第 4 話。失敗、失敗、失敗の連続。
「なぁ~、母ちゃん、教えて欲しいんだ。」
「えっ、何を。」
「うん、油紙って、本当に、水は通さないのか。」
「うん、そうだけど、油紙がどうかしたの。」
「うん、いや、いいんだ、オレが、考えるから。」
「そうなの、じゃ~、いいけど。」
げんたは、竹を切り、またも、考えて要る。
「水に入れると言う事は、この竹の中に、水が入っては駄目なんだ、じゃ~、一体、どうすれば、
水が通らない様になるのかなぁ~。」
げんたの、切った竹筒は、一本だけで、竹筒に油紙をどの様にすれば、水が漏れないと言うより、
中の空気が、漏れない方法は無いかと考えて要る。
げんたは、切った、一本の竹では少ないと、この時、まだ、分からなかった。
竹筒、一本で、数日考え、その後も、もう、一本切り、二本の竹筒を合わせ、其処に、油紙を巻
き、紐で結び、水の中に入れた、すると、その継ぎ目からは、ブクブクと泡が出た、竹筒を水から
出し、油紙を外すと、竹筒の中は、水で濡れている。
「う~ん、やっぱり駄目か。」
げんたが、呟いている。
「げんた、何を、独り言を言ってるのよ。」
「うん、やっぱり、駄目だったよ。」
「えっ、一体、何が、駄目なの。」
「うん、竹の継ぎ目からね、泡がブクブクと出るんだ。」
母親は、げんたが、何を言って要るのかも、さっぱり分からず、げんたの傍に来て見ると。
「あら、まぁ~、何よ、其れは。」
「うん、油紙をね、二本の竹筒の継ぎ目に巻いて、水の中に入れたんだ、すると、泡がブクブクと
出たんだ。」
「ふ~ん。」
母親は、げんたの苦労を知ってか、知らずか、返事だけで終わった。
其れから、また、数日間も、同じ様に結び、水に入れるのだが、何度、行っても結果は同じで。
「う~ん、何か、別の方法は無いかなぁ~。」
またも、独り言で、その後、数日が過ぎた頃。
「なぁ~、げんた、母ちゃんも考えたんだけどね。」
「えっ、何を考えたんだ。」
「うん、げんた、油紙って、一枚だけを巻いたの。」
「うん、そうだよ、竹の結びはしっかりとしているよ。」
「ふ~ん、そうか、でもねぇ~、母ちゃんは、げんたの結び方が弱いと思ったんだけど。」
「うん、だから、オレは、別のところと、二本で、結んだんだ、だけど、駄目だったんだ。」
「母ちゃんも、同じ様に考えたんだけどねぇ~、えっ、げんた、今、二本で結んだって言ったわよ
ねぇ~。」
「ああ、言ったよ、一本じゃ、駄目だと思ったんだ。」
「其れじゃ~、油紙を二枚にすれば。」
「母ちゃん、一枚を重ねるのか。」
「嫌だねぇ~、一枚を巻くでしょう、別の油紙をその上に、巻くのよ~。」
「あっ、そうか、分かったよ。」
げんたは、油紙を二枚に重ね、竹の部分は、同じ様に二本で括り、水の中に入れ、それでも、暫
くすると、またも、泡が、ブクブクと出た。
げんたは、その後も、母親と、一緒に考え、何度も、何度も実験を繰り返す、だが、悉く、失敗
を繰り返すだけで有る。
一方、お城でも、新たな動きが有った。
「源三郎様、我らが、今回、作業に就く様にと予定を頂いたのです。」
「はい、有難う、御座います、ですが、誠に、申し訳、御座いませぬ、事情が変わりまして、皆様
には、農村に出向いて頂く事になりました。」
「えっ、農村と、申されますと。」
「はい、殿の、発言で、予定が大幅に変わったので、御座います。」
「では、我々は、空井戸に行くのでは無くなったと、申されるのですか。」
「はい、誠に、申し訳、御座いませぬ。」
「では、我々は、農村に出向き、一体、どの様な作業を行うのでしょうか。」
「はい、では、ご説明を致しますので。」
源三郎は、農村での、仕事を説明すると。
「我々の仕事と言うのは、田や、畑を耕せと申されるのか。」
一人の家臣は、少し機嫌を損ねた様な口振りで。
「はい、誠に、申し訳、御座いませぬ、殿のご発言が、私の考えた予定を大幅に狂わせたましたの
で、御座います。」
「源三郎殿の予定とは、一体、どの様な。」
「はい、私は、殿の、ご発言以前から、皆様にお願い、申し上げるのは、空井戸の掘削工事だけで、
御座いました。」
「では、農民達の作業と言うのは。」
「はい、漁民と、同じ洞窟の掘削工事で御座います。
ですが、その作業に入る農民には、後程、私が、農村に行き、時間を掛け、説明する予定だった
ので、御座います。」
「では、殿が、余計なと言っては、怒られますが。」
「はい、私も、殿が、余計な発言をされ、その為に、皆様に、大変、ご迷惑をおかけしたと、存じ
ております。」
「う~ん、では、農民も、大変な迷惑を受けて要ると申されるのですか。」
「はい、私は、あの日と、明くる日、全ての農村を訪れ話をしたですが、農民さん達も迷惑だと、
あの人達の仕事と言うのは、朝、早くから、日暮れまで、耕す事で、次の作物の種を蒔く準備をさ
れるのですが、季節が、変われば、仕事の内容も変わり、取り入れの準備から、其れは、我々の考
える以上に多くの作業が有り、過酷な仕事なのです。」
「では、農民の全員が、洞窟の掘削作業に行っておるのですか。」
「いいえ、其れは、とても、無理な話でして、其れと言うのも、農作業と言うのは、ただ、耕すの
ではなく、種を蒔き、作物が育つ様に、深く掘ると申しましょうか、思いの外、重労働だと言う事
なのです。」
「源三郎殿、農村から、何人くらいが向かって要るのですか。」
「はい、大よそですが、五十人は出向かれていると思いますが。」
「なぁ~んだ、僅か、五十人か、其れならば、一か村で、五人では無いですか。」
「はい、確かに、五人ですよ、ですが、五人が抜けると言う事は、農作業にとっては大変な事なの
ですよ、皆さんは、農民が、五人くらいだと思われるでしょうがね、では、お聞きしますがね、皆
のお役目で、五人が抜けると、さぁ~、一体、どうなりますか、想像出来ますか、どうです。」
源三郎の口調が強くなり、其れは、侍と言うのは、他の事など、全く理解が出来ない。
一つの村から、男手が、五人も抜けるとなれば、農作業が大幅に遅れると言う事を全く知らない。
「如何ですか、先程、なぁ~んだと申されました、お方、お答え下さい。」
その家臣は何も、答える事が出来なかったので有る。
其れは、五人と言えば、殆ど全員だと言うのだ。
「貴殿のお役目は、何人でされているのですか、さぁ~、返答下さい。」
源三郎は、本気で怒っている。
「返事が無いと言う事は、貴殿は、何も、ご存知ないと言う事ですねぇ~、失礼ですが、貴殿は、
参加を、ご遠慮下さい、他にも、同じ様な考えを持たれておられる方々は、早々に、此処から、出
なさい。
私から、殿に報告しますので、私は、今の発言を許す事は出来ませんので、何れ、殿から、ご沙
汰が有ると思いますので、さぁ~、早く出るのです。」
「誰に言っておるのだ、其れは、拙者に対してなのか。」
「その通り、貴殿を全てのお役目から外して頂きます。」
さぁ~、一体、どの様になるのだ、この家臣は、源三郎を本気で怒らせた、だが、この家臣は、
自分が目上だと言う事だけで、其れよりも、農作業は出来ぬと、農民が、どれ程、過酷な状況で、
毎日、農作業を行っているのかさえ、全く、理解しようとしないので有る。
其れは、殿様が、言われた、領民が、一番大切だと言う話を、全く聞いていないのと同じだと、
源三郎は、思ったので有る。
源三郎は、早くから、農民や、漁民の仕事が、どれ程、過酷な仕事だと知っていた。
其れを、簡単に否定したのと同じで、源三郎の、怒りは収まらなかった。
「皆さんは、如何ですか、農作業をするのか、しないのか、早く答えて下さい。」
集まった、家臣達は、答えの出し様がない、其れは、やはり、農作業を嫌っていると、源三郎は、
判断した。
「皆さん、直ぐに、お帰り下さい。」
源三郎は、その言葉だけを残して、部屋を出、そのまま、殿様の部屋へと向かい。
「源三郎様、少し、落ち着いて下さい。」
「直二郎達、私は、あの者達を許す事は出来ない、其処をどけ。」
源三郎の、怒りが頂点に達している、
「殿、殿は、いずこに、居られるのでしょうか。」
源三郎は、若しやと思い、天守閣に上がった、やはり、殿様が、だが、その殿様は、何かを考え
て要る。
「殿、お話しが、御座います。」
「源三郎、如何致したのじゃ。」
「はい、先程。」
源三郎は、全てを話し。
「あの者達は、必要御座いませぬ、殿が、どうしても、使えと申されるので有れば、私は、このお
役目から外して頂きます。」
殿様も、初めて見る、源三郎の怒り方に黙って聞いて要る。
「だがのぉ~、源三郎、あの者達の言い分も分かるぞ、突然にじゃ、農村に行き、農作業を行えと
言われてじゃ、誰でも、嫌だと、申すぞ。」
「殿は、あの時、皆の者に頭を下げれました。
私は、その話を、あの者達が、理解していないと言う事に、其れは、殿の、お話しを全く聞いて
いなかったと言うので、御座います。
殿は、其れでも、許せるのですか、あの者達を。」
「う~ん。」
殿様も、源三郎の怒り心頭を、どの様に話せば収まるのか考えるのだが、源三郎は、本気で、
怒っていると感じたのか。
「よし、分かった、余が、今から、その者達のところへ出向く、源三郎も付いて参れ。」
「殿、申し訳、御座いませぬが、私は、あの者達を顔を見るのも嫌で、御座いますので、私は、自
宅に帰らせて頂きますので、では、失礼します。」
源三郎は、殿様に、頭を下げ、天守閣を降り、自宅に帰ってしまった。
そして、遂に、殿様が怒った。
彼らは、まだ、部屋に居た。
「その方達か、源三郎に対し、無礼を働いた申すのは。」
家臣達は、正か、本当に、殿に報告するとは思わず、簡単に考えていた。
「誰じゃ、早く、名乗り出よ。」
殿様が、本気で怒っていると思ったが、時、既に遅しで。
「その方達は、余が、話した事を全く聞いて無かったのか。」
家臣達は、頭を上げる事も出来ずにいる。
「その方達、全員が聴かなかったのか。」
他の家臣達も同様に頭を上げる事は出来ない。
「よ~し、分かった、その方達、全員は、今日から、自宅謹慎とする、役目も、全て取り上げる、
皆の者、直ぐに城を出るのじゃ。」
源三郎の怒りは本当なのか、殿様も、本当に怒っているのか、だが、家臣達は、殿様が、部屋を
出ると、早々に城を後にするが、その表情は、固く、深く沈んでいる。
殿様は、直ぐ、彼らの上司を呼び出し、家臣達の自宅に向かわせ説明をさせるので有る。
上司達の慌て様は普通では無く、自宅謹慎にさせられた家臣達は、役目の中でも、重要な役目に
就いているので、自宅謹慎が長引けば、各役所の役目にも支障をきたす事になる。
源三郎が、十数人の家臣と大喧嘩となり、家臣達は、殿様の話を聴いおらず、自宅謹慎となった
事は、その日の内に、城内に知れ渡ったのも当然で、城内では、噂が広がり、下手をすると、十数
人は、切腹になると言う噂まで起き、城内では大騒ぎとなったので有る。
一方の源三郎はと言うと、自宅に戻り、考えていた、実はと言うと、源三郎の一人芝居で、其れ
と言うのも、彼らは、皆、重要な役目に就いている。
だが、今回の一件は、我が藩が存続するか、否かの大問題で、だが、彼らの言葉には、全くと
言っても良い程、危機感が無かったと判断したので有る。
彼ら、全員が、その様な言葉と態度ならば、今回の大工事は全て、失敗に終わると考えた。
しかし、源三郎は、殿様に芝居だとは言う必要も無いと、其れは、何れ時が来た時、殿様に言えば、
其れで済むと決めたからで有る。
城内では、源三郎を怒らせた結果、十数人の自宅謹慎と言う、重い処罰が課せられ、これから、
一体、どの様になるのかと、数人が集まれば、その話で持ち切りだ。
父で有る、家老には、その日の内に、殿様から話が有り、家老も急ぎ、自宅に戻り、源三郎を宥
めに掛かるのだが、源三郎は、絶対に許さぬと、その以後、父で有る、家老とも話しをしなかった。
家老宅には、連日、家臣達が訪れ、何とか、源三郎を宥め様と、あの手、この手を使うが、源三
郎は、誰とも会わず、数日が過ぎ、自宅謹慎となった、十数人の家臣宅にも、連日、家臣達が訪れ、
話し合いを続けるのだが、今の、彼らに、何の策も浮かばない、では、一体、どの様にして解決す
るのだろうか。
「なぁ~、我々も反省せねばなるまい、お主は、何故、あの様な言葉が出たのだ。」
「いや、拙者は、あの時は、何も考えて無かったのだ、ただ、言葉のあやと言うのか。」
「何だと、言葉のあやだと、申すのか、お主は、殿が、我らに頭を下げられた言う事を、一体、ど
の様に考えておるのだ。」
「・・・。」
「お主だけでは無い、他の者達もだ、話しに聞けば、源三郎殿は、殿に対し、お主達は、どの様な
事が有ったとしても、絶対に許さぬと、殿に、大喧嘩を売ったと聞く、この様な事態が幕府に知れ
ると、即刻、我が藩は、取り潰しになるのだ、その様な事になれば、お主達は、我が藩の全員から、
命を狙わるやも知れないのだぞ、分かっておるのか、その様な事も、お主達は、分からぬと、申す
のか。」
十数人の家臣達は、その様な恐ろしい事態なるなどとは、考えもしなかった。
「私は、この数日の間に、全員が集まり、策を練る、お主達も真剣に考えて置け、わかったか。」
彼は、その数日後、他の者達全員、大広間に呼び出し、勿論、殿様も、ご家老も同席している。
「皆も、知っての通り、源三郎殿の怒りは収まってはおりません。
私は、全員が、少なからず、農民や、漁民達を馬鹿にしていたのではないかと思ったのです。
其れが、なぁ~んだ、僅か、五十人かと、言う言葉に出た様に思われるのですが、各々方は、ど
の様に思われているのですか。」
この家臣、は、一刻も早く、事態解決に向け、何か、策は無いかと、自らも考えたのだが事態が
余りにも深刻な為に、余計に混乱して要る。
「確かに、私も、無かった言えば、嘘になります。
私は、今まで、侍が、一番だと思っておりましたが、源三郎殿は、全く、別の考えで、侍は、た
だ、刀を差して要るだけの者達で、本当は、何も出来ないと、ですが、農民や、漁民達は、どの様
な方法を取れば、豊作になるのか、豊漁になるのか、何時も、考えて要るのだ、私は、今回、改め
て、その様に感じたのですが。」
「其れは、我々の考え方が、間違っていたと言う事になりますねぇ~。」
この後も、次々と、発言は出るが、解決策は、一向に出ず、朝からの話し合いは、昼を過ぎても
続くので有る。
「あの~、宜しいでしょうか。」
「お主は。」
「はい、鈴木広一郎で、御座いますが、私と、田中、上田の三名で、連日、源三郎様に、お会いし
たく存じ、ご自宅を訪れるのですが、源三郎様には、全て、門前払いで、お話しを伺う事が出来ぬ
ので、御座います。」
「お主達は、源三郎殿の配下で有ったと思うのだが。」
「はい、左様で御座います。
ですが、あの一件以来、一度も、お目に掛かる事も出来ず、我々は、何をどの様にすればよいの
か、分からずに困っております。」
「う~ん、これは、由々しき事態じゃ、権三は、源三郎と、話は出来ておるのか。」
「殿、其れが、全くで、私も、話しすら出来ぬ状態なので、御座います。」
「では、ご家老も、源三郎殿とは、お会い出来ぬと。」
「うん、そうなのだ、私も、今、どの様にして良いのか、全く、分からないのだ。」
父で有る、家老にも会わぬ、源三郎に対し、今は、方策も尽きたと思われるので有る。
其れでも、何か、有るはずだと考えるのだが、一向に方策も出ず、夕刻が迫る頃。
「あの~、宜しいでしょうか。」
「うん、どの様な事でもよい、話して見よ。」
「はい、私は、皆さんが、まだ、本気になられていないのでは思うのです。」
「えっ、何だと、お主の様な、若造が、何を。」
「はい、確かに、私は、皆様から見れば、若造です、でも、今、申されました、若造が、と言われ
る言葉が出る様では、とても、良い策は無いと思いますが。」
彼は、一番下の下級武士で、彼が言った様に、まだ、本気では無かったので有る。
「そうでした、今の言葉は、取り消しますので、皆様、私が、悪かったのです。」
彼は、平然としている。
「私は、別に許す程の事では有りませんが、皆様方の中に、まだ今の、言葉の様な気持ちが残って
要れば、どの様に良い策が出来ても、源三郎様で有れば、見抜かれると、私は、思いますが。」
「お主、良い事を言ってくれましたよ、拙者も、お主の言葉で、目が覚めました。
これから、拙者も、言葉使いに気を付けます。」
「いいえ、私は、気付いて頂けれ、其れでよろしいので、御座います。」
「では、お主、何か、策でも、御座るのでしょうか。」
「はい、私が、考えた方策ですが、う~ん、ですが。」
「どの様な策でもよいので、お話し下され。」
彼は、一体、どの様な策を考えたのか、大広間の家臣達は、静まり返って要る。
「はい、では、申し上げます、其れは、血判状で、御座います。」
「えっ、何と、血判状ですと。」
殿様も、大広間の家臣達は、驚いた、正か、血判状とは。
「はい、今の源三郎様には、我々が、どの様な言葉で、お伝えしても、源三郎様は、信用されぬと、
私は、思います。」
「う~ん、お主の申される事が本当なのかも知れぬなぁ~。」
大広間の家臣達は、頷いて。
「今の源三郎様には、言葉は通じませぬ、其れならば、書面を認め、我ら、一同が、署名し、血判
する策しか無いと、私は、考えたのです、源三郎様は、日頃、私達に、申されておられます。」
「其れは、どの様な事なのですか。」
「はい、今の、藩内の重役や、重きお役目をなされて要る人達は、これはと思う様な策を考える人
は居られませんと。」
「えっ、其れでは、ご重役方は。」
「はい、はっきりと申されておられますよ、何も、役には立たぬと。」
またも、源三郎の爆弾発言で、大広間に集まった、ご家老を始め、重役方は怒りだした。
「何と言う、言い方だ、我らを無能者だと言うのか、ご家老、聞き捨てなりません。」
「皆の者、最後まで、話を聴くのじゃ。」
殿様の一言で、大広間の家臣達は、静まり。
「其れで、源三郎様は、何と申されているのだ。」
「はい、でも、若い人達は違う、失敗は有るが、大胆な発想をすると。」
「大胆な発想ですか。」
「はい、源三郎様が、げんたさんと言う子供に無理を言われても、相手が子供だと馬鹿にしてはな
らぬ、子供だから、大胆な発想が出来るんだと、其れが、大人になれば、弱気になり、何も出来な
いのだと。」
「う~ん、其れにしてもだ、源三郎と言う奴は、重役方の。」
「ご家老様、源三郎様は、重役方の批判をされているのではないのです。
私も、若造ですが、若造には、若造の考えが、御座います。
大変失礼な事を申し上げますが、ご家老様にも、私達と同じ若造の時代は有ったと思うのです。
その時の事を考えて頂きたいので、御座います。」
「う~ん、まぁ~なぁ~。」
「其れが、今のお歳になられ、若い頃の様な大胆な発想が出来ないのだと、源三郎様は、申されて
おられました。」
「では、聴くが、お主は、源三郎の話しが理解出来るのか。」
「ご家老様、私達も、源三郎様と、お話しすると、同じ若造でも、源三郎様の考え方には、我ら、
三人では想像も出来ない考え方をされておられます。」
「では、次に、どの様な工事をされるのかも分からないと、申されるのか。」
「はい、でも、話しはして頂けますが、余りにも突飛な考え方なので、私に説明されても、私は、
全く、理解が出来なのです。」
「ですが、何故、漁民や、農民が、理解出来ると、申されるのか。」
「源三郎様は、相手が、漁民さんや、農民さんにも、我らと同様の扱い方をされます。
漁民さんや、農民さんにも、何故、其れが、必要なのか、分かるまで話しをされます。
其れに、全てが現場主義ですから。」
「えっ、現場主義と申されると。」
「はい。」
その後も話は続き、辺りが暗くなる頃。
「皆の者、長い時を掛け話し合い、ご苦労で有った。
権三、悪いが、その方が、文面を考えてくれぬか、清書は、別の者がすればよいと思うのじゃ、
余が、最初に血判するぞ。」
「えっ、殿が。」
「何を申す、当然じゃ、今、源三郎が戻らぬとなれば、大変な事になるのじゃ、余も、含め、城内
の者達全員が、農民や、漁民達に嫌われ者になるのじゃ、余は、他国でも、同じ様な話しを聴いた
事が有るのじゃ、若い家臣が、重役方に造反を起こし、其れが、幕府に知れ、お家が取り潰しに
有ったと、其れはのぉ~、幕府は、小国を取り潰しにし、幕府直轄の領地にする為には、どの様な
理由でも良いと言う事なのじゃ。」
「殿、では、我が藩も何時、取り壊しになるやも知れぬと。」
「其れが、幕府のやり方なのじゃ、藩内の揉め事も収められぬ様では、まぁ~、理由はどの様にで
も作る事が出来ると言う事なのじゃ。」
大広間の家臣達は、静かに聴いている。
「我が、野洲も、幕府に睨まれておる事は確かな事じゃ、その方達は、源三郎が、毎日、明け方ま
で、役目を熟して要る事を知っておるか。」
「えっ、毎日、明け方まで、御座いますか。」
「余は、源三郎が、一人、考え込んでおるのを何度も見ておる、其れも、皆が寝ている時刻にじゃ、
その様な事も知らずに、その方達は、源三郎が目上の者に対して暴言を吐いたと申すので有れば、
余も考えるぞ、余が、源三郎に任せたと言うのじゃ、今の、その方達では、果たして、げんたと言
う子供を説き伏せる事が出来ると思うのか、領民を説き伏せる事が出来るとでも、申すのか、余は、
とても無理じゃと、思っておる、今は、野洲が生き残れるか、其れとも、幕府の手によって、取り
壊しに会うか、重大な局面に入っておるのじゃ、城内での揉め事が、何時、幕府に知れるやも知れ
ぬ時にじゃ、その様な事が、幕府に知れると、本当に取り壊しになるのじゃ、皆が、其処まで真剣
に考えなければならぬと言う事なのじゃ、皆の者、源三郎の心中を察してやるのじゃ。」
「殿、私が、責任を持ちまして。」
「よし、頼むぞ、皆の者、改めて、源三郎のお恐ろしさを知ったで有ろう、今後、二度と無き様に
致すのじゃ、だが、源三郎が、許してくれぬ限り、自宅謹慎を解く訳には行かぬ、其れだけは、肝
に命じて置くのじゃ、分かったな。」
「はっ、はぁ~。」
そして、長い協議が終わった。
一方、源三郎は、これから先の工事を考えていた。
げんたの事も気にはなるのだが、かと言って、早く作れと言えない、城中では、多分、今頃は、
大騒動になって要るだろう、だが、別に気にする必要な無い、其れよりも。
「そうだ、洞窟に行って、みんなと話でもするか。」
源三郎は、独り言を言って、そのまま、家の者には、何も告げず出て行った。
「本当に、久し振りだなぁ~、たまには、一人で、のんびりとするのもいいものだなぁ~。」
またも、独り言で、海岸までの道のりは平坦で、これと言った、珍し物も無く、のんびりと歩い
ていると、何やら、普段、見掛ける事も無い、一人の侍が、前を歩いている。
これは、怪しい、藩内の侍でも、この道を行く必要は無い、一体、何者なのか、源三郎は、侍の
後を付けてと言うより、あえて、あっちへ、ブラブラ、こちらで、ブラブラと、其れは、侍が、気
付かない程度の距離を開け、歩いて行く、後ろ姿からでは、分からないが、他国の侍なのか、いや、
其れでも、この先は、海岸だ、一体、何処に行くのだろうか、と、考えながら就いて行くと、やは
り、何か有る。
源三郎は、手前を曲がり、先に、漁村に着くと、漁師に見慣れぬ侍が、海岸へと向かっていると
告げ、有る特別な場所へと向かった。
その場所は、浜から、洞窟の有る、海岸までを見渡せる場所だ。
「おや、あの侍は、漁師に何かを聴いて要る、これは、やはり、幕府方の者なのか。」
侍と、漁師の話は直ぐ終わり、侍は、浜を歩き、別の方へと向かって行く。
その侍が向かう方向には、源三郎が、次の工事を始める予定の洞窟が有り、だが、この洞窟は、
地元の漁師さえも、余り、知らない洞窟で、実際は、洞窟と言っているが、其れは、入り口だけで、
奥へ行くと、中は広々とした空間に太陽の陽が降り注いでいる。
だが、その場所に入るには、一度、海中に入らなければならない、此処に新たな倉庫と言う物に
なるのか、其れは、今の段階では未定で、此処に入るには、げんたに依頼して要る、水中でも呼吸
が出来る装置が必要なのだ。
「おや、あの侍は、一体、何処に向かうのだろうか。」
だが、侍は、源三郎が、見ているのも知らずか、海岸をそのまま進み、やがて、姿が見えくなり、
源三郎は、侍と言葉を交わした、漁師の処に行き。
「先程の侍は。」
「源三郎様、あのお侍様は、どうやら、浪人のようで、誰かに追われて要ると。」
「そうでしたか、其れで。」
「はい、他の国に行きたいが、人目に付かない様に行きたいのだと聴かれ、其れでは、この浜に
沿って行けば、誰にも見付からずに行けますって言ったんです。」
「そうでしたか、其れで、其れ以外に、何か聴かれましたか。」
「いいえ、其れだけでしたが、何か、有ったんですか。」
「いいえ、別に有りませんがね、此処に来る人などはいないと思っておりましたのでね。」
「源三郎様、オラもびっくりしましたよ、だって、此処に来る人なんかいませんからねぇ~。」
「う~ん、これは、何か、対策を考えなければなりませんねぇ~。」
源三郎に、新たな試練が襲う事になるのか。
「源三郎様、今日は。」
「いえ、今日は、何も、有りませんので、久し振りにのんびりとしたいと思いましてね、其れより
も、皆さんは。」
「はい、先日、たくさんの荷物を届けて貰ったんでね、この頃は、みんなも元気でいますよ。」
「其れは、大変、良かったですねぇ~、済みませんが、今から、入れるでしょうか。」
「う~ん、少し待って下さいね、源三郎様、あの岩が、もう少し見える様になれば入れますよ。」
「へぇ~、その岩って、何処に有るのですか。」
源三郎が見ても、どの岩なのかも、全く、分からない。
「はい、それはねぇ~、右の端に有る、そうですねぇ~、上が尖った岩ですよ。」
「あ~、分かりましたよ、あの岩を見れば分かるのですか。」
「はい、そうなんですよ、あの岩に波が打ち寄せると入れないんです。」
「そうですか、じゃ~、皆さんは、あの岩を見て、判断されるのですか。」
「はい、ですから、舟を出すのも、何をするにしても、全て、あの岩を見るんですよ。」
「有難う、御座います。
私は、何も知らなかったので、忙しくされている、皆さんにお聞きしていましたが、これからは、
あの岩を見て判断出来れば、皆さんの邪魔をして、ご迷惑を掛ける事も少なくなると思います。」
「源三郎様、オラ達は、別に、邪魔だとは思って無いですよ、源三郎様、其れよりも、今、舟を着
ける為に工事に入っているんですが。」
「はい、何時も、皆さんに、ご無理をお願いをしておりますので。」
「いゃ~、そうじゃないんですよ、オラ達が、考えた方法が有るんですが。」
「私に、出来る事が有れば、何でもしますよ。」
「はい、其れじゃ~、向こうに行ってから、お話しをしますので、行きましょうか。」
「はい、では、お願いします。」
彼は、この漁村では、中心的な人物で、仲間の漁師を纏め、工事の進み具合も、彼に聞けば、全
て分かり、信頼の出来る漁師で有る。
彼と、数人の漁師と一緒に洞窟に入ると、何やら、辺りが、以前よりも明るくなった様な気がし
たのだ。
「源三郎様、分かりましたか。」
「はい、以前よりも、少し明るくなった様に思えるのですが。」
漁師は、にやりとして。
「源三郎様、種証をしますとね、松明の後ろ側に秘密が有りましたね。」
源三郎が、壁側に有る、松明の裏側を見ると、何と、鏡が有り、その鏡に松明の灯りが反射して
要るのだ。
「この鏡、一体、何処から。」
「源三郎様と、先日行きました、網元が使わなくなった鏡が有るが、何かに利用出来るならと、頂
いたのんですよ、其れを、松明の裏側に置くと、少し明るくなったと。」
「其れは、良かったです、そうだ、私も、戻りましたら、城内と城下の人達に聞いて見ますよ。」
「源三郎様、別に、其処までは。」
「いいえ、私が、何かの役に立つので有れば、まぁ~、無かったとしても、仕方無いと思って下さ
いね。」
「いゃ~、本当に有り難いですよ、其れでね、オラ達が考えた方法なんですがね、此処の部分をで
すねぇ~。」
漁師が、示した場所は、波打ち際で、その部分を真下に岩を取り除こうと言うので有る。
「はい、其れは、良い事ですよ、ですが、これは、大変ですねぇ~。」
「はい、其れで、鏨に棒を括り付けて、打ち砕き、大きな船でも接岸出来ればと考えたんです。」
「う~ん、其れは、大変、素晴らしい事ですよ、今のままで有れば、小舟を接岸出来ても、これよ
りも大きな舟は無理でしょうからねぇ~。」
「はい、源三郎様、其れで、オラ達が砕いた岩が、其処に溜まるので、この岩を何とかして取り除
きたいと思うんですが、この場所が、思ってた以上に浅いのですが、でも、中に潜らないと取れな
いので、困ってるんですが。」
「そうですか、私も、今、有る人に、何とかして、海の中で、息が出来る様な方法は無いかと、お
願いはしているのですがね、私は、実に簡単に出来ると思ったのですが、でも、誰が、考えても、
水の中で、息が出来る物は作れないと言われるのです。
でも、私は、其れが出来ると、この工事も進むと思って要るのです。」
「えっ、源三郎様、水の中で、本当に息が出来るんですか。」
漁師も、初めて聞く話で驚いて要る。
「私もね、無理を承知で、お願いをしたのですが、その人物から、今も、良い返事が有りません。
でも、多分、その人物も、何か良い方法が有るはずだと、試行錯誤されて要ると思いますよ。」
「源三郎様、でも、本当に、そんな物が出来るんですかねぇ~。」
漁師も無理だと思っている。
「まぁ~、その様な訳ですのでね、少し待って欲しいのです、申し訳、有りませんが。」
「源三郎様、でもまぁ~、よくもそんな物を考えましたねぇ~、其れに、その話を聴いた人も大変
ですねぇ~、其れで、その人は、何処かの、お偉い人なんですか。」
「いいえ、城下の子供ですよ。」
「えっ、子供って、源三郎様は、子供にそんな無理を言われたんですか。」
漁師は、源三郎が、正か、子供に、作らせて要るとは思いもしなかったのだろう、漁師にすれば、
何処かの、学者の様な人物に頼んで要るとでも思っていたので。
「ええ、子供ですがね、子供と言っても、普通の子供では無いですよ、お客さんの注文を聴き、其
れから作るのですが、彼に言わせれば、作れない物は無いって、其れで、私が、無理を承知で、お
願いしたと言う話しです。」
「作れない物は無いって、でも、もの凄い子供ですねぇ~。」
「はい、殿も知っておられますよ。」
「えっ、お殿様も、知っておられると言う事は、源三郎様が進めておられる工事には、その子供が
作る物が、大事な役目を。」
「ええ、私はね、その様に思っておりますよ、この松明の灯りを反射させる事で、洞窟の中が、少
し明るくなると言うのも、私は、現場の人達が考えられた結果だと思いますよ。」
「では、早く出来るとよろしいですねぇ~。」
「はい、私も、その様に思っておりますがね、私は、その人に任せておりますので、出来上がるま
では、何も言わない様と思っております。」
「はい、分かりました、源三郎様、其れで、この工事は進めてのよろしいのですか。」
「はい、勿論ですよ、続けて下さいよ、まぁ~、何とか、なるでしょううからねぇ~。」
「はい。」
「其れで、奥の方は如何ですか。」
「そうですねぇ~、少しづつですが、岩が少なくなってきましたので。」
「岩が、少なくなってきたと言う事は、土の部分が、多くなってきたと言われるのでしょうか。」
「はい、ですから、掘る方も早くなると思います。」
「少し待って下さいよ、其れは、危険ですので。」
「えっ、でも、何が、危険なんですか、早く掘る事が出来れば、早く、お城に。」
「いいえ、そうでは無いのですよ、落盤が起きますので。」
「えっ、源三郎様、落盤って。」
「岩だけならば問題は有りませんがね、土の部分が多くなると、落盤の起きる可能性が有ると思い
ますのでね、土だけとなれば、今まで、支えていた物が無くなり、其れで、突然、崩れ落ちますの
でね、工事を、直ちに、止めて下さい。
其れで、山から木を伐り出し、天井から、横の壁にも補強しなければ、何時、崩れ落ちるか知れ
ませんのでね。」
「はい、分かりました、では、オラが行ってきますので。」
漁師は、大急ぎで、掘削中の先端に走って行く
岩だけならば、掘削に日数は掛かるが、落盤の危険性は少ない、だが、土が主体となれば、何
時、落盤事故が発生するのか分からない。
源三郎は、落盤事故が原因で、犠牲者だけは出したくは無いと考えて要る。
「私も、一緒に参りますので。」
源三郎も、大急ぎで、掘削中の先端まで走って行った。
「良かったです、今のところは大丈夫ですが、これ以上は、先に掘り進むのは中止し、直ぐ補強に
掛かりますのでね。」
「はい、では、オラ達が。」
「はい、でも、少し休みを取って下さいね、皆さんも、お疲れだと思いますので。」
「はい、分かりました、お~い、みんな、源三郎様が、これ以上、先に進むと危険だとおっしゃら
れて要るんだ、工事は、一時止める、みんな、休みを取ってくれ。」
「じゃ~、オラ達は。」
「うん、今、源三郎様が、考えておられるんだ、みんな、一度、引き上げようか。」
「うん、分かったよ~、じゃ~、みんな、行こうか。」
十数人の漁師は、洞窟を出る事になり、源三郎は、先端部分の下から、上へ、横の壁も、全て見
て、此処まで、約、一町掘り進んでいると。
「う~ん。」
源三郎は、考えて要る、岩盤が此処まで有ると言う事は、洞窟の入り口近くから、此処までは拡
張が出来るのではと考えて要る。
「源三郎様。」
「はい、私は、直ぐ戻り、大工の棟梁を訪ね、話をしますので、補強工事が終わるまでですが、其
れまでは、工事を中止して下さいね、皆さんに対し、申し訳有りませんが。」
「はい、では、オラは、みんなに知らせますが、源三郎様、此処の工事を中止にして、岸壁作りに
入ってもよろしいでしょうか。」
「はい、私は、宜しいですが、皆さんはお疲れでは。」
「いゃ~、別に、まぁ~、後の事は、オラ達で考えますので。」
「そうですか、誠に、申し訳有りませんが。」
「源三郎様、では、一度、出ましょうか。」
「はい、私は、その足で、城下に向かいますので。」
源三郎は、内心、ほっとして要る、今日、来て良かったと、城内の騒ぎで、少しの余裕が出来た
のが幸いしたのだろう、今日、来れず、何も知らずに掘削を続けていたならば、其れこそ、大きな
落盤事故が起き、多くの犠牲者が出た可能性が有る。
源三郎は、大急ぎで、城下に向かった、この問題もだが、大工達はと言うより、城下の人達は殆
どと言っても良い程、海岸で洞窟の掘削作業を行っている事は知らない。
だが、大工の協力無しで、この先の掘削工事を進める事などは出来ない。
源三郎は、海岸から城下までが、これ程にも遠いとは思いもしなかった。
城下に入り、大工の棟梁宅を訪れ、話しをすると、棟梁の驚き様は大変なもので、そんな工事が
行なわれている事さえも、其れよりも驚いたのは、藩の存亡に関わると言う話しに仰天している。
「生野田様、では、その工事は、我々、領民の為だと申されるのですか。」
「はい、殿様は、どの様な方法を使ってでも、領民だけは守ると申されており、私も、殿様の強い
決意を感じ、漁師さん達に無理をお願いを致しておりますので。」
「生野田様。」
「棟梁、源三郎と呼んで頂いてよろしいですよ。」
「ですが。」
「いいえ、私も、その方が、気が楽になりますので。」
「はい、承知、致しました、其れでは、源三郎様、その現場と言うのを拝見したいのですが。」
「私は、何時でもよろしいですよ、そうだ、まだ、有りましたよ。」
「えっ、他にも有るのでしょうか。」
「はい、今、お城の北側に有る、空井戸からも、海岸に向けて掘り進んでおりますので。」
「えっ、では、二か所同時に掘り進んで要るのですか。」
「はい、その通りで、私は、この工事で、犠牲者は出したくは有りませんので。」
「分かりましたよ、では、今から、私と、腕のいいのがおりますので、一緒に連れて行きますが、
宜しいでしょうか。」
「はい、棟梁、この工事、全てが内密進めておりますので、その方々にも、決して口外せぬ様に、
お願いしたいのです。」
「勿論ですよ、ですが、工事は簡単には行かないと思いますから。」
「はい、其れは、私も、承知しておりますので。」
「源三郎様、私が、連れて行く大工は、腕もいいですが、其れよりも、信頼できる奴らばかりです
から、心配は要りませんよ。」
「はい、承知しました。」
「では、少しお待ち下さい、今日は、休みだと思いますので、誰かを、呼びに行かせますので。」
「はい、では、お待ち致します。」
「お~い、誰か。」
「はい。」
大工の棟梁は、三人の名前を上げ、大急ぎで呼ぶ様に伝え、若い大工は、走って呼びに行った。
「源三郎様、では、海岸から、お城までを地下通路ですが、頑丈に作る必要が有りますねぇ~。」
「はい、海岸の現場は、岸から一町は進んでおりますが、其れでも、一里は有ると思います。」
「では、材木ですが、太い木を選びますので、源三郎様、其れと、大木の切り出しも有りますので、
私の知り合いの木こりとも話をしますが、彼らも、信頼の置ける昔からの仕事仲間と言ってもよろ
しいので。」
「棟梁に、お任せいますので、何卒、よろしく、お願いします。」
「親方。」
三人の大工が来た。
「親方が、大至急、来いって呼ばれたんですが。」
「うん、其れで、こちらの、お侍様は、生野田源三郎様と申されて、先程、お城から来られ、我々、
大工の手を借りたいと言われたんだ。」
「えっ、お侍様が、其れで、一体、何を作るんですか。」
「うん、今から話すが、この話は、他の人には絶対に話してはならんのだ。」
「えっ、そんな、大切な物を、オレ達が作るんですか。」
「そうなんだ、これはなぁ~。」
親方は、三人の大工に詳しく話すと、勿論、三人の大工は、大変な驚きだが、其れよりも、お家
の一大事だと知り。
「お侍様、有り難い話で、そんな大事な仕事をさせて貰うんだ、親方、オレは、最高の物を作りま
すよ、だって、オレ達の為なんですからねぇ~。」
「うん、オレもだ。」
三人は、驚き以上に、自分達が選ばれたと言う話に、嬉しさが倍増したので有る。
「皆さん、有難う。」
源三郎は、頭を下げると。
「お侍様、頭を上げて下さいよ、オレ達は、そんなに大事な仕事が出来るなんて、ねぇ~、親方、
誰だっていいと言う訳には行かないんですから、この仕事、親方、正か、お金が。」
「何を言ってるんだ、わしはなぁ~、嬉しいんだ、だって、源三郎様が領民の為にだって言われて
るんだよ、何処の誰が、お金が欲しいって言えるか、其れよりも、お前達、三人は、特別だって話
しなんだ、引き受けたからには、どんな事が有っても作り上げるんだぞ。」
「親方、当たり前ですよ、だって、出来なかったら、オレ達は、この城下には居られなくなります
よ、あの三人は、頼んだ仕事も出来ないって、そんなの、オレ達の恥ですからねぇ~。」
「源三郎様、この三人は、私の自慢の職人ですので、どんな事をしても、作らせますよ。」
「棟梁、何と、申し上げて良いか分かりません、本当に、有難う、御座います。」
「じゃ~、源三郎様、行きましょうか。」
「ですが、空井戸も。」
「源三郎様、先に、洞窟を見せて頂きたいのです。
お前達、今度は、図面は無しで行くんだからなぁ~。」
「はい、勿論ですよ、親方、オレ達は、図面無しでも作りますよ、絶対にね。」
「では、今から参りましょうか。」
源三郎と、大工の棟梁、大工の三名は、浜へと向かう。
源三郎は、今更、秘密で、工事を進める必要は無いと考えて要るのだが、城内の騒ぎが、どの様
になって要るのか、今は、何も分からない状態で、今は、世間に公表する事も出来ない。
城下の町民までも巻き込む事にもなる、騒ぎが収まるまでは、秘密扱いにすると決めた。
大手門を避け、東門近くに来ると、数十人の家臣が、農作業用の姿で、歩いていたが、源三郎は、
知らぬ顔で通り過ぎ様とすると。
「源三郎様、何処へ。」
「急用ですので。」
頭をさげ、大工達を連れ、浜へと向かった。
「何故、あれ程、急がれるのだろうか。」
「いや、拙者には分からぬが、あの急ぎ様では大変な事が起きたのではないでしょうか。」
「後から行く、四人は、城下の者達では。」
「うん、その様ですが、でも、何か気になりますねぇ~。」
「今は、話せる状態では無い事だけは確かなようですよ。」
「其れよりも、我々は。」
「そうだった、行きましょうか。」
家臣達が掘り進めている、空井戸は、思った以上に進めていない、だが、結果的には、其れが良
かった、これが、早く進んでいれば、今頃は、落盤事故が発生し、犠牲者が出た可能性も有る。
「源三郎様、何処に入り口が有るんですか。」
「まぁ~、其れは、漁師さん達に任せて下さい。」
数漕の小舟に別れ、岩場に差し掛かると。
「皆さん、頭を下げて下さい。」
「あっ、わぁ~、これは。」
「分かりましたか、これが、入り口ですよ。」
「まぁ~、何と。」
数漕の小舟は洞窟に入って行く。
「思った以上に明るいですねぇ~。」
「では、着きますので、足元に気を付けて下さい。」
源三郎達が、小舟から降り、漁師の案内で、先端まで行き。
「この燈火器をどうぞ。」
「これは、有り難い、源三郎様、これは、やはり、危険ですねぇ~。」
「う~ん、これは、三か所の。」
「そうだなぁ~、下から、上まで、これだと、七尺かぁ~、すると、六尺の支柱と、下に、五寸と、
上の板も、五寸は必要だなぁ~。」
「よ~し、これなら、行けるぞ。」
「うん、そうだなぁ~。」
三人の大工は、お互いが話し合っている。
「棟梁、如何でしょうか。」
「源三郎様、奴らは、今、頭の中で、図面を書いていますので。」
「はい、其れと、申し訳有りませんが、この中を荷車が入り、物資の輸送も行いますので。」
「はい、分かりました、おい、どうだ。」
「親方、早く、分かったので、大丈夫ですよ、ただ、これには問題が有りまして。」
「どの様な問題でしょうか。」
「はい、掘削と同じで、掘りながら、支柱と、上と、左右の壁には、五寸の板をはめて行きますの
で、人手が。」
「では、この工事には、二組以上の人員が必要だと。」
「はい、支柱と、板のはめ込み、掘り出した、土の搬出と、でも、これは、大変ですよ。」
源三郎が、考えていた以上に深刻な問題だと分かった。
其れよりも深刻なのは、今でも人手が不足して要ると言うのに、如何すれば、人手不足を。
「源三郎様、私達は、先に、木材の加工に入ります。
お城までが、一里として、原木の切り出し、加工しますが、相当な期間も要ると思いますよ。」
「親方、荷車も要りますよ。」
「其れは、大丈夫だ、だけど、木材を、一度に運ぶのは。」
「一台分で、どれくらいの量いなるのか、帰ってから調べますよ、ですが、この洞窟に運び込むの
は、大変ですねぇ~。」
「うん、そうだなぁ~、荷車も重くなるからなぁ~、其れに、此処まで運ぶとなれば、う~ん。」
源三郎は、改めて、人員の確保が必要だと思い、加工された木材を、此処まで運ばなければなら
ない、源三郎には、次々と問題が発生するので有る。
その頃、城中では、源三郎に差し出す為の血判状を作り始めている。
「殿、お辞め下さい。」
「何を、申すのじゃ、これは、何も、余の為ではないのだ、全て領民の為なるぞ、その為ならば、
余が、最初に血判を押す事に、何の無理が有ると申すのじゃ。」
「分かりました、では、拙者が次に。」
「うん、其れで、良いのじゃ、城中の者が一致団結しなけば、今回の大工事は成功せぬぞ。」
殿様が、最初で、次に、筆頭家老が、其れからは、次々と自筆の署名と、血判が押されて行く。
あとは、源三郎が、何時、登城するのか、其れだけを待つので有る。
源三郎と、大工達は、洞窟を出、源三郎は、城へ、大工達は、親方と打ち合わせをする為、親方
の家へと向かった。
源三郎は、東門から、城内に入ると。
「源三郎様が戻られました、源三郎様が、今、戻られました。」
門番が大声で叫んだ、すると、次々と伝わり。
「何か、有ったのか、若しや、幕府に知られたのでは、だが、何故、知られてのだろうか。」
源三郎は、城中の騒ぎとは、別の事を考えていた。
「源三郎様、殿が、お待ちで、御座います。」
やはりか、これは、大変な事になった、何か、方法を考える必要が有ると、源三郎は、一人、別
の事を考えていた。
「源三郎様、大急ぎで、大広間に来て頂きたいと。」
「はい、分かりました。」
源三郎は、この時、一体、何を勘違いしたのか、腹を切るつもりで、広間に入ると、殿様を始め、
城中の家臣達全員が集まっており、源三郎は、此処までと考え、殿様の前に行き。
「殿、誠に、申し訳、御座いませぬ、全て、私の責任で、御座います。」
源三郎は、直ぐ、裃を取り、脇差を抜き、腹を切ろうとした、その時。
「源三郎、一体、どうしたと申すのじゃ、お主は、何を、勘違いしておるのじゃ。」
「殿、実は、作日、怪しげな浪人を取り逃がしたので、御座います。
その浪人者が、幕府の密偵とは知らずに。」
「何じゃと、怪しげな浪人を取り逃がしたと、申すのか。」
「はい、左様で、御座います。
その浪人者が、幕府に知らせたので、この様な大騒ぎになったのだと、ですので、取り逃がした、
私の、責任で、御座います。」
「源三郎、この地より、幕府まで、一体、何日掛かると思うのじゃ、二日や、三日で行くのは、普
通の者では無理じゃぞ。」
「えっ、では、一体、何事で、御座いますか。」
「この、大馬鹿者が、一体、何を、早合点しておるのじゃ、え~、源三郎。」
「私は、てっきり、その浪人者が、幕府の。」
「そうか、それ程までに、頭が混乱しておるのか。」
「はい。」
「のぉ~、源三郎、今、此処に居る者全員が、源三郎が大変な怒り様で、どの様にすれば、源三郎
の怒りを収める事が出来るか、皆の者が思案しておったのじゃぞ。」
「私は、農民や、漁民が、必死で、工事を行っているのに、其れに、対しての言葉が許せなかった
ので、御座います。」
「源三郎、今、この城内で、一番、恐ろしいと思われているのは、誰か知っておるのか。」
「其れは、勿論、殿で、御座います。」
「何を申しておるじゃ、其れは、大間違いじゃ、今、城中で、一番、恐れられているのは、そち
じゃ、源三郎なのじゃ。」
「えっ、何故、私で、御座いますか、私の様な若造を。」
源三郎は、内心、ほっとしている、若しも、あの浪人が、本当に、幕府の者ならば、まだ、道中
の途中で、報告したと考えても、この数日で、幕府からの通告が届く訳が無いと。
「殿、では、一体、何事でしょうか、皆様が、お集りになられて。」
「のぉ~、源三郎、そちは、先日、この場で起きた一件の事を忘れたのか、あれ以来、皆の者は、
真剣に考え、そして、皆の者が、改めて、領民の為に尽くす事を約束したのじゃ。」
「其れで、皆様が、集まっておられるのですか。」
源三郎は、まだ、分かっていない。
「のぉ~、源三郎、皆が集まり、真剣に協議したのじゃ、其れをじゃ、そちも、知っておろう、田
中直二郎達をじゃ。」
「はい、勿論で、御座いますが、彼が、何か。」
「うん、その直二郎達が申したのじゃ、今の、源三郎には言葉で、どの様に伝えても納得はしない、
では、一層の事、全員の自筆で署名し、血判すると決まったのじゃ。」
「えっ、何故、其処までされる必要が有るのでしょうか、私は、あの発言の取り消しと、今後は、
例え、農民や、漁民と言えど、同等の人間として、接して頂ければ、其れで、宜しいのです。」
「やはりのぉ~、源三郎の事じゃ、何時までも引きずってはおらぬと思っていたのじゃが、だが
のぉ~、源三郎、自筆で署名すると言うのはじゃ、私は、考え方を改めましたと言う様な言葉だけ
では無いのじゃ、自筆で署名した証拠書面は、源三郎が破棄せぬ限り、何時までも残るのじゃぞ、
其れは、分かるな。」
今になり、源三郎は、大変な事態になって要ると感じた。
「では、あの方々が、署名され、血判をされたと、申されるのでしょうか。」
「源三郎、其れがのぉ~、全員なのじゃ。」
「全員と、申されますと、えっ、正か、城中の方々、全員なのでしょうか。」
「その通りじゃ、正に、城中の全員が、源三郎に対してじゃ、のぉ~、権三。」
「はぁ~、誠に、その通りで、御座います。」
源三郎の父でも有る、ご家老様が、巻物を殿様に渡し。
「源三郎、これが、全員、署名し、血判した書面じゃ。」
殿様は、源三郎に渡し、巻物を開けると、何と、其処には、殿様の名が書かれ、血判して有り、
筆頭家老から、末端の家臣に至るまで全員の署名と、血判がされている。
「えっ、殿が。」
「源三郎、余は、何も出来ぬ、だからと言ってじゃ、何も、せずにはおれなかったのじゃ、せめて、
署名と、血判だけは、最初にせねばのぉ~、皆の者に対し、示しが付かぬわ。」
殿様は、大笑いするが。
「殿、どの様に、申してよいか、分かりませぬ、私も、あの後、反省を致しました。」
「何じゃと、源三郎が、反省したと、一体、どの様な反省をしたと、申すのじゃ。」
「はい、私は、一時的とは申せ、感情的になり、この様な事をしていたのでは、領民の為にはなら
ぬ、責任を持つと言うのは、我が身の大事よりも、他の大事を考えねばならないと、其れが、全て、
領民の為になるのだと。」
「うん、よし、分かった、皆の者も反省しておる、どうじゃ、これで、全て無かった事にと言えば、
また、源三郎に怒られるやも知れぬが、この日を境に、最初からのつもりで、やってはくれぬか、
のぉ~、源三郎。」
殿様が、源三郎に頭を下げると。
「殿、頭を上げて下さい。
分かりました、今からは、初心のつもりで工事を、あっ、大変な事を。」
「一体、どうしたと言うのじゃ、何が、起きたと言うのじゃ。」
殿様も、ご家老様も、そして、家臣達もが、一斉に、身を乗り出し。
「はい、今、空井戸の掘削工事が行われておりますが、直ぐに、中止を、お願いします。」
「源三郎、一体、何が、起きたと言うのだ。」
「父上、今のまま掘り進めば、今日か、明日、いや、数日以内に落盤事故が発生し、多くの犠牲者
が出ます。」
「何だと、落盤事故が起きるだと、何故、分かったのだ。」
大広間に緊張感が起きた、全員が、今までに無い驚きで有る。
「はい、先日、私が、海岸の洞窟に入り、内部を見たのですが、今までは、岩盤でしたので、事故
も無く、多少の遅れは有りましたが、順調に掘り進んでおりました。
ですが、私が、行った時くらいから、岩盤では無く、土を掘り始めたところで、其れから先は、
岩盤とは違い、土になり、土と言うのは、非常に柔らかいので、洞窟内で支えが無ければ、直ぐに
落盤しますので。」
「では、海岸の洞窟で落盤事故で、犠牲者が出たのか。」
大広間の家臣達は、水を打った様に静まり返って要る。
それ程までに、源三郎の発言は大変大きな事故が発生し、多数の犠牲者が出る、その様な事態に
でもなれば、幕府に知られるのだと、だが、源三郎が、判断良く工事を止めたのが良かったのだろ
う、犠牲者も出なかったので有る。
「いいえ、今は、誰も犠牲になられてはおりませんが、私は、空井戸も土を掘り進んでおりますの
で、最悪の事を考え、急ぎ、戻って来た次第で。」
「そうか、で、その後の工事は出来ないのか。」
「はい、私の独断で、城下に居られる、大工の棟梁宅に参り、棟梁には、全てを、お話しし、棟梁
は、殿が、申されておられます、全て領民の為にと言う話で、何事も領民の為と、三名の大工さん
を指名され、今日、海岸の洞窟へ、ご一緒して頂きました。」
「そうだったのか、だが、これで、城下の者達も知る事になったのだなぁ~。」
家老は、今の話で、城下の者達に知られても仕方が無いと言った表情で。
「父上、棟梁もですが、大工さん達は、一切口外しないと約束されましたので、心配は無いと思い
ますが。」
「そうか、では、大工達が加工を行う場所は決まっているのか。」
「いいえ、其れよりも、山で、伐採された木材を加工現場に運ぶ者、加工が終わった木材を海岸ま
で運ぶ者、そして、最後になりますが、加工された木材を洞窟内で組み立てる者、この三か所に必
要な人員がおりません。」
「何だと、人員不足と申すのか。」
「はい、其れに、全部で一体何人が必要なのか、其れも、今は、分からないのです。」
「源三郎、大工の棟梁は、何と、申しておるのか。」
「其れが、まだ、何も、今頃、棟梁は、山に行かれ、木こりさんと話をされて要ると思います。」
「で、その返事は、何時頃になるのじゃ。」
「早ければ、今日、遅ければ、明日になると思われますが。」
「源三郎、余は、分からぬが、大工の仕事は、何処で、行なうのじゃ。」
「はい、其れも、まだ、決めておりませぬ。」
「権三、如何じゃ、この城内で。」
この殿様は、時々と言うのか、誰もが考えない突飛な発言をする。
「えっ、殿、城内と申されますと。」
「そうじゃ、山から切り出した木材を、城内に運び、城内で加工を行い、城内から、海岸まで運ぶ
のじゃ。」
殿様の突飛な発言は、今の源三郎に取っては、一番の味方になるのだ。
「殿、ですが、どの様な所が良いのか。」
「源三郎、お主が申しておるではないか、現場に任せると、余は、大工達が決めればよいと思うの
じゃが、うん、どうじゃ。」
「はい、仰せの通りに、其れと。」
「何じゃ、早く、申せ。」
「はい、この工事に、侍姿では、不便で、城下の者達は、仕事用の作業着を着ておりますので。」
「源三郎、分かったぞ、登城する時は良いが、城内に入れば、作業着に着替えると申すのか。」
「はい、其れに、私達は、常に、小刀を、ですが、その様な物は、工事には不要と存じます。
ですが、山から、城内へ、城内から、海岸へ向かう往復の時には、荷車に隠せば、いざと言う時
には。」
「なる程、よし、源三郎、その方に任せるが、先程、申した人手じゃが。」
「はい、私は、棟梁の連絡待ちだと考えております。」
「そうか、じゃが、大工は、三名で足りるのか。」
「はい、其れも、大工さんの話しで、増す事も有り得るので無いかと。」
「殿、余り、目立たぬ方がよいのでは、有りませぬか。」
「権三、何を、心配しておるのじゃ、今更、一体、何を隠すと申すのじゃ、源三郎は、城下の大工
に話したのじゃ、其れは、何時までも隠し通せるものでは無いのじゃ、で、有るならばじゃ、正々
堂々と工事を行おうでは無いか、余も、覚悟だけはして置くぞ、のぉ~、権三。」
殿様は、大笑いをするが、家臣達は、笑う気にはなれずに要る。
「殿、お一人では、御座いませぬぞ、私も、お仲間にさせて頂きとう御座います。」
「そうか、余、一人では無いか。」
殿様と、ご家老様は大笑いするので、家臣達も覚悟を決めたのか。
「殿、ご家老様、拙者も、お仲間に。」
「拙者もで、御座います。」
家臣達は、次々と名乗りを上げ、全員が覚悟を決めた。
「殿、其れに、皆様、海岸の洞窟では、漁師さん達が、漁を休まれておられ、それが、原因なのか
分かりませぬが、城下で、魚が不足とまでは行きませぬが、全体的に少なって要るのです。
勿論、其れが、原因なのか分かりませんが、私は、漁師さん達に、漁師本来の仕事をして頂かね
ば、我々も、魚を食べる事が出来なくなるとも限りませぬ、其れに、私は、出来る限り、漁師や、
農民の負担を少なくさせて上げたいと考える次第で、御座います。」
「源三郎殿、私は、どの工事が出来るか分かりませんが、私のお役目も有りますので。」
「皆の者、そち達のお役目も大事で有るのは、余も分かっておる、今、この場には、役目所の長も
来ておる、そち達に尋ねるが、今の人員を半分にでも役目は執行可能なのか、一度、皆の者と相談
してはくれぬか、余は、勿論、分かっておる、役目によれば、人員を減らす事などは出来ぬ所も有
ろう、だが、何か、方法は有ると思うのじゃ、皆が協力しなければ、全てが失敗に終わる様な事に
もでもなれば、我が、野洲は取り壊され、その方達、全員が、浪人になるのじゃ。」
「殿、皆も、承知、致しておりますので、此処は、皆を信じて頂きとう、御座います。」
「うん、権三、よくぞ、申した。
源三郎、その棟梁の話し行かんでは、城内の者達、全員が、工事に出向くやも知れぬぞ、源三郎
は、全ての工事が、無事に終わるまで、失敗せぬ様に考えるのじゃ、分かったな。」
「はい、殿、誠に、有り難き、お言葉、源三郎、この身に変えましても、全う致す所存で、御座い
います。
皆様、田中様、鈴木様、上田様の三名を、各役所に向かわせますので、皆様と協議の上、三名に
ご氏名を伝えて頂ければ、幸いに、御座います。」
「源三郎殿、承知致した、我らも、早々協議に入りますので。」
「源三郎殿、拙者の所も同じで御座る。」
「そうじゃ、源三郎、大事な事を忘れておったぞ、大工が、三名と申したな。」
「はい、今は、一応、三名となっておりますが。」
「賄い処は、人数を減らすと、どの様になるのじゃ。」
「はい、私も、今、その事を考えねばならないと思いますが。」
「あの者達は重要ならば、賄い処は減らすでない、大工、三名と、他の者達の賄いは、大変だと、
今、思ったのじゃ。」
「殿、ですが、一度、皆と、協議、致しますので。」
「よし、分かった、他の役所でも同じだとは思うが、今までの様には行かぬと分かったのじゃ、そ
の辺りをよ~く考えて、話し合うのじゃ、其れでじゃ、源三郎、あの者達を許してはくれぬか。」
「はい、私は、今までの全てを洗い流し、皆様に、協力して頂ける様に致しますので、どうか、皆
様、よろしく、お願いします。」
「よし、お主達の謹慎処分は直ちに取り消す、良いか、その方達も、今後は、よろしく頼むぞ。」
「はっ、はぁ~。」
自宅謹慎中で有った、彼らの処分は解除された。
「よ~し、皆の者、解散して良いぞ。」
「殿、有難う、御座いました。
では、私は、他の手配も有りますので、これにて、失礼、致します。」
源三郎は、殿様に礼を言い、森田達、三名と、田中達、三名を呼び、源三郎の部屋に向かい、部
屋に着くと、早速手配を始めた。
「飯田様には、中川屋に出向いて頂きまして、他国から、そうですねぇ~、私は、出来る限り遠く
の国が宜しいのですが、穀物類の買い付けをお願いしたいのですが。」
「源三郎様、分量は。」
「はい、実は、一番の問題なのです、少なからず、多からずなのですが、まぁ~、出来る事ならば
多い方がよろしいのですが。」
「では、私が、中川屋と伊勢屋に相談させて頂きまして。」
「はい、私は、出来るならばですが、昨年、我が藩で収穫された分量を確保したいのですが。」
「でも、これは、大変な量になりますが、先程、申されました、出来る限り遠くの国となれば、買
い付けた、穀物類は直ぐには届かないと思うのですが。」
「其れは、別に宜しいので、当分の間は、中川屋から、放出して頂く様に、其れも、お願いしたい
のですが。」
「ですが、その放出した穀物は、何処の村に持って行くのでしょうか。」
「森田様、穀物類と、森田様にお願いが有るのですが。」
「其れは、海産物の買い付けと、放出と申されるのでしょうか。」
「はい、誠に、その通りで、特に、漁村と農村に配給をお願いしたいのです。」
「農村は、全てでしょうか。」
「はい、農村からも、この数日以内に大勢が海岸の洞窟に向かう予定となっておりますので。」
「では、配給の分量は。」
「其れは、お二人に、お任せ致します、ただ、農村では、全員では有りませんが、全員が工事に向
かったと考えて頂きたいのです。」
「其れは、女性だけの農家には、少し多目でも、宜しいのでしょうか。」
「はい、全て、お任せ致しますが、今の話は、まだ、中川屋と、伊勢屋には話しておりませんので、
今回は、お話しだけと言う事で。」
「はい、分かりました。」
「本田様には、棟梁と、大工さんの、ご家族に食事の提供をお願いしたいのですが。」
「はい、勿論、喜んで。」
「その時にでも宜しいので、大川屋には、近頃、不審な者達が来ていないか、其れも、聴いて頂き
たいのですが。」
「はい、其れは、源三郎様が、取り逃がしたと、申されておられました、浪人の事が有ったので、
御座いますね。」
「はい、私は、あの時、別の用件と、考え事をしておりまして、全く、考えもしなかったのが、今
も、後悔しておりますので。」
「私は、別に、源三郎様の責任では無いと思っております。
今の、源三郎様を拝見しておりますと、一日中、緊張が続いておられ、何時、倒れられるのか、
其れが、心配なので、少しは休まれては如何でしょうか。」
「有り難き、お言葉、源三郎は、何と、お礼を申し上げてよいか分かりませぬ。」
「今、源三郎様に倒れられますと、其れこそ、お家の一大事で、御座いますから。」
「皆様に、ご心配を、お掛けし、申し訳、御座いませぬ、では、よろしく、お願い致します。」
源三郎が、手配する穀物と、海産物は、米問屋の中川屋、海産物問屋の伊勢屋に対し、告げられ、
中川屋は、大番頭と、手代数名が、二日後に、伊勢屋も、大番頭と手代数名が、他国へと買い付け
に向かった。
そして、二日後の午後、大工の棟梁と、三名の大工と、木こり数名が、源三郎を訪ねて来た。
彼らは、お城に来るのも初めてだが、大手門の門番は、慌てて、源三郎を呼びに行き、暫くして、
源三郎が着き、大手門左の大部屋に案内した。
「皆さん、お忙しいところ、私の無理を聴いて頂き、誠に、有り難き事で、御座います。」
「源三郎様、こちらの者が、私が、数十年来、懇意にして頂いております、木こりさん達で、御座
います。」
木こり達は、頭を下げ。
「お侍様、棟梁から話を聴き、オラ達が出来る事なら、何でもしますので。」
「いゃ~、其れは、大変、有り難いお言葉、私は、千人力を得ました。
其れで、皆さん方には、ご無理を申し上げておりますが、今、海岸から、この城まで、一里の長
い隧道の工事中なのですが、先日、岩石部分から、土の部分に入り、危険だと判断し、今は、工事
を中止しております。」
「えっ、一里の隧道をで、御座いますか。」
「はい、其れで、今は、一町程進んだところですが、その部分に落盤防止用の、私も、専門的な事
は分からないのですが、木材で補強したく考えております。」
「源三郎様、大工の立場から申しますと、屋根の部分には、厚みが、五寸の板を敷き詰める方法だ
けだと思いますが。」
「厚みが、五寸ですか、で、長さは。」
「はい、長い板にすれば、重みで、板が割れますので、一尺か、二尺が限界だと。」
「では、支柱の本数も大変な量になりますが。」
「でも、其れ以上長く致しますと、土の重みに耐えられずに、事故の可能性が有りますので。」
「分かりました、皆さんは、専門家なので、全て、お任せ致します。
其れと、幅と、高さですが。」
「確か、高さが、七尺で、幅が、六尺くらいは有ったと思うのですが、この様な適当でも、よろし
いのでしょうか。」
「はい、其れで、十分で、御座いますよ、家と違いますので。」
「そうですか、申し訳、有りません。」
「お侍様、オラ達ですが、今、山には、間伐材が1千本近く有るのですが。」
「えっ、1千本の間伐材ですか。」
「はい、この間伐材は、十分に使えますので。」
「では、山から、持ち出す必要が有るのですね、で、その山までの距離ですが。」
「お城の向こうに見えます山ですが。」
源三郎は、周りが山に囲まれて要るのは知って要るが、その山までは五里は有る。
「では、荷車の準備と、馬も必要ですねぇ~。」
「はい、でも、間伐材は四方八方に有りますので、集めなければ。」
「その様な仕事には多くの人数が必要ですねぇ~、私が手配しますが、何時頃から、受け取りに行
かせて頂ければ、よろしいのでしょうか。」
「オラ達は、何時でも、よろしいですが。」
「では、早速手配致しますので。」
集材所は、殿様が言った様に、城内にすると決め。
「大工さん達の仕事場ですが、私の勝手な、お願いですが、城内では駄目でしょうか。」
「えっ、このお城の中で、加工をさせて頂けるのですか。」
「はい、今、お聞きしました、間伐材の置き場も必要になりますので、大工さんさえ良ければ、場
所を決めて頂いても、よろしいのですが。」
「親方、どうすればいいんですか。」
「源三郎様が、おっしゃって下さったんだ、お前達で、場所を決めていいよ。」
「では、直ぐに、決めさせて頂き、明日の朝、道具を持ってきますので、親方、荷車を1台。」
「うん、分かった、帰って直ぐ手配するよ。」
「申し訳、有りませんねぇ~、何か、必要な物が有れば、私で、良ければ、申し付けて下さい。
其れと、大工さんのお手伝いに、我々の仲間、数人も、参加させて頂きますので、どの様な無理
でも言って下さっても結構ですので。」
「そんなぁ~、オレ達は、大工ですよ、大工が、お侍様に向かって。」
「其れは、心配有りませんよ、殿からも、全て、許しを得ておりますので、皆さんの協力が無けれ
ば、大変な事になりますのでね。」
「では、源三郎様、私達は、これで。」
「分かりました、荷車は、何台、向かえるのか分かりませんが、大勢の侍が、参りますので、どの
様な事でも、申し付けて頂いても、よろしいので、木こりさんも、よろしく、お願いします。」
大工の棟梁達が、城を出た後、直ぐ、源三郎は、大太鼓を打たせ、全員を大広間に集め、話しを
始める事に、城内外に居た家臣達は、何事が起きたのかも分からず、誰もが、大急ぎで大広間に集
まり。
「皆様、大変、お忙しいところ、誠に、申し訳、御座いませぬ、つい先程、大工の棟梁と、大工さ
ん、其れと、木こりさん達が、お見えになりまして、木こりさん達も全面的に協力して頂ける事に
なりました。」
「源三郎、良かったのぉ~、其れで。」
「はい、其れで、明日、山に向かい、木材の搬出を行いたいと思い、皆様に集まって頂いた次第で、
御座います。」
「よし、これで、大丈夫じゃのぉ~。」
「はい、木こりさん達の話しでは、山には、間伐材が、約、1千本以上、切り倒されており、最初
に、その1千本以上の間伐材を搬出致します。」
「何じゃと、源三郎、余は、今、1千本以上の間伐材が切り倒されていると聞こえたが。」
「はい、その通りで、其れで、明日の朝から、受け取りに行かねばなりませんが、殿、明日、全員
で、向かわせてもよろしいで、しょうか。」
「其れは、良いが、一体、何処まで行くのじゃ。」
「はい、天守から見えます、あの高い山の麓で、御座います。
此処からは、丁度、五里有ると言われておりまして、其れで、今から、申し上げますので、田中
様、鈴木様、上田様の、三名は、荷車と馬の手配を、吉永様。」
吉永は、あの協議中、源三郎に対し、農民を馬鹿扱いにした家臣で有る。
「はい、此処に。」
「吉永様には、重要なお役目が、有るので、御座います。
其れは、全てを書き写す、お役目で、御座います。」
「源三郎殿、全てを書き写すと申されましたが。」
「はい、この城を出た時刻から、到着時刻、木材の本数、積み込み、そして、下る掛かる時刻、
往復の時刻など、全てで、私は、一番、重要なお役目だと心得ます。」
「何故、拙者に。」
「吉永様は、普段からの、お役目は物事を書き写すと言う、最も、重要なお役目をされておられま
すので、今回は、適任だと、私が、考えたので、御座います。」
「はい、承知、致しました。」
吉永は、それ程、までに、重要なお役目が与えられるとは考えもしなかった。
だが、これで、源三郎との確執は終わったと、その後も、源三郎は、次々と指示を出した。
「源三郎、大工達も来るのか。」
「はい、あっ、大変な事を忘れておりました。
大工さん達が、明日、道具類を持って来られますので、ご家老に、その、お役目をお願いしたい
のですが。」
「分かったが、一体、何をすればよいのだ。」
「はい、大工さん達の仕事場を探して頂きたいのです。
大工さん達が、何処に仕事場を設けられるのか分かりませんが、其れと、木材置き場も、大工さ
ん達と協議して下さい。」
まぁ~、何と、人使いの荒い、源三郎だ、幾ら、父とは申せ、一国のご家老までも使うとは。
「よし、分かった、だが、この仕事も大事だなぁ~。」
「あ~、其れで、皆様、明日は、全員が作業着で行きますので。」
「では、私もだな。」
「はい、明日は、家老では無く、源三郎の父上として、接して頂きたいのです。
大工さん達も、家老が相手では、何も言えないと思いますので、明日は、家老の着物では無く、
皆と、同じ作業着で、お願いします。」
「源三郎、楽しくなってきたぞ。」
ご家老様は、ニヤッとして、殿様を見ると、殿様は、不満が有ると言う様な顔付で。
「のぉ~、源三郎、余にも、お役目は当然有るのでは。」
「いいえ、殿は、何も、御座いませぬ。」
きっぱりと断られ。
「何、余には、何も、仕事が無いと申すのか。」
「はい、御座いませぬ、殿は、この場で、ご辛抱して下さいます。」
「ふん、良いわ、何か、探すからのぉ~。」
「殿が、来られますと、他の者の仕事が進みませぬので。」
「のぉ~、権三、何とか申さぬか、余は、一人で寂しくなるではないか。」
「殿、其れは、仕方が、御座いませぬ。」
「権三、何か、楽しそうじゃのぉ~、嬉しそうな顔をしよって。」
ご家老様は、殿様に向かってニコニコと、家臣達は、殿様と、ご家老様の会話を聴き、クスクス
と笑っている。
「お前達、何が可笑しいのじゃ、余だけが、仕事が出来ぬとは、ふん、よいわ。」
殿様は、不満が。
「其れで、皆様、明日の出立で、御座いますが、明け、六つに、お城を出ますので、大変だとは、
存じますが。」
「なぁ~、源三郎、殿に、何か、お役目は無いのか。」
「う~ん、父上、でも、果たして、殿に出来ましょうか。」
殿様の顔色が変わった。
「源三郎、余に出来る、お役目が有るのか。」
「はい、でも。」
「でもとは、何じゃ。」
「では、お願い、致しますが、大変で、御座いますよ。」
「よい、よい、余は、皆の為じゃ、何でもするぞ。」
「はい、では、明日、六つまでに、全員の昼餉を。」
「何じゃと、昼餉の準備じゃと、其れが、重要だと申すのか。」
「殿、明日、六つには、お城を出、何時、戻れるやも知れないので、御座いますよ、では、皆様に
は、昼食も無しで、木材を運べと、申されるので、御座いますか。」
「う~ん。」
「其れに、半分以上の方々には、山で、木材を集めて頂く所存で、御座います。
まぁ~、殿は出来ぬと申されるので有れば、私は、城下に出向き、お城の殿様は、日頃、領民が
大切だと、申されておりますが、あれは、全て、大嘘で、御座いますと、言い触らしますので。」
「何じゃと、源三郎は、余を脅すのか。」
「いいえ、其れと、私は、今日を持ちまして、全てのお役目を下して頂き、頭を丸めます。」
何と、源三郎は、大胆にも、お殿様を脅迫するのだ、其れも、一介の侍が、領主を脅迫するとは、
前代未聞の話しで有る。
「源三郎、いい加減にするのだ。」
「はい、父上、ですが、殿様のお役目は、非常に大切なのです。
其れに、明日は、大工の棟梁と、大工さん達の昼餉の手配、一体、誰がするのですか、父上は、
大工さん達のお世話が有りますので。」
「殿、仕方が、ございませぬ。」
「殿、明日、六つにお城を出るとなれば、皆様は、遅くとも、七つ半には来られ、着物を着換えな
ければなりませぬ、その為には、二つ半に起きられ、奥様方は、朝餉の、ですが、殿、これが、明
日だけとは限りませぬ、出立から、帰りまで、そして、木材に積み下ろしまでを考えますと、大変
な日数を要すると思われます。
その度に、ご家庭の奥様方に負担をお掛けする事になるので、御座います。
其れよりも、お城で、朝から、夕刻までのお食事を作って頂く方が、皆様方の、ご負担も少しは
減ると思われますが、如何でしょうか。」
殿様も、正か、家臣達、いや、大工達の食事を手配をするとは考えもしなかった。
「よ~し、分かった、源三郎、余が行って、賄い処に申せばよいのだな。」
「はい、ですが、殿様の立場では無く、これはお役目だと考えて頂き、賄い処には、命令では無く、
お願いをして頂きたいのです。」
「源三郎、何故じゃ、何故、余が、お願いするのじゃ。」
「殿の、ご命令で有れば、どなたでも、お聞きになられます。
ですが、私は、漁師さんや、農民さんにも、大工さん達にも、一切、侍の立場では、命令を致し
てはおりませぬ、全て、お願いをしたので、御座います。
其れで、皆様は、快く引き受けて頂いたのです。」
「そうか、では、余も、賄い処には、よ~く、説明し、お願いすれば、気持ちよく食事を作ってく
れると申すのじゃな。」
「はい、これは、殿で無くて、一体、誰が出来ましょう。」
「よ~し、分かったぞ、源三郎の申す通りじゃ、余も、直ぐに参り、皆に、説明するぞ、そうじゃ、
源三郎、余も、皆と同じ作業着は着せては貰えぬか。」
「えっ、殿が、正かで、御座いましょう、殿が、その様な物を、お召しになるのは、私は、賛成出
来かねますが。」
「のぉ~、源三郎、皆も聞いてくれ、余も、皆の者の仲間にはしてくれぬか、この着物は、源三郎
が思うよりも苦しいのじゃぞ。」
「ですが、奥方様が。」
「源三郎、奥は関係ないのじゃ、今のままでは、余、一人が仲間外れでは無いか。」
「殿、少し、お待ち下さいませ、他の者達の考えも有りますので。」
ご家老は、正か、殿様までが、町民の作業着を着たいと言い出すとは考えもしなかった。
「皆の者、殿は、作業着を着たいと申されておられるが、皆の意見は。」
「殿は、やはり、そのお姿で無ければと、思うので、御座います。」
「そちは、作業着を着て如何じゃ。」
「はい、大変、楽で御座います。
其れに、作業着を着ておりますと、腰の物も要りませぬので。」
その時。
「源三郎様、げんたと言われる、子供が大手門に。」
「えっ、では、完成したのですか、分かりました。
田中様、お願い出来ますでしょうか。」
「源三郎様、我らが、参りますので。」
「では、お願いします。」
田中達が、大急ぎで大手門に向かった。
「源三郎、げんたと申せば。」
「はい、私が、げんたに、水の中で、息が出来る様にお願いしておりまして、その物が完成したと
思われるので、御座います。」
「どの様な物なのか、余も、楽しみじゃ、皆の者、見たいと思わぬか。」
殿様の顔が、先程までとは大違いで、喜びが溢れている。
「殿、げんたが、我が藩を救う様に思われますが。」
「権三、その通りじゃ、其れにしても遅いのぉ~。」
げんたは、完成した潜水具を持ち、大広間に入ると。
「わぁ~、何でだ。」
当然だ、正か、この大広間に来るとは思わなかったので。
「げんたさん。」
「あっ、あんちゃん、オレ、これからは、あんちゃんと呼ぶぜ。」
「いいよ、じゃ~、げんたで行こうか。」
「うん、その方が、お互い、気楽だからなぁ~。」
げんたは、殿様や、ご家老様が要る事に全くと言っても良い程、気にせず、源三郎の前に座り。
「げんた、出来たのか。」
「うん、出来たぜ、だけど、あんちゃんが言った、水の中で息が出来る様にって簡単に言ったけど、
最初は、オレも、簡単に考えたんだ、だけど、オレは、今まで、こんなに難しい注文は初めてなん
だぜ。」
「そうか、そんなに難しかったのか。」
「あんちゃんは、オレに言うだけで終わるけど、オレは、其れから、何回、失敗したのか、覚えて
無いくらい失敗したんだぜ。」
「げんた、其れは、済まなかった、其れで、これが、その道具なのか。」
「うん、そうだ、其れで、オレは、名前も付けたんだ、水に潜るから潜水具って。」
「素晴らしい名前だ、潜水具か、よ~し、これからは、潜水具って言えば。」
「うん、其れで、これは。」
「ふいごが二つって言う事は、片方が。」
「うん、そうなんだ、片足づつで踏むと、ず~っと、空気が出るから大丈夫だよ。」
「そうか、では、これを被って海の中に。」
「うん、だけど、重しが要るんだ、オレは、何か袋の様な物に石を入れて、腰に付ければ。」
「そうだねぇ~、うん、やっぱり、げんたは凄いよ、だって、全部、げんたが考えたんだから。」
「其れが、母ちゃんが居なかったら、この潜水具も作れ無かったんだ。」
「そうか、げんたは、母ちゃんが、一番、大事なんだ。」
「うん、そうだよ、其れで、これなんだけど。」
げんたが、示したのは、竹筒の繋ぎで有る。
「これは、母ちゃんが、考えてくれたのか。」
大広間の家臣達は、源三郎と、げんたの周りを囲む様に見ている。
「うん、で、母ちゃんがね、油紙を使えって。」
「これは、油紙なのか。」
「うん、あんちゃん、其れと、これなんだけど、硝子だからね、割れると水が入るから気を付けて
欲しいんだ。」
「有難う、げんた。」
「別に、いいんだ、あんちゃん、オレの作った潜水具だけど、あんちゃんの役に立つのか。」
「げんた、あんちゃんよりも、我が藩を助けたんだよ。」
「えっ、そんな大事な物を、オレに作れって言ってたのか。」
「うん、言ったと思うけれどなぁ~。」
「じゃ~、オレ、帰るよ。」
「げんた、何か、欲しい物は無いか。」
「う~ん、あんちゃん、其れよりも、この油紙と、ふいごに使った物なんだけど。」
「そうだ、げんた、何処で貰ったんだ。」
「うん、伊勢屋さんなんだ。」
「そうか、伊勢屋さんか、じゃ~、後にでも、お礼に行くよ、其れで、げんた、ご飯は。」
「うん、有難う、でも、母ちゃんが待ってるから、やっぱり帰るよ、だけど、あんちゃんも、大変
だなぁ~。」
「いゃ~、げんたに比べたら、何でもないよ。」
「じゃ~、オレ、帰るからね。」
「そうか、じゃ~、大手門まで、一緒に行こうか。」
「うん。」
げんたは、源三郎を、兄と思い、源三郎は、弟として見ている。
二人は、何かを話しながら、大手門に向かった。
「権三、あのげんたと言う子供は、大した者じゃのぉ~。」
「はい、私も、感心しております、源三郎の注文は、この潜水具だったのですねぇ~。」
「皆の者、今、見て通りじゃ、源三郎は、城下の者達も味方に付けたと、余は、思っておる。
何れ、この城内にも多くの農民や、漁民が来るで有ろう、だが、源三郎が、出来たから、我が身
も出来るのだと思うで無いぞ、先程、源三郎は、余に、申した、賄い処には、殿と言う立場では無
く、皆の者に作って欲しいと頼めと、皆も、それぞれの立場も有ると思うが、此処は、藩の領民の
為だと、其れが、我が身にもなるからのぉ~、不満も有るだろうが、辛抱してくれ、頼むぞ。」
「はっ、はぁ~。」
「では、皆は、明日の準備に入ってくれ、余も、今から、賄い処に向かうのでな。」
源三郎の作戦は少しづつだが、実を付け出した。
そして、明日からは、全員で、山に行き、木材の搬出作業に入るのだが、其れは、大変な重労働
になるとは、この時、誰も考えはしなかった。