では御座いませぬ。」
「ですが、急に揃えるとなれば。」
「はい、ですが、源三郎様のお考えの中に有る事と、私やお奉行が考える事は全く違い、今の私で
は、一体どの様になるのか、全くと言って良い程想像が付きませぬが、今、源三郎様が申されまし
た物は何かに使われますので、何卒、明日の一斉登城の前には揃えて頂きたいので御座います。」
「のぉ~、森山、斉藤の申す通りじゃ。」
「お奉行、源三郎様は、野洲藩、筆頭家老のご子息で、ですが、源三郎様は、氏を名乗らず、お名
前だけで通されているのです。」
「う~ん、なれど。」
「お奉行、源三郎様は、野洲藩、筆頭家老のご子息で、ですが、源三郎様は、氏を名乗らず、お名
前だけで通されているのです。」
「う~ん、なれど。」
「お奉行、今、源三郎様はこの松川藩の隣国の山賀藩、更に、上田藩に菊池藩に至るまで、我らが、
今までに手の出せなかった幕府の密偵達を悉く捕らえられお陰でこの五つの国が助かったので御座
います。
そして、今日、先程申しました、漁村に行き新たな策を講じる予定だった所へ、同心の十名と若
手が着て、新たな問題が発覚し、今、その問題を解決されようとされて要るのです。
若しも、源三郎様のやり方に不満が有るならば、先程、殿が申されました通り打ち首にされでも
宜しいのでしょうが、其れに、奉行も大きなが責任有り、切腹させろと、殿は申されておられます
が如何でしょうか。」
斉藤も大芝居を打った、お奉行の顔色も変わり、同心の行なった悪事で我が身も切腹になるとは
考えもしなかったのだろうが、部下の犯した問題は余りにも大きく、直属の上役でも有るお奉行も
責任を取らなければならない。
「殿、拙者、直ぐに戻り、今、申されました道具を揃えましてあすの登城には。」
「まぁ~、お奉行様、少しの遅れは問題は御座いませんので、何卒宜しくお願いします。」
源三郎は、改めて奉行に頭を下げた。
「では、拙者はこれにて失礼致します。」
奉行は慌てて城下へと帰って行ったが、果たして、源三郎の秘策とはどの様な策なのか。
「やはり、松之介を。」
「はい、既に、吉永様と上田から二名、菊池からも二名に参加して頂き、三日後には、松之介様を
新しい藩主として、ご出馬願いたく、私はその報告も致さねばならなかったのですが、其れよりも、
明日には全て解決致しますので。」
「阿波野様、高野様、誠に申し訳御座いませぬが、若君が山賀に参られます時、ご一緒願いたいの
ですが宜しいでしょうか。」
「源三郎様、私は喜んで参らせて頂きます。」
「源三郎様、私もで御座います。
阿波野様、この様な機会に出会えるとは、私は、何故でしょうか、武者震いが致します。」
「高野様、私もですよ、今は嬉しい様な気持ちで。」
「お二人共、其れは良かったですねぇ~。」
源三郎は、ニコッとした。
「そうですか、わかりました。」
「源三郎様、宜しいでしょうか。」
「はい、宜しいですよ。」
斉藤は、何故、作業着や道具類が必要なのか知りたいのだろう。
「先程、申されました、作業着と道具類なのですが、何かに使われるのですか。」
「そうでしたねぇ~、斉藤様、先程、浜に参ります途中から峠を登り始めた所が有ったと思うので
すが。」
「はい、私も存じておりますが。」
「あの部分から峠を掘り進めたいのです。」
「ですが、掘り進めるともうされましても、数百、いや、数千人が必要になると思いますが。」
「はい、勿論、承知しておりますので其れを、先程の同心十名にさせるのです。」
「えっ、何と申されました、同心の十名だけで工事に入らせるのですか。」
「はい、その後、私が窯元さんにお願いしました物を利用し、また、掘り進むのです。」
「何の為に、その工事が。」
「海岸に有る洞窟を掘削する為には大勢の人達が必要になるのですがね、作業員だけでなく道具類
も運び込む必要も有りますので、峠を掘削し有る物を張り付けると洞窟と言いますか、隧道と申し
ますか、其れに、作業員も集まり、まぁ~、其れは賑やかになると思いますがねぇ~。」
源三郎は窯元に依頼した物が出来ると、この峠の現場で、験が出来ると考えたので有る。
「斉藤様、源三郎様の考えておられる事ですが、私も最初は、一体何を申されて要るのか分からな
かったですよ、其れでも、何度もお話しを伺い、その現場に参りますと、まぁ~、自然に分かる様
になり、今では、先程、申されました工事が直ぐ分かる様になったのです。」
「阿波野様、私は、まだ良く分からないのです、何故、その工事が必要なのか。」
「まぁ~、源三郎様が何を考えておられる事は直ぐ分かり様になりますので、心配される事も御座
いませぬよ。」
「そうですかねぇ~。」
斉藤は首を傾げ、其れよりも、源三郎が窯元に依頼した物が、どの様な物なのかも分からない。
だが、阿波野と高野には、源三郎が何の目的でその工事行なうのか分かって要る。
「義兄上様。」
「松之介様、お待ち致しておりました。」
「義兄上様、私はどの様に致せば宜しいでしょうか。」
「はい、昨日、山賀に参りまして、山賀の殿様にはこの三日の内に別宅に行って頂く様にお話しを
させて頂きまして、姫様にも残られるのか、殿様と行動を共にされるのかごを自分で決めて下さい
と申して置きました。」
「では、私は三日後に参れば宜しいのでしょうか。」
「はい、其れで、松之介様には馬で参って頂きたく考えております。」
「源三郎殿、何故、籠で参らぬのか。」
「はい、まだ、山賀の動きははっきりといたしませぬので、何か有れば、馬ならば直ぐ対処も出来
ますので。」
「義兄上様、では、山賀では今でも不穏な動きが有ると申されるので御座いますか。」
「私は、吉永様の事ですから、多分、大丈夫だとは思っております。
ですが、若しもと言う事も考えねばなりませんので。」
「私を襲う事も考えられると申されるのでしょうか。」
「ええ、其れで、斉藤様、ご家中の中で手練れの。」
「源三郎様、お任せ下さい、私と他に十人、この者達は、私が教えた中でも、特に優秀な者達です
ので。」
「有難う御座います、私も参りますので、若君、山賀の事は、私にお任せ下されば宜しいかと存じ
ております。」
「源三郎殿、誠大丈夫なのか。」
「はい、若しもの時には山賀は無くなると思いますが。」
「まぁ~仕方有るまい、松之介、吉永殿にお任せし、我が藩もじゃが、源三郎殿もこちらの、阿波
野殿、高野殿も参って下さるのじゃ、後の事は何も心配せずとも良い。」
「では、皆様、宜しくお願い申し上げます。」
「源三郎様、他に何か策でも考えておられるのですか。」
斉藤は、幾ら、手練れの者達が行くと分かっていても、源三郎の事だ、何も策を考えず乗り込む
とは考えていない。
「斉藤様、今、此処で策を考えたところで、何もなりませぬ、今は、其れよりも明日の事だけを考
えて頂きたいのです。
あの十人以外に、あの時、五人の若い同心も来ておられました。
其れに、私はあの十名だけとは思えないのです。」
源三郎は、まだ、数人いると思うのか、仮に名乗りを上げた時にその者達の処分を一体どの様に
するのか其れを考えねばならないので有る。
「殿様、あの十名の同心をお役目を外すとなれば奉行所の人数も減りますが、私はお奉行には人数
は増やせぬと申して頂きたいのです。」
「何故じゃ、何故、人数を増やせぬと。」
「殿、お奉行にも責任の一端は有ると私は思います。
お奉行にも責任が有ると思って頂かなければ、事有る事に人員を増やせと思われるのでは、余り
にも責任がなさ過ぎるとのでは御座いませぬか、これが、大捕り物で十名の犠牲者を出したと申さ
れるならばどなた様からも異論などは出ぬはずで御座いませぬ。」
「う~ん、源三郎殿の申す通りじゃ、じゃが、十名とは大きいのぉ~。」
「はい、でも、其れは仕方が御座いませぬ、お奉行には人員のやりくりをして頂く事になります。
そうで無ければ、何も関係の無い方々にご迷惑が掛かると私は思うのです。」
「殿、私も源三郎様の申される通りだと思います。
他の同心も苦しいでしょうが、仕方が無いと諦めて頂いて欲しいと思います。」
その頃、奉行は奉行所に戻り、待っていた同心に、明日、一斉登城が有ると伝え帰宅させた。
数人の同心に、源三郎が必要だと言う物を大至急集める様に伝え、奉行所に居た同心与力達と、
明日、非番の者達にも登城する様にと伝えた。
「う~ん、明日は、一体、どの様なお裁きが下るのだろうか、わしの責任問題も追及されるだろう、
だが、あの源三郎と申す者は、何故、我が藩の問題に口出しをするのだ。
殿も、申されておられたが、松川藩を救ったと、だが、本当の目的は、う~ん。」
今の、奉行が考えたところで、源三郎が行なって要る事を理解出来るとは思えない。
そして、十名の同心の裁きは、一体、どうなるのだ。