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闇の帝国    作者: 大和 武
104/288

第 30 話。 一番知りたいのは。

「さぁ~全員を入れて下さい。」


 日光隊と月光隊に連れられた八名の元官軍兵はまだ狼の恐怖が抜けないのか顔は青ざめ、だが大川は浪人の顔を見て首を傾げて要る。


「お主は若しや。」


「えっ。」


 其れは正かと思う浪人の表情で。


「やはりでしたか、私ですよ、大野木藩の大川ですよ。」


「正か大野木藩の。」


「源三郎様、この方々は私達の隣藩の方々で大野木藩の松木様と申されます。」


「ほ~では大川様のお知合いですか、ですが何故官軍兵の中に居られたのですか、宜しければ詳しくお話しく下さい。」


「松木殿、此方のお方は源三郎様と申されまして、連合国の最高司令長官殿でして、実は私達も助けて頂いたいのです。」


「承知致しました、では詳しくお話しさせて頂きます。」


 その後、松木は今までの事を出来るだけ詳しく話した。


「左様でしたか、では大川様達と同じなのですね。」


「私達は大野木藩とは先々代より親しくお付き合いをさせて頂き、其れと言うのも両藩の殿様が遠縁にあたりましたので。」


「総司令、失礼します、この刀ですが全てが使い物にはなりません。」


「隊長、何故ですか。」


「はい、この刀ですが全て竹で出来ております。」


 何と五人の浪人達が持って要る刀は竹で出来て要ると、其れでは全く使い物にはならず、人を切り殺す事などは到底不可能で有る。


「ご貴殿達は今まで人を切った事は有りませんか。」


「私達の藩では侍が人を切ると言う様な事件は、私の知る限り御座いませぬ。」


「私もで御座います、私達の藩では役人だけが本身を持っておりますが、城中の家中の全員が脇差以外は全て竹で作られております。」「我が大野木藩も笹川藩も同じ小国で何か有る時にはお互いの藩が協力致しておりました。」


「では笹川藩も官軍に襲われたのですね。」


「左様で御座いまして、私達五名が笹川藩で用事を済ませ戻った時はお城は焼け落ち、城下の領民が殺されておりました。」


「あの~。」


「貴方方は何かを知って要るのですか。」


 やくざ者の一人が何かを知って要る様子で有る。


「お侍様、わいらは上方から来たんですけど、其れでさっきの話しなんですが、わいらは何と言うのか知りませんが、あいつらはお城に火を点け、城下の男達を全部殺すのを見たんです。」


 やくざ者の三名は上方から来たと言うが、其れが何故官軍に入ったのか知る必要が有る。


「ほ~成る程ねぇ~上方から来られたのですか、其れで何故上方のお方が官軍に入られたのですか。」


「オレ達は上方でも少し南の方に泉州と言うところで生まれ育ったんです。

 でもオレ達は子供の頃から悪さばっかりしてまして、其れで親から勘当されて、其れで同じ渡世人になるんだったらって思ってお江戸の銀龍一家に行こっ~て決めたんです。」


 源三郎も工藤も正かと思った、それ程に銀次の銀龍一家と言うのは江戸だけでなく上方でも良く知られた一家だと知った。


「ほ~江戸の銀龍一家にですか、そんなにも銀龍一家は知られて要るのですか。」


「江戸の銀龍一家って言いましたら、わいらの憧れですがな、お江戸から来る人に聴いたんですけど、銀龍一家はお侍様や、すんまへん。」


「いいえ宜しいですよ、お話しを続けて下さい。」


「はい、銀龍一家ってお侍様やお役人には物凄く強いんですけど、わいら見たいな町の者には物凄く優しいって、其れでわいらも銀龍一家に入ったら箔が作って思ったんですねん。」


 上方から来たと言うやくざ者達は少し安心したのか舌も滑らかになり出した。


「其れで、貴方方はその江戸の銀龍一家に入れらたのですか。」


「オレ達は絶対に入ろって決めて江戸に着いて銀龍一家に行ったんですが。」


 やくざ者の三名は何か下を向き、暫く考え。


「オレは泉州堺の信太朗って言います、其れでこいつらが五郎八と伊助って言うんです。」


「信太朗さんに五郎八さんと伊助さんですか、其れで銀龍一家には入れて貰えたのですか。」


「其れでんねんがな、銀龍一家の親分さんに滅茶苦茶に怒られたんですねん、其れはほんまでっせ。」


 上方から来たと言うやくざ者は少しづつだが言葉使いも変わって来た、源三郎には何を言っても聞いてくれると思ったのだろう、だが銀次が怒ったと、何故銀次が怒ったのか、銀次の事だ親には心配させるなとでも言って路銀を渡したのだろうと思った。


「信太朗さんでしたね、其れで銀龍一家の親分は何と言って怒られたのですか。」


「其れが、お前達はやくざにはなるなって、其れよりも上方に帰って親孝行する事の方が大切だって言われておまけに路銀まで持たされ、さっさと上方へ帰れって、二度と来るな戻って来たら切り殺すって言われて其れで追い出されたんです。」


 やはり源三郎の思った通りで、銀次と言う男の本性を知る事になった。


「其れからどうされたのですか。」


「わいらは都近くまで帰ったんですが、もうやけくそになって都近くの宿場の渡場で全部負けたんです。」


 其れが彼らの運命を変える事になったのだろう。


「わしはほんまにあほですわ、せっかく銀龍の親分さんに貰った路銀ですけど全部負けて其れで寝る所もあれへんし、その日は橋の下で寝て、朝起きたら大勢の声がするんで上がったら官軍が兵隊を集めてるって書いてたんで、わしらはあほみたいに何にも考えんと官軍に入ってもうたんですねん。」


 官軍の立て札には何が書いて有ったのか、其れが一番の問題で有る。


「その立て札には何と書いて有ったのですか。」


「其れですがな、食事を作れる者と、其れに給金も有るって書いてましたんで、其れにこの戦は幕府を倒し、新しい世の中を作る為で官軍は幕府を倒し領民が楽しく暮らせる世の中にするって。」


 確かに文言だけは素晴らしい、だが現実はそうでは無かった。


「ですが現実はと言うと官軍は虐殺して要るところを見られたのですか。」


「そんな事オレ達は全然知らんかったんですねん、オレ達は堺の大きな旅籠の板場に見習で入ってちょっとですけど料理も作ってまして、でも包丁で魚や野菜は切っても刀で人は切った事なんか一回もおまへんでん。」


「では官軍兵の食事を作っていたのですか。」


 其れであの時、一番後ろで震えていた訳が分かった。


「では今まで一度も人は殺していないのですか。」


「わいらは確かに悪さばっかりしてましたけど、其れは板場の親方に毎日、其れも朝から晩まで怒鳴られ、其れが嫌になってお店を飛び出したんです。

 大坂では悪さばっかりして何遍も牢屋に入りましたけど、せやけど人は一回も切った事なんかおまへん。」

 

 其れは多分事実だろう、だが何故官軍に其れも極悪な部隊に入ったのだ。


「では信太朗さん達がおられた部隊のお話しをして下さい。」


「オレ達は何時も野営地で全員の食事を作ってまして、最初の頃は何処に行ったのかも

知らんかったんです、と言うのも朝早く出て、夕刻近くに帰って来たんで、何処で何をしてるのかも全然知らんかったんですねん。

 でも有る城下の近くで野営してると十人くらいの町民があいつらに追い掛けられて逃げて来て、でも最後にはあいつらに捕まってしもて鉄砲で撃ち殺されるのを見たんですねん。」


「其れが大野木藩なのですか。」


「そんなの分かりまへんがな、でもオレがこそっと見に行ったんですけど、そうしたらあいつらは城下の男は全部殺して、女の人を犯してまんねんで、お侍様、オレ達も悪い事ばっかりしてましたけど、なんも関係ない人を殺すのが官軍なんでっか、其れに女の人はあいつらに犯されてから殺しよったんですねん、其れでオレは急いで帰って、信太朗と伊助に言ってはよ逃げようと言おうと思った時あいつらが帰ってきよったですねん。」


 源三郎も工藤もだが大川達は何も聞かずにただ黙って聞いて要る。


 だが次第に官軍に対する憎しみだけが増して来るのは源三郎だけでは無かった事は言うまでも無い。


「其れでわしらはあいつらがこわなって、何時殺されるかとおもたらもう動く事もでけへんかったんで、隊長見たいな奴が何か言ってからですけど、其れからわしらは見張られてご飯を作りまねんで。」


「私が思うには多分ですが、大川様のお国か、其れとも松木様のお国では無いかと考えられるのです。」


「拙者は今の話を聴き官軍に対する怒りが尚一層込み上げて来るのを、一体何処にぶつければ良いのか分からないのです。」」


「私も信太朗さん達とは少し違いますが、お城が焼け落ち、家族は皆殺しにされ、其れが一体誰なのかを探し出し仇討ちする機会を待っておりました。」


「では、其れが先程の官軍兵の仕業だと分かったのですか。」


「確かに奴らの仕業に間違いは御座いませぬ、農村や漁村では男は先に殺し、女性は犯してから、其れはもう語る事の出来ない方法で殺すのですが、拙者の家内と同じでしたので絶対に間違いは御座いません。」


「ですが貴方方も参られたのでは御座いませぬか。」


「私達五名は普段賄い処がお役目でして、剣術は全く出来ないのです。」


「其れは本当なんで、オレ達もですが、薪木を集める事や炊事場を作る事が何時もなんでして、料理はオレ達よりもほんまに上手でしたよ。」


 松木達は賄い処の仕事が役目で、しかも剣術が全く駄目だと、では一体どの様な方法で連発銃を持った官軍兵を相手に仇討ちすると言う。


「貴方方は剣術も駄目だと申されましたが、では一体どの様な方法を用いて二百名の官軍兵を殺すつもりだったのですか。」


「私達は行く道の先々で薬草を探しておりました。」


「薬草をですか、其れはどの様な薬草なのでしょうか。」


「薬草の中に時には毒を持つ薬草も有るのですが、その様な薬草は全く見付からず、其れではと考えたのが身体を痺れさせる様な薬草は無いかと探したのですが、やはり全く駄目で御座いました。」


 彼らは何としても仇討ちを果たしたいと、行く先々で毒草は無いかと必死で探したのだろう、だが結果的には山の向こう側の大軍の駐屯地に着くまでは毒草も痺れさせる薬草も探し出す事も出来なかったのだと、だが幸いな事にとでも言えば良いのか、源三郎達によって極悪非道な官軍兵は狼の餌食に松木達五名と信太朗と言うやくざ者にもなれなかった三名だけが狼の餌食になる事も無く今に至ったので有る。


「其れでは貴方方八名は運が良かったと言う事になりますねぇ~、松木様達五名は剣術が全く駄目で、信太朗さん達三名はやくざにもなれず、ですが幸いな事に八名の方々は賄いと言う仕事をされ其れが結果的に生き残れたのですか、まぁ~世の中何が幸いするのか分からないと言う事になりますねぇ~。」


「私達は仮にでも侍で何度と無く虐殺の現場におりながら其れを阻止出来ずにおり、如何様なお裁きでもお受けする覚悟は出来ております。

 ですが信太朗さん達は殆ど何も知らないので、何とか許して頂く訳には参りませぬでしょうか。」


「お侍様、そんなんって絶対にあきまへんで、わしらもおんなじでんがな、わしはもうどうなってもいいんでさかいに。」


 果たして源三郎はどの様な裁きを下すのだろうか、例え過去がどの様で有ったとしても極悪非道な官軍兵の仲間で有った事に間違いは無い。


「源三郎様、何とか出来ないでしょうか、私は確かにあの者達は憎いです。

 ですが彼らも奴らの犠牲者では無いかと考えるので御座います。」


 大川も松木達と信太朗達八名の命だけは助けたいと嘆願する。


「義兄上、私も大川様と同じで御座います。」


 若様までもが同じ考えで有ると言う、だが源三郎は一向に耳を貸す様子は無い。


「其れは無理と言うものですよ、まぁ~私に任せて下さいね、貴方方八名は悪名高き極悪非道な官軍兵の仲間と一緒におられたのは事実です。

 今から私の裁きをしますので、八名は横に並びなさい。」


 と、源三郎は言うが、吉永だけは其の前から気付いており、源三郎の事だ命だけは取る事は無いと。


「誰か刀を持って来て下さい。」


 松木達は観念した様子で、八名は横一線に座り直した。


「お前達の命は貰った覚悟致せ。」


 と、言った瞬間、源三郎の持つ太刀がぴゅっと風を切った。


「あっ。」


 と、大川達は目を疑った、其れは八名全員の髷が落ちた瞬間で有る。


「貴方方の裁きは終わりましたよ、これで宜しいですね。」


 源三郎はニヤリとし大川達を見た。


「あっ、えっ、首が。」


 信太朗達は頭を触るが、首を切られたのでは無く、膝の上には髷が落ちて要る。


「源三郎様、誠に有り難きお裁き、拙者何とお礼を申して良いのか分かりませぬ。」


 大川は改めて源三郎に頭を下げた。


「私はねぇ~何も首を撥ねるのが必要だとは思いませんよ、貴方方も確かに大川様も申される通り官軍の犠牲者かも知れないのです。

 これから先の事ですが信太朗さん達は私と野洲に参り大事なお人に会って頂きますのでね、其れと松木様達は山賀に残られ若様の手足となって頂きますが、其れで宜しいでしょうかねぇ~。」


「私達はどの様な事でもさせて頂きます。」


「若、如何でしょうか、これで賄いの仕事場では少し楽になると思いますが。」


「義兄上、私は大歓迎で御座います。」


 山賀の北堀では大勢が働いており、その人達の賄いを作る人員が不足しており、以前より若様は困っていた、其処に五名もの賄い人が増えると言う事は何よりも歓迎しても良いのだと若様は大喜びして要る。


「あの~お侍様、野洲に行って大切なお人に会うって言われましたが。」


 其れは銀次に間違いは無いと、工藤や若様も吉永も確信して要る、だが信太朗達は全く意味が分からず不安だと言う顔をして要る。


「まぁ~其れは後程の楽しみとしましょうかねぇ~。」


 源三郎はニヤリとするが、信太朗達は草地での出来事を思い出したのか又も身体を震わせている。


「信太朗さん、野洲ではもっと恐ろしいですよ。」


 若様もニヤリとし、其れが余計に信太朗達の恐怖心を呼び起こすので有る。


「そうでした、私はすっかり忘れておりましたねぇ~、貴方方が登って来られたところですがあれはねぇ~猟師さんが作られた目印でしてね、向こう側からは分かりますが、此方の方からは全く分かりませんのでね、其れと北側の山ですが、あの場所は山賀の山に住む大熊の住まいでしてねぇ~、其れも物凄く気の荒い大熊で山賀では片目の鬼熊と呼び、誰もが一番恐れて要る大熊ですよ、其れと山賀から連なる山ですが数十万頭の狼が住んでおりましてね、今まで数千人もの幕府軍や官軍兵が餌食になっておりますから山越えする事も不可能だと言う事ですよ。」


「そんなあほな、そんなんやったらわいらは何処にも行けまへんがな。」


「その通りですよ、ですが連合国の山には狼除けの高い柵が有りますので今まで連合国の人達が狼に襲われた事は有りませんのでね、其れと草地の一里程北には下まで一町も有る断崖絶壁が有りますので下に向かうのも不可能ですよ。」


「連合国には数十万頭もの狼が住んでおりましたでしょうか。」


「あの話は源三郎殿の独特の作り話ですが、拙者も実は本当の数が知らないのです。」


「ですが義兄上は良くもまぁ~あの様な大嘘を平然と申されますねぇ~。」


「若は源三郎殿の真似だけはなさらぬ様にお願い致しまずぞ。」


 だが吉永が言う前に若様は山賀の家臣の前で見事な嘘を言ったのも忘れていた。


「松木様達はお城で暫くはゆるりとされ、他にも聞かせて頂きたい事が有りますのでね。」


「義兄上、もうそろそろ刻限だと思いますが。」


「若、ではお願いします。」


 若様は家臣に手配させるが、其の前に腰元達が運んで来た。


「さぁ~さぁ~皆さん夕食ですよゆっくりと食べて下さいね。」


「わぁ~なんて豪勢なご飯や、こんな豪勢なご飯は生まれて初めてやけど、でもなぁ~。」


「まぁ~少しですが毒も入っておりますので美味しいですよ。」


 若様の冗談が飛び出し、工藤達は大笑いするが。


「なっ、やっぱりやろ、わいらの首を切ったら血で汚れるさかいに毒で殺すつもりなんやで、信太朗も伊助も絶対に食べたらあかんでほんまに死んでしまうから止め時や。」


「五郎八さん、冗談ですよ、冗談ですからね、勿論、毒などは入っておりませんよ、ほら義兄上も食べておられるでしょう。」


「えっ、ほんまに冗談なんでっか、もうそんなきっつい冗談は止めて欲しいわ、なぁ~そうやろ。」


 源三郎も工藤も、其れに吉永も食べ始めて要る。


「草地ですが、先に官軍兵が登って来たと言う事は向こう側で野営して要る部隊も知って要るやも知れませんので日光隊と月光隊にお願いが有るのですが、数日間の休養後偵察に向かって頂きたいと思うのですが如何でしょうか。」


「私も賛成で御座います。

 其れと当分の間ですが二個中隊を残し警戒に就かせたいと思うのですが。」


「其れならば良かったです、では日光隊と月光隊にお願いします。」


 其れは何も源三郎だけの為でも無く、日光隊、月光隊の小隊長も理解しており、中隊長も当然と言う顔だ。


 そして、明くる日の早朝、源三郎と信太朗達は野洲へと残ったのは大川達と松木達五名で有る。


「松木様、少しお話しをさせて頂きたいのです。」


 執務室には大川達と松木達五名に若様が話を聴きたいと言うので控えて要る。


「若様には拙者の知って要る限りお話しをさせて頂きます。」


「左様ですか、松木様が居られた野営地ですが一体何の為に大工さんや左官屋さん達がおられるのですか。」


「拙者も詳しくは知りませぬが、あの地に新しく軍港を造るとか指揮官が話されていたと聞きましたが。」


「工藤さんが申された通りで御座いましたねぇ~。」


「私も正かとは思いましたが、やはり官軍は新しい軍港を造るのでしょうか。」


「ですが何故其の地に新しい軍港を造らなければならないのでしょうか、何故長崎の造船所近くに造らないので御座いますか。」


 若様にすれば素直な疑問で、長崎からは十日程も掛かる様な地に軍港を造る必要が有るのだと、何も若様だけでは無く吉永も同様の考えで有る。


 だが工藤は長崎に居た頃、異国の其れも若様や吉永も全く知らない国の船が来て要るのを知って要る。


「私が長崎におりました頃ですが、異国より其れは若様のご存知無いと申せば誠に失礼かと存じますが、世界中の国から大きな船が着いており、軍艦までが到着しておりました。」


「では我々だけが知らなかったと申されるので御座いますか。」


「左様で御座いますが、長崎に行かなければ全く知る事の出来ない世界で御座いましたから、ですが何も長崎だけで無く、江戸にも上方の大坂にも、更にと言えば日本国中に外国の大きな船がやって来ておりまして、ただ連合国は高い山に囲まれたのが幸いしたのか、其れとも不幸にとでも言うのか分かりませんが一部の人達以外は知られず、更に此処の入り江は外海からは全く奥が見えず外国の船が来る事が無かったのです。


 連合国には海は有りますが、その海の向こう側には大陸と言う連合国の、いや日本国の数百倍、いいえ数千倍も有る巨大な国家が有ると聞いております。」


「其れは誠なので御座いますか。」


 若様はもう驚くと言うよりも余りにも衝撃的な話しに、吉永も唖然として要る。


「松木様、我々連合国とはそれ程にも小国なので御座いますか。」


「誠に申し上げに悔いのですが、日本国の中でも連合国は小国で御座いますが、その日本でさえ世界から見れば小国で御座いまして、官軍と申しますか、新政府でも世界が一体どれ程大きいのかも全く知らないと言うのが誠で御座いまして、其の中でも大陸の巨大国家が日本へと押し寄せて来ると聞いております。」


 幕府が滅亡する数十年以上も前から外国の船が日本の港、いや浜にも着いており、だが連合国の沖合いを通過する船と言えば殆どが廻船問屋の船で、源三郎が見たと言う船もこの廻船問屋の船で有ろう。


 しかし、源三郎が全ての船を見たのでは無く、源三郎の知らない時には外国の軍艦が沖合を通過していた。


「ですが、義兄上は廻船問屋の船は見られたと申されておられましたが。」


「総司令が全ての船を見られたと限りません。

 総司令のご存知無い船もおられない時に沖を通過したと考えられます。」


 工藤も源三郎が岬の端に立ち沖合を見て要るとは思っておらず、何かの用事なのか野洲の浜に着た、其の時、偶然にも見たのだろうと思って要る。


「では我々は全くと言っても良い程日本、いや世界を知らないと言う事なのですね。」


「若様には誠に失礼かと存じますが、私の知る限り連合国と言う国は小国でして、世界を見渡せば我々連合国の数百倍、いや数万倍も有る国が存在すると考えねばなりません。

 ですが我々連合国は滅亡した幕府の生き残りや今の官軍とは相容れないものが有ると言うのも事実だと思います。

 総司令は幕府の圧政から領民を守る為に連合国を設立されたと考えておりまして、更には官軍の中にも昨日の様に極悪非道な官軍兵の仲間もおり、それらから領民を守ると言うのが、当面我々に与えられた最低限度の任務だと考えており、それらの全てが落ち着いてからでも遅くは無いと思うのです。」


 工藤は何も急いで外国を見るのでは無く、当面は幕府軍の敗残兵、更に悪しき官軍兵から連合国の民を守る事の方が大事だと考えて要る。


「ですが、私は松木様の話された内容が気になるなるのです。」


「私も同じで御座いますが、かと言って今は出来ないと思うのです。

 総司令が昨日日光隊と月光隊に偵察を命じられたのは大部隊がその地で建物を建てるとすれば何を建てるのかを確かめよと申されたと思うです。

 更に申せば、松木様の話でも我々連合国は官軍も知っておりませぬ、其れで宜しいでしょうか、松木様。」


「確かに若様のご不安は拙者も分かります。

 ですが工藤様が申された通りで官軍は高い山の向こう側には直ぐ海が迫り、住民と言えば少数の漁民だけで、この様に大きな連合国が存在するとは上層部も知っておりません。」


「ふ~。」


 と、若様は物凄い緊張感から解き放たれたのか息を吐いた。


「私も工藤殿の申される通りだと考えております。

 今は松木殿が知っておられる官軍の情報を得る事の方が大事では無いかと考えております。」


「吉永様、工藤様、私もまだまだ修行が足りませぬねえ~、ですが私は何も義兄上が行われる事に不安を抱いて要るのでは御座いませぬ。

 私は松木様のお話しが余りにも衝撃的でその為にと申しましょうか頭が混乱したので御座います。」


「私が突然訳の分からぬ事を申し上げ、若様や皆様方に不安を煽ったのでは無いかと思っておりまして、若様、皆様方、誠に申し訳御座いませぬ、この通りで何卒ご容赦願います。」


 松木は若様や吉永達に頭を下げた。


「松木様が何も責を負う事は御座いませぬ。

 まぁ~よ~く考えれば我々は井の中の蛙とでも申しましょうかそれ程にも世の中が激変していたとは全く知らなかったと言う事ですよねぇ~。」


 と、若様もやっと少し落ち着いたのだろう、大笑いした。


 一方で。


「参謀長殿、大変遅くなりました。」


 山向こうの大部隊では周辺の偵察に行き、今最初の偵察隊が戻って来た。


「お~君か、其れで周辺はどうだった。」


「はい、自分が調べに行ったところですが、今の野営地がこの湾でも一番奥に有ります。」


「そうか、やはりなぁ~、其れで。」


「周辺には数か所の漁村が有りまして、漁師に聞いたのですが冬にもそれ程雪は余り多くは降らないと言っておりました。」


「そうか、冬になれば雪が多く降れば我々にも今後色々と不都合だと思っていたが、其れも余り多くないとすればやはりこの地が最適かも知れないなぁ~。」


「其れと我々が通り過ぎた時に高い山が有りましたが其の事も聞いて参りました。」


 この部隊も高い山の麓を通過したと言う事で偵察隊の小隊長は高い山の事も聞いたと。


「其れでどうなんだ、我々は銃声も聞いたぞ。」


「あの銃声は猟師が撃つ鉄砲であの山には猟師は入りますが、付近の農民は決して入らないと、其れは漁師からも同じ様に申しておりました。」


「やはり幕府軍の残党が潜んで要ると言う事なのか。」


「其れが全く違いまして、高い山には無数の狼が生息しており、更に山の麓からは身の丈以上の熊笹が茂り、その為に一部の猟師だけが入る事が出来るのだと申しておりました。」


 参謀長はこの地に着くまで何度と無く銃声を聞いており幕府の残党が潜んで居ると考えていた、だが猟師の持つ鉄砲で有ると判明し少し安心した。


「其れとですが、先日、司令本部から命じられた言う中隊ですが。」


「あ~あの中隊か、其れで中隊に何か有ったのか、余り声を大きくしては言えないがわしはあの中隊だけは全く理解出来ないんだ。」


 参謀長と小隊長が言う中隊とは司令本部から特別攻撃隊と名を貰った極悪非道の限りを尽くす中隊の事だ。


「其れが山の麓の猟師の話ですと、中隊は北側から登ったのですが、数日後山から大きな叫び声が一時以上も聞こえたと申しておりました。」


「では猟師達の忠告も聞かず山に入ったと言う事なのか。」


「自分もその様に思っておりますので、自分としては何事が有ってもあの山だけは入りたく有りません。」


 小隊長は例え参謀長の命令だったとしても高い山には絶対に入らないと言う。


「其れは私も同じだ、例え司令本部から命令が下ったとしても拒否する。」


「我々は連発銃を持っておりますが、無数の熊笹が生い茂っておれば、まず狼を撃ち殺す事は不可能だと考えております。」


 人間は狼の嗅覚に勝つ事は不可能で、其れより熊笹で切り傷でもすれば狼は血の臭いを嗅ぎ付け四方八方から襲って来るので山に入れば命の保証はないと言う事だ。


「其れで此方側の山だがその山にも狼は潜んで要るのか。」


「此方側の山ですが猪や鹿が多く、狼は殆どいないと、其れとこの付近にも幕府軍はおりませんでした。」


「そうか、では時々猪か鹿の肉が食べれると言う事だなぁ~。」


「はい、自分も時々は食べたいと思います。」


「参謀長殿、只今戻りました。」


 別のところを偵察に行った小隊も戻って来た。


「お~君か、君は何処を探って来たんだ。」


「自分は高い山の。」


「えっ、正かあの山に入ったのでは。」


「自分は地元の猟師に話を聴きましたが、自分は何を命令されましてもあの山にだけは行きません。」


「そうか、やはり君も同じか。」


 参謀長と先の小隊長が顔を見合わせ笑った。


「何か有ったのでしょうか。」


「其れがなぁ~、今もその高い山の話をしてたんだ、其れで笑ったんだ。」


「そうだったんですか、自分はまた狼が怖いのかと言って笑われたのかと思いまして。」


「何もそんな話はしていないんだ、わしだって狼は恐ろしいからなぁ~。」


「やはり参謀長殿でも恐ろしいものが有るのですか。」


「わしでも当然有るよ、其れよりも君の話を聴こうか。」


「自分は山の麓の猟師に聞いたんですが、北側の山には狼よりも恐ろしい鬼熊がいると。」


「何だその鬼熊と言うのは。」


「忘れておりましたが、先日までおられました中隊の荷馬車が山の麓に有る大岩辺り放置されておりましたので持って帰りましたが付近には誰一人も居りませんでしたので宜しかったのでしょうか。」


「其れでいいんだ、と、言う事は高い山に登り狼の大群に襲われ餌食になったと考えねばならんなぁ~。」


 参謀長はこれで厄介者がいなくなったと、心の中では助かったと叫んでいた。


「猟師の話ですと二百人程の兵隊が山に登り数日後に叫び声がしたと。」


「其の話しはさっきも聞いたんだ、私としてはこの話しは口外無用だよ、兵士にも口止めして置いてくれよ、まぁ~私としてはあの中隊の厄介払いが出来たと考えて要るんだ。」


 二人の小隊長は頷いた。


「正直申しまして自分も同じでして、別の兵士が話を聴いたと言うですが、奴らは我々とは全く別の部隊で話しの内容では各地の農村や漁村を襲い、男達を先に殺し、女は犯してから殺すと、其れで皆殺しにすれば例え発見されても一体何処の部隊の犯行なのかも分からないようして要ると言うのです。」


「正しく我々正規の官軍の仕業とは到底思えない悪行だなぁ~。」


「自分が聞いたところでは、奴らは高い山の向こう側には女だけが残った城下が有り、奴らは其の城下に向かったものだと思いますが。」


「ではあの叫び声は奴らのでしょうか。」


「まぁ~多分間違いは無いだろうと思う、其れでだ、我が部隊はどんな事が有ったとしてもだ高い山には一歩足り共入ってはならない、これは命令だと全員に告げよ。」


「はい、承知致しました。」


 二人の小隊長は隊へと戻って行く。


 奴らは官軍の軍服を着た殺人集団で有り、狼の大群に襲われ餌食になったのは自業自得だと考えており、その後、部隊の全員に参謀長の命令が下った。


 一方で、源三郎と信太朗達は野洲を目指していた。


「あの~お侍様。」


「何ですか、其れと私は源三郎と申しますのでね、これから私を呼ぶ時には源三郎と呼んで下さいね。」


「えっ、そんなぁ~無茶でんがな急に呼べって言われても。」


「其の方が私も気が楽でしてね、其れに我が連合国では誰でも源三郎と呼びますのでね。」


「はい、お侍様、いや源三郎様、わいらはこれから一体どうなるんでっか、わいはもう心配なんで。」


「昨日も申しましたが野洲で大事な人に会って頂きましてね、まぁ~その後の事は何も考えておりませんが何か有るのですか。」


 上方から来た信太朗、五郎八、伊助の三人はあの時以上の恐怖が待って要ると思い又も身体が震え出した。


「昨日のお話しでは三人共炊事のお仕事をされておられたと聞きましたが。」


「あの話は奴らに殺されると思って、わしもですが、ご飯が一番大事だって聞きましたんで其れでわしらはご飯は作れますって言ったんで、でもほんまの事いいますとそんな事した事は有りまへんねん。」


「では嘘がばれたのでは無いのですか。」


「其の時、さっきの五人のお侍様がご飯を作る時には薪木を集めたり、他にも色々とする仕事が有るって言われましてん、其れでわいらはご飯を炊く準備の仕事で命拾い出来たんですねん。」


「源三郎様、其れだけはほんまの話しでさっかいに信用して欲しいんですねん。」


 そうだったのか、信太朗達は何としても生き延びたいと言う望みを捨てず、だが下手な嘘が時には災いをもたらす事もこの時に知ったのだろ。


「では聞きしますが貴方方は何が出来るのですか、ですが今度は嘘は駄目ですよ。」


「オレ達の家は親父も爺ちゃんも細工物の職人で、オレ達三人は遠縁にあたるんです。」


「そうですか、では三人は親戚なんですね。」


「はい、其れでわしら三人は小さい頃から細工物作りの手伝いをしてましてん。」


「では三人はお互いが競争相手だと言う事なのですか。」


「其れが全然違いまんねん、わいは皮が専門で信太朗は金物で五郎八が木工なんでどんな事が有っても競争する事なんかおまへんねん。」


「そうですか、では野洲でも仕事が楽しみになりますねぇ~。」


 源三郎は早くも野洲に着けば仕事が有ると言った。


「オレ達にも仕事が有るんですか。」


「其の通りですよ、ですがねぇ~野洲の仕事、其れはもう大変ですよ。」


 源三郎は信太朗達をげんたの下で仕事に就かせたいと考えて要る。


「何が大変なんでっか、わしはもう何も怖い事なんかおませんで、そうでしゃろ草地の時の事を考えたらでっせ。」


「そうですが、ですが野洲にはねぇ~私の天敵がおりましてねぇ~。」


「天敵ってなんでっか。」


 信太朗達は源三郎が言う天敵の意味が通じていない、だがその様な話しをして要ると馬で行くとさすがに早く、早くもお昼前に松川に着いた。


「あっ源三郎様だ、誰か若殿にお知らせして下さい。」


 もう其の時執務室へと走って行った。


「若殿様、源三郎様のお着きで御座います。」


「ご苦労様です、若殿は。」


「はい、直ぐお知らせに向かいましたので間も無くかと思います。」


「左様ですか、では私は先に参りますので若殿には。」


 源三郎と信太朗達は馬を降り松川の執務室へと向かった。


「なぁ~五郎八、伊助、源三郎様ってやっぱり何処でも知られてるんやなぁ~。」


「そうやがなぁ~、わいもほんでびっくりしてるんや。」


「大変ご苦労様で御座いました、間も無く若殿もお見えになられますので、さぁ~どうぞ。」


「有難う御座います、では失礼して貴方方もお座り下さい。」


 源三郎が座った時。


「ご無沙汰しております。」


 と、若殿と斉藤が飛び込んで来た。


「えっ、若殿様って、わぁ~大変だ早く。」


 信太朗が五郎八と伊助に言い、土下座すると。


「信太朗さん、何もその様な事をする必要は有りませんよ。」


「でも若殿様で御座いますから。」


「宜しいんですよ、義兄上が連れて来られたのですから、其れなりの訳が有っての事ですからね。」


「まぁ~まぁ~信太朗さん、そう言う訳ですからね、さぁ~お座り下さい。」


 信太朗達は下を向いたまま座り直した。


 若殿と斉藤は松之介の話しを聞くだけで安心したのか、極悪非道な官軍兵の処罰を見る事も無く松川に戻っていた。


「何か有ってのご来城だと思うのですが。」


 斉藤も何かを察したのだろう。


「山賀の草地で悪人共を懲らしめてきたのですがね、此方の三人は運が良く生き残ったという訳でしてね。」


「義兄上が懲らしめてと言う事は余程の悪人だったと言う事になりますねぇ~。」


「ええ、其の通りでしねてね、私が山賀で聴いたのですが、官軍の軍服を着た極悪非道の限りを尽くした官軍兵でしてね大よそ二百人くらいだと思いますが、この人達とは別に山賀には五名の侍が居られ賄いがお役目でして、其の方々以外は全員狼の餌食になりましたよ。」


 まぁ~其れにしても其れだけの事を源三郎は平然と言うが、信太朗達は又もあの時の光景を思い出したのか身体がぶるぶると震え、彼らには一生脳裏から離れる事は無い。


「では山賀に官軍が攻めて来たので御座いますか。」


「まぁ~其れが全く違いましてね、一人の兵士が大芝居を打って偽者の官軍兵を草地に誘い込んだのが本当でしね、斉藤様、其れよりも今の話で官軍兵と申しましたが、山賀の北側を登りますと我々の知らない大きな入り江が有り、入り江の一番奥で何か分かりませんが建物を建てる様だと聞いたのですが。」


「私も以前漁師さんから聞いた事が有りますが、私は其の時にはまだ総司令に報告する必要も無いと思っておりました。」


「そうでしたか、其れで松川の漁師さんは大きな入り江まで漁に行かれたのでしょうか。」


「其れが違いまして、松川の入り江では時々ですが潮の流れが変わるそうでして、その様な時に入り口付近で漁を行なって要ると潮に流され沖に流されると聞いております。」


「では沖に流され大きな入り江に入って行くのですか。」


「漁師さんにすれば潮の流れに逆らうと戻る事も出来ませんので潮の流れに任せると半時程で大きな入り江に入って行くそうです。」


 漁師にすれば潮の流れに下手に逆らうと浜に戻る時には、疲れが凄く戻る事も出来ず、その為潮の流れに小舟を任せると言う。


「では山賀の北に断崖絶壁の沖を過ぎて行くのですか。」


「仮に断崖絶壁に辿り着いたとしても漁師さんにあの断崖絶壁を登る事はとてもでは有りませんが不可能と言うものですよ。」


 山賀の断崖絶壁はほぼ垂直で高さが一町以上も有り、その様な絶壁を普通の人間が登る事は不可能だ。


「ですが何故に漁師さんは浜に戻って来られたのでしょうか。」


「漁師さん達は今まで何度と無く経験されておられ潮の流れに逆らう事もしなければ自然と大きな入り江に入って行くとその間々行けば一番奥に着くと知っておられるのです。」


「では大きな入り江に辿り着く事で助かると言う事なのですね。」


「ええ、その様でして、漁師さんは一番奥に着き数時も其のままでおれば、又潮の流れで自然と入り江の入り口へと向かうのだと申されておられます。」


「では一番奥はどの様になって要るのかも知っておられるのですね。」


「奥には小さな漁村が有り、その浜の少し手前で又戻って行くと、漁師さんも其れを知っておられ何もされずにおられると言っておりました。」


「ではその反対と言うのは有るのでしょうか。」


 源三郎は若しも反対に奥に有る漁師が松川や上田、更に野洲、菊池の入り江に入って来ると考えた。


「其れは無いと申されておられ、大きな入り江を出ると潮の流れが変わり、大きな入り江の漁師達さん達は知っておりその様な時には小舟を出す事は無いと聞いております。」


「左様でしたか、では大きな入り江の漁師さん達は松川や上田の浜は知らないのですね。」


「其れは松川の漁師さんが言っておられましたので間違いは無いと思います。」


「分かりました、其れで先程の大きな入り江の大きさですが。」


「漁師さんの説明ですが、入り江の入り口付近と更に奥に行きますと数本の半島が突き出ており入り江の入り口付近からでは奥までは見えず、其れと奥に行くまでは大小の入り江が有ると申されておりました。」


「では沖を通過する、仮に幕府軍の軍艦からは奥は見えず無理に入って行く事が出来ないのですね。」


「確かにその様に申されておられ、私はあの入り江は天然の要塞とでも申しても良いと思います。」


 だが官軍は何時頃その入り江を調べたのだ、其れにもまして何故長崎から遠く離れたところに軍艦の基地、いや今は何も分からないが、其れにしても余りにも距離が離れており、源三郎はどの様に考えても全く理解出来ないと言うのが今正直なところで有る。


「私は何としても官軍の部隊がどの様な工事をするのか知りたいのです。

 ですが何も今直ぐにとは思っておりませんので、数日後にでも漁師さんに今一度入り江の奥に行って頂きたいとお願いは出来ないでしょうか。」


 斉藤は源三郎が何を知りたいのか分かった。


「先程のお話しでは官軍の大部隊が入り江の奥に要ると申され、其れをお聞きし私も何とか知りたいと思いますので、では数日後にでも浜に参りまして漁師さんにお願いする様に致しますので。」


「誠に申し訳御座いませんが、何卒宜しくお願い致します。」


「義兄上、先程のお話しですが官軍は山賀の北側に来て要るのですか。」


「多分其れは間違いは無いとは思いますが、此方の信太朗さん達と山賀に残られた五名の話からすると、官軍の大部隊は山賀の北側を登る気配は有りませんので何もご心配される事は無いと思いますが、其れに間違いは有りませんね、信太朗さん。」


「えっ、はっ、はい。」


 突然答えを求められた信太朗は何を言って良いのか分からず、返事するのがやっとだ。


「信太朗さんと申されるのですか、山賀には私の弟がおりますので、何か気付かれた事は有りませんか。」


「はっ、はい、若殿様、オレ達はやくざ者でして。」


「ほ~やくざ者でしたか、ですが今は義兄上の、いや連合国の仲間になれたのでは有りませんか。」


 若殿も全て承知しており、源三郎が傍に居らせると言う事は元が何者で有ろうと、今は連合国の一員となったので有る。


「オレ達が源三郎様のお仲間に加えて頂けるんですか。」


「其れは多分間違いは有りませんよ、まぁ~其の内に我々連合国がどの様な国なのかも分かりますのですね、其れで先程の話ですが、信太朗さん達は官軍の部隊が何の目的でやって来たのか知られてはおりませんか。」


「オレ達は官軍の野営地では全然他の兵隊さん達とは話しが出来なかったんで、何も知らないんです。」


「実はですねぇ~この三人は銀次さんの、まぁ~簡単に申しますとねっ、一家を追い返されたと言うのが正解で、ですが三人共細工物の職人なのでげんたの下で働いて頂きたいと、私が勝手に決めて要るのですがね。」


「へ~細工物の職人さんですか、其れならば技師長も大助かりだと思いますねぇ~。」


「あの~今言われました、げんたさんとか技師長って一体何の話しなんですか。」


 信太朗達には全く理解出来ない会話で一体何の話しをして要るのかさえもさっぱり分からない。


「まぁ~其れは野洲に着けば分かりますからね。」


 又も信太朗達は源三郎の言葉で煙に巻かれた。


「先程申されましが、官軍の司令本部は特別攻撃隊を編成したと、ですが一体何用で特別攻撃隊なる部隊を作られたのでしょうか。」


「其の話しならば、私よりも信太朗さん達の方が知っておられますので、信太朗さん、貴方方が知っておられる事をお話し下さい。」


「源三郎様、若殿様、オレ達三人が入った特別攻撃隊って言うんですが、隊長と言う人が言うのは諸国には今も官軍に対し降伏せず戦を望む国が有るって、特別攻撃隊は本部から派遣される部隊に先んじて諸国を回り降伏勧告せよと、其れで勧告に応じなければ攻撃しても良いって言われたとか聞きました。」


「ではどの国に行くのかも分からないのですか。」


「オレ達は其れ以上の事は全然知らないんです。」


「ですがその特別攻撃隊と言うのが極悪非道の者達の集まりでしてね、宿場に入れば皆殺しにするのですから、其れは想像を絶すると聞いております。」


「ですが一応は勧告すると言う事になって要るのでは有りませんか。」


「部隊ですが、何処のご城下に入っても何も言わず突然鉄砲で撃ち殺して行くんです。

 其れも最初は男だけを殺し、女は犯してから最後には全員を殺し、家に火を点けてどの部隊がやったのかも分からない様にするんです。」


「ではその特別攻撃隊と言うのは他にも有るのですか。」


「隊長の話ですと、まだ有るって言ってましたが其れ以上の事は分からないんです。」


「その様な話しですので山の警戒は厳重にお願いしたいのです。」


「私から中隊長にお話しをして置きますので。」


「何卒宜しくお願い致します。」


「義兄上、お昼の用意しておりますので、今暫くお待ち下さい。」


「そうですか、若殿には色々とご迷惑をお掛け致しますが。」


「何もその様な、私も連合国の領民の為ならば何でも無い事です。」


 そして、源三郎達は松川で昼食を終わり、馬を代え野洲へと向かった。









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