第 106 話。奇跡を信じ、向かう先は。
「お忙しいところ誠に恐縮ですが、隊長殿は居られますか。」
「失礼ですが、貴方は。」
「私は有るお方の命を受けまして、隊長殿にお話しを伺いに参りました。」
「承知致しました、ではご案内します。」
と、歩哨兵は男を隊長のテントへと案内して行く。
「隊長殿にご面会したいと申されるお方が参って居られます。」
「分かった、直ぐお通しして下さい。」
隊長のテントには偵察兵達が何やら相談して要る。
「隊長殿、お連れ致しました。」
男がテントに入ると。
「あっ、貴方は。」
「あっ、あの時のお方です、隊長、間違い御座いません。」
「隊長殿、私は有るお方の命により、本日お話しを伺いたく参りました。」
「左様ですか、誠にご苦労様で御座います。」
「貴方方もご無事で何よりで御座います。」
やはりだ、源三郎は昌吾郎に特別任務を与え、野営地にやって来た。
「先程、有るお方と申されましたが、私は今も官軍の兵士で御座いますが、如何なる訳が有ってのお話しなので御座いますか。」
隊長は何故、いや何を知りたいのだと不穏だと言う表情をして要る。
「その前に貴方方は我が国の事情をお話しされたので御座いますか。」
「いいえ、私はただ山の向こう側には楽園が有るとだけは兵士には伝えましたが、其れ以上の事は何も申してはおりません。」
「左様でだしてか、其れで残りの兵士ですが。」
「一応、明日の朝 此処から見えます正面の山を登って行くだろうと思っております。」
「ではその後にお話しをさせて頂いても宜しいでしょうか。」
隊長もその方が話しやすいと、更に兵士達も同じ様に思って要るだろう。
そして、その日は何も聞かず、静かな夜を迎え、そして、野営地に残っていた三個中隊が果たして全員が山の向こう側に辿り着く事が出来るのだろうか、だが三個中隊の兵士達は連合国軍が罠を仕掛けて要るとは知らず、そして、夜が明けた。
「中隊長殿、三個中隊が山に登り始めましたら近くで大砲を空撃ちし向こう側に着かれた二個中隊に知らせても宜しいでしょうか。」
「そうだなぁ~、だが奴らは今頃楽園で楽しくやってるんだろうなぁ~。」
「自分達は分かりませんが、其れで知らせても宜しいでしょうか。」
「ああ、勿論だ、さぁ~みんなで行くぞ。」
「お~。」
と、兵士達は雄たけびを上げ山へと大急ぎで向かい、そして、二時程して。
「どっか~ん。」
と、凄まじい大砲の発射音が鳴り響いた。
「よ~し、これで奴らは二度と戻って来ないぞ。」
「やっとですねぇ~。」
兵士達は特攻隊が離れ、更に全員が戦死するのを喜んで要る様にも見える。
「隊長殿、皆様方も一応これで終わりましたねぇ~。」
「どうぞお座り下さい。」
「有難う御座います、では早速ですがお話しをお伺いしたいのですが宜しいでしょうか。」
「正直申しまして、彼らの話を聞くだけで全てとは申しては何ですが、私なりに解釈出来ておりますのでお話しをさせて頂きます。」
隊長は解釈出来ただけだと言って説明したが。
「左様で御座いますか、では本部には何も申されて無いのですね。」
「私も元は武士でして、武士に二言は御座いません。」
官軍の隊長と言えども元は何れかの国の家臣で有り、武士で有る、武士ならばやはり二言は無いと言うので有る。
「其れではお話しをさせて頂きますが、私が見たところでは兵隊さんの殆どが、いや全員と申しましても差支えは無いと思いますが、元の官軍に戻る気持ちは無いように見えてならないのですが如何でしょうか。」
「う~ん。」
と、隊長は何故か声にならない。
「何故だ、何故に其処まで知って要るんだ、昨日からは誰も接していないはずなのに。」
と、胸の中で独り言を呟いて要る。
「皆様方さえ宜しければ、私が有る所へご案内いたしますが如何でしょうか。」
「何処に行けば宜しいのですか。」
「官軍の駐屯地ですが、やはり無理でしょうか。」
「えっ、官軍の駐屯地と申されますが、この近くにその様な駐屯地が有るのですか。」
隊長よりも他の兵士達が驚きの表情で、だが何故官軍の駐屯地へ向かえと言うのだろうか、全く理解出来ないと言う様子で有る。
「勿論で御座いますが、あの山の一番西の端には大きな入り江が有りましてね、その一番奥に有るのですが、其処には我々の仲間もおりまして、今軍港の建設作業の最中でして、その駐屯地と申しますが少し特別な事情が有り、司令本部もですが、海軍の本部でさえ近付きたく無いような所で御座いまして、其処に入れば当分の間は発見される事は無いと考えておりますが如何でしょうか。」
其処は上野が進めて要る軍港で、何故かわからぬが、司令本部も軍令部からも今のところ調査に来る様子も無いと言う。
「左様ですか、では明日出発しましょう、全員に告ぐ、明日の朝、卯の刻の明けに出発すると。」
「はい、承知しました。」
兵士達も官軍の駐屯地と聞き、やはり気持ちが落ち込み、だが其処には司令本部も軍令部からも誰も来る事は無く、今野営して要る方が余程官軍の部隊に発見されると、其れならばと官軍の駐屯地に潜り込めば良いと言う、そして、明けた早朝に野営地を一千の兵士が上野の駐屯地へ向かった。
少し戻り。
「どっか~ん。」
と、大砲の大きな音が鳴り響き。
「よ~し、奴らがやって来るぞ。」
連合国の山では監視中の猿軍団が、手鏡を持ち、お城へと合図を送ると、同じ合図が次々と伝わり。
「よし、昼には登って来るぞ、全員配置に就け。」
橘が久し振りに指示を出し、兵士達の動きは早く、半時も経たぬうちに配備が完了し、特攻隊の兵士が登って来るのを待ち構えて要る。
「皆に伝え、慌てる事も無く狙いを定め確実に命中させよ。」
と。伝令兵に言うと。
「承知致しました。」
伝令兵が柵の内側に作られた木道を小走りで各小隊長に伝えて行く。
やがて陽はゆっくりと昇って行く。
「よ~し、先頭が頂上に着いたぞ。」
特攻隊は山の向こう側には楽園が有るんだと、だが其処には正か連合国軍が罠を仕掛け待ち構えて要ると兵士達は知らずに、いやもう気持ちは只一つ楽園が有る、楽園に早く行きたいと其れだけで必死に登って行く。