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闇の帝国    作者: 大和 武
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 第 27 話。 源三郎の胸騒ぎ。

 話しは少し戻り


「パン、パン。」


 と、突然、銃声が聞こえた。


「お、あの音は下に着いた合図だ。」


 銃声は吾平が市蔵と佐平の下に着いたら合図に二発撃ってくれと言った、其れが今の銃声で有る。


「佐平、急ぐぞ。」


「ああ、行こうか。」


 市蔵と佐平は山賀のお城へと走って行く。


「大川様、今の銃声は。」


「何も心配は要らぬ、あの銃声は火縄銃の音で多分先程の猟師が何か獲物でも見付け撃ったのだろう。」


「そうですよ、皆様方、官軍の連発銃の音とは違いますよ、其れに二発だけしか聞こえておりませんので心配は御座いませぬ。」


 侍達は正か吾平の命を受けた市蔵と佐平の二人が山賀のお城へ知らせに行ったとは思いもしなかった。


「この頃は何事も無く平穏ですが、この間々何事も無く行けば宜しいのですがねぇ~。」


 吉永はこの十数日間と言うもの何も起きていない事が何やら不吉な事でも起きるのでは無いかと思って要る。


「実は私も同じ様に考えて要るのですが、余りにも何も起きていないと言うのが不吉でならないのです。」


「ですが余り神経質になれば正太達に不安を与えかねませぬので。」


「勿論、私も承知して要るのですが、やはり。」


 其の時、大手門に猟師が飛び込んで来た。


「若様はおられますか。」


「はい、おられますよ、入って直ぐ左の建物ですから、どうぞ。」


「はい、有難う御座います。」


 二人の猟師は走って行く。


「若様、大変で~す、大変なんです。」


 と、二人が執務室に飛び込んで来た。


「一体どうされたんですか、そんなに慌てて。」


「其れが大変なんですよ、北の断崖近くなんですが、山の向こう側からお侍が五十人程登って来たんです。」


「何ですと、五十人の侍が断崖近くの山に向かって要るのですか。」


「はい、で、今吾平さんと息子さんが見張ってます。」


「これは大変で御座いますぞ、我々は正か北側から登って来るとは考えておりませんでしたので。」


「私もですよ、其れで断崖絶壁近くの草場に下りて来るのでしょうか。」


「多分間違いは無いと思うんですが、吾平さんの見事な話術に騙されると思うんです。」


「えっ、今何と申うされましたか、吾平殿と申される猟師さんの見事な話術に侍達が騙されたと聞こえたのですが。」


 吉永は吾平と言う猟師を知らない。


 だが山賀の猟師仲間では師匠と言われ、其れは教え方が誰にも分かる様にと、其れが吾平の話術なのだ。


「ではお聞きしたいのですが、侍達は何処から来たのか分かりますか。」


「お侍は西の方にある小国から来たと言ってました。」


「西の方の小国ですか、其れで。」


「オレが見た時の事をお話しします。」


 市蔵は若様と吉永に向こう側から登って来た時の事を話すと、若様や吉永が驚く様な内容で有る。


「よ~く分かりました、猟師さんがお話しされた内容を認めて頂けましたか。」


「はい、全て書き留めました。」


「では同じ内容のものを四通書いて下さい。」


 山賀以外の国に大至急知らせなければならないと直感し、家臣達は直ぐ書き上げた。


「書き終わりましたら直ぐに届けて下さい。」


 数人の家臣は書状を持ち直ぐ部屋を飛び出して行った。


「先程のお話しですが、侍達に戦う意図は有りましたか。」


「オレが見たところでは、お侍達はオレ達に見付かって其れはもう大変な驚き様で、オレ達が官軍の兵隊が姿を変えたと思ったんでしょうか、ですが吾平さんが自分達は下の村から来た猟師で今日は鹿を仕留めに山に入ったって言って、少し安心したんでしょうか、お侍達はふ~っと、溜息したんです。」


「侍達は相当恐ろしい場面に遭遇した思われますねぇ~。」


「若、拙者もですぞ、ですが官軍は一体何の為に其れまでして虐殺する必要が有るのでしょうか。」


 官軍の余りにも凄まじい虐殺に対し、吉永の怒りは頂点に達して要る。


「拙者は何としても官軍を許す事は出来ませぬぞ。」


「私もです、戦ならば戦闘員だけで終わればよいものを、何故女性や子供、其れに老人までも殺さなければならないのですか、私はどんな理由が有ったとしても絶対に許しませんかね、多分義兄上も同じ考えをされると思います。

 其れで侍達ですが、山を越えるのでしょうか。」


「多分其れは間違い無いと思います。

 お侍達は山の向こう側がどうなってるのか何度も聞いてましたんで。」


 何故其処まで聞くのか、山の向こう側を聞くと言うより、官軍の追撃を逃れる為に聴いて要るのだと思った。


「侍達は官軍の追撃を逃れる為に何度も聞く、やはり猟師さんが本当の事を言って要ると確認したかったのだと思いますが。」


「私も同じ様に思いますが、それ程にも官軍が恐ろしいと言う事なのでしょう、我々も官軍の攻撃が有ると考えねばなりませぬ。」


「私も同感ですよ、其れで侍達ですが何時頃山を越えて来るでしょうか。」


「吾平さんはこの山には狼もですが、其れよりも恐ろしい熊が要ると言ってました。」


「えっ、狼では無く熊の方が恐ろしいのですか。」


「はい、そうなんです、吾平さんは確かに狼は恐ろしい、でもこの山に住む熊は狼よりも遥かに恐ろしいって、だから此処の山には狼が少ないって。」


「えっ、今なんと申されましたか、私は今まで狼が一番恐ろしいと伺っておりましたが、何故熊の方が恐ろしいのですか。」


「確かに狼は恐ろしいですよ、牙で噛みつきますから、でも熊は両手に長く強力な爪が有るんです。

 ですから狼が飛び掛かっても強力な爪を持つ手で一撃されると狼は跳ね飛ばされ狼の身体は大きく裂けその場で絶命するんです。」


「私も初めて聞きましたよ、狼よりも恐ろしい熊が要るとは、ではその恐ろしい熊があの山には多く住んで要るのですか。」


「どれだけの熊が住んでるのか知らないんですが、熊は狼の様に大群では襲って来ませんが、一頭で行動しますんで、でも狼の様に人間を襲う様な事はしませんので余程の事が無い限り襲われる事は無いんです。」


「では熊を見付けても安心出来るのですか。」


「其れは分かりませんが、熊は木の実を食べるんですが、冬眠が近付くと他の動物を襲う事も有るんです。」


「普段は木の実が主食だと初めて知りましたよ。」


「でも其れは吾平さんが言われたんで、オレ達も本当の事は知らないんです。」


 吾平は侍達に話したのは本当なのか、其れは吾平だけが知って要るのか。


「猟師さんのお話しでは吾平さんは侍達に作り話をされたのでしょうか。」


「其れは分かりませんが、吾平さんの話しはお侍達も信じたと思います。」


「では侍達は直ぐには越えては来ないですねぇ~。」


「若も今其れを猟師さん達に求めるのは無理だと思います。

 其れよりも吾平さんの話しを信じた侍達は数日掛けて山を下るのは間違い有りません。

 我々は数日間の余裕が有りますので策を考えては如何でしょうか。」


「はい、猟師さんには大変申し訳有りませんでした、私が余りにも急ぎ過ぎたのです。」


 若様は猟師達に頭を下げた。


「そんな事は無いですよ、其れでお聞きしたいんですが、あの侍達は殺されるんですか。」


「私が殺すのですか、多分ですが侍達が下り終わる前に義兄上が来られると思いますので、全て義兄上にお任せしようと考えております。」


「若様、義兄上様って正か。」


「その正かですよ、野洲の源三郎様ですよ、私は侍達が官軍から逃げる様に山に入ったのならば侍達に官軍の様子を聴き知る事の方が先決で、若しも反攻するので有れば数人だけを残す事も必要だと思います。」


 若様も吉永も全員を殺す必要は無いと考えて要る。


 だが若しも反抗するので有れば数人だけを生かし、残りの全員は殺さなければならないのだと。


「でもあのお侍達は刃向かう事は無いと思うんです。

 若様もさっき言われましたが、お侍達はオレ達にも刀を抜きませんでしたので。」


 猟師は侍達の様子を一番知っており、侍達を殺す必要は無いと言って要る様にも聞こえる。


「何も心配は有りませんよ、私も義兄上も侍達から官軍の様子を知りたいだけですよ。」


「若様、本当に有難う御座います、其れであの侍達ですが登りに二日は掛かると思います。

 それで、下りですが同じくらいの日数は掛かると思うんです。」


「では都合で四日で北側の草地に現れると考えねばなりませんねぇ~。」


「中隊から一個小隊を連れて参りましょうか。」


「そうですねぇ~、多分一個小隊で十分でしょうから、誰か中隊長を。」


 其の時、中隊長が入って来た。


「若様。」


「中隊長を今お呼びに。」


「ご家中の数人が馬を飛ばして行かれたと、当番兵から聞きましたが、一体何が起きたので御座いますか。」


「実はですねぇ~北側の山を五十人程の侍が登って来たと、今猟師さんから話しを聞かされましてね。」


「何ですと、北側の山と申せば断崖絶壁近くでは御座いませんか。」


「其の通りでしてね、草地に向かわせる様にと吾平さんと言う猟師さんが話されたと聴きまして。」


「猟師さんが侍達を言葉巧みに草地へ誘導されて要るのですか。」


「その通りでしてね、誠に驚きの作戦だと思います。

 其れよりも北側の山には狼よりも恐ろしい熊が住んで要ると、今猟師さんから聞いたのですが、中隊長はご存知なのですか。」


「いいえ、自分も今初めて聞きましたが、猟師さん、今若様が申されましたお話しは誠なのですか。」


 中隊長は正かと思った、菊池から山賀まで続く高い山には狼の大群だけだと今の今まで思っていた。


「中隊長様、本当なんですよ、狼は大群で襲って来ますが、熊は単独で行動しますんで、其れでオレ達猟師はこっちの山に入るのは滅多に無いんです。」


「中隊長様、でも熊は動きが遅い事は無いんですが、油断したら怪我では済まないんで。」


「其れは誠ですか、自分は熊を見た事が有りませんので自分にも理解出来る様に教えて頂きたいのですが。」


「中隊長様、本当はオレ達も見た事は無いんですが、オレ達の師匠で吾平さんって言う人の話ですと、狼は足も速く大群で襲い大きな牙で噛み殺すんですが、熊には其れよりも前足と言うんですが前足には大きくて、そして長く鋭い爪が有るんです。」


「何と申されました、熊の動きは鈍いが狼には無い前足に大きく長い爪が有ると。」


「そうなんですよ、狼は集団で熊を襲ったとしても前足で弾き飛ばされると狼の身体は一間以上は飛ばされ身体は鋭い爪で引き裂かれ直ぐ死ぬと言ってました。」


 何と言う恐ろしい話だと中隊長は今までは狼が最強の生き物だと思っていた、だが猟師の話を聴くと、其れは狼では無く熊だと聞かされたので有る。


「猟師さんのお話しですと、狼よりも熊の方が恐ろしいと、では北側の山には今申されました熊が多く生息して要るのですか。」


「狼に比べると熊の数は少ないですが、でも少ないと言っても数十頭、いや百頭は要ると思ってるんです。」


「百頭ですか、其れならば少し安心しましたよ、自分はもっと多いと思っておりましたので、其れでは山に入っても熊と遭遇する事は無いのですね。」


 中隊長は滅多な事では熊と遭遇する事は無いと思った、だが。


「そんなの飛んでも無いですよ、確かに熊の数は少ないですが、あの狼でも熊の住んでる北側の山には行かないんですよ、狼は物凄く賢い生き物ですから好き好んで北側の山には行かないです。」


「猟師さんの申される通りならば北側の山を登るのは大変な危険と伴うのでは御座いませんか、自分ならば北側の山を登る事などは致しませんが。」


 中隊長は狼よりも恐ろしい熊が住む北側の山を登る事は命を捨てる覚悟が必要だと考えて要る。


「ですが猟師さんのお話しは事実でして、其れで私は何としても五十人の全員とは申しませんが、数人だけでも残し官軍の情報を得たいと思って要るのです。」


「ですが相手の素性が何も分からないのでは御座いませぬか、その様な相手を生かして置くのは自分は反対で御座います。」


 中隊長は軍人として侍、其れは幕府の残党では無いかと考えて要る。


「中隊長の申されます事は私も理解出来ます。

 私も出来る事ならば生け捕りと言う危険を伴う事は避けたいのですが、私は其れよりも官軍の情報を得たいのです。」


 若様も危険で有ると認識はしており、其れは北側の山の登って来るのは幕府の残党の一部で有り、無事に登った事が山の麓に居るで有ろう本隊が知れば大挙して登って来るかも知れないのだ。


「若様が官軍の情報を得たいと申されますのは自分も十分理解出来ます。

  では何か良い策でもお考えなので御座いましょうか。」


 中隊長も納得したのだろうか、若様が侍達から官軍の情報を得たいと、其れならばどの様な策を持って侍達を生け捕りにするのか、其れを聴きたいので有る。


「実は私も考えを纏めるまでは出来ておらず、余りにも突然な事なので今も考えて要るのですが。」


「若様は突然の事だと申されましたが、其れが戦なので御座います。

 戦はある日突然起きると考えねばなりません。

 自分達も幕府軍との戦は突然起き、其れを何としても勝たなければ自分達の命すら危険なのです。」


 若様も吉永も今まで戦に参加した事は無く、戦の恐ろしさは今連合国軍の兵士達が一番良く知って要る。


 中隊長は幕府軍の恐ろしさは十分過ぎる程知っており、侍の姿で有れば問答無用で殺さなければならないのだと言う。


「若様には大変ご無礼だと思っておりますが、戦と言うのがどれ程残酷なものか、どれ程悲惨なのか知っておられないと思うので御座います。

 ですが、我々はその戦に参戦し全てを戦い抜けたのです。

 自分は何も若様を批判して要るのでは御座いません。

 自分が思いますには其の侍は幕府軍の残党では無いと言う保証が無い限り信用出来ないので御座います。」


 若様も吉永も、そして、猟師は何も言わず静かに中隊長の話を聴いて要る。


「中隊長、誠に申し訳御座いません。

 私も確かに本当の戦は知りませんので何としても其の侍達から官軍の情報を聴き出し、連合国の領民だけでも生き残れる様な策を考えたいのです。」


 吉永は先程から何かを考えて要るのか、目を閉じており、其れは中隊長の話を聴いて要る様でも有る。


「中隊長の申される通りで、拙者は何も反論出来ませぬ、だからこそ侍から官軍の情報を聞き出したいのです。

 勿論、少しでも反攻の様な態度を見せればその場で切り殺さなければならないと考えております。」


「若様、ご家老様、よ~く分かりました、私も侍達から何かの情報を得たく思っておりますが如何で御座いましょうか、我が中隊の中でも第一、第二小隊を差し向けたいのですが。」


「誠に有り難きお言葉で、其れで二個小隊には何を指示されるのでしょうか。」


「二個小隊は我が中隊の中でも特技を持っておりまして、余程の事が無い限り侍達に気付かれる事も無く目前まで迫る事が出来るので御座います。」


 中隊長が言う特技とは一体どの様な事なのだ、若様は何故か知りたいと思い。


「中隊長が申されます特技とはどの様な事なので御座いますか。」


「まぁ~其れは後程の楽しみとして頂きたいのです。」


 中隊長は後の楽しみだという。


「では教えては頂け無いのですが、誠に残念ですが仕方が御座いません。

 其れでは数日後北の草場に第一、第二小隊が参られるのですね。」


「はい、其の様に手配致しますが、どなたが参られるので御座いますか。」


「勿論、私が参りますので。」


「えっ、若様が直々参られるのですか、其れは余りにも無謀では御座いませぬか、若しもの事が有れば、山賀、いや連合国にとっては大変な痛手を被る事にもなりますので、何卒撤回して頂きたいので御座います。」


「ですが私は一刻でも早く聴きたいのですが、中隊長は参られるおつもりなのですか。」


「勿論で御座いまして、自分が直接指揮を執るつもりで参ります。」


 若様には辞退せよと言い、だが軍の指揮は中隊長自ら執ると言う、其れが自然の流れで有ると言う。


「中隊長の申されます通りで御座いまして、私も同感で、その代わりと申しては何ですが、この私が参りますので、中隊長、其れで宜しいでしょうか。」


「えっ、吉永様がですか、私よりも吉永様に残って頂きたいのですが。」


「其れはなりませぬぞ、中隊長が申される通り、若に若しもの事が有れば、連合国にとっては大変な痛手となり、其れは山賀でも同様で、若は山賀に取りましてはなくてはならぬお方で御座いますので。」


 と、吉永はニヤリとした。


「う~ん、吉永様、何とかなりませぬか、私は。」


「いいえ、絶対に駄目で御座いますよ、絶対にですからね。」


 中隊長は何とも言えない顔をし、猟師の二人は困ったと言う顔をして要る。


「中隊長、私は少し離れたところでも宜しいのでね、お願いしますよ。」


 若様は何としても行きたいと嘆願するが、吉永も中隊長も頑として首を振らない。


「中隊長様は何で若様が行っては駄目なんですか、その為に兵隊さんが行くんでしょう。」


「若様は連合国の領民の為に是非とも必要なお方なんですよ、その大切なお方に若しもの事が有れば、其れよりも若様は山賀の領民にとっては心の拠り所の様なお方ですよ、ですから自分は若様に残って頂きたいのです。

 猟師さんもご理解して頂きたいのです。」


「そう言う事だったんですか、だったら若様は絶対に行っては駄目ですよ、若しも行くんだったらオレは城下の人達の言ってみんなに止めて貰いますからね、絶対に行かせませんよ、絶対に駄目ですからね。」


 其処まで言われると若様にはどうにもならないが果たして若様は行く事が出来るのか。


「何でしたら正太さんに達に知らせましょうかねぇ~。」


 と、吉永は笑いを堪えて言う。


「え~正太さんにまでですか、う~ん。」


 と、若様は考え込むが、もうこれまでとなれば諦めるしか無い。


「ええ、分かりましたよ、もう仕方が有りませんのでね諦めますがね、その代わりお願いが有るのです。

 お願いと言うのは出来るならば侍達を無傷でお連れ願いたいのです。」


 吉永も中隊長にも若様の気持ちは伝わり。


「私が全ての責任を持ちまして侍達を無傷でお連れ致します。」


 中隊長も若様の事だ侍達が抵抗さえしなければ無傷で連れて来て欲しいと言うだろうと、其れは吉永もだ。


「其れで何時頃山を下って来るのでしょうか。」


「中隊長様、多分ですが、後三日、いや三日目の夕刻前には下って来ると思うんです。」


「三日目ですか、ご家老様、では三日目の夕刻前に出立すると言うので如何で御座いましょうか。」


「拙者は何時でも宜しいですが、では中隊長が申されます三日目の夕刻前に出立しましょうか、其の時には猟師さん達もご同行して頂けるでしょうか。」


「ご家老様、其れはもう勿論で、オレ達も吾平さんと新平さんが心配なんで。」


 市蔵は吾平と新平の事だ侍達の直ぐ後ろを歩いて要るはずで、若しも何かの理由で侍達に発見されると命の危険に晒されると思って要る。


「猟師さんは吾平さん達の事を心配されて要るのですね。」


「若様は山賀では領民達の心の拠り所のお方で、其れは間違いは無いと思ってます。

 でもオレ達猟師仲間では吾平さんが一番なんで、若様にも申し訳無いんですが、吾平さんに若しもの事が有れば山賀の猟師は一体誰を頼りにすればいいのか分からないんです。」


「市蔵さんと申されましたね、私も吾平さんが大切なお方だと言う事は分かっております、市蔵さんも佐平さんも吾平さんの事ですから何も心配される事は無いと思って下さい。」


 若様は吾平と言う猟師は山賀でも最高の猟師で有ると知っており、だが幾ら最高の猟師だと言っても、其れは山の獣が相手ならば何の心配も要らない。

 だが今回は五十人と言う侍の後方を、其れも気付かれる事も無くついて行かねばならず、若様も一抹の不安を感じて要る。


「大川様、もう間も無く頂上だと思いますが、陽もまだ高く、私は頂上近くまで行けると思いますが、如何なされますか。」


「拙者は相川殿が申されます様に陽もまだ高い、相川殿がこの場所で今夜も過ごすと申されますまで進んで良いと思いますが、皆様方は如何で御座いましょうか。」


 大川は相川に任せると、他の侍はと言うと、今は何も考え付かないと言う表情で自らの意思では答える事も出来ない程疲れて要る。


「皆様方、如何でしょうか、私が先に調べに参りますので少しお休みして下さい。」


 と、言って相川は頂上まで行き、暫くして戻って来た。


「大川様、皆様方、後一町程で頂上で御座いますので、後少しの辛抱で御座います。」


 相川が話すと、大川も他の侍達も俄然元気が出て来たのだろうか歩くのが早まり、侍達は必死だ、何としても山の向こう側に逃れ、何時の時が来れば藩主は勿論だが、家族や城下の領民の仇討ちをしなければ天国に行けず、腹の虫が収まらないので有る。


「皆様方、大変ご苦労様でした、この場所が頂上だと思われます。」


「相川殿は頂上に辿り着いたと申されましたが、大木が生い茂り、更に熊笹が背丈ほどにも有り前が全く見えないのですが。」


「田川様、皆様方も足元を見て頂きたいので御座います。

 皆様方の前が下がり、後ろも同じで下りになって要るのがお分かりだと思いますが、即ちこの場所が頂上だと言う事になるので御座います。」


「成る程、では明日の昼頃には向こう側の麓に着けるので御座いますなぁ~。」


「皆様方、其れは多分無理だと思っております。」


「何故で御座いますか、明日の早朝に出立すれば宜しいで御座いませぬか。」


 皆川もだが全員が一刻でも早く山の麓に着きたいと思うのも無理は無かったが相川は山の下りでも熊笹が覆い茂って要ると考えて要る。


「皆様方もで御座いますが、この山には背丈ほどにもなる熊笹が覆い茂って要るのです。

 更に目の前の大木が麓まで続き、急な下りと会い重なり猟師さんのお話しでも有りましたが、猟師さんでさえ歩くのが困難だと申されておられました。

 私達は猟師さんでも無く、日頃は城下と言う平地を歩いており、その様な私達が山の麓に着くのは良くて夕刻近くになると考えております。」


「う~んやはり無理で御座いますか。」


 皆川もだが他の侍達も相川がはっきりと言った、麓に着くのは早くても夕刻になると、其れでは途中で更に夜を迎える事になると思いがっくりと肩を落とすのだが、相川は悲観的には考えていなかった。


「皆様方、何も其の様に悲観的に考えられる事は御座いませぬ。」


「何故ですか、何故悲観する事は無いと申されるのですか、拙者は一刻でも早く麓に着き、そして、別の地に向かい官軍に対し家族の仇を討ちたいので御座います。」


「えっ、お主は家族の仇討ちを考えておられたのか、実は拙者もだ、だが官軍の兵士は連発銃を持って要るのだぞ、その様な相手に我らは太刀だけなのだ、お主は一体どの様な方法を考えて要るのだ。」


「桜井様、拙者は何も考えてはおりませぬ、ですが例え一太刀でも浴びせなければあの世で家族に会わす顔が御座いませぬ。」


 桜井と言う侍は例え一人の兵士も殺す事は出来ないとしても何もしないよりは良いと考え、其れで一刻でも早く山を下りたいと考えていた。


「桜井様、私も同じで御座いますが、この山の下りは簡単では御座いませぬ、私は先程木に登り辺りを見渡しましたがこの山が急だと分かったのは大木の下を見て、これは大変急な山だと思ったので御座います。

 急な下りを急ぎますと、何らかの時に足を引っ掛け熊笹の中を転げ落ちる様に行き、運が悪ければ大木に衝突し大怪我をし、更に怪我が元で出血しますと狼の大群が襲って来ると考えねばなりません。」


 相川の説明に誰も反論する事も出来ず、相川の頭が良いのでは無く、相川が常に冷静だと言う事で有る。


「お主達に今の相川殿が何を考えておられるのかまず分からないだろう、勿論、拙者も同じだが、だが相川殿はあの日以来全てを冷静に保ち、何としても生き残る事の方が一番優先事項だと考えて、考えたのだ。」


「もう直ぐ陽が落ちますので今の内に木に登り身体を木に預け、朝を迎えましょう。」


「相川殿の申される通りですぞ。」


 大川は早くも木に登り始め、その後は他の侍達も木に登り身体を木に縛り落ちない様にした。


 そして、二日後のお昼少し前の朝四つ半になった。


「ご家老様。」


「中隊長、参りましょうか。」


「えっ、小隊の兵士は。」


「先程草地に向かいました。」


「そうですか、では若、我々も参りますので。」


「何卒宜しくお願い致します。」


 若様は吉永と中隊長の頭を下げ、吉永と中隊長は北の草地へと向かった。


「皆様方、もう少しで麓に着きますので何卒ご辛抱の程をお願いします。」


「小隊の特技と一体どの様な事なのですか。」


 吉永は小隊の兵士達が特技を持って要ると、だが一体どの様な特技を持って要るのか知りたいと。


「ご家老様、まぁ~直ぐに分かりますので、今暫くお待ちの程を。」


 吉永が何と知りたいと中隊長も分かって要る、だが作戦を成功させる為には例え若様でも教える訳には行かないと。


 そして、北の草場には半時程で着いた。


「小隊の兵士は何処に隠れて要るのですか。」


「小隊の兵士は既に近くに潜んでおり、侍達が下って来るのを待ち構えております。


「そうですか、まぁ~何処に潜んで要るのか分かりませんが、楽しみにしております。」


「中隊長様、あそこを見て見て下さい。」


 猟師が指差す方角を見ると少しだが熊笹が揺れて要るのが分かる。


「今あそこですか、では後半時も経てば会えるのですね。」


「もう間違いは無いですよ、吾平さんの事だから直ぐ後ろに付いて要ると思います。」


 侍達はただ只管、前だけを見て熊笹を選り分け進む為、直後とでも言うのか、吾平と新平が付いて来る事に気付いておらず、やがて半時が過ぎ、吉永と中隊長は侍達が現れるて来るだろうと思われる所へと動いた。


「皆様方、やっと着きましたよ、もう安心して頂いても宜しいかと思います。」


「相川殿、大変でしたが、これで我々も生き延びられたのですね。」


「はい、私も其の様に思います。」


 侍達は安心したのか目の前に吉永と中隊長が居る事にも気付いていないのか次々と姿を現して来る。


「お主達は一体何処に参られるのですかな。」


「えっ。」


「あっ。」


 と、声を上げ、侍達が驚くのも無理は無い、其れは高い山の向こう側で聞いた話しでは、山を越えたとしても山は海の傍まで続き人が住める様な所は無いと、其れが何故だ、何故に侍が居る。


「貴方方は一体何処に向かわれるおつもりなのか、この地は我が連合国の地ですぞ。」


 吉永は自然体で構えて要る。


「大川様、相手は二人ですぞ、我々は五十人で今ならば切り捨てる事も出来ますが。」


「大川様、そうですよ、切り捨てましょう。」


 と、侍達は早くも腰の太刀に手を掛け何時でも切り掛かれると言う体制で要る。


「お主達ではとても相手にはならぬ、あのお方は相当な使い手で有るぞ。」


「ですが二人ですよ、我々は五十人ですので負ける事は無いと思いますが。」


「如何されましたか、何もお答え出来ぬならば幕府の残党だと見なし、拙者がお相手致しますが。」


「う~ん、何と無礼では無いか、我らは幕府軍の残党では御座らぬ。」


「そうですか、では一体何用で我が連合国に来られたのですかな。」


「えっ、今連合国と申されましたが、この地は幕府の領地では無いので御座いますか。」


 吉永は侍達が幕府の残党では無いと知って要るが、侍達は幕府の領地に迷い込んだと思って要る。


「先程も申しましたが、我らは連合国と申しまして、決して幕府とは関係は無い。」


「其れは誠で御座いますか。」


「拙者が嘘を申して何の得になると思うのですか、其れよりも貴方方は一体何処に向かわれるのですか。」


「私達は幕府軍と、いや官軍から逃れて来たのです。」


「今何と申されたのですか、官軍から逃れて来たと申された様に聞こえたのでが、では山の向こうに官軍が迫って要ると申されるのですか。」


「其れは誠でして、我々五十名は有る藩の家臣でして、其れよりも何故我々の事を知られたのですか、話しによってはお相手致します。」


 大川も腰の太刀に手を掛けたが、其れは他の侍達への芝居で有った。


「まぁ~まぁ~其の前にご貴殿達は既に取り囲まれておりますよ。」


 吉永が余りにも平然として言うのが信用出来ないのだろう。


「えっ、今何と申されましたか、我々は取り囲まれて要ると申されましたが、何処に。」


「ではお見せ致しましょうかね、中隊長、合図を。」


 中隊長は頷き、合図の手を挙げると。


「えっ。」


「あっ。」


 侍達の面前に連発銃を構えた第一、第二小隊が一斉に立ち上げり連発銃で狙いを定めた。


「ほ~これが中隊長の申される特技だったのですか、やぁ~参りましたなぁ~、拙者もまだまだ修行が足りませぬなぁ~。」


 さすがの吉永も唖然とする程、小隊の兵士達は気配を殺していた。


「ご家老様、彼らの特技で御座います。

 これが出来るのは第一、第二小隊だけで御座います。」


「う~ん参りましたねぇ~。」


 と、吉永は笑うが、侍達は有りにも突然な出来事に開いた口が塞がらず唖然としている。


「さぁ~、貴方方は如何されますか、ですがこれだけは申して置きますが、兵士達は官軍兵では有りませんよ、全員が我ら連合国軍隊の兵士ですからね、官軍が行なって要る様な事はしませんが、其れも貴方方次第ですからね。」


「皆様方、拙者は何も申しませんので自らでお決め下さい、拙者は。」


 と、言って大川は腰の太刀二振りを抜き土下座した。


「拙者は何も抵抗しませぬので、如何様にも。」


 大川は既に諦めた様子で有る。


「私もで御座います。」


 相川も続き、その後、侍達は達を抜き、土下座した。


「よ~くご決断して頂き、私は大変嬉しく思います。

 どうか皆様方、お手をお立ち下さい。」


 吉永に促され侍達は立上がり、中隊長は兵士達に銃を降ろす様に合図した。


「拙者は大川直二郎と申します。」


「大川様ですか、其れで先程お伺いしましたが、どちらに向かわれるおつもりなのだったのですか。」


「拙者、正直申しまして、我々に行く宛てなど御座いませぬ。

 ただ官軍に一太刀でも浴びせねばあの世におります殿、いや拙者の家族や後ろに控えます仲間達のご家族に対し合わす顔が御座いませぬ。」


 大川は殿様や家族に合わせる顔が無いと言うが、何故だ、何故に殿様や家族に合わす顔が無いと言う。


「大川様は今申されましたがご貴殿達は行き先が無いと、其れに殿様やご家族に合わせる顔が無いと、何故なので御座いますか、宜しければ詳しくお話しして頂きたいのです。」


「では、お話しさせて頂きます。」


 大川は話し始めたが。


「ご家老様、余りこの地におりますと。」


「そうでしたねぇ~、皆様方、この地は大変危険で御座いますので、お話しの続きは我々の総司令にでも聞いて頂ければ宜しいかと、其れよりも急ぎ参りましょうか、中隊長宜しくお願いします。」


「はい、承知致しました。

 では、小隊は前後に付いて下さい。」


 中隊長が先頭になり若様の待つお城へと向かう。


「ご家老様、今総司令と申されましたが、一体どの様なお方なので御座いますか。」


「そうですねぇ~、総司令は我々連合国の最高司令長官で御座いますよ。」


「えっ、最高司令長官と申されますと、やはり官軍と同じ軍隊なので御座いますか。」


「飛んでも有りませんよ、我々の連合国と言うのは、私を含め大川様や皆様方の様な侍が最も偉いのでは無く、農民さんや漁民さん達で、その人達を中心にと考えられたのが総司令なのです。」


「実を申しますと、我が藩でも殿が農民が最も大事だと申され、殿がご重役方に政の中心に行うと申されたのですが、ご重役方は勿論大反対で、我々家臣も殿には何度もお辞め下さいと申し上げたのですが、殿は一向にお聞きになれず、そして、暫くの時が過ぎ、殿は仕方無く諦めたので御座います。」


 其れが普通だ、大川達の藩でも殿様が農民を一番大切にせねばと言ったところで、家臣が簡単に引き下がる訳も無く、侍達は何としても既得権を守りたいとありとあらゆる方法を使い、藩主に抵抗する事だけは間違いは無い。

 野洲でも最初の頃は多くの家臣は受け入れる事は出来ぬと、だが源三郎は家臣達に対し、我が野洲は幕府から上納金を増やせと、其れは余りにも巨額な為、幕府に対し反旗を翻すと、其れを家臣達に何度も説明し、其れがやがて結果的に連合国と言う国家の誕生となったので有る。


「まぁ~この話しは直接総司令に聞かれては如何で御座いましょうかねぇ~。」


 当然、吉永も知って要る、だが全ては源三郎との話し合いが終わらずして、何も前には進まないと考えた。


 中隊長を先頭に何れかの家臣で有ろう五十名の侍達は山賀のお城へと向かって行く。


「ご家老様、ですが総司令は野洲に居られますが。」


「あっ、そうか拙者は忘れておりましたなぁ~、まぁ~何れお知らせする事になりますが、其の前に若とお話し下されば良いかと存じます。」


 総司令だの若だのと言われるが、この国では一体誰が藩主なのか、もうさっぱり分からなくなって来た。


「まぁ~まぁ~大川様も皆様方も余り難しく考えず、我が連合国で数日間はのんびりとして頂き、その後の事は総司令か若しくは若に相談されるが宜しいかと存じますのでね。」


 後ろでは侍達が何やら話し合って要るが、今更連合国を出る事は不可能に近く、其れは侍達が知る由も無い。


 その後暫くして山賀の城下に入り、そして、城の大手門を潜り、吉永と中隊長、二人の小隊長と五十名の侍が執務室へと入った。


「若、只今戻りました。」


「吉永様、中隊長、えっ、小隊長のお姿は一体何が有ったのですか。」


 若様が驚くのも無理は無く、小隊長の身体には草が数十本も着けられ、其れはまるで子供が草を身体中に着け大はしゃぎして要る様にも思えるので有る。


「其のお話しは後程させて頂きますので。」


「そうでしたねぇ~、私が余計な事を申し、皆様方にはご迷惑をお掛けしました。

 吉永様、其れで其の方々で御座いましょうか。」


「若、左様で此方が大川様と申されます。」


 大川達は目の前に居る若様と呼ばれる人物の着物が農民の作業着だと知って要る。


 だが何故、若様と呼ばれる人物が農民の作業着姿なのだ、其れが全く理解出来ぬと言う表情をして要る。


「拙者は大川直二郎ともうします。」


「大川様ですね、皆様方は多分私の着て要る作業着を見て大変驚かれて要ると思いますが、詳しくは後程致しますが、我々連合国では侍は全員、まぁ~中には特例も有りますが殆ど全員と言っても良いと思いますが農民さんの作業着姿で御座いますよ。」


「誠に失礼とは存じますが、若様と申されましたが、ではお殿様は。」


「あっ、そうでしたね。」


 と、若様は大笑いするが、太川達は笑う事など出来ないと困惑して要る。


「失礼ですぞ、大川様、若様が山賀の藩主で、ですが今は藩主では御座いませぬので。」


 またもだ、確かに吉永の言う通りで連合国となり、今は将軍と呼ばなければならないのだが、果たして今の若様が納得するだろうか、其れに領民達はまず大反対だと大騒ぎする事は間違いは無い。


 それ程にも若様と言う人物は領民達に慕われて要る。


「大変、失礼致しました。

 拙者は正かお殿様だとは知らず、誠に申し訳御座いませぬ。」


 大川達は慌てて襟を正し手を付き頭を下げた。


「大川様、何も其処までは、私も悪う御座いました。

 何時もこの様にでしてね、時々、いいえ、何時もご家老様のお叱りを受けております。」


「若がその様に申されますと、拙者が悪者扱いになりますぞ。」


 傍では中隊長と二人の小隊長が腹を抱え大笑いをして要る。


「まぁ~まぁ~吉永様、この様な話しを続けますと、大川様のお話しが伺えませんので、一応この話しは終わりにと言う事で。」


「若、皆様方、誠に申し訳御座いません。」


「では大川様のお話しを聞かせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか。」


「若様には私からお話しをさせて頂きます。」


 大川は山賀の北側の山に登るまでの事を話し始め。


「大川様が申される官軍ですが、農村を焼き払ったのですか。」


「私達は領民から城下外れの農村が官軍に襲われて要ると聞き、我ら五十名で向かったので御座います。」


 だが其の時は正か官軍兵が家臣を城下から引き離す作戦だとは気付いていなかった。


「大川様は官軍の陽動作戦に引っ掛かったのですね。」


「誠に其の通りでして、官軍兵が町民の姿に変え、城下を大声で農村が焼き打ちに有って要ると、ですが其の時正か官軍の作戦だとは、私もですが家中の誰もが分からなかったので御座います。」


「自分達の知る限りでは官軍の指揮官の中にその様な陽動作戦を考える者などはおらないと思いますが。」


 中隊長は官軍ならば農村を焼き払う事などはしないと言う。


「中隊長は何か確信でも有っての事なのでしょうか。」


「自分もですが、官軍の兵士は全員が連発銃を持ち、幕府軍、いや幕府軍でも無い小国相手にわざわざ手の込んだ陽動作戦は使う必要も無いのです。

 若様もご存知だと思いますが、以前は山賀のお城には火縄銃が十数丁だけで御座いました様に思うので御座います。」


「確かに中隊長の申される通りですねぇ~、官軍の連発銃と火縄銃では全く勝負にはなりませんから。」


「大川様は官軍兵は見られたのですか。」


「えっ、官軍兵で御座いますか。」


 やはりだ、若様は大川達が官軍兵を見たのでは無く、城下の大騒ぎに惑わされ農村へと向かったのだ。


「やはりでしたか、私は多分大川様を初め、ご家中の方々が官軍兵を見られていないのでは無いかと思ったのです。」


「何故で御座いましょうか、何故に官軍はその様な陽動作戦を使う必要が有ったのでしょうか、我が隊の小隊長が引き得る小隊ならば小国は簡単に落城すると思うのですが。」


 中隊長も小隊長もその通りだと言わんばかりの顔をして要る。


「確かに若様の申される通りで御座いまして、拙者は官軍兵は見ておりませんでした。」


「では他の方々は如何で御座いましょうか。」


「若様、私は相川宗次郎と申します。

 この度は誠に申し訳御座いませんでした。」


 相川は改めて若様に頭を下げた。


「相川様と申されるのですね、まぁ~余り難しく考えられずに、其れで今お聞きした官軍兵は見られたので御座いましょうか。」


「私も官軍兵を見たのかと聞かれますと、城下で官軍兵が農村を焼き討ちにしているとだけ聞き、ですが肝心の官軍兵の姿は見ておりませんでした。」


 相川も官軍兵は見ていないと、更に他の侍達も見ていないと言う。


「では官軍兵では無かったと言う事も考えられるのでは御座いませぬか。」


 若様は中隊長が言った官軍ならば下手な陽動作戦は取らないと、ならば一体何者なのだ、何者が農村を焼き払ったのだ。


「其れで我々は騙されたと思い急ぎ城下に戻ったのですが。」


 大川達は正かと思い城下に戻った、だが時既に遅し、お城は真っ赤な炎に包まれ、城下の領民は全員が鉄砲と刀で殺され、更に城下の家々も炎に包まれて要る。


「其れで如何でしたか。」


「其れがお城は炎に包まれ、更に城下の領民も殺され、家に火を点けられ、もう手の施しようが無かったので御座います。」


「ではお城だけで無く、ご城下も火の海だと申されるのですか。」


「正しく其の通りで御座いまして、我々はその足で自宅へ向かったのですが。」


「拙者は何としても官軍に勿論叶わくても良いので一太刀でも浴びせたく、今はこの地でのんびりとは出来ないので御座います。」


「ご貴殿は。」


「失礼致しました、拙者、孫田助左衛門ともうします。」


「孫田様と申されるのですね、ですが孫田様もですが、皆様方、我が連合国に入られますとそうは簡単に出る事は出来ないのですよ。」


 大川を始め、五十名の侍全員が正か打ち首になるのでは思うのも当然で、だが話は全く違う方向へと。


「皆様方は多分ですが打ち首にでもなるとかと考えておられるのでは御座いませんか。」


「拙者は既に覚悟は出来ておりますので。」


「大川様もですが、皆様方は何か勘違いをされておられのでは御座いませぬか。」


「ですが、今若様は連合国からは出る事は不可能だと申された様に思うので御座います。」


 やはりか、孫田も勘違いして要ると若様は思った。


「皆様方、私が申した連合国からは出る事は出来ないと申しますのは、皆様方は猟師さんからも聞いておられると思いますが、我が連合国には高い山が御座いまして、その山には狼の大群が生息して要るので皆様方には申し訳御座いませんがその様な訳で出る事が出来ないので御座います。」


 五十名の侍達は確かに猟師からこの山には狼の大群が生息して要ると聞いたが、実のところ全く信用しておらず、其れよりも凶暴な熊がおり、狼より恐ろしのだと。


「猟師からは狼より更に恐ろしい熊が住んで要ると聞きましたが。」


 其の時、吾平達が入って来た。


「若様。」


「これは吾平さん、大変で御座いましたねぇ~。」


「あっ、あの時の猟師では。」


「お侍様、あの時は失礼しました、わしらはあれからず~っと後ろから付いておりましたんで。」


「では我々を監視しておられたのですか。」


「オレ達の連合国では高い山の向こう側から来る人が例え幕府軍でも官軍でも全部監視してるんでして、でもこれだけははっきりと言いますが、オレ達は若様やご家老様に、いいや源三郎様に命令されてやってるんじゃないんですよ、源三郎様ってお方はオレ達領民を守る為には侍は命を掛けて守れって、だったらオレ達にも出来る事をやろうって、たったそれだけなんで、今度も若様は何にも知らないんですから。」


「本当なんですよ、だってオレ達の若様なんですよ、オレ達はねぇ~、若様の為だったら何でもやりますからねぇ~。」


 大川は驚きを通り越し唖然として要る。


 この国の若様と言われる人物は領民はどんな方法をとってでも守るのだと、其れは今まで聞いた事が無く、それ程にも衝撃的は言葉で有る。


「まぁ~まぁ~吾平さんも佐平さんも宜しいでは有りませんか、ですが皆様方も猟師さん達はねぇ~、ご貴殿達が山賀に無事着いて欲しいと、其れだけは本当ですよ。」


「猟師さんは狼より熊が住んで要ると申されましたが、先程、若様は狼の大群が生息して要ると申され一体どちらが誠なので御座いますか。」


「若様、宜しいですか。」


「吾平さんにお任せしますのでね。」


「オレ達がおります国に立ちはだかる高い山に住む狼は人間の味を知ってるんですよ、ですが熊は滅多な事では人間は襲いませんよ、熊は人間の匂いが大嫌いでしてね、其れとわしら猟師は山に入る時のは大きな鈴を見に付けて入りますんで人間の臭いと鈴の音で熊は逃げるんですよ。」


「ではあの時熊は凶暴だから木に登り身体を括り付けると言われたのは。」


「あれは熊では無いんですよ、狼は集団で襲って来ますんで、其れに狼は臭いを嗅ぎ付けるともう絶対に助からないんですよ、お侍様、其の証拠に南側の向こう側には大勢の人達が狼の餌食になって、今は骨だけが残ってますよ。」


「若様、私も宜しいでしょうか。」


「吉永様もですか、勿論宜しいですよ。」


「若、有り難きお言葉を、では大川様、そして皆様方は全てが突然の話しで一体何を信用して良いのか其れさえも分からないと思います。

 ですがこれだけははっきりと申して置きますが、我々はご貴殿達の命を救う事は有っても、我々が命を絶つ事は致しません。

 ですが例えどの様な訳が有ったとしても源三郎様には絶対に嘘は付かない事です。

 総司令と言うお方は、例え嘘だと分かったとしても全てお聞きになられますのでね。」


「皆様方、ご家老様はご貴殿達を受け入れる事を考えておられるのです。」


 若様も吉永も大川達を連合国に受け入れる事に反対はしない、だがその為には全てを話して欲しいのだと思って要る。


「若様は我々を受け入れて下さるので御座いますか。」


「勿論ですよ、我々連合国に対し危害を加えないと判断致しましたのでね、まぁ~後は義兄上が決められると思いますが、私とご家老、そして、中隊長とお二人の小隊長の話しを聞かれますと先ずは心配は有りませんがねぇ~。」


「えっ、今義兄上様と聞こえたので御座いますが、源三郎様は若様の義兄上様なので御座いますか。」


「そうですよ、私の姉上が嫁がれたのですよ。」


「もう私は理解出来なくなって参りました。

 私は向こう側で山を越えると、其処は全て海の傍で人間が住める様なところでは無いと、ですが其れは全て嘘と申しましょうか、話しが違っており、元官軍兵に、そして、若様が誠藩主で、更に源三郎様と申されます総司令長官殿がおられ、その総司令長官殿が若様の姉上様が奥方様だと、私は一体どの様に解釈致せば宜しいので御座いますか。」


 其れが今の侍達の本当の本音で有ると、若様は思って要る。


 確かに今の侍達に全てを理解せよと、其れは余りにも無理な話しで有る。


「まぁ~まぁ~余り深刻に考えずに、其れよりも先程のお話しに戻りますが、孫田様が申されましたが官軍に一太刀でも良いから浴びせたいと申されましたが、皆様方がご自宅に戻られた時の様子ですが如何だったのでしょうか。」


 若様の言葉に侍達はあの光景と思い出したのか、全員が黙り下を向き、中には涙を零し、拭う事もせず。


 若様も吉永も侍だ、侍が涙を零すと言うのは余程の事だと分かっており、余りにも衝撃的で有る。


 大川は話す事を躊躇して要る様で、これは余程の事態が起きたのだと吉永は直感した。


「少しお待ち下さい、先程のお話しでお城は炎に包まれ、ご城下の領民の殆どが鉄砲と刀で殺され、中隊長は官軍に仕業では無いと申され、そして、大川様達がご自宅に向かわれたと、其れに孫田様は何としても官軍兵に一太刀でも浴びせたいと、それ程にも申されると言うのはご自宅では。」


「ご家老様、拙者がお話し致します。」


 その後、大川が家臣達の住む武家屋敷で起きたと考えられる悲惨な状態を話すと、若様や吉永、其れに中隊長と二人の小隊長も、いや其れ以上に猟師達は下を向いたまま涙が止まらない。


「何ですと、其れは余りにも惨いでは御座いませぬか、拙者は官軍を許す事は絶対に出来ませぬ。」


 吉永は日頃余り怒りと表に有す様な武士では無い、だが大川の話を聴き、今回ばかりは余りにも卑怯な行為には絶対に許す事は出来ない、と、それ程までに吉永の怒りは収まる様子は無い。


「孫田殿のお内儀は身重で御座いましたが。」


 大川は其れ以上話せなくなった。


「奴らは人間では御座いませぬ、人間があの様な事が出来るとは、拙者はとても思えないので御座います。」


 その後、他の侍達も次々と官軍兵がやったと思う極悪非道な行為に怒りを押し殺し、だが言葉には怒りが込み上げて要る。


「皆様方のお気持ち、私はどの様に表現して良いのか分からないのです。

 其れで官軍兵ですがどちらの方角に向かったのかご存知有りませんか。」


 侍達は何かを必死に思い出そうとして要る。


「私が途中で農家の人に聴いたのですが、官軍と思われる大勢の兵隊が近くの農村を襲い、男はその場で殺し、女は犯し、最後には農家を焼き払うと、其れを聞いた農民は山に隠れ官軍兵が通り過ぎるのを待ったのだと聞きました。」


「では、皆様方が向かわれる方角へ進んで要ると思われますねぇ~。」


 正かだ、正か侍達の前を行って要るとは今まで知らなかったのだ。


「お主は何故其れを今まで黙っていたのだ。」


 孫田は怒り心頭の表情で、だが彼は何も黙っていたのでは無く、今まで思い出す事さえも出来なかった。


「孫田様のお気持ちは分かりますが、あのお方は何も黙っていたのではないと思うのです。

 ただ今まで思い出す事が出来なかったのだと思うので御座います。

 私が思うには、余りにも悲惨な光景が目に焼き付き、頭の何処かで何も思い出したくないと、其れが結果的に今まで思い出せなかったのではないかと思いますが。」


 若様の優しい言葉に孫田を始め、誰も反論する事も出来なかった。


「先程のお方ですが其れ以上思い出された事は御座いませぬか。」


「申し訳御座いません、今は何も思い出せないので御座います。」


 実は彼の母は着物を剥ぎ取られ犯され、最後には乳房を切り取られ出血多量で死んだ。


「そうだ、拙者は飛んでも無い事を忘れておりました。」


「えっ、飛んでも無い事を忘れていたと申されましたが、一体何を思い出せれたので御座いますか。」


 若様や吉永よりも侍達が一斉に侍の方を向いた。


「実は山賀の山の向こう側の麓に着く前ですが、大勢の官軍兵を見たのです。」


 正か正かだ、山賀の山を越えて来る官軍兵では無いだろうか、若様の表情が一変した。


「えっ、今、大勢の官軍兵を見たと聞こえたのですが、其れは誠でしょうか。」


「あれは正しく官軍兵で御座います。

 此処に居られる皆様方も見られたと思うので御座いますが、皆様方は如何で御座いましょうか。」


「その官軍兵ならば拙者も見ておりましたが、思い出せずに誠に申し訳御座いませぬ。

 拙者は細川殿には大変失礼な事を致しました、細川殿、誠に申し訳御座いませぬ。」


 と、孫田は細川に頭を下げ、やはり誰もが余りにも悲惨な光景を目にし何も思い出したくないと、其れならば誰にも否定は出来ない。


「いいえ、私は何も思ってはおりませぬので、其れよりも皆様方如何で御座いましょうか、何でも良いから思い出し若様に聴いて頂ければと思うので御座います。」


「そうですよ、私達に出来る事は皆様方が思い出された内容で連合国の人達に協力をお願いし何としても官軍兵を探し出す事なのですからね。」


「ですが果たして官軍兵を探し出す事は出来るので御座いましょうか。」


「私も断言出来ませぬが、私は何としても探し出しこの世で一番恐ろしい方法で始末する事です。」


 若様はこの世で一番恐ろしい方法で始末すると、吉永は直ぐに分かったが、大川達は一体どの様な方法なのかさっぱり分からない。


「今この世で一番恐ろしい方法で始末すると申されましたが、一体どの様な方法なので御座いますか。」


「まぁ~まぁ~其れは今は何も申されませんが、其れよりも他に何か思いだされた事は御座いませぬか、例えば人数とか、大砲は何門だとか、荷車はとか。」


「人数ですが、確か四千人、いや五千人は居た様にも思いますが。」


「えっ、何ですと四千人以上の大軍なのですか、う~ん、これは大問題ですぞ、若しも、若しもですが我が連合国に攻め込むとも限りませんですねぇ~。」


「今は何も慌てる必要は御座いませぬ、今は大川様達のお話しをお伺いする事の方が大事で御座いますよ。」


 やはり吉永だけの事は有る、若様は若い、その為、血気に走る事も有り、其れが最も恐ろしいのだ。


「吉永様より誠に有り難きお言葉、私は今冷静さを失っておりました、皆様方にも誠に失礼しました。」


 若様は吉永に、そして、侍達に頭を下げた。


「何と私が間違っておりました。

 それ程までにも我々の事を考えておられるとは存ぜずに、自分達の事ばかりを考え、誠に恥ずかしい限りでこの通りで御座います、どうかお許しを願います。」


 細川は手を付き頭を下げた。


「拙者もで御座います。」


 と、大川達全員が頭を下げ、其の時。


「若様、雑炊で御座います。」


「えっ、もうその様な刻限でしたか、私はすっかり忘れておりました。

 皆様方、我が連合国では何か有れば雑炊を頂く事になっておりまして、皆様方には失礼かと思いますがご批判は食べた後にお聞きしますので、さぁ~さぁ~お食べ下さい。」


 勿論、若様も吉永も、そして中隊長達も猟師達も一緒に食べ始め、すると。


「若様、物凄く美味しゅう御座います。

 私達は数日間は何も食しておりませんでしたので、大変有り難いのです。」


 侍達は数日間と言うもの雨水だけを飲み、食べる物は一切口には入っていない。


「では数日間は何も食べて居られなかったのですか。」


「我々は官軍から逃げる事に必死で食べる事さえ忘れておりました。」


 侍達はそれ程まで極限状態だった。


「そうですか、ではお腹には何も入っていないと、随分と大変だったのですねぇ~、ですがこれからは何も心配される事は御座いませぬ、我々連合国は皆様方を大歓迎しますので、先ずはごゆるりとされその後に話しを伺いますので。」


「その様な訳にも参りませぬ、拙者は今の内にお話しを聞いて頂きたく思います。」


 大川は余程嬉しかったのか今直ぐにでも話を聴いて欲しいと、それまでにも切迫して要るので有る。


 その後も山の向こう側に集結して要ると思われる五千人近い官軍に付いて知り得るだけのことを話した。


「自分達二個小隊が直ぐ偵察に向かいたいのですが。」


「何も今直ぐに参られる事は御座いません。

 私も先程から考えておりましてね、私の考えた方法を今から説明しますが、其れには猟師さん達の協力が必要ですからね。」


「わしらに出来る事だったら何でもやりますよ。」


「吾平さん、有難う、では今から説明しますからね。」


 若様は中隊長と小隊長、そして、猟師達にも詳しく説明した。


「では明後日の陽が登る前に山に入りますので、其れで宜しいでしょうか。」


「勿論ですよ、後はお任せしますのでね宜しくお願いしますね。」


「小隊長様、わしらも同じ頃に行きますので。」


「吾平さん、宜しくお願いします。」


 そして、二日後のまだ陽が登る前、二個小隊と吾平を中心とする猟師達は大川達が登って来た山を今度は向こう側へと向かった。




         


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