第 86 話。若様が見た夢。
「ねぇ~、みんな少し聞いて欲しいのよ、家に有る洗ったふんどしを集めて欲しいの。」
「オレ達のふんどしって。」
「洗ったんだったらいいのよ、兵隊さん達が大怪我してるのよ早く取りに行ってよ。」
「よ~し、みんな城下に有る洗った白い布を探して持って来るんだ。」
男達は城下へ走って行く、やはり女は何時の世でも強い。
「兵隊さん、もう大丈夫だからね、私達が居るからね。」
城下の女性達は駐屯地に運ばれて来る負傷兵に声を掛け励まし、そんな負傷兵にすれば城下の女性達は天使にも見えて要るのだろうか。
「うん、有難う、でもオレは生きてるんですか。」
「そんなの辺り前でしょう、私がお世話してるんだからね、もう大丈夫よ安心してね。」
此処松川でも女性達は強い、腰元達も部屋に置いて有る襦袢を裂き、更に今着て要る物まで脱ぎ裂いて要る。
「良いか、城に有る物で使える物ならば全て持って行くのじゃ。」
大殿様も先頭に立ち指揮に就いており、家臣も腰元達も兵士の身体から噴き出す潜血に着物も真っ赤になって要る。
其れは何も松川だけでは無く、上田でも野洲でも同じで城下の男女を問わず負傷兵の治療に当たり、其れは陽が落ちても続いて要る。
「皆さんのお怪我は如何でしょうか。」
「兵士の傷は全て矢を受けたものでして、銃で撃たれた傷では御座いません。」
「左様ですか、其れで戦死されたお方は居られるのでしょうか。」
源三郎は戦死者が居ない事を、いや居たとしても少人数で有って欲しいと願って要る。
「源三郎殿には大変申し訳御座いませんが、山賀の中隊からは二十五名の戦死者を確認しました。」
「えっ、正かでは御座いませんか、二十五名とは余りにも多くは御座いませんか。」
源三郎も正か二十五名も、其れも山賀の中隊が殆どで余りにも戦死者が多いと思ったが。
「お言葉では御座いますが、私の聞きましたところでは官軍兵が大よそ六百人近くと、更にあれ程にも激しい戦で戦死者が二十五名とは、私からすれば余りの少なさに驚いて要るのです。」
軍医は過去の戦からすれば百人以上の戦死者が出たとしても全く不思議では無く、僅か二十五名だと言うのは奇跡的だと言うので有る。
「私は軍医殿が申されます意味が理解出来ないのです。
今回の戦に関しましては、私の経験不足だと申しましょうか、私の判断の誤りとでも申しましょうか、私の不注意で多くの貴重な人材を死に追い詰めたのは間違い御座いません。」
源三郎の知る限り官軍や幕府の残党、更に野党との戦でも戦死したのは一名で、其れもげんたを庇っての戦死なのだ。
「源三郎様は余りにもご自分を責めてはおられませんでしょうか、私も武士の端くれ者と致しましては、今回の戦で亡くなられた兵隊さんが二十五名、源三郎様はご自分の部下からは一名の戦死者は出て欲しくは無いと考えておられると思いますが、私達もこの地に寄せて頂くまで多くの戦死された兵隊さんやお侍を見て来ておりまして、私は軍医様の申されます様に二十五名と言う尊いお方は二度と戻られないので御座います。
私は源三郎様にお願い申し上げたいのはこの先も戦は有ると思いますが、城下の領民さんからは何としても犠牲者を出さない様な方法を考えて頂きたいので御座います。」
綾乃は国を発ち苦労の挙句連合国に辿り着いたが、連合国に辿り着くまで官軍と幕府軍の関係無く多くの戦死者を見て来たので有る。
「やはり私は何処かで甘い事を考えていたのかも知れません。」
「いいえ、其れよりも源三郎様は余りにもお優し過ぎるのでは御座いませんでしょうか。」
綾乃も軍医も源三郎は優し過ぎると、だが源三郎は連合国の民を守るのが責務だと考えて要る。
「で、今ご遺体は。」
「一応では有りますが、そちらのお部屋に安置させて頂いております。」
源三郎は部屋に入ると土下座し手を付き、頭を下げ。
「皆様方、誠に申し訳御座いませぬ、私の不注意で皆様方の大切なお命を奪い、私はどの様に申し上げれば許して頂けるのかも分かりませんが、今後は皆様方の尊い命を無駄にせず領民をお守りする事でどうかお許しをお願いして頂きたいので御座います。」
源三郎は地に頭を付け涙を流しており、その姿を見た軍医も綾乃も何も言えず、何かをしきりにこらえて要る様にも見えて要る。
源三郎は戦死した兵士の顔を見て回り、最後の一人を見たが其処には小川の姿が無い。
「軍医殿、小川隊長も戦死されたとお伺いしたのですが。」
「小川隊長ならばまだ生きておられますよ、ですが身体中に六本もの矢が刺さっておりまして、更に出血も多く油断出来ない状態で御座います。」
何と言う事だ、小川隊長は生きて要る、戦死したのでは無く瀕死の重傷で有ると、だが源三郎は小川の傷の事よりも他の兵士達の容体を知りたいので有る。
「其れでは兵隊さん達のお怪我ですが如何でしょうか。」
「其れが誠に不思議で御座いまして、小川隊長お一人が瀕死の重傷で他の兵士達の身体も確かに重傷ですが命の別状は有りません。」
「左様ですか、其れは良かったですねぇ~、ふっ~。」
と、源三郎は小川以外の兵士達は重傷だが命の別状は無いと聞き一安心したのか、ふっ~と、一息付いたので有る。
そして、山賀以外の山中でも狼の大群が押し寄せ官軍兵は次々と噛み殺され一時半程で全ての山中に居た官軍兵は狼の餌食になって行くので有る。
その後、暫くして源三郎は戻って行った
「中隊長、戦況は如何でしょうか。」
源三郎は突然柵で監視中の中隊を訪れ現状を聞いたのだ。
「一時半以上前からですが自分達も全く予期せぬ出来事が発生したのです。
其れは狼の大群が突然現れ官軍兵を襲い次々と噛み殺して行くのです。」
「ですが何故に突然狼の大群が官軍兵を襲ったのでしょうか、何時もならば数人でも血を流せば直ぐ大群が押し寄せて来るのですが。」
源三郎も中隊長も全く理解出来ないのだと言う。
「私も今までの事を考えれば余りにも遅いとは思いますが、其れでも狼が官軍兵を襲った事でこの戦も終結するのでは無いかと思っております。」
「左様ですか、ですが其れにしても余りにも、いや何故に狼の大群が突然現れたでしょうか、私は其れが全く理解出来ないのです。」
中隊長は狼の動きは理解出来ないと言うが、其れでも一応の目途が付いたと考えたので有る。
「中隊長は軍を引き上げるおつもりなのですか。」
「私は全てとは申しませんが、少なくとも野洲から来て頂きました二個中隊の内一個中隊を残して頂ければ幸いかと存じます。」
「其れも仕方有りませんが、一応小川さんの傷が癒えた頃一度相談して頂きたいのです。
勿論 若様にも同席して頂ければと考えておりますが、若様は如何で御座いますか。」
若様は戦死者と多くの負傷兵を見てから何かを考えて要る。
「義兄上、私は数日前の事ですがとても不思議な夢を見たのです。」
「ほ~若様がねぇ~、不思議な夢を見られたとは一体どの様な夢なのですか。」
「何故にその様な夢を見たのかも全くわからないのですが、或る日の夕刻の事、私は何故か分かりませんが大手門の前に居たのです。」
「若様は夢遊病にでもなられたのですか。」
「左様では御座いませぬ、私は何かに呼ばれた様に思い大手門前に出たのですが、その時、突然 駐屯地の裏側から大きな灰色をした狼が現れたのです。」
「えっ、今 何と申されましたか、私は突然狼が、其れも大きな灰色の狼が現れたと聞こえたのですが。」
若様は夢の中で大きな灰色の狼が現れたと言う。
「私は狼に呼び出されたのかも知れません。」
若様は狼に呼び出されたと言うのだが、源三郎は若様が何故に狼に呼び出されたのか其れが不思議でならないので有る。
「其処で何が有ったのですか。」
「私は狼の目が恐ろしくは無く、何故か狼の話が聞こえて来るのです。」
「えっ、若様は狼の言葉がわかるのですか。」
中隊長は驚きを隠せない、それどころか若様が狼の言葉がわかると聞き唖然として要る。
「其れで狼に何と申されたのですか。」
「皆様方はお笑いのなられるやも知れませんが、私には狼の言葉で聞こえたのです。
其れで大きな灰色の狼に聞きました、貴方は狼の王ですかと、すると狼は答えました、わしはこの山に住む全ての狼の王で有ると。」
「大きな灰色の狼は王様なのですか。」
「私はその様に聞こえたのですが、その後、何故に狼の王様が山賀におられるのですかと伺いましたところ。」
灰色の狼は付近一帯に住む狼の王だと、その王が何故に山賀に住んでいるのか知りたいので有る。
「狼の王は何故に山賀の、其れも若様の前に現れたのですか。」
「狼の王は、私に数日の内に大勢の、其れも官軍兵が攻めて来ると申されたのです。」
「狼の王は官軍兵が攻めて来る知っておられたのですか。」
「左様でして、我々人間では全く理解出来ないのですが、連合国を取り囲む高い山には数万もの狼が生息して要ると狼の王は言っておりまして、官軍兵の動きは我が小隊の発見する数日前から知っていたと言うのです。」
「若様のお話しでは我が連合国軍の動きは全て知って要るのですか。」
「中隊長は驚かれるでしょうが、狼の王は高い山の内側の我が軍の動きは全て知って要ると言われたのです。」
だが本当にその様な事は有るのだろうか、確かに此処に住む狼は実に賢い、だが其れだけで我が連合国軍の動きまで知って要ると言えるのだろうか。
「其れならば何故に今回は遅れたと申しましょうか、遅かったと申しましょうか、我が軍に多大な損害を受けるまで現れなかったのでしょうか、私は其れがわからないのです。」
「実は狼の王は数十頭の狼の指揮官とも言うべき仲間と協議していたと言うのです。」
「えっ、狼が協議して要るのですか、ではその協議の内容は聞かれたのですか。」
「狼の王は各部族の長からは連合国も襲うと言うのです。」
「えっ、我々の連合国を襲うのですか、正かその様な事までが、う~ん。」
「その通りでして、狼の長にすれば何処の山にも猟師が入り込み鹿や猪を殺し持ち帰り、その為に狼の食料も少なくなって来ていると言われるのです。」
其れならば連合国を襲い牛や馬、更に鶏などは豊富に有れば狼は生きて行けるのだと、やはりそうなのか、狼の生きる為には多くの食料が必要だ、だが人間は食料となる鹿や猪までも撃ち殺して行く。
だが山に入る猟師達も生きる為に山に入り鹿や猪を狩るので有る。
「其れで狼の王は何と申されたのですか。」
「狼の王は全てを任せろと、わしが人間の王と話す、其れから決断しても良いのだと。」
「人間の王は若様なのですね。」
「飛んでも御座いませぬ、私は狼の王に申しました、私は人間の王では無い、私の義兄上が連合国の王だと伝えたのです。」
「えっ、私が人間の王なのですか、其れで狼の王は何と申されたのですか。」
「今回、官軍との戦では連合国軍の中からも多くの犠牲者は出る、だが我々狼も馬鹿では無い、仲間の犠牲を少なくする為には人間が犠牲になる事も仕方無いと言われたのです。」
狼の王は狼からの犠牲を少なくする為には人間の犠牲者が出る事も仕方無いとのだと言う。
「義兄上、狼の王は官軍と連合国軍が戦って要る状況を見るのだと申されておられます。」
「では我々の作戦を見ると言うのですか。」
狼の王は連合国軍の作戦が有る程度進むまで待つと言うが、若しもその話が事実ならば山賀の中隊から二十五名の戦死者が出たのも当然なのかも知れず、若様が見たと言う夢の中に現れた灰色の狼は、やはり狼の王なのか、其れだけは今に至ってもわからないので有る。