6.シャーキスを探せ
「ロイゼさん、シャーキスがいないんですッ!」
お菓子工房の厨房のかたすみで、クッキー型の点検をしていたロイゼさんと三人のお菓子職人の女の人は、「え?」といっせいに僕の方へふりむいた。
「おかえりなさい、ニザさん。まさか、あなたのぬいぐるみ妖精のシャーキスさんが消えたというの?」
「僕がトイレから出てきたら、どこにもいないんです。さがしたけど、どこにもいないんです!」
「たいへんだわ!」
ロイゼさんは急いでコートを着た。
「抜き型の方は、明日、わたしが鍛冶屋さんに行って新しいのを注文してきますから、あなたがたは心配しないで明日の準備をしていてくださいな」
「わかりました」
お菓子の魔女の皆さんは作業に戻った。
ロイゼさんが露店の裏側や人の行かない方を捜してくれるというので、三〇分後にここに戻ることにして、二手にわかれた。
「おーい、シャーキス! どこだーい?」
僕はクリスマス市の東西南北の道を二回往復した。会場の広場は格子状に区画分けされていて、正方形の角の目印になる店の特徴を覚えておけば方角がわかりやすい。
でも、シャーキスの手掛かりはどこにも見つからなかった。
僕と別れたロイゼさんは時計塔の裏側にいったそうだ。
地面には雪がうすく降り積もっている。
ロイゼさんは、右手で空気を払うようなしぐさをした。
地面の雪がもこっと動いた。
あっちでも、もこもこ、こっちでも、もこもこッ!
ポコンッ!
ひとかたまりの雪が跳び上がり、ポスンと地面に着地する。
雪ウサギだ!
ポコポコ、ポコンとつぎつぎ生まれた雪ウサギたち。何十匹とも知れぬ彼らはブルブルッと頭を振って、ピョンピョン跳ねて、ロイゼさんのまえに大集合した。
「さあ、おまえたち。ぬいぐるみ妖精のシャーキスを捜すのよ。ここはわたくしたちホルディンの魔法の領域。われらホルディンの意に沿わぬもの、異質なるものが隠されているならば、そのすべてをくまなく調べるのよ」
雪ウサギたちがいっせいに、ピョーンと四方へ散っていった。
そして、しばらくして――――。
「どうしてかしら。手応えが無いわ……」
いぶかしげなロイゼさんの前に、一羽の雪ウサギが戻ってきた。
雪ウサギは耳をうしろにたおしてお辞儀して、ロイゼさんにうやうやしく報告した。
「この広場のどこにもいないなんて……。けれど、クリスマス市から出された形跡も無いわ。わたしの魔法で捜せないとなると、伯母さまの魔法くらいしか考えられないけど……。そんなはずはないし……」
ロイゼさんはもう一度雪ウサギたちをはなったが、結果は同じだった……。
僕は露店の店先に立っている人たちに片っ端から聞いてみた。
けれど、誰もピンクのテディベアは見ていないと答えた。
「いえ、ただのくまのぬいぐるみではなくて、魔法のぬいぐるみ妖精なんです」
魔法で姿を隠したシャーキスが見えるのは純粋な子どもと、大人になっても魔法の才能が消えていない大人だけ。
けれどここは精霊界。シャーキスは魔法で姿を隠す必要がなかったから、誰にでも見えていた。
しかし、僕が考えるほど僕らのことをめずらしく思って見ていた人は、意外に少なかったらしい。
そこはさすが精霊界で『なにか飛んでるな』とか『きっとどこかの妖精だろう』と思っただけで、気にしなかったって。
それにいまは冬で、みんながモコモコの冬用コートを着ている。市で買ったたくさんの品物を詰め込んだや大きなカバンや荷物を抱えた人が行き交っているから、僕がシャーキスを肩にのっけて歩いていても人混みではすれ違う人にしか見えないし、僕が気にするほど目立たなかったらしい。
「はあ、あれがぬいぐるみ妖精だったんだね。そりゃ珍しいなあ。迷子になったのかい?」
ロウソク屋の陽気なおじさんは、店先でクリスマスモチーフのロウソクを眺めていた僕らのことを覚えていた。
僕はロイゼさんといっしょにまわっていたので、お菓子の魔女の関係者だと印象に残っていたそうだ。
「でもシャーキスは喋れるし、空も飛べるんです。どうしていなくなったのか不思議なんです」
「だったらなおさらだ。見かけた誰かがつい欲しくなって、隠して持っていっちゃったんじゃないかい? ほら、捨てられた子犬や子猫だって、そうやって新しい飼い主のところへいくだろう?」
「シャーキスは子犬や子猫とはちがいます! むりやり連れて行くのは難しいと思うんですけど……」
「そうだなあ。ここは治安のいい国だけど、世の中には小さな妖精を捕まえる悪い人間もいるらしいよ。そういう可能性も考えた方が良いだろうね」
ロウソク屋のおじさんはこのクリスマス市の主催者である市役所へ迷子届けを出した方が良いとすすめてくれた。
三〇分後、クッキー専門店〈レープクーヘン〉の前でロイゼさんと合流した僕は、ロウソク屋のおじさんから聞いた話をした。
「そうね。その可能性も捨てきれないわね」
ロイゼさんは魔法を使って捜してくれたそうだ。
でも見つからなかった。
しかしそれは、シャーキスがロイゼさんの魔法では探知できない方法で隠されているか、ロイゼさんの魔法が及ばないほど遠くにいるかのどちらか。
しかし、後者はありえないと、ロイゼさんはいう。
「わたしももう一度捜してみるわね。シャーキスさんはまだ、このクリスマス市にいるはずよ」
シャーキスは僕といっしょにクリスマス市に来た。僕の一部として招待され、魔法によって登録されている。もしもこのクリスマス市のある広場から出たら、それを空間が記憶しているというのだ。
「ただ、ここは精霊界といっても、シャーキスみたいな妖精がたくさんいるわけではないの。物好きな人がたまたま気に入って持って行っちゃったら、わからない可能性もあるわ」
でも、シャーキスは魔法が使えるから、そう簡単には連れ去られないだろう。――と、僕は思っていたが、ロイゼさんにいわせれば、このクリスマス市に来るのは精霊界の住人だ。人間であっても魔法使いかその関係者。その他にしても、ことごとく魔法に関わりのふかい種族といっていい。
そんな魔法使いが、もしも本気でぬいぐるみ妖精をこっそり連れ去ろうと考えたら、よほど頭や魔法の腕が悪く、シャーキスよりも魔力がうんと弱いやつでないかぎり、不可能ではないだろうということだった。
僕はそんな仮説を信じたくなかった。
「でも、もしかしたら……どこか、人目につかないところに落ちて、動けなくなっているかもしれません。もういちど探してきます」
僕はクリスマス市のなかをかけまわった。
ふと気がつくと、あたりはしずかになっていた。
通りを歩く人はいなくなり、露店のほとんどが閉まっていた。
クリスマス市は真夜中までやっていると思われがちだが、じつは終業は夜の九時ごろで、意外と早かった。
僕は疲れたので、ロイゼさんのレストラン〈お菓子の魔女のまかない屋〉へもどった。
レストランに入ると最後の客が、持ち帰り用シチューの入った壺とパンの包みを受け取って店から出て行くのとすれちがった。
ここも、今日の営業はこれで終了だ。
しょんぼりした僕の様子から、シャーキスが見つからなかったのを察したロイゼさんは、お店を閉める指示をすると、僕の方へやってきた。
「ニザさん、今夜はもう遅いわ。わたしも真夜中には別の用があるから、今夜は探しに行けないの。シャーキスさんを捜すのは、今日はこれで切り上げましょう」
ロイゼさんはお菓子工房の工房長だ。僕の案内するのに時間をとってくれているが休暇をとっているわけではないので、お店の管理もしないといけない。
でも、僕は……。
「ロイゼさん、僕はもう一度探しに……」
「いいえ、それはだめよ。それなら、これからこのクリスマス市の管理をしている市役所の相談窓口へ、迷子の届けを出しにいきましょう」
ただ今日は時間が遅すぎるし、具体的になにかしてもらえることは期待できない。
おまけに明日は祝日も重なっている。市役所の職員は半分以上の人が休暇をとっているから、臨時の窓口しか開いていないそうだ。
ロイゼさんと僕は広場前にある市役所へ向かった。




