8.ルーンベルク市の名誉市長さんのおしごと
ここは精霊界はロエルディ州のルーンベルク市という所だそうだ。
夜なので、ルーンベルク市役所の正面玄関は閉まっていた。
ロイゼさんは建物の右へまわり、『夜間・休日専用出入り口』のドアを押し開けた。
中は左についたてが立てられていて、そこから向こうは見えないようにされていた。
正面に受付カウンターがあり、木製のちいさなプレート看板に『臨時窓口』と書いてあった。
受付カウンターに座っているのは、豊かな銀の髪を結い上げたおばあさんだった。
おばあさんは居眠りしていたが、僕らが前に立つと、ぱっちり目を開けた。
「おや、いらっしゃい。なにかお困りですか?……あら、ロイゼじゃないの。こんな夜ふけにどうしたの?」
おばあさんは白いレースの縁取りがついた紺色の上品なドレスを着ている。ここで働いている職員さんというより、裕福なお屋敷の奥さまみたいだ。やさしくほほえんだその顔はどこかロイゼさんに似ていた。
「こんばんは、フリーデ伯母さま」
ロイゼさんは「わたくしの母方の伯母さまなの。このルーンベルク市の名誉市長なのよ」と紹介してくれた。
「じつはお願いがあって参りましたの。ご紹介しますわ、こちらがこの前お話しした魔法玩具師のニザさんです」
ロイゼさんが僕に送ってくれた招待状は、このおばあさん――フリーデ・ホルディン名誉市長にたのんでもらったものだそうだ。
「まあ、この子……いえ、この方が、あの魔法玩具師のニザさん? お噂はかねがねロイゼからうかがっていますわ。とても腕の良い魔法玩具師だそうね。あたくしのことはホルディン市長と呼んでくださいな」
ホルディン市長が右手を差し出したので、僕らは握手した。
「あなたのお話を聞きましょう。どうなさったの?」
僕は数時間前にぬいぐるみ妖精シャーキスがいなくなったいきさつをできるかぎり詳しく説明した。
「なるほど、ぬいぐるみ妖精のシャーキスさんが迷子に……」
僕はシャーキスがお喋りができてかしこくて、魔法で姿を消したりできることも訴えた。
ホルディン市長はうなずいてくれたが、こうも言った。
「それでもいなくなったとしたら、魔法の空間で迷子になったか、シャーキスさんよりもっと魔法の力が強い何者かに連れて行かれたかのどちらかだけど、そんな者がこの市へ来た気配はなかったわね。だったらシャーキスさんはこのクリスマス市の敷地からは出ていないのではないかしら」
「ええ、伯母さま。わたしもそう思いますの」
ホルディン市長はロイゼさんと顔を見合わせてから、僕を見た。
「ニザさん、申し訳ないけれど、明日は昼間でも休暇の職員が多くて、あまり人手を割けないの。でも、あたくしとロイゼでなんとかシャーキスさんを捜すように手配はしますからね。今夜は疲れたでしょうから、もうホテルへ帰ってお休みなさいな」
「そうね、伯母さまのおっしゃるとおりだわ。それにもしかしてぐっすり眠れば、夢でシャーキスさんと連絡できるかも知れないわ」
そうだ。シャーキスは夢の魔法から生まれたぬいぐるみ妖精だと言っていた。
だったら、夢の中で呼びかけたら、ひょっとして連絡できるかもしれない――いままでやったことがないけど、なにごとも初めてはある。
僕はお二人にお礼を言い、ひとまずホテルへもどることにした。
ロイゼさんが僕をホテルの玄関まで送り届けてくれた。
クリスマス市の広場から見えているホテルだけど、シャーキスが行方不明になるというおかしな出来事があった直後だから、用心はしたほうが良いと言われた。
ほんらいならクリスマス市はあのホルディン市長さんの魔法の管理下にあり、あぶない事故や悪人による事件などは起こるはずがないのだそうだ。
それでも事件が起こったのなら、とてもイレギュラーで奇妙なこととしか考えられないという。
「ニザさん、心配しなくてもシャーキスさんはきっとだいじょうぶよ。明日、フリーデ伯母様がなんとかしてくださるわ」
明日、朝食のあとで迎えに来ると言って、ロイゼさんはクリスマス市の広場へもどっていった。
鍛冶屋さんへ注文した品の引き取りにいくついでに、〈器用な隣人たち〉でも、名人といわれる鍛冶職人長ルファット親方の仕事場を見学させてもらう約束だったけど、とてもうれしい気分にはなれそうになかった。
僕が泊まっているのはすてきなホテルだ。
ホテル中にクリスマス風の飾り付けがされていて、とてもきれいだ。
僕の部屋には小さなツリーが飾られていて、ベッドサイドのテーブルにはツリー型の蜜ロウのロウソクがあり、クリスマスクッキーと十二個のチョコレート菓子が入ったお菓子の缶と、クリスマスの童話の絵本が数冊おいてあった。
ところが、お風呂に入って寝る仕度をしても、頭が奇妙に冴えていて、ちっとも眠くならないのだ。
僕は起きて、ベッドに座った。
「どうしょう、眠れないよ……」
こんなときシャーキスがいてくれたら、ぐっすり眠れる魔法をかけてくれるのに……。
部屋の中を歩き回ったり、部屋に置いてあったクリスマスの絵本を読んだりしたけど、ますます目が冴えるばかりだ。
「やれやれ。僕は自分で思っているほど大人でもなかったみたいだ」
ぬいぐるみ妖精シャーキスがいなければ眠れないなんて。
まるっきり幼い子どもみたいじゃないか。
僕は窓から広場の方をながめた。
澄んだ鐘の音が聞こえた。
クリスマス市の広場の中央にある大きな時計塔が、午前零時の刻を告げている。
とつぜん、窓からやけに冷たい空気を感じたと思ったら、外の景色がたちまち白く染まった。
雪だ。すごいいきおいで降り始めた大粒の雪は、あっというまに降り積もって、道や建物を白く染めた。
「すごい大雪だ。明日は外に出られるかな?」
外の気温が下がっている。部屋には暖房が付いているけど、外の気温が下がったせいで部屋の気温も少しさがったようだ。パジャマの僕はブルッとふるえた。
なんだか激しく降る雪を見たら、すごく眠くなってきた。
僕はベッドへもどった。
金属の湯たんぽで温められていた毛布はぬるま湯のように暖かく、羽布団は軽くて気持ちよくて、僕はやっとおだやかな眠りにつくことができた。
その夜見た夢には、ロイゼさんが出てきた。
ロイゼさんは大きな羽布団を抱え、やはり同じような羽布団を抱えた伯母さんのホルディン市長さんと連れだって、高い時計塔のてっぺんにのぼっていた。
二人は時計塔のてっぺんにつくと、羽布団を大きく振った。
そうそう、羽布団をああやってよく振るえば、布団の中の羽毛が空気を含んで、ふんわりふくらむんだ。
僕もお天気の良い日に、羽布団を干して、振って、ふくらませたことがあるよ。
でも、吹雪の日に羽布団を振るなんて、変わっているなあ……。
ロイゼさんとフリーデ伯母さんが羽布団を振るえば振るうほど、雪は大きく重たい雪片となり、どんどん激しく降ってくる。
そうか、ロイゼさんの夜中の用事って、雪を降らせることだったんだ。
真夜中にも仕事があるなんて、いそがしい魔女さんなんだな――。
それから僕は、とろとろと数時間眠った。
シャーキスの夢は見なかった。
ハッと目を開けたら、もう朝だった。
時計を見たら夜明け前の四時半だ。
睡眠時間は短かったけど、目覚めはすっきりしていて、疲れはとれていた。
でも――――今朝は僕のそばにシャーキスがいないんだ。
「まいったなあ……」
とても寂しい。
クリスマス市を見物したい気持ちはあるけれど、それ以上に早く家に帰って、おかみさんと親方に会いたい気分だった。
シャーキスも――家に居たときだって、常にいっしょに行動していたわけじゃない。
働き者のシャーキスは、僕が学校に行っている間、勉強や仕事をしている間は、おかみさんや親方の手伝いをしていたし、僕が眠っているときはベッドの枕元に座っていた。
それだけで良かったんだ。
「ぬいぐるみ妖精はこどもの守護者か……」
これは親方に聞いた話だったかな。
なのに、こんな遠くの知らない土地で、ほんの数分とはいえシャーキスをひとりぼっちにしてしまった後悔と罪悪感が、僕の胸をしめつけた。
僕はゆっくり身支度を調えると、ホテルのレストランにおりた。
ロイゼさんとは朝食のあとで会う約束だ。
七時が過ぎて夜明けになった。このホテルにはクリスマス市で働く人も泊まっているので、朝食時間は早くて朝の六時からとれる。
シャーキスがそばにいなくても、僕のお腹はへる。
僕は温かなカボチャのスープとたっぷりの温野菜のサラダと、卵料理は目玉焼きを食べた。フワフワの丸いパンにバターとイチゴジャムをたっぷりつけて、三つ食べた。ジンジャーとハチミツ入りの紅茶を二杯飲み終えた頃、ちょうどロイゼさんが迎えに来てくれた。
僕は朝食のテーブルを立った。




