第 35 話。其の話しは真実か。
「松川の若殿様が来られました。」
「義兄上、大変で御座います。」
「如何されたのですか。」
「総司令、大変で御座います。」
「吉田さんまでも一体何が有ったでのすか、えっ、若しや元太さんが。」
源三郎が思うのも無理は無く、与太郎の時は官軍の隊長は何の疑問も持たず帰してくれ、だが数日の内に同じ所から漁師が来たと成れば、例え源三郎でも疑う。
「いいえ、元太参謀の事では御座いません。
大きな入り江の中には三本の半島が有り、其処には巨大な軍艦が隠されております。」
「何ですと、巨大な軍艦だと、だが何故隠して要るんだろうか。」
やはり幕府軍の反攻が有るのか。
「軍艦ですが、鉄で造られて要ると考えられます。
自分達は出来る限り詳しく書きましたので一度御覧頂きたいのです。」
分隊長達は三隻の軍艦を描いた絵を見せた。
「分隊長、此処に書かれて要るのは。」
「これが全長でして、これが。」
「えっ、全長が一町半も有るのですか。」
「正確には測ってはおりませんが、甲板におります兵士の姿から大体のところを予想し数字を書き込みましたので。」
「そうですか、其れとこの絵ですが。」
「これは軍艦の大砲で、大よそ二十尺は有ろうかと思います。」
「工藤さんはご存知だったのですか。」
「私の知る限りこの軍艦は外国で建造されたものと思われます。」
「其れにしても三隻とは多く有りませんか。」
「これは私の勘ですが、一隻は外国で造られ、後の二隻は長崎の造船所で建造されたものと思われます。」
「其れならば長崎の造船所と言うのは外国の軍艦も造る事が出来るのでしょうか。」
「私の知るところでは九州に大きな製鉄所が造られ、製鉄所で造られた鉄板で建造されたと思います。」
「大砲ですが今までの大砲と違う様に見えるのですが。」
「確かに総司令の申されます通りで、この部分ですが。」
分隊長は絵の部分を指で示すと。
「何ですか、私は鉄の箱の様にも見えるのですが。」
「自分も初めて見ますのでよく分からないのですが、今までの大砲とは大きく違う部分なので重要な部分では無いかと考えます。」
「う~ん、其れにしても何かが有るはずだ。」
工藤も何かを思い出そうとしている。
「そうだ、確か与太郎さんは鹿賀の国って言われた様な気がするんですが。」
「そうでしたねぇ~、私も正かとは思ったんですが、確かにその様に言われたと思いますよ。」
「総司令は鹿賀の国を知っておられるのですか。」
「飛んでも有りませんよ、私は連合国の、いや其の前に高橋道場におりましたので、江戸は知っておりますが野洲に帰ってからは一歩も外に出ておりませんのでねぇ~。」
「私も少しは思い出しましたが、鹿賀の国と言うのは時の幕府でも手が出せない程に強大な国だと聞いておりました。」
「ですが我々は鹿賀の国は全く知らないのですよ。」
「其れにしても何故与太郎さんは鹿賀の国だと言われたのでしょうか。」
「其れは私も分かりませんが、今申された鹿賀の国が何故幕府でも手出しが出来なかったのですか。」
「其れは今の連合国と同じでして、前は海、後ろはと申しますと連合国に有る山よりもまだ高く、只峠道で行く本道も有り、商人や旅人が往来するには何の障害も有りませんが、大勢の武士、其れが幕府軍と申しましょうか、其れに今の官軍も同じでして簡単に峠を越える事が出来ないと言う訳で御座います。」
連合国に有る山よりも高いとは、だが旅人が往来するには何の障害も無いが、軍隊の様に大勢が一度に登れないとは何か有るのでは無いのか。
「旅人は往来出来るが、では何故大勢が一度に登れないのですか。」
「私の聞いたところでは途中至る所に巧妙に作られた仕掛けが有ると。」
「巧妙な仕掛けが作られて要るのですか。」
「私も実物を見た訳では有りませんので何とも申せ無いのです。」
「その仕掛けが有る為にですか、では官軍も知って要るのでしょうか。」
「先程も申しましたが官軍も情報は得て要ると思います。」
「軍艦ですが三隻とも同じ大きさなのでしょうか。」
「私が直接見たのでは有りませんが、分隊長の話では三隻とも同じだと。」
「源三郎様、自分は二隻目と三隻目を見ましたが、二隻とも同じ造りだと思います。」
「そうですか、以前長崎には多くの異国人がおられると聞きましたが、官軍、いや新政府は長崎に異国人を招き、軍艦の建造を、いや其れよりも製鉄所なるものを造ったと言う事はですよ多分異国の新しい技術を取り入れたものと思われますねぇ~。」
「長崎では幕府の時代でも多くの外国の人達が来られ、幕府でも全く知らない技術が入っております。」
「我々は何をどの様にすれば良いのでしょうか、今の私は全く見当が付かないのです。」
源三郎は初めてと思える弱気な言動、だが其れも仕方が無いのか、連合国、いや其の前の野洲を含めて数百年間と言うもの同じ国家で有りながら、高い山のお陰でとでも言うのか全く外の世界を知らずに、其れが幕府が崩壊し、幕府軍では無く官軍と言う軍隊の存在を知り、使用する武器が幕府軍でも知らなかった連発銃、其れだけでも大変な脅威なのに、今新たに鉄で造られた強力な軍艦が連合国の真近くで発見され源三郎は混乱して要る。
確かにげんたが考案した潜水船は工藤の言う様に官軍でも想像しておらず、今の連合国はげんたの頭脳が頼りで、幕府が相手ならばげんたの頭脳で十分だが今は鉄で造られた巨大な軍艦、其れが今連合国に取っては最大の脅威となって要る。
「新政府は我々の存在を知らない、だとすれば幕府でも無い新たな脅威が迫って要るのでしょうか。」
「確かに我々の存在は知らないと思いますが、其れならば新たな脅威は外国では無いでしょうか。」
「外国と申されますと。」
「私が長崎におりました時でも幕府もですが、今の政府と申しましょうか、長崎から多くの人達が外国に渡り、色々な物を見、更に学んで来ております。」
「では其の中には幕府からも参ったのでしょうか。」
「其れは有り得ると思います。
先程の軍艦も幕府、いや今の政府では全く考えられ無い技術で造られたので有れば新政府は何としても外国の技術を取り入れ新しい機械を作り、国を強固にしなければなりません。」
工藤も長崎で学び、新型の軍艦を考えた、だがやはり外国で造られた軍艦を購入し、其れと同じ軍艦を長崎で建造し、今確認された三隻で今も新しい軍艦が建造されて要る。
旧幕府が相手ならば三隻の、いや後数隻も有れば十分だ、工藤は旧幕府では無く長崎で知り得た外国は遥かに強国で、その強国が相手だとすれば三隻、いや五隻や十隻の軍艦で対抗出来るのだろうか。
「工藤さんは外国の強国が我が国を支配しようと画策して要ると考えておられるのですか。」
「全てを理解して要るのでは有りませんが、仮に鹿賀の国の攻めるならば三隻の軍艦でも足りると思います。
其れに官軍は我々の存在を知らないので有ればやはり外国の、其れも強大な国家が攻めて来ると言う考えになります。」
工藤の言う外国とは一体どの様な国なのか、其れすらも分からない。
「工藤さんが申されます強大な国とは一体どの様な国なのでしょうか。」
源三郎は改めて外国の事情も知らなければならないと考えた。
「私も其処までは分からないのです。」
工藤も官軍の上層部に反抗し今は戦死扱いとなり、官軍の司令部を離れて数年が経ち、官軍の、いや外国の情報も入って来ない。
「私の知り得る事は田中様が集めて来られた事だけでして、其れも多くは官軍の事だけでして其れ以外の内容に付いては全く入って来ないと言うのが現状なのです。
工藤さんの申されます事が事実ならば連合国から数人を選び、江戸と官軍の、そして、長崎や長州の情報を得なければなりませんねぇ~。」
源三郎は数人を選びその者達に江戸や長崎、長州に向かわせ最新の情報を得たいと言うが、現実はそれ程にも簡単なのだろうか。
「私は其の前に先程の軍艦を今一度調べたいと考えて要るのですが。」
吉田は再度調査する必要が有ると言うが。
「ですがねぇ~今は余りにも危険では有りませんか。」
「私も総司令の申されます事は十分承知致しております。
ですが、元太参謀が無事に戻られ、官軍の情報を得てから今度はじっくりと作戦を練り、決行するので有れば問題は無いと考えます。」
吉田達が松川に帰って来た頃、元太はまだ官軍の隊長や小隊長と話しを続けており、更に軍医からは手の傷が治るまでは帰国の許可は出ないと言われており、元太はその後数日間は官軍の施設で休養する事に。
「確かに吉田さんの申される通りかも知れませんねぇ~、元太さんがどの様な情報を得て戻られるのか其れを見極めてからでも遅くは無いと思いますよ。」
「隊長様にお聞きしたいんですが。」
「元太さんは何を知りたいんですか。」
元太は何故に知りたいと言うのだ、漁師ならば早く国へ戻りたいと言うので有れば話は簡単で有る。
だが漁師で有りながらこの地に住む漁師とは何かが違う、と、隊長は次第に元太に疑いの目を向けて要る。
「隊長様、オラは何時此処から出られると言ったら怒られるかも知れませんが、オラは早く母ちゃんや子供の顔を見たいんです。」
「私は軍医の許可が有れば今直ぐにでも帰る事は出来ると思いますよ、でも今の状態で有ればまだ数日間は許可されないと思いますよ。」
「そうですか、やっぱり駄目か。」
元太は本当に落ち込んで要るのか、其れとも芝居なのか肩をガクッと落とした。
「元太さんも毎日、中で要るのが辛いと思いますよ。」
元太は後もう少しだと心の中で早く外出許可を出してくれと叫んだ。
「隊長様、オラは。」
「元太さんは外に出たいのですか。」
「はい、オラは外に出て思い切り叫びたいんです。
オラは生きてるぞって、其れと母ちゃんと子供にも父ちゃんは絶対に帰るからなって、でもなぁ~。」
やはり、元太の大芝居なのか、隊長は暫く考え。
「軍医の許可はまだ先でしょうから、其れまでの間浜に行かれても宜しいですよ。」
「隊長様、本当なんですか。」
「元太さんも漁師なので海を見れば少しでも気分転換になると思いますよ。」
「隊長様、本当に有難う御座います。
オラは漁師なんで海を見てるだけでもいいんです。」
「当番兵。」
「はい。」
と、当番兵が入って来た。
「君には悪いが、元太さんと一緒に浜に行ってくれ。」
「はい、承知しました。」
「彼と一緒に散歩に行っても宜しいですよ。」
「隊長様、本当にいいんですか、オラは何て言ったらいいか分かりません、オラは。」
「いいんですよ、ほら早く行った、行った。」
隊長は元太をせかせる様に部屋を追い出した。
「兵隊さん、オラは嬉しいんです。」
「漁師さんも大変だったと思いますよ、自分ならば直ぐ海に落ちて死んだと思いますから。」
「あの隊長様はお優しいんですねぇ~。」
「ええ、其れだけは間違いは有りませんよ。」
兵士も隊長は優しいと言う。
「漁師さんに聴きたいんですが、外海は何時も静かなんですか。」
「う~ん、オラもはっきりとは知らないんです。」
「えっ、でも漁師さんだったら海には詳しいと思うんですが。」
「其れは詳しいですが、オラの村には大昔から言い伝えが有るんですよ、外海には行くな絶対に行くなって、外海には世にも恐ろしい魔物が住んでて外海に出た漁師の小舟を海の中に引きずり込むって、あっ。」
元太は一瞬口を塞いだが既に遅く、元太は心の中でしまった余計な言ってしまったと、だが兵士は全く気付いていない。
「自分は山の育ちでして海の事は全然知らないんですが、漁師さんは海に魔物が。」
「海が、外海が魔物なんですよ。」
と、元太は上手く誤魔化し。
「やっぱりですか、実は自分の住んでいた故郷にも伝説が有りましてね、余り大きくはないんですが沼が有り、其の沼は大昔から底なし沼だから絶対に近付くなって。」
元太も少し安心した。
兵士は元太の話しに対し、それ以上詳しくは聞く事は無かった。
「今の話は内緒ですよ。」
「えっ、何で内緒なんですか、オラは言い伝えを忘れて、でも今は生きてるんで。」
「自分も以前底なし沼の話しをして誰にも信じてくれず、其れからは誰にも言って無いんですよ。」
「だったらオラの話しもですねぇ~。」
「勿論ですよ、でも自分は漁師さんの話は信用しますよ、でももうこの話は止めましょうか。」
兵士はその後、元太に聞く事も無く、散歩は四半時程で終わり宿舎に戻った。
「兵隊さん、有難う御座いました。」
元太は兵士に頭を下げると。
「元太さんと何か話しでもしたのか。」
「隊長様、兵隊さんはオラの傷を心配して下さって、早く治るといいですねぇ~って。」
「そうでしたか、元太さんも退屈だったら明日も彼と散歩に行かれてもいいですよ。」
「隊長様、本当にいいんですか、でも兵隊さんが。」
「君も其の方がいいだろう、元太さん、彼ならば大丈夫ですよ、普段から口数の少ない方ですからまぁ~彼には何でも聞いて下さい。」
隊長は兵士に何でも聞けと、やはり少しは疑いの目で見られて要ると元太は感じた。
「隊長様、オラは何にも聞く事は無いんですよ、オラは其れよりも早く治して村に帰りたいだけなんdす。」
「其の気持ちは私も理解出来ますが、やはり軍医の許しが無ければ出来ない話ですから。」
「オラも分かってるんで。」
「そうだ、元太さん、明日は少し遠出をされては如何ですか。」
「えっ、遠出って一体何処に行くんですか。」
「元太さんは早く村に帰りたいと、其れならば一度あの山の麓まで行かれ兵士に道を教えて貰えば帰る時にも役立つでしょうから。」
隊長は何の為に元太に帰り道を教える必要が有る、元太は海からは帰らず、山の麓を歩いて帰ると言ったはずだ、やはり元太は何かを試されて要るのか、其れとも単に隊長が言う様に帰り道を知る為なのか、何れにしても元太は兵士から何かを聴き出させるかも知れないと思った。
「隊長様、でも兵隊さんにもお仕事が。」
「其れならば何も心配する事は有りませんよ、まぁ~後数日くらいだと思いますのでね。」
「隊長様、後数日って、オラは。」
「ええ、多分大丈夫だと思いますよ。」
「本当なんですか、オラは何て言ったらいいのかわからないですよ、隊長様、本当に有難う御座います。」
元太は思い切り喜びを現した。
「兵隊さんのお陰ですよ、兵隊さんが天の神様にお願いして下さったんですよね。」
「ほ~君がか、まぁ~君の事だ元太さんが無事に帰る様にと願ったと思うんだ。」
元太は咄嗟的に嘘を言ったが、当番兵は何も言わない。
そして、明くる日の午後も同じ兵士と散歩に出掛けた。
「昨日参謀長殿が言われたと思いますが、帰る時の為に行って見ましょうか。」
「はい、お願いします。」
元太と兵士は宿舎を出て、高い山の方へと向かって行くが、二人が駐屯地の中を行くと。
「ねぇ~兵隊さん、何でこんな大勢の兵隊さんが居るんですか、やっぱり何処かで戦でも始まるんですか。」
いや其れは誰でもが疑問に思う事で有り、元太が知りたいと思うのも当然で、だが兵士は直ぐに話す事が出来ず、暫く沈黙が続いた。
やはり何かが有ると、其れでも元太は其れ以上聞く事を止め、駐屯地を抜け、暫く行くと前方から数十台もの荷車に原木が積まれ駐屯地へと運んで行く。
駐屯地を抜け一里程行くと湾に突き出た様な半島が見え、どうやら原木は其の半島から切り出されて要ると思われる。
「一体何に使うのかなぁ~、あれだけの原木を。」
と、元太は兵士には聞かず、いや聞こえる様に独り言を言うと。
「あれですか、あの原木でこの場所に宿舎を建てるんですよ。」
「えっ、宿舎って、でも何で宿舎を建てるんですか、オラは。」
「実はねぇ~、この湾に軍港を造る事になってるんですが、その前に職人さん達の宿舎を建てるんですよ。」
「えっ、だったらあの兵隊さん達は。」
「殆どが職人さんでしてね、本物の兵士は五百人程なんですよ。」
「でも兵隊さんの着物を着てますけど。」
元太も連合国軍を知っており、兵士の殆どが農民や町民達で日頃は軍服姿で誰が見ても兵士に見える。
「あれはねぇ~幕府軍を欺くために参謀長殿が考えられたんですよ。」
「だったらまだ幕府軍と戦は続いてるんですか。」
「其れは無いですよ、幕府は壊滅しましたが、まだまだ多くの残党がおりましてね、何時襲って来るかも分からないので全員に軍服を着て仕事に就いて貰ってるんですよ。」
「じゃ~殆どが職人さんで鉄砲を持ってる人が本物の兵隊さんですか、でもオラは。」
元太は話すのを辞めた、余り話しの夢中になると何れかの拍子に野洲の、いや連合国の事を話し、下手とすれば捕らえられ拷問に掛けられるかも知れないと。
そして、暫く進むと先程と同じ様に大量の原木が運び出されて行く。
「だけど、参謀長殿も辛いだろうなぁ~。」
と、今度は兵士が呟いた。
「何で参謀長様が辛いんですか、戦も終わったんでしょう。」
「確かに幕府との大きな戦は終わったんですがね、其れよりももっと恐ろしい事が進んでるんですよ。」
兵士が幕府との戦よりも遥かに大きな戦が有るとでも言いたいのだろうか、だが今の連合国で外国の動きを知る者は一人もいない。
兵士は隊長付きの当番兵かも知れず、隊長と呼ばれる参謀長は官軍の中でも最も上層部の人物で司令本部から密命を受けこの地にやって来た。
元太も日頃は源三郎から色々な話しを聞いており少しは理解で来る、だが官軍の上層部が何の目的で司令本部より遠く離れたこの地で軍港を造らなければならないのか、今の元太が説明されても理解する事は不可能で有る。
「オラは漁師なんで難しい事は分かりませんが、でも幕府が壊れたんだったら何も考える事は無いと思うんですけどねぇ~。」
「まぁ~確かに漁師さんの言われる通りなんですが、参謀長殿は官軍の中でも一番上層部のお方でしてね日本の、いや外国の事までもご存知なんですよ。」
「外国のって何ですか、オラの知ってる外国ってオラ達の住んでる国の他は知らないんですよ。」
「我々の住んでる日本と言う国は周囲を海に囲まれてるんですよ。」
「えっ、其れって本当なんですか、オラの村の前が海なんですよ、じゃ~その海の向こう側って一体何が有るんですか、オラが乗ってる舟でも行けるんですか。」
「其れは先ず無理だと思いますよ、幾ら漁師さんの腕が良いと分かっても小舟で外国に行くのはまぁ~絶対に出来ないですから。」
元太も初めて知った、連合国の前には海が有り、その向こう側に行く為には漁師の小舟では行く事は出来ないと、いや其れよりも海の向こう側にも国が有る事も初めて知った。
「其れって他の兵隊さんも知ってられるんですか。」
「其れは無いですよ、自分は当番兵として何時も参謀長殿の傍に居りますから、時々ですが司令本部から書状が届き、参謀長殿と中隊長殿が話しておられるので分かるんですよ、其れに他の兵士には伝わっていないんですよ。」
司令本部から参謀長宛ての書状が届き、参謀長は中隊長と協議して要ると、だが余りにも問題が大きく兵士達には理解不能だと言う事で何も伝わっていない。
「オラは漁師で良かったですよ、でも参謀長様も大変なんですねぇ~。」
「まぁ~そう言う事ですねぇ~、今の話は他の兵士にしてもまず理解するのは無理なので話されていないんですよ、もうこんな時間ですか、漁師さん、そろそろ戻りましょうか。」
「はい、オラは誰にも言わないですから。」
「お願いしますね。」
元太と兵士は宿舎へと帰った。
「其れにしても余りにも遅すぎますねぇ~。」
「ですが、今の我々には何も出来ないのが残念です。」
「総司令、もう一度行きたいのですが。」
「其れはだけは止めて欲しいんですよ、あの時は確かに成功したと思いますが今度は別の問題ですからもう少し待って見ましょう。」
元太の帰りが余りにも遅い、だが今から湾に入り様子を探るのは余りにも危険だと、若しも其の時に発見でもされる様な事にでもなれば、軍艦の攻撃で潜水船は沈没させられ、官軍は軍艦を出撃させ連合国の入り江の浜に上陸するだろう、その様な事態にでもなれば連合国は滅亡させられる、其れだけは何としても阻止しなければならない。
「元太参謀は無事でしょうか。」
「私も早く知りたいんですが、こればっかりはなぁ~。」
「今夜でも行って探ってはどうでしょうか。」
山賀の北側を下った所には大岩が有り、其処では元太と潜水船が偵察に向かった翌日から日光隊と月光隊が交代で元太の来るのを待っており、其れが三日が経ち、四日が経っても元太の姿は見えず兵士達も焦り始めて要る。
「よ~し日中待っても帰って来なければ今夜行くぞ。」
「オレが行きますんで。」
「だが一体何処を探すんだ。」
「まぁ~何とかなりますよ。」
今は月光隊が監視の任務に就いており、兵士は今夜でも官軍の様子を見に行くと、だが元太は何処に居るのかさえも分からない。
「やはり今夜は中止だ、日光隊が明日交代で来る、其の時、日光隊の小隊長と相談して決める、其れからでも遅くはない。」
月光隊の小隊長も決断出来ずに要る。
「帰って来ましたか、さぁ~座って。」
「軍医様、オラはもう大丈夫だと思いますが。」
「まぁ~まぁ~其の前に手を見せてくれ、其れから判断する。」
「はい、お願いします。」
軍医は元太の手に巻かれて要る包帯を取り手の状態を診て要るが、元太は軍医の顔を見ており早く大丈夫だと言って欲しいと願って要る。
「よし、もう大丈夫だ、明日でも帰っていいぞ。」
「本当ですか、あ~良かった、隊長様。」
「軍医殿、如何ですか。」
「もう心配は要りませんよ、やはり漁師ですなぁ~、他の者ならばこれ程早く治らないのですが、まぁ~手の皮が厚いとでも言うのでしょうかねぇ~、長年小舟を操っており普通の者よりも早く治っております。」
「元太さん、良かったですねぇ~、軍医の許可が出ましたよ。」
「軍医様、隊長様、本当に有難う御座います。
オラはもう何てお礼を言っていいか分かりません。」
「どうですか、今日は泊まり、明日の朝食事を取ってから帰っては。」
「はい、オラはもう。」
元太の頬には一筋の涙が流れた。
「君は明日、元太さんを山の麓まで送ってやるんだな。」
「はい、承知致しました、本当に良かったですねぇ~漁師さん、明日は帰れますよ。」
「兵隊さんにも大変な迷惑を。」
「いいえ、自分は其れよりも。」
「元太さんもまぁ~これからは余り無理をしない事ですねぇ~。」
「はい、オラはもう絶対に外海には出ませんから。」
そして、明くる日の早朝、元太と兵士は朝食を済ませ、おむすびと水筒を腰に付け駐屯地を出発し、一時程で戻り橋に着いた。
「あれは若しや元太参謀では。」
「うん、間違いない。」
「よ~しあの兵隊と分かれたら声を掛けるぞ。」
月光隊の兵士が戻り橋近くの林の中から元太と兵士の姿を見つけ、二人が分かれるのを待って要る。
「もう此処で十分です、オラは此処で。」
「漁師さんは山の麓は行かず此方の土手を行って下さいね。」
「はい、本当に有難う御座いました、じゃ~。」
と、兵士は戻り橋で分かれ、元太は橋を渡らず、土手を行き何度も振り返り頭を下げ手を振り、兵士も其れに答え、やがて兵士の姿が見えなくなった。
「元太参謀では有りませんか。」
「えっ。」
と、元太が振り向くと、官軍兵と同じ軍服姿の兵士が近寄って来た。
「元太参謀でしょうか、自分は山賀の月光隊の兵士で参謀が来られるのをお待ちしておりました。」
「何でオラの事を。」
「はい、総司令から元太参謀は海からでは無く、山の麓を行かれると、其れで。」
「そうだったんですか、源三郎様が。」
「参謀、此方の道を行きますと危険ですので、我らと一緒に山を越えましょう。」
「山って、でも狼が。」
「大丈夫ですよ、我々が付いておりますので、じゃ~行きましょうか。」
兵士と元太は大岩へと向かい、半時程で大岩近くまで来ると。
「あれは元太参謀ですよ。」
「うん、間違いは無い。」
「オレが若様に知らせに行きます。」
「よし頼むぞ、もう直ぐ日光隊が到着する頃だ、我々も直ぐ向かう、其れと山賀から総司令に。」
「了解です、オレが行きますんで。」
兵士はその後、山賀のお城へと大急ぎで向かった。
「小隊長、元太参謀です。」
「元太参謀、ご無事で何よりです。」
「小隊長様はオラの為に。」
「自分達は総司令から元太参謀は小舟で戻らず、山の麓を行くので迎えに行くようにと。」
「源三郎様がですか。」
「でも自分達は指示が無くとも此処でお待ちするつもりでしたので、其れよりも少し休まれては。」
「小隊長様、オラは大丈夫ですから。」
「参謀、もう少ししますと日光隊が到着しますので、其れまでお待ち下さい。」
「えっ、そんなに大勢でオラを、小隊長様、本当に申し訳無いです。」
「まぁ~其れよりもお座り下さい、此処は我々だけが知っておりますので大丈夫ですから。」
「そうですか、じゃ~少しだけ座らせて貰いますんで。」
元太が座り、月光隊の兵士達も座った。
「ですが大変だったのでは有りませんか、若様も大変心配されておられますよ。」
「若様もですか、じゃ~オラはみんなに迷惑を掛けたんですねぇ~。」
「いいえ、其れよりも我々は参謀の度胸には驚かされてるんですよ。」
「オラは漁師ですから兵隊さんの様な度胸は無いですよ。」
「ですが、話しを聞きますとお一人で官軍の駐屯地に向かわれたと。」
「あ~あの事ですか、でもオラが思ったよりも簡単でしたよ。」
「ですが、相手は五千人近くの官軍ですよ。」
「小隊長様、本物の兵隊さんは五百人で、後は全部職人さんなんですよ。」
「やはりでしたか、実は我々が調べた時ですが、大工道具などの道具類が多く有りましたので若しかすればと思ったんですが、やはりでしたか。」
「オラが兵隊さんに聴いたんで間違いは無いですよ、其れにあそこで軍港を造るんだって言ってましたよ。」
「軍港ですか、ですが何故あの場所なんでしょうかねぇ~、あの場所は長崎からも遠くですから。」
「でも兵隊さんの話では幕府が相手じゃないって。」
「確かに幕府は壊滅しておりますから、では別の軍隊でしょうか。」
「兵隊さんの話では外国のって言ってましたが、其れ以上の事は聞けなかったんです。」
「いゃ~その様な事は有りませんよ、我々ならば何も聞けずただ武器の種類、其れと兵士の人数を調べるだけですから。」
「小隊長、日光隊が来られました。」
「そうですか、では。」
月光隊の兵士と元太が立った。
「小隊長、元太参謀がご無事でした。」
「其れは良かった、其れで若様には。」
「先程、知らせに行きましたので。」
「では我々も少し休んでから向かう事にしましょうか。」
「小隊長様、オラの為に皆さんに迷惑を掛けて申し訳有りません。」
「いいえ、ですが良くぞご無事で、自分達よりも若様が大変心配されご自分で行くと申されまして我々の任務ですからとお願いしたのです。」
月光隊と日光隊は半時程して山賀のお城へと向かった。
「若様、若様、元太参謀が無事大岩に到着されました。」
「そうですか、其れは何よりですねぇ~、誰か野洲の義兄上に。」
其の時、既に家臣は馬に飛び乗り野洲へと飛ばして行った。
「若、よう御座いましたなぁ~、拙者は賄いと湯殿の用意を。」
「ご家老様、もう向かっております。」
山賀の執務室に詰める家臣は月光隊の兵士の顔だけで判断し行動に移っていた。
「ご家老の楽しみでしたのねぇ~。」
「拙者も楽しみしておりましたが、まぁ~其れも仕方御座いませぬなぁ~。」
吉永は大笑いし、若様も腹を抱え大笑いしており、それ程までに元太の無事を待ち侘びていた。
「小隊長様、本当に狼は来ないんですか。」
「参謀殿、其れは私が保証しますので、ですが時々ですが大熊が現れますが。」
「えっ、大熊って、オラは熊って見た事が無いんですが、恐ろしいんですか。」
「はい、其れはもう、此処では熊の方が恐ろしいですよ、大熊が立ちますと八尺以上も有りましてね前足には長さ三寸以上の爪を隠し持っておりますので狼よりも恐ろしいですよ。」
「え~、八尺って、そんなに大きな熊が現れるんですか。」
元太は熊を見た事が無いと、だが北側の山では熊が主で有る。
「参謀殿、この道は誰にも知られておりませんので大丈夫ですから。」
正太と仲間が特別に切り開いた道で、あの中隊はこの道では無く熊笹の茂った坂道を登って行った。
「参謀殿、もう直ぐ休める所に出ますので、後少しですが辛抱して下さい。」
元太が歩く道は数段づつの階段で頂上までは数百も曲がり、途中には休む所も作られており、その道は日光隊と月光隊だけが知っており、頂上に着けば下りも特別な作りになって要る。
山賀を飛び出した数名の家臣は二時程で松川に着き。
「若殿様に山賀より伝令で御座います。」
「若殿、山賀より伝令です。」
「分かりました、直ぐ通して下さい。」
だが其の前に家臣が飛び込んで来た。
「若殿様、私はいや其れよりも元太参謀が無事に到着されました。」
「では元太さんが山賀に着かれたのですか。」
「いいえ、山の向こう側に有ります大岩に着かれたと、月光隊の兵士から報告が有りました。」
「そうですか、ではまだ城には着かれておられないのですね。」
「はい、私は月光隊の兵士の報告を受け、若様の命を受ける前に飛び出しましたので、その後の詳しい事は分からないのです。」
家臣は若様の命を受ける前に山賀の執務室を飛び出したと、やはり、山賀の家臣も元太の無事を願っていた。
「其れで、上田と、いや野洲の義兄上には。」
「はい、別の者が馬を代え向かっております。」
「そうですか、斉藤様、浜の潜水船基地の乗組員にも知らせて下さい。」
だが其の時には家臣が飛び出し浜へと向かっていた。
「若殿、もう家臣が飛び出しております。」
「そうですか、やはり此処でも家臣の動きは早いですねぇ~、私も嬉しいですよ。」
と、若殿は大笑いし、その四半時後。
「私は山賀の。」
「どうぞ其のままで宜しいですから。」
上田にも山賀の家臣が飛び込んで来た。
「阿波野様、元太参謀が無事、山の向こう側の大岩に到着されたと月光隊の兵士の報告が有りました。」
「左様ですか、其れは何よりです、其れで野洲には。」
「はい、馬を代え今頃は野洲近くかと存じます。」
その四半時後、野洲の大手門に。
「総司令に山賀より伝令で~す。」
と、馬上の家臣は其のまま執務室に。
「総司令、元太参謀が無事山の向こう側の大岩に到着されましたと、月光隊の兵士より報告が有りました。」
「そうですか、元太さんが無事で、あ~良かった、誰か。」
と、言った時には上田は執務室を飛び出し馬に飛び乗り浜へと、鈴木は駐屯地へと飛び出して行った。
「其れで元太さんは何時お城に着かれるのですか。」
「総司令、申し訳御座いません。
私は兵士の報告だけを聞き直ぐ飛び出し、その後の事は何も聞いておりません。」
「そうですか、まぁ~其れも仕方が有りませんねぇ~。」
「源三郎、元太が無事だと。」
殿様とご家老様も執務室に飛び込んで来た。
「殿、元太さんは向こう側の大岩で月光隊の。」
「そうか、其れは何よりじゃ、して浜には。」
「はい、私が言うよりも早く、上田様が飛び出されまして。」
「まぁ~其れも仕方有るまいのぉ~、皆が待っておったのじゃからのぉ~。」
「お~い、あれは上田様だ。」
「お~い、みんな元太さんは無事ですよ。」
「えっ、元太さんが無事って、本当なんですか。」
「ええ、間違いは有りませんよ、今山賀より伝令が有り、向こう側の大岩で待機中の月光隊と再会されたと聞き、私が皆さんにお知らせしなければと思いまして。」
「総司令。」
と、工藤と吉田が飛び込んで来た。
「工藤さん、元太さんが無事ですと、今報告を受けました。」
「あ~本当に良かったです、私は。」
吉田が涙を流した。
「吉田さんも大変心配されましたが、まぁ~其れも後二日もすれば山賀の城に帰って来られると思います。」
元太が官軍の駐屯地を離れ、丸二日が経った。
「う~ん、あれは若しや。」
「小隊長、どうされたんですか、あのお坊さんを知っておられるのですか。」
小隊長は前から来る僧侶の姿に見覚えが有った。
「失礼で御座いますが御坊は若しかして。」
「えっ、拙僧をご存知とは、あっ、若しかしてあの時の兵隊さんでは。」
「やはり御坊で御座いましたか。」
「拙僧もあれから各地を回りましてねぇ~。」
「御坊、参謀長が喜ばれると思いますよ。」
「えっ、正か上野様がで御座いますか。」
「はい、どうぞ、自分がご案内しますので。」
田中は久し振りで連合国に戻るつもりでいた、其れが正かと思う様な所であの時の兵士と会った。
「参謀長殿、今、大変懐かしいお方とお会いしましたのでお連れ致しました、さぁ~どうぞ。」
「懐かしいお方と、えっ、あっ、これは御坊で誠懐かしいお方で。」
「上野様、誠にお懐かしゅう御座います。」
田中が驚くが、其れ以上に参謀長の驚き様は普通では無かった。
「御坊はあれからも弔いをなされておられたのですか。」
「その通りでして、私も一体何人を弔ったのかも分からない程でして、そうだ上野様からお預かりしておりました書状で何れの官軍の検問所でも何も問われず、私は大助かりで御座いました。」
田中は懐からもうボロボロに近い書状を出した。
「御坊、私の書状がお役に立ち、これ程嬉しい事は御座いません。」
参謀長はボロボロになった書状を開け、改めて田中が国の隅々まで周り、兵士や侍を弔っていたと確信した。
「御坊はこれからも弔いを続けて参られるので御座いますか。」
田中は参謀長が何かを言いたい様にも聞こえ。
「上野様、私も数年間と言う年月を掛け全国を巡り弔っておりましたが、もうそろそろ終わりにしよう、ですがまだ全国には数千ものご遺体が野晒しになって要るのでは無いかと色々考えを巡らせて要るのです。」
「左様で御座いましたか、私もあれから長崎に参り色々と情報が入りまして、其れ以前に御坊もご存知かと思いますが幕府が崩壊し今は新生日本となり、これからは日本国内も重要ですが国外にも目を向けなければならないのです。」
何故そんな話になるのか、田中は全く理解出来ない。
「私は今まで弔いだけをしておりまして、上野様が申されます新政府の事もですが、外国の事などは全く知らないのですが。」
「これは失礼しました、私は御坊の事ですから国中から情報を得ておられると思い、其れならば外国の事もご存知かと思ったのです。」
やはりか、上野と言う参謀長は田中は単に弔いの為に国中を巡って要るのでは無く、崩壊した幕府の事もだが、今の官軍の情報を得る為、僧侶の姿に身を隠し、戦死者と弔いながら情報を集めて要るのだと、やはり上野と言う参謀長は並みの人物では無いと田中は思った。
「確かに申されます通りでして、国中を巡りますと色々な事柄が耳に入って参りますが、上野様が申されます様な外国の事は全く入っておりません。」
「私は何も御坊を疑って要るのでは御座いません。
ただ私としましては御坊ならば我々の知らぬ事も耳にされたのでは無いかと思った次第でして。」
「そうでしたか、私も全てを知って要る訳では御座いませんが、江戸に参った時ですが江戸の沖に外国の大きな船が着いたとかその程度でして、実際に私が外国の船を見た訳では御座いませんので。」
「我々の駐屯地に来られ何かをお気付きでは御座いませんか。」
「確かに私も何か有ると感じてはおります、と申しますのも先程も申されましたが幕府が崩壊したと、其れならば何故にこの様に大勢の兵士が居るのか、其れが分からないのです。」
「実は全員が兵士では御座いません。
兵士は僅か五百でして、残りの全員が大工や木こり、左官などの職人で御座います。」
「何故にその様に大勢の職人が必要なので御座いますか。」
「確かに普通で考えれば五千人もの兵隊が駐屯するとなればまたどこかで大きな戦が有ると思われますが、私の任務はこの地に新しい軍港を建設する事なのです。」
「えっ、今何と申されましたか、新しい軍港を建設されると、ですが幕府は崩壊しており今更軍港を造るとは何か他の訳でも有るのでは御座いませぬか、私で良ければお伺いさせて下さい。」
田中は一気に話しの核心に入った。
やはり上野は何かを必要として要る様にも思える、だが何かを考えて要る様で直ぐには話す事も無く、二人は四半時以上も語る事も無く沈黙したままで。
「何れの国の密偵に違い無い、だが何れの国なのか、若しや鹿賀の国と言う国では有るまいか、若しも鹿賀の国と言う国の密偵ならばこれ以上話す訳にも行かぬ。」と、上野は心の中で呟いた。
「上野は一体何を知りたいのだ、確かに全国を巡り、官軍の情報を集めていた、だが外国の事など全くと言って良い程入って来なかった。」 と、田中も心の中で呟いた。
其れにしても何か有ると田中も同じ様に思っており「だがこの間々では前には進まない、一体どうすれば良いのだ、連合国はまだ知られていない、だがいや連合国の場所さえ話さなければ問題は無い、よ~しこの際だ。」と、心の中で呟き一気に話しを進める事にした。
「実は私は有る国の密偵と申しましょうか、幕府と上野様のおられます官軍の情報を得る為全国を廻っておりました。
ですが、私は何も上野様を騙そうなどとは全く考えてはおりません。
これだけは信じて頂きたいので御座います。」
「やはりで御座いましたか、では弔いもで御座いますか。」
「いいえ、弔いは本心でして、私は国でも寺で修行をしておりましたので、寺のご住職からも名を頂いております。」
「御坊のお国は正かとは思いますが鹿賀の国と言う国では御座いませんか。」
「いいえ、私の国は鹿賀の国では無く、我々は連合国と申しております。」
「連合国と、ですが官軍が調査した中には連合国と呼ばれる様な国は見当たりませんんが。」
やはり官軍の上層部でも連合国は知られてはいないのだと、田中は思った。
「連合国とは五つの小国の集まりでして、統合されたお方がおられるのです。」
「ではそのお方が全てを実権を握られておられるのですか。」
やはりだ、確かに統合したと聞けば誰でも実権を握った権力者だと思うのも不思議ではない。
だが源三郎には権力者だと言う言葉は当てはまらない。
「そのお方に権力者だと言う言葉は全く不必要で、権力、いや権限さえも持つ必要が無いのです。」
「何故ですか、昔より国を制定した者は必ず権力を誇示したがるものだと思いますが。」
「あのお方には権力などは全く無意味でして、私にもですが今まで命令された事は御座いませぬ。」
「命令もされない、ではどの様にされ連合国を設立されたのですか、私は全く理解出来ないのです。」
「若しもですが、同じ立場になられた時、農民さんや漁民さんに頭を下げられる事は出来ましょうか。」
「えっ、今何と申されましたか、国の実力者が農民や町民達に頭を下げられるかですと、う~ん、私は全く想像が出来ないのですが。」
上野が言うのが本当だろう、古今東西、国の最高権力者が農民や町民達に頭を下げるなどとは聞いた事が無い、其れが普通なのだと上野は思っており、だが今田中の話しでその様な人物では無いと言う。
「う~ん、全く持って理解に苦しむ。」
だが上野はまだ決断出来ないのかまたもや沈黙し、田中は何としても聞き出さなければならない、其れで無ければ連合国と言う秘密の国家が有ると話した意味が無い。
其れでも暫くして。
「実は今日本国は大変な窮地に陥って要るのです。」
やっと、口が開いた、だが上野が言う日本国が窮地だと、だが今の田中には日本国が窮地だと言われても一体何が何処で窮地に陥ったのかもさっぱり分からない。
「全く理解出来ないのですが、何故に日本国が窮地なのですか、出来ますればお話しを伺いたいのですが。」
「分かりました、では私の知る限りをお話しさせて頂きます。」
上野は田中に今日本が置かれて要る立場を話した。
「何ですと欧州の国が我が日本を植民地にすると、ですが植民地と言われても意味が分からないのですが。」
「植民地とは民は生かさず、殺さずでして、ですが反抗すれば民衆の目前で極刑に、即ち死刑でしてね、其れも最も残酷な方法で殺すのでそれを見た民衆は反抗する意思も失うのです。
更に、その国で価値の有る物は全て略奪し本国へ送り、更に他国へは高く売り付けると言う方法で国が栄えて行くのです。」
「ですが日本にはその様な価値の有る物は有るのでしょうか。」
「御坊、日本と言う国は欧州では黄金の国と呼ばれて要るのです。」
「黄金の国ですか。」
田中は首を傾げ、金の小判だと直ぐには分からなかった。
「日本のと言う寄りも、幕府の時代では小判は通貨でしたが、欧州では金は最も高価な物なのです。」
「では欧州の国では日本の小判、いや金塊を手に入れたいのですか。」
「正しくその通りでして、明示政府は欧州の有る国から軍艦一隻を百万両を出し購入したのですが、其れを有る国が知り、東の国の日本には大量の金塊が有ると噂が立ち、各国が我が日本国を植民地にする計画をして要るのです。」
何と言う話しだ、日本は黄金の国だと、しかも欧州の国々は其の金塊を略奪する為日本国を襲うという、上野は其れを防ぐ為この地に軍港を造る為に派遣されたのか。
「では上野様は其れを阻止する為の軍港を築く為にこの地に来られたのですか。」
「其の通りでして、我が政府は長崎もですが、今安藝の国でも建設を始めており、この地と更に陸奥の国にも造る方向で進めております。」
「えっ、安藝の国の他に陸奥の国もですか、ですが陸奥の国はこの地よりも遥か遠くの国では御座いませぬか、何故に其の様に遠くの国を選ばれたのですか。」
「今目の前に有る海ですが、其の海を渡りますと、我が日本国の数千倍と言う巨大な大陸が有るのです。」
「えっ、今何と申されましたか、日本国の数千倍も有る巨大な大陸が有ると、ではその大陸の国から我が日本国を襲うとでも申されるのですか。」
「正しく其の通りでして、御坊もご存知かと思いますが長崎の港には各国の船が着くのを、その全てが大陸の西の端から来て要るのです。」
田中も長崎で何隻も巨大な船が来て要るのを見て要るが、其の全てが大陸の西の端から来て要ると。
「ですが、何故日本は今まで欧州の強国から攻撃されずに済んだのですか。」
「其れが実に簡単な話しでしてね、我が日本国は世界でもまれに見る程統制されて要るからでして確かに国内に目を向けますと、幕府が数百年間もの長きに渡り鎖国政策を取り、外国との交易は長崎の一か所だけに絞り、多くを受け入れなかったのです。」
「ではお伺い致しますが、先程も申されましたが植民地にされた国とは一体何が違うので御座いますか。」
「植民地にされた国と言うのは言葉が悪いかも知れませんが国家と言う統制が取れておらず、殆どが部族と申しましょうか、其の部族が国と言うよりも我が国の様な藩を治めており、其の集まりが国となって要るのです。
日本国とは全く違い殆どが武器らしき物が無く、欧州の強国から見れば実に簡単に陥落させる事が出来ると言うのが本当だと思います。」
だが日本国も同じでは無いかと田中は思ったが。
「ですが我が日本国も同じでは御座いませんか、我が国も多くの国、いや藩と言う国が有り全てに置いて藩主が治めて要ると思うのです。」
「確かに申されます通りですが、何が根本的に違うと申しますと、我が国は今まで幕府と言う強大な組織が有りまして、其の幕府が全ての実権を握り、地方の藩主は幕府の命令通りに動いており、例えば外国が攻めて来ると言う情報を得たならば其の地方に幾万もの武士を派遣し撃滅すると、ですがこれは植民地にされた国々には無かったのです。」
田中は上野からその後も話しを聞かされたが、上野が何を望んで要るのか知らなければならないと。
「上野様が何を望まれておられるのかお伺いしたいのですが。」
「実はお恥ずかしい話ですが、これだけの人数がおりながら専門の知識を持つ者がおらず、今は職人と兵士の宿舎を建設するだけで軍港を造るのは到底不可能なのです。」
何と五千人近くの職人がおりながら専門の知識を持つ人物を連れて来なかったと、では一体どの様にして軍港を建設するつもりなのか、其れに資材の調達も考えなければならないはずだ。
「上野様はその人物を私に探して欲しいと申されるのですか。」
「左様でして、御坊ならば全国を巡っておられ土木に詳しい人物を心当たりでは無いかと、御坊には誠に厚かましいお願いでは御座いますが、今の私は御坊にお願いするしか考えられないので御座います。」
「ですが私も今までその様な事を考え各地を巡ってはおりませんので。」
だが田中は菊池から山賀に至るまで農地を拡張する工事を行なって要るのを知っており、その者達なら方法を考えだせるのでは無いかと思った、だが今上野から聴いた話は本当なのか、若しも本当だとすれば連合国だけの問題では無く、日本と言う新しい国家が危険な状態に入って要ると。
「先程も申しされましたが、何故長崎より遠く離れたこの地に、更に陸奥と言う北の端の地にも軍港を建設するかと申しますと、先程も申しました大陸の中で我が日本国に近い国で清国と言う国、更に蝦夷地に近いロシアと言う強大な国家が我が日本国を狙っており、我々の駐屯する地は清国とロシアの両国を迎え撃つ為に最も重要な施設になると位置付けて要るので御座います。」
その後も田中は上野から欧州列強諸国に付いて数日間も掛け話しを聞いたが、上野の表情からは藁をも掴むと言う思いが伝わり連合国と言う小国の問題では無く、日本国と言う新しい国家の存亡を掛けた戦だと考えた。
「私も直ぐにとはお答えが出せないのですが、お話しを伺い何とかせねばと思い、私は何とかしてその専門の知識を持つ人物を探せればと思って要るですが、何せ急なお話しで御座いますので、上野様のご期待に沿える事が出来るのか分かりませぬが、何としても探したく思っております。」
「御坊、私は今自分自身が情けなく感じて要るのです。
其れと言うのも私の一番信頼しておりました部下は官軍を脱走したと聞かされ、ですがその者は必ず何れかの地で生きて要ると思っております。」
「上野様は信頼されておられた部下が官軍を脱走したと申されましたが、そのお方は軍にとっては重要な人物なので御座いますか。」
「確かに当時は軍に取りましては重要でした、ですが世の中の激変で今は軍と言う寄り国家として重要だと考えておりまして、私は何としても彼に戻って来て欲しいと願って要るのです。」
「ですが私の聞いたところに寄りますと、軍隊を脱走すれば銃殺刑だと。」
「確かに其の通りでして、ですが国家存亡の時期に最も重要な人物を軍が簡単に銃殺刑には出来ないと考えておりまして、私も色々な人物に伺って要るのです。」
「では、そのお方が発見されたとすれば、上野様はどの様な処分をお考えなので御座いますか。」
田中は直ぐ工藤達だと分かり、官軍の上層部の、いや上野と言う参謀長の考えを知りたかった。
「私ですか、私は軍のなかでも最も上層部からの密命を受け、幕府軍の残党を数年掛け征伐していたと、この様な解釈を考えて要るのです。」
上野はまるで田中が工藤達の居所を知って要るかの様な言葉使いで、やはり、この参謀長は並みの人物では無いと田中は思った。
そして、明くる日は駐屯地を発つと言うので駐屯地の小隊長、中隊長の全員と上野は夕食に田中を招いた。
「さぁ~さぁ~、何も有りませんが、御坊、此処の食事は美味しいですよ。」
「左様で御座いますか、では私もお言葉に甘えさせて頂ます。」
「参謀長殿はお坊様にお話しをされたのでしょうか。」
「其れなんだ、私は御坊が国中を廻られておられると伺い、何とかして専門家を探して頂きたいと。」
「お坊様、自分達は参謀長殿が深刻に考えておられるのを知っておりまして、ですが今の自分達では何も出来ないのです。」
「そうだなぁ~、やはりこの様な時に少佐殿がおられたら参謀長殿もですが、我々も安心出来るのですが。」
「少佐殿とは。」
と、田中は中隊長達に探りを入れた。
「参謀長殿が一番信頼されておられたお方でして、ですがあの司令官に目を付けられたのが。」
「そうだ、司令官はその後どうなったのですか。」
「其れが全く分からないんだ、其れに五千人近くの兵が忽然と消えたんだ。」
「そう言えば、少佐殿を崇拝しておられた中尉や少尉、其れに一千の兵も忽然と消えたと伺っております。」
何と言う話しだ、駐屯地の中隊長や小隊長達は工藤や吉田を知って要る。
「お坊様、我々は参謀長殿が国家の存亡に関わる工事を何としても早く完成させ、この地の軍港に多数の軍艦を配置し、外国の軍艦を撃滅させる為の策を考えておられるのですが、自分達は官軍と言うよりも日本海軍として何としても阻止したいと思い、一刻でも早く軍港を完成させたいのです。
ですが、今はお坊様に頼るしか方法が無く、何としても探し出して頂たいのです。
お坊様、この通りです。」
中隊長と小隊長の全員が立ち上がり頭を下げた。
「皆様方のお気持ちは察します、何とかして差し上げたいと思うのですが、暫く猶予を頂きたいのです。」
参謀長の人徳なのか、其れとも上野の考え方が浸透しているのか、そして、明くる日の早朝、田中は菊池へと向かった。
田中が駐屯地を発った、其の日の夕刻前、元太が山賀に戻って来た。
「若様、元太参謀が無事戻って来られました。」
「其れは良かったです。」
元太が執務室に入ると、源三郎もいた。
「元太さんには大変なご苦労を掛け、誠に申し訳有りませんでした。」
源三郎は何時もの様に頭を下げると。
「源三郎様、吉田さん達は。」
「其れはもう元太さんのお陰で大変な事まで分かりましたよ、まぁ~其れよりも直ぐ湯に入って下さい。」
「オラは大丈夫ですから、其の前に。」
「いいえ、其れは駄目ですよ、今は大丈夫だと思っていても身体は疲れて要るのですからね。」
「はい、分かりました、じゃ~入らせて貰いますんで。」
元太は高木の案内で湯殿に向かった。
「若、元太さんは相当疲れておられますねぇ~。」
「私も同じ様に感じております。」
「今日は何も聞かず、食事を、そうだお酒も出して下さい。」
「はい、承知致しました。」
「ですが思いの外元気で何よりでしたなぁ~。」
「吉永様、私は元太さんがどの様な状況に置かれていたのかあの疲れ方を見れば想像出来ますが、元太さんは其れ以上に苦しかったと思いますよ。」
源三郎は日頃の元太を知っており、やはり幾ら漁師で日頃は過酷な仕事をして要ると言うが、だが漁師の仕事と今回の様な任務は余りにも違い過ぎると、これからは幾ら元太が望んだとしても軍務をさせる訳には行かないと。
「我々も考えなくてはなりませんねぇ~。」
「そうですねぇ~、私も簡単に考えていたのでは有りませんが、やはり軍務は専門の人で無ければならないと痛感しました。」
「ですが考え方を変えれば、元太さんで無ければ今回の任務は成功しなかったのでは御座いませぬか。」
「私も同感ですよ、まぁ~今回の様な任務は二度としてはならないと思いましたよ。」
源三郎もだが若様も今回の任務は特別だと考えて要る。
元太は余程疲れていたのだろう湯殿から戻って来たのは半時近く経ってからだ。
「源三郎様、若様、オラお風呂で眠ってしまいましたよ。」
「やはり相当疲れて要るのですから、今日はお酒も有りますのでゆっくりと寝て、お話しは明日にでも宜しいですからね。」
「はい、オラもそうさせて頂きます。」
源三郎達は元太を囲み官軍の話はせず、食事を取り元太は早く眠りに着かせ、話しは明日に聞くと、だが其の頃、田中は菊池の隧道に向け急ぎ足で歩いていた。