僕は動物園に展示されていた
僕は動物園に展示されていた。
目の前の檻の中には、チンパンジーが入れられていて、右の隣の檻には、オランウータンがいて、左の檻には今でも名前が分からない何らかの猿がいた。つまりはそこは“猿”のカテゴリに入る動物が展示されているエリアであるようだった。彼らの分類では、僕はそこに含まれるらしかった。
僕が入れられていた檻には、何をイメージしたものか、木が植えられてあった。もしかしたら、僕が昇ると思っていたのかもしれない。でも、僕は昇らなかった。暇だから昇っても良かったのだけれど、彼らを喜ばせるのは少々癪だったのだ。
そう。
なんとなく、なんとなく僕は自分がどんな立場なのか分かっていた。檻の前を通り過ぎるたくさんの人々。時には無関心な人もいたけれど、物珍しそうに見る人が大半で、中には興味深そうにじっくりと僕を観察する人までいた。要するに、彼らは僕を見にそこにやって来ていたのだ。
――でも、どうして彼らが僕を見たいのかは、僕はよく分かっていなかった。
彼らは僕を自分達とは別の動物だと考えていたようだけど、僕も彼らを別の動物だと思っていた。それもとても乱暴で凶暴な動物だと思っていた。そして、それはきっと正しかったのだ。
まだ僕は幼かった。けど、はっきりと記憶している。彼らは僕らの住む森の中の村を襲ったのだ。見た事もない武器を使って。村の大人達は抵抗したけれどまったく無駄で、ほとんどが殺されてしまった。僕は倉庫の中に隠れていたのだけど見つかって、そして捕まってしまった。
僕が大人しかったからだろう。彼らは僕を殺しはしなかった。その代わり、檻の中に入れて、何処かに運ばれて引き取られた。今にして思えば、きっと売られたのだと思う。動物園に。そしてそれ以来、僕は檻の中でずっと過ごす事になってしまったのだった。
動物園ではご飯や水に困る事はなかったし、それほど乱暴にも扱われなかった。ただとても暇で何もやる事がなかった。だから僕は通り過ぎる人達や、飼育員達の会話を聞いて言葉を覚えた。言葉を覚えたら、自分で口真似をして少しずつ練習をした。僕の言葉を聞いた人達は、初めは僕が何か言葉を喋っているとは思っていなかったようだった。でも、練習を繰り返す内に僕は次第に上手く発音できるようになって来て、そうすると少しずつ「人の言葉を喋っているのじゃないか?」と言い始める人も増えていった。
――そして、
「人間を檻に閉じ込めているのじゃないか?」
やがては、そのような声が上がったのだった。
僕が人間であると分かると、大騒ぎになった。動物園には抗議をする人が溢れ、僕は裏の方に隠された。正直、陽の光を浴びたかったからとても迷惑だった。
その後、どんな経緯があったのかは具体的には分からない。人権団体だとかいう人達が現れて動物園と交渉をして、僕は外の施設に引き取られた。その施設はその人権団体だとかいう人達が運営しているそうで、そこで僕は読み書きや言葉などを教わるようになった。初めは自由を認められなかったけれど、僕が大人しくしていると外に出て良い事になった。
――そしてその過程で、僕は彼らが僕と同じ動物なのだと教えられたのだった。
それまで別の何か恐ろしい動物に捕らえられたと思っていた僕は、それにとても強いショックを受けた。どうして父親や母親や他の村の人達が殺されなくてはならなかったのか、どうして自分が檻に閉じ込められなくてはならなかったのか、どうして同じ人間だと分かった今も、僕を野蛮な別の動物として扱う人がいるのか。
施設には僕をケアしてくれるという人がいた。その人は僕に色々と話をした。でも「早くこの社会に適応できるように」という事しか言っていないように僕には思えた。それが僕には物凄く厭だった。まるで“自分達の社会が正しいから、自分達の社会に合わせろ”と言われているような気がしたんだ。
僕にとって正しい社会は、僕が幼い日々を過ごしたあの森の中の村だ。あの動物園でも、この施設の中でもない。
でも、もちろん、僕が暮らしたあの村は永遠に失われてしまっている。僕が帰る場所はもうこの世にはない。
僕は彼らの社会に適応できないのじゃない。適応したくないんだ。
それを、人権団体の人達はまるで分かっていないようだった。
どうにもならないもやもやが、僕の中にあって、それは日に日にどんどんと大きくなっていった。
或いは、“同じ人間である”などと教わらなかったら、僕はここまで苦しみはしなかったのかもしれない。別の動物に捕まった別の動物として、あの動物園で見世物になり続けていたなら、僕は不幸ではあったのかもしれないけど、悲惨な境遇ではあったのかもしれないけれど、ここまで苦しまずに済んだのかもしれない。
ある日、僕は自殺を試みた。
施設の屋上から飛び降りたのだ。
運が悪い事に、死にはしなかった。僕は気付くと病院に寝かされていた。それは少しばかり大きなニュースとなり、人権団体の人達がニュース番組で、
「動物園に入れられていた事であまりに大きな深い心の傷を負ったからだ」
と訴えていた。
遠回しに、自分達は悪くないと言っているように僕には思えた。そして、その場でも彼らはこう言った。
「早く彼には、この社会に適応してもらいたいと思っています。その為に我々は尽力します」
“違うのに”
僕はそう思っていた。
僕はこの社会に適応するべき動物じゃないのに。
僕のいるべき場所は、あの森の中の村なんだ。ここじゃない。僕はあそこにこそ適応するべきなんだ。
僕は涙を流していた。
悪魔のようなお前らが築いた、こんな社会じゃないんだ。
お前らは悪魔だ!
僕らとは違う!
――でも、本当は心の何処かでは分かっていた。もしも、立場が反対で、僕らが彼らよりも強かったなら、きっと僕らは彼らを僕らとは違う別の動物だと思って、動物園で見世物にするのだ、と。
つまりは僕らも彼らと同じ様に醜い人間である、と。
目を瞑る。
森の中の村で過ごした美しい日々が脳裏に蘇った。
いや、都合良く僕が想像しているだけの幻なのかもしれない。




