7.ぬいぐるみ妖精の名前と少女の名前
シャシャシャ、と鉛筆の音がする。シャーキスの後ろ姿を写生しているようだ。
「えへへ、わたしのイメージ通りだわ。とってもかわいい!」
シャーキスは、わざと少女へお尻を向けた。
「ねえ、こっちを向いて!」
「イヤなのです! ぷいッ!」
「んもう! ぬいぐるみ妖精のくせに、なんてガンコなの!」
シャシャシャシャ、少女はすごい勢いでスケッチブックへ鉛筆を走らせている。創作意欲に満ちているらしい。
「るっぷりい! ボクはガンコでけっこうです! ほめられてもぜんぜんうれしくないのです!」
シャーキスはくるっと体ごと少女へ向き直った。
「ぷう! あなたは意地悪な悪い子なのです! ぬいぐるみ妖精のおともだちにはなれません!」
「ええ~、どうして? 拾ってきたぬいぐるみ妖精をこんなに大事にしてるのに?」
「ボクはあそこでご主人さまを待っていたのです! むりやり連れてきたのは犯罪なのです!」
「うー、だって……。人聞きの悪いことをいわないでよ。あなただって、あんなところにひとりで浮いていたのよ。行くところが無い迷子と間違われてもしかたないと思うわ。――あー、もう、いいわよ。そんなにわたしのぬいぐるみ妖精になるのがイヤなら、明日になったら解放するわよ。すればいいんでしょッ?」
「――――――るるっぷりい~ぃ? それはほんとうなのですか?」
少女はくちびるをとがらせていたが、
「もう、疑い深いぬいぐるみね。わたし、約束はきちんとまもるわよ。だって良い子だもん!」
「るっぷ! いまの言葉には信じられる要素がなにひとつないのです!」
「失礼なぬいぐるみ妖精ね。いいわよ、モデル料もちゃんと払うわよ。それで明日、元の場所へ連れていけば文句は無いでしょう?」
「文句はあるのです! ボクをいますぐ解放するのです!」
「やだ! せっかくいいモデルを見つけられたんだから、せめてあと3枚は描きたいの!」
「るっぷりい! なんてわからずやな悪い子なのでしょう!」
「そっちこそ。ひと晩くらいモデルになってくれてもいいじゃないの!」
「るっぷりい、ぷう! それは悪い子の言い分です。あなたはボクをいますぐ解放して、ボクのご主人さまに会って、ボクをモデルにしたいことをきちんとお願いしてください!」
「え、それは――――」
シャーキスのまったく正しい要求に、少女はウッと黙りこんだ。
「――――そんなことをしたら、知らなかったとは言え、ムリヤリ連れて来たのがバレちゃうわ……」
ようやく少女はおのれのあやまちに気づいたようだ。
「るっぷ! それこそしかたないのです。きちんとあやまるしかないのです。ボクのご主人さまは優しいので、きっと許してくれるのです!」
少女はうつむき、鉛筆をにぎりしめた。
「…………明日になれば、ちゃんと解放するし、そのご主人さまにもあやまるわ。だから今夜はモデルになって……ください。おねがいします」
少女はうつむきかげんのまま、上目遣いにシャーキスを見た。
シャーキスは、じーっと少女を見つめ返した。
「るっぷりい……。それは良い子がぬいぐるみ妖精とする約束なのですね?」
少女はこくりとうなずいた。
「うん。約束する……します!」
少女の言葉に嘘は無かった。
ぬいぐるみ妖精は、人間の嘘を見抜く魔法の力をもっているのだ。
「るっぷりい。約束したのでひと晩だけモデルになるのです。では、この魔法を封じるリボンを取ってください、ぷう!」
「でも、逃げちゃわない?」
少女はどうしてもシャーキスをモデルに絵を描きたいようだ。
――るっぷりい。デザイン画を描くのに夢中になるところが、なんだかボクのご主人さまに似ているのです。
シャーキスは呆れたけど、少女はほんとうに反省しているようなので、さっきほど少女のことがきらいではなくなった。
「るっぷりい、ぷう。ボクは自分から朝までモデルになると約束したのです。ぬいぐるみ妖精は嘘を吐きません」
少女は恐る恐るな手つきでシャーキスの胴体に結んだリボンをほどいた。
自由になったシャーキスは、少女の正面にポスンと座り直した。
「――逃げないの?」
「るっぷりい! ボクは良い子と約束しました。ぬいぐるみ妖精は良い子との約束は破れないのです! だからはじめまして。良い子のお名前はなんというのですか?」
「わたし、ユーリリットよ」
「るっぷりい。よろしく、ユーリリットおじょうさん! ぬいぐるみ妖精シャーキスは良い子との約束を承知したのです、るっぷりい!」
すると少女は目を大きく見開いた。
「あなた、名前があったのね。……ごめんなさい。わたし、あなたの名前もたずねなかったわ。わたしはほんとに、誰かのたいせつなぬいぐるみ妖精をさらって来ちゃったのね」
こんどこそ少女は顔色を悪くして、がっくり落ち込んだ。
「ユーリリットでかまわないわ。ごめんなさい、シャーキスさん」
「るっぷりい! 許してあげるのです!」
少女の部屋のドアのスキマからはひと晩中明かりがもれていた。
少女の父親は表の露店での仕事を終え、住居部へもどってきた。
廊下で、少女の部屋のドアのスキマから明かりがもれているのを見て、こう思った。
「また今夜も、新しいデザイン画を描くのに夢中になっているんだな。やれやれ、しょうがない子だ。今度は何を作るのやら」
こうしてシャーキスは、ほかの誰にも気づかれることなく、朝まで少女の部屋にいたのである。




