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なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか

愛人だから奥さまになる気はありません ~彼女の生き方~

作者: マンムート
掲載日:2026/10/26


 夫の愛人が、私の執務している部屋にやってきて、


「はい、おくさまぁ、これあげるぅ」


 と飴玉をくれました。


「……」


 子供ですか。


「で、何か用事でしょうか?」


「あの方にぃ、こんなものを買っていただいたのですがぁ」


 そういって見せてくれたのは、すごい宝石……ではありませんでした。


「これ偽物」


 夫はいいカモになっているようです。


「やっぱりぃー。なんとなく違う気がしたんですぅ。どうしましょう? 訴えるべきでしょうかぁ?」



 この愛人、夫から何か買ってもらうと、いつもここに見せに来るのです。


 話していると、なんか調子が狂います。


 最初はマウントをとってきているのかと思ったのですが、そうではないらしいんです。



「売り手は相手が伯爵家と知ってて売ったのですね?」


「そーですよぉ。だって、あの方がぁサインしましたからぁ」


「貴女がねだったのでしょう?」


 そうやって軽くにらみつけると、愛人は、あはは、と笑って、


「まさかぁ。こんなものを買ってもらったらぁ、後がこわいですものぉ」



 私は内心舌打ちしました。


 この愛人が、伯爵家の名を騙って、ツケで買ったりしていれば、後から賠償を請求できるのですが……。



「こちらから、偽物を売りつけられたと、司法に訴えておきます」


「よろしくねぇ」



 この屋敷で私の味方をしてくれる数人の奉公人の報告によれば。


 この愛人、夫に自分からなにかねだったりはしないらしいです。


 それが夫の遠近法がどうかしてる判断力にかかると、慎ましいとか、私に遠慮しててけなげだ、とかそういう評価になっているらしいです。



「あの方ぁ、もう少し見る目を養ったほうがいいのではないでしょうかぁ?」


「言いなさいよ。私が言っても改めなくても、貴女なら――」


 愛人は、あはは、と笑って。


「言ってもぁ、お前が心配することはないって言われちゃうんですぅ」


 ああ、想像できる。


「私が嫌な役目を引き受けるのはイヤよ」


「ですよねぇ……もともとこのおうちって、おくさまがぁお稼ぎになってるわけですしぃ、そのうえわるものにされたらたまんないですよねぇ」


「……ちがいます。夫です」


「そんなこと言わなくてもいーじゃないですかぁ。ばればれですよぉ。だってぇ、あの方、はたらいてるの見たことありませんよぉ」


「……」



 はい。確かに。


 この伯爵家の事業とかって、私がやってます。


 ほとんどのものが私名義です。



 夫よりこっちのほうがわかってるなんてどうかしてる! と思わず言いたくなります。


 夫じゃなくて執事でも奉公人達でもなく、なんで、3カ月前あらわれたポッと出の愛人が理解してるんですか!?



 この愛人はバカなはずです。


 書類も書けない礼儀も知らない、教養もないの無いない尽くし。


 容姿だって、いかにも知性がなさそうです。


 綿菓子みたいにふわふわっとした明るい茶色の髪、垂れ目で、大きな瞳。


 どこかゆるくてだらしなそうな印象がある服装で、殿方が好みそうな隙だらけです。



 なのに……バカでなく見える瞬間があるんです。



「……なんであんなのの愛人やってるんですの?」


「うーん。お顔がいいからぁ。それにぃ気に入ってもらっちゃったしぃ。らくにくらせるからぁ」


「……はぁ」


 それだけですか!


「中身は?」


「殿方はぁ多かれ少なかれあんなものですからぁ。ぼっちゃんでぇ、自分の頭の悪さもわかっていなくってぇ、頼りなくってぇでも突っ張っててかわいいですよねぇ」


「……」



 それは愛なの? 愛っていうのは、こう、もっと、なんていうか……。


 頭がいたいです。


 夫への評価はあまりにも的確なのがなんとも言えません。


 この女には邪気がありません。


 別に私を追い出そうともしていないのです。



 忌々しいことに、夫はそこがまた良いと思っているのかもしれません。


 慎ましいと。私とは大違いだと。


 大いなる勘違いですけど、全然ちがうというところだけはあってますね。



「もしもだけど」


 愛人はかわいらしく小首をかしげて、


「はぁい」


「彼が私を追い出して、貴女を夫人にしようとしたらどうする?」


 私の味方をしてくれる奉公人達によれば、旦那の所に、弁護士が呼ばれたりいろいろしてるらしいです。



 愛人は、くちびるに人差し指をあてて、ちょっとだけ考えて……


 くっ、この媚び媚びの仕草まであどけないですね!


「うれしいけどぉ、困りますぅ」


「うれしいのね」


 ああ、やっぱり――


「だってぇえらばれるってうれしいじゃあないですかぁ。でも、困りますぅ。わたし、おくさまがしてるようなこと、なんにもできませんからぁ」



 なんなの。


 このふわふわしてるくせに、妙な状況判断の正確さは!



「そうかしら? 案外できるかもしれませんよ? 現にあの人は、始終言ってるでしょう。私の仕事なんて誰でもできるって」


「それはぁ、あの人、たよりなくって頭が悪いですからぁ。わかっていないんですよぉ。それとも、おくさまが自分よりゆーしゅーなのを認めるとプライドぺっちゃんこだからかもしれませんねぇ」


「……」


「男の子ですよねぇ。うふふ」


「……」


 なにその、そういうところも、かわいいですよねぇ。みたいな言い方は!


「では、言い出したら?」


「断りますぅ」


 食い気味に言いましたよこの愛人!



 まぁいいですけど。


 だって私、あの男への愛とか発生したことないですから、どうなろうと構わないんですから。




      ※      ※      ※



 それから一月後。


 我が伯爵家主催のパーティで夫は、



「オレはお前と別れる! そしてこのユディットと結婚――」


 夫はとなりに立っている愛人を抱き寄せようとして、腕は空を切りました。



 愛人は、ほわほわと笑って、


「おことわりしますぅ」


「え」


「だってぇ、おくさまがしてるようなおしごとはわたしにはできませんからぁ」


 夫は予想外だったらしく、狼狽えて


「そ、そんなことはないぞ、あんな仕事ならオレにもできる!」


 狼狽えたり、えばったり忙しいですね。


「うーん。それならぁ、おくさまに半月ばかり休んでもらってぇ、そのあいだしてみたらどうですかぁ?」




      ※      ※      ※



「って、なんで貴女まで一緒の馬車に乗ってるの!」


 実家から来た迎えの馬車に、なぜか愛人も乗ってます。



 邪気がない笑顔を浮かべて、カバンひとつもって、「一緒にのせてってください」と言われたら断れません!



「だってぇ、できないですよぉ。ぜったい、あのひとムリぃ」


「……でしょうね」


「そうしたらぁ、だいたいああいう人はいいだすんですよぉ。おくさまがはやく帰って来ればいいってぇ」


「……そうでしょうね」


 反省も何もない、ただ帰って来いという手紙が送られてくるのが、目に見える様です。


「そうしてぇ、なぜか、お前も手伝えとかいいだすんですよぉ。できないって言ったわたしにぃ」


「………そうでしょうね」


「ほら、ああいう空っぽで突っ張ってたひとってぇ、からっぽなりゆうをじぶんのなかにはさがしませんからぁ」


「…………そうでしょうね」



 なぜでしょう。


 私が思ってるのと概ね同じことを言われてるのに、なんかムカつくんですけど!



「だからぁ、おくさまがでていくのにまぎれてぇ、ちょっと雲隠れしちゃおっかなぁと」


「はぁぁ……」


「わたしあの人からお小遣いもらってたの、ためてたんでぇ。それでしばらくブラブラしようかなぁと」



 この愛人、ろくでなしです。


 あの伯爵家で無為徒食で無銭飲食、なのにお小遣いをもらって貯めてたとか!


 でも、大した額でないことも知ってるので……ああ、もう!



「……貴女みたいに生きたいわ……」


 愛人は、あははぁ、と笑い。


「ムリですよぉ。だっておくさまはぁ、はたらきものですからぁ」


「……貴女は怠けものね」


「そうですねぇ。でも、おくさまもぉ、少しは人生を舐めたほうがいいですよぉ」



 私と彼女は、私の実家のある街のひとつ手前の宿場で別れました。


 馬車から降り際に、愛人は、


「ここまでありがとぉございましたぁ! はい、これあげるぅ」


 と飴玉をくれて。


「じゃあねぇ! お元気でね!」


 と言い残して、人ごみに消えていきました。



 それ以来会っていません。



 予想通り、私がいなくなってあの伯爵家は崩壊しました。



 夫はようやく私の働きに気づいて。


 まずは命令の手紙を。


 次に脅迫の手紙を。


 次に懇願の手紙を。


 最後には債権者の手から逃げ出して、うちの実家まで押しかけて来て土下座までして来ましたが。


 今までのひどい扱いを理由にして、すでに離婚は成立。


 目の前で、三行半をくらわせてやりました。


 そこへ債権者と官憲がぞろぞろ現れて、泣き叫ぶ元夫を連行していきました。


 今はどこかの鉱山で働いてるとか死んでるとか。



 彼女?


 さぁ?



 単なる愛人で、横領もしておらず、伯爵夫人の座を望んでいたわけでもなかったので、罪にも問われず、官憲も行く先を調べはしなかったようです。



 常識的に考えて。


 どこかで野垂れ死んでいるのでしょう、たぶん。


 だって、若さなんていつか消えるものですから。



 あんなに人生を舐めていては、どこかでひどい目にあってるはず。


 男もひっかけられなくなって、体を売って惨めに死ぬ。



 そうなるはず。そうなってるはず。



 でも、なぜでしょう。


 彼女が、そうなっていることが想像できないんですよね……。



 想像できるのは。


 あの、あはは、という笑いを浮かべて。


 どこかの窓辺でお茶でも飲んでいる姿なのです。



 それに、なぜか。

 

 あれから私は、あの飴玉を捨てられずにいるのです。


たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。


最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。


少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、


評価や感想をいただけるととても励みになります。


別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。


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― 新着の感想 ―
うわーw愛人さんは一番敵対したくないタイプのひとつだw こういう人が人脈なり、知識持ったら本気で怖いよ
とっても興味深く読ませていただきました。 近くにいると一見楽しそうだけど、実は迷惑な人? なんかうまく取り入って楽して生きてくんだろうね。 お世話する人は大変だろうね。怒ったりしてもかわされて、更…
この愛人ちゃん、どこかちょっと遠い国で側妃になりそう。 ゆるふわ過ぎるので、毒気抜かれるでしょ? 子どもも作ろうとはしないよなぁ。 ただただ、ゆるふわなので、疲れた時に王妃や他の側妃が茶会に呼びそう…
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