なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
愛人だから奥さまになる気はありません ~彼女の生き方~
夫の愛人が、私の執務している部屋にやってきて、
「はい、おくさまぁ、これあげるぅ」
と飴玉をくれました。
「……」
子供ですか。
「で、何か用事でしょうか?」
「あの方にぃ、こんなものを買っていただいたのですがぁ」
そういって見せてくれたのは、すごい宝石……ではありませんでした。
「これ偽物」
夫はいいカモになっているようです。
「やっぱりぃー。なんとなく違う気がしたんですぅ。どうしましょう? 訴えるべきでしょうかぁ?」
この愛人、夫から何か買ってもらうと、いつもここに見せに来るのです。
話していると、なんか調子が狂います。
最初はマウントをとってきているのかと思ったのですが、そうではないらしいんです。
「売り手は相手が伯爵家と知ってて売ったのですね?」
「そーですよぉ。だって、あの方がぁサインしましたからぁ」
「貴女がねだったのでしょう?」
そうやって軽くにらみつけると、愛人は、あはは、と笑って、
「まさかぁ。こんなものを買ってもらったらぁ、後がこわいですものぉ」
私は内心舌打ちしました。
この愛人が、伯爵家の名を騙って、ツケで買ったりしていれば、後から賠償を請求できるのですが……。
「こちらから、偽物を売りつけられたと、司法に訴えておきます」
「よろしくねぇ」
この屋敷で私の味方をしてくれる数人の奉公人の報告によれば。
この愛人、夫に自分からなにかねだったりはしないらしいです。
それが夫の遠近法がどうかしてる判断力にかかると、慎ましいとか、私に遠慮しててけなげだ、とかそういう評価になっているらしいです。
「あの方ぁ、もう少し見る目を養ったほうがいいのではないでしょうかぁ?」
「言いなさいよ。私が言っても改めなくても、貴女なら――」
愛人は、あはは、と笑って。
「言ってもぁ、お前が心配することはないって言われちゃうんですぅ」
ああ、想像できる。
「私が嫌な役目を引き受けるのはイヤよ」
「ですよねぇ……もともとこのおうちって、おくさまがぁお稼ぎになってるわけですしぃ、そのうえわるものにされたらたまんないですよねぇ」
「……ちがいます。夫です」
「そんなこと言わなくてもいーじゃないですかぁ。ばればれですよぉ。だってぇ、あの方、はたらいてるの見たことありませんよぉ」
「……」
はい。確かに。
この伯爵家の事業とかって、私がやってます。
ほとんどのものが私名義です。
夫よりこっちのほうがわかってるなんてどうかしてる! と思わず言いたくなります。
夫じゃなくて執事でも奉公人達でもなく、なんで、3カ月前あらわれたポッと出の愛人が理解してるんですか!?
この愛人はバカなはずです。
書類も書けない礼儀も知らない、教養もないの無いない尽くし。
容姿だって、いかにも知性がなさそうです。
綿菓子みたいにふわふわっとした明るい茶色の髪、垂れ目で、大きな瞳。
どこかゆるくてだらしなそうな印象がある服装で、殿方が好みそうな隙だらけです。
なのに……バカでなく見える瞬間があるんです。
「……なんであんなのの愛人やってるんですの?」
「うーん。お顔がいいからぁ。それにぃ気に入ってもらっちゃったしぃ。らくにくらせるからぁ」
「……はぁ」
それだけですか!
「中身は?」
「殿方はぁ多かれ少なかれあんなものですからぁ。ぼっちゃんでぇ、自分の頭の悪さもわかっていなくってぇ、頼りなくってぇでも突っ張っててかわいいですよねぇ」
「……」
それは愛なの? 愛っていうのは、こう、もっと、なんていうか……。
頭がいたいです。
夫への評価はあまりにも的確なのがなんとも言えません。
この女には邪気がありません。
別に私を追い出そうともしていないのです。
忌々しいことに、夫はそこがまた良いと思っているのかもしれません。
慎ましいと。私とは大違いだと。
大いなる勘違いですけど、全然ちがうというところだけはあってますね。
「もしもだけど」
愛人はかわいらしく小首をかしげて、
「はぁい」
「彼が私を追い出して、貴女を夫人にしようとしたらどうする?」
私の味方をしてくれる奉公人達によれば、旦那の所に、弁護士が呼ばれたりいろいろしてるらしいです。
愛人は、くちびるに人差し指をあてて、ちょっとだけ考えて……
くっ、この媚び媚びの仕草まであどけないですね!
「うれしいけどぉ、困りますぅ」
「うれしいのね」
ああ、やっぱり――
「だってぇえらばれるってうれしいじゃあないですかぁ。でも、困りますぅ。わたし、おくさまがしてるようなこと、なんにもできませんからぁ」
なんなの。
このふわふわしてるくせに、妙な状況判断の正確さは!
「そうかしら? 案外できるかもしれませんよ? 現にあの人は、始終言ってるでしょう。私の仕事なんて誰でもできるって」
「それはぁ、あの人、たよりなくって頭が悪いですからぁ。わかっていないんですよぉ。それとも、おくさまが自分よりゆーしゅーなのを認めるとプライドぺっちゃんこだからかもしれませんねぇ」
「……」
「男の子ですよねぇ。うふふ」
「……」
なにその、そういうところも、かわいいですよねぇ。みたいな言い方は!
「では、言い出したら?」
「断りますぅ」
食い気味に言いましたよこの愛人!
まぁいいですけど。
だって私、あの男への愛とか発生したことないですから、どうなろうと構わないんですから。
※ ※ ※
それから一月後。
我が伯爵家主催のパーティで夫は、
「オレはお前と別れる! そしてこのユディットと結婚――」
夫はとなりに立っている愛人を抱き寄せようとして、腕は空を切りました。
愛人は、ほわほわと笑って、
「おことわりしますぅ」
「え」
「だってぇ、おくさまがしてるようなおしごとはわたしにはできませんからぁ」
夫は予想外だったらしく、狼狽えて
「そ、そんなことはないぞ、あんな仕事ならオレにもできる!」
狼狽えたり、えばったり忙しいですね。
「うーん。それならぁ、おくさまに半月ばかり休んでもらってぇ、そのあいだしてみたらどうですかぁ?」
※ ※ ※
「って、なんで貴女まで一緒の馬車に乗ってるの!」
実家から来た迎えの馬車に、なぜか愛人も乗ってます。
邪気がない笑顔を浮かべて、カバンひとつもって、「一緒にのせてってください」と言われたら断れません!
「だってぇ、できないですよぉ。ぜったい、あのひとムリぃ」
「……でしょうね」
「そうしたらぁ、だいたいああいう人はいいだすんですよぉ。おくさまがはやく帰って来ればいいってぇ」
「……そうでしょうね」
反省も何もない、ただ帰って来いという手紙が送られてくるのが、目に見える様です。
「そうしてぇ、なぜか、お前も手伝えとかいいだすんですよぉ。できないって言ったわたしにぃ」
「………そうでしょうね」
「ほら、ああいう空っぽで突っ張ってたひとってぇ、からっぽなりゆうをじぶんのなかにはさがしませんからぁ」
「…………そうでしょうね」
なぜでしょう。
私が思ってるのと概ね同じことを言われてるのに、なんかムカつくんですけど!
「だからぁ、おくさまがでていくのにまぎれてぇ、ちょっと雲隠れしちゃおっかなぁと」
「はぁぁ……」
「わたしあの人からお小遣いもらってたの、ためてたんでぇ。それでしばらくブラブラしようかなぁと」
この愛人、ろくでなしです。
あの伯爵家で無為徒食で無銭飲食、なのにお小遣いをもらって貯めてたとか!
でも、大した額でないことも知ってるので……ああ、もう!
「……貴女みたいに生きたいわ……」
愛人は、あははぁ、と笑い。
「ムリですよぉ。だっておくさまはぁ、はたらきものですからぁ」
「……貴女は怠けものね」
「そうですねぇ。でも、おくさまもぉ、少しは人生を舐めたほうがいいですよぉ」
私と彼女は、私の実家のある街のひとつ手前の宿場で別れました。
馬車から降り際に、愛人は、
「ここまでありがとぉございましたぁ! はい、これあげるぅ」
と飴玉をくれて。
「じゃあねぇ! お元気でね!」
と言い残して、人ごみに消えていきました。
それ以来会っていません。
予想通り、私がいなくなってあの伯爵家は崩壊しました。
夫はようやく私の働きに気づいて。
まずは命令の手紙を。
次に脅迫の手紙を。
次に懇願の手紙を。
最後には債権者の手から逃げ出して、うちの実家まで押しかけて来て土下座までして来ましたが。
今までのひどい扱いを理由にして、すでに離婚は成立。
目の前で、三行半をくらわせてやりました。
そこへ債権者と官憲がぞろぞろ現れて、泣き叫ぶ元夫を連行していきました。
今はどこかの鉱山で働いてるとか死んでるとか。
彼女?
さぁ?
単なる愛人で、横領もしておらず、伯爵夫人の座を望んでいたわけでもなかったので、罪にも問われず、官憲も行く先を調べはしなかったようです。
常識的に考えて。
どこかで野垂れ死んでいるのでしょう、たぶん。
だって、若さなんていつか消えるものですから。
あんなに人生を舐めていては、どこかでひどい目にあってるはず。
男もひっかけられなくなって、体を売って惨めに死ぬ。
そうなるはず。そうなってるはず。
でも、なぜでしょう。
彼女が、そうなっていることが想像できないんですよね……。
想像できるのは。
あの、あはは、という笑いを浮かべて。
どこかの窓辺でお茶でも飲んでいる姿なのです。
それに、なぜか。
あれから私は、あの飴玉を捨てられずにいるのです。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




