9.鍛冶屋のルファット親方とユーリリットお嬢さんのスケッチブック
「これからいくのは、鍛冶職人長モリデ・ルファット親方のお店なの。約束の時間は午後だったけど……」
ロイゼさんが注文したの新しいクッキー型を注文したのは、このクリスマス市の〈職人通り〉に露店を出す鍛冶職人長ルファット親方の『鍛冶屋さん』だった。
この〈職人通り〉の代表を務める方でもあるので、遠方から来ている〈器用な隣人たち〉の協力を求めるには、まずルファット親方に話を通さないといけないそうだ。
クリスマス市の露店はどこもしっかりした小屋風の建物だが、とりわけこの鍛冶屋さんは待降節のあいだだけの仮店舗とはいえ、住居部もあった。遠方から来る人たちのための特別な造りなのだ。
なみの鍛冶屋の露店は店頭にすえつけたハンマーと金床で熱した金属を加工する実演販売がふつうだ。しかしルファット親方の作業場には小型ながら立派な炉が据え付けてあり、必要とあらば金属を溶かして成形する作業からできるようになっていた。
約束の時間よりはるかに早い午前中にきたロイゼさんと僕を、ルファット親方は親切に出迎えてくれた。
「やあ、君が魔法玩具師の弟子のニザくんだね。いちど会いたいと思っていたよ」
〈職人通り〉の鍛冶屋さんモリデ・ルファット親方は、黒いおひげを生やしたがっしりした体つきのおじさんだった。
〈器用な隣人たち〉の人たちは人間より小柄な種族という噂があるらしいが、ルファット親方はそんなふうに見えなかった。
目線は僕よりちょっと高いし、がっしりした肩や太い腕や太股は服の上からでも筋肉が隆々としている。きっとすごい力持ちだ。
「はじめまして。今日はよろしくおねがいします。早く来てしまってすみません」
昨日、僕はあちこちでシャーキスのことをたずねてまわったけれど、ルファット親方には会っていない。
じつは、この店の前まで来て覗くことはしたんだけど、ルファット親方は外出中で、店は閉まっていたんだ。
昨日、ルファット親方が帰ってきたのはかなり遅くで、僕がホテルへもどった後だったそうだ。
「さあ、こちらへどうぞ。きみはきっとわしの作業を見たいだろうと思ってね。トゥルーデルさん、ご注文の品物はできているけど、時間は少しいいかな?」
「ええ、それはもちろん、ニザさんさえよければ。あの、じつはその前に、別件があるのですわ。それで早くうかがいましたの」
「おや、そっちのほうが重要な用件みたいだね?」
「ええ。じつはゆうべ、ニザさんのぬいぐるみ妖精のシャーキスさんが、このクリスマス市で行方不明になったんです」
「なんと、それはおだやかじゃないな。いったいどんなトラブルが起こったのかね?」
僕はシャーキスがいなくなったいきさつを説明した。
ルファット親方は僕の話を真剣に聞いてくれた。
「――なるほど。それはたいへんだったね。魔法のぬいぐるみ妖精なのに、ほんの数分、目を離したすきにいなくなるなんて、おかしなことだ。なにか面倒なことに巻き込まれたなら、たいへんだ」
ロイゼさんがすでに市役所に届けずみだと説明すると、ルファット親方はすばやく正しい手続きをして賢明だ、とほめてくれた。
「では、さきにその件を調べんといかんでしょうな。まさか昔のように悪い魔法使いが忍び込んできたとは思わないが、万が一と言うこともある。私もホルディン市長さんにお会いして話をすることにしましょう」
昔は悪い魔法使いなどが〈器用な隣人たち〉の工芸品を手に入れようとして、魔法で別人に変身して忍び込んだりした歴史などもあったそうだ。
いまはそんなことができないよう、外の世界から来る人々は、この都市の有力者の推薦と招待状がなければ、このクリスマス市には入れない。
あのフリーデ・ホルディン市長さんは市民の尊敬をあつめるりっぱな魔法使いで、このクリスマス市の管理者だそうだ。
もしも招待状を持たず、入場券も買わない不届き者がクリスマス市へ入ろうとしたら、足を踏み入れた瞬間、魔法によってルーンベルク市からはじき出されるシステムになっているという。
「だからぬいぐるみ妖精シャーキスさんは、このクリスマス市の広場からは出ていないと思うよ。怪しい者は来たという話は聞いていないし、ほかに事件や事故があったという話も回ってきていないから、よけいに不思議だね。すぐ皆に話を回して、協力してもらって、このクリスマス市のなかを徹底的に調べてみよう」
ルファット親方は鍛冶職人組合の長であり、〈職人通り〉の代表も務めている。
このクリスマス市にある各店は、市が立つ間だけの隣人だけど、だからこそ皆でクリスマス市を成功させるためにいろんな面で協力するそうだ。
「きみたちは昨日、あちこち見物をしていたんだね。誰かきみたちのことを目撃して覚えている者がいるかもしれない。そうだ、うちの娘にも手伝わせよう。おーい、ユーリリット! こっちへ出ておいで」
一拍の間を置いて、「はーい、なーに、おとうさん!?」とかわいい返事がした。
「お客さまが来てるんだ。おまえに頼みたいことがあるんだよ」
「はーい、ちょっと待ってください!」
なにやらあせったふうな返事に聞こえた。それからパタパタ走る足音がつづいた。
鍛冶屋の作業場の奥の扉があいて、十二、三歳の少女があらわれた。明るい茶色の髪を頭の両サイドで分けて、左右の耳の下で赤いリボンで結んでいる。
暖かそうなベージュ色のセーターに赤いキルトのスカートをはいている。スカートのすそにはフワフワした白い羽毛飾りがぐるりとついていた。
「はい! あ、ロイゼさん! いらっしゃいませ」
元気のいい少女は右手にえんぴつをにぎり、左小脇にスケッチブックを抱えていた。
あきらかに創作活動に燃えてほかのものが見えなくなっている最中に呼ばれ、あわててやってきた、そんなふうな風情だ。
ルファット親方が僕の紹介をしているあいだ、僕の目は少女が左に抱えているスケッチブックに釘付けになった。
そして少女は僕ににっこりあいさつした。
「はじめまして。鍛冶職人の長ルファットの娘の、ユーリリットです!」
描きかけで表紙は閉じられておらず、白いページがおもてになっている。
ユーリリットの左腕がじゃまで全部は見えないそのページには、ピンク色に細かい緑の小花模様が描いてあった。
「はじめまして。魔法玩具師の弟子のニザです。ユーリリットさんはどんなデザインをしているのですか?」
「え! ええ、そうなんです! わたし、カトラリーや、キッチン雑貨のデザインをしたいんです!」
ユーリリットは目をかがやかせ、ピンクの頬をもっと赤くした。
「僕もよくオモチャのデザインをスケッチブックに描くんですよ。よかったらそのデザインを見せてもらえませんか?」
「え!? 魔法玩具師さんに見られるのは恥ずかしいな~」
ユーリリットは照れくさそうにしながらも、スケッチブックの描きかけページをこっちに向けてくれた。
ピンクの地に小花模様のテディベアの絵だ。なかなか上手に描けている。
「ロイゼさん、見つけました」
「ええ、シャーキスさんね」
僕とロイゼさんはうなずきあった。
「なんですと?」
ルファット親方だけはなにがなんだかわからない様子だ。
僕はスケッチブックに描かれた、ピンク地に小花模様のテディベアを指さした。
「これは僕のぬいぐるみ妖精シャーキスの絵です。ここにいるなら、すぐにつれてきてください」
「え?――あの……あれ?」
ユーリリットの顔色が、ササーっと青ざめた。




