第 13 話。 連合の可能性は。
源三郎と、雪乃の祝宴は、その後、三日間も続き、四日目の朝、ようやく、お城は、何時もの静
けさを取り戻した。
源三郎も、連日続いたお祝いの宴会で、二日酔い、いや、五日酔いか、眠気が取れない。
「源三郎様。」
「う~ん。」
新妻の雪乃が、優しく声を掛けたが、源三郎の身体からは、お酒が抜けていないのだろう、返事
だけで、目も開けず、また、眠りに入った。
「源三郎様。」
「う~ん、雪乃殿ですか。」
「はい、源三郎様、もう直ぐ、お昼で、御座いますよ。」
「えっ、今、何時ですか。」
源三郎は、慌てて飛び起きたのだが、殿様からの命で、まだ、暫くは、休みを取る様にと。
「はい、昼、九つで、御座います。」
「わぁ~、大変だ。」
源三郎は、一体、何を勘違いしているのか。
「源三郎様、お役目は、暫く休めと、殿様からも。」
「えっ、そうでしたかねぇ~。」
源三郎は、殿様からの命をすっかり忘れて要る。
「はい、源三郎様、白湯で御座います。」
「有難う、えっ、雪乃殿は、何時、起きられたのですか。」
「源三郎様、これからは、雪乃と呼んで下さいませ。
私は、もう、源三郎様の妻なので御座いますからね。」
「ですが、私も、突然の事ですので、その様な事を急に申されましても、私としましては。」
源三郎は、今までと同じ言葉使いなのだ。 雪乃は、改めて座り直し、手を付き。
「源三郎様、改めまして、雪乃を、これからも、末永く、宜しく、お願い申し上げます。」
源三郎も、慌てて、寝床から出、正座し。
「私こそ、これからも、色々と、ご迷惑をお掛けしますが、何卒、お許し頂きたく、宜しく、お願
い申し上げます。」
源三郎は、雪乃に、改めて、手を付き、頭を下げると。
「源三郎様、私は、今まで、何も出来ませんでしたが、これからは、何事に置いても、源三郎様の
為に、一生懸命、させて頂きます。」
「雪乃殿、その様な事は気にされる必要は有りませんよ。」
源三郎も、雪乃が、野洲に来るまで、松川藩のお姫様として過ごし、野洲では、腰元の姿に変え
てはいたが、お姫様が、突然、普通の侍の生活に慣れるのは大変だと理解している。
「源三郎様、朝、いえ、昼餉の用意も終わっておりますので。」
「はい、直ぐに、参りますので。」
「では、私は。」
雪乃が、部屋を出る後ろ姿を見て。
「おや、着物が。」
雪乃の着物は、武家の奥方が着て要る着物では無い。
あの着物は、何時、用意したのだろうか、其れに、源三郎の家は、殿様の命により、ご家老様の
自宅の敷地に改めて、建てる事になった。
其れまでは、今までの部屋を使い、雪乃と共に来た、二人の腰元も、別の部屋に居る。
ご家老様は、源三郎と、雪乃の為に、別棟に移り、賄い処も、源三郎達を中心にする様にと、ご
家老様宅に居る者達に伝えて要る。
其れでも、雪乃は、ご家老様の奥方様に何事でも聴く事が大切だと思って要る。
「うん、これは、雪乃殿が作られたのですか。」
「はい、やはり、源三郎様のお口に合いませぬか。」
「いや、そうでは、有りませんよ、この味付け、私が、子供の頃に食べていました味に良く。」
「実は、昨日、お母様に、お聞き致しまして。」
「そうでしたか、何ね、母上が、作られた味に良く似ておりましたので。」
「申し訳有りません。」
「いいえ、いいんですよ、雪乃殿、これからは、雪乃殿の味付けで作って下さいね。」
「はい、その様に心掛けて参ります。」
源三郎は、遅い朝と、昼兼用の食事を終わると。
「雪乃殿、少しお話しが有りますので宜しければ。」
「はい、片付けが、終わりますれば、直ぐ、お伺いいたしますので。」
「では、お待ち致しております。」
源三郎は、雪乃に何を話すのだろうか、雪乃は、これから先の事を話すのだろう思って要る。
源三郎は、部屋に入り考え事をしている。
「源三郎様、お茶を持って参りました。」
雪乃は、源三郎の前に、お茶を置くと。
「雪乃殿、私に、松川藩の事を教えて頂きたいのです。」
「えっ、松川の事をですか。」
雪乃は、正か、松川藩の事を聴かれるとは思いもしなかったが。
「はい、実は、私が、今、有るところで、大工事を行なっているのです。」
源三郎は、雪乃に、海岸の洞窟で行なっている工事を話したが、雪乃は、驚きもせず、ただ、源
三郎の話を聴いている。
「私の、話しは分かって頂けましたか。」
「はい。」
「雪乃殿、其れでね、野洲で行なっている工事を、上田と、菊池の両藩でも行う様に、今、進めて
おりまして、其れで、お聞きしたいのですが、松川藩には、海岸は有るのでしょうか。」
雪乃は、暫く考え。
「はい、でも、私は、行った事は、御座いませぬが、松川の城から、二里程北に向かいますと、海
岸が有ると聞いております。」
「では、雪乃殿は、海岸の事は、詳しくは聞いておられないのでしょうか。」
「はい、弟からは、其れ以上、何も聞いてはおりませぬが。」
雪乃には、二人の弟がおり、長男は、松川を継ぐのは分かっていたが、弟の方は、幼い頃から、
何をするにしても、直ぐ興味を持つので有る。
「そうだ、雪乃殿、数日後、松川へ参りましょうか。」
「えっ、突然に、何か有るのでしょうか。」
「いいえ、雪乃殿も、久し振りに、皆様方にお会いしたいのではと考えたのですが、其れよりも、
あのお二人の腰元を、松川に、一度、戻らせて上げたいと思いましたので。」
「源三郎様、有り難き、お話しで、私よりも、あの二人は、誠、喜ぶと思います。
私は、今まで、二人のご家族に対し、大変な、ご迷惑をお掛けしたと思っております。」
雪乃は、源三郎の優しさが嬉しかった、雪乃自身は、別としても、松川を逃げる様に発ち、野洲
に着いてからも、二人の腰元が気掛かりだった。
二人の腰元は、お役目とは言え、家族の者達に文も出せず、家族も、娘が、一体、何処に行った
のかも知らず、心配しているだろうと、だが、雪乃が、源三郎の妻となった事で、腰元のお役目は、
一応、終わったので有る。
源三郎は、雪乃を、里帰りすると言う理由を付けて、二人の腰元も一緒に連れて行くと。
「雪乃殿、二人は、ご家族にも、文は出されておられないのですか。」
「はい、二人は、家族に文を出せば、私の居所が知れると思い、出さなかったので御座います。
二人は、毎日が、どれ程不安だったかと思いますと、私は。」
「では、今回、私達と、一緒に帰るのは大丈夫ですね。」
「はい、其れで、私から、伝えても宜しいでしょうか。」
「はい、勿論で、その方が、お二人共、喜ばれると思いますよ、其れとですが、お二人が、松川に
残られるも良し、又、雪乃殿の近くで、今まで通りにされるも良しと思いますが、雪乃殿は、どの
様に思われますか。」
「源三郎様、私は、二人に任せたいと思って要るのです。
今までの二人は、山賀に知られぬ様にと、只管、私を守ってくれました。
でも、今の私には、源三郎様が居られますので、安心致しております。」
「そうですねぇ~、でも、お二人が松川では無く、此処に残り、雪乃殿のお世話をしたいと申され
ましたら、如何なされますか。」
「源三郎様、私の、世話などは必要、御座いませぬ。
私は、源三郎様のお傍に居らせて頂き、源三郎様のお世話をさせて頂く身なので、その様な、私
の世話などとは。」
「雪乃殿、申し訳無い、私の言葉足らずで、雪乃殿、その様な意味では無く、二人が、雪乃殿の傍
から離れたくないと言う意味ならば如何なされます。」
「源三郎様、私は、二人に任せ様と思います。
其れで、二人が、残りたいと言うので有れば、私の事よりも、源三郎様の事を考えて欲しいと、
其れで宜しいかと。」
「う~ん、そうですか、まぁ~、何れにしましても、二人に任せましょうか、雪乃殿、では、二人
も、一緒に松川に参りましょう。」
「はい、私は、誠、嬉しく存じます。」
雪乃は、本当に、嬉しかった、今度の里帰りは、雪乃も、二人の腰元にも、源三郎と言う、強い
見方が居る、大手を振って松川へ里帰りが出来る。
「雪乃殿、私は、今から登城し、殿に報告して参りますので。」
「はい、では、私は、支度を。」
雪乃は、もう、心弾ませている、其れに、今までの、お姫様では無い、野洲藩、筆頭家老の息子、
源三郎の妻で有る。
源三郎は、支度を終えると、早々に城へと向かった。
その頃、城では、吉永が、中心となり、家臣達も元気で動いて要る。
「あの~、吉永様。」
大工の親方が、部屋に来た。
「親方、どうぞ。」
「吉永様、今日の夕刻には、加工した物が出来ますが。」
「親方、では、明日の早朝に運び出せるのですか。」
「はい、見て頂ければ分かりますが、二町分が出来ましたので、大工も一緒に行きたいのです。」
洞窟内では、既に、補強工事が開始され、今は、補強と、掘削が平行して進んでいる。
補強工事は、大工が行なうが、洞窟内では、銀次が中心となり、大工の補強工事を手伝うのだ。
「親方、では、明日の早朝に出発すると言う事で。」
「はい、其れと他の物も二~三日中には出来上がりますので。」
「親方、では、加工が早くなって要るのですか。」
「吉永様、これからは、数日置きに出来上がりますので。」
「では、運び出しが続くのですか。」
「はい。」
「親方、原木は足りて要るのですか。」
「私達は、どれだけ必要なのか、其れが、分かりませんので。」
洞窟内の掘削は進み、今は、三町から、四町も進んでいる。
其れと、並行して、岸壁作りに必要な厚い板も大量に必要なのだ。
「そうですか、では、一度、源三郎殿に相談しますが、源三郎殿は、多分、親方が、必要とされる
原木を調達する様にと、申されますよ。」
「吉永様、じゃ~、原木の調達は出来るんですか。」
「親方が心配される事は有りませんので、では、拙者は、家中の者達に伝えますので。」
「はい、宜しく、お願いします。」
吉永は、考えた、今、洞窟内の進み具合を見て、原木の本数を決め様と、其れにしても、源三郎
と言う人物は、幾つもの問題を抱えながら、この様な事までも考えて要るとは。
「うん、そうだ、洞窟に行って、銀次に、聴き相談しようと、家臣達だけでは、原木運びの人数が
少ない。」
だが、洞窟内の作業員を原木運びに出すと、掘削工事が進まない、この様な時、源三郎ならば、
一体、どの様にするのだろうか、吉永は、改めて、源三郎の考えて要る事を知りたいと思うのだが、
吉永は、この後、別の方向へと進むとは、考えもしなかった。
「殿。」
「お~、源三郎か、如何したのじゃ、まだ、登城する事も無いのじゃぞ。」
「殿、少し、ご相談が有るのですが、宜しいでしょうか。」
「うっ、源三郎の相談とは、これは、恐ろしいのぉ~。」
殿様は、笑うが、源三郎は、別の方向へと考えを進めて要るのだと分かって要る。
「殿、私は、雪乃殿を里帰りさせたく思うのですが。」
「うん、源三郎、余も、嬉しく思うぞ、で、何時、参るのじゃ。」
「はい、明日か、明後日には発ちたいので御座いますが。」
「良いぞ、早い方が良いぞ、源三郎、他に何人連れて参るのか。」
「はい、雪乃殿の腰元二人もと考えております。」
「源三郎は、誠、優しいのぉ~、腰元の家族も心配しておる事だからのぉ~。」
「はい、私も、お二人は、今まで大変苦しかったと思います。
雪乃殿の所在を知られない様にと、二人は、家族に、文も出しておりませんでしたので。」
「うん、二人には、申し訳ない事をしたと、余も思っておるのじゃ、で、腰元の今後の事じゃが、
源三郎と、雪乃は、どの様に考えておるのじゃ。」
「殿、私も、雪乃殿も、腰元の二人は、自らの意志で決めればよいと思っております。」
「源三郎、余も、賛成じゃ、頼むぞ、して、源三郎と、雪乃、腰元だけで、松川へ参るのか。」
殿様は、源三郎が、他の目的の為に行くのだと考えて要る。
「はい、ですが、私は、他の要件も満たしたく、山賀にも参る所存で、御座います。」
「うん、やはりのぉ~、源三郎の事じゃ、何も、雪乃の里帰りの為に、松川に参るとは思わないの
じゃ、して、その要件とは、どの様な事なのじゃ。」
「はい、山賀の鬼も退治しましたので、山賀には、本格的に推し進めたき事が、御座います。」
「何じゃ、源三郎が、推し進めると言う事は。」
「はい、松川の、ご次男を山賀へ、婿養子として入って頂きたく考えております。」
「何じゃと、源三郎、今、何と申したのじゃ、松川の次男を山賀の婿養子に入れるじゃと。」
殿様も、正かと思った、松川の次男を、山賀の婿養子に入れるなどとは考えもしなかった。
だが、一体、何の目的で、婿養子に入れるのだ。
「殿、今まで、山賀の鬼が、松川の姫君様を、我が物にと考えていたのは、私は、別の意味が有る
と考えたので御座います。」
「何じゃと、別の意味とは、一体、どの様な。」
「はい、松川藩は、陶器物を作り、他国に売り、その利益だけで、松川の財政を支えてきたのです。
鬼家老は、雪姫が、目的では無く、陶器物の利益までも、我が物にと考えていたのです。」
何と、山賀の鬼家老は、松川藩で作られ、他国に売られている陶器物の利益までも奪い取るつも
りだったのか。
「何じゃと、では、雪乃は、山賀の人質と考えておったのか。」
「私が、得た情報に寄りますと、山賀の鬼家老は、我が身と、我が息子の為に、鬼の大帝国を築く
所存で御座いました。」
「源三郎、其れは、誠なのか、下手をすれば、源三郎の命取りなるのじゃぞ。」
「はい、私も、其れは、十分、承知、致しておりました。
ですが、この鬼家老は賢いのです、時を掛けて、家臣を見方に付けるには、金子を家臣に与える
方法を考えたので。」
「じゃが、家老の命には逆らえないのじゃぞ、其れを、わざわざ時を掛け、家臣に金子を渡す必要
も有るまいに。」
「殿の申される通りで、普通ならば、家老の命令は、殿様の命令なので、家臣は逆らえないのです
が、この山賀と言う国は、殿様は、表向きで、実権は、鬼家老が握っております。
鬼家老は、家臣達に金子を与える事によって、家老への不満を抑え込めたのです。
家臣達も、金子を受け取れば、自身の家計も潤い、其れが、最終的には、家老に対する不満も抑
える、更に、家臣は、家老側に入れば、出世も出来ると考えたのでしょう。」
山賀の腐敗体質は、家臣達の心奥まで入り込み、例え、鬼家老を退治しても、簡単に改まるもの
では無いと、源三郎は考えて要る。
「じゃが、源三郎、其れと、松川の次男を婿養子に入れると言うのは、別の問題では無いのか。」
「はい、確かに、殿の申される通りで、例え、ご次男様を婿養子に入って頂いたしましても、山賀
の腐敗体質を改める事は簡単では御座いませぬ。」
「では、何故、婿養子に入れるのじゃ。」
「私は、ご次男様の行く末と、松川藩の、いいえ、大きく考えますれば、我が藩にも影響を及ぼす
ので御座います。」
何と、松川の次男を山賀の婿養子に入れる事により、最終的には野洲藩にも影響すると言うのだ
が、一体、どの様な影響を受けると言うのだ。
「源三郎、何故じゃ、何故、松川の次男を山賀の婿養子に入れるだけで、我が藩にも影響すると申
すのじゃ、余は、源三郎の考えが理解出来ぬわ。」
今の、殿様は、源三郎の考えが分からないと言う、だが、源三郎は、野洲も、上田、菊池も農産
物が豊作には程遠いと考えて要る。
源三郎の考えが、殿様は、果たして分かるのだろうか。
「殿、この数年間、我が藩では豊作と言う言葉を聴いた事が御座いませぬ。
私は、山賀が、今年も大豊作だと聞いており、其処で考えたのが、山賀の穀物類を松川に、松川
から、上田へ、上田から、我が藩にと。」
「何じゃと、山賀で収穫された穀物を我が藩まで届けさせるのか。」
「殿、届けさせるのでは御座いませぬ。」
「では、奪い取るとでも、申すのか。」
「殿、其れでは、我が藩は野盗と同じで御座います。
私は、山賀で収穫された穀物類を買い取るので御座います。」
「買い取ると申すのか、じゃが、大金が必要になるぞ、いや、その前に、山賀の農民は、如何する
ると申すのじゃ、全てを買い取れば、農民達は、一体、どうなるのじゃ。」
「殿、全てを買い取り、山賀で、いや、山賀の農民さんに必要な穀物類は、山賀藩で管理するので、
御座います。」
「何じゃと、山賀藩で管理させるとな、じゃが、農民達が穀物必要な時は、一体、どう致すの
じゃ。」
「はい、各農村の名主が、必要な穀物をお城に取りに行けば良いのです。」
「だが、農民達は金子を。」
「殿、農民さんは無償で、受け取るので御座います。」
源三郎の考え方は余りにも大胆過ぎなのだ、源三郎は、農家が穀物を保管するのではなく、城で、
保管させると言うので有る。
「源三郎、では、農民は無償と言う事はじゃ、農村で保管するのではなく、城で保管させ、必要な
分量だけを、山賀の城で受け取ると申すのか。」
「はい、左様で御座います。」
山賀には米問屋が無い、では、一体、誰が、山賀の穀物を管理するのか、源三郎は、山賀の城で、
保管させ、各農村には、必要な時に、必要な分量だけを取りに行かせれば良いと考えたので有る。
だが、問題は、山賀の腐敗体質だ、源三郎は、山賀の腐敗体質は簡単に改まる事は無いと、では、
一体、どの様な方策が有ると言うのだ。
「源三郎、松川の次男を、山賀の婿養子にと申した、じゃが、次男を送り込んだところで、一体、
何が変わると申すのじゃ、源三郎の事じゃ、別の事を考えておるのじゃろ、うん、どうじゃ。」
殿様も、源三郎が、何故、松川へ行くのか、其れが、次第に分かり掛けてきたので有る。
「殿、これは、山賀の為以上に、松川と、我が藩までの事を考えたので御座います。」
「源三郎、誰を、山賀に送り込むのじゃ。」
殿様は、ニヤリとした。
「はい、私は、この方で有れば、心配無く、お願いを聴いて頂けると考えたので御座います。」
「一体、誰なのじゃ、源三郎の考えた者とは。」
「はい、吉永様で御座います。」
「やはり、吉永で有ったか。」
殿様も、予想した通りだったのか、別に驚きもせずに要る。
「じゃが、吉永だけでは有るまい。」
「殿、私の、考えは分かって頂けましたのでしょうか。」
「勿論じゃ、源三郎の考えは分かった、で、他の者は。」
「はい、菊池と、上田から数名を出して頂けると良いのですが、これだけは、菊池と、上田の両藩
にも聴かねばなりませぬので。」
やはり、殿様の思った通りだ、我が野洲から、吉永と言う人物を、山賀に送り込み、菊池と、上
田からも、数名づつを送り込む、そして、松川からは、次男を婿養子として送り込む、これでは、
山賀を、他の四つの藩で乗っ取ると言うのか、源三郎は、何と恐ろしい事を考えて要るのだと、殿
様は、改めて、源三郎が恐ろしく感じた。
「源三郎、其れでは、山賀を乗っ取るとでも考えておるのか。」
「殿、乗っ取るなどと、恐ろしい事を、私は、考えてはおりませぬ。
私は、全て、領民の為、其れだけなので御座います。」
「源三郎、余も、言葉が過ぎた。」
「殿に、ご理解して頂き、私は、嬉しゅう、御座います。」
「では、松川へは何時参るのじゃ。」
殿様も、先の事が気になり出している。
「はい、その前に、菊池に行き、話しをせねばなりませぬので。」
「よ~し、分かったぞ、源三郎に任せる、じゃが、雪乃と、二人の腰元の事は、宜しく頼むぞ。」
「はい、承知、致しました、では、私は。」
源三郎は、自宅に戻ると。
「雪乃殿、申し訳有りませぬが、今から菊池に向かいますので。」
「はい、では、直ぐに。」
雪乃は、何も聴かず、旅の用意をした。
源三郎には、別の目的が有り、その為、急遽、菊池に向かうのだと、今の、雪乃は、源三郎が、
何時、何処に向かう事になっても良いと、準備だけはして要る。
「雪乃殿、菊池からは直ぐ戻りますので。」
「はい、源三郎様、お気を付けて下さいませ。」
「では。」
源三郎は、慌ただしく菊池へと、今度は、急ぐ必要が有り馬を飛ばした。
菊池に入ると、直ぐ城へと向かい、高野に話すと、高野は、直ぐ理解し。
「源三郎様、良く分かりました、私が、後程、殿に、ご報告し、しかるべき者を送りますので。」
「高野様、急な話しで、誠に申し訳、御座いませぬ。」
「いいえ、源三郎様のお頼みならば、殿も、ご家老も分かって頂けますので。」
「其れは、有り難き事で。」
「で、出立は。」
「はい、明後日の、明けと考えておりますが。」
「では、私も、その様に準備致しますので、其れで、詳しくは、源三郎様からと。」
「はい、私が、直接、お話しをさせて頂ければと考えております。」
「私も、助かります、では、私からは、詳しくは申しませんので。」
「高野様、今回は、菊池藩にも影響が及ぶ事になるやも知れませぬので、出来れば、高野様にも、
ご同行願えれば、私と、致しましても、幸いで御座います。」
「源三郎様、承知致しました、私も、是非にと思っておりましたので。」
「申し訳御座いませぬ、では、私は。」
源三郎は、菊池の高野に話を済ませると、馬に乗り、野洲へと向かった。
源三郎が、自宅に戻って来たのは、辺りが暗くなり始めた頃で。
「雪乃殿、只今、戻りました。」
「源三郎様、お早い、お帰りで。」
「父上は、戻られましたか。」
「はい、先程、お戻りになられました。」
「分かりました、私は、今から、父上に報告しますので。」
「はい。」
「父上、源三郎で御座います。」
「源三郎か、まぁ~、入れ。」
「はい。」
「源三郎、先程、殿から、お話しが有ったが、お前は、一体、何を企んで要るのだ。」
「父上、私は、何も企んではおりませぬ。」
「だが、殿の、話を聴いておると、山賀に、松川の次男を婿養子に送り、吉永も送り込み、更に、
菊池と、上田からも数名送り込むと言う事はだ、実質、誰が考えてもだ、山賀の乗っ取りだと思え
るでは無いか。」
「父上も、その様に思われますか。」
「当たり前では無いか、殿も、心配されておられたぞ、この頃、源三郎は、少し行き過ぎでは無い
かと。」
殿様が、思うのも無理は無い、最初は、野洲だけの問題だと思っていたが、野洲が生き残る為に
調べが進むと、上田と、菊池にまで介入する事になり、其れが、落ち着く事も出来ず、松川にまで、
及び、今は、山賀にまで波及するとは、当の、源三郎も全く予想外で、今回、山賀の問題を解決さ
せる事が、源三郎の妻で有る、雪乃の父が収めて要る、松川を救う事にもなる。
其れが、最終的には、我が野洲が生き残れる為になるのだと。
「父上、私も、最初からこの様な事になるとは考えもしておりませんでした。
ですが、野洲が生き残れる手段と申しましょうか、山賀の問題を解決せねば、我が藩にも影響が
及ぶと考えたのです。」
「確かに、お前の申す通りかも知れぬ、我が、野洲を救う為に、気が付けば、上田と、菊池、更に、
松川と、山賀、其れにもまして、松川は、源三郎にとっては、義理の父が収められて要るのだから、
無理も無いと言えば、簡単だが、源三郎、今以上に良い解決策は無いのか。」
「はい、無いと言えば有りませんが。」
源三郎は、山賀の問題を解決する事が先決だと考え、今は、他の事を考える余裕は無いとでも言
うのだろうか。
「源三郎、山賀の問題が先決だ。」
「父上、承知致しました。」
「其れで、吉永を送り込むと聞いたが。」
「はい、吉永様には、まだ、お話しを致しておりませんが、山賀の問題解決には、吉永様の手腕を
発揮して頂きたいと考えたのです。
其れで、吉永様には、明日、お話しをしたいと思っております。」
「うん、其れが、良いだろう、其れで、其れだけなのか。」
「父上、私は、先程、菊池の高野様にも相談しましたところ、高野様からも承諾を得まして、菊池
からも送り出して頂けると。」
「まぁ~、お前の事だ、菊池と上田からも送り出せる様にと話をしたのだろと思う、だが、山賀を
立て直さなければ、我が藩にも影響が及ぶと言った訳だが、一体、どの様な訳が有るんだ。」
「父上、今、我が藩を含め、四つ藩では、とてもでは有りませんが豊作は望めないのです。
ところが、山賀藩だけが、大豊作だと、私は、何故、山賀だけがと思いますが、其れよりも、私
は、山賀を我らの藩へ対して穀物の供給源にと考えております。」
何と、源三郎は、山賀を穀物の供給源にすると、だが、その為には、山賀は、今以上に穀物を大
量に収穫出来る様にしなければならないのだ。
「源三郎、山賀を穀物の供給源にすると、だが、その為には、山賀は、今以上の、いや、数倍もの
収穫を上げねばならないのだぞ、その方策も考えて要るのか。」
「はい、その事も含め、吉永様に、お話しをせねばならないのです。
山賀の農家が収入を増やす方法も考えねばなりませんが、私は、耕作地を広げる事を提案したい
のですが。」
「だが、簡単に耕作地を増やすと言うが、源三郎が思う程簡単に行くとは思わないんだが。」
「私も、分かっておりますが、山賀の農民も、耕作地を増やせば、収入も増えるのです。
其れに、農民も、働く意欲が涌くのではと、其れには、吉永様だけでは無理と思い、その為に、
菊池と、上田の協力が必要で、その人達が農民によ~く分かるまで話を続けねばなりませぬ。
農民は、誰よりも、粘り強く、少々の事で諦める様な人達では有りませんので。」
「よ~し、分かった、で、松川の次男を説得するのか。」
「父上、私は、説得させる気持ちは有りませぬ、本人が、納得するまで話をするつもりです。
長男は、松川の藩主になるでしょう、では、次男には、私は、次男が必要だと話します。」
だが、源三郎の思い通りに運ぶのだろうか、山賀と、松川の問題だけに収まらず、他の三つの藩
の問題にまで発展しないだろうか。
「源三郎、雪乃殿には話をしたのか。」
「いいえ、まだですが、松川に着くまでには、全てを話しますので。」
「まぁ~、お前の事だ、他にも色々と考えを巡らせて要るとは思うが、わし達の事よりも、雪乃を
悲しませる様な事だけは避けるのだぞ。」
「はい、父上、私も、雪乃殿が大切ですので。」
「其れで良い、で、明日は登城するのか。」
「はい、明日は、吉永様に話をせねばなりませぬので。」
「うん、分かった。」
「では、父上、私は。」
「源三郎、身体だけには、気を付けるんだぞ。」
「はい、承知しました、では。」
源三郎は、雪乃の待つ部屋へと戻って行った。
そして、明くる日、源三郎は、登城すると、大工達の作業現場へと行き。
「親方、如何ですか。」
「源三郎様、お早う御座います。
「はい、今は、何事も無く、全て、順調で。」
「其れは、良かったですねぇ~。」
「源三郎殿。」
「吉永様、お早う御座います。」
「源三郎殿、実は、親方からですが、原木が。」
「原木が足りなくなったのですね。」
「はい、源三郎様、わしも何で、原木が足りなくなるのか分からないのですが。」
「親方、申し訳、有りません、私が、余計なお願いをしたものですから。」
源三郎は、漁師達の家と、銀次達、九十名の家を建てたのが原因で原木が不足したのだと。
「源三郎様、漁師や、銀次さん達の家は仕方が有りませんよ、だって、あっ、そうか、まだ、有り
ましたよ。」
「何が、有ったのですか。」
「源三郎様、岸壁の。」
「あ~、そうでしたねぇ~、岸壁が、最初よりも、広くなりましたのでねぇ~。」
その通りだ、例え、原木が1千本と言えど、本当に、使える部分は、原木の中心部で、他の部分
は、別のところに使ったり、松明や、かがり火の蒔き木として使っている。
「親方、原木を、また、取りに行かねばならないのですね。」
「はい、源三郎様、わしら、大工としては、失格ですよ。」
「何故、その様な事を申されるのです。」
「いゃ~、実は、原木が1千本も有れば、十分だと思ったんですよ、何時もの仕事場では、原木は、
専門の人達が切り出し、大工の元には、直ぐ加工が出来る様に角材だけが運ばれますので。」
「源三郎殿、最初の1千本は別として、これからも、大量の原木が必要になるのですが、洞窟内の
銀次さんのところも人手が足りないと思うのですが。」
「吉永様、洞窟での作業ですが、毎日、全員が必要とされないと思いますよ、其れに、親方、原木
を一度に、数十本も加工は出来ないと思うのですが。」
「はい、その通りで、一日では、まぁ~、そうですねぇ~数本と言うところでしょうか。」
「吉永様、荷車、二台で、五本か、六本は運んだと思いますが。」
「あっ、そうでした、源三郎殿、拙者も分かりましたよ、別に、大量に運ぶ必要は無いと。」
「はい、銀次さん達も分かって頂けると思いますので、荷車を二台か、三台で運べば、原木の置き
場も少なく、大工さん達の仕事もやりやすいのでは、無いでしょうか。」
「源三郎様、わしらも、正直なところ、原木が多いと動きが大変なんで、有る程度の本数が有れば、
宜しいんで。」
吉永は、源三郎が、別の話で来た事は分かっていたが、原木を補充する方が先だと考えていた。
「吉永様、鈴木様か、上田様に銀次さんを呼びに行かせますので。」
何時もならば、源三郎本人が行くはずだと、やはり、別の用件で来たのだろうと、吉永は思った。
「はい、分かりました。」
「親方、少し待って下さいね。」
「はい、分かりました、まだ、四日や五日の分量は十分に有りますので。」
「はい、承知しました、吉永様、少しお話しが有りますので。」
「承知しました。」
源三郎と、吉永は、作業準備部屋に入り。
「鈴木様、申し訳、有りませんが、洞窟の銀次さんを呼びに行って頂きたいのです。」
「はい、直ぐに。」
鈴木は、銀次を呼びに向かった。
「吉永様、実は、吉永様に、ご無理を承知で、お願いが御座いまして。」
「源三郎殿、どの様なお話しか分かりませぬが、私に、出来るのならばお引き受け致します。」
吉永は、今回の話は、今まで以上に重要な役目だと感じて要る。
「はい、明日の朝、私と、雪乃殿、其れと、雪乃殿の腰元二人で、松川に向かうのですが、其れよりも、
私が行く本当の目的ですが。」
源三郎は、吉永に詳しく説明を始めると、吉永は、時々、頷き。
「そのお話しは、山賀と言うよりも、我が、野洲の為にもだと申されるのですね。」
「はい、その通りで、山賀を生かせる事で、我が、野洲が生き残れると考えたのです。」
「分かりました、拙者は、何としても、我が藩が、生き残れる様にしたく思いますので。」
だが、吉永自身は、引き受けたお役目は、今までとは、全く違い、其れこそ、命がけで取り組ま
なければ出来ない、其れに、山賀の体質は簡単には改まらないと知って要る。
「其れで、吉永様の他に、菊池と上田からは、数名が参りますので、その人達には、吉永様の片腕
となり、お役目を務めて頂く所存で御座います。
其れと、詳しくは、明日、出立してから、着くまでに、お話しをしますので。」
「はい、源三郎殿、拙者、身の引き締まる思いで、山賀では、家臣の者達に話すよりも、農村に出
かけ、農民達の不満を聴く様にと考えます。」
「はい、其れで、山賀では、全て、吉永流で行なって頂いても宜しゅう御座います。
吉永様には、大変なご無理を承知でお願い申し上げます。」
源三郎は、改めて、吉永に、頭を下げるたので有る。
「源三郎殿、頭を上げて下さい。
私は、その様な大役を仰せつかるとは、光栄の極みで、どの様な事が有りましても、必ず、やり
遂げて見せます。」
「吉永様、誠に、有難う御座います。」
その時、田中が入って来た、田中には、特別な役目を考えて要る。
「田中様、良いところで、来て頂きました。」
「源三郎様、私に、何か。」
「はい、田中様、誠に申し訳御座いませぬが、都と、その周辺が、今、どの様になって要るのか至
急調べて頂きたいのです。」
吉永は、一瞬、表情が変わったが、田中は、やはりと思う様な表情で。
「源三郎様、やはり、お気付きになられたのですか。」
「はい、先日、山賀に参った時に。」
「私も、何か、世間で、我々の知らない事が起きて要るのでは思いました。」
「私は、何か、不吉な予感がするので、其れを、調べて頂きたいと思いましたので。」
「実は、私も、何時、源三郎様から、そのお話しが有るのかを待っておりました。」
「あ~、其れで、田中様は、髭も剃らず、頭も剃らずに、居られたのですか。」
「はい、余りにも、綺麗な姿ですと、余計に怪しまれますので、私は、一応ですが、浪人者の姿に
と思いまして。」
「そうでしたか、では、話しは早いですねぇ~、其れで、田中様、お一人では目立ちますが、如何
なされますか。」
「はい、私としまして、農村の。」
源三郎の考えた通りで。
「やはりねぇ~、では、さんぺいさんを連れて行って頂けますか。」
「私も、実を、申しますと、農村の事は知りませんので、さんぺいさんならば心強いのです。」
何故、農村のさんぺいが必要なのだ、田中は、浪人の姿になったとしても、さんぺいは農民だ、
侍と、農民ではつり合いが取れないはずで、だが、源三郎は、さんぺいと言う農民が居れば、周辺
で栽培して要る作物が分かると。
「田中様、さんぺいさんとの間柄は、どの様になされます。」
「私は、さんぺいさんが、浪人者に絡まれ、殺されそうになったところを助けた、其れが、縁で、
旅を共にする事になったと言うのは如何でしょうか。」
「う~ん、まぁ~其れならば、誰にも分かりませんし、話しの筋をしても通りますねぇ~、其れで、
田中様は、何時頃から、その様な筋書きを考えておられたのですか。」
「やはり、分かりましたか、実は、山賀の帰りに考えておりました。」
「そうですか、では、さんぺいさんとも仲良く出来ると思いますねぇ~。」
「はい、で、その調査ですが、日数は。」
「其れは、田中様にお任せしますので、現地で、どの様な事が起きるやも知れませんし、其れに、
夕食と言うよりも、飲み屋に入らなければ、情報を得る事も出来ない内容も有りますのでね、出来
るならば、入られた城下でのんびりとして下さい。」
「源三郎様、出来る限り多くの情報を送りたいと。」
「田中様が戻られるまでは、文など、一切、送られぬ様にして下さい。」
「えっ、ですが。」
田中は、一刻も早く、源三郎に知らせる方が良いだろうと考えたのだが、源三郎の考えは違い。
「田中様、若しも、若しもですよ、文が、他の者に触れ、内容が知られる事にでもなれば、大変な
事になりますので。」
「はい、分かりました、私が、間違っておりました、では、全てを覚える必要が有るのでは。」
「いいえ、其れは、どの様な人でも不可能ですからね、見た事や、聴いた事は、まぁ~、簡単には
忘れる事は有りませんので、其れよりも、のんびりと、さんぺいさんと、旅を楽しんで下さいね、
まぁ~、時には温泉にでも入り、地元の人達と話すのも大事ですからねぇ~、余り、お役目だと
神経質にならずに行って下さいよ、其れと、金子ですが。」
「源三郎様、私も初めてなので、分からないのです。」
「其れは、困りましたねぇ~、まぁ~、勘定方に行かれ、田中様が必要だと思われるます金額を
持って要って下さいね。」
「はい、有難う御座います、では、私は、今から村に向かい、名主さんと、さんぺいさんに話を、
その足で、向かいますので。」
「田中様、どうか、ご無理をされない様に、お願いします。」
「はい、承知、致しました。」
田中は、あの山賀での出来事以来、何故だか分からないが、水を得た魚の様で、生き生きとした
様子だと、源三郎は思った。
「源三郎殿、田中殿は、近頃、何やら楽しい事でも有ったのでしょうか。」
「吉永様、田中様は、山賀の一件以来、何故か分かりませぬが、あの様に生き生きとされて要るの
ですよ。」
「あの時は、確か。」
「そうなのです、今、考えますと、田中様は、表のお役目よりも、裏と言えば、田中様に怒られま
すが、影の様に、目立たない裏方のお役目が良く似合っている様にも思えるのです。」
「其れは、源三郎殿だけでは御座いませぬ、拙者が見ましても、先程、田中殿が、楽しそうなお顔
になられましたので。」
「私も、これからは、田中様にお願いする時には考えねばなりませんねぇ~。」
「はい、その様に思います。」
その時、丁度、銀次が来た。
「源三郎様、大事なお話しが有ると。」
「まぁ~、まぁ~、銀次さん、座って下さい。」
「はい、では。」
銀次が来たので、大工の親方も入って来た。
「鈴木様も、上田様も。」
「では、銀次さん、少し、お聞きしたいのですがね、今、洞窟では、補強と、掘削工事を同時に行
なって頂いて要ると思うのですが。」
「はい、洞窟内には、まだ、補強材が大量に有りますので、補強と、掘削工事を同時に行なってお
りますが、其れが、何か。」
「実へねぇ~、銀次さん達が運んで頂いた、原木なのですが、残りが少なくなって来ましてね。」
「じゃ~、オレ達が山に行きますよ。」
「でも、其れでは、洞窟内の工事が止まるのでは有りませんか。」
「いゃ~、其れは、心配有りませんよ、だって、今は、農民さん達も、少しづつですが、工事に参
加される人数が増えて来ておりますので、其れに、あの原木運びは、漁師さんや、農民さんでは、
最初からになりますよ、其れだったら、オレ達の方が、慣れてますから、まぁ~、其れよりも久し
振りで気分転換にもなりますので。」
銀次も分かって要る、漁師や、農民では、最初から覚える必要が有り、銀次は其れよりも、自分
達が、1千本の原木を最初は苦労したが、全てを無事に運び込んだと言う自負も有る。
「銀次さん、有難う、私も、銀次さんが、その様に、漁師さんや、農民さんの事を考えて頂き、私
は、本当に助かりますよ。」
「だって、源三郎様、オレ達、今まで、真面な仕事をして無かったんですよ、其れが、1千本の原
木運びで終わりだと、初めは思ったんですよ、其れが今でも仕事を与えて下さった、源三郎様が、
銀次、お前達に頼むって言われている様で、本当は、物凄く嬉しいんですよ。」
「銀次さん、有難う、私は、皆さん方に感謝しますよ。」
「源三郎様、其れで、今度は、何本、いや、何千本運ぶんですか。」
「いゃ~、其れが、全く、分かりませんので、親方、何本必要でしょうか。」
「源三郎様、正直言って、一体、何本必要なのか分からないんです。
ですが、今の調子だと、五千本以上は必要だと思うんです。」
「五千本ですか、でも、山に、一体、何本の間伐材が有るのかも、私は、知らないのですよ。」
「源三郎様、其れだったら、オレから仲間に言って、木こりさん達に聴かせますから。」
「分かりました、では、銀次さんにお任せしますね、木こりさんには、私からだと言って下されば、
分かって頂けると思いますので。」
「源三郎様、オレ達、何回、山に行ったと思いますか、其れに、木こりさん達とは、何回も会って
ますんでオレ達が話しますよ。」
「いゃ~、其れは、大助かりですねぇ~。」
「じゃ~、今日の作業が終わったら、みんなに話し、明日にでも山に向かいますんで、あっ、そう
だ、荷車は、何台有るんでしょうか。」
「銀次さん、今日の加工品は。」
「あっ、そうか、浜に有りましたよ、済みません。」
銀次も、今は、大変元気で、男達の先頭になり、洞窟内で、補強材の組み立てと、掘削工事の両
方の指揮を執っている。
「銀次さん、少し疲れて要るのでは。」
「源三郎様、オレ達は、全員、元気ですよ、だって、毎日が楽しいんですよ、じゃ~、今から、
戻ってみんなに話しますんで。」
「銀次さん、余り、無理をなされないようにね、皆さん方にも、宜しく伝えて下さいね。」
源三郎の優しい言葉に誰もが助けられている。
「源三郎様、有難う御座います。」
「親方、この広場を、全部、原木で埋め尽くして頂いても、宜しいですからね。」
「はい、でも。」
「何も、心配されずに、其れと、皆さんにも、決して無理はされぬ様にと伝えて下さい。」
「はい、では、これで。」
親方も、何故か嬉しそうな顔をし部屋を出た。
「鈴木様と、上田様、明日の朝、松川に向かいますので、準備して下さいね、其れと、賄い処に、
お昼用のおむすびをお願いして頂きたいのです。」
「はい、で、何人分でしょうか。」
「私と、吉永様、其れと、貴方方と、雪乃殿、其れに、腰元二人ですが、途中で菊池からも数人が
来ますので、まぁ~、十人分も有れば十分だと思いますので。」
「はい、で、明日の出立は。」
「明け六つとしますので。」
「はい、では、賄い処に伝えますので。」
鈴木と、上田の二人は、賄い処に伝え、直ぐ家に帰った。
源三郎は、吉永に、山賀での役目を詳しく話すが、その話は夕刻まで掛け、これからの役目を考
えると、吉永に、全てを任せると、吉永も、全てを納得した様子で、後は、吉永が考え、行動を起
こすのみで有る。
源三郎は、吉永との話を終えると、雪乃の待つ家へと帰って行った。
そして、明くる日の明け六つ前、源三郎と、雪乃、腰元の二人が発ち、一路、松川へと向かった。
吉永は、城下の外れで待ち、鈴木と上田は、賄い処から、十人分のおむすびを受け取り、大手門
を出、源三郎達と合流する為に、急ぎ、城下から上田へ向かう街道へと入った。
「加世殿、すず殿、長い間、ご迷惑をお掛けし、誠に、申し訳有りませんでした。
これから先の事は、貴女方がお決め下さい。」
「源三郎様、私達、二人は、この先も、源三郎様と、姫、いえ、奥方様の下で、お仕えしたく考え
ておりますので。」」
「ですが、貴女方の、ご家族のご意見も聴かねばなりませんよ、長い間、ご家族は、何も知らされ
ずに居られ、さぞかし、ご心配だったと思いますのでね。」
「はい。」
「ですからね、今、答えを出すのではなく、一度、実家に戻られて、ご家族と話し合いをされてか
らでも、宜しいですからね、其れに、雪乃殿も、暫くは松川に滞在されますから。」
「源三郎様、松川には、何日位のご予定なのでしょうか。」
雪乃は、数日間だと思っていたのだが。
「雪乃殿、申し訳有りませんが、私は、松川での話が終わり次第、山賀に向かいますので。」
「山賀へですか。」
「はい、山賀には、まだ、お役目が残っておりますので。」
雪乃は、其れ以上は聴かなかった、山賀の鬼退治は終わった、だが、山賀には、其れ以上の問題
が有ると知っていたので有る。
「お~い。」
「源三郎様、後ろから、どなたかが来られますが。」
「あれは、菊池の高野様と、其れに。」
高野の後ろから、髷の無い侍が。
「あのお二人は、松永様と、伊藤様ですねぇ~。」
「源三郎様。」
「高野様に、やはりねぇ~、松永様、伊藤様でしたか。」
「はい、昨日、高野殿から、源三郎様のお話しを伺い、私は、源三郎様の申されておられます、
領民の為にと言うお言葉を思い出しました。」
「源三郎様、私もで、御座います。
高野殿から、お声を掛けて頂き、私は、何も考えずに参りますと、申し上げました。」
「左様で御座いますか。」
「源三郎様、失礼ですが、若しや、奥方様で。」
「はい、私は、雪乃と申します。」
「奥方様、我ら、源三郎様を命の恩人だと思っております。」
松永と、伊藤は、源三郎が、領民の為だと、日頃、どれだけの苦労をしているのか、高野から聴
かされており、今回、高野から、指名されたのは、運命では無く、山賀の領民の為に全力を注げと
と言われた様に感じたので有る。
「私は、源三郎様からは、何も伺ってはおりませぬので。」
「奥方様、源三郎様は、弱い立場の者には、大変、お優しいのですが、奥方様にも。」
源三郎は、雪乃には、何も話して無かった。
「はい、私にもですが、他の方々にも大変、お優しいお方で御座います。」
「高野様と、松永様、伊藤様も、こちらの方へ。」
「はい、承知、致しました。」
三名は、源三郎の傍に行き、雪乃は、下がった。
「高野様、山賀の話は聞いておられますか。」
「はい、上田の阿波野殿からも文を頂きましたので。」
「そうでしたか、では、今から、お話しをしますが、松永様と、伊藤様には、山賀で、我が藩から
参ります、吉永と言う人物の片腕をなって頂きたいのです。」
「えっ、私に、その様な大役に就けと申されるのですか。」
「はい、その通りですよ、山賀の腐敗体質は、鬼の家老だけでなく、ご家中の殆どなので、其れで、
今、山賀を立て直さなければ、何れは、我々の藩にも及ぶと考えたのです。」
「源三郎様、では、この二人に、山賀の改革をお手伝いさせようと。」
「はい、その為の策として、今から、お話しを致しますので。」
源三郎は、高野達に詳しく話すのだが、雪乃にも、話しの内容が聞こえて要る。
雪乃は、正かと思った、雪乃の弟で、松之介を、山賀の婿養子にさせると言うもので、雪乃も、
今、初めて聞き、驚きは隠せなかった。
だが、今は、高野達に説明し、松永、伊藤の二人に対し、山賀での重要な役目に付いて説明をし
て要るので有る。
「源三郎様、ですが、松川藩の殿様も、其れに、ご次男様も、ご存知なのでしょうか。」
「いいえ、まだ、何も話してはおりませぬが。」
源三郎は、何も話してはいないと涼しい顔をしている要る。
「ですが、源三郎様、松川藩の殿様にも、其れに、ご次男様にも、決して、悪い話しでは無いとは
思うのですが。」
「ご次男様には、大変なお役目では無いでしょうか。」
「はい、其れも、十分、承知致しておりますが、ご次男様が婿養子に入って頂きますれば、今の、
殿様には、隠居して頂きますので。」
「えっ、殿様は、隠居される事には承諾されて要るので御座いますか。」
「いいえ、承諾はされてはおりませんが、でも、まぁ~大丈夫ですよ、私に任せて下さい。」
何と言う自信なのだ、承諾するのではなく、源三郎は、山賀の殿様を脅迫するのか、其れも、家
臣達の前で。
「でも、何故、大丈夫なのですか、今までは、鬼家老に支配され、その鬼家老が退治され、さぁ~、
これからだ言う時に、突然、隠居せよと申されましても、簡単には引き下がらないと、私は、思う
のですが。」
「まぁ~、其れは、山賀に入れば分かりますので、其れよりも、松永様、伊藤様のご両人は、これ
からが大変ですが。」
「源三郎様、以前の私達は、あの時に死にました。
今の、私達は、昨日まで、菊池の領民の為にと、高野様のご指示の下、其れは、もう、何故だと
思う程に、ですが、私達は、今、改めて、お役目の楽しさを感じております。
その私達を、高野様は、菊池の代表として参るのだ、菊池の名を、いや、源三郎様の名を汚さぬ
様にと、殿も、ご家老からも申され、私達、二人は、山賀で骨を埋めても良いと。」
「源三郎様、吉永様が、もう近くまで来られております。」
「吉永様も来られましたか。」
「源三郎殿、お待たせ致しました。」
「吉永様、ご苦労様です。
こちらの方々が、菊池藩の松永様と、伊藤様で、高野様から、お二人の推薦を頂き、殿様も、ご
家老様からも承諾を頂いております。」
「左様で御座いますか、拙者は、吉永と申しまして、今は、源三郎殿の補助をさせて頂いておりま
すので。」
「吉永様は、補助では御座いませぬ、昨日までは、吉永様の指示で、皆様が、役目に就いてておら
れましたのですが、今回、吉永様には、我々と致しましても、本当は残って頂きたいのです。
ですが、先程も、申しました様に、山賀を立て直す事が、我々の生き残る為なのです。」
「源三郎様、私達、二人は、吉永様の足を引っ張る様な事は致しませぬ、其れよりも、吉永様の、
ご指示で、山賀の立て直しのお役に立てればと考えております。」
「松永殿、伊藤殿、拙者も、源三郎殿からの、ご指示を仰ぎ、山賀を立て直す事に、これからの生
涯を捧げたく存じております。」
吉永は、松永と伊藤の姿を見て、全てを知り、その為に、何も聴く必要は無いと考えたので有る。
「皆様、少し休みましょうか、丁度、河原も有りますので。」
源三郎達は、河原に下り、少しの休みを取った。
「源三郎様、私、以前にも、この河原の上を通ったと思うのですが、あの時には、此処に来る余裕
すらも有りませんでした。」
雪乃達も、山賀の追っ手から逃げるのに必死で、河原に下りて休みを取る事さえ出来ず、だが、
今は、のんびりと出来、少しだが休む事も出来るので有ると。
「う~ん、其れは、大変な思いをされたのですねぇ~。」
「でも、私よりも、あの二人の方が、其れは、大変だったと思います。
私は、叔父上様にお会いするまでの数日間は、本当に長く感じました。
でも、今は、周辺の風景を見る事さえ出来るのですから。」
雪乃は、周辺の山々を初めて見たと言っても良い程、ゆっくりと見渡している。
其れに、加世と、すずは、何やら話し、小さいが、笑い声さえ聞こえて来る。
「雪乃殿、お二人の笑い声がしますねぇ~。」
「はい、私も、あの二人が笑うのを久し振りに見ました。
私は、今、やっと、安心できる事に感謝致しております。」
其れに、吉永は、松永と伊藤と、何やら話しているが、話しの内容は、多分、山賀の事だろうと、
源三郎は思った。
「では、皆様、参りましょうか。」
「源三郎様、私達は、所用が有りますので。」
「はい、承知致しました。」
雪乃達は、近くの茶店に入った。
「高野様、後、一里程で、別の河原が有りますので、その場所でお昼に致しましょうか。」
「はい。」
其れから間も無くして、雪乃と、加世、すずの姿が見え、源三郎は、鈴木と、上田にお昼の場所
を告げ、雪乃達を待った。
雪乃達は、何やら楽し気な会話をしているのか、笑い声と、笑顔が見える。
「雪乃殿。」
「源三郎様、お待ち頂いたのですか。」
「は~い、美しき、三名の女性ですので、何時、何処で襲われるやも知れませんのでねぇ~。」
「源三郎様は、雪乃様が、抜刀術の達人とは、ご存知無かったので御座いますか。」
源三郎は、大よその見当は付いていた。
雪乃が、普段見せる動きの中で、時々だが、常人とは思えぬ動きをしているのは気付いていた。
「えっ、本当なんですか、雪乃殿が抜刀術を、其れは、全く、知りませんでしたねぇ~。」
「源三郎様、私の、抜刀術と申しましても、子供の様なものですから。」
「実はねぇ~、吉永様は、抜刀術の達人なのですよ。」
雪乃は、吉永が、抜刀術の達人だと見抜いていた、だが、あの動きは、確かと考えていた。
「吉永様も、抜刀術を。」
「あのお方は、確か、吉岡道場で修行されたと聞いておりますが。」
「えっ、吉岡道場。」
雪乃に、抜刀術を教えた、松川の斉藤も、確か、吉岡道場で修行したと聞いた、正か、吉永と、
斉藤が、同じ道場で修行していたとは、だが、吉永が、少し早く修行を終え、その後、斉藤が入門
したので、吉永と斉藤が、お互いを知って要るはずが無い。
「これからは、私も、雪乃殿に教えて頂くとしますか。」
「源三郎様、その様なご無理を申されましても、私は。」
「雪乃殿、申し訳無い、私は、別に、雪乃殿を困らせるつもりは有りませんのでね。」
「加世、余計な事を、源三郎様に申しては駄目ですよ、源三郎様は、日頃、大変なお役目に就かれ
ておられるのですからね。」
「はい、雪、いえ、奥方様、申し訳御座いません。」
だが、雪乃は、笑っている、雪乃は、加世を責めて要るのではなく、どうやら、先程からの話の
続きらしく、加世も、すずも笑っている。
「雪乃殿、何か有ったのですか。」
「いいえ、何も御座いませぬ。」
雪乃も、久し振りに笑ったのだろう、この三名は、松川では、毎日、笑い声の絶えない間柄なの
だろうと、源三郎は思った。
暫く進むと前を行く、鈴木と、上田が大きく手を振っている。
「雪乃殿、お昼にしましょうか。」
「はい。」
源三郎達が河原に着くと、鈴木と、上田が竹の皮に包んだ、おむすびを渡している。
「源三郎様と、奥方様。」
二人に渡すと、鈴木と、上田は、加世と、すずの傍に行き。
「はい、これは、お二人にと。」
渡すと、二人は、加世とすずの横に座った。
「源三郎様、先程、私達の話しの中で、鈴木様と、上田様の話になったので御座います。」
「へぇ~、其れで、雪乃殿達は笑っておられたのですか。」
「はい、私も、二人に言ったので御座いますよ、貴女方から進んでお話しをされなければ、あのお
二人は、他の。」
「えっ、では、雪乃殿は、加世殿と、すず殿をけしかけられたのですか。」
「はい、実を申しますと、野洲の腰元の間では、源三郎様の心を射止めるのは誰なのかと言う噂が
出ておりました。」
「えっ、私は、何も知りませんでしたよ。」
「私は、伯母上様からも言われました、雪乃、源三郎様を逃してはなりませぬと。」
雪乃は、姫様の立場では無く、一人の腰元として、源三郎に接していたのだが、殿様の計らいで、
源三郎の傍に就く事出来た、だが、鈴木と、上田には、腰元が就く様な身分では無い。
だからと言って、源三郎に頼む訳にも行かなかったので有る。
「分かりました、ですが、加世殿も、すず殿も、野洲に残られると言う保証は有りませんので。」
源三郎は、二人が野洲に残れば、二人を呼ぶ事を考えたので有る。
「皆様、そろそろ、参りましょうか。」
源三郎達は、街道に戻り、上田の城下を目指すので有る。
その頃、山賀でも動きが有った。
其れまでも連日、大広間で、家臣達が集まり、喧々諤々の論議をしている。
有る者は、殿様を責め、有る者は、死んだ、家老の悪口を、だが、誰も、山賀の事を真剣に考え
るのではなく、誰もが我が身の事だけを考え、その為なのか話しは、一行に前へ進まない。
殿様は、何としても隠居する事は、避けたいと、家臣達を見方に付け様と必死で、やはり、源三
郎の思った通りで、この様な状態が、何時まで続くのだろうか、その様な状態でも、必ず、一人や、
二人は、山賀の事を真剣に考える者が居る。
「殿、源三郎様が申されました通り、隠居に入られるのが、今後の山賀の為になると思うので御座
います。」
「今、何と申した、余に、隠居せよと、何故じゃ、何故に、余が隠居せねばならぬのじゃ。」
「確かに、我々も、ご家老様には破格のご配慮を頂きました。
ですが、其れは、山賀の為でも、我々の為で無く、全ては、ご家老自身の為だと、私も、分かっ
たので御座います。」
「う~ん」
「其れに、私は、正か、ご家老が、数万両もの蓄財をされていたとは、あの時まで、全く、知らな
かったのですが、皆様の中で知っておられる方はおりませぬか。」
山賀の家臣の中で、誰、一人として、鬼家老の蓄財を知る者はおらず。
「殿は、如何で御座いますか、知っておられたのですか。」
「いや、余も知らぬ。」
「源三郎様の申される通り、私は、この藩のご城下の中に密偵が潜んで居ると思います。
若しも、その密偵に、我が山賀藩の腐敗した事が知れたとします。
その時には、山賀藩は、お取り潰しになるので、御座います。
その様になれば、私もですが皆様方も浪人になるのですよ。」
其れまで、ざわついていた、大広間の家臣達は、静かになり話しを聞いて要る。
「其れで、余に、隠居せよと申すのか。」
「私は、あの源三郎様と言うお方は、どの様な方策を用いても、この山賀に入られると思いますが、
あの時、松川の若君を、姫様にと申され、其れは、婿養子となられますが、私は、其れだけは済ま
ないと思って要るのです。」
「何じゃと、源三郎は、どの様な事をしてでも、山賀に介入すると申すのか。」
「私は、あの方ならば本気でなされると思います。
その時になって、殿が、絶対にならぬと強く拒否されたとしますと、一体、どの様になると思い
ますか。」
「その時には、皆が居るではないか。」
この殿様の考えは甘い、その時、家臣が本気で、源三郎に立ち向かうとでも思って要るのか。
「殿、あの時でも、源三郎様が、一緒に連れて来られたのは、数人で、皆が剣の達人で、その達人
に掛かれば、家中の半分以上は、その場で殺されますよ。」
「皆も、余を助けてくれるのぉ~。」
殿様の呼び掛けにも、家臣達の反応は全く無く。
「殿、今が、我が山賀の本当の姿ですよ、私も、今は殿の見方にはなりたくは御座いませぬ。」
この家臣は、殿様を見限ったので有る。
「何じゃと、余を、見捨てると申すのか。」
「殿、私が、見捨てたので御座いませぬ、殿が、我々を見捨てられたのではないのですか。」
「何じゃと、余に対し、何と言う、その場に直れ、余が、切り捨てる。」
「いいえ、私は、今、殿に切られる訳には参りませぬ。」
家臣も立ち上がり、腰の小刀に手を伸ばし、構えた、すると。
「殿、隠居される事が、我が、山賀の為で御座います。」
「殿、その通りで御座います、私も、後藤様の申される通りだと思います。」
この時、殿様は、初めて知った、家臣の中に、一人の見方はいないと。
「源三郎様も、殿に、腹を召されよとは申されてはおりませぬ、ご家老も最後は、剣の達人の目を
盗み、腹を召され、最後だけでも、武士として死なれたのですよ。」
「そうですよ、だって、源三郎様は、直ぐには死なせず、苦しみ抜いてからだと、私は、あの時は
本当に恐ろしかったんですよ、其れに、あの目は本気だと思います。」
若い家臣も考えたのだろう。
「殿、隠居されても、命は有るのですよ、其れでも、隠居は嫌だと申されるならば、私は、もう、
何も申しませぬのでお好きな様になされませ。」
その頃、源三郎達が、山賀に向かっているとは、山賀の家臣の誰もが思っていなかった。
その一方で、松川でも、少しだが動きが有った。
「のぉ~、竹田、山賀の鬼は退治され、雪乃はのぉ~。」
「殿、私も、大変、嬉しく思っております。」
「あの源三郎と言う男は、大した奴じゃ。」
「はい、私も、正か、山賀の鬼を退治出来るとは考えも致しておりませんでしたので。」
「余は、あれから、考えたのじゃ。」
「殿、一体、何を考えられたのですか。」
「うん、松川の行く末をじゃ。」
「松川の行く末と申されますと、若君にで御座いますか。」
「いや、其れは、まだ、早い、余は、竹之進に、松川の事は頼むが、其れよりもじゃ、領民の暮ら
しを考えておるのじゃ。」
「領民の暮らしですか。」
「その通りじゃ、源三郎は、野洲の領民の暮らしを少しでも楽にさせようと、今、大胆な事をやっ
て要るのじゃ。」
「殿、大胆な事と申されますと、一体、何を、始めているのですか。」
「今は、その話は出来ぬが、竹田、其れより、松川の収入は陶器物の利益だけなのか。」
「はい、其れだけですが。」
「では、陶器とは関係の無い、農民や、漁民は苦しい生活をしておるのか。」
「はい、この地では、土地が悪いのか、其れとも、他に、何か原因が有るのか、作物の収穫も豊作
とは申せませぬ。」
「其れなのじゃ、何故、何故に、農民や、漁民だけが苦しみ、陶器物を売って居る者だけが裕福な
のじゃ。」
「殿、全ての、陶器物の関係者だけが裕福では御座いませぬが。」
「竹田、余も、よ~く、分かっておる、じゃが、何故、農民だけが、苦しむのじゃ。」
「其れは、私も、分かりませぬが。」
「余は、のぉ~、農民や、漁民の暮らしが、少しでも、豊かになれば、我が、松川でも、皆が元気
になると思うのじゃ。」
「殿が、申されておられるのは、私も、よ~く分かりますが、かと言って、今の作物の収穫が増え
る方法が有るのでしょうか、私も、何とかして、作物の収穫を増やせる方法を探っては要るのです
が、今だに、見つからないので御座います。」
「余も、分かっておる、竹田が八方手を尽くしておる事も。」
「殿は、ご存知だったので御座いますか。」
「のぉ~、竹田、余が悪いのじゃ、竹田、一人に、全てを任せたのが、じゃが、今度はの、余も、
竹之進と共に考えたいのじゃ。」
「殿、私は、嬉しゅう御座います、私も、ご一緒させて頂きたいのですが。」
「勿論じゃ、竹田、余からも頼むぞ。」
「はい、勿論で御座います、ところで、雪姫様は。」
「うん、雪乃も、今は、人生で、最高に幸せだと申しておるわ。」
「左様で御座いますか、ですが、何故、姫が、源三郎殿に。」
「其れは、余も、分からぬが、余は、雪乃が、満足で有れば、其れで良いのじゃ。」
「はい、勿論、左様で御座います。」
その頃、源三郎達は、上田の城下に入り、旅籠に入ろうとした時、加納が、米問屋から出て来た。
「源三郎様では、御座いませぬか。」
「加納様。」
「源三郎様、如何なされたので御座いますか。」
「ええ、実は、松川に参るのですが、妻と、そちらの二人を旅籠に、私達は、阿波野様に、お会い
したくと、思っておりました。」
「源三郎様も、皆様方も、城にお越し下さいませ。」
「ですが、突然の事なので。」
「何を、申されます、今、此処で、源三郎様が旅籠に泊まられますれば、私は、山に連れていかれ
ますので、どうかお願い致します。
源三郎様、私は、どの様な事をしましても、お連れ致しますぞ。」
加納は、雪乃達を見て、ニッコリとした。
「源三郎様、今回は、加納様の顔を立てましては如何でしょうか。」
「分かりました、では、加納様、お世話を掛けますが、お願い致します。」
「源三郎様、少し、お待ち下さいませ。」
加納は、大急ぎで、米問屋に入り、米問屋からは、暫くして丁稚が城へと走って行く。
「今、米問屋の丁稚に、お城の、阿波野様に知らせる様にと申しましたので、では、皆様。」
加納は、源三郎達を城へと案内して行く。
一方、知らせを聴いた、上田の城では、阿波野が賄い処に夕餉の準備を伝え、大手門で、源三郎
達一行の到着を待っている。
暫くすると、源三郎達の姿が見え、阿波野と、井出、更に、数人の家臣が近付き。
「源三郎様、お久し振りで御座います。」
「阿波野様、突然で、大変、申し訳御座いませぬ。」
「いいえ、その様な事は御座いませぬ、さぁ~、さぁ~、皆様方も、どうぞ、こちらへ。」
阿波野は、源三郎達を、殿様のところへと案内するので有る。
「源三郎様、奥方様で御座いますか。」
「はい。」
「奥方様とは知らず、大変、失礼致しました。
お疲れのところ、誠に、申し訳、御座いませぬが、我が殿が、皆様方を、お待ち申し上げており
ますので。」
雪乃と加世、すずは、阿波野に会釈し、後に付いて行く。
「吉永様、お久し振りで御座います。」
「阿波野殿、お世話になります。」
「どうぞ、どうぞ、皆様方ならば、幾日でも、我が藩は、大歓迎で御座いますよ。」
上田の藩士達は、源三郎が着た事に、一様の驚きは見せるが、其れでも、歓迎の様子で、皆が礼
をし、そして、暫く行くと。
「殿、源三郎様と、奥方様、吉永様、ご一行で御座います。」
「お~、源三郎殿、久しゅう御座る、さぁ~、皆様方も、ごゆるりされよ。」
「殿様、突然とは申せ、誠に、申し訳御座いませぬ。」
「何を、申される、源三郎殿ならば、我が藩は、大歓迎で御座るぞ、して、今回は、何用で。」
「はい、私の妻ですが、一度、里帰りと申しましょうか。」
「これは、奥方でしたか、で、何れの国へ。」
「はい、松川で、御座います。」
「えっ、松川と、申されると、正か。」
「はい、松川藩の。」
「何と、松川藩の姫君とな、う~ん、其れにしても、噂に違わぬ、お美しいお方じゃ。」
「殿様、雪乃と、申します、今は、源三郎様の妻で御座います。
この度は、突然とは、申せ、誠に申し訳御座いませぬ。」
雪乃は、深々と頭を下げると。
「うん、雪姫、これは失礼、奥方、その様な事は御座らぬ、これも、何かの縁で御座る、今宵は、
ゆるりとされよ。」
「はい、有り難き幸せに存じます。」
雪乃と、加世、すずが、殿様に、深々と頭を下げ。
「誰か、奥方に、湯殿へ、ご案内するのじゃ、お供のお方もじゃぞ。」
「はい。」
腰元、数人が来た。
「奥方様。」
「雪乃殿、其れと、加世殿、すず殿も、ゆるりと。」
「源三郎様。」
「はい、宜しいですよ、雪乃殿は、慣れぬ旅でしたので、其れに、加世殿、すず殿も、一緒に。」
「はい、では、皆様、お先に失礼致します。」
雪乃は、源三郎と、吉永、其れに、他の者達にも礼をし、湯殿に向かった。
「阿波野、源三郎殿と、皆様方にも。」
「はい、承知致しました。」
「殿、余り、お気を使わずに。」
「良いのじゃ、して、源三郎殿は、松川に向かわれるだけでは有るまい、余も、山賀の件は、阿波
野から聴いておりますぞ。」
「はい、実は、私は、この度、松川へ、雪乃の里帰りを利用し、山賀の腐敗した体制を立て直す事
で、上田藩にも及ぶで有ろう、大きな損失を防ぎたく考えましたので」。」
「何じゃと、我が藩にも大きな損失を被ると申されるのか。」
「はい、私は、上田のご城下で、松川藩の領民が、お米を買い求める姿を見ましたが、其れは、全
て、山賀の鬼家老達の仕業で、その鬼家老も退治したので御座いますが、問題は、山賀の腐敗した
体質なので御座います。」
源三郎は、殿様や、ご家老様や、阿波野達に対し、詳しく説明し。
「殿様、その様な訳で、我が藩から、吉永様を、こちらの菊池藩からは、松永様と、伊藤様に、ご
参加願い、山賀の体質を変える事で、上田藩は、勿論の事、松川、菊池藩、私の、野洲の全てが生
き残れると確信致しております。」
源三郎は、五つの国が生き残れるのだと話すので有る。
「じゃが、源三郎殿が考えておる様に上手く行くと良いのだが。」
「殿様、私は、皆様方の、ご協力さえ頂ければ、必ずや出来ると確信致しております。
これが、なされれば、今の幕府もですが、どの様な敵が参りましても防ぐ事がと申しますよりも、
この五つの国が、協力する事でどの様敵からも領民を守る事が出来るので御座います。」
源三郎の、後ろで聞いていた、吉永は、驚いて要る。
源三郎の話は、幕府以外にも大きな組織が現れると聞こえた。
だが、上田の殿様も、ご家老様も、其れに、菊池の高野達も気付いていない。
源三郎は、先日、田中に命じ、都の情勢を探る様にと指示を出したが、其れは、何の為なのか、
あの時は、分からなかったが、今の話で要約分かったので有る。
「阿波野、源三郎殿は、山賀の体質を変えるのが目的だと申されておる、我が藩も協力するの
じゃ。」
「はい、心得ました。」
阿波野は、この時、菊池の松永、伊藤の姿を見て直ぐ理解した。
「殿、我が藩からは、加納殿と、井出殿を、私も、同行させて頂きますが、源三郎様、如何で御座
いますでしょうか。」
「はい、私は、大歓迎させて頂きます。」
その時、十数人の腰元が、源三郎達の夕餉を運んで来た、其れと、同じ様にして、雪乃達も湯殿
から戻って来た。
「お殿様、お先に、湯殿を拝借させて頂き、誠に有難う御座いました。」
雪乃と、加世、すずの三名は、殿様に深々と頭を下げた。
「奥方、何も、お構い出来ぬが、夕餉を。」
「はい。」
「殿様、有り難き事で、では、皆様方も頂きましょうか。」
「阿波野、後は、その方に任せたぞ、源三郎殿、余は。」
「殿様。」
源三郎達は、上田の殿様に礼をすると。
「うん、源三郎殿、奥方を、大切にな。」
殿様は、ニコリとして、部屋を出、その後、阿波野達の夕餉も運ばれ。
「源三郎様、明日は、松川の。」
「はい、雪乃殿もですが、加世殿も、すず殿も、暫く振りなので、雪乃殿達には、松川で、暫くは
のんびりとさせたくと思っております。」
「う~ん、やはり、源三郎様は、優しいお方ですねぇ~。」
「私は、別に、これは、当然だと思っております。
雪乃殿も、加世殿も、すず殿も今まで、大変な苦労をされて来られたのですからね。」
近くには、上田の腰元十数人は居るが、やはり、雪乃は目立つ、それ程の美しさで、其れよりも、
源三郎は、話題を変えようと考え。
「雪乃殿、今日のお昼に話をされておりました、抜刀術ですが、松川藩には、達人がおられるので
しょうか。」
「はい、私と、二人の弟は、そのお方に教えて頂きました。」
「では、そのお方は、何処で、修練をされたかご存知でしょうか。」
「はい、確か、吉岡道場だと聴いておりますが。」
「えっ、吉岡道場ですと。」
吉永は、思わず声を出した。
「吉永様、如何されましたか、う~ん、確か、吉永様も。」
「はい、拙者も、吉岡道場の門下生で御座いました。」
「やはり、そうでしたか、私も、正かとは思いましたが、雪乃殿、で、そのお方の名は。」
「はい、斉藤様と。」
「拙者は存じませぬが、拙者は、二十数前に戻ってきましたので。」
吉永は、四十を越している。
「斉藤様が松川に戻られたのは、確か、十年程前だと聴いておりますが。」
「では、まだ、お若いのですね。」
「はい、私は、その様に思います。」
何と言う巡り合わせなのだ、同じ、吉岡道場の門下生だが、吉永が、吉岡道場を去った後、斉藤
が入門したので有る。
雪乃と、二人の弟は、その斉藤から、吉岡道場直伝の抜刀術を教わっていたのだと、吉永の目に
狂いは無かった。
雪乃の動作には、吉岡道場の動きが随所に現れていたので有る。
夕餉も終わりに近付いた頃。
「雪乃殿、私達は、阿波野様とお話しが有りますので、其れに、加世殿も、すず殿も、お疲れだと
思いますので、早めに寝床に、其れとですが、雪乃殿、今宵は、久し振りに、加世殿と、すず殿と
寝床を共にされては。」
「源三郎様、有難う御座います、では、私達は、これで、失礼致します。」
雪乃と、加世、すずはニコニコしながら、部屋を出た。
「阿波野様、高野様も、皆様方にも、私が、今から詳しく話しをさせて頂きます。」
源三郎の話は、長く続くが聴いていた阿波野達には時の過ぎる事も忘れる程で子の刻の九つを知
らせるまで続いたので有る。
「阿波野様、高野様、ご理解頂けましたでしょうか。」
「はい、源三郎様、我々で、是非とも成し遂げたく思います。」
「高野殿、我々も、源三郎殿の申されました、う~ん、でも大変ですが、源三郎殿の頭脳と、我々
の行動力が有れば、必ずや、成し遂げる事が出来ます。」
「皆様、ご賛同頂き、有り難く存じます。
では、皆様、何卒、宜しく、お願い申し上げます。」
源三郎は、一体、何を話したのだろうか、阿波野が大変だと言ったが、源三郎の考えが、明日、
松川で、話されるのか、其れとも、山賀に乗り込んでからなのか、果たして、其れはどの様な策な
のか。