第 9 話。 取り込み作戦開始。
朝、上田藩を発った、源三郎は、夕刻には城に戻って来た。
「父上。」
「源三郎か、如何で有った。」
「まぁ~、上田藩は大変でしたよ。」
「そんなに酷いのか。」
「はい、勘定方のお二人は、問屋から賂を取るは、問屋は、大詣で、米問屋、海産物問屋、其れに、
薬種問屋に、医者までもが密偵でしたから。」
「何、薬種問屋に医者もなのか。」
「はい、でも、一応は片付きましたので、其れと、海岸の洞窟の話は、やはり、漁師でした。」
「やはり、そうだったのか、だが、漁師は、何も、悪気が有っての話では無いと思うのだが。」
「はい、その様で、藩の者の話では、我々の藩が、何処かに大きな穴を掘っていると聞いたので
しょう、城下に来ていた侍も、確信は無く、領民に聞いたらしいのですが、城下の者達の中には知
る者はおりませんので。」
「で、源三郎は、洞窟の話は。」
「はい、私は、何も申してはおりませんので、数日後には、隣の菊池藩に出向き、今度は、菊池藩
の大掃除を行ないますので。」
源三郎は、菊池藩の大掃除が終わった後の事を考えて要る。
「源三郎は、両藩の大掃除が終われば、次の事も考えて要るのか。」
「はい、一応は考えておりますが、でも、急ぐ必要は無いと思っておりますので。」
「じっくりと構えて取り組むのか。」
「はい、今度も、我々の藩内では有りませんので、相手の出方も見なければなりません。
其れに、我々の工事も進めなければなりませんので。」
「うん、分かった、だが、他の藩の動きも、見る必要も有るなぁ~。」
「はい、上田、菊池以外からも、調べに入って要る様な気がしますので。」
「う~ん、そうなれば、わしの飼い犬を使うとするか。」
「父上、お願いします、私は、余り大勢の家臣と城下に行けば、相手も、何かしらの動きを止める
と思いますので。」
「よ~し、至急、呼び出し、城下の見張りに就けよう、問題が起きてから対処すればいいんだ。」
「はい、私も、同感です。」
源三郎は、その三日後、菊池藩に向け、発ち、菊池藩の内情を整理しながら、だが、隣の藩と言
う訳でも無かったが、怪しげな侍、数人が何を急いでいるのか、源三郎を追い越して行く。
あの者達は、果たして、幕府の者達なのか、夕刻近く、菊池藩の城下に入った。
源三郎は、旅籠に入り、城下の者達の動きを見ていると、あの怪しげな侍達が、何か探って要る
様にも見えた、やはり、幕府の者達なのか、其れは、今は、分からない。
源三郎は、書状を書き、旅籠の者に持たせ、城に届けさせ、返事だけを貰う様に頼んだ。
実は、この旅籠の店主と、大番頭が密偵だと、其れに、米問屋と、海産物問屋が密偵だと調べは
付いている。
城からの返事は、源三郎の食事中に届いた。
「明日、お待ち、申し上げております。 高野伊之助。」
と、書いてある。
菊池藩に来るまでは、調べる余裕が有り、其れに、菊池藩の、ご家老様は、殿様に詳しく説明し、
明日は、殿様と、ご家老様が大芝居をする事になって要る。
そして、明くる日の早朝、源三郎は、城に向かったが、あの侍達は、何故、この様な早朝から動
き出して要るのだ、其れに、一体、何が、目的なのか、源三郎は、少し気にはなったが、今日から
は、菊池藩の大掃除を行なわなければならない、今、余計な事を考えて要る暇は無い。
旅籠を出て、殆ど直ぐにと言っての良い程、お城は近く、大手門の門番に告げる前に、高野が、
出て来た。
「源三郎様、お待ち申し上げておりました。」
「高野様、直々のお迎え、有難う御座います。」
「源三郎殿、殿と、家老が、お待ち致しておりますので、ご案内いたします。」
「左様で、御座いますか、では。」
源三郎は、高野の案内で、殿様と、ご家老様の待つ部屋へと向かった。
廊下で、すれ違う家臣達は、源三郎を見て、何か、有ったのかと思って要る。
「殿、生野田源三郎殿で、御座います。」
「これは、これは、源三郎殿、良く来て頂きました。」
「生野田源三郎と申します、本日は、何卒、宜しく、お願い申し上げます。」
「家老からも聴きました、源三郎殿、我が藩の恥をさらす様ですが、宜しく、お願い申す。」
殿様は、頭を下げ。
「殿、お上げ下さい、私に、出来る限りの事を致すだけですので、其れよりも、ご家老様、お二人
のお芝居を宜しく、お願いします。
後は、全て、私に、お任せ下されば。」
「源三郎殿、どの様な恥をさらしても宜しいです、我が藩と、領民が助かるので有れば。」
その時、城の大太鼓が。
「どど~ん。」
と、鳴った、家臣一同の一斉登城の合図で有る。
殿様も、ご家老様も、何かしら緊張している。
我が、野洲藩も、上田藩も、全て、源三郎の思い通りに事は進んだ、だが、果たして、菊池藩は、
どの様になるのだ。
何も、知らない家臣達が集まりだしたが、菊池藩の家臣達は、源三郎を知らない、数人づつが小
声で話しをしていたが、間も無く、全員が集まり。
「本日、皆の者に集まって貰ったのは、我が、菊池藩の一大事となるやも知れぬ話しで有る。
そして、そちらに座っておられる方は、上田藩の生野田源三郎と申され、殿からの命により、以
前より、内定され、我が藩の城中に、幕府の密偵が要る事が判明した。」
ご家老様の話しで、大広間に集まった家臣達は、大騒ぎとなった。
殿様も、ご家老様も、暫くの間は静観していたが。
「皆の者、静まれ~い、静かにせよ、静まるのだ。」
ご家老様が大声を張り上げ。
「一体、何を騒いで要るのだ。」
「ご家老、今、申されました事は、誠で、御座いますか。」
さぁ~、これからは、殿様と、ご家老様の大芝居が始まる。
「う~ん、残念だが、誠なのだ、殿も、私も、以前より、知っておったが、証拠が見つからずにい
たのだが、先日、要約にして見つかったのだ。」
又も、騒然とし始めた。
「静かにするのじゃ。」
殿様も、声を張り上げ。
「余も、知っておったのじゃ、だが、今、家老の申した様に、この者で有ると言う証拠が無かった
のじゃ、だが、此処に居られる、源三郎殿が、見付け出されたのじゃ、源三郎殿は、上田藩のお方
じゃ、今、一度、家老の話しを聴くのじゃ。」
まぁ~、其れにしても、殿様の大芝居、見事なものだと、源三郎は、感心している。
「殿、誠に、申し訳、御座いませぬ。
今も、聴いた様に、殿も、知って居られ、その者達の氏名も分かっておる。
だがなぁ~、殿は、其れは、もう大変なお怒り様で、その者達は、即刻、打ち首だと申された。
だが、その者達は、日頃、真面目にお役目を果たしていると分かり、だが其れでも、ご重役方は、
許す事は出来ぬ、一族全員、打ち首だと申されたのだ。」
「ご家老、その者達の氏名を明らかにされては、如何でしょうか。」
「うん、私も、その様にしたい、だが、此処に居られる、源三郎殿が止められたのだ、殿は、源三
郎殿の説得に応じられ、今は、お怒りも、少しだが収められた。
其れで、私は、殿にお願いをした、本人が名乗りを上げるのを、待って頂きたいと、どうだ、そ
の者達の氏名も分かって要る、今から、少しの猶予を与える、その者達は、名乗り出なさい。
決して、悪い様にしないから。」
殿様も、ご家老様も、家臣達も静かに待っている、其れでも、時だけが流れて行く。
「名乗り上げぬとなれば、本人もだが、何も知らぬ、妻や、子供までもが、打ち首になるのだ、勿
論、親戚の者達も全員だ、其れでも、名乗り上げる気持ちは無いのか。」
大広間に集まった家臣達は静かになって要る、其れは、余りにも、衝撃的な話で、騒ぐ事も出来
ない状態が続き、其れから暫くの時が過ぎ。
「殿、ご家老様、拙者で、御座います、誠に、申し訳御座いませぬ。」
一人の家臣が名乗りを上げ。
「拙者もで、御座います、殿、ご家老、申し訳御座いませぬ。」
やっと、名乗り上げたが、大広間は、蜂の巣を突いた様な大騒ぎになった。
其れは、正かと思われる人物で、二人は、共に勘定方で、長年、真面目にお役目と努めていた。
「うん、よくぞ申した、では、聴くぞ、その方達、二人は、幕府にはどの様な報告をしていた。」
「はい、私も、最初、父上から聴かされた時には、一体、何が有ったのかも、分かりませんでした。
父上の話では、私の、祖父の時代から続いており、その報告と言うのは。」
「うん、其れで、どの様に報告をしたのじゃ。」
「はい、父上の時代も、私の時も同じ様な内容で、穀物類は、今年も豊作とまでは行かず、農民は、
大変な苦労をしており、漁民も、潮の流れ悪く、不漁に近しと、この様な文面で、御座います。」
「其れは、その方達が調べ、その様に書いたのか。」
「いいえ、私は、一度も調べた事も無く、父も調べた事は無いと、申しておりました。」
大広間に集まった家臣達は、静かに聴いている。
「だが、何故、幕府の密偵などになったのじゃ。」
「はい、私が、父から聴かされたところに寄りますと、先先代の頃、何かの拍子で、有りもしない
噂が流れ、我が藩と、隣の野洲藩、其れと、上田藩が、何やら、企みを抱いていると。」
「何じゃと、では、我々の様な小藩が、幕府に対して、造反を企んでいると、う~ん、これは聞き
捨てならぬ話じゃ、其れで、如何したのじゃ。」
「はい、其れで、この三つの藩の中に、それぞれ密偵を送ったのですが、其れが、悉く失敗に終わ
り、ではと、藩の者達に的を絞り、その者達の中に入ったのが祖父で、御座います。」
「其れは、余も聞いておる、あの頃は、毎年の様に不作と、不漁が続き、幕府に収める上納金も捻
出出来なかったと。」
「はい、私も、その様に聴いております。
祖父も、家計は苦しく、食べ物も少なく、その時、幕府から、毎年、金子を出すから、内密に調
べ、報告せよと、申し出が有ったと。」
「では、その方達の祖父は、我が藩の状態を報告すれば、大金が入っておったのか。」
「はい、私にも、毎年、数百両と言う大金が、何度かに分けて送られて来ております。」
「じゃが、その報告と言うのは、毎年、同じ様な内容ならば、幕府も、気付くで有ろう。」
「殿、全てが、同じ様な内容では、御座いません。」
「よ~し、分かった、源三郎殿、如何なる訳が有ったにせよ、余は、許す事は出来ぬ、高野。」
「はい。」
殿様の大芝居、高野も芝居の相手だ。
「高野、余の太刀で、打ち落とすのじゃ。」
「えっ。」
二人は、正か、この場で打ち首になるとは思いもしなかった、だが、時既に遅し、高野は、殿様
から太刀を受け取り、二人の後ろに立っている。
大広間の家臣達は、驚いて要る、ご家老様は、悪い様にはせぬと申され、だが、殿様は、高野に
太刀を渡し、打ち落とせと命ぜられた。
「お二人共、覚悟召されい。」
二人は、少し、前屈みになった瞬間、高野は、太刀を振り上げ、太刀は風を切った。
すると、二人の頭から、髷がポトリと落ち。
「二人共、これで終わりだ、殿は、打ち落とせと、申された、其れは、お主達の髷を打ち落とせと
言う意味だ。」
二人は、落とされた、髷を拾い、膝の上には、涙が落ちている。
大広間の家臣達も安堵した様子で有る。
「源三郎殿、これで、宜しいですかな。」
「殿様、ご家老様、誠に、有難う、御座います。」
「松永、伊藤の両名、よ~く、聴くのじゃ、お主達の命を救われたのは、こちらの、源三郎殿じゃ、
本来ならば、一族の者、全員を打ち首なるのだが、源三郎殿は、お主達を殺したところで、幕府は、
許してはくれぬと、皆の者、よ~く、聴くのじゃ、我々の藩は、源三郎殿によって助けられたのも
同然で、今から、源三郎殿の、お話しを聴くが、これからが、一番の問題で有る。
皆が協力せねばならぬと言う話しじゃ、では、源三郎殿、宜しく、お願い申します。」
ご家老様は、源三郎を前面に押し出す事を考えたので有る。
「私は、生野田源三郎と申しますが、皆は、私を、源三郎と呼んでおりますので、今後は、源三郎
とお呼び下さい。」
その後、源三郎は、菊池藩が、今、置かれている状況をを説明したので有る。
「源三郎殿、では、上田藩でも同じで有ると。」
「はい、三つの藩に対し、幕府は上納金を増やせと通告している事に間違いは、御座いませぬ。」
「殿、我が藩だけでは無かったのですねぇ~、ですが、源三郎殿、幕府は、何故、その様な上納金
を増やせと通告して来たと思われますか。」
「殿様、ご家老様、この三つの藩の密偵は、密偵とは名ばかりで、此処に居られます、お二方も、
一度も調べずに、ただ、報告の内容も簡単で、送られたと申され、其れは、他の藩でも同様で、御
座います。」
「では、報告が偽りだと、幕府は知って要るのでしょうか。」
「いいえ、其処までは、確認出来てはおりませんが、何れにしましても、幕府は本気で調べに入る
と、存じます。」
「源三郎殿は、何か、秘策でもお有りの様ですが。」
「ご家老様、やはり、分かりましたか。」
源三郎は、今、話すべきかを考えた、だが、この家老は、頭が切れる、余計な疑いを持たれるよ
りも、この三つの藩が結束する方を選ぶのが、得策だと考えたので有る。
「はい、実は、殿様、ご家老様、そして、皆様、私は、上田藩の者では御座いませぬ。」
「えっ、其れは、どの様な意味ですか。」
大広間の家臣達は騒ぎ出した。
「ご家老、これは、一体、どの様な事なのですか。」
「皆の者、静まれ~い、静まるのじゃ。」
殿様の一喝で静まった。
「皆の者、よ~く、聴け、源三郎殿は、隣の野洲藩で、ご家老様のご子息なのだ。」
「えっ、何故、他の藩の者が、我が藩の内情に。」
「皆の者、実は、私が、お頼みしたのだ。」
「えっ、ご家老、ですが、一体、何故なのですか。」
「では、今から、説明する。」
ご家老様は、家臣達に対し、詳しく説明し、やがて、説明が終わる頃、家臣達も納得した。
「みんな、よ~く、聴いてくれ、今、話した様に、源三郎殿は、上田藩も救われた。
勿論、源三郎殿の野洲藩もだ、今回の件に付いては、殿も、ご承知して頂いた。
みんなは、源三郎殿の話を聴き、我が藩を取り壊そうとする、幕府に対抗する為に、みんなが、
協力するのだ、分かったか、源三郎殿、申し訳ない、話しを続けて頂きたのですが。」
「はい、承知、致しました。
今も、ご家老様が、申されましたが、今、この三つの藩は、幕府の狙いにさらされております。
私は、我が藩の殿より、厳命を受け、どの様な策を講じても良い、我が藩の領民を救えと、申さ
れました。」
「あの~、宜しいのでしょうか。」
「はい、どの様な事でしょうか。」
「今、申されましたが、源三郎様の受けられたお役目と言うのは、領民を救えと、何故、領民なの
でしょうか。」
「其れは、藩が取り潰しになれば、ご家中の皆様は、浪人となり、最悪の場合は、ご家族は離散さ
れますよ、其れよりも、悲惨なのが、領民、特に、農民や漁民で、その人達は、何処にも行けず、
幕府の領地ともなれば、今、以上に苦しむ事になりますよ。」
「う~ん、ですが、源三郎殿の申される事は。」
「ご家老様、我が藩主も、家老も、藩と、領民の為ならば、何時でも腹は切る覚悟は出来ていると、
申しております。」
源三郎は、今、全てを話す事で、我が藩に、菊池、上田の両藩を加え、三つの藩が同盟を結ぶ事
で、生き残れると考えたので有る。
「殿、私も、覚悟を決めました。」
「うん、余も、覚悟する、源三郎殿、我ら、二人は、覚悟を決めた、源三郎殿が、どの様な策を話
されても、もう驚く事は、御座らぬ、何卒、我が藩も、お仲間に参加させて頂きたい。」
菊池藩の殿様からは、思わる言葉が出た、源三郎は、まだ、何も言ってはいないが、何やら察し
た様子で有る。
「お殿様、何故、その様なお言葉を。」
やはり、この藩の高野と言う人物は、誰かを、探していたのだろうか、あの時、見掛けたのは、
果たして、高野なのかと、源三郎は、考えて要る。
「源三郎様、正直に申し上げますので、私は、他の藩とは違う動きをされて要ると考え、申し訳、
御座いませんが、私が、探っておりました。」
「そうですか、其れで、何かを見付けられましたのでしょうか。」
「いいえ、はっきりとは分かりませんが、時々、海岸へ向かわれます、大勢の人達を見ておりまし
たので。」
やはりなのか、海岸の動きを見たのだ。
「そうですか、殿様、ご家老様、ご家中の皆様、お話しを致します。」
源三郎は、海岸の洞窟を掘削している事実を話すと、大広間の家臣達、全員が、大変な驚き様で、
先程の密偵処の騒ぎでは無かった。
「源三郎殿、其れは誠なのですか。」
ご家老は、驚きを通り越している。
「私は、高野様らしき、侍を数度見掛けておりましたが、別段、これと言った確信が無かったので、
引き止めはせずにおりました。」
「源三郎殿、我が藩も、近くに海岸が有るのですが、源三郎殿が、申される様な、洞窟は無かった
様に思うのです。」
「私は、その海岸に洞窟が有るのか、其れは、知りませんが、地元の漁師ならば知っておられると
思いますよ。」
「では、我々も早速。」
「ご家老様、突然に行かれても、駄目だと思いますが。」
「其れは、何故ですか。」
「はい、私は、その前に漁師さん達と、信頼関係を作らねばならないと考えております。
まず、侍の姿で行かれれば、誰からも、本当の事は教えて貰えませんよ、私は、農民さんの着物
で、刀も持たず、あの人達が、どの様な状態で、仕事をされて要るのか、時を掛け調べ、言葉使い
も、侍言葉で無く、其れは、命令する様な、態度では、決して、心を開いてはくれないと思います
よ、私達に、全てを教えて頂きたのですと、言う態度で無ければ、無理だと思います。」
「う~ん、其れは、本当に大変ですなぁ~。」
「はい、私の藩でも、農民さんや、漁師さんに対する言葉使いと、態度が出来ない者は、この役目
から外し、自宅謹慎になった者達もおります。」
「源三郎殿、何故、我々が、農民や、漁民に頭を下げなければならないのです。」
「貴殿は、何も知らないと言うよりも、私が、先程、説明した話しを全く、聴いて無かったと言う
事で、ご家老様、誠に、申し訳、御座いませんが、私は、この藩の、ご家中の中で、一人でも、今
の様な考え方を持たれているので有れば、協力は、致しかねますので、私は、野洲に帰らせて頂き
ますので。」
「えっ、何故だ、何故、農民や、漁民に頭を下げるなどとは、拙者菊池藩の武士としては、到底、
承服出来ないです。」
「殿様、ご家老様、私は、失礼致します。」
源三郎は、殿様、ご家老様に頭を下げ、帰った。
さぁ~、大変な事態になった、源三郎は、当分の間、この藩の動きを見る事にした。
「お主は、何も、理解していないのか。」
同僚も怒っている。
「何故だ、何故、武士とも有ろう我々が、農民達に頭を下げなければならないのだ。」
「その方は、一体、何を聴いていたのじゃ、農民や、漁民を怒らせると、一体、どうなると思って
おるのじゃ。」
「ですが、拙者は武士としての誇りが、御座います。」
「吉川、お前が言う、武士の誇りとは、其れだけの事なのか。」
「高野殿、どの様な意味で、御座いますか。」
「吉川、あの源三郎殿の言葉使いと、態度を見て無かったのか。」
「・・・。」
「源三郎殿は、最初から、農民や、漁民に対する言葉使いは、武士の誇りを持たれている、だが、
先程も、農民とは言わず、農民さん、漁民さんと呼ばれている、其れだけでも、源三郎殿に、我々
は見習う必要が有るのだ、農民の着物を着て、刀も持たずに行く、だが、武士としての誇りだけは
持っておられるのだ、吉川、分かって要るのか、え~、一体、どうなんだ。」
「ですが、何故、刀も持たずに行くのですか。」
「吉川、その方にだけでは無い、皆もよ~く、聴くんだ、私は、最初、源三郎殿にお会いして、驚
いた、其れは、あの若さで、藩を救う、其れも、領民の為にと、申された、藩主殿からの厳命だと、
だがなぁ~、本当は、源三郎殿は、数年間も掛け、其れで、やっと、漁民と農民に信頼される様に
なり、大工事が始まったと聞いている。」
「えっ、数年間も掛けてで、御座いますか。」
「ああ、そうだ、私も、高野も、其れを聴いて、本当に驚いた。
源三郎と言われる人物は、殿様からも、源三郎と呼ばれていると聴く、更にだ、高野が、城下で
聴いたが、町民からも、源三郎様と呼ばれているそうだ、高野、どうだ。」
「はい、ご家老の申される通りです。
生野田と言えば、ご家老様で、先程も言われたが、源三郎と呼んで下さいと、だから、私と、ご
家老で、殿に申し上げ、我が藩を救う手立てを考えて頂こうとしたので、皆様も、真剣に考えて頂
きたい、松永達の事を知ったのも、源三郎殿が調べられた、お陰なのだ。」
「では、其れまでは、誰も知らなかったのですか。」
「ああ、その通りだ、源三郎と言う人物は、権力を使うのではなく、農民や、漁民、其れに、町民
達と、同じ目線で、物事を考えておられる、其れに、比べ、お主は、まだ、武士の目線で、領民を
見ていると言う事なのだ。」
「殿、大至急、源三郎殿に戻って頂かなくてはなりません。」
「う~ん、一体、どうすればよいのじゃ。」
「殿、私が、詫びを入れます。」
「ご家老が、ですか。」
「高野、お主も一緒だ。」
「はい、承知、致しました。」
菊池藩の、ご家老様と、高野は、直ぐ、源三郎を追い掛けたのだが、一向に、源三郎の姿は見え
ず、国境と越え、城下に入り、そのまま、城へと向かった。
一方、源三郎は、農村に向かっている。
「う~ん、この農村は、我が藩以上に苦しいなぁ~。」
源三郎が、農村の土地が痩せている、これでは、多くの作物の収穫は出来ないだろうと思い、一
路、海岸へと向かった。
海岸に着くまでは、一里も無く、辺りは、岩石交じりの小石ばかりで、源三郎は、最初の漁村に
着いたが、やはり、この漁村も砂の浜は無かった。
周囲は、高い山に囲まれ、源三郎の知って要る、海岸とは、別の様な気がした。
「我が藩とは、それ程にも離れておらずに、何故、これ程にも地形が違うのだろうか。」
その海岸は、大きな湾となっており、全体を見ても、浜らしきところは無かったので、暫くの間
眺めていると。
「あの~、お侍様、何かを、お探しでしょうか。」
漁師が、声を掛けて来た。
「若しや、この海岸に洞窟の様な、大きな穴は、御座いませんか。」
源三郎は、何時もの低姿勢で聴くと。
「洞窟って、あの岩の穴ですか。」
「ええ、多分、そうだとは、思いますが、大きな穴は有るのでしょうか。」
「うん、有りますよ、オラは、この村で生まれたから知ってるよ。」
「そうですか、では、その穴は大きいのでしょうか。」
「うん、だけど、引き潮の時にしか入れないんだ。」
其れで、有れば、野洲と同じだ、だが、一体、どれ程の奥行きが有るのだだろうか。
「でも、皆さんは、入った事が無いのでは。」
「オラは、何度か、入った事が。」
「へぇ~、そうなのですか、今は、入る事は出来ませんでしょうか。」
「う~ん、そうだなぁ~、もう少し後なら行けるよ。」
「漁師さん、お願いが有るのですが。」
「お侍様は、その穴に行くのかねぇ~。」
「はい、是非とも、見たいのですが、無理ならば仕方は有りませんが。」
「オラは、別にいいよ、じゃ~、今から、行こうかねぇ~。」
「はい、大変、申し訳、有りませんが、ご無理を言いまして。」
「いゃ~、いいんですよ、この頃は、漁も少ないし。」
「えっ、そんなに少ないのですか。」
「うん、オラ達は、沖には出ないんですよ。
「でも、あの沖に出ると、大漁だと。」
「う~ん、だけどねぇ~。」
漁師の言葉が何やら変だ、この湾の外に出れば、大漁のはずだ。
「何か、言い伝えでも有るのですか。」
「はい、大昔ですが、この村じゃ~、無いんですがね、他の村の漁師が、外に出て、全部死んだん
ですよ。」
「えっ、全員が死なれたって、其れは、嵐にでも有ったのですか。」
「ええ、そうなんですよ、こっちじゃ、静かなんですがね、外に出ると、急に大きな波に有ったっ
て、其れからは、誰も、外には行かないんです。」
「では、漁師さんの暮らしは大変ですねぇ~。」
「うん、オラ達は、漁師なんで、何とかして、魚を多く獲りたいんだ、だけど、特に、この頃は、
もう、さっぱり駄目なんです。」
話しの最中に、洞窟の入り口に着いた。
「お侍様、此処が、入り口なんです。」
源三郎は、沖を見るが、やはり、此処でも、少し離れたところからは、洞窟の入り口は見えず、
入り口は少し大きく、高さは、二尺は有り、幅も、七尺か、八尺は有るので、漁師の操る小舟でも
十分に通れる。
漁師は、入り口を入ったところで、松明に火を点けた。
「漁師さん、この洞窟は大きいのでしょうか。」
「うん、オラは、何度か入ったけど、二町は有ると思うんだ。」
「へぇ~、二町も有るのですか、其れは、大きいですねぇ~。」
「うん、其れに、幅は、一町以上は有るんだ。」
「其れは、凄いですねぇ~。」
「うん、其れに、こんなのが、何個有ったかなぁ~。」
「へぇ~、そんなに多く有るのですか。」
「うん、確か、三十個は有ると思うんだ。」
「そんなにも有るのですか。」
源三郎は、此処に有る大きな洞窟は利用出来る、漁師達も漁が少ない、其れならば、食料を出し
てでも、洞窟を整備出来れば、大量の物資を隠せる事が出来ると。
「漁師さん、有難う、これは少ないですが、お礼に受け取って下さい。」
「えっ、何で、オラは、何もしてないんですよ。」
「いいえ、私を、この洞窟に案内して頂きましたので、まぁ~、その内に、お世話のなると思いま
すのでね。」
「だけど、オラ~。」
「いいんですよ、私は、源三郎と申しますが、漁師さんは。」
「オラは、三太って言います。」
「三太さんですか、宜しく、お願いしますね。」
源三郎は、漁師の三太に頭を下げると。
「お侍様、オラは、漁師だ、漁師なんかに、お侍様が、頭を下げないで下さい。」
「私は、別に、気にしてはおりませんよ、だって、私が、無理をお願いしたのですからね。」
三太は、驚いて要る、今までの侍は、何時も威張り、命令ばかりするが、源三郎は、相手が漁師
でも、平気で頭を下げる。
「だけど。」
「三太さん、何も、気にしなくても宜しいですよ。」
源三郎は、ニコニコとしている。
「三太さん、そろそろ、戻りましょうか。」
「はい。」
三太は、岩礁の間を巧みに避けて行き、浜に戻った。
「では、三太さん、有難う。」
源三郎は、三太に手を振って帰って行く。
一方、菊池藩の、ご家老様と、高野は、野洲の城に入り、ご家老様と、話し合っている。
「ほ~、なるほど、そうですか、源三郎がねぇ~。」
「ご家老、拙者は、源三郎殿に詫びを入れる為に。」
「まぁ~、はっきりと申し上げて、無理でしょうなぁ~。」
「何故で、御座いますか。」
菊池藩の家老は、何とかしてでも、源三郎の協力を仰ぎたいのだろうが、源三郎が、一度、横を
剝くと、例え、殿様でも駄目なのだ。
「実はですねぇ~。」
野洲の、ご家老が、以前、起きた事を話すと。
「えっ、正か、殿様が行かれても駄目なのですか。」
「はい、私とは、数十日間も話は出来なかったのですから。」
身内でさえ、無理なものを、では、一体、どうすればいいんだ、家老も高野も考え込んでいる。
「父上。」
「お~、源三郎ですぞ。」
「えっ、ご家老様と、高野様も、一体、如何なされたのですか。」
源三郎は、正か、ご家老様が来ているとは知らなかった。
「源三郎殿、誠に、申し訳、御座らぬ。」
源三郎は、直ぐに分かったが。
「先程の一件で、御座いますか。」
「はい、その通りで、全く、我らの家臣と申すよりも、全員が、源三郎殿のお話しを真剣に受け
取っておらず、後で、皆が後悔しております。」
「ご家老様、私は、一人でも、あの様に偏見を持たれている様ならば、お引き受けする訳には参り
ませぬので。」
「いゃ~、確かに、あの言葉は実に軽率で有った、私としては、何としても、お戻り願い、我が藩
を、お救い下され、この通りです。」
ご家老様は、頭を下げるが。
「ご家老様、今は、直ぐに、ご返答致しかねます。
まぁ~、皆様が本気にならなければ、農民さんや、漁師さんの不満が一気に吹き出す事は、間違
い、御座いません。
その時になって初めて後悔されても、もう手遅れだと、申し上げて置きますので、今日のところ
は、申し訳、御座いませぬが、お引き取り願います。
では、私は、別の用件も、御座いますので、失礼致します、ご免。」
源三郎は、家老の部屋を出、自室に戻った。
「源三郎には、私からも伝えますので、失礼ながら、あの様になれば、一切、耳は貸さなくなりま
すので、今日のところは、お引き取りを願います。」
「左様で、御座いますか、では、仕方が、御座いませぬ、高野、今日のところは、我々も、帰ると
しようか。」
「はい。」
「では、ご家老様、何卒、よろしく、お願い、申し上げます。」
菊池藩の家老と、高野は、しぶしぶ引き上げて行く。
「源三郎、良いか。」
「はい、父上。」
「一応は話は聴いた、あの家老、相当、身に応えておるぞ。」
「まぁ~、少し、時を置けば、良いと考えておりますので。」
「源三郎、其れで、他はどの様になって要るんだ。」
「はい、農村は、思った以上に荒れておりますねぇ~。」
「そんなに酷いのか。」
「はい、私は、土地に問題が有ると思いました。」
「土地に問題か、では、豊作は望めないのか。」
「はい、其れは、到底無理だと。」
「仕方無いか、で、漁村は。」
「漁村は、大きな湾の一番、奥に有りましたが、野洲の様な浜は殆ど無く。」
「浜が無いとは。」
「はい、其れで、洞窟の話を聴きましたところ、あの湾には、我々の洞窟よりも、大きな物で、
入った洞窟は、奥までが二町も有りました。」
「何だと、洞窟が二町も有るのか、で、一体、どれ程有るんだ。」
「はい、其れが、三十個も有ると。」
「えっ、三十個も有るのか。」
「はい、私は、帰る途中で考えておりましたが。」
「まぁ~、お前の事だ、菊池藩が驚く様な事を考えて要ると思うんだが。」
「父上、私は、何も、驚く様な事は考えておりませんので。」
源三郎は、一体、何を考えて要る。
上田藩と、菊池藩は、親戚でも有る、其れを利用するとでも言うのか。
「父上、菊池藩は、我が藩よりも深刻ですので、菊池の農民と、漁民の全員を、更に、家臣達もで
すねぇ~。」
「おい、おい、源三郎、本当にその様な事が出来るとでも思っておるのか。」
「私は、上田と菊池の両藩が本気になれば出来ると思いますよ。」
「では、我が藩は、一体。」
「我が藩は、別ですよ、今後の動きによっては、我が藩が、中心的な役割を果たす事になると思い
ますので。」
「う~ん、源三郎、何れにしてもだ、大変な事態になったのは間違いない、わしは、殿と相談し、
近い内に、三つの藩の家老が集まって、協議せねばなるまいと。」
「はい、私も、実は、其れを望んでおります。
父上が、上田と、菊池の両藩を取り込んで下さるので有れば。」
「何だと、上田と菊池を取り込むだと。」
「はい、両藩は、今、悪い方へと向かっており、我が藩が、生き残る為にも、両藩を我らの見方に
付かせれば、両藩も、生き残る事は出来ると。」
「では、両藩を説得せよと言うのか。」
「はい、今の両藩ならば、我々に縋らねば、幕府の取り壊し以前に、農民や、漁民は、他の国に移
り、次第に城下も寂れて来ると思います。」
「え~、そんなにも、菊池藩は、酷いのか。」
「はい、米の収穫も少なく、畑でも多くの作物が収穫出来るとは期待が出来ないと思へます。」
これは、大変な事態になった、最初は、幕府の上納金を減らす目的で有ったが、菊池藩は、崩壊
寸前なのだ、だが、殿様を始め、藩の者達は、殆ど気付いていない。
源三郎は、我が藩の生き残りを掛け、上田と菊池の両藩を取り込む作戦を考えたので有る。
源三郎は、何時も突飛な作戦を考え付く、その後、源三郎は、菊池藩の家老宛てに書状を認め送
ると、その数日後、ご家老と、高野、其れに、あの松永と伊藤までもが、飛んで来た。
源三郎は、何時もの執務室で、田中達、三名に指示を出している。
「源三郎殿。」
「ご家老様、お早いお着きで。」
家老達は、夜中に藩を出、朝、五つに着いたので有る。
「源三郎殿、重要な、お話しが有るとの書状を頂き、我ら、飛んで参りました。」
「其れは、大変で、御座いましたねぇ~。」
源三郎は、平然として要るのが、不気味に感じている、高野で有る。
「で、早速ですが、その重大なお話しとは、一体、どの様なお話しでしょうか。」
「はい、では、お話しをしますが、私は、あの後、農村に行ったのですが、私が、見たところでは、
あの土地では、稲作には剝かないと感じたのです。」
「はい、全く、言われる通りで、稲は、毎年の不作で、野菜は、何とか出来るのですが。」
「そうでしたか、その話は後にしまして、松永様、伊藤様、幕府からの金子は。」
「はい、あの金子は妻に見せる事も出来ず、私が、有る所に隠してあります。」
「其れは、全てを言うのですか。」
「はい、全額ですが。」
「伊藤様も、同じで、御座いますか。」
「はい、私は、松永殿に相談し、同じ様に隠しております。」
「分かりました、其れで、ご家老様、今からが大事なお話しです。」
源三郎は、農民を助ける為の方策を家老に説明すると。
「えっ、その様な、大胆な事を致せば、幕府の密偵に見つかるのでは。」
「松永様、ご城下の密偵は。」
「はい、私は、米問屋で、御座います。」
「やはり、そうでしたか、で、伊藤様は。」
「はい、海産物問屋で、御座います。」
「では、薬種問屋は。」
「はい、薬種問屋は、上田藩からの出店で、小番頭が、店を切り盛りしておりますが、小番頭は、
何も知りません。」
家老も、高野も傍で聴いているが、初めて聴く話に驚きは隠せない。
「源三郎殿、何故、その様な事まで、ご存知なのですか。」
「私は、ただ、菊池藩に行ったのでは御座いませんよ、全てを調べた上での事ですから。
松永様、伊藤様には、後で、お話しをします。」
松永も、伊藤も、正か、其処まで知って要るとはと、源三郎と言う人物は、本当に、恐ろしい人
物だと思うので有る。
「ご家老様、先程の農民さんの話ですが。」
源三郎は、詳しく説明すると、家老は、納得した。
「では、農民が消えた様に見せるのですね。」
「はい、幕府の者達が調べても分かりませんから、米作りの農家だけで有れば、農民が夜逃げした
と思うでしょうからねぇ~。」
「ですが、海岸には、家が必要では有りませんか。」
「城下の大工に建てて頂ければ大丈夫ですよ、但し、大工さん達にも、詳しく説明する必要があり
ますのでね。」
源三郎と言う人物は、何と、大胆な方法を考えるのだ、我が藩には、その様な人物は、何処を探
しても見付からないと、家老は思い。
「ですが、家が新しいと、直ぐに分かると思いますが。」
「ご家老様、中は新しく、外はには、古い家の木材を使えば、誰が見ても分かりませんよ、其れと、
漁民さんの家も、同じ方法で作らせて下さい。」
「源三郎殿、大工に説明するのですが、代価は。」
「代価ですか、松永様と、伊藤様の隠し金を使えばよろしいと、思いますよ、その様にすれば、藩
からの出金は、御座いませんのでね。」
ご家老様も、高野も唖然としている。
「松永様も、伊藤様も、多少の金子を持ち出すので無ければ、奥様に知られる事は無いと思いますが、如
何でしょうか。」
「はい、その様にして頂けるので有れば、私も、少しは気が楽になります。」
「そうですか、良かったですねぇ~、其れで、ご家老様、後日、私は、松永様と、伊藤様に同行し
て頂き、米問屋と、海産物問屋に行きますので。」
「えっ、源三郎殿だけでしょうか、出来ますれば、私も、同行させて頂きたいのですが。」
源三郎の思い通りに運び出した、松永と伊藤だけを同行させると言えば、高野も、必ず、同行を
申し入れるだろうと。
「では、お願い、申します。」
その後、源三郎は、道具類の手配を頼み、これで、一応は終わりだと、芝居を打つと。
「源三郎殿、先日の一件の話で、御座いますが。」
やはり、来たか、先程から、ご家老は、何時、話しだそうかと考えていたのだろうか。
「先日の一件と申されますと。」
源三郎は、恍けた。
「我が家臣が、大変、失礼な言葉で。」
「あ~、あの事ですか。」
「はい、あれから、殿も交え、皆の者が話し合ったのですが。」
「ご家老様、幾ら、殿様や、ご家老様が本気になられましても、ご家中の皆様が、本気にならなけ
れば、なりません。
私が、あの日の帰りに、農村と、漁村の一部を見ましたが、ご家中のどなたも、ご存知無いと思
いますよ、何れの時が来れば、農村も、漁村からも全ての人達が、夜逃げで、人影は見えずとなり、
菊池藩は崩壊致しますよ。」
「源三郎様は、其処まで、お分かりに。」
「高野様、ご家中の方々は、余りにも、農村や、漁村をないがしろにされて要る様に、お見受け致
しますよ、其れが、先日、あの様な言葉となって出て来たと思われます。
我が藩主は、何時でも腹は切る、だが、領民だけは助けろと、私に、厳命されたのです。
私が、進めております工事は、我が家中の者達の為に進めているのでは、御座いません。
全て、領民の為、其れが、最終的には、家中の者達の為にもなるのです。
ご家老様、この部屋に居る者達の着物は、全て、農民さんから譲り受けた着物です。
其れと、この部屋に居る者、全員に腰の物は御座いません。」
ご家老も、高野も、松永と伊藤も部屋の中を要る家臣達の姿を見て、腰の物が無い事に気付いた。
「源三郎様、私も、考え方を改め、今後は、領民の為に、其れが、何れ、最後には、我々の藩の為
だと、ご家老、源三郎様の申される通りだと、私も、今、分かりました。
あの者達だけで無く、我が藩主も含め、全員が本気にならなければ、数年の内に農民が夜逃げす
るやも知れませぬ。」
「高野、よくぞ申した、我々も、心入れ替え、源三郎殿に教えて頂くのだ、其れが、我が藩の生き
残れる唯一の道だ。」
「ご家老様、高野様、ご理解を頂き、誠に、有難う、御座います。」
その後、源三郎は、ご家老と、高野に対し、詳しく説明するので有る。
「では、源三郎様は、上田藩にも、協力を求めよと、申されるのでしょうか。」
「はい、私は、上田藩の内情も知っておりますので、上田藩の協力無しで、菊池藩が助かる道は、
御座いませぬ。」
「分かりました、私は、上田藩の殿様も、ご家老様も存じておりますので。」
「はい、其れが良いと、私は、思います。
上田藩のご家中も同じ悩みを持っておられますので、ご家老様も、高野様も、大変では御座いま
すが、私が、協力出来るならば、させて頂きますので。」
源三郎は、菊池藩と、上田藩を抱き込む作戦を進めて行く。
高野は、源三郎の話を書き留め、その様子を、源三郎は、見て、今の、高野は、必死になって要
ると、その時。
「源三郎は。」
殿様が、突然、部屋に入って来た。
「お~、源三郎、忙しそうじゃのぉ~。」
「はい、こちらは、菊池藩の、ご家老様で。」
「源三郎、まぁ~良い、菊池藩の事は、全て任せた、ところでじゃ、この頃、余の仕事が無いの
じゃ、少し仕事をさせては貰えぬか。」
傍で、菊池藩の家老も、高野達も驚いて要る。
殿様が、仕事をさせてくれとは、この藩は、殿様や、家老では無く、全て、この源三郎と言う若
い侍が、言葉は悪いが、支配して要るのだと。
「殿、誠に、申し訳、御座いませぬが、今は、何も御座いませぬ。」
源三郎が、はっきりと、殿様に断りを入れた、何と、恐ろしい光景だと、家老も、高野達も、驚
きを越している。
「そうか、其れは、仕方が無いのぉ~、だが、余は、寂しいのじゃ、お~、そうじゃ、あの魚は手
に入らぬのか。」
「片口鰯で、御座いますか。」
「お~、そうじゃ、片口鰯じゃ。」
「私も、長い事、浜には行ってはおりませぬので。」
「そうか、では、仕方が無いのぉ~、其れで、菊池藩は行けるのか。」
殿様も、やはり、菊池藩が気になるのか。
「はい、今、今後の事で、お話しをさせて頂いておりますので。」
「源三郎に任せれば、全て上手く行くぞ、ご家老殿も、菊池藩の領民の為で御座る、侍が食べてい
けるのも、全て、農民や、漁民が、一生懸命に作物を作り、漁に出れば、少しでも多くの魚を獲っ
てくれる、余は、その様に思っておるのじゃ、領民が居なくなれば、大変な事態にになりますぞ、
その事をよ~く考えられよ、源三郎、菊池藩の事、宜しく、頼むぞ。」
殿様は、其れだけを言って、部屋を出た。
殿様の言葉に、家老達は、驚くのでは無く、唖然としている。
この藩は、源三郎を中心として、藩主が先頭になり、殿様も、領民の為にと、団結している様に、
家老達は、見えたので有る。
部屋の家臣達は、殿様が来たと知って要るが、仕事の手を休める事も無く、没頭して要る。
殿様も、全て承知して要るのか、他の者には、余計な口出しにはしない。
「源三郎殿、ご家中の方々は、何時もあの様子なのですか。」
「はい、殿も、承知されておりますので。」
源三郎は、殿様に対しても、特別な言葉使いでは無い、やはり、この野洲藩は特別なのか。
「高野、何も、急には出来ぬ、だから、我らが、先頭に立たねばならんのだ。」
「高野様、その通りで、御座いますよ、我が、藩主も、今は、あの通りですが、其れまでは、他の
藩主と同じでしたから、ですが、幕府からの通告で、考え方を返られたのです。」
「ご家老、藩に戻りますれば、私は、城内の者達に。」
「いや、高野、其れは、私が、引き受ける、お主は、源三郎殿に教えて頂き、農民と、漁民を纏め
てくれ。」
「はい、承知、致しました。」
「ご家老様、高野様、では、私は、三日後に参りますので、その時には、松永様と、伊藤様と、三
名で、いや、高野様を含め、四名で、城下の米問屋と、海産物問屋に参りますので。」
「いゃ~、大助かりです、今の我々では、一体、何を、どの様に致せば良いのか、全く、分かりま
せぬので。」
「では、我々は、これにて、藩に戻りますので。」
「はい、では、三日後に。」
「源三郎殿、何卒、宜しく、お願い申し上げます。」
菊池藩の四人は帰って行く。
「田中様、鈴木様、上田様の方々も、三日後、菊池藩に同行して下さい。」
「源三郎様、次なる作戦は。」
「鈴木様、何故、その様に思われるのですか。」
「はい、私は、源三郎様が、何故、菊池藩に向かわれるのかを考えておりました。
其れで、考え付いたのが、菊池藩と、上田藩を立て直す事で、我が藩にも見方が出来、其れで、
我が藩も生き残れると考えました。」
「はい、確かに、その通りで、我が藩だけでは弱い、ならば両藩を取り込めば大きな組織となり、
小藩では無理な事でも、三つの藩が協力すれば、不可能が、可能になると考えたのです。」
「源三郎様、私は、少し別の考え方をしておりました。
私は、源三郎様が、どの様な方法でなされるのかを、覚えたく思っております。」
「まぁ~、其れも、良いと思いますよ、まぁ~、三人三様の考え方で、宜しいと思いますが、貴殿
達も、どの様な方法を持てば、我が藩のお役に立つのかをしっかりと見て頂きたいと思います。」
源三郎は、若手の三人組を一人前に育てれば、自らの役目も多く果たせると考えて要る。
一方、菊池藩の家老達は。
「ご家老、源三郎と言う人物ですが、強大な権力を持って要ると思われますが。」
「高野、其れは違うぞ、源三郎と言う人物は、例え、権力を持ったとしてもだ、権力をかざす様な
人物では無い。
其れよりも、殿様から、下級武士に至るまでに信頼されて要ると、私は、感じたのだ。」
確かに、源三郎は、権力を持って要る様には見えない、誰に対しても、下手に出ている、其れが、
今になり、実を結んだのだろうか。
「ご家老、でも、あの方の情報網は、我々が考えて要る以上だと、今日、つくづく思いました。」
「松永、其れは、米問屋と、海産物問屋の事か。」
「はい、私も、米問屋の事を隠すつもりは無かったのですが、話しをする時が無かったのです。」
「それは、私も、驚いて要る、一体、何処から情報を仕入れて要るのか知りたいものだ。」
ご家老や、高野達が探したところで、分かるはずも無い、上田藩の時も、菊池藩の時も、全ては、
中川屋や、伊勢屋、其れに、大川屋からの情報なのだ。
「松永も、伊藤も、源三郎殿に、全てを知られてどうだった。」
「はい、実は、この数年間と言うものは、気持ちが落ち着かず、毎日が針の寧ろに座って要る様で、
何時、知られ、打ち首になるのか、其ればかりを考えると、私は、生きた心地が有りませんでした
ので。」
「だがなぁ~、お主達を本当に救ったのは、源三郎殿だ。」
「はい、其れは、本当に感謝、致しております。」
「うん、だが、我々も、最初、聞いた時は、其れは、もう、どれ程驚いたか、だが、一体。」
「高野様、私も、最初は、随分と悩みました。
父から聞いたのは、父が病で倒れ、父自身が、もう駄目だと思った時でして、父から話を聴いて、
一体、どの様にすれば良いのか、誰にも相談出来ず、結局は、そのまま、ズルズルと、今日まで続
いてしまったのです。」
「ご家老、私もです、松永が同じ密偵だと知ったのも最近で、其れまでは、私、一人だと思ってお
りました。」
「では、お互いが、全く、知らなかったのか。」
「はい、ですが、今は、本当にすっきりとしております。
もう、隠れる事も無いと、思っただけでも、私自身、気持ちが楽になりました。」
「ご家老、でも、何故、松永と、伊藤が、幕府の密偵だと分かったのでしょうか。」
「高野、今更、我々がどの様に考えても、分からないのだ、其れよりも、我々は、今後の事を考え
無ければならないのだ。」
「はい、私も、源三郎様の申された役目をどの様な方法を使えば、出来るのかを考えますので。」
そして、三日後の早朝、源三郎は、菊池藩の大手門に着くと、其処には既に、高野と、松永、伊
藤が待っていた。
「源三郎様、遠路、有難う、御座います。」
「いいえ、では、早速、参りましょうか。」
源三郎の後ろには、田中達も同行して来た。
高野は、源三郎が、どの様な話をするのか、興味が有り、其れは、菊池藩では、全くと言っても
良い程、情報が無かった為で、城下に入り、暫く進むと米問屋が有った。
「ご免、ご主人は。」
この店でも、上田藩の時と同じで、番頭は、松永の姿を見て、大慌てで。
「はっ、はい、直ぐに。」
飛び上がる様にして奥へ。
「旦那様、大変で御座います。」
まだ、朝が早いと言う事も有り、客も居らず、手代や、丁稚達も驚き、唖然とした表情をしてお
り、其処へ、店主が飛んで来た。
「あっ、えっ、松永様、一体。」
「店主殿、奥へ。」
「はい、直ぐに。」
店主と、番頭は、一体、何事が起きたのかも理解出来ず慌てて要る。
「さぁ~、こちらで、御座います。」
奥座敷に入ると。
「ご主人、まぁ~、お座り下さい、番頭さんも一緒に。」
「はっ、はい。」
「ご主人、こちらの、お方は。」
「松永様、其れは宜しいですよ。」
「はい、では、ご主人、番頭さん、私のと言うよりも、私達と言った方が良いと思いますが、我々
が、幕府の密偵だと、全て、知られました。」
「えっ。」
一瞬で、店主と、番頭の顔色が変わり、身体は震え出した。
「こちらの伊藤さんも同じで、城中の者、全員が知るところです。」
店主の震えがより大きくなり、今にも倒れそうな顔になって要る。
「松永様、私が、お話しをしますので。」
「はい、よろしく、お願いします。」
「店主殿、番頭さん、私は、皆様が、幕府の密偵で有る事を全て知っております。
其れも、今の店主殿で、え~っと、三代目ですねぇ~。」
「はい。」
店主は、打ち首を覚悟した様子で。
「其れでねぇ~、今から、お話しする事は、一切、他の者達には、話しては駄目ですよ。」
「はい。」
店主の顔は、もう虚ろになってきたが。
「店主殿、番頭さん、ご家族は。」
「はっ、はい、長男と、長女が、長女は嫁ぎ、孫が三人おります。」
「そうですか、では、奥様や、子供さん達は、店主殿が、幕府の密偵で有ると言う事を、ご存知で
しょうかねぇ~。」
「いいえ、正か、その様な事は飛んでも御座いません。
妻も、子供達も、何も知りませんので。」
「そうですか、分かりました、で、番頭さんは。」
「はい。」
番頭の返事は、蚊の鳴く様な声で。
「もう少し、声を出して下さいね、今、一度聞きますが、番頭さんは、如何でしょうか。」
「はい、私は、妻と、子供が一人で、御座います。」
「お二人は、知っておられるのですか。」
「いいえ、正か。」
番頭は、両手を振って否定した。
「分かりました、ところで、ご主人、隠し金は。」
「えっ。」
「私が、先程も言いましたが、全てを知っておりますからね、あの金蔵の地下ですか。」
何故、其処まで知って要るのだ、高野も、松永達も驚いた、其れ以上に、店主は、今にも心臓が
止まりそうな顔をし、番頭は、下を向いたままで。
「宜しいですよ、何も言われなくても、私は、貴方方の命を取ったり、財産を取り上げるとは、一
言も、申してはおりませんよ。」
何と言う事を、財産は没収しないとは、一体、何を考えて要るのだと、高野は、思って要るが、
今は、聴く事が出来ない。
「まぁ~、其れは、宜しいですよ、では、今から、店主殿にお願いが有るのですがねぇ~、宜しい
でしょうかねぇ~。」
「はい。」
「では、今、米蔵に有る、穀物類ですが、この城下の領民にはですねぇ~、今の半額で売る事。」
「えっ、半額と申しますと。」
「ええ、そうですよ、これからは、全て半額ですよ、其れと、この藩に有る、全ての農村と、漁村
には無償で渡して下さいね。」
「え~、そんな、無茶な。」
「まぁ~、嫌でも宜しいですよ、其れならば、財産の全てを没収し、一族の全員は打ち首にと、
でも、店主と、番頭は、その様な処刑は致しませんよ、両手、両足を切り落とし、森に捨てます。
お二人は、一体、どの様になると思いますか、お二人には想像も出来ないと思いますがねぇ~、
狼などの餌食になりますのでね、まぁ~、簡単には死ぬ事は出来ませんからねぇ~、相当苦しいと
は思いますが、其れで、良ければ断って頂いても宜しいですよ。」
何と、恐ろしい事を、顔色も換えずに言うのだ、高野は、源三郎は、優しいと思ってはいたが、
今は、全く、分からない、単なる脅かしなのか、其れとも、本気なのか。
「如何されましたか、私は、他の藩でも見ましたが、まぁ~、其れは悲惨でしたよ、幕府のやり方
には、私の考え方には及ばない方法で殺すと言うよりも、あれは、簡単に言えば処分ですねぇ~、
貴方方が幕府の密偵だと、城下の人達に知れたら、その時は、一体、どの様になるか、想像して下
さいね、私は、貴方方を殺すとは、申してはおりませんよ、ただ、協力して下さいと。」
いや、其れは、協力では無い、誰が見ても脅迫だ、店主と番頭に選ぶ余地などは無い。
源三郎の要求を飲めば殺される事は無い。
「はい、お侍様の申される通りに致します。」
「そうですか、まぁ~、私よりも、農民さんや、漁民さんが助かります、ありがとう。」
さぁ~、これで、終わりだと、店主は思ったのだが、其れは、店主が勝手に思っただけの事で。
「店主殿、毎年、穀物類を何俵、いや、何石買い入れておられるのですか。」
「私は、はっきりとは覚えておりませんが、其れが何か。」
「はい、其れでね、地下の隠し金で、今回からは、大量に買い入れて頂きたいのですが、まぁ~、
最低でも、倍、いや、三倍は、お願い出来れば、宜しいのですが。」
「ですが、其れだけの穀物を買い入れるとなれば、大金が。」
「大金は、地下に有りますよねぇ~。」
「いいえ、そうでは、御座いません、其れだけの大金を持って行くとなれば、往復で、どの様な事
態に巻き込まれか分かりませんので。」
「店主の申されるのは、大金の護衛ですね、其れには心配は有りませんよ。」
「でも、ご浪人を雇うとなれば、何時、何処で、襲われるやも知れませんので。」
「なぁ~に、立派な侍が、50人ですか、百人ですか、何人くらい必要なのですか。」
何と言う大胆な、其れは、菊池藩の侍を使うと言うので有る。
「お侍様、私も、今回の様な、大量の買い付けは初めてなので。」
「店主殿、誠に、そうですか、私は、他からも情報が入って要るのですよ。」
「えっ。」
店主も、正かと思ったが。
「いえ、本当で、御座います。」
店主は、怯え、身体の震えは収まらない、源三郎とは、それ程にも恐ろしいのか。
「まぁ~、宜しいでしょう、其れで、大至急、買い付けの準備に入って下さい。」
「ですが、手形が。」
「手形ならば、明日、お城へ取りに来て下さい。」
傍で、聴いている、松永も驚いて要る、何と、手形は、直ぐに出すと、それ程までに、我が藩は
追い詰められて要るのかと、改めて考えるので有る。
「私がで、御座いますか。」
「松永様、宜しく、お願いします。」
「はい、承知しました。」
松永も、今の流れには逆らう事も出来ない。
「店主殿、明日、松永様を訪ねて下さいね。」
其れからも、源三郎は、次々と米問屋の店主に注文を出し、全てが終わった。
「では、私達は失礼しますので。」
源三郎の言葉使いは優しく見えるが、其れは、相手の出方によっては、脅迫と言われても、過言
では無い。
源三郎は、次の海産物問屋に向かった。
「高野様、海産物問屋が終わりますれば、城中の皆様の召集をお願いします。」
「分かりました、其れは、先程、申されました、護衛のお話しで、御座いますか。」
「はい、多分、海産物問屋にも、相当数の人数が必要になりますので。」
「源三郎様、此処で、御座います。」
丁度、海産物問屋の店先に着き。
「ご免。」
「いっ、えっ、あっ、伊藤様、一体。」
「番頭さん、ご主人を。」
「はっ、はい、旦那様、大変で御座います。」
海産物問屋でも、同じ光景で、番頭は、大慌てで、店主を呼びに行く。
「一体、どうしたんですか、騒々しい、あっ。」
店主は、伊藤の姿を見て、絶句した。
「ご主人、申し訳、有りませんが、奥に。」
「はい、気が付きませんで、では、こちらに。」
店主の後ろ姿を見ていると、既に、何かを察したのだろうか、何かに怯えて要る様にも見える。
「さぁ~、こちらで、御座います。」
海産物問屋の奥座敷に入ると。
「ご主人、番頭も呼んで頂けますか。」
店主は、何かを察したのか。
「誰か、番頭さんを。」
店主の声は震え、番頭は直ぐに飛んで来た。
「旦那様。」
「入って下さい。」
「ご主人、このお方は。」
「伊藤様、後は、私が、お話しを致しますので。」
「はい、では、お願いします。」
「店主殿、私は、源三郎と、申しますので、宜しく、お願いします。」
「はい。」
店主は、一体、何を怯えて要るのだろうか、先程から、顔色が青白くなって要る。
「店主殿、番頭さん、貴方方が、幕府の密偵だと、私は、知っております。」
「えっ。」
店主も、番頭も正かと思う様子で、顔面は蒼白、身体はガタガタと震え出した。
「貴方方は、正か、知られて無かったと思われて要るでしょうが、貴方方の先先代からだと言う事
も、私は、知っておりますので、勿論、菊池藩の殿様も、ご家老様も、全て、知っておられますの
でね。」
店主と、番頭は、下を向いたままで、二人は、打ち首、財産は没収を覚悟した。
「店主殿も、番頭さんも、前の伊藤様の髷が無い事に、お気付きだと思いますが。」
「はい、大変、驚いております。」
「まぁ~、そうでしょうねぇ~、店主も、番頭も、打ち首を覚悟されて要ると思いますが。」
「はい。」
「ですが、私は、何も、貴方方を殺すなどとは考えてはおりませんのでね、安心して下さいね。」
二人は、少し安心したのか、顔色が少し変わった。
「其れで、私は、店主殿にお願いが有るのですが、聴いて頂けるでしょうか。」
「はい、もう、どの様な事でもさせて頂きますので。」
「そうですか、では、店主殿、今、城下で売られて要る海産物を、今の半額にして頂きたいのです
が、如何でしょうか。」
「えっ、半額と申しますと、我々の。」
「利益ですか、今更、利益は必要有りませんでしょう。」
店主は、源三郎が、隠し金は知らないだろうと考えて要る。
「ですが、店の者達にも給金を。」
「店主殿、私が、先程も、申し上げましたね、私は、全てを知って要ると、この意味が、どうやら、
理解されておられない様ですが。」
又も、店主の顔色が変わった。
「この海産物問屋の金蔵ですが、先代の時に、地下工事をされ、地下に隠し金が有る事も、全て、
調査済みですがねぇ~。」
店主の肩がガクンと落ちた様で。
「はい、誠に、申し訳、御座いません。」
「店主も、番頭さんも、ご家族は、幕府の密偵だと、ご存知でしょうか。」
「いいえ、飛んでも、御座いません、私と、番頭だけの秘密で、御座いますので。」
「そうだと、思いましたよ、若しも、私の提案を受けて頂けるので有れば、商いは続けて頂いても
宜しいですが、でも、嫌だと、申されるので有れば、お二人は、勿論の事、一族の全員も打ち首に、
家財は没収にしますが、如何でしょうか。」
此処でも、源三郎は、脅迫と思われる言葉使いで有る。
「はい、承知、致しました。」
店主の声は小さく、何を言っているのかも分からない。
「そうですか、城下の皆さんも喜ばれると思いますよ。」
「はい。」
店主も、番頭も、やっと終わったと思うのだが。
「店主殿、大至急にですが、海産物の買い付けに向かって頂きたいのです。」
「えっ、直ぐのでしょうか。」
「はい、其れで、昨年の二倍、いや、少なくとも、三倍か、四倍は買い付けて頂きたいのです。」
「その様な大量に買い付けをするには。」
「大金が必要ですねぇ~。」
「はい。」
「その大金も、隠し金で、買い付けて下さいね。」
「はい、ですが、余りにも大金なので。」
「店主は、大金が盗まれるか、追剥にでも会うと考えて要るのですね。」
「はい、何分にも、初めてですので。」
「その心配には必要は有りませんよ、護衛は付けますので、十人でも、二十人でも手配は出来ます
からね。」
やはり、米問屋と同じで、大金を持つと言うだけでも大変だ、其れに、旅費も必要になる。
「お侍様、護衛と申されますと、ご浪人を。」
「いいえ、菊池藩の家臣が就きますのでね。」
やはりか、源三郎の話しでは、菊池藩の家臣が護衛に就くと言う、だが、一体、何人を手配すれ
ば良いのだ、高野は、考えるが。
「高野様、人数は問屋さんが持参されます金子にもよりますが、二十五人は必要だと、私は、思い
ますので。」
「はい、私も、城に戻り次第、殿に、報告を致しますので。」
「あの~、お侍様方の。」
「そうでしたねぇ~、宿代と食事代の負担もお願い出来ますか。」
源三郎と言う人物は、家臣達の旅費代も負担させると、高野は、思うのだが、長期間ともなれば、
何度かお酒は飲むだろう、いや、正か、酒代までは出せとは言わないだろうと。
「高野様、何日間の旅になるのか、私も、分かりませんが、全員が、無事、このお城に戻って来ら
れるまでは、一滴のお酒も駄目ですよ。」
高野が、お酒の事を考えて要ると思い、先制したので有る。
「はい、承知、しました。」
高野は、何も言えず、ただ、返事するだけだ。
「あの~、お侍様、ですが、長い期間、一滴も駄目だと申されますと、護衛して頂く、我々もで
しょうか。」
「勿論ですよ、店主殿、私も、お酒は頂きますよ、でもね、大事なお役目、其れも、大金を持って
おられるのですよ、一滴のお酒が、一本に、一本が、二本にと、人間と言うのは、欲望の塊なので、
一度、鏨を外すと、後は、底なしに行きますよ、私は、何も、飲むなとは言いたくは有りません。
1年も、2年も駄目とは言ってるのでは無いのですよ、ご城下を出立し、全員が、無事、買い付
けも終わり、戻って来られるまでの期間だけで、その期間も辛抱出来ないので有れば、最初から、
このお役目に就いて頂く必要は、御座いません。」
「はい、承知、致しました。」
「店主殿、其れと、この地の農村と、漁村の全てに、今、倉庫に有る、海産物や、その他の物を
下って下さいね、但し、農民さんと、漁民さんから代金は頂かないと言う事で。」
「はい、其れで、配る方法ですが。」
「はい、其れは、伊藤様に調べて頂きます。」
伊藤は、一体、何を調べるのか分からない。
「源三郎様、何を、調べれば宜しいのでしょうか。」
「其れは、各農村に行き、名主に会われ、世帯数を調べ、まぁ~、其処は適当に配るんですよ。」
源三郎は、この様な時には丼勘定なのだ。
「では、配ると言い方は、悪いですが、丼勘定と言われるのですね。」
「はい、其れも、定期的に配る事になりますのでね、別に、正確で無くても良いと言う事です。」
「はい、承知しました。」
「店主は、伊藤様の報告よりも多く配る様にお願いします。
では、店主殿、お願い、致しますね。」
店主も、今度は終わりだと、源三郎達を店先まで送ったので有る。
「伊藤様、私は、大事な事を忘れておりました。
明日の朝、帳簿を持って、お城に来る様に、その時には、裏帳簿も忘れずに、お願いします。」
「承知、しました。」
伊藤は、大急ぎで海産物問屋に向かった。
「源三郎様、米問屋と、海産物問屋が、何故、幕府の密偵だと、知られたのでしょうか。」
「簡単ですよ、上田藩でも、城内の繋ぎは、町民でも無く、お城には出入りが出来るのは商人だと
言う事ですよ。」
「では、先程の米問屋と、海産物問屋が隠し金を持って要ると、何故、知られたのでしょうか。」
「其れも、上田藩と同じだと、まぁ~、其れ以上に情報は有りますが、今は、二軒の問屋を上手に
利用する事の方が、良いと思いますよ。」
「ですが、一回の買い付けでも大金が必要になりますのが。」
「ええ、でも、一回で、全てに使う金子は、まぁ~、千両と、私は、考えておりますので。」
「海産物で、千両ですか。」
「高野様、まぁ~、明日、帳簿を見れば、どの様な品物を買い付けていたのかも、全て、分かりま
すので。」
高野は、漁民に海産物は、余り必要が無いと思って要る。
「ですが、漁民に海産物は必要でしょうか。」
「高野様、どの漁師でも、全ての物が獲れるとは限らないのですよ、其れに、此処の漁師さん達は、
大昔の言い伝えを、今も、守っており、漁獲量が、我々の思って要る以上に少ないのです。
ですから、漁民さんにも、必要だと言う事なのですよ。」
「源三郎様。」
伊藤が、息を切らせて戻って来た。
「如何でしたか。」
「はい、もう、店主は、がっくりとしておりました。」
「そうでしたか。」
「はい。」
源三郎は、城に戻る途中、高野達に、色々な話をした。
「源三郎様、私は、先に戻ります。」
「はい、宜しく、お願いします。」
高野は、城内外、全ての家臣を集める大太鼓を打たせる為に、走って城内に消えた。
暫くして。
「どどど~ん。」
お城の大太鼓が城下に鳴り響き、家臣達は、源三郎からの話だと思って要るので、大急ぎで、大
広間集まり、暫くして、全員が、集まると。
「皆様、今から、お話しする内容ですが、皆様の中から、五十人程を選びまして、大事なお役目に
就いて頂きます。
その説明を、今から、高野様に、お願いします。」
家臣達は、源三郎からだと思ったが。
「皆の者、源三郎様が、申されました、お役目とは、米問屋と、海産物問屋が、大金を持ち、買い
付けに参りますので、その往復の護衛をして頂くので、御座います。」
家臣達は、驚いた、何故、城下の米問屋と、海産物問屋が、買い付けの為に護衛に就く必要が有
るのだと思って要る。
「其れで、今から、詳しく説明を致しますので、よ~く、お聞き下さい。」
高野は、この後、家臣達に、源三郎が、問屋に話した内容を詳しく説明した。
「高野殿、で、一体、何人くらい、必要なのですか。」
「私は、両方で、五十人と考えておりますが、この買い付けは、今回だけで、終わる事は御座いま
せんので。」
「高野、では、いよいよ、本格的に始めるのか。」
「はい、ですが、その前に、やらねばならぬ事が、山ほどにも、御座いますので、殿、申し訳、御
座いませぬが、若い家臣、数人、私に、お預け願いたいので、御座います。」
「高野、一人では無理だと、申すのか。」
「はい、源三郎様のお話しをお聞きしましたが、到底、私、一人で熟せる様な、お役目では、御座
いませぬので。」
「源三郎殿、一人では無理なのか。」
「はい、殿様、私には、今、六人が、その内、三名は、城内でも、最も若い家臣と、その者達は、
私の、幼き頃の友人で、御座いますので。」
「そうか、分かった、高野も、源三郎殿に教わり、我が藩の領民を救ってくれ。」
「殿、有り難き、お言葉を、頂き、高野、命に代えましても、全う致します。
殿、其れよりも、今回の護衛は。」
高野は、飲酒も禁止だと、だが、家臣達の中からの反論も無く、後は、人選を残すだけとなり、
まずは、希望者を募ると、殆ど、全員となったが、高野は、腕の立つ者、五十人を選び、その者達
だけを残し、一度、解散した。
五十人の家臣達には、源三郎が、詳しく話し、その数日後、米問屋に、二十五人、海産物問屋に
も、二十五人の護衛を付け、買い付けの為に、菊池藩を出立したので有る。