第 120 話。特選隊が向かった先。
「小隊長殿、向こう側から不審な者達が大勢やって来ます。」
「何、不審者だと、直ぐ兵を集め不審者を調べるんだ。」
兵士は大急ぎで兵舎に向かい、その直後小隊の兵士達が検問所の門前に立ち、銃を構え、不審者だと言われる集団が来るのを待った。
「沢田殿、あれは検問所ですぞ、門前には兵士が銃を構えておりますが大丈夫なのですか。」
「まぁ~まぁ~何も心配されず、私に任せて下さい。」
沢田と言う人物は、いやこの集団は一体何者だ。
「お前達止まれ、止まるんだ。」
門前の兵士達は銃を構え、反抗するならば撃ち殺すと言う態度で有る。
「全体止まれ。」
と、沢田の号令で集団はその場に止まった。
「お前達は一体何処に向かうんだ、此処は。」
小隊長の言葉使いは集団は不審者だと決めつけて要る。
「我々は朝霧の訓練場に向かうのです。」
「何、朝霧だと、では陸軍の。」
小隊長は朝霧と聞き、日本陸軍に入隊する集団だと勘違いして要る。
「小隊長さんと申されましたね、我々は日本陸軍に入隊するのでは有りませんよ。」
「では一体何用で朝霧に向かわれるのですか。」
「今、朝霧の訓練場では新しく入隊した兵隊さんの訓練を行って要ると思いますが、我々は射撃訓練を行う為にやって来たのです。」
「何と申されて、射撃訓練を行うですと、ではご貴殿達が訓練を行われるのですか。」
小隊長は集団の姿を見ており、彼らの着物は全員が農民の作業着を着ており、小隊長にすれば農民が射撃訓練を行うと聞こえたのだ。
「小隊長さんは我々の着て要る物で、我々は農民だと思われて要るでしょうが、我々は元武士でしてね、我々の国では皆が農民さんの作業着姿で日頃の仕事をされてるんですよ。」
彼らは一体何処の国からやって来たんだ、と小隊長は思って要る。
「今、我々の国と申されましたが、何れの国か教えて頂きたいのですが。」
「今は申し上げる事は出来ませんが、我々に朝霧の訓練場で日本陸軍の新人の兵隊さんに射撃訓練を行って下さいと、有る人物からお願いされまして、これがその人物から預かりました書状でして、軍令部長殿に見せて頂ければわかると申されました。」
沢田は懐から一通の書状を出し、小隊長は裏の署名を見ると上野弥三郎と書かれ、表には軍令部高木部長殿と記されて要る。
「小隊長さんもご存知だとは思いますが、今日本国とロシア帝国と何時戦争に突入するやも知れないと言う事を。」
「私も十分知っておりますが。」
小隊長も知って要ると言うが。
「ならば我々が此処に来た事の意味を理解されるならば、我々を直ぐに通すべきだと思いますがねぇ~、如何でしょうか。」
沢田はニヤリとし強気だ。
「承知致しました、ですが少々お待ち頂きたいのです、上官の許可を得て参りますので。」
小隊長は大慌てで上官の兵舎へと向かった。
「沢田さんの言葉に小隊長は物凄く驚いておりましたねぇ~。」
「まぁ~其れよりも直ぐには答えは出ないと思いますので、皆様方少し休みましょうか、馬も休みたいと申しておりますからねぇ~。」
「じゃ~馬に水と、兵隊さん、直ぐ近くに川は有りますか。」
「はい、直ぐ下に流れておりますが。」
「左様ですか、では皆様方、下の川で休むとしましょうかねぇ~。」
集団は馬を下の川原へと、更に荷馬車から離された馬を川原へと連れて行った。
「中隊長殿、大変で御座います。」
と、小隊長が飛び込んで来た。
「一体、何事だ、そんなに慌てて。」
中隊長は沢田から受け取った書状を読むと。
「君は直ぐに向かえ、そして、丁寧にお通しするんだ。」
中隊長も慌てて要る。
「承知致しました。」
と、小隊長は検問所へと大急ぎで戻った。
「沢田さんが渡された書状ですが、あれには何が認められて要るのですか。」
「私は何が書かれて要るのか全く知らないんですよ。」
「ですが、小隊長は物凄い顔して飛んで行きましたよ。」
「書状は工藤大佐から預かり、工藤さんは日本陸軍の、いや元官軍が東京までの途中で厳しい検問をして要ると考えられ、上野さんに書状を認めて頂きたいと、私は其れ以上は知らないんですよ。」
沢田は書状の内容は知らないと言うが。
「ですが、我々に日本陸軍の新兵さんの射撃訓練を行って下さいと、若様からお話しが有ったと思うのですが。」
「そのお話は私も伺いましたが、やはり最後は総司令の決断だと思うんです。
私は若様に決定権が無いとは申せませんが、若様の事ですから総司令に相談され、総司令は若様のお話しに大賛成だと申され、其れで最後に決断されたと思います。」
若様は何の必要が有って日本陸軍の新兵の射撃訓練に連合国から人材を派遣しようと考えたのだろうか。
話しは少し戻り。
「義兄上。」
と、突然、若様が野洲の執務室に入って来た。
「若、一体何が有ったのですか。」
源三郎も若様が来ると言うのは余程の事だと思って要る。
「本日寄せて頂いたのは大切な相談が有っての事でして。」
「大切なご相談と申されますと。」
傍には工藤も居り、話を聞いて要る。
「我が国もですが、日本国が生き残る為の戦だと義兄上は申され、私も同感でして、其れで私が考え
た方法を聞いて頂きたく思ったのです。」
若様は考えた内容を詳しく説明した。
「ほ~、成程ねぇ~、其れは大変素晴らしいお話しですねぇ~、あっそうだ、上野様に一筆認めて頂きましょうか、そうすれば官軍の、いや日本陸軍の検問が有ったとしても大丈夫だと思いますよ、多分ですがね。」
「総司令、その任務、私のお任せ頂きたいのです。」
やはり工藤が名乗りを上げ、自ら出向くと言うので有る。
「では彼らにはお話しをされたのですか。」
「勿論でして、数日前に説明させて頂きましたが、皆は我が連合国と日本国の為に自分達が持って要る技術の全てを伝えたいと申しております。」
彼らは全てを伝えると意気込んで要ると言う。
「左様ですか、私も方々の腕前は知っておりますが、ですがどの様な方法を伝えるつもりなのですか。」
源三郎は山賀で起きた官軍兵による人質事件を思い出した。
官軍の兵士達が洞窟の作業員や兵士を人質にし、向こう側へ行かせろと言う要求で、小川の考えた作戦で全員が無事に解放され、官軍の兵士達全員が狼の餌食になった事件で、その時に大活躍したのが特選隊で、彼らの大変腕前は素晴らしく、人質の後ろに居た兵士全員の頭、いや正確に言うと眉間に命中させたので有る。
「私もあの時程特選隊が頼もしく思った事は有りませんよ。」
若しかすれば特選隊を派遣するのを考えたのは彼ら自身ではないだろうか。
「私は彼らならば期待した以上の成果を上げて頂けると考えております。」
やはりだ、若様は特選隊ならば期待以上の成果を得る事が出来ると考えて要るのでは無いのか。
「義兄上、私は連合国の為にも日本国の為にも何としてもロシア軍に勝利しなければならないと考えて要るのです。
その為には言葉は悪いですが、卑怯だと思われる様な方法を取ってでも良いと考えて要るのです。」
若様は相当な覚悟で有ると工藤は思い、その直後部屋を出て行った。
「若、直ぐにとは申せませんが、数日待って頂きたいのです。」
若様も工藤が部屋を出た理由は知っており、頷いた。
工藤は駐屯地に入ると、一個小隊と馬を飛ばし、松川で乗り換え山賀で粘土の搬出中の洞窟から向こう側に出て駐屯地に向かった。
「あれは若しや大佐殿では。」
「自分が知らせて参ります。」
兵士は馬を飛ばして行くが、その時。
「大佐殿、そのままでどうぞ。」
「有難う、小隊もそのままで行くぞ。」
工藤と小隊はそのまま門を潜り執務室へと急いだ。
「参謀長殿、大変で御座います。」
と、言った直後。
「参謀長殿。」
と、工藤が入って来た。
「君は戻れ。」
兵士は上野と工藤に敬礼し出て行くと。
「一体どうしたんだ、日頃冷静な君がそんなに慌てて。」
だが上野は若しやと思い。
「君の顔を見て若しやとは思うが、司令長官殿に。」
「いいえ、そうでは御座いません、実は。」
と、工藤は若様が突然野洲に来て話した内容を言った。
「そうか、山賀の若様も覚悟されておられると言う事だなぁ~。」
「その様な訳で御座いまして、誠に申し訳御座いませんが、軍令部長殿に一筆認めて頂きたいと思いまして、自分が寄せて頂きました。」
「よし分かった、直ぐ認めるから少し待っててくれるか。」
と、上野は机の引き出しから白紙を出し認め、四半時程で書き上げ。
「今の君を見て要ると、もう昔の君では無く、連合国軍の大佐がすっかり浸み込んでるなぁ~。」
「私は何も其処までは思ってはおりませんが。」
「まぁ~いいんだ、私は今の政府よりも司令長官殿が考えておられる事を信頼してるんだ、私もこれからの数年間が勝利に持って行けると思って要るんだ、まぁ~君も大変だと思うが司令長官殿には宜しくと伝えて欲しい。」
「承知致しました、私も急いでおりますのでこれで失礼致します。」
工藤は上野に敬礼し、再び山賀の隧道を抜け、そのまま野洲へと向かった。
「若、特選隊の皆様方は。」
「今は駐屯地に居られ荷馬車に連発銃と弾薬、其れと食料の積み込み作業を行って居られます。」
「もう陽も落ちますので特選隊は駐屯地で、若は此処にお泊り頂き、明日の早朝出立頂ければ良いと思います。」
若様も工藤が戻って来るまでは特選隊は動く事も出来ないと考えて要る。
その頃、山賀の隧道を抜けた工藤は松川で馬を代え、野洲へと飛ばすが、辺りはもう薄暗くなり始め、だが工藤は野洲へと目指し四半時程で着き、上野から預かった書状を特選隊に渡し、そして、明けた早朝特選隊は日本陸軍の訓練場へと出発した。
「皆様方、大変お待たせ致しました。」
「小隊長も大変ですねぇ~。」
小隊長は冷や汗を搔いて要る。
「いいえ、私は、其れとこの書状はお返し致します。」
「左様ですか、では入場させて頂いても宜しいのですか。」
「其れならば勿論でして、皆様方も大変で御座いましょうが、今日はもう陽も暮れておりますがお泊りされるので御座いますか。」
「我々の事ならば心配される事は有りませんので、其れよりもこの先で野営出来る所は有るでしょうか。」
「其れならば、この先一里程も参りますと御座いますが。」
「左様ですか、では我々は今日は其処で野営しますので、皆様方、野営地が決まりましたので参りましょうか。」
集団は野営地へと向かった。
そして、翌朝。
「我々は特選隊と申しまして、日本陸軍の新しい兵隊さん達に射撃訓練を行う様に命を受けまして、この書状を読んで頂ければご理解して頂けると思います。」
軍令部の、いや朝霧の訓練場の歩哨兵に書状を渡した。
「少しお待ち下さい。」
と、歩哨兵は何処かに飛んで行き、暫くすると数人の将校と思われる人物がやって来た。
「私が高木ですが、この書状によるとご貴殿達が我が軍の新兵に射撃訓練を行うと記して有るが誠なのか。」
「左様で御座いまして、我々の戦法は誰も知りませんので、其れと射撃訓練は初歩から学んで頂きます。」
「其れよりも会議室でお話しを伺いますので、どうぞ。」
高木と特選隊が会議室へ向かうが。
「沢田さん、荷物はどうしますか。」
「あっ、そうか申し訳ない。」
「沢田さんと申されるのですか、で荷物とは。」
「我々が使用しております連発銃と弾薬で御座いますが。」
「何だと、連発銃だと、何故だ、何故に連発銃を持ってるんだ。」
高木は恐ろしい程の表情で、何故、沢田達特選隊が連発銃を持って要るんだと疑いの目を向けた。
「その事に関してもお話しを致しますので。」
「承知致した。」
「沢田さん、我々は此処に残りますので行って下さい。」
「では私が説明して置きますので、皆様方には申し訳有りませんが宜しくお願いします。」
と、沢田と高木だけが会議室へと向かい、残った特選隊の兵士は荷台から木箱を降ろし、油紙に包んで有る連発銃を出し、各自が弾を込めて行く。
「どうぞお座り下さい。」
沢田と高木、更に数人の軍令部の将校達も同席し、軍令部長高木の質問が始まる前に沢田が話し始めた。
「高木部長殿、我々は特選隊と申しますのは。」
沢田はその後詳しく説明を一時以上も掛けた。
「先程も申されましたが、総司令と申されるお方が命令を出されたのですか。」
「いいえ、飛んでも有りませんよ、総司令はどなたに対しても命令を出される事は御座いませんでして、全てお願いされるのです。」
「えっ、何と申された、私は命令では無くお願いされたと聞こえたのですが。」
高木にすれば今の日本陸軍でも全てが命令と言う言葉で伝わり、総司令と呼ばれる人物ならば日本陸軍では最高司令長官で有り、正か最高司令長官と有ろう人物が部下にお願いするとは聞いた事も無い。
「間違いは御座いません。」
「我が日本陸軍もだが全てが命令で動きますが。」
何も軍隊に限らず幕府時代でも同様で、上司、いや上官の命令は絶対に服従しなければならず、其れは数百年間も続いた武家社会でも同様だが、高木が聞く国、其れは連合国で、連合国では源三郎だけでなく連合国軍でも同様で、今では工藤も吉田も命令を出す事は無いと言っても過言では無い。
「我々の総司令は常に領民さんの為にと申され、何事を依頼される時でも、其れは相手が子供で有っても必ずお願いされるのです。」
「其れではご貴殿にも当然お頼みされたのですか。」
「勿論でして、総司令は今回の仕事は大変厳しく下手をすると戦場に向かい、ロシア軍と交戦し戦死する可能性も有りますので、志願と言う事で強制は致しませんので、と申されまして、手を付き頭を下げられたのです。」
「何と申された、私はとてもでは有りませんが信じる事が出来ない。」
高木が言うのも最もで有り、沢田がいや、今の特選隊の全員が志願したとは思っていない。
「高木部長殿は多分我々が志願したとは信じられないと思われますが、全てが事実で御座います。」
「まぁ~其処まで申されるならば信用しますが、其れで貴方方が行うと申される射撃訓練ですが、一体どの様な方法か教えて頂けるのでしょうか。」
「勿論でして、その為にやって来たのです。」
沢田も高木もこれでやっと訓練に入る事が出来ると思った。
「我々は何時でも入る事が出来ますが。」
「承知しました、ですが、兵士はまだ来て居りませんので。」
「では皆さんが着かれるまでお待ちしますので宜しくお願い致します。」
「左様ですか、では其れまでは兵舎でお過ごし下さい。誰か。」
兵士が入ると。
「こちらのお方と外で待機しておられる方々を兵舎へご案内してくれ。」
特選隊は兵士が案内する兵舎へと向かった。
「今君達も聞いていたと思うが、どの様に思う、率直な意見を聞きたいんだ。」
「本部長殿もですが、私達も本当の事を申しますと物凄く驚いたのは間違い有りません。
ですが、上野参謀長殿がこの様に認めると言うのは特選隊と申した彼らを信頼して要ると言う話だと思うのです。」
「だがなぁ~、沢田と言う男が言う総司令と呼ばれる人物だが一体何者なんだ、書状には何も記されてはないんだぞ、其れにだ所属部隊名もだが、何れの国かも全くわからないんだぞ。」
「私が一番危惧しておりますのは特選隊と申す集団ですが、本当に我々の味方なのでしょうか。」
「う~ん、其れも今は何とも言えんなぁ~、だが今は書状に記して有る内容を信用するしかないと言う事か。」
高木軍令部長もだが同席していた上級将校達も上野が認めた書状の内容を信用するしかないと納得して要る。
「沢田殿、如何でしたか。」
「其れがやっぱりと言いますか、最初は何も信用出来ないと申されましてねぇ~、私はどの様に説明すれば理解して頂けるのかを考えまして、其れで我々は強制では無く、全員が志願したんだと申しましたが、やはり信用出来ないと申されたのです。」
「沢田殿は総司令や連合国の位置を申されたのでしょうか。」
特選隊の誰もが連合国の位置や源三郎の事などを話したと思ったが。
「いいえ、正か連合国の位置は申してはおりませんが、総司令に付きましては少しだけですが申しました。」
「えっ、総司令の事を申されたのですか。」
「実は高木軍令部長もですが同席されておられる方々に理解して頂く為には総司令と呼ばれる人物の事を説明しなければならないと思いまして、私は総司令と申されるお方は決して命令を出すのでは無く、全てをお願いされるのですと申したのです。」
「まぁ~其れは絶対に間違いは無いですよ、今回の一件も総司令は手を付き頭を下げられお願い致しますと申されましたが、私は例え志願で有ったとしても躊躇する事無く是非参加させて下さいとお願いするつもりで御座いました。」
一人の兵士は参加をお願いするつもりだと言ったが、その後も。
「私もで御座いますよ、私は例え戦地へ行けと言われても良いと、勿論戦場に行くのですから戦死も覚悟しております。」
その後も殆ど全員が源三郎に参加を願うつもりだったと言う。
「私も皆様方も気持ちは同じで御座いますが、先程から皆様方が申されておられますが、若しも開戦となり、我々にも出撃要請が有れば、勿論、私も参加させて頂きます。」
「私は沢田殿が申されたお陰で随分と気持ちが楽になりました。」
「うん、やはりお主もそう思うか、実は私もでして、若しも沢田殿が拒否されたならば一体どうなるんだと思ったのですが、今池田殿が申されましたが、我々特選隊では沢田殿は重要人物だと言う事が分かりました。」
沢田と言う人物は特選隊結成の時に一番に手を上げたので有る。
朝霧の訓練場にはまだ新兵は集合しておらず、訓練は何時からどの様な方法で行われるのだろうか、日本陸軍としては一日でも早く訓練を開始し大陸へ向かわせたいのだが、その前に明示新政府と日本陸軍に新たな問題が浮上したので有る。