ある姫の話
五大国シリーズで書いた女嫌いの王の話と同じテーマで愛するつもりはないと言われた王女の話です。短めなお話です。
まだ、数多くの大小様々な国があふれていた時代。
戦乱とまではいかないが、小さな国は大国に飲み込まれ始めようとしていた。
そんな時代の始まりの頃に、ある国の姫が大国になる片鱗を見せ始めた国に嫁ぐことになった。
「俺がお前を愛することはない。部下が勝手をしてすまなかったが、すぐに国に帰るといい。お前に悪い噂が立たぬようにはするから心配するな」
そう、嫁入りのために嫁いできた王女に王は言った。
彼は後の五大国の一つになるセイヤード国の中興の祖と呼ばれた人物である。
「それは、私が嫌ということなの?女が必要ではないということ?」
「悪いが、両方だ。」
銀色の長い髪を白い玉飾りで優雅に結い上げた紫の瞳の美しい王女に向かって、王はきっぱりと言った。
誰もが見とれるような王女の美しさは理解していたが、独り身のまま弟に王位を譲る気でいた王は王女にというか女性全般に興味がなかった。
だが、優秀な王である彼の子供に王位を継承させたいと望む側近は多かった。
そのため王に内密のまま、王女の国に縁組を打診し彼女を国に呼んだのである。
王女の到着後にその縁組を知った彼は烈火のごとく怒り会いもせずに王女を帰すつもりだった。
だが、彼よりも年かさで経験豊富な海千山千な側近の口達者達には勝てず、押し切られて王女に会うことになったのである。
「そう…困ったわ。この国は理想的なのに。あなたは皇太子を産ませる気はあるの?それとも兄弟に継がせるの?」
あまり困った風もなく彼女は王に聞いた。
「お前にいう必要はない。俺がだめなら兄弟に嫁ぐというのか?」
王族ならだれでもいいのかと、王女を不快に思い、思わず睨むように話してしまったが、彼女はまったくおびえた様子を見せなかった。
「それもいいけれど、後継者争いに巻き込まれるのは困るの。弟殿下の所はダメね」
そう語る彼女に何が望みなんだ?と不可解そうに問う王。
「部下が勝手に呼んだのだとしても私はもうこの国に来てしまったし、噂は絶対に立ってしまうわ。次の嫁入り先が見つからないのは困るの。だから、あなたの側近の家に嫁がせてちょうだい。そのままがまずいのなら、いったんはあなたに嫁いでから下賜して下さらない?せっかく嫁がせてもすぐに部下に下賜してしまう評判がたてば次を呼ぶにも二の足を踏むはずよ。あなたにとっても良いのではなくて?」
王が初めて女性に見とれるほどに、そういってにっこりと笑う王女には独特の美しさがあった。
「お前の狙いはなんだ?」
王の愛さない発言に怒りも見せず、下賜を望む王女の意図がわからず、いぶかしげに王はそう問うた。
「私の血をこの国の中枢に混ぜることよ」
だから、この国の中枢の人物の妻になって子をなせればいいのそう言って笑う女を、王は初めてちゃんと見た。不思議な女は興味深い女に変わった。
「理由は?乗っ取りか?」
「いえ、乗っ取りとかじゃないの。私たちは血を残せれば満足なのよ。この国は強いわ。私の国はいずれなくなる。でも、強い国に血を残せれば王の血はなくならない。だから、生き残りそうな国に嫁いで血を残すの。私の国の王族はみんなそうやって生きて来たのよ。」
「なるほど、お前の国が戦で滅びそうになるたびに傍系だと言って他国の者たちが救援して、王家を継いでいるのはその結果か。血を重視していないのかと思っていたのだが、そうやって血を拡散して色々な国に残していたのか」
彼女の祖国は小さな国だが、砂漠地帯との交易をするのに良い場所に国があるために戦を仕掛けられることが多い国だった。
「ええ、私の国はたとえ滅ぼされても、王の血を引くものがあの地を治められるようにいろいろな所に血を残すのよ。いくら血が薄まろうと混ざろうと我々は初代王家の血筋なのよ。この国の3代前の王も私たちの血族よ。彼の母がそうだったの。でも子を残さなかったから異母弟に王位が継がれたの。だから、私が来たのよ。そうだ、下賜するならオルセン公爵はやめてね。あの家の初代は家の血を引く人だから、違う家がいいわ。」
そう言ってあでやかに笑う彼女に王の心は完全に囚われた。
彼女は望みどおりにこの国の中枢に血を残した。
そう王のただ一人の愛する妃として…。
王は愛するつもりはなかった彼女を愛した。
夫になる者を愛するつもりで来た彼女は…愛し愛される幸せな人生を送った。
そして、思惑通り上手くいったと仲間達と祝杯を挙げるのは、王の側近であり彼女と同じ血を引くとある公爵家の当主だった。