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異能短編

エセ

作者: 留龍隆


 最近はめっきり少なくなったものの、日本では夏になると心霊番組が増えるものだった。外国などではむしろ冬場の、しんと凍える寒い日にこそ怪談話は盛り上がると聞くものだが。


 日本では彼岸などこの世のものでない輩が出歩く時節に、目には目をの精神で恐ろしいものに恐ろしいものをあてがうためにこのような行事を行ったという。


 ともかくも、数年前の夏、私がぼうっと見ていたテレビでも、心霊特番が組まれていた。私はまだ七歳ぐらいだったろうか。たしか、引っ越してきたばかりだった。


 暑くはないが湿り気が満ちた夜で、扇風機を強にして風を浴びていたことは覚えている。当時住んでいたマンションの部屋は、山肌を斜めに削って作られた奥まった位置にあるために、庭に面した窓からはあまり風が入ってこなかった。


 父は仕事でまだ帰路の途中、母は電卓片手に溜め息をついているという次第で、暇だった私は一人リビングでブラウン管テレビのスイッチを入れた。ぼやあ、と少しずつ粗い色彩が広がってゆく様はよく思い出せる。


 番組は始まったばかりで、タオルケットにくるまることで背中を守った私は、どこからでも来いと誰にともなく小声で呼びかけて音量をあげた。画面は周囲にモザイクがかけられた薄暗い家を中央に据え、よく見かける男性タレントと、いかにも霊験灼といった感じの霊能者が白装束で目立つ姿を映していた。


 右上に内容のテロップがあったが、まだ私には読めない漢字だったので映像から内容を読み取る。レポーターが霊能者にインタビューのようなことをしていて、これから家に入るところのようだった。


「……依頼人のお話ではこの家で怪現象が多数見受けられるとのことですが」

「でしょうな、強い気を感じますからな」

「除霊は可能ですか?」

「やってやれないことはないでしょうが、まずは対話です。現世に留まる霊とは……」


 こんな会話だったと思う。なにぶん昔である上に幼くて理解に乏しく、細かい内容は覚えていないから、想像で補完しているところもあるだろうけど。


 神妙な面持ちで二人が会話を続けていると、子供の目にも演技と思われるおおげさな怖がり方をする男性タレントが、寒い寒いとつぶやきはじめた。これを霊障だと騒ぎたてる霊能者が塩と水をふきかけてタレントからなにかを祓おうとしていたらしいが、当然画面にはなにも映っていない。


 ただ、大人という、七歳の私からすればあまりにも強大に見えたはずの存在が恐れ戦慄しているという事実が、ぞわぞわと首の両側を締めるような恐怖を感じさせた。


 そしてタレントがリタイアし、いよいよレポーターと霊能者のみで家に潜入する、というところでコマーシャルに入る。ほっと一息ついた私はなにか飲み物を取りに行こうと、リビングを出た。といってもリビングはダイニングとほぼくっついているので、ダイニングテーブルの上で電卓相手に首をかしげる母と目があったりした。こわくないの、と訊かれて、こわいから見るんだよ、と答えたのは覚えている。


 たぶんカルピスかなにかを作っていた。おかげで遅れてしまい、走ってタオルケットに飛び込んだ時にはもう潜入は始まっていた。ごく普通の平屋の家で、引っ越してくる前に住んでいたところで似た家を見た、とか思いだしていた。


 霊能者とレポーターがお邪魔します、と口にすると、奥からやけにほくろの多い、やつれた顔の女性が出てきた。相変わらず状況はわかっていなかったが私はこの人がいらいにんなんだろう、と勝手に思っていた。一礼した女性の動きと重なるように、霊能者とレポーターもお辞儀をしている。こちらです、と指し示して先導する女性についていって、霊能者とレポーターが家にあがりこむ。


「最初はただ足音がする程度だったんですが、どんどんひどくなって。もう最近じゃ寝つけません」


 泣きべそをかきそうな顔で、女性が顔をうつむかせた。霊能者が辺りを見回し、訳知り顔でうなずく。カメラもその動きを追ったが、古くてかび臭くほこりっぽい家の中が映るのみで、人の顔などが映るわけでもない。だが、映るかもしれないという思いが、私を画面に釘づけにしていた。


「すさまじい気を感じます」

「大丈夫ですか●●さん」

「少なくとも現状では人が住める状態ではありませんが」

「お願いします。主人と一緒に末永く暮らしていきたいんです」

「やれるだけはやってみましょう」


 ありがとうございます、と女性は泣き崩れた。よくそんな家に住めるな、と私は内心女性をバカにしたが、大枚はたいて買った家だとしたらそうそう手放せないだろうな、と今は同情する。


 霊能者は持ってきた風呂敷をほどくと、どこかで聞き覚えのあるような、あびらうんけんそわかとかそんな感じの言葉を口にした。星の書かれた札などを家の各所に張り、この地の気の流れがどうだのと講釈をたれては、額から汗を流してぶつぶつと唱えて九字を切った。その間、物が落ちたり撮影機材にトラブルがあったりした。


 とくに照明についてのトラブルが三度起きて、そのたびに女性の悲鳴がこだまして霊能者も落ち着いてくださいと怒声を張りあげていた。リビングの天井を見上げ、私は自分の家もまっくらになって、テレビだけが煌々と光を放っているのを想像して、身震いした。


 霊能者は家のどの部屋でも同じ所作をして、最後に塩水をいれたガラスのコップを家の四方に配して、除霊は完了しましたと晴れやかな笑顔で言った。


 聞きつけてきたかのように、男性タレントがもう大丈夫ですかぁ、などと間の抜けたことを言いながら家に入ってくる。霊能者は苦笑いを浮かべながら××さんはビビりを祓った方がいいかもしれませんね、などと場を和ませた。


 番組としてはそんな感じで、一件落着のようだった。私は自宅でも物が落ちたりライトが不安定になったりしないだろうか、とトイレに続く暗い廊下を歩くことに若干の恐怖を覚えながら催してきたのを我慢して、テレビを消そうとした。


 ところが、いらいにんの女性は困惑した顔で、帰ろうとしている霊能者たちと部屋の奥とを交互に見ている。私には、そんな風に見えた。次いでの展開は、家をあとにする霊能者に追いすがる形でレポーターが表に出て、カメラが彼らを追って、まばゆいライトの下に出る。


「除霊は無事完了しました」

「お疲れ様です。ほんに、ここの家は前々から変なことが多くて、ねえ」


 すると表の通りに出てきた霊能者が、どこかで見たような年配の女性としゃべっている。人懐こそうだがその実目が嫌な光をたたえていて、どことなく爬虫類に似ている女性だ。


 少し考え込んで、気づく。暗かったのとモザイク加工されていたことでわからなかったが、どうもその家は私の家の近くにあるようだった。年配の女性は、思い出してみれば町内会の組長だった。それだけでもぞっとして、私は自分とこの番組との繋がりを断つように、テレビを消そうとした。


 消す寸前で、霊能者が年配の女性に語りかける。


「またなにかありましたらご依頼ください。あ、テレビの前のみなさんもお気軽にどうぞ。心霊相談の――」


 私はテレビを消した。



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