第 101 話。 果たして本当に信用出来るとでも言うのか。
昌吾郎達は駐屯地に着くと。
「正太さん、大変申し訳有りませんが、若様を呼んで頂きたいのです。」
「分かました、直ぐに。」
と、正太はお城へと向かった。
男達は駐屯地に入ると別の部屋に入れられ、兵士が部屋の前に立ち、暫くすると若様が来た。
「昌吾郎さん、やはりでしたか。」
「勿論で、多分間違いは無いとは思いますが、ですがお話しを聞かなければはっきりとは分かりませんので。」
「若様、昌吾郎さんって一体。」
「実はねぇ~、義兄上か我が連合国に密偵が、其れも官軍兵が潜んで要ると言われましてね、其れで密偵を捕まえる為に昌吾郎さんにお役目を頼まれたんですよ。」
「昌兄~い、其れって本当なんですか。」
「誠に申し訳有りますんがその通りでして、ですが仕事も本当なのでして。」
「なぁ~んだ、やっぱりなぁ~。」
「やっぱりなぁ~って、何でお前にわかるんだよ。」
「そんな乗って当たり前だよ、兄~いはお侍様なんだぜ、だから源三郎様が、えっでも何でわかったんですか。」
「まぁ~そのお話しは後にして、若様、今から話を聞きたいと思いますが。」
「では私も一緒に参りましょう。」
若様と昌吾郎と兵士数人が部屋に入ると、男達は口をへの字にし黙って要る。
「さぁ~少しお話しをしましょうか、貴方方は官軍の密偵ですね。」
だが男達は何も言わない。
「左様ですか、何も話したくは無いのですね、では仕方有りませんねぇ~、兵隊さん、このお方ですが山に連れて行きまして着物は要りませんので脱がし、その時、足を狙って撃って下さい。」
「何で足を撃つんだ、直ぐ殺せ。」
男は早く殺せと、だがこれからが恐怖の始まりなのだ。
「いいえ、飛んでも有りませんよ、ですが弾がもったいないので柵に入れた時に大きな岩でもぶつけて頂ければ宜しいので。」
「分かりました、では直ぐに。」
やはりだ、男は少し慌て出した。
「何で石をぶつけるんだ、早く銃殺してくれ。」
「そうでしたねぇ~、此処の山には狼の大群が居りますので、貴方は狼のお腹の中に入って貰いますので宜しいですね。」
「何だと、狼だと。」
「そうですよ、貴方は何も話さないと言うので有れば、このまま帰す訳にも参りませんので。」
「この場で殺せ、早くやれよ。」
「いいえ、其れは出来ませんよ、と申しますのはね、貴方の様な汚れた人の血を此処で流すと此処もけがれますので、さぁ~どうされますか、そうだ、他の方々は如何ですか、狼の餌食になるか、まぁ~若様や正太さんがどの様に考えられておられるか分かりませんが、一生此処で働くか、あっそうだ、官軍から寝返って、我々の密偵になりませんかねぇ~。」
昌吾郎は一体何を考えて要る、一生働けと言ったり、密偵になれと言ったりで。
「お前は何も言うなよわかってるだろうな。」
「ほ~成程ねぇ~、やはり何か有りそうですねぇ~、其れよりも生きて居たいので有れば作り話をせず正直に話す事ですよ。」
「昌吾郎さんは此処で働けって言われましたが、何処で働かせんですか。」
正太は密偵に働く場所を与えるつもりは無いと言って要る様だ。
「いゃ~申し訳御座いませぬ、私が勝手に申しまして。」
「まぁ~其れは後程考えるとして、そうですねぇ~、君達にはこの世の地獄を見れば良いと思いますよ、数十頭もの狼が全身に噛み付きますのでね、激痛が走り、ですが直ぐには死ねないのですからねぇ~、そうだ、私から狼の王にお願いしまして数頭でゆっくりと殺し下さいとお願いしましょうかねぇ~。」
「えっ若様は狼の王をご存知なので御座いますか。」
若様は狼の王とは夢の中で話したのを思い出した。
「ええ、その通りでしてね、先日の官軍との戦の前にお会いしましてね、明日は直ぐには行けないが出来るだけ早く行く様にすると話されまして、でもその為に二十五名が戦死されたのです。」
「左様で御座いましたか、其れならば一頭で襲って頂ければ尚更ゆっくりと死を迎え、地獄もゆっくりと味わえる事が出来ると思いますがねぇ~。」
若様と昌吾郎に話を聞いて要る密偵は身体が震え出し顔色も悪い。
「如何されましたか、まぁ~顔色が悪いですねぇ~、そろそろ話して頂けますかねぇ~。」
昌吾郎は今までどの様な世界で生きて来たのだろうか、若様の話し方よりも恐ろしいと正太は思った。
「自分は分隊長の命令で。」
「おい、何も言うなと言っただろうが、何も話すな、奴らのは話は脅しだ、我々を狼の餌食にすると言うが、本当に狼の大群が要るのか、其れも嘘に決まってるんだ。」
「まぁ~貴方は何も信用されておられませんが全て本当ですよ、では貴方は狼と友達になって下さいね、では兵隊さん、お願いします、何時までも此処に居ますと我々が迷惑しますのでね、早く連れ出して下さい。
「はい、承知しました、おい、早く立つんだ。」
だが密偵の身体から力が抜けたのか立つ事が出来ない。
「荷車を頼む。」
兵士が荷車を取りに行くと、もう此処まで来ると諦めたのか、頭がガクンと落ちた。
「貴方方も如何ですか、山に行かれますか、其れとも全てを話されますか。」
「自分が全てをお話ししますので、ですが同じ死ぬので有れば銃殺刑にして下さい。」
「まぁ~その前に全てを話し頂き、内容に我々が納得出来る様で有れば考えますよ。」
その話に他の密偵は少し希望が出て来たと思い、顔色も変わって来た。
「ではゆっくりとお話し下さいね。」
「はい、自分達は分隊長の、いや大隊長の命令で高い山の向こう側を調べる様に言われまして、其れで分隊長が名乗り上げんです。」
「分隊長と申されましたが、あの男ですか。」
「その通りで、分隊長は大隊長に手柄を上げ褒めて貰い昇進したいんです。」
「其れで何時何処から来たのですか。」
「昨日の昼に登って来たんですが、その前に登る所を探しておりまして、向こう側に目印が有りましたので、でも熊笹が物凄く有り、その為に登るには大変苦労しましたが無事に登り、下りでは辺り一面に白骨死体が有りまして身体が震えたのを覚えております。」
「ほ~そんなにも死体が有ったんですか。」
「殆どが官軍兵だと分かったんですが、正直言って若しかして狼が大群をなして要ると思うと身体中が震えたのを今でも覚えています。」
「では余程運が良かったんですねぇ~。」
「其れにその時に猿軍団に見付かって無かったのも幸いしておりますよ、まぁ~お猿さんでも見逃す事も有ると言う事ですかねぇ~。」
いや、其れも仕方無いと言う事なのだ、お猿もやはり気持ちが抜ける時も有るって事だ。
「えっ、猿軍団と申されますと、我々の動きは全て知られていたので御座いますか。」
「いいえ、貴方方の時は発見されて無かったのです。」
「其れで何時ご城下に入ったのですか。」
「実は高い柵が有り、其れに時々ですが兵隊さんが見回りに来られ、あれは確か交代の時だったと思いますが、苦労しながらも越える事が出来まして、先程捕まる四半時前だったと思いますが、最初に行ったのがあの場所で御座いました。」
「ではまだ何も調べる事は出来なかったのですか。」
「はい、その通りでして、申し訳御座いませんが自分達は昨日から何も食べておりませんでして、金子を何処かに落としたのか懐に入っておらず、でもあの時は何も考える事が出来なかったので御座います。」
「そうですか、若様、何か食べる物は御座いませんでしょうか。」
「高木さん、雑炊をお願いします。」
「申し訳御座いません、其れでお聞きしますが官軍の部隊は何処に野営して要るのですか。」
「此処から南の方に向かいますと山が連なっておりまして、その麓で野営しており、兵士は二千人で全員が連発銃で武装し、大砲は十問で弾薬は千発分有ります。」
「若様、大砲で武装して要るとなると余り簡単には参りませんが。」
「其れは心配有りませんよ、こちら側もですが、向こう側も物凄い急な登りでしてね、人間が登るだけでも物凄い苦労しますので大砲を引き上げると言うの先ずは不可能だと思いますよ。」
「その通りでして、自分達も物凄い苦労して登って来ました。」
連合国の前と言うのか高く聳える山は恐ろしい程にも急で人間が簡単に登る事が出来ない程で、ましてや重装備した兵士と大砲を山の頂まで引き上げると言うのは不可能で有る。
「ですが何故其処まで調べる必要が有るのですか。」
「自分達は何も知りませんが、司令本部では高い山の麓で今まで一万人近い官軍兵が忽然と消えて要ると、其れに地図には何も書かれていないのが余りにも不思議で、山の向こう側は本当に海が迫って要るのかを調べる命令が下ったって聞いたんです。」
官軍の司令本部も高い山には多くの疑問を持っており、一万人近い兵士が何処に消えたのか、其れを調べる為に彼らが送られて来たのだ。
「若しもですが向こう側から見たこちら側ですが、貴方方が見られた様に大勢の人達が居られたとなれば、官軍は攻めて来るのですか。」
「此処に来た時ですが、分隊長は大隊長に報告すれば攻めて来るだろうと言ってられましたが、自分達には其れ以上は聞かされてませんので何もわからないんです。」
「左様ですか、では後はこちらで判断しなければならないですか。」
「まぁ~何れにしても義兄上に知らせなければなりませんねぇ~、どなたか大至急野洲へ飛んで下さい。」
若様が最後まで話す前家臣が飛び出し馬に飛び乗り野洲へと向かった。
「軍隊では普通斥候が居られるはずですが、貴方方の部隊には斥候は居ないのですか。」
「いいえ、勿論おりますが、その時には他の方へと向かっておりまして、何時頃帰って来るやも知れませんでしたので分隊長が小隊長へ、そして、大隊長に進言し其れで自分達が来る事になったのです。」
「其れでは偵察専門の分隊では無いのですね。」
「はい、左様で御座います。」
官軍の分隊兵は偵察が専門では無く、分隊長が功名を上げる為に名乗り出たので有る。
では偵察専門の分隊は何処を調べて要るのか、若しも彼らの戻りが遅ければ専門の斥候が調べに来るだろうし、若しもその様な事にでもなれば発見は難しく、若様は一体どの様にすれば良いのか必死で考えて要る。
「如何致しましょうか、彼らをこのまま此処に残して置きますと、分隊の帰りが遅いと判断し、其れこそ今度は偵察専門の分隊が来ると思うのです。
若しもその様な事にでもなりますと、其れこそ偵察専門の分隊が来まして、幾ら猿軍団とは申せ発見するのは容易では御座いません。」
「猿軍団でも発見が難しくなると言うのは何故で御座いますか。」
「その訳は簡単で御座いまして、大隊長は此処に向かって要る事は承知しており、勿論、偵察専門の分隊にも説明されますので偵察隊は野営地を出発した直後から慎重に進みますので、猿軍団とは言え簡単には発見出来ず、反対に発見されれば偵察隊は別の所から登って来るでしょうから、途中で数十、数百の白骨死体を発見すれば、其れ以上は無理せずに帰ると思います。」
「では連合国は発見される事は無いのですね。」
若様は偵察隊が山を登らなければ連合国は発見されないと思って要る。
「若様には大変申し訳御座いませんが、私は別の考え方をしておりまして、一万人近い官軍兵が山の麓か、其れとも山中で忽然と消えて要るならば、考え方としては山の向こう側には別の国が有り、其処へ逃げ込んだか、其れともこの付近一帯に白骨死体が有れば問題は無いのですが、数百の兵士だけとなれば、山の向こう側には数万人規模の軍勢が居ると考えなければなりません。」
昌吾郎は連合国の立場で考えて要るのでは無く、官軍側の立場で考えて要る。
「自分達は国では下級武士で御座いまして、先程の分隊長は同じ国の者ですが日頃から上司に対しては賄賂を送り、何時も我々の様な下級武士と町民をいじめておりまして、仲間の中では常に浮いた存在の人物で、でも幕府軍との戦ではお城は焼け落ち、今では自分達の帰る国も御座いません。」
「ですが、私は貴方方を簡単に許す事は出来ないのですよ。」
彼らは若様から許されないと言われ、肩を落として要る。
その後、暫くの沈黙が続き、分隊長を山に連れ出した兵士が戻って来た。
「若様、戻りました。」
「大変ご苦労様でした、其れで如何でしたか。」
「其れが相当往生際の悪い奴でして、自分が部隊に戻らなければ別の偵察隊がやって来て部隊に知らせれば、十問の大砲と二千の兵士で一斉攻撃すると申しておりました。」
やはり彼らの話に嘘は無かった。
「左様でしたか、其れで監視部隊にはどの様に伝えて頂きましたか。」
「柵の監視所から順次伝える方法で松川へ、松川から上田へと伝わっております。」
「左様ですか、これで当分は監視も厳しくなると思いますが、問題はこの人達をどの様にするかですねぇ~。」
「私の考えで御座いますが、彼らを戻しても宜しいかと思うので御座いますが。」
昌吾郎は飛んでも無い事を言ったが、若様はまだ結論を出す事も出来ずに。
「ですが、其れならば連合国の所在が知られるのですよ。」
「勿論、私も重々承知致しておりますが、私は何も一刻でも早くとは考えておりません。
今日着いたばかりで、明日戻って来れば、其れこそ何を調べて来たのかと、其れは厳しく問い詰められますので、最終判断は源三郎様にお任せするとしまして、彼らは一体どうしたいのか、其れを聞くだけでも良いと思うので御座いますが。」
昌吾郎は話を聞くだけでも良いのでは思っており、話だけでは何も支障は無いはずで、彼らも何としても助かりたいと思い必死で話すで有ろうと思って要る。
「まぁ~話を聞くだけならば損にもなりませんからねぇ~。」
「私達が話を聞くだけならば、彼らも少しは気持ちも楽になるでしょうから。」
「では私が聞きたい事が有るのですが、二千人の兵士だと申されましたが、その中に農民さんや町民さんは居られるのですか。」
「其れならば半分以上が農村からやって来られたと聞いておりますが。」
「では残りは下級武士なのですか。」
若様は半分以上が農民や町民ならば残りは武士だと思って要る。
「其れが何処で集めたのかは知りませんが、浪人者ややくざ者が居りまして、彼らが何時も先陣を切って突撃して行くのです。」
「えっ、浪人者とやくざ者を集めたのですか、ですが何故その様な事をするのでしょうか、浪人者の中には官軍が攻撃し国が滅びたと思って要る者も居るのでは在りませんか。」
「私は詳しくは知りませんが、何やら恩賞がどうのとか聞いた様にも思えるのですが、正か聞く訳にも参りませんので。」
「まぁ~其れも仕方有りませんねぇ~、ですが、今申されました恩賞の話は本当だと思いますよ。」
若様も昌吾郎もこれで浪人者とやくざ者が残りを占めた理由が分かったが、だが農民や町民兵は一体何をして要るんだと思うのも当然で有る。
「其れでは半分以上を占める農民さん達はどうされておられるんですか。」
「其れならば簡単でして、自分達の様な下級武士が大隊長の周りで護衛役で、その外側を農民や町民で固めておりますので、今までの幕府軍が相手ならば浪人者とやくざ者だけの部隊だけで十分でして、今まで一度も農民や町民兵が戦に参加する事は御座いませんでした。」
いやいや何と言う大隊長だ、自分の周りには護衛役の下級武士と農民や町民兵に護衛させ、実際の戦に向かうのは浪人者とやくざ者だと言う、その彼らには恩賞と言う賞金を出し、彼らは其れが目的の為に突撃し、若しも敵方の大将の首でも取れば、其れこそ大金が懐に入って来る、その為、今までの戦では悉く浪人者とやくざ者の部隊が勝利していたと、では下級武士と農民兵の殆どが戦に参加する事も無かったのか。
「では大隊長は後方に居るのですか。」
「はい、其れも鉄砲の弾や大砲の砲弾が絶対に届かない後方に居られますので、自分達下級武士と農民兵からは一人も戦死者は出ておりません。」
「ですが、我が連合国の山には数万もの狼が生息しており、更に急な登りですから大砲は使い物にはなりませんよ。」
「其れならば尚更でして、大隊長は遥か後方で待機し、浪人者とやくざ者だけを向かわせる思います。」
其れならば先陣を切った浪人者とやくざ者、そして、指揮する中隊長達の全員が狼の餌食になる事だけは間違い無い。
だがこの話は本当だろうか、彼らは自分達が生き残る為の作り話かも知れないと若様は思った。
「まぁ~その様になれば数日間は山に入る事は出来ませんからねぇ~。」
「では数日後に自分達が向かう事になるのでは御座いませんか。」
「いいえ、其れは多分無いとは思います。
何故かと申しますと、大隊長も目の前で狼の大群に襲われて要るのを知って要るのですから、まぁ~絶対に向かう事は有りません。」
若様は断言するが、何れにしても源三郎が来るまでは何も決定出来ず、其れだけは間違いは無く、それ程にも戦闘に向かう者と、大隊長を守る為の兵が分かれて要るならば、源三郎の事だ農民兵だけは助けるだろう、だが今の彼らが生き残れる可能性はわからない。
その時、大手門が騒がしくなった、源三郎が到着したのだ。
そして、陽が西の山に沈んで行く、だが本格的な話はこれからで彼らの話は本当なのだろうか、そして、源三郎は一体どの様な決断をするので有ろうか、若様も昌吾郎も全くわからない。