表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇の帝国    作者: 大和 武
142/288

 第 67 話。 やっぱり駄目か。

「中隊長殿、今回は物凄い台数の馬車ですが一体何を積んでるんでしょうか。」


 駐屯地には次々と馬車が到着しており、二十、三十、いや五十台以上だ。


「まぁ~其れにしても大変な台数だなぁ~。」


 駐屯地の兵士達も今までにない台数に驚きを隠せないので有る。


「参謀長殿、物凄い台数の馬車が到着しました。」


「そうか、其れで何時もの物資は別としてだ、特別に手配した物資だが倉庫に入れ詳細を確かめて

くれ。」


「中隊長殿。」


「やはり君か、其れにしても今回は大変だったなぁ~、其れにしても物凄い台数の馬車だが。」


「前回、参謀長殿からお預かりしました調達品の目録を調達部にお渡したとところ、調達部の部長

は他に必要な物が有るだろうと申されておられました。」


「部長と言うのは郷田ですか。」


「左様でして、郷田部長も中隊長殿とは幼馴染で奴が必要だと言う物資は全部揃えろと申されてお

られます。」


 郷田と言う資材部長とは同期で最初に配属されたのが上野の部隊で十数年後、上野に軍港建設と

言う最重要任務の命令が下り、中隊長は上野と同行したが郷田は何れ物資の調達が多くなるだろう

と考え、調達部に配属を希望し、だが今までは余り多く送ることは無かったのだが、先日遂に思っ

ていた以上の物資の目録を受け取り、今回が最初の大量発送となったので有る。


「中隊長殿、実はですねぇ~、部長から伝言が有りまして目録に記載出来ない物も有るだろうから、

私に直接聞いてくれと申されておられます。」


「目的に記載出来ない物と言ったのか。」


「その通りでして、今までこの地からは殆ど資材の目録が届かず、其れはもう大変心配されておられまして、参謀長殿も相当苦労されておられると思っておられまして、其れが今回初めてと言ってもよい程の目録でして、其れはもう大変喜んでおられました。」


「だがなぁ~、今急に言われても浮かんで来ないんだ。」


「其れは私も十分理解出来ますが他の駐屯地からは鉄板を数十枚送れとか、其れはもう大変な物量

でして。」


「鉄板を数十枚送れって、だが何に使うんだ。」


「其れは私も分かりませんが、鉄板には穴を開ける機械も必要ですが、でもこちらにはその様な機

械は無いと思うんです。」


「まぁ~其れは確かにその通りだよ、薄い鉄板ならば職人さんでも十分だが、でも厚い鉄板ともなれば職人さんでは無理だと思うんだ。」


「だったら次の時にお届け出来ると思いますが。」


「だが若しも司令部が知れば君は銃殺刑になるかも知れないんだぞ。」


「其れは心配ないんです、と申しますのは多くの物資は大きな集積地が有りまして、其処にはもう

膨大な量の物資が集まりますので司令部も調べる事も出来ないんです。」


「大きな集積地と言われても、私が出る時には無かったと思うんだが。」


「実は参謀長殿と中隊長殿が出発された数年後に司令部が建設したんです。

 お米の倉庫だけでも此処の駐屯地くらいの場所に数十戸もの倉庫が建てられてるんですよ、其れ

よりも機械類や鉄板などの鉄物類は此処の駐屯地の十倍以上も有りまして、其処の集積地に郷田部長が居られるんです。」


 中隊長も初めて知った、正かその様な巨大な集積地が建設されて要るとは。


「其れならば殆どの物は調達出来るのですか。」


「其れは勿論でして、まぁ~大抵の物ならば揃える事は出来ますので、何でしたら私が此処に無い

物を調べて届けても宜しいですが。」


 中隊長は余りの話にまだ理解出来ておらず、更に今急に調達品以外の物が有れば言って欲しいと言われても考えてもいなかった為に頭が混乱して要る。


「だがなぁ~問題にはならないのか。」


「其れだったら大丈夫でして、と申しますのは政府は一刻でも早く軍艦を建造しなければならず必死でして、まぁ~言い方は悪いですが馬車部隊も殆どがどんぶ勘定で積み込んでるんです。」


 正か政府がどんぶり勘定で物資を送り出して要るとは考えもしなかった中隊長だ。


「中隊長殿からお預かりしました目録ですが、今回で全てをお届けする事が出来ませんでしたので

次回の時には全てお届けしますが、その時には私が考えた品もお届け出来ると思います。」


「其れは大変有難いですが、だが司令部から追求されないようにお願いしますよ、参謀長殿にもご迷惑をお掛けするやもしれませんのでね。」


「其れは大丈夫でして、実は安芸の国から大量の物資が必要だと目録が届き、部長は目録通りでは若しも不足したならば作業は止まり関連した作業も止まり、其れが後々大きな誤差をなるので目録よりも一割以上の物を送れと申され、其れが司令部の耳に入り、部長は呼び出されたんです。」


 やはりか、司令部としては何故目録以上の物を送る必要が有ると思うのが普通で有る。


「では郷田は追求されたのですか。」


「勿論でして、で、私も一緒に参りまして部長と一緒に司令部の説明を聞いたのですが、部長は今はその様に卓上で考えた事などをやっている場合では無いと申され、其れよりも部長が申されておられたのですが、目録に書かれたのは其れだけは最低必要な物量で、大至急必要な物資だと。」


「では司令部は何も反対されなかったのですか。」


「其れが部長が出発する前に司令部の奴らは何もわかっておらん、オレが奴らをぎゃふんと言わせ

てやるって、其れはもう大変な気合いの入れようでした。」


「まぁ~奴の事だ、特に上層部の連中とは面と向かって反抗するからなぁ~。」


「其れにまだ有りまして、部長は今有る全ての機械もだが全ての物資が使い物になるので有れば目録通りに送る、だが今までは必ず一割以上が不良品だと言われ、其れだけの為に数日間も余計な日数が必要で、其れよりも不良品の為に作業が中止になる事の方が問題だ、その全ての責任を司令部が負うのではあれば目録通りの物資を送るが責任は取れるのかと、其れはもう大変な気合いに司令部は何も反論出来ず、今後は部長に全てを任せると、まぁ~その様な訳ですので何も心配される事は無いと思います。」


 其れで有れば全ての馬車は検問所で検問を受ける事も無いのだろうが、いやそんな事は無いと中

隊長は思い。


「そうなれば全ての馬車は検問されないのですか。」


「其れは無理でして、馬車部隊の馬車には全て専用の目印が有り、その目印と先頭の者は何台で有

ると通行証が書いて有る書状を持っておりますが、他の馬車は全て積み荷は検問されます。」


「それ程までに検問は厳しいのですか。」


「其れは物凄く厳しく、例え米俵でも中身は全て調べます、と申しますのは今でもまだ全国各地が反乱が続いておりまして、以前ですが米俵の中に火薬が隠されていたと聞いておりまして、まぁ~徹底的に調べております。」


「ですが目印は簡単に真似出来るのでは有りませんか。」


 今までの荷車などはのぼりを掲げ、其れは藩の印が書かれており、簡単に真似出来るので有る。


「馬車の外からは何処にも書いてはおりません。

 馬車の有る所に書いてあり、外からは見ても全くわからないのです。」


 やはりか、幕府の残党を警戒しての事なのか、今でも各地で小さいながらも戦は続いて要るのだと、中隊長も改めて思うので有る。


「中隊長殿、大変ですよ、あんなに大きな物は降ろせないないですよ。」


「えっ、そんなにも大きな物を積んで要るのか。」


 物資を降ろしている兵士が余りにも大きな物で、更に重く人間の力では降ろすのは無理だと言う。


「其れはもう物凄い大きさで三台の馬車に積んでますので。」


「中隊長殿、其れは陸蒸気の巨釜ですよ。」


「陸蒸気の巨釜って。」


「目録には数台分って書いて有りましたが、部長は五台分を届けろって、其れで今回は三台分を揃

えて持って来たんです。」


「お~い大工さん、櫓が要るんだが。」


「櫓ですか、でも直ぐには無理ですよ。」


「まぁ~其れは仕方無いけど出来るだけ早く頼みますよ。」


 櫓を組み立てるとはどんなにも重い物が積んで有るのだ。


「中隊長殿、これだけの物資を全部降ろすのは今日一日ではとても無理ですよ。」


「そんなにも有るのか、だが怪我には十分注意して降ろして下さいよ。」


「中隊長殿、先程の巨釜ですが降ろすのはとても無理ですので倉庫の横に馬鹿ごと置いて頂いても

宜しいので。」


「ですが馬車には印が有るのでは。」


「まぁ~其れがこの三台だけは付けてはおりませんので、でも検問所では何も言われず全部素通り出来ましたのか。」


 まぁ~何と言う奇抜な、いや大胆不敵な事を考えるんだ、若しも検問所で発見でもされたならば、

其れこそ大変な事態になる、其れよりも全ての馬車が無事に着いた方が不思議でならないと思うの

は中隊長だけなのだろうか。


「まぁ~其れにしてもこの地に来るまで何事も無く、無事に着いたのが不思議ですよ。」


「兵庫、いや大坂までは他の馬車部隊と一緒でしたが大坂から都を抜け琵琶湖の西側からあの高い

山を目指し、最後は山の麓に沿って来ましたので。」


「えっ、高い山の麓をですか、あの山には狼の大群が。」


「勿論、其れも聞いておりましたので、山を右手に見て川の左側の道を進んだのです。」


「余り驚かさないで下さいよ、あの山の麓には二千、いや三千以上の幕府軍や官軍、其れに野盗の

遺骨が散乱して要るんですからね。」


「え~、そんなにも狼がいるんですか、自分達は狼など見た事も無いんですよ。」


「あの山で狼の姿を見た者は殆どおりませんよ、其れはねぇ~、狼を見たと言う事は狼に襲われ餌

食になると言う事なんですよ。」


 彼の顔からす~っと血の気が引いて行くのは当然で、中隊長は何も作り話をしているのでは無い。


「あ~良かった、次からは別の道を探しますので。」


 いや~全く現実を知らないと言うのはこれ程にも恐ろしいものは無い、この付近、いやこの地に

住む者は絶対にと言ってもよい程に高い山の麓には近付かないし、勿論、駐屯地の全員もで有る。


 駐屯地に着いた馬車部隊の荷物はその後、三日、いや四日を掛け巨釜以外を降ろした。


 その頃、野洲でも駐屯地に向かう準備が終わり。


「総司令、全ての準備が終わりました。」


「左様ですか、大変ご苦労様でした、其れで技師長と飯田様達には知らせて頂けたでしょうか。」


「先程、浜へ知らせに参りましたので、間もなく来られると思いますが、飯田様達にはこれからで

して。」


「では鈴木様に行って頂きましょうか。」


 もうその時には鈴木は部屋を飛び出し城内に有る倉庫へと向かって要る。


「では出発は何時でも出来るのですか。」


「其れならば勿論でして、護衛の中隊も志願してくれました。」


「やはり志願ですか。」


「皆は往復の危険よりも敵軍の様子を。」


「敵軍と申されましたが、今は。」


「私も十分承知しておりますが、部下と申しますか、彼らの中には官軍とは今は連合国の敵軍だと

其れならば敵軍の様子を知る絶好の機会だと、其れで皆が行くと申しまして混乱するのを避ける為

に中隊長だけでくじを引き、前回同行しました中隊を決まったのです。」


 吉田はげんた達を護衛する中隊の選考に困り、中隊長だけのくじで決めたので有る。


「実は総司令にお願いが有るのですが、向こう側で頑張っておられる後藤さんや吉三組さんに連合国で作られたお漬物と梅干しを届けたいのですが宜しいでしょうか。」


 兵士達の中にはいまだに官軍は敵軍だと考えて要る兵士もおり、だが後藤や吉三組には連合国で日常的に食べて要る漬け物や梅干しを届けたいと兵士から懇願されたので有る。


「勿論賛成でしてね、実は私も考えていたのですが、今回は大変良い機会だと思いますので、其れよりも後藤さんや吉三組の皆が喜ばれる顔が目に浮かびますよ、やはり連合国の兵隊さん達は優しいのですねぇ~。」


「私も同じ様に感じておりますが、其れと申しますのは城下の人達が日頃から兵士達には優しく接

して頂き、ですが今回は大変でしての兵士達からはで若しかすると吉三組さん達は苦労して要るのでは考えて要る兵士も居りまして、其れで持って行きたいと。」


 だが現実は大変な違いで後藤には専用の執務室が建てられ、吉三組には特別に専用の宿舎が建てられ最も優遇されて要る。

 ただその様子は連合国には全く伝えられておらず、其れが同じ行くのではあれば漬け物を届けたいと兵士達が嘆願したので有る。


「あんちゃん、あっ吉田さんも。」


 げんたは大喜びで飛び込んで来た。


「技師長、全ての準備が終わりましたの何時でも出立出来ますよ。」


「オレも其れを聞いたんで何時でも行ける様に用意して来たんだ。」


「ですが上野さんにお願いしました全てが届いて要るとは限りませんよ。」


「オレだって其れくらいはわかってるんだ、でもオレはその他に届いてる物も見たいんだ。」


「他に届いて要る資材ですか。」


「そうなんだ、あんちゃんが頼んでくれた物の他に後藤さんや上野さんが頼んでる物も有ると思う

んだ、其れでオレはその中にも使える物が無いかって思ったんだ。」


 げんたは上野や後藤がどの様な資材を頼んで要るのか知らない、だが今回届けられた資材の中で、

潜水船、いや潜水艦を建造する為の基地造りに利用出来る物だ有れば今回頼むつもりで有る。


「オレは別に潜水船を造る為の材料だけが来るとは思って無いんだ、オレは上野さんの事だから若

しかしたら軍港を造る為に必要な機械を頼んでるかも知れないと思ってるんだ。」 


 確かに源三郎やげんたが依頼した資材は直接的な物ばかりで、だが軍港と潜水艦基地を建設する為には機械や道具は殆ど同じで、其れならば同じ機械を頼みたいと、その為に行くので有る。


「では機械を中心に見るのですか、でも問題は資材を発送する側ですよ、私もお願いした全ての物

が届けられるとは思っておりませんよ、其れよりも若しもですよ、私やげんたがお願いした資材を

使用する内容を問われたらと考えて要るのです。」


 あの時、上野はどんな方法を取ってでも資材は届けさせると、だが司令本部はそれ程甘い所では

無く、軍港建設に直接必要なのか、其れとも今では無く後程でも良いと判断、いや其れよりも何故この資材が必要なのかと問われる上野が窮地に陥る事が最も懸念している。


「若しもですよ、資材を届ける部隊とは別に官軍の司令部から上野さんを問い詰める為の専門官が

来て要る可能性も有るのですよ。」


「そうか、オレはそんな事まで考えて無かったんだ、じゃ~あんちゃんはどうするんだ。」


「源三郎様。」


 と、飯田達が入って来たが、何やら執務室は重苦しい風が漂って要ると飯田は思った。


「まぁ~皆さんもお座り下さい。」


 飯田達と吾助達十数人が座ると。


「今丁度吉田さんと技師長を交えて駐屯地に向かう話をしておりましてね、ですが新たに問題が発生しまして、その問題が解決せねば行く事が出来ない状況なのです。」


「その問題とは一体どの様な。」


 飯田は悪い予感を考えて要る。


「ではお話しをしますので。」


 と、源三郎はその後飯田達にも詳しく話した。


「確かに総司令の申されます通りで御座いまして、若しもですが輸送部隊とは別に司令本部から大勢の兵隊が来るやも知れませんねぇ~。」


 やはり飯田の予想が当たった、だが中止する訳には行かないと飯田は思って要る。


「正しくその通りでしてね、げんたもですが一緒に参られる中隊の兵隊さんも前回と同じでして、今飯田様が申されました大隊規模で来て要ると考えれば駐屯地の兵隊さんも職人さん達も覚えておられるのですから、下手をすれば我が連合国が官軍の司令本部に知られる事にもなるのです。」


 源三郎は最悪の場合を考えて要る。


「じゃ~あんちゃんはオレに行くなって言うのか。」


 げんたには余りにも危険が大きすぎると源三郎は言いたいので有る。


「私は官軍の司令本部は全く知りませんよ、ですがねぇ~、げんたは誰が見ても兵隊では無く町民

ですよ、若しも全員が捕らわれ一人一人の兵隊さんに尋問せずげんたに尋問が集中し、其れよりも

げんたは軍隊の拷問に耐えるのは絶対に不可能でしてね、全て話す事になるのですよ。」


「吉田さんが若しも官軍の司令部から来たらオレに尋問するんですか。」


「其れは当然でしてね、其れは私で無くてもまず町民を尋問し、いや拷問に掛けると脅かせば、

まぁ~普通の者ならば直ぐ全てを話すでしょうが、其れでも白状しなければ本当に拷問に掛け全て

を白状させますねぇ~。」


「じゃ~オレは殺されるんですか。」


「いいえ、軍隊が拷問に掛けると言うのは殺す事が目的では無く、知って要る事を全て白状させる

為でしてね、まぁ~簡単に言えば生かさず、殺さずでして、本人にすれば拷問に掛け続けられるな

らば早く殺してくれと思うくらいで、ですが人間と言うのは簡単には死ねないんですよ。」


「軍隊って、そんなに惨い事をするのか、じゃ~オレもやられるのか。」


 げんたは軍隊の本当の恐ろしさをまだ知らないが、吉田の話で身体が身震いするのを感じた。


「確かに技師長は惨いと思われるでしょうが、立場が反対で有れば同じでしてね、特に密偵には徹

底的に拷問を加え、私の知る限り今まで耐え抜いた密偵は居りませんよ、それ程までに厳しく問い

質すのですよ、軍隊と言うのは。」


 吉田は何も作り話をして要るのでは無く、其れよりも他の対策を考えなければならないと考えて

要る。


「なぁ~あんちゃん、何か方法は無いのか、オレもだけど兵隊さんも行けないんだぜ。」


 源三郎も策を考えるが、直ぐには思い付かない。


「う~ん、何か策が有ると思うのですが、今の私は何も思い浮かばないのですよ。」


 執務室にも重い空気に包まれ、源三郎もげんたも、いや誰もが必死に考えるが、急な問題に直ぐ

対策が浮かぶものでは無く、四半時、いや半時が過ぎ、やがて一時近くまで経つと言うのに何も浮

かばず、だが一時半少し前になって突然飯田が立ち上がった。


「源三郎様、私が良い手を思い付きました。」


「え~。」


 と、一斉に全員が飯田の方を見た。


「飯田様、突然にどうされたのですか、何か策でも浮かばれたのですか。」


「源三郎様、其れが有るのです、上田殿、森田殿、あれですよ、あれを使えば。」


「飯田様、あれですよと申されましても全くわからないのですが、一体何ですか、あれとは。」


「上田殿、森田殿、あれですよ、約定書ですよ。」


「そうか約定書が有りましたねぇ~。」


 と、上田はぽんと膝を叩き、森田も頷いた。


「飯田様が申されます約定書とはどの様な書状なので御座いますか。」


「実は私達が東京で商いを起こした当時ですが、全く売れずに商いにはならなかったので御座いま

すが。」


 飯田はこの後、東京での商いの様子から、何故東京を脱出する事になったのかを話、時の陸軍省

と海軍省との関係までの話し、その時、上州の地で官営の製糸工場が製造開始したと情報を得、更に上田と森田もだが店の人達には命の危険が迫っており、ではこの際だと言う事で両者に作り話をした結果、陸軍省と海軍省から約定書と言う書状を受け取り、其れで上州に官営工場と当時の駐屯地の師団長を騙したとでも言うのか、検問を受ける事も無かったと言うので有る。


「では飯田様は今回も約定書を利用されるおつもりなのですか。」


「はい、私は十分に利用出来るものと考えております。」


「ですが、其れは上州の官営工場だけの通行手形と申しましょうか、巻き糸の仕入に有効では無

かったのですか。」


「確かに陸軍省の約定書には巻き糸と記入されておりますが、海軍省から受け取った約定書には資

機材とだけが記入されており、陸軍省の様に品名は記入されておりません。」


「では鉄板や鉄管などは資材なのですか。」


「左様でして、資材と機械類や道具類を含めた全ての物を資機材と申しております。」


「ではお願いした品物以外も含まれて要るのですか。」


「その通りでして、上州の工場でも巻き糸以外に各種の道具類に工具、更に修理に必要な品物まで

受け取る事が出来たのです。」


 上野がどの様な品を、其れはげんたや源三郎が頼んだ以外の資機材を手配したのかはわからない

が、若しも約定書が利用出来るので有れば、依頼した品以外も受け取れるのでは無いのか、だが此

処で問題が起きた。


「飯田様は約定書を利用されるとなれば明示政府の役人だと名乗られるのですか。」


「私達は上州の工場でも駐屯地でも一切明示政府の者だとも申しておりません。

 まずはどちらでも最初に約定書を見せましたところ、私達三名を政府の役人だと勘違いされたの

です。」


 確かに飯田ら三名は明示政府の役人では無く、だが陸軍省と海軍省から受け取った約定書を持つ

事で東京から上州までの検問所でも決して疑われる事も無く、検問されず全て突破と言うのか通行

出来たので有る。


 だが其れではげんたもだが最初に行った中隊の兵士は行く事は出来ない。


「其れではげんたや私達と最初に参りました中隊は行けないのでは御座いませんか。」


「私達が何故に吾助さん達を信頼出来るかと申しますと。」


 飯田も上田も森田も吾助達店の人達を信頼して要ると言う訳を説明した。


「左様でしたか、まぁ~確かにげんたの頭は我々では考えられない物を考えますが、吾助さん達は

機械に関連した資材や道具類や工具類などで何が必要なのかを考えて頂けるのですね。」


「左様でして、私達も何故この様な道具類や工具が必要なのかも知らなかったのですが、結果的に

は後々、その道具や工具が役立つのでして、今回もと言うよりも今直ぐでなくても後々役立つの有

れば関連した資機材を持ち帰りたいと考えております。


 更に若しも司令本部から来た武官ですが、私達が持っております約定書を見せれば下手に手出し

はしないと思っております。」


 正しくその通りで、飯田達は菊池から出立した頃は通行手形も無く、其れが陽立の国に入り、其

処で幕府の天領地より江戸に入る時には、時の将軍家より特別な通行手形、いや通行証が授けられ、

通行証が有れば何れの関所でも検閲される事も無く往復出来た、今回も其れと同じ効果を約定書は

持って要ると飯田達は確信して要る。


「げんた、いや技師長、その様な訳ですから向こう側に行くのは中止して下さい。

 其れと中隊ですが別の中隊にお願いして頂けますか。」


 げんたは物凄く不満だと言う顔をしているが、若しもと言う事を考えれば絶対に行かせる訳には

行かない。


「中隊長と小隊長を含めて飯田様達を打ち合わせが必要になりますねぇ~。」


「其れに関しては吉田さんと飯田様に上田様、森田様と相談して頂きたいのです。


 飯田様もですが先程も申されておられました様に司令本部より監査官も同行して要る事も有り得ると考えて頂き、資材もですが私は其れよりも皆様方全員のご無事を願っております。」


 源三郎の最終決断でげんたも諦めたのだろう、其れ以後は何も言わず、其れからは飯田達も真剣

に討議し、更に吉田が選考した中隊の中隊長、小隊長を含め、数日間の打ち合わせに入り、数日後

には出発すると決定した。


「飯田様、何卒宜しくお願い致します。」


「源三郎様、技師長、私達にお任せ下さい。

 私達は皆様方のご期待の添える様に致しますので。」


「吾助さん、オレは何も出来ないんで頼みます。」


「技師長さん、私達に任せて下さい。」


「中隊長、では宜しくお願い致します。」


「総司令、何としても成功させ全員が無事に戻って参りますので、では出発致します。」


 中隊長の合図で巨大な五台の馬車と飯田ら三名、更に吾助と十数人の人達は源三郎にげんた、更

に雪乃らの見送りを受け野洲を出発した。



        


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ