第 5 話。 大活躍の殿様と、ご家老様。
「えっ、殿様が、何故、賄い処に。」
「皆の者、忙しいところ、誠に済まぬ。」
「はっ、はい。」
賄い処の全員が驚いた、殿様が、賄い処に来るのは初めてなのだ。
「殿、一体、賄い処に何用で、御座いますか。」
「うん、実はのぉ~。」
殿様は、その後、明日、早朝から始まる、仕事を話した。
賄い処の家臣達は、今まで、その様な工事が、行われて要る事実さえも知らなかった。
だが、殿様の話を聴く内に大変な事態になって要る事に気付いた。
「殿、では、明日だけなので、御座いますか。」
「いや、其れも、分からぬ、今も、話した様に、この城から、海岸までは、一里も有るのじゃ、最
初は、良かったと聞いておるが、其れが、今は、土と小石だけと聞いておる。
全てに補強を行うのじゃ、明日からは、その補強に使う、木材の搬出だが、一体、どれだけの木
材が必要なのか、そしてじゃ、何日で、全てが終わるのか、其れすら、源三郎も分からぬのじゃ、
明日の夕刻には、多分じゃが、源三郎と、家臣達の話し合いが有ると、余は、思っておるのだが、
皆も、大変だとは思っておる、今は、明日の搬出に、全てを掛けていると、余は、思っておる。
皆の者、明日、七つ半には殆どの者達が登城するで有ろう、皆は、朝餉無しで来るので、朝餉と
昼餉の準備を頼みたいのじゃが。」
「殿、朝餉で、御座いますが、どの様な物を。」
「余は、分からぬのじゃ、済まぬが家臣の数人に聞いてはくれぬか。」
「はい、承知、致しました。
其れで、お昼で、御座いますか。」
「うん、皆は、明け六つには出立するが、余は、多分じゃ、多分、山の木材が集められた場所で昼
餉になるで有ろうと、余は、勝手に思っておるのじゃ。」
「では、殿、源三郎様も分からないので、御座いますか。」
「勿論じゃ、源三郎とて、明日はと言うよりも、今宵は、帰らぬと思うのじゃ、今の、源三郎に、
多くを求めてやるのは、少し、酷と言うものじゃ。
今は、明日の事で、頭は動いておる、其れにじゃ、源三郎の話では、大変だと申しておるので、
昼餉用として、多く作って欲しいのじゃ。」
「はい、承知、致しました、では、私が、数人のお方に聞いて、此処の者、全員で作る様に致しま
すので。」
「其れとじゃが、手が足りぬのらば、腰元達にも手伝って貰う様にな、腰元達も、工事の事は知っ
ておるので、心配は要らぬ。」
「殿、我ら一同、団結し、源三郎様達のお役目に少しでも、お役に立つ様に致します。」
「皆の者、突然の話で、申し訳、無いが、よろしく頼む。」
さぁ~、大変な事になって来た、賄い処は、さて、一体、何から始めるのか。
「そうだ、数人で、米蔵から、三俵程持って来て欲しいのですが、う~ん、今は、男手が。」
「私達が数人で行けば何とかなりますので、其れよりも、ご家中の方々に、明日の朝餉と、夕餉を
聴いて下さい、その間に、私達は、他の準備に入りますので。」
「済まぬ、では、今から行くので、頼む。」
今から、準備に入ったとしても、明日の朝餉に間に合うのか、賄い処の女中達は心配で、其れよ
りも、賄い処の女中達は、明日、家中の全員が城を出る、明け六つが過ぎるまでは眠る事は出来な
いと覚悟は出来ている。
「ねぇ~、だけど、明日は、城内のお侍は全員、朝餉が要るでしょう、でも、殿様は。」
「あっ、そうだった、でも、殿様は、別よねぇ~。」
「そりゃ~、そうよ、だって、殿様は、行かれ無いでしょうからねぇ~。」
「うん、勿論よ、其れよりも、昼餉は、一体、何がいいの、私、今まで、こんな事考えもしなかっ
たんだもの。」
「私だって、同じよ、でも、お昼って、何処で取るの。」
「そうねぇ~、でも、殿様の話じゃ、山の木材を集めたところだって。」
「じゃ~、おむすびがいいと思うのよ。」
「そうねぇ~、じゃ~、私達は、一応、おむすびって事に。」
「うん、私は、其れでいいと思うのよ、じゃ~、一人、何個作るの、これは、大問題よだって全員
でしょう、其れに、他の人達も入れると。」
「だけど、私達は、別としてよ、お侍様は、三個は要ると思うのよ。」
「うん、そうだわねぇ~、でも、最後は、吉田様に決めて頂くしかないと思うのよ。」
その頃、源三郎は、部屋に戻り、明日の予定を考えていた。
「う~ん、一体、明日から、何日掛かるのだろうか、一里も有る洞窟の中に、補強を行なうとな
れば、1千本の間伐材だけで足りるのだろうか、其れよりも、1千本の間伐材を何日で運び終え、
更に、加工だ、加工と簡単に言うが、大工が三名で、何処まで作れるのか、う~ん、これは、最初
の出来上がり次第だなぁ~。」
「源三郎様、よろしいでしょうか。」
田中達で、彼らは、何台の荷車を確保出来たのか、更に、馬は、何頭、確保出来たのか、其れに
よっては、運び出しも変わってくる。
「貴方方でしたか、ご苦労様です、其れで、何台の荷車が確保出来たのでしょうか。」
「はい、十台、確保し、其れと、馬は、二十頭以上は確保出来るのですが、荷車、一台に、馬が、
1頭ですので、十頭も要れば十分だと思うのですが。」
「いいえ、其れは分かりませんよ、あの山は、この辺りでも、一番高いのですよ、其れに、途中で、
上り下りが多ければ、1頭では馬に大きな負担が掛かりますので、1台を、2頭立てにして頂きた
いのですが。」
「はい、其れと、もう1台用意しました。」
「えっ、もう1台ですか。」
「はい、源三郎様が、申されました、腰の物を持って行く為の荷車で、御座いますが。」
源三郎は、すっかり忘れていた、侍には無くてはならぬ、刀で有る。
「あ~、そうでしたねぇ~、私は、他の事ばかりを考えておりましたので、腰の物の事はすっかり
と忘れておりました。」
源三郎は、舌をペロッと出し、笑った。
「其れで、後の準備は終わりましたでしょうか。」
「源三郎様、吉永様に申されておらました、書き出し帳と申しますか。」
「其れも、此処に有りますよ、其れと、明日は、全員、草鞋なので、途中で切れる事も考えなけれ
ばなりませんので。」
「はい、一応、一人、三足は確保しております。」
「そうですか、有難う、他に何か、有りますか。」
「全て、準備は終わりましたので、明日を待つばかりで、御座います。」
「そうですか、皆さん、大変、ご苦労様でした、では、お帰り頂いても宜しいですよ。」
「源三郎様は。」
「私は、まだ、残した仕事が有りますので、もう、少し残りますので。」
「左様で、御座いますか、では、我ら三名は、一先ず、失礼します。」
一方、此処、賄い処に、吉田が戻って来た。
「吉田様。」
「みんな、済まなかったねぇ~、其れで、明日、山に向かわれるのは、総勢で百名です。」
「えっ、百名って、全員なのですか。」
「うん、その様になりましてね、其れで、皆様のお昼ですが、おむすびで十分だと聞きましので、
皆さんに苦労を掛けますが。」
「やはり、私の、言った通りになったわねぇ~。」
彼女は、賄い処の女中頭なのだ。
「吉田様、其れで、お一人、何個作ればよろしいのでしょうか。」
「う~ん、これがなぁ~、正直言って分からないんですよ。」
「それじゃ~、私達は、困るのですが、お米の仕掛けも有りますので、私は、お一人、三個は要る
と思いますが。」
女中頭は、多く言ったつもりなのだが。
「お一人、三個か、済まぬ、四個にしてくれないか、朝も必要なので。」
「へ~、では、四百個も握るのですか、それじゃ~、私達だけでは人手が足りませぬが。」
「今、腰元、十名が着替えておりますので、終わり次第、こちらに来られますので。」
「助かるわぁ~、十名も応援に来て頂ければ、じゃ~、皆さん、始めましょうか。」
「は~い。」
女中達の動きは速い、米俵を開け、早くも、取り掛かって要る。
その頃、突然、大手門を叩く音がした、時刻は、夜の五つで、門番が小窓を開けると、数名の漁
師が立って要る。
「一体、この様な刻限に何用でしょうか。」
「はい、オラは、漁師の元太と言いますが、源三郎様に、お会いしたいと思いまして。」
門番は、源三郎が、残っている事は知って要る。
「あの~、源三郎様、元太と申す、漁師が、大手門に来て要るのですが。」
「えっ、元太さんげですか、一体、何が、有ったんだろう、分かりました、こちらに案内を。」
「はい、分かりました。」
暫くして。
「源三郎様。」
「元太さん、如何されたのですか、この様な刻限に。」
「はい、オラ達、工事が中止になったんで、漁に出たんです。」
「其れは、でも、漁に出るのも、久し振りでしょうねぇ~。」
「はい、オラも、本当に久し振りで、其れでね、まぁ~、見て下さい、片口鰯が、大漁とは言えま
せんが、其れでも、こんなに獲れましたんで。」
元太と、数人の漁師が、籠の中を見せると、物凄い数の片口鰯の干物で有る。
「これは、凄いですねぇ~、其れを、わざわざ届けて。」
「はい、市場に出す程は獲れませので。」
「う~、これは、本当に嬉しいですよ、実はね、明日の朝。」
源三郎は、漁師の元太達に、洞窟を補強する為の木材を搬出に向かうのだと話し、木材の加工が
終わり次第、補強に入りたいと言った。
「源三郎様、じゃ~、もう直ぐ、工事が再開出来るんですか。」
「いゃ~、其れは、まだ、分かりませんよ、洞窟内の安全が確保出来なければなりませんので。」
「その補強工事は、勿論、オラ達ですよねぇ~。」
「いゃ~、其れがですねぇ~、少し話が変わってきましてね、城の侍にさせる様になりまして。」
「源三郎様、でも、大丈夫ですか。」
「いゃ~、私も、少し心配なのですがね、私は、掘削する人達と、補強工事に入る人達とは、常に
話し合いが必要だと思っているのですがねぇ~。」
「源三郎様、オラ達は、別に、お侍様でもいいんですが、でも、オラ達も、お侍様も、お互いが簡
単に話し合いは出来ませんよ、オラ達は、源三郎様ですから、お話しをさせて貰ってますが。」
「やはり、簡単では有りませんかねぇ~。」
「源三郎様、木材を運ぶだけでも、お侍様達には苦しいと思うんですよ、だって、お城から、山に
行って、木材を積み、お城に戻り、そして、木材を降ろすって、これが、毎日では大変ですよ。」
「元太さん、では、漁師さんにお願いが出来ますか。」
「はい、その方が、オラ達も、お侍様に、気を使わずに済みますので。」
「分かりました、私からも話をしますので、そうだ、元太さん、出来ました。」
「えっ、何が、出来たんですか。」
「潜水具ですよ。」
「源三郎様、潜水具って、一体、何ですか、オラは分かりませんが。」
「少し前の話になると思いますが、岸壁工事をするので、海の中の岩を取り除きたいが、海の中で、
息が出来る方法は無いかって。」
「あ~、思い出しましたよ、じゃ~、その道具が出来たんですか。」
「はい、今、こちらに有りますので。」
源三郎は、元太達に、げんたが作った潜水具を見せると。
「わぁ~、これは、凄いですねぇ~、これを被って、海の中の岩を取るんですか。」
「はい、私も、驚きましたよ、元太さんも覚えていると思いますよ、げんたって、まだ、子供なん
ですが、そのげんたが作ったんですよ。」
「でも、凄い、子供ですねぇ~、それを、オラ達が、被って、海の中の岩を取るんですか。」
「はい、その通りですよ。」
源三郎が見せた潜水具を、元太達は目を輝かして見ている。
「でも、直ぐには使えないと思いますよ、何度も、海の中で、使い方を覚える必要が有りますので、
其れと、他の人達にも参加して頂きたいと。」
「其れは、もう、オラは、みんなに話しますから、みんな、喜ぶと思いますよ。」
「ですが、これは、一人では無理ですよ、潜る人、ふいごで空気を送る人、海の中にいる人と縄で
結び、縄を持つ人など、其れは、何人も必要になりますからねぇ~。」
「そうですか、オラは、一人で出来ると思ったんですが、無理ですか。」
「それで、私は、数日以内に、この潜水具を持って行きますので。」
「はい、源三郎様、お待ちしてますので。」
「其れと、入り口を入ったところから、岸壁作りに入るのですが、今度は、農民さんも行かれます
のでね。」
「前に言われていました、左の岩を取り除くんですね、でも、あれは大変ですよ。」
「はい、私も、十分に分かっていますが、あの場所に岸壁が完成すると、小舟でも、何艘も繋ぐ様
に出来ると思いますので。」
「はい、其れに、オラ達も、農民さんの方がいいですよ。」
元太は、源三郎が相手だから言えるので有り、他の侍には言える様な話では無い。
「元太さん、数日以内に、他の道具や、工具も持って行きますが、他に、何か、必要な物が有れば
言って下さいね。」
「今は、何もりませんので、じゃ~、オラ達は、村に帰りますので。」
元太と数人の漁師は村へと帰って行く。
その様子を、殿様は、何も言わず見ている。
「源三郎と言う人物は、漁民や、農民達からの信頼は厚い、源三郎ならば、この大工事も、必ず、
成功させるで有ろう。」
と、殿様の、独り言だ、殿様は、源三郎の部屋近くを通り、賄い処へと向かう。
普段で有れば、多くの家臣が巡回と警備に当たって要るのだが、この城は不思議な事に夜になる
と殆ど侍はいないので、巡回は、腰元達の役目をなって要る。
殿様は、家臣は自宅に帰り、家族との時を過ごす事が大切だと、日頃から言っている。
その為なのか、特に、あの工事が開始されてからは、数人の家臣が残るだけで、殆どの家臣を、
自宅に帰らせている。
其れでも、家臣の中には、直ぐに帰らず、城下に出向く者も有り、彼らは、城下の情報も集める
事にも役に立つので有る。
一方、殿様は、自室よりも、一日中、何処かに要る、別に特別な用事と言うのも無いが、殿様は、
気軽に家臣に声を掛け、中には、城内外の話をする者もおり、其れが、殿様の情報源となっている。
暫く行くと、賄い処では、灯りが明々と灯り、中からは、大きな声で指示を出す者も有り、賄い
処は、まるで、戦争状態で、其れでも、殿様は、中に入らず、影から見ている。
その時、十数名の腰元が着物を着換え、襷を掛けながら飛び込んで来た。
「遅くなり、申し訳、御座いません。」
「その様な気を使わなくとも宜しいですよ、今は、朝餉の準備に入っておりますのでね。」
「吉田様、殿の朝餉は、如何致しましょうか。」
「う~ん、実は、その殿が、お部屋にも、寝所にもおられないので、困っておりましてね。」
「あ~ぁ、また、何処かに行かれたのではないでしょうか。」
城内を早く出る者達は、殿様の行動を知らない。
だが、賄い処の女中達は、朝は、早くから朝餉の準備、夜は、明くる日の段取りを終わり、帰る
者、城内の自室に戻る者が要るので、賄い処の者達は知って要る、今の会話を聴いた殿様は、一度、
賄い処を離れ、今度は、何も知らぬと言う顔で。
「皆の者、済まぬのぉ~。」
「あっ、殿。」
腰元も、女中達も、手を着こうとすると。
「よい、よい、その様な事は、其れよりも、そなた達には無理を申しておる。
其れで、明日は、一体、何人分なのじゃ。」
「はい、百人が向かわれると聞きましたので。」
「そうか、だがのぉ~、城内にも残る者が居るのじゃが、その者達の朝餉と、昼餉は。」
「はい、我々は、先に、百人分の朝餉と、その方々のおむすびを作る所存で、御座います。
其れよりも、殿の朝餉で、御座いますが、何時も。」
「その様な事は、気にせずじゃ、余の朝餉は、皆と同じで良い、其れも、最後でな。」
「ですが。」
「良いと申すに、余の事は、捨て置け、其れよりじゃ、そなた達は、しっかりと食べるのじゃぞ、
簡単に済ますで無いぞ。」
「有り難き、お言葉を。」
「これからは、当分の間、余は、最後で良いぞ、其れよりもじゃ、そなた達と、これから工事に入
る者達を最優先とするのじゃ、わかったな。」
「はい。」
賄い処に居た、腰元も、女中達も驚いている。
殿様の食事は最後だと、其れにもまして、賄い処と、工事に入る者達を最優先にせよとは。
「其れとじゃ、明日の朝から大工達と大工の棟梁が城内で仕事に就く、この者達にも、しっかりと
した食事を出して欲しいのじゃ、余からの頼みじゃ。」
「えっ、大工と、棟梁で、御座いますか。」
「その通りじゃ、何日、いや、何か月掛かるやも知れぬ工事なのじゃ、余は、大工達の家族も大変
じゃと思っておるのじゃ、皆には、申し訳、無いと思っておるが、これも、全て、領民の為なの
じゃ、済まぬ。」
殿様の気持ちは、今の賄い処に要る者達、全員が分かって要る。
「殿、全て、お任せ、下さいませ。」
「うん、其れと、何度も済まぬが、明日、朝餉が終わり、家臣が城を出たならば、皆はゆるりと休
むが良いぞ、余の事は捨て置け、良いな。」
殿様は、それだけを言って、賄い処を出て行った。
「みんな、今、聴いての通りだ、ご家中が城を出たならば、みんなは休みを取って下さいね。」
「吉田様、でも、殿の朝餉ですが、一体、どの様にすれば、よろしいのでしょうか。」
「う~ん、本当に、これは困ったなぁ~、幾ら、何でも、最後にとは行きませんのでねぇ~。」
「でも、下手に準備し、お持ちする事も出来ませんが。」
「そうですねぇ~、では、私が、明日、ご家老様に尋ねて見ますので。」
「はい、分かりました、其れで、献立ですが。」
「吸い物と、漬け物、そうだ、梅干しは有りましたね。」
「はい、梅干しは、何時でも、有りますが。」
「では、其れで、参りましょうか、お昼にも、梅干しは必要なので。」
「では、私達は、漬け物を切りますので。」
「腰元殿には、梅干しを出し、種を取って頂けますか。」
「吉田様、何個くらい必要でしょうか。」
「まぁ~、二百個くらいで、お願いします。」
「はい、承知、致しました。」
さぁ~、大変だ、賄い処は、これから、戦が始まり、遅くとも、七つ半には朝餉の準備が終わら
なければならず、明け六つには城を出る、其れまでには、全てが終わらなければならないので有る。
殿様は、賄い処を出、一度、寝所に戻ろうとするのだが、源三郎は、まだ、残って要るのか。
「うん、まだ、灯りが。」
源三郎の部屋の部屋の灯りが、まだ、点いたままで有る。
殿様は、源三郎が、まだ、残って、一体、何をして要る、やはり、明日からの事が心配なのか。
「源三郎、何をしておるのじゃ。」
「あっ、殿、一体、何事で、御座いますか、この様な刻限に。」
「何を、申しておる、そちこそ、一体、何をしておるのじゃ。」
「私は。」
「今から帰ると、また、直ぐに登城せねばならぬぞ。」
「はい、ですが、殿は、何を。」
「余か、余は、何もする事が無いので、先程、賄い処に行ってきたのじゃ。」
「殿がですか。」
「そうじゃ、源三郎が、余に、申したでは無いか、賄い処の担当じゃと。」
「其れで、今頃の時刻まで、参れられたのですか。」
「そうじゃ、だが、賄い処は、大変じゃぞ。」
「大変と申されますと。」
「うん、其れでじゃ、明日の朝餉と、昼餉の準備で、腰元も着替えて行ったわ。」
「私は、賄い処だけは、分かりませぬので、全て、お任せ致しております。」
「余の、朝餉も心配しておるが、余の事は捨て置けと、申して置いたわ。」
「ですが、殿は。」
「良いのじゃ、その方達が、城を出たならば、先に、賄い処の皆に、食事と、休みを取れと、申し
て置いたのじゃ。」
「では、殿は、最後に朝餉を。」
「源三郎、其れで良いのじゃ、余は、外に行けぬ、城内に居るだけなのじゃ、だから、最後で良い
とな、昼は、皆と同じ物にせよと。」
「ですが、殿、昼は、多分で、御座いますが、おむすびだと思われますが。」
「余も、其れで、良いのじゃ。」
「あっ、そうでした、先程、漁師が参りまして、片口鰯を持って来たのです。」
「何、片口鰯とな、余は、今まで、片口鰯など食した事も無いぞ。」
「殿、では、明日の朝餉にでも、お召し上がりを、私が、賄いにでも。」
「源三郎達は。」
「はい、昼の時に。」
「では、余も、同じ昼に食するぞ、じゃが、どの様に食するのじゃ。」
「これは、頭から、がぶりと食べるので、御座います、その食べ方が、一番、美味しいのです。」
「何、頭からじゃと。」
「はい、骨も、一緒に食べる事が出来ますので。」
「その様に、美味しい物を、何故、余には当たらぬのじゃ、え~、源三郎。」
「はい、ですが、片口鰯と言う小魚は、庶民の食べ物で、殿が、食される事は、御座いませぬ。」
「では、余が、食している物は。」
「其れは、庶民が、一生、口に入らぬ物ばかりかと。」
「よし、分かったぞ、明日、余は、賄い処に参り、これから先、余が、食する物は、全て、庶民が
食している物にさせるぞ。」
「ですが、殿が、その様に申されますと、賄い処としては、困るのでは、御座いませぬか。」
「のぉ~、源三郎、余が、庶民と、同じ物を食せずして、何が、領民の為じゃ、今の、余は、漁民
や、農民、其れにじゃ、城下の者達が、どの様な物を食しているのか、何も、分からぬのじゃ、余
が、庶民と、同じ物を食する事で、少しでも、庶民の生活が分かると思うのじゃが、源三郎、余の
考え方は間違っておると、申すのか。」
源三郎は、殿様が、これ程までにも、領民の生活を考えて要るとは思っても見なかった。
庶民は、庶民で、年に一度は、美味しい食べ物が欲しいと思い、毎日を一生懸命に働いて要る。
だが、現実は、全くと言って良い程にも不可能な生活を送って要る。
殿様は、殿様で、幕府から上納金を増やせと通告され、其れから、考え方が変わってきた。
「殿ですが、賄い処にも事情が有るのでは。」
「のぉ~、源三郎、余の為にじゃ、その様な高級は物を買い入れておるならば、必要は無いぞ、余
の為では無く、領民の為に、今、洞窟で、危険な工事を行って要る者達に分けて食して貰う方が余
程、領民の為にもなると思うのじゃ、うん、そうじゃ、源三郎、漁師に申して、庶民の魚を届けて
はくれぬか、余は、城内の者達にも、食させる様と思うのじゃが。」
「殿、ですが、其れは、直ぐにとは参りませぬ、漁師達の殆どが、洞窟の掘削工事に入っており、
漁に出る事は簡単では、御座いませぬ。」
「う~ん、そうか、やはり無理か、では、仕方無いのぉ~。」
「殿、一度、元太に話して見ますので。」
「そうか、済まぬのぉ~、源三郎、余は、その漁師達から直接買えばよいと思うのじゃ。」
「でも、漁師達は、売値を知らぬと思いますが。」
「源三郎、其れにじゃ、仮にじゃ、仮に、漁師から仕入れ値の倍で売るとじゃ、一体、誰が得する
と思うのじゃ。」
「あっ、殿、良いお話しを頂きました。」
「えっ、一体、何を、申しておるのじゃ、余は、漁師や、農民が不利益を被っておるのでは無いか
と考えたのじゃ。」
「殿、良い事を申して下さいました、其れですよ、はい、其れなのです。
殿、今まで、城内で、消費する食材は、城下より仕入れておりました。」
「其れが、一体、どうしたと、申すのじゃ。」
源三郎は、殿様に、大改革出来ると話すが、殿様は、意味が分からない。
「次からは、城下では無く、海の物は、漁師から、田や畑で、収穫された穀物や野菜は、農家から
直接仕入れるので、御座います。」
「そうか、その様に致せば、漁師も、農民も不利益をを被る事も無いと申すのじゃな。」
「はい、誠に、その通りで、御座います。
同じ買値に致せば、同様の金子を払うに致しましても、漁師も、農民も、大きな収入源となりま
すので、漁師も農民も喜ぶと思うのですが。」
「そうか、其れは、誠に良い事じゃのぉ~。」
だが、問題は、そう、簡単には行かない、漁師や、農民が全て、お城に売るとなれば、城下に、
魚も、農産物が全く出る回る事が無くなり、城下の領民は、魚も、農作物も食べる事が出来なくな
るのだ、さぁ~、源三郎は、一体、どの様な策を講じるのだろうか。
この後も、殿様と、源三郎の会話は続き、八半を過ぎた頃から、家臣達が登城し始め、出立の刻
限まで、まだ、二つ半も有ると言うのにだ、そして、七つ前には、全員が登城した。
さぁ~、賄い処が戦争開始だ、腰元達も、女中達も、大忙しで有る。
家臣達が食べ終わり片付けを始めると。
「皆様、片付けは、私達で致しますので、どうか、そのままに。」
家臣達は、特設の食堂で食事が終わると、大急ぎで着替えを始め、さぁ~、これからは、時間と
の戦争だ、殿様は、何も言わずに、影に隠れて見て要る。
「皆の者、済まぬのぉ~。」
独り言を言っている。
あの吉永は、早くも動き出した、食事を終えた者、着替えを終えた者の全てを控えて要る。
吉永には、何か特技でも有るのだろう、そして、七つ半過ぎには、全員が大手門の前に集合した。
「皆様、おはようございます、本日は、山に木材を受け取りに参りますが、注意点が御座いますの
で、途中で見知らぬ者にも会いましょう、ですが、その時には、挨拶だけをお願いします。」
殿様は、大手門の直ぐ横に要る。
「では、出立します、開門。」
大きな大手門が左右に開くと、源三郎が先頭になり、馬に引かれた荷車が次々と出て行く。
「皆の者、気を付けて行くのじゃぞ。」
殿様は、大声で言ったが、家臣達は、頭を下げ、静かに進むので有る。
最後の荷車が門を出た時、明け六つの鐘が鳴った。
先頭の荷車には、昼食用のおむすびと、水樽が数個、その水樽の中には、全員の刀が隠され、や
がて、城下に差し掛かった、まだ、夜明け前なのか、人の往来も無く、時々、野良犬が吠えている。
そして、城下を抜けると、後は、高い山までは1本道で、山の麓には木こり達が待っているはず
なのだ。
源三郎達が、大手門を出た後、殿様の動きは速かった。
「その方達、門を閉め、朝餉を食べて参れ。」
「あっ、殿様、ですが、我々は、大手門の門番で御座いますので、此処を離れる訳には参りません
ので。」
「良いのじゃ、余が、許す、他の者達も行くが良いわ、今頃、誰も来ぬからのぉ~、早う行け。」
門番は、驚き、最初は、どの様に返答して良いのか分からずに要るが、其れでも、殿様の命令に
は逆らう事は出来ず、大手門の門番達は、朝の食事に入る。
殿様が、次に向かったのは賄い処で、賄い処では、一応、戦争も終わり、腰元達も、女中達も座
り込んで要る。
「ねぇ~、みんな、少し休んだら、私達も朝餉を頂きましょうか。」
「は~い。」
声は、擦れている。
「あのぉ~、申し訳、有りません。」
大手門の門番が来た。
「先程、殿様が、来られ、私達も、食事に行けと。」
「は~い、いいですよ、後の人達は。」
「はい、順番に食事に行けと。」
「分かりました、じゃ~、何処でもいいから、座って、待ってて下さいね、直ぐに持ってきますか
らね。」
「はい、申し訳、有りません。」
「いいんですよ、私達も、今から、食べるところですからね。」
賄い処の女中達も疲れているが、ニコニコとしている。
吉田は、腰元達を先に食べさせて要る。
日頃は城中で、何かと動いているのだが、これ程にも長い時間、賄い処で動き回る事も無いので、
相当疲れているはずだと。
「あっ、殿様が。」
全員が座り直すと。
「良いのじゃ、何も、其処までする事も無いぞ、その方達が、一番、疲れておるのじゃから。」
腰元も、女中達も顔を上げると、殿様は、ニコニコとして要る。
「殿、お部屋の方に、朝餉をお持ち致しますので。」
「吉田、余は、あの部屋でじゃ、一人で朝餉は、ちと寂しいぞ、余は、その方達と、この場で食し
ても良いか。」
「えっ、殿、ですが。」
「何故じゃ、その方達は、余が要ると、何か不味い事でも有ると、申すのか。」
「いいえ、その様な事は、御座いませぬが。」
吉田は、正か、殿様が、賄い処で朝餉を食べるとは考えもしなかった、其れに、腰元達も、女中
達も驚き、唖然としているが、殿様は、その場に座り。
「吉田、ちと、相談が有るのじゃが、良いか。」
殿様は、懐に手を入れ、何やら取り出し。
「殿、どの様な事で、御座いましょうか。」
「うん、実はのぉ~、先程、源三郎の所に、漁師が来たのじゃ、その漁師が、この様な物を持って
来たのじゃ。」
紙に包まれた物とは。
「殿、其れは。」
「そうじゃ、片口鰯じゃ。」
殿様が、片口鰯を何故、知って要るのだと言う顔を、吉田も、他の者達もしている。
「源三郎の話しでは、一夜干しの鰯を軽く火を通し、其れを、頭からがぶっと行くと、其れは、も
う、最高の美味しさだと申すのじゃ。」
勿論、吉田も、女中達も知って要る。
「殿、片口鰯を朝餉にで、御座いましょうか。」
「うん、その通りじゃ、のぉ~、吉田、片口鰯を焼いてはくれぬか、うん、そうじゃ、その方達も
食べるが良いぞ。
殿様は、簡単に他の者達にも食べろと言うが、一体、誰が、殿様の者を食べると言うのだ、幾ら、
女中頭でも、其れは無理と言うもので有る。
「はい、では、直ぐに。」
賄い処が始まって以来で、殿様が、賄い処で、しかも、片口鰯を食べるなどは聞いた事が無い。
「その方は。」
「はい、女中頭をさせて頂いております、せいと申します。」
「うん、おせいか、そちは、片口鰯を知っておるのか。」
「はい、私達は、皆、知っております。」
「何故じゃ。」
「はい、殿様と、私達の食事は違いますので。」
「う~ん、何故じゃ、何故、違うのじゃ。」
女中頭の、おせいは返答に困っている。
「殿、見分が違います。」
「何じゃと、見分が違うとな、見分が違えば、食する物も違うのか。」
「はい、左様で、御座います、ご見分が高いお方と、身分の低い者達とは当然違う食べ物も違うの
で、御座います。」
「だがのぉ~、そち達は、余が食している物は美味しいと思うのか。」
吉田は、返答に困った、何故、殿様は、変わったのだ、昨日までとは全く別人の様だ。
「吉田様、ご用意が。」
「有難う、殿、此処でお食べになられるので、御座いますか。」
「勿論じゃ、う~ん、何と、旨そうな。」
殿様は、源三郎の言った様に、片口鰯をガブリと。
「う~ん、これは、旨い、何と言う味じゃ、うん、これは吸い物か。」
殿様は、膳に盛られた吸い物や、ご飯が温かいのも初めて見たが、話しは後だ、この暖かい食事
は、何と言ってよいのか、これが、本当の食事なのだ、すると、今まで、食べていた物とは、全て、
冷えた物ばかりで。
「うん、これは、本当に旨いぞ、余は、満足じゃぞ。」
殿様は、生まれて初めて温かい食事が出来たので有る。
「のぉ~、吉田、何故、片口鰯があの様に美味なのじゃ。」
腰元達も、女中達も、食事が喉を通らない、これは大変な事になるだろうと、吉田は、これから、
殿様が、一体、何を、言い出すのか分からないので冷や汗をかいている、
「はい、今、焼き立てで、御座いますので。」
「皆の者は、何時もこの様に温かい食事をしておるのか、どうじゃ、おせい。」
「はい、私達は、この場が食事を頂くところで、御座いますので、自然的に出来立ての物を頂いて
おります。」
おせいは、正直に答えた。
「そうか、では、そち達は、作り立ての温かい物を食し、余は、何時も冷えた物を、おせい、一体、
どちらが贅沢だと思うのじゃ、正直に申して見よ、余は、何も、怒っているのではないぞ。」
「はい、お殿様には、大変、申し訳、御座いませんが、私達が、ご城内で、一番、贅沢な食事を頂
いている様な気が致します。」
「殿、ですが、お毒見も必要かと、存じます。」
「何、毒見だと、では、聴くが、一体、何処の誰が、余を殺すと申すのじゃ、余の命が欲しくば、
何時でも、暮れてやるわ。」
「ですが、殿様に、若しもの事が有りましては。」
「吉田、余が、死ねば、藩が潰れるとでも、申すのか。」
「はい、お世継ぎ。」
「のぉ~、吉田、今、源三郎達は、何故、危険を冒しても、工事を行なっておるのか、分かってお
るのか。」
「はい、よ~く、存じております。」
「余は、のぉ~、幕府に戦を仕掛けておるのではないのじゃ、余は、領民が大事なのじゃ、領民が
幸せになれぬ藩などは、何の役にも立たぬわ。」
殿様は、源三郎が、漁師や、大工達に対し、領民の為に工事を早く終わりたいと、家臣達にも訴
え、其れで、今朝、家臣達全員が山に向かって行った事を知って要る。
「のぉ~、吉田、其れに、皆の者も聞いてくれ、余は、別に食べ物に対し、不満を申しているので
はないのじゃ、余は、皆と同じ様に、温かい物は、温かい内に、食したいだけなのじゃ。」
「殿、では、これからは、この賄い処で膳をで、御座いますか。」
吉田は、頭を抱えた、この賄い処で、殿様が、食事をするとなれば、余計な話しは出来ぬと。
「吉田、余が、此処で食をすると、不味い事でも有るのじゃろう。」
殿様も、知って要る、此処は、女中達の天下で、城内、城外の噂話が、毎日の様になされている。
だが、吉田は、余程の事が無い限り、聴いて、聴かぬ振りをし、其れが、この場を上手に行く方
法なのかも知れいないので有る。
其処に、殿様が、日に何度も来るとなれば、女中達の不満が溜まり、其のはけ口が、他の所に行
く事になるやも知れないと。
「のぉ~、吉田、此処で女中達が噂話をしている事など、余も、知って要る。
その方達が、何を聴き、何を話すか、余は、感知せぬ、余はのぉ~、誰も、話し相手の無い食事
は、もう嫌になったのじゃ。」
女中達は、下を向いて黙り込んでいる。
「吉田、話しは変わるが、此処の食材じゃが、一体、何処から入れておるのじゃ。」
吉田は、突然の話で、驚き、困惑している。
「はい、城下の店からですが、其れが、何か。」
「うん、源三郎にも、申したのじゃが、海の物は、漁師から、穀物や、野菜類は、農家から直接買
い入れる事は無理なのか。」
「いいえ、その様な事は、御座いませぬが、昔から、その様になっておりますので。」
「そうか、では、何も問題は無いと申すのじゃな。」
「はい、ですが。」
「城下の売値で、直接買い入れてやれば、漁師も、農家も、少しは豊かになるのではないのか。」
「はい、其れはもう。」
「其れにじゃ、直接買い入れると言う事は、新鮮な物が入り、余もだが、その方達も良いのでは有
るまいか。」
「はい、確かに、殿の申される通りで、御座います。
其れで、有れば、殿様にも、新鮮な物を、お出しする事が出来ますし、他の方々にも喜ばれると
思うので、御座います。」
「よし、う~ん、じゃがのぉ~、漁師や、農民から全てを買い入れる事は、無理では無いのか。」
「はい、その時は、城下から、取り寄せる事に致せば、何も、問題は、御座いませぬ。」
「では、早速手配致せ。」
「殿、直ぐと言うのは無理で、御座います。」
「何故じゃ、何故、無理なのじゃ。」
殿様は、世間の動きを知らないのか、海の物の全てだと言っても、網元とも話し合いをせねばな
らず、農民が作っている、野菜なども、名主などに話しをしなければならないと、農民に直接話を
すれば、農民は混乱するのだと、吉田は思っている。
「殿、漁師や、農民に直接話をいたしますと、漁師も農民も混乱致しますので、網元や名主に話を
致してからと言う事になりますので。」
「其れは、分かった、では、直ぐに致せよ。」
「はい、かしこまりました。」
今までの、殿様では考えられなかった、何故、急に考え方を変えたのか、やはり、幕府からの圧
力に対し、別の方策を取らねば、藩は取り潰しになると言う危機感なのだろうか、だが、殿様は、
領民の為には、幕府の言いなりにはならないと言う、強い決意の表れなのかも知れない。
その頃、源三郎達は、城下を抜けたところで、数人の木こりと合流した。
「あのぉ~、源三郎様で。」
「はい、私が、源三郎です。
本日は、ご無理をお願いし、申し訳、御座いませぬ。」
木こり達は唖然としている、侍全員が、農夫の姿を。
「では、参りましょうか、はい、ところで、木材は。」
「はい、オラ達が、一応、集めたのですが。」
「有難う、御座います、其れで、場所は、どの辺りでしょうか。」
「はい、此処から、二里程の所ですが、上りなので注意して下さい。」
「はい、木材の長さは。」
「はい、オラ達が聞いたのは、七尺と、お聞きしましたので、一応、七尺で、揃えて有りますが、
ただ、太さがまちまちなので。」
「其れは、大丈夫ですので、さぁ~、皆さん、これからは、上りですので、荷車に、気を付けて
下さいね。」
「あのぉ~、お聞きしましても、よろしいのでしょうか。」
「はい、どの様な事でしょうか。」
「はい、では、1本が七尺ですが、非常に重いですから、この荷車だと、五本も積むと、下りが危
ないですよ。」
源三郎は、今、上りの道を五本もの原木を積むと危険だと思ってはいたが、木こりに言われ、何
か、良い方法は無いのか考えていた。
「源三郎様、此処から、お城まで運ばれると聞きましたが。」
「ええ、その通りですが。」
「はい、でも、この上りは、一里程ですが、途中で、下りに入り、また、上りに入りますので、大
変だと、オラ達は思ったんですが。」
「其れでは、皆さん方ならば、何本が良いと思われますか。」
「はい、オラ達は慣れていますので、五本以上は積み込みますが、お城まで帰るとなれば、う~ん、
三本か、多くても四本ですねぇ~。」
「分かりました、では、今日は、最初ですので、三本を積み次第に慣れてきましたら四本か、五本
を積むと言うのは。」
「はい、其れで良いと思いますよ、其れと、縄は。」
「はい、出来るだけ多くと思いましたので、後ろの荷車に積んで有ります。」
「分かりました、其れと、積み込みは、皆さん方にお願いして、オラ達は、木材を結びます。
木材をしっかりと結ばないと、荷車は、何時、ひっくり返りるか分かりませんので。」
「分かりました、では、よろしくお願いします。」
源三郎と、木こりの話は進み、源三郎は、木材運びが大変な仕事だと分かった。
吉永は、城を出てからも、克明に書き続け、他の者達は、話しはするが、吉永だけは、誰とも、
会話をせず、必死の様にも見える程だ。
「源三郎様、此処からは暫く下りが続きますが、木材を積んで、帰りは上りになりますの、十分、
注意して下さい。」
「はい、分かりました。」
この道は、木こり達専用と言っても良い程なので、道幅も広く、だが、荷車、1台が通る事は出
来るが、荷車の横を歩く事は危険で有る。
源三郎達は、上り下りを終わり、木材が集められた場所に着いた、その時、寺の鐘が、昼九つを
知らせた。
「吉永様、今の鐘は。」
「はい、昼の九つだと思います。」
「では、城を出たのが、明け六つで、集材所に着いたのが、昼九つだと言う事になれば、今から、
昼食に致しましょうか、田中、鈴木、上田の三名は、枯れ木を集めて下さい。」
「えっ、何か、有るのでしょうか。」
「ええ、実はね。」
源三郎は、漁師の元太が持ってきてくれた、片口鰯を取り出し話すと、全員から。
「お~、其れは、嬉しいですねぇ~、では、拙者も枯れ木を集めるとしましょう。」
すると、次々と家臣達が、枯れ木を集めに行く。
「吉永様、如何でしたか。」
「う~ん、拙者、源三郎殿のご苦労が、良く分かった様な気がします。」
「えっ、私の苦労ですか、別に、私は、苦労とは思っておりませんよ、其れよりも、今日の木材搬
出ですが、木こりさんから、我々は、初めてなので、1台で、三本が限界だと言われましてね。」
「えっ、では、源三郎殿、正か。」
「はい、私は、十本は積めると思ったのですが、でも、やはり、上り下りが有りますので、三本が
限界だと思いましたよ。」
源三郎は、原木が、どれ程重いのか、知らなかった。
原木は、水分が含まれており、其れが、重くなる原因なのだ。
「皆さん、此処に、一夜干しの片口鰯が有りますので、軽く焼いて食べて下さい。」
家臣達は、大喜びだ。
「う~ん、これは、嬉しいですなぁ~、やはり、おむすびだけではなぁ~。」
「このおむすびですが、賄い処の人達だけでは足りず、腰元達も、応援され作られましたので、そ
の事も理解して上げて下さいね。」
「そうか、我々だけでも、百人だからなぁ~、其れに、一人一個では無いぞ。」
家臣達は、わいわいと言いながらも、おむすびを頬張り、半時で昼食も終わり、さて、今度は、
原木の積み込みに掛かるので有る。
「あの~、お侍様方、原木は重いので、多い人数で無ければ無理ですから。」
「さぁ~、行くぞ。」
殆どの原木は、幾ら、間伐材だと言っても、直径が、一尺近くあり、五人、いいや、十人掛かり
で、持ち上げ、荷車に乗せるので、一本の原木を乗せるだけでも、家臣達は、へばっている。
其れを見た木こり、数人が、要領を教えた。
家臣達は、原木を手で持てると思ったのだろうが、木こりは縄を利用し、見事に積み込む、どの様
な仕事でも、現場の者は上手で、その次からは、家臣達も縄を使い、要領を覚えたのか、実に簡単
に乗せる事が出来たが、其れでも、十台の荷車に三十本もの原木を積み込むだけで、一時半以上掛
かり、木こり達が縄で頑丈に縛り付け、現場を発ったのが、昼の七つ半を過ぎ、最初の下りに入っ
た時、暮れ六つの鐘が鳴り、源三郎が、当初、予定していた原木をを集める事も出来なくなり、其
れよりも、荷車が下りに入ると、荷車の後ろに縄を数本束ね、後ろから引く様にし、上りは反対で、
全員が、縄を引き、お城の馬は、日頃、この様な作業に使っていなかったのと、家臣達も、初めて
と言う事も有り、最後の下りでは、荷車が暴走しない様に、全員が後ろに引き、そして、山の麓に
着いた頃には、辺りは、既に暗くなり、源三郎も、正かと思う程、時間が掛かったので有る。
数十の提灯に灯りが灯り、全員が疲れ切っている様子で、其れでは、数日に一度、受け取るのが
限界だと思うので有る。
「源三郎殿。」
「はい。」
「この様な調子では、数日に一度が限界だと思われますが。」
「吉永様、私の考えが甘かったのです。
皆様には、大変、ご迷惑をお掛けし、誠に、申し訳、無く思っております。」
「拙者は、何も、源三郎殿の責任では無いと考えます。 拙者もですが、皆も、きっと、簡単だと考えた
と思いますが、原木が、これ程にも重いとは、拙者も、今、初めて知りました。」
「私もです、吉永様、今日、書いて頂きましたら、私に、預けて下さい。
今、一度、検討致しますので。」
「源三郎殿、よろしければ、全員で、協議されては、如何でしょうか。」
「有難う、御座います、では、城に帰りますれば、皆様に、お聞きしたいと思うのですが、今日は、
無理だと思いますので。」
「私は、何とも申せませぬが、拙者としては、今日は、原木を降ろさずに、明日にされては如何か
と思うのですが。」、
「はい、私も、その様に致しますので。」
「ご家老様、皆様が帰って来られました。」
大手門の門番は、数十の提灯を見付け、家老に伝えた。
「お~い、馬屋の門番を呼んでくれ、大急ぎにだ。」
「はい。」
門番は、走って馬屋に行く。
その後、暫くして、源三郎達が大手門に入って来た。
「源三郎、ご苦労で有った、さぁ~、皆の者、荷車だけを入れ、後は、部屋に入ってくれ。」
その時、馬屋から飛んできた門番達は、馬を離し、馬を連れて行く。
「皆の者、大儀で有った。」
「殿。」
百人の家臣が手を着こうとすると。
「その様な事はせずとも良い、皆の者、疲れたで有ろう、余の不手際じゃ、申し訳、無い、吉田、
運んでくれ。」
賄い処と、腰元達、数十人が夕膳を運んできた、簡単な食事だが、膳の上には、1本が付けられ。
「殿、有り難き事で、御座います。」
「殿。」
家臣達は、嬉しかった、食事よりも、殿様が、準備させたのは直ぐ分かったので有る。
「殿、お心使い、誠に、有り難き事で、御座います。」
源三郎は、改めて礼を言うと。
「源三郎、皆の者、今日は大儀で有った。
余も、これ程にも大変だとは思わずいた、源三郎、今日は、皆の者も。」
「はい、私も、皆様には、大変、感謝、申し上げております。」
「左様か、で、今日は、此処までに致せ、皆の者も、疲れているで有ろう。」
「はい、その様に致します。」
「皆も、聴いて欲しいのじゃ、この工事は、藩の存亡を掛けておる、だが、余は、幕府と戦をする
為では無い、全て領民の為じゃ、源三郎、明日は休め、皆の者もじゃ。」
「殿、其れでは、他のお役目に支障が出ます。」
「何を、申しておるのじゃ、僅か、一日じゃ、一日くらい、休みを取ったくらいで、支障が出る様
な役目ならば、せぬ方がましじゃ、のぉ~、吉田。」
家臣達は、頭を下げるが、賄い処の女中達も、殿様の変わり様に驚いて要る。
「殿、ですが、休めぬ、お役目も、御座います。」
「一体、何処じゃ、うん、吉田。」
「はい、私どものお役目で、御座います。」
「う~ん、そうか、分かった、吉田、申し訳、無いがのぉ~、明日の朝、おむすびだけを作ってく
れ、他の物は必要無い。」
「ですが、殿の、ご膳も必要かと。」
「何を、申しておるのじゃ、余も、明日は、おむすびじゃ、其れに、あの、何と申した小魚は。」
「はい、片口鰯と。」
「お~、その片口鰯が有れば、十分じゃ、権三、皆に申し伝えよ、明日は、皆が、おむすびじゃ、
他の物は無いと、吉田、其れで無ければ、賄い処も休めぬではないか、その方達、申し訳、無いが、
明日の朝だけ、辛抱してくれ、余の頼みじゃ。」
殿様は、賄い処の女中達に、頭を下げるので有る。
「殿、その様な、もったいのう、御座います。」
「何を、申しておるのじゃ、吉田、余は、何も出来ぬのじゃ、余に、出来るのは、頭を下げる事く
らいじゃよ、う、わはっは~、はっはぁ~。」
殿様は、大笑いする。
「あの~、吉田様。」
「はい、何用でしょうか。」
「明日の、お役目、私達に、させて頂く訳には、参りませぬでしょうか。」
「えっ、貴女方にですか。」
「其れは、良い事じゃ、のぉ~、吉田、腰元達にさせてくれ。」
「はい、私は、別に、よろしいですが。」
「殿様、吉田様、有難う、御座います。
私達も、少しは、お役に立てれば、嬉しゅう御座います。」
「のぉ~、吉田、良かったではないか、明日は、賄い処も休みじゃ、まぁ~、腰元達に任せてじゃ、
ゆるりと致せ。」
そして、この日は、何事も無く、静かに暮れて行き、明くる朝、源三郎は、何時もの様に登城し
部屋に入ると。
「直二郎殿、今日は、お休みのはずですよ。」
「はい、確かに、昨日、殿が、申されましたが、源三郎様は、何故、登城されたのですか。」
源三郎は、吉永が、書き留めた書面を見る為で。
「私は、昨日、吉永様に書いて頂きました、書面を見に来ただけの事ですよ。」
その時、鈴木と上田も入って来た。
「えっ、源三郎様、今日は、お休みのはずでは。」
やはり、この三名は、仕事の虫と言うよりも、源三郎から、与えられた仕事を早く終わり、次の
仕事に入りたいのだろうか、だが、事は、其れだけでは収まらなかった。
朝の五つを過ぎた頃から、家臣達が、次々と登城してくる、一体、何事が起きたのだ。
今日の登城は無いと、昨日、殿様より、伝えられているはずなのに、五つ半を過ぎると、殆どの
家臣が来て、誰がと言う事は無しに、作業着に着替え、荷車の木材を降ろすので有る。
源三郎は、目頭が熱くなった、其れと、言うのも、昨日、殿様が、皆の働きを知り、労いの言葉
を掛けてくれた、ただ、其れだけの事なのだ。
「皆様、今日は、お休みのはずでは、御座いませぬか。」
「源三郎様こそ、何用が有って、登城されたのです。
拙者、昨日、残した仕事が有りましたので。」
「源三郎様、私もで、御座る。」
「うん、拙者もだ。」
その時、丁度、大工達が来た。
「源三郎様、おはよう、御座います。」
「やぁ~、皆さんもですか、おはよう。御座います、で、今日は。」
「はい、昨日、道具だけを持ってきましたので、今日から、始めようと思ったんですが。」
「そうですか、其れは、有り難い事で、其れで、作業場は、どの様な所がよろしいので。」
「源三郎様、オレ達は、何処だっていいんですよ。」
「其れでは、皆さんの仕事に差し支えますのでね。」
「はい、源三郎様、じゃ~、今、木材を降ろして頂いおります所で。」
「ですが、あの場所は、屋根も有りませんので、こちらの所で有れば、誰も、使いませんので。」
その場所とは。
「此処で、よろしいんですか。」
「はい、勿論ですよ、雨が、降ると仕事も捗りませんでしょうからねぇ~。」
「有難う、御座います、じゃ~、此処を使わせて頂きます。」
「其れで、何か、お手伝い出来る事が有れば、何時でも、宜しいのでね、言って下さいね。」
この時、殿様は、別の場所から見ていた。
「う~ん、これは、大変な事になったぞ、うん、そうじゃ、直ぐに。」
殿様は、何を思ったのか、賄い処に向かうと、賄い処でも、女中達が食事の準備を。
「何じゃ、一体、どうしたと言うのじゃ。」
殿様が、驚くのも無理は無い、賄い処でも、何時のも様に、全員が出、食事の準備に入っている。
「吉田、その方が、申したのか。」
「殿、私は、何も申してはおりませぬ、私が、参りました時には、既に、皆が働いており。」
「余は、昨日、申したでは無いか。」
「殿様、吉田様は、何も、申されてはおりませぬ、全て、自らの意志で、参ったので、御座いま
すので。」
女中頭も、全員が命令されたのでは無い、自ら進んで、仕事に入ったと言う。
「皆の者、其れに、相違ないのか。」
女中達も。
「殿様、相違、御座いませぬ。」
一体、どうしたと言うのだ、家臣達も、この賄い処でも、全員が休めと言ったはずなのに、殿様
は、理由が分からない。
「そうか、皆も、そうか、では、少し頼みが有るのじゃが、良いか。」
「殿、今、昼餉の準備を進めておりますが。」
「うん、実はのぉ~。」
殿様は、家臣達の全員が登城し、昨日の木材をを降ろしていると、更に、大工達も来て、木材の
加工を始めている事を話した。
「殿、承知、致しました、私達にお任せ下さい。」
「皆の者、済まぬのぉ~。」
殿様は、家臣達が自らの意志で来たと言うが、百人の家臣達は、昨日の疲れが取れていないはず
だと、其れでも、木材降ろしに来たと言う事は、家臣達の考え方も変わってきたと思うので有る。
その頃、海岸に、多くの農民が駆けつけていた。
「オラ達、源三郎様に助けてくれと言われたんだ。」
「じゃ~、源三郎様が言われた、農村の人達じゃ~、無いのかね。」
「うん、そうだ、其れで、詳しい話は、漁師の元太さんに聞いてくれって言われたんですよ。」
「オラが、元太です、オラ達は、源三郎様が、この仕事は、お城の殿様や、ご家老様の為じゃない、
オラ達、農民や、漁民の為だって言われたんですよ。」
「元太さん、オラ達もだ、そんで、みんなと相談して来たんだ、元太さん、オラ達は、何をすれば
いいんだ、オラは、英二って言うんだ。」
「じゃ~、英二さん、何人ですか。」
「うん、今日は、二十人だけど。」
「うん、分かった、じゃ~、今から、舟の準備をするので、少し待って欲しいんだ。」
暫くすると、十数艘が浜に着き、農民の全員が乗り込み、洞窟に向かった。
農夫達も、最初、入り口も見えずいたので、一体、入り口は何処に有るのかさえも分からず、皆
が探していたが、近くになると、確かに有った。
「みんな、頭を下げてくれよ~。」
漁師は、大声で叫び、農夫達は訳も分からず、頭を下げると、狭い洞窟に入って行く。
「お~、洞窟が、こんなに大きいとは知らなかったよ、源三郎様は、何も、言って無かったんで、
驚いたよ。」
「みんな、気を付けて上がって下さいよ。」
農夫達も、初めて洞窟と言うものに入ったのだろうか、誰もが、辺りを見回している。
暫くすると、目も次第に慣れて来たのだろうか。
「元太さん、オラ達は、洞窟って初めてなんだ。」
「そうか、だったら、驚くのも無理は無いよ、だって、この洞窟は、殆どの人達は知らないんだ、
まぁ~、この付近の漁師だけかなぁ~、知って要るのは。」
「其れで、元太さん、オラ達は、一体、何をするんだ。」
「うん、じゃ~、簡単に話すよ。」
この後、元太は、農夫達に岸壁を作る作業が有ると話し。
「じゃ~、オラ達は、この岩を削ればいいのか。」
農夫は、簡単に思っているのだろうが。
「英二さん、この岩石を削るんだけど、其れは、大変なんだよ、だって、此処から、あの入り口近
くまで削るんだからなぁ~。」
「え~、そんなに有るのか、これは、大変だ、だけど、源三郎様の頼みじゃ、今更、断る事も出来
ないしなぁ~、じゃ~、みんな、道具を持ったら始めるぞぉ~。」
「お~。」
一斉に掛け声が掛かり、農夫達は、岸壁の掘削工事に入るので有る。
元太が見ていると、農夫達は、慣れた様子で、岩を砕いて行く。
今まで、漁師の数人が行なっていた、岩の掘削作業は、新たに、農民が二十人加わるだけでも助
かる、洞窟で、その様な作業に入っているとは、源三郎は知らずいた。
「田中様、今から、海に行くのですが、お手伝いを願いますか。」
「はい、私は、何時でもよろしいですが。」
「おい、直、お前、一人で行くつもりなのか。」
「いいや、今、源三郎様は、我ら、三名に声を掛けられたと思うんだ、源三郎様、私だけで。」
「いいえ、三名ですよ。」
「よし、では、私も。」
と、三名は、源三郎のお供として海岸に向かう事になった。
「荷車を1台用意して下さい、持って行く物が有りますので。」
「はい、源三郎様、では、私が、木材を降ろした荷車でも宜しいでしょうか。」
「はい、其れで、十分ですよ。」
「はい、では、直ぐに用意しますので。」
山から、原木をを運んで来た荷車は、既に、木材を降ろされている。
「この荷車、お借りしても、宜しいでしょうか。」
「はい、宜しいですよ。」
原木を降ろし終えた家臣達は、休みを取っている。
「吉永様、私は、今から、有る物を海岸まで持って行きますので、後は、宜しく、お願いしたいの
ですが。」
「源三郎殿、承知した、後は、大工さん達の指示を受ければ宜しいのですね。」
「はい、其れで、良いと思いますので、夕刻までには戻ります。」
源三郎は、吉永を、上手に使う、吉永自身も、別に、源三郎に使われているとは考えていない。
「源三郎殿、一体、何を持って行くのですか。」
「潜水具ですよ。」
「えっ、潜水具って、あの時、げんたって子が。」
「ええ、その時、持って来た潜水具をね、今から、洞窟で、どれだけの物なのか、其れを、確かめ
たく思いましたのでね。」
「でも、一体、誰が使うのですか、えっ、正か。」
田中達は、源三郎が、実験で使うと思っている。
「えっ、私がですか、いいえ、私は、漁師さんに使って頂こうと思って要るのですが。」
「でも。漁師さんは。」
「あの現場ではね、漁師さん達が主力なんですよ、その人達に使って頂き、良い所と、悪い所を聴
かねば、改良も出来ないと思いましたのでねぇ~。」
源三郎は、漁師の元太に、最初の実験台にと考えて要る。
「まぁ~、確かに、源三郎様の申される通りですが。」
「此処で考えていても、先には進みませんのでね、今から行く事にしますので。」
「はい、分かりました。」
あの時、げんたの話では、このままでは浮くので、腰の周りに石の重しを付け、潜水具を被って
水の中に入り、ふいごを左右の足で、踏み続けなければ空気が送れないと言ってたが、果たして、
思っている以上の成果は上がるのだろうか、仮に、実験が失敗すれば、源三郎が考えて要る構想が
実現しなくなる恐れが有る。
だが、今は、誰も、次なる策を考えて要るとは思っていない、源三郎達が、城を出て、海岸に向
かった頃。
「あの~、源三郎様は。」
「源三郎殿は、先程、海岸に向かわれましたが、何か、御用ですか。」
「はい、こんなお願いをしても良いのか、分からないんですが。」
「よろしいですよ、我々に出来るので有れば。」
吉永は、源三郎から、大工達の注文を聴いて、出来るので有ればやって下さいと、言われている。
「実は、この原木の皮を剝く作業なんですが。」
「原木の皮を剝くのですね、我々にも出来るのでしょうか。」
「はい、此処に専用の道具が有りますので。」
大工達は、小刀の様な道具を出し、原木の皮を剝く方法を教えた。
大工達が簡単に皮を剝くので、家臣達も驚いて要るが、簡単に出来ると思った、吉永は。
「みんな、手伝って欲しいんだ、此処に有る、原木の皮を剝く作業なんだが、実に簡単に剝けるの
で、宜しく頼みます。」
日頃、刀は持っていても、大工道具を始めて見る家臣も要る。
其れでも、何時もとは別の意味で、小刀を持った家臣達は、大工に教えられた通りにすると。
「お~、これは、凄いぞ、お~、お~。」
切り開いた皮を引くと、其れは、もう、面白い様に、皮が剝けて行くので、子供の様に喜び、三
十本もの原木の皮を剝く作業は直ぐに終わった。
「大工さん、教えて欲しいのですが、この皮は、他の使い道は有るのですか。」
「お侍様、今のところは無いのですが、何れ、誰かが、使い道を考えると思いますが。」
「そうか、では、今は、釜戸に使うくらいなのか。」
「ええ、オレ達も考えては見たんですがね、オレ達の頭じゃ、無理なんで、御座いますよ。」
「いや、いや、先程から見てはおりますがね、さすがですよ、源三郎殿が言われた通り、見事なも
のですよ、其れで、聴きたいのですがね、その切込みと申すのか分からぬが、何かの意味でも有る
のですか。」
「はい、オレ達の仕事は、木の性質が理解出来ないと、大工の仕事は出来ないんですよ。」
「えっ、では、同じ木でも違うのか。」
「はい、全て、違いますので。」
「では、お主達の様になるには、何年掛かるのですか。」
「そうですねぇ~、早くて、十年、普通は、まぁ~、十五年ってところですかねぇ~。」
「何、十五年間も、同じ仕事を続けるのか、う~ん、これは、大変な仕事だ。」
「でも、棟梁に言わせれば、オレ達は、まだ、半人前だって。」
「えっ、其れで、半人前って、では、棟梁は。」
「はい、三十年以上で、御座います、でも、三十年でも、駄目だって、棟梁は言われますよ。」
「三十年も経験されてもか。」
「はい、木材は生き物だから、同じ木には、二度とお目に掛かれないって。」
「う~ん、大工の仕事と言うのは、奥が深いなぁ~。」
「オレ達よりも、お侍様の方が大変じゃないですか。」
「まぁ~、其れも、考え方だなぁ~、お~、済まぬ、手を止めてしまって。」
「いゃ~、いいんですよ。」
吉永も、初めて、大工の仕事の難しさを知った。
吉永達が、大工と話している様子を、殿様は、見ていた、話しの内容は分からないが、原木の皮
を剝くと言う体験した、家臣達は、どの様に感じて要るので有ろうかと、だが、其れよりも大事な
事は、家臣達が、大工と言う、町民に、物事の難しさを教わった事なのだろう、今後、其れがどの
様に役に立つのか分からないが、その時、丁度、昼の九つが鳴った。
賄い処では、一斉に、腰元達と、女中達が昼膳と言っても、おむすびと漬け物、其れと、吸い物
だが、其れを持って、家臣達や、大工達が要る、作業場へと向かった。
「皆様、お昼で、御座います。」
「えっ、貴女方は、今日、休みでは無かったのですか。」
「その様な事は、別に、宜しいのでは有りませぬか。」
女中達は、手慣れた動きで、次々と運んでくる。
「じゃ~、オレ達、今日は、終わりますので。」
大工達が帰ろうとすると。
「少し、お待ちください、皆様のご膳も、御座いますので。」
「えっ、ですが、何で、オレ達の事が、あっ、源三郎様だぁ~。」
「いいえ、源三郎様では、御座いませぬ。」
「じゃ~、一体、誰なんですか、源三郎様は知っておられますが。」
「正か。」
「吉永様、その正かで、御座います。」
「だが、殿は、こちらには、お見えにはなっておられませぬが。」
「殿様は、全て、知っておられますので、ですので、皆様がお帰りになられますと、私達は、大変
困りますので。」
「大工さん方、宜しいではないですか、殿が、知っておられるのですからね。」
「はい、ですが、オレ達は、今日、段取りだけを。」
「まぁ~、その様に考えないで、多分、源三郎殿でも、同じ様にされますよ。」
「お待たせしました、こちらが、皆様方の、昼膳で、御座いますので。」
「わぁ~。」
大工達が驚くのも無理は無い、家臣達は、おむすびに漬け物、其れと、吸い物、其れに比べると、
大工達の前に出てきたのは、今までに見た事も無い豪華な食事で、食べるのが惜しいと思い。
「オレ達、こんな豪華な食べ物って、見るのも初めてなんで。」
「どうぞ、召し上がって下さい。」
「はい。」
と、答えたが、一体、何から食べてよいのか分からず、傍で、腰元が教え、其れで、ようやく食
べる事が出来たので有る。
其れに、比べ、家臣達の食べ物は、おむすびだけで、だが、家臣達は、別に不満が有る様な顔付
でも無く、皆が、ニコニコとしている。
「あの~、こんな豪華な食べ物を何時も、食べてるんですか。」
大工は、何時も、城中で食べていると思ったのだが。
「正か、私も、その様な豪華な食べ物を見るのも初めてですよ。」
「えっ、じゃ~、何時もは。」
「我々は、武士だと言っても、みんなが食べている物は同じですよ、この様な、豪華な食べ物は、
あっ、そうか、殿様だ。」
傍の腰元も頷き。
「うん、やはりなぁ~、でも、いいのではないか、殿が、食べろと申されているのだから。」
「え~、でも、お侍様は、おむすびで。」
「まぁ~、まぁ~、その様な事は気にせずに、其れよりも、この様に、豪華な食事は、二度と食べ
れないですからね、其れと、これは、秘密にしていた方がいいと思うますからね。」
意外と、家臣達は、物分かりが良い、大工達は、生まれて初めて豪華な食事に、大満足した様子
で有る。
「有難う、御座いました、オレ達は、生まれて初めてなので、お腹の虫がびっくりしてますよ。」
家臣達は、大笑いし、腰元達も、笑っている。
「其れで、明日からなのだが、我々に、手伝いが出来る様な仕事が有れば、何なりと、申し付けて
欲しいのだが。」
「でも、お侍様は、原木運びの。」
「うん、其れは、勿論だが、我々として、原木だけを運ぶのでは、何の役にも立たぬ、出来れば、
お主達、大工の仕事も手伝う事が出来ればと、思っているので。」
「ですが、原木を、1千本以上も運ぶとなれば、オレ達の大工仕事は。」
「だがなぁ~、原木、1千本以上と言っても運び終えると、後は、何もする事が無いのだ、だから、
今から、実は、我々も、原木を運び終えると、次に、何をするのか、全く、分からないので、我々
の中にも、少しは、大工仕事が出来る者は要ると思っておりますのでね、大工さんのお手伝いを兼
ねて、その者達を選び、少しでも、大工さん達の仕事を少なく出来ればと思って要るのです。」
「はい、有難う、御座います。
少し、待って下さい、オレ達、相談しますので。」
大工達も聞いた事が無い、侍が大工の仕事を手伝うとは、だが、考え様によっては、原木の加工
は無理としても、大工の仕事は多い、その中で、一部でも家臣達がが手伝うと言うので有れば、大
いに助かるので有る。
「あの~、明日は、原木を運ばれるのでしょうか。」
「其れは、勿論、運びますよ、其れに、昨日、一度、経験をして要るので、我々も少しは分かった
と思うので、少しは速く出来るのではないかと思っておるのですが。」
「じゃ~、その前に、お願いが有りますが、宜しいでしょうか。」
「うん、何でも、申してくれ。」
「はい、じゃ~、原木を運んで置く時に、太い方と、細い方がバラバラなんです。
其れで、積み込みをする時から、同じ方向に積むと、降ろす時にも同じ方向になりますので、オ
レ達が、加工する時も余計な動きも無くなりますので。」
「そうか、其れは知らなかった、では、どちらの方向が良いのでしょうか。」
「はい、加工は、細い方から行ないますので、オレ達は、こちらに細い方を。」
「分かりました、では、今から、同じ方向に換えましょう、みんな、宜しく、頼みます。」
家臣達は、次々と方向を換え、三十本もの原木は、同じ方向に揃い。
「有難う、御座います。」
「では、明日からも、この様に降ろせばよいのですね。」
「はい、お願いします。」
「では、明日からの仕事は。」
「はい、明日までに考えて置きますので。」
「そうですか、分かりました。」
「じゃ~、オレ達は、これで。」
大工達は、帰り、明日からは本格的に加工が始まるので有る。