5.消えたシャーキスは……
僕がトイレに行っている間、シャーキスは人形劇の客席が見えるすみっこのほうで、ふわふわ飛びながら僕を待っていたが――……。
「ねえ、ちょっと、あなたッ! あなたってばッ!」
僕がトイレに行って一分ほどたったころ、いきなり声をかけられたそうだ。
「そこの、宙を飛んでいるぬいぐるみ妖精のあなただってばッ! ちょっとぉ、無視しないでよッ!」
「るっぷりい、るるっぷ?」
シャーキスはなぜ呼ばれたのかわからなくて、キョロキョロした。
「るっぷりい? どなたかボクを呼びましたでしょうか?」
「わたしよ、わたし! こっちを見て!」
シャーキスが下を見ると、小柄な少女がいた。明るめの茶色い髪を真ん中で二つにわけ、両サイドでリボンで結んでいる。目の色も明るい茶色で、血色が良いほっぺたはピンクのバラの花のようだ。温かそうなキルトのコートを着て、赤い毛糸の手袋をして、その両手を腰に当てて胸をはり、シャーキスをじっと睨みつけている。
「るっぷりい、ぷう! いったいどなたなのでしょうか?」
「わたしといっしょに来て欲しいの。ちょっとだけよ。ほんの二時間……いいえ、一時間でもいいわ。あなたにどうしても、デザイン画のモデルになって欲しいの!」
「るっぷりい? それはお絵描きのモデルのことですか?」
「そうよ。あなたを見ながら絵を描いて、デザインを考えたいのよ。だから、お願いッ!」
少女は両手を組み合わせてシャーキスを見上げたが、シャーキスは困った。僕がまだ帰ってこないトイレの方角と、すごい目で睨みつけてくる少女を、なんども交互に見た。
「るるっぷりい、ぷう。そういわれてもダメなのです。ボクはここでご主人さまを待たなければなりません」
「だってあなたのご主人さま、いないじゃない。それならわたしといっしょに来てくれたっていいでしょう?」
「るっぷりい? ボクのご主人さまはいるのです。すぐに戻ってくるのです、ぷう!」
「でも、いまはいないでしょ? わたしはいますぐでないと時間が無いの! だってすごく急いでいるの! 待ってられないのよ! だから、えいッ!」
バサッと、シャーキスは頭から白いアミをかぶせられた!
「るるっぷりいい、ぷっぷううう~ッ!?」
虫取りアミだ!
少女はすかさずくるっとアミをひねり、シャーキスをアミの袋状の奥へ閉じ込めた!
「るっぷりいぷう!? これは魔法のアミなのですね! 魔法が使えないのです!」
「うふふ、ぬいぐるみ妖精だからやっぱり魔法が使えるのね。だって、こうしないと魔法で逃げちゃうでしょ?」
シャーキスはジタバタ暴れようとしたが、やわらかいアミが体にまとわりつき、手足がうまく動かない。
「やだ、もう、おとなしくしてよ! 今夜中に終わらせないと明日に間に合わないんだからね!」
「る~る~、るっぷりいぃッー!? ボクには関係あっりませーんッ!」
シャーキスは助けを求めて叫ぼうとしたが、大きな声も出せない。魔法で姿を消して空間を渡ることもできない。
少女はニンマリ笑った。
「自由に飛んでるぬいぐるみ妖精なんてほかにいないんだから。逃がすわけないでしょ!」
「るるっぷりいいーッ!? ちがうのです、ボクはご主人さまを待っているのです!」
「はいはい、わかってるわ。わたしが新しいご主人さまになってあげる。わたしはかわいいぬいぐるみが大好きだから、大事にしてあげるわ。だって、伝説のぬいぐるみ妖精って、持ち主のこどもを護ってくれるんでしょ。わたし、すごく良い子だもん! あなたもきっとうれしいと思うわ」
少女はシャーキスが出られないように、アミのひねった部分をさらにひもでくくって締めて、竿を肩にかついでスタスタ歩き出した。
「るっぷりーいッ! 止まってください! こんなの良い子がすることではありません、あなたは悪い子なのです、るーっぷ!」
「やーね、わたし、悪い子じゃないもん。誤解しないで! これから仲良くしましょうね。だって大事なモデルになってもらうんだもんね!」
シャーキスがどんなにジタバタ暴れても、虫取りアミはどうにもならなかった。
こうしてニザがトイレから戻ったとき、相棒のぬいぐるみ妖精シャーキスはいなくなっていたのである。
「むむっぷりい………………」
シャーキスはアミ越しに外の景色を観察した。白い紗のアミ越しでは景色が見えにくいけれど、少女はクリスマス市から出ていない。
少女はお店の陰から、その露店とべつの露店のせまいスキマに入り、歩いて、曲がって、露店の裏側を通り抜けて、クリスマス市のどこかにある露店の小屋へ入ったようだった。
その店舗はほかの露店よりもやや大きい建物らしく、表の店内を通り抜けたとき、お菓子の魔女のクッキー専門店〈レープクーヘン〉の従業員が十人くらい働いていた作業場なみに広い感じがした。
店の奥に入ってみじかい廊下を渡り、仮の居住区らしい小さな居間を通り抜けたさらに奥の扉を少女は押し開けた。
そこはこじんまりした机と椅子と小さなベッドのある部屋だった。
ピンク色のバラのようなほっぺたをした少女は、入ると扉をピッタリ閉めた。
「よいしょっ、と!」
少女はベッドの上で、虫取りアミのヒモをほどき、くるっとひっくり返した。
アミから振り出されたシャーキスは、ベッドへボトッと落ちた。
「ギュムッぷりい……!」
ぐったりしたぬいぐるみ妖精シャーキスは、のどが潰れたような音をもらした。アミの口をヒモでしっかりくくられてふさがれていたので、移動する間、せまいアミの中でギュウギュウ押されていた。
もしかしたらテディベアの発生器官であるお腹の中の部品『グラウラー』がちょっと潰れたかもしれない。
シャーキスはベッドの上で、ブルブルッと頭をふった。
おや、体が動かせる。そうだ、逃げるならいまがチャンスでは……!?
「るっぷ、……りい?」
しかし、しっかり気を取り直したときには、シャーキスの胴体にキュッと白いリボンが結ばれていた。
「るるっぷ!? これはなんですか!?」
また飛べないことに気づいた。
このリボンだ。
魔法を封じる作用をもつ魔法のリボン。
こんな危険なものを、どうしてこんな少女が持っているんだろう。
「えへへ。きれいなリボンでしょ。二度と迷子にならないようにおまじないよ」
白いリボンの端は長くのびて、少女の手につかまれていた。
「ぷい! 犬のお散歩じゃないのです! こんなもの、はずしてください!」
「いやよ。はずしたら逃げちゃうでしょ?」
「るる~ぷりい。それは当たり前なのです。これはすごく意地悪なひどい仕打ちなのです、ぷう!」
「あら、これは親切よ。ほら、これでぜったい迷子にならないわ」
少女はリボンのはしに輪を作って左手首を入れた。少女が動いてもリボンとシャーキスはずっとつながれているわけだ。
少女は部屋のすみから背もたれの無い椅子をもってきてベッドの横に置いた。右手に鉛筆を握り、ベッドサイドのテーブルに置いてあったスケッチブックを、ひざでひろげた。




