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精霊界のクリスマス市  作者: ゆめあき千路


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4.お菓子の魔女のお店とレストラン

「ニザさん、次は私のお店にいきましょう」


 ロイゼさんのお店は三軒あるそうだ。


 一軒はクッキー以外のお菓子を売る店で〈職人通り〉のはしっこにある。

 なぜその場所かといえば、ロイゼさんのお菓子を目当てに来るお客さんも多いので、職人通りのほうへもそういったお客さんを誘導するためだそうだ。


二軒目がこの〈ごちそう通り〉の真ん中にあるクリスマスクッキーの専門店〈レープクーヘン〉。

 三軒目が〈レープクーヘン〉に併設(へいせつ)された、座れるテーブル席が百席あるレストラン〈お菓子の魔女のまかない屋〉である。


 僕はお腹がいっぱいになってちょうどひと休みしたかったので、ロイゼさんの申し出はありがたかった。


 クリスマスクッキーの専門店〈レープクーヘン〉の店頭の大きなガラスのショーウインドウには何十種類ものクリスマスクッキーがあった。


 香ばしく焼かれたジンジャークッキーに、粉砂糖を赤や緑に着色したアイシングや、溶かしたチョコレートできれいな絵や模様が描かれたクリスマスクッキーだ。

 クッキーがつぎつぎと売れていく。無くなりそうになると、すぐにできたての華やかなクリスマスクッキーがどんどん追加されるから、商品が無くなることはない。


 お店の奥は厨房のようすがよく見えるように造られていて、赤と白のお仕着せに真っ白いエプロンをつけた数十人の若い女性のお菓子職人がいそがしく立ち働いていた。


 巨大なオーブンが開けられ、焼き上がったクッキーがつぎつぎに取り出され、冷ますために天板ごとアミ棚へ乗せられていく。

 空になったオーブンには焼かれるのを待っていたつぎのクッキーの天板が入れられる。


 オーブンの扉が閉められると、その作業を終えた職人は流れるような動きでつぎの作業に取りかかる。

 作業台ではムダの無い動作でクッキー生地のかたまりが麺棒(めんぼう)で平たくのばされ、いろんなクッキー型でどんどん型抜きされていく様子は見ていても楽しくて、僕もやってみたくなるほどだった。


 その横の作業台では、数人がいろんな色の絞り出し袋で、クッキーに絵を描いている。描き終えたクッキーは白い天板に並べられ、白いアミ棚に乗せられて乾くまで置かれる。アミ棚には順番が付いていて、乾いたものから順に出され、ショーウインドウへ並べられるのだ。


 クッキーには穴が開いていて、そこにリボンやヒモを通せばツリーの飾りにもできる。

 僕は早くも心の中では、明日買うことにしたクッキーのデザインをいくつも選んだ。


 通りに面したクッキー売り場をはなれ、おとなりのレストランへ入ると、暖かい屋内の空気にホッとして肩の力が抜けた。外はやっぱりすごく寒かったんだ。


 ロイゼさんのレストランはほかのお店で買った軽食も持ち込みができる。客席はいつも満員にちかいそうだ。


 レストランの厨房は客席からよく見えるようになっていて、ひとかかえほどもある大きな寸胴鍋が五つ、コンロにかけられていた。煮込まれているのはソーセージポトフやビーフシチューやクリームシチューだ。


 巨大な石窯(いしがま)オーブンではパンが焼かれており、その横の焼き場ではまるごとのチキンやローストビーフなどが焼かれていた。


 ロイゼさんは熱いカモミールのお茶を持って来てくれた。消化に良いハーブティーだ。


「夕食は少し遅い時間にしましょうね」


 今日の夕食はここで取るから、ホテルの夕食は予約していないそうだ。


「るっぷりい? ご主人さまはとても楽しいのに、なんだかお疲れなのですか?」


 僕の左肩に座っているシャーキスは、カモミールティーを飲む僕の頭をよしよしとなでてくれた。


「うん、楽しすぎて、美味しい物を食べ過ぎちゃって、疲れることもあるんだよ」


 でも僕は、こんな軽い疲労感すらも楽しんでいた。

 ピンクのテディベアのぬいぐるみ妖精シャーキスは、いまは魔法で姿を隠していないから誰にでも見える。

 この市では最初からずっと僕の左肩に座っていっしょに見物していた。


 こうしてシャーキスとお喋りしていても、ロイゼさんも、周りの客席にいる人たちにも、僕がおかしいと思われることがないのも、愉快だった。


 ここには、左肩にピンクのお喋りなテディベアを乗せて歩く僕のことを、不思議に思う人はいない。

 だってここは精霊界のクリスマス市。

 魔法も妖精も、あたりまえに存在する場所なのだ。


 レストランの窓からは職人の店がならぶ通りが見える。

 陽が落ちて、あたりはすっかり暗くなった。


 道のあちこちで明かりのためのかがり火が()かれた。露店の店頭ではクリスマス風のきれいなロウソクやランタンにいっきに()が入れられた。


 すると露店の屋根や軒先に飾られた星々の飾りつけが、灯の光を反射していっそう明るくかがやき、市の通りは夜空から降ってきた星の光で照らされているかのようにまばゆい光で満ちあふれた。


「すごいや、市の通りが星の川みたいだね!」

「るっぷりい! まるでほんもののお星さまが地上にいっぱいあるみたいなのです!」


 ほかにも夜の(もよお)しとして、クリスマス市の三カ所にある小さな舞台では吟遊詩人の音楽や短い演劇や、古いおとぎ話の人形劇などが演じられるそうだ。


「この店の近くにある舞台は、いまから吟遊詩人の演奏がはじまる時間だわ」


 ロイゼさんが、夕食はそれらを見物してから戻ってきて食べればいいといってくれたので、また外へ出た。

 そこは(はば)三メートルほどの小さな劇場だった。屋根からは赤いビロードの幕が垂れ下がった、小さくても立派なしつらえの舞台だ。


 前方には椅子がならべてあるが、後ろは立ち見だ。屋根がないので吹きさらしだけど、客席の真ん中には雪だるまストーブがあり、後方で燃やされているかがり火の熱がこのあたりの空気を暖めていた。

 客席はほぼ埋まっていたので僕とロイゼさんは後ろで立ち見だ。


 演奏者はいつくるのだろう。――と思ったら、どこからかフワーッと小さな光の玉が飛んできて、舞台でパッとはじけた。


 そこに、白い髪をしてひらひらする衣装をつけた美しい女の人が立っていた。女の人の後ろには同じくらいの背丈の大きなたて(ごと)も出現した。


 女の人の背中には、蝶のような薄い羽が生えている。それがゆっくり広がり、たたまれるたび『シャラ、シャララ……』と小さな鈴をいくつも振るような涼しい音色が聞こえるのだ。


 背中に蝶の羽を生やした女の人は舞台中央の椅子に腰かけ、たて琴をかかえた。(いと)がつま弾かれ、曲が(かな)でられる。蝶の羽がシャラシャラと鳴り、鈴の音色さながらの伴奏となっていた。


 女の人の全身からはまばゆい虹色の光があふれだし、空間には白い花びらが舞い散った。僕らの上空には淡いエメラルド色したかがやくオーロラのカーテンが出現し、(おど)るようにゆらめいていた。

 演奏が終わると舞台と夜空の光は消えた。


 蝶の羽を生やした女の人はおじぎをするや、一瞬で姿を消し、虹色に光る白い蝶となって、ヒラヒラどこかへ飛んでいった。

 つぎは人形劇を見に行くことにした。

 僕とロイゼさんが人形劇の舞台前まできたら、お菓子工房の若い女性店員があわてて追いかけてきた。


「まあ、あのクッキーの抜き型が壊れたですって!?」


 どうやらお菓子の魔女の店オリジナルのクッキーの抜き型が壊れたらしい。


「予備はあるけど、ほうっておくわけにはいかないわね。ニザさん、ここで人形劇を見ててくださいな。10分ほどで戻りますから」


 ロイゼさんは女性店員といっしょにお菓子工房へ戻っていった。


 ひとりになった僕は、しばらく人形劇を見物していた。この国の大昔のおとぎ話らしいドタバタ劇で、王さまやお姫さまが出てきたりピエロがずっこけたりしている。

 周囲の人たちはみんな笑っていたが、僕はどういうお話なのかよくわからなかった。


 そうしているうちにすごくトイレにいきたくなった。寒いのと、さっきハーブティーを飲んだためかも……。

 いそがないとたいへんだ!


 僕はトイレの看板があるほうへ歩き、人形劇の舞台の左手にあるお店の陰でとまった。


「しまった、ロイゼさんに――まあいいか、すぐ戻るし……シャーキス!」

「るっぷりい! はい、なんでしょうか?」


 シャーキスは僕の左肩から跳んで、空中にふわふわ浮かんだ。


「僕はトイレに行ってくるよ。もしロイゼさんが戻ってきて行きちがいになると困るから、きみはこのあたりにいてくれるかい?」

「るっぷりい。わかりました!」


 僕は人形劇の舞台から二区画ほど離れたトイレのある場所へいそいだ。

 五分とたたずに戻ってきたつもりだった。


 お店の陰にシャーキスはいなかった。


 僕のたいせつな相棒(あいぼう)、ぬいぐるみ妖精のシャーキスがいなくなるなんて!――夢にも思わなかった僕は、しばらくその場に立ちつくした。





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