第 77 話。やはり現れたか。
一方、野洲では上野が司令本部から資材の行き先を調査する武官とのやり取りが有ったとは知る由も無く、飯田達は上野の駐屯地へ向け出発準備も終わり、明日の早朝出発する事になった。
「飯田様に、そして、皆様方今回も大変なご無理を申し上げ誠に申し訳御座いません。」
と、源三郎は何時もの様に頭を下げ。
「源三郎様、今の私達に出来る事は資材の引き取りだけで御座います。
其れと申しますのは一刻も早く機織り機が稼働すれば皆様方の作業着もですが、兵隊さん達にも新しい軍服が作れますので、私達は少しでもお役に経てるので有れば大変嬉しゅう御座います。」
飯田達が連合国に戻り早数十日が過ぎるがいまだに機織り機も稼働出来ず、その為に一反の布地も作れずにおり、やはり一刻でも早く作業着だけでも作り上げたいのだと、其れは何も飯田達だけで無く、吾助達も同じ思いで有る。
「吾助さん達にも再び危険な目に合わせ、私としましては何も出来ないのが情けなく悔しいので御座います。」
「源三郎様、私は今までそんな事なんか一度も思った事は無いんです。
其れにあの時に社長様達が来られなかったら山賊達に殺されてたんです。
その後も陽立の国に着くまで何度も恐ろしい目に遭いましたが、其の度に社長様に命を助けて頂いたのです。
私もですが、皆はあの時の事を考えたら全然恐ろしく無いんですよ、だって前も今度も中隊長様に兵隊さん達が一緒なんですから、私達がそんな事に不満を言ったら、其れこそ天国に居る村の人達に怒られますよ。」
「源三郎様は私達が危険だって思ってられますが、私はあの時の事を考えたら何とも無いんですよ、ねぇ~おみっちゃん。」
「そうですとも、源三郎様は危ないって言われますけど、私も此処に居る女達はもう少しで山賊に殺されるところだったんですよ、その時、社長様が来られましてお前達の様な悪人を成敗する為にあの山から下りて来た大天狗様だって、私もみんなもあの時は本当に大天狗様だと思って、もうこれで助かると思ったんです。
吾助さんも私達もあの時の事は絶対に忘れない様にって、で其れからみんなで社長様、いいえ大天狗様と何処までも行こうって決めたんです。
私達は此処の女性達に東京で流行ってる洋服を着て欲しいんです。」
おみつと言う女性は山賊に切り殺される一瞬飯田らが駆け付け命を助けられ、今は1日でも早く連合国の女性達に東京で流行って要る洋服を着せたいと、其れが今一番の希望で有る。
「皆様方にそれ程までに思われて居られる飯田様や上田様、森田様は大変お幸せですねぇ~、ですが皆様方はこれだけは決して忘れる事の無いようにお願いしたいのです。
確かに官軍は幕府軍を破り明示と言う新政府を樹立されましたが、まだまだ世の中は安定しておりません。
何時、何処で何が起きるやも知れないので、決して油断される事無きようにお願いしたいのです。」
「私達三名は今も源三郎様が申されました様に決して気を緩める事も無く、道中は中隊長さんの指示通りに致しまして、吾助さん達共々全員が無事に戻るまで気を抜かずに参りたいと思います。」
飯田は駐屯地への往復は決して気を緩めず、全員が無事に戻る事を改めて誓った。
「飯田様、この書状を上野様に渡して頂きたいのです。
内容に付きましては技師長が依頼する資材をお願いするだけなのですが、上野様にも事情が有ると思いますので、決してご無理をなさらずにと記しております。」
やはり源三郎は上野が気になるのだろう、前回は確かに多くの資材を受け取る事が出来た、だが誰が考えても不思議でならないはずで、少し前までは全く資材の目録さえも届く事が無く、其れが突然大量の資材発注で、多分だが司令本部より行き先を調査する人物が送り込まれ上野は明確な答えも出せず、下手をすれば本部へ召喚されて要るのでは無いかと考えて要る。
「私も上野様の立場を考えれば今回の引き取りに参るのは時期早々では無いかと考えております。
ですが其れならば尚更参りまして情報を得る事も大事では御座いませぬでしょうか。」
「確かに上田様の申される通りやも知れませぬが、若しも司令本部から調査官が派遣されて要るので有れば。」
「私達にお任せ下さいませ、私達も東京では何度と無く陸軍省と海軍省にも追い詰められました経験が有りますので、ご心配は無用で御座います。」
と、森田も任せろときっぱり言った。
そして、今日は駐屯地へ資材を引き取りに向かう出発日で大手門前には馬車部隊が整列し、源三郎を待って要る。
「中隊長、決して無理はせぬように願います。」
「承知致しております。」
工藤や吉田、其れに駐屯地からも大勢の兵士が見送りに出ており、誰でも無事を願って要る。
その時、お殿様とご家老様に続き源三郎がやって来た。
「中隊長、今回の任務は以前よりも遥かに厳しいとは思いますが、私は皆様方全員が無事に我が連合国に戻られるだけで宜しいので、何卒ご無理をなされずにお願い申し上げます。」
「総司令、私達も十分に理解しておりますのでご心配をお掛け致しますが、必ず全員が無事で戻って参ります。」
今回の任務には前回の中隊が派遣される事になったが、やはり部隊の中でも野盗、いや幕府の残党よりも官軍と遭遇するやも知れぬと不安が上がっている事も確かで、だからと言って今回の任務を中止する訳にも行かなかったのも当然で、其れよりも今度は吾助達が行きたいとの声が上がり、正直なところ一番心を痛めたのは飯田達で有る。
確かに前回は何事も無くと言っては語弊は有るが、全員が無事連合国に戻って来た。
飯田は上田、森田と相談の上、次回は吾助達は残る方向で進めており、吾助達に話をすると飯田達の予想を超えた大反対に遭い、正か吾助達が其処まで考えて要るとは思いもしなかったので有る。
「吾助、その方達の話は聞いた、皆も聞いて欲しいのじゃ、菊池を出て、菊池に戻って来るまではひと時も気を抜いてはならぬのじゃ、何事に置いても飯田や中隊長の指示に従い、全員が無事戻る様にな、飯田、上田、森田と、そして、中隊の兵士達もじゃ、どの様な事が有っても決して無理はするで無いぞ。」
お殿様は決して無理はするな全員が無事に戻って来いと、やはり今回の派遣は前回とは比べ物にはならない程にも危険だと言う事で有る。
「総司令、では我々馬車部隊は出発致します。」
「中隊長、何卒宜しくお願い致します。」
と、源三郎は改めて手を付き頭を下げた。
「馬車部隊、しゅぱ~つ。」
と、中隊長の号令で中隊長を先頭に馬車部隊は一路、上野が居る駐屯地へ向け出発した。
「源三郎も皆が戻るまで気が休めぬとは思うが、やはり源三郎有っての連合国なのじゃ、決して無理はするで無いぞ、と申しても源三郎の事じゃ、この数日間は気も抜けのとは思うが、雪乃も頼むぞ。」
「殿、誠有りがたきお言葉、源三郎、身に余る光栄に存じます。」
そして、馬車部隊が出発した半時後に田中は源三郎に知らせる事も無く野洲を後にした。
馬車部隊はゆっくりと進み菊池に近付くと数十人の農民が待っていた。
「中隊長さん、漬け物と梅干しを届けて欲しいんです。」
農村から三平達が漬け物樽と梅干し樽を用意し馬車部隊が来るのは待っていた。
「三平さん、誠に有難いのですが馬車には既に積んでおりますので。」
「これはオラ達が漬け込んだ漬け物なんで邪魔でしょうが向こう側の人達に食べて貰いたいんでお願いします。」
「左様ですか、では喜んで頂く事にします。」
三平達が馬車に積み込み部隊が進み始めた。
「あれは若しや直さん、えっ直さんは何処に行くんですか。」
「三ちゃん、お久し振りで、私も少しですが行く所が有りまして、其れで。」
「だったらオラも一緒に行きますんで。」
「ですが今回は。」
「いいんですよ、直さんが行くのにオラだけが残るって、そんなの水臭いですよ、直ぐに来ますんで、待ってて下さいね。」
今までならば田中が半ば強制的に三平を引っ張りだしていたが、三平も暫くして出ていなかったのか、田中の姿を見た途端一緒に行くんだと決め、直ぐ家から出て来た。
「三ちゃん、本当に宜しいんですか。」
「まぁ~直さんだけにすると一体何をするか分かりませんので、だからオラが見張りで一緒に行くんですよ。」
なんだと、三平は田中の監視役だと、其れでは全く反対の立場では無いのか、だが田中は嬉しかった、三平と一緒ならば気楽な旅になるで有ろう、だが一体何処に行くのだ、三平も聞かず、二人は仲良く菊池へ向かった。
「参謀長殿、武官ですが自分の知らないうちに逃げる様に駐屯地を出たと歩哨兵が申しておりました。」
「まぁ~あれだけ脅かされたならば当然だろうよ、奴め途中から顔色が変わったからなぁ~。」
「其れは当然だと思いますよ、参謀長殿からあれ程迄に言われますと何も知らない者ならば全て信用すると思いますがねぇ~。」
「やはりそうかなぁ~、だがわしは何も嘘は言っておらんぞ。」
上野は嘘は言っていないと言う。
「ですが若しも海軍省に聞くと言う事は無いとは思いますが。」
「司令部も馬鹿の集まりじゃないんだ、まぁ~絶対に問い合わせる事などはしないと思うがなぁ~、若しもだ聞いたしてだよ、わしが海軍省に居たならば、奴らの全員即刻蝦夷地に飛ばし、二度と戻らせる事などはせんよ。」
この頃の蝦夷地と言えば直ぐ思い浮かぶのはあの蝦夷地だ、若しも蝦夷地に飛ばされたならば誰もが上層部に対し反対の意見を言ったか、命令違反し、その結果蝦夷地に飛ばされたと考えるのが普通で、その様な人物は二度と内地、特に本部に戻る事は不可能で有る。
「ですが参謀長殿は海軍の最高司令長官を知っておられるのですか。」
「わしが今のそんな人事を知ってるとでも思ってるのか、中隊長も知っての通り、この地に来て一体何年になると思うんだ、勿論、海軍大臣の名も知らんぞ。」
「ですがあの時、最高司令長官殿が直々来られたと申されましたが。」
「君も知ってるはずだ源三郎殿は連合国の最高司令長官だ、わしは何も嘘は言っておらんぞ。」
確かに上野は最高司令長官殿が直々来られたとは言ったが名は告げていない。
「あっ、そうか源三郎様は確かに連合国の最高司令長官でしたねぇ~、では参謀長殿は作り話はされておられないのですねぇ~。」
「まぁ~その通りだ、今までの書状にも海軍大臣も最高司令長官の名も書かれていないし、其れにだわしは連合国とは一言も言ってはおらん。」
何れの時が来て再び司令本部から調査に来たとしても上野は嘘は言っていないと言うだろう、司令本部から海軍大臣の名も最高司令長官の名も告げられておらず、あの時、源三郎は連合国最高司令長官だと紹介され、誰が聞いても日本国海軍の最高司令長官だと思うのも当然で有る。
「まぁ~其れにしてもあの時の技師長は大した人物だと思ったよ、やはり源三郎殿は見抜いておられたのだろうなぁ~。」
「私もあの時は其れはもう大変驚きましたよ、正かあのような書状を書かせるとは思っておりませんでしたので。」
「わしもだ、まぁ~これで奴らは二度と来る事は無いと思うんだ。」
上野は確信しており、やはり後藤が二通の書状を認めさせ署名と血判を取れば司令本部からは二度と調査に来る事は無いと。
「其れよりもだ数日の内には来られると思うんだ、その時に一応昨日の一件だけは報告しなければならないと思うんだ。」
「自分もその様に思っておりまして、其れに今後の事も有ると思いますので。」
上野も中隊長も飯田達が来れば、司令本部から調査目的の武官が来た事の全てを報告すると言うので有る。
一方で菊池を出た馬車部隊はゆっくりと進んで要るが、一時半程は何事も無く、だがこの先からは何時何処から野盗や幕府の残党が襲って来るやも知れないと思って要る。
「中隊長、第一分隊で休み場所と付近の偵察に向かいます。」
分隊は一里か、いや二里以上先まで偵察に向かい、前回休みを取った所にも異常は無いのか、其れを確かめる為にも偵察に向かった。
馬車部隊が野洲を出発する頃、山賀でも日光隊と月光隊は勿論、前回にも向かった朝霧隊と夕霧隊の二個小隊が駐屯地を出発し、北側の山を警戒しながら登って行く。
山賀を出発する前、若様は朝霧隊、夕霧隊と二個小隊に新たな名称を付け、朝霧と夕霧と名を授けられた小隊長もだが小隊の兵士達は小躍りして喜び、二人の小隊長は改めて気持ちを引き締めたのは勿論で有る。
大岩までは日光隊と月光隊の両隊はなれたもので、その一町程後方から朝霧、夕霧が続き、昼前には頂上に、そして、夕刻前には大岩に着いた。
「日光隊と月光隊は此処での段取りを朝霧と夕霧の両隊に教えて下さい、我々は明日からの作戦を考えますので宜しくお願い致します。」
日光、月光もだが朝霧も夕霧の両隊も静かに分かれ大岩での段取り、其れは野営の方法を教える為に下へと向かった。
「明日からの作戦ですが、私が考えました方法を説明させて頂きます。」
と、日光隊の中村が最初の説明に入り、月光隊の伊藤、朝霧隊の笹野、夕霧隊の時枝の各小隊長も了承した。
そして、明くる日の早朝、各隊は一斉に作戦行動を開始する為各小隊毎に散って行く。
朝霧隊は川の浅瀬を渡り、向こう側の林の中へ消え、夕霧隊は川の土手を下に高い山を左に見ながらも前後左右をゆっくりと見ながら歩いて行き、そして、日光隊は前回官軍の中隊が野営した林の中に消え、月光隊は上野の居る駐屯地方角に有る林へと消えて行く。
「今から分隊事に分かれ偵察に向かい、官軍や野盗を発見したならば直ぐ知らせて下さいね、私は第一分隊とこのまま向かいますので。」
朝霧隊の小隊長は林の中を各分隊事に偵察する様にと指示を出し、各分隊はその後散開し任務に就いた。
「私と第一分隊はこのまま直進しますので各分隊は散開し偵察に向かって下さい。
特にこの林は以前官軍の中隊が野営した所なので若しもと言う事も考えられ、何かを発見したならば直ぐ戻って下さいね、合図は指笛、う~ん、いや木を叩いて若しも聞こえたならば直ぐ戻る様に以上です。」
日光隊の中村は若しやと思ったのだろう、官軍の中隊が野営したと言う事は官軍では無くとも野盗か幕府の残党が潜んで要るやも知れないと考えたので有る。
だが中村が四個小隊に分散し偵察すると提案した事が、その直ぐ後に結果として現れた。
川向うの林の中に入った朝霧隊の分隊が野盗の集団を発見したので有る。
「お~い、誰か手伝ってくれ。」
「何だ、何か有ったのか。」
「いやなっ、さっき音がしたんで行くと大きな猪が出て来たんで仕留めたんだ。「
「よ~し、何処かで昼飯とするか、丁度腹も減って来たからなぁ~。」
と、野盗が大声で話して要る。
「分隊長、野盗ですよ、奴ら此処で昼にするって言ってますが。」
「そうか、で何人くらいだ。」
「大よそ三十人は居りますが。」
「では直ぐ小隊長に知らせに戻るぞ。」
分隊兵は音も立てず小隊長が居る方へと向かい、時々木を打ちながら他の分隊へ知らせて要る。
その後、暫くして朝霧隊の全員が集まり。
「全員聞いて下さい、先程第三分隊が三十人程の野盗を発見し、野盗は今頃仕留めた猪を食べて要ると思われます。
其処で野盗の武器ですが火縄銃が数丁、他には十人程が弓を持って要るとの事です。」
「小隊長、奴らですが、どの方向に行くと思いますか。」
「其れが問題ですねぇ~、ですが今のままだと食事も直ぐ終わる事は無いと思いますが、その後の動きが分かりませんねぇ~。」
「小隊長、我が分隊が参り監視しますが宜しいでしょうか。」
「他の小隊は何時頃戻られるのですか。」
「中村さんの説明では大よそ一時から一時半程には四個小隊が集まり、結果異常が無ければ作戦は続行すると申されておられますが。」
「じゃ~一度戻って報告されてもいいと思うんです。
野盗の動きは第三分隊に任せては如何でしょうか。」
「では分隊長にお願いして我々は大岩へ戻ります。」
朝霧隊が林を抜け、川の土手を上がった時、夕霧隊も大岩へ向かうところで有った。
その頃、日光隊でも大きな動きが有った。
林を抜け一町程行くと林の中から他の分隊も姿を現し、各分隊は大きく広がり、辺りを警戒しながら進むと、遥か向こうから大勢の集団が日光隊の方と向かうのが見え、小隊長が手で合図し草むらに潜み、集団の動きを見て要る。
「小隊長、奴らは幕府の残党ですよ。」
「私も多分そうだと思いますが、一体何人くらいでしょうか、人数と武器を確認して下さい。」
分隊の兵士が確認に向かうと小隊長は他の分隊に林の中へ行けと合図し、各分隊は草むらの中を林の方へと向かい、暫くして全分隊が林の中に入った。
「第一、第二分隊は手分けし人数と武器の確認後大岩に戻って下さい。
第三分隊は月光隊に知らせる為に直ぐ戻って下さい。」
と、指示を受けた各分隊は静かに行動を開始し、日光隊は大岩へと戻って行く。
朝霧隊は発見した野盗、そして、日光隊が発見した幕府の残党と思われる大集団は一体何処へ向かうのか、向かう方向によっては大変な事態も予想され、四個小隊はどの様な作戦を考えて要るのか、やはり、大岩へ集まらなければ答えは出ないのか、馬車部隊との衝突だけは何としても防がなければならないので有る。