序章・学園転校
夕方の朱に滲む部屋の一室。
関西でも名の知られた私立歳台寺学園高等部の生徒会室で、明るい橙に染まった二つの影があった。
「……ええ、ありがとう。貴方の役割は果たされました」
声と同時、うなずく影は応えるように礼をすると力を無くして崩れ落ちる。
人肌の艶さえ再現されていたその体は、気が付けば木製の人形に変わっていた。
忍法・絡繰術に水術を組み合わせた高等忍術『水絡繰の術』。それを操っていたのは学園の生徒会執行部会長「蒼水・透子」だった。
若さに溢れた瑞々しい白い肌。長い黒髪はわずかに蒼みがかり、赤いフレームの額縁メガネのレンズから見える知性と気品を感じさせる瞳には、自信が満ちている。赤い紅い唇は艶めいて、黄昏時の今でさえ目立った。
彼女はおもむろにスマートフォンを取り出して、メールの受信トレイにある一通のメールの内容に改めて目を通した。
「まさか、本当にこのメールの内容の通りになったというの……」
ため息をつく。差出人の名前は自分の幼馴染である藤林ヒカルである。
最近は学校が分かれてしまった影響もあり、異性としての意識などなどもあり、疎遠になっていたのだが。
「だとしたら、私のするべきことは……」
歳台寺学園の生徒会長として。ひとりの忍びとして。そして友人として。
自分ができること、するべきことを瞬時に判断した彼女は、スマートフォンをいじると耳に当てた。
「デカいな……すっげぇ学校だ」
私立歳台寺学園高等部の校門前。
引きつった様な顔で校舎を見上げるのは藤林ヒカルだった。
「まさかの転校手続き済み……というか俺は高校生だったのか」
周囲には登校途中の学生が男女問わずにぎやかに歩いている。
学校の制服は、男子は詰襟、女子はセーラー服。
古き良き伝統を受け継ぐ近畿、いや西日本でも有数の進学校。
小中高と一貫校であり、外部からの入学はかなり難しい。良家の子女が集まる学園だ。
「こんな所に入れるなんて、いやぁ……俺って意外と頭良かったのか?」
「いいえ、違います。あなたがこの学園に入れたのはあくまで特例……忍務によるものです」
あきれたような声に振り返ると、セーラー姿の女性が、何人か取り巻きを連れて歩いていた。
「ようこそ、歳台寺学園へ……我々生徒会一同はあなたを歓迎しますよ」