10.シャーキスがいた!
「ユーリリット」
「はい、おとうさん」
「その絵をみせてごらん」
ユーリリットはスケッチブックをルファット親方に渡した。
「ユーリリット、この絵がぬいぐるみ妖精のシャーキスさんなら、いまどこにいるのか、知っているのかね?」
ユーリリットはゆっくり顔を上げた。
「えと、あの、……はい」
僕とは目を合わさないようにしているのがまるわかりだ。まちがいなく後ろめたいことがある態度だ。
ようすのおかしな娘に、でも、ルファット親方は怒らず、忍耐強く話しかけた。
「ぬいぐるみ妖精のシャーキスさんについて、なにか知っているなら、すなおに答えなさい。ニザくんたちはシャーキスさんのことをとても心配しているんだよ」
僕は我慢できなくなって、「ユーリリットさん!」と話しかけた。
「シャーキスはここにいるんですね?」
僕が問いかけると、ユーリリットは消え入りそうな声で「はい」とこたえた。
「ユーリリット、すぐにぬいぐるみ妖精のシャーキスさんをここへつれてきなさい」
ルファット親方の言いつけに、ユーリリットはビクッと背筋を伸ばすと、タッと走って奥の扉に入っていった。
ほどなく戻ってきた彼女は、ピンクのテディベアをしっかり抱っこしていた!
僕を見たシャーキスは、ユーリリットに抱っこされたまま、ピッと右手を挙げた。
「るっぷりい! ご主人さまなのです! 迎えにきてくださったのですか?」
シャーキスはユーリリットの腕からポンと飛んで抜け出すと、ビューッと飛んで、僕の左肩へしがみついた。
僕はシャーキスを、ぎゅうぎゅう抱きしめた。
「シャーキス! 無事で良かった!」
それからユーリリットの告白で、僕を待っていたはずのシャーキスが、どうしていなくなったのか、あの謎の数分間の事情があきらかにされた。
「それでおまえは、ぬいぐるみ妖精のシャーキスさんを虫取りアミで捕獲して連れ帰り、ひと晩中、絵のモデルをしてもらっていたというんだね」
「はい、そうです」
ユーリリットはルファット親方にしんみょうにこたえた。
僕とロイゼさんはシャーキスにも事情を聞いた。
「シャーキスさんはどうして逃げられなかったの?」
ロイゼさんが訊ねた。そう、僕もそれがいちばんの疑問だった。
どうして魔法を使えるぬいぐるみ妖精のシャーキスが、この少女にひと晩ものあいだ捕らえられていたのだろう?
「るっぷりい! 虫取りアミで蝶々みたいに捕まったのです。このお家で、魔法の虫取りアミから出されましたが……。そのあとは、魔法が使えなくなる魔法のリボンを付けられていたのです!」
それを聞いたルファット親方がすかさずユーリリットにたずねた。
「ユーリリット、魔法の虫取りアミと魔法封じのリボンなんて、どこで手に入れたんだい?」
「自分で作ったの。この近くに咲いている白薔薇の花びらを集めて、茎から繊維を取り出して、薄い布に織って……」
ユーリリットが部屋から持ってきた虫取りアミを、ルファット親方はていねいにしらべた。
「ふむ、枠もアミの布も、なかなか上手にできている。これをひとりで作ったなら、たいしたものだ」
「えへへ、がんばったもん」
ルファット親方は苦い顔になった。
「だが、いつどこで、魔法封じの布の作り方なんて覚えたんだ?」
「えへ……それは、その……勉強して……」
あまり言いたくないのか、ユーリリットはごにょごにょと言葉をにごした。
「ロイゼさん、魔法封じの布ってどういうものなんですか?」
「魔法の才能があってもまだ魔法をうまく使えない小さな子どものためのものなの。服を作ったり、リボンをお守りのみたいに服に縫い付けたりして使うものよ」
ルファット親方はコホンと咳払いした。
「ユーリリット。魔法は悪いことに使うものじゃないぞ」
「ちがうもん! 虫取りアミは雪ボタルを捕まえるために作っただけよ。リボンは、雪ボタルを入れておくカゴを編むのに必要だから、布をリボンにしただけだもん。まさか散歩してたらぬいぐるみ妖精が捕まえられるなんて、ぜんぜん思ってなかったもん!」
必死で言い訳して、ユーリリットはムーッとくちびるをとがらせた。
「ロイゼさん、雪ボタルってなんですか?」
僕は小さな声でたずねた。
ロイゼさんも小さな声で答えてくれた。
「このあたりでは雪が降ったあと、白く光る虫が出てきて雪の上を飛び回るの。雪から発生する妖精の一種よ。たくさんつかまえてカゴに入れておけば、雪が溶けるまでのあいだ明かりの代わりにできるのよ」
つまりユーリリットは、露店の裏とかの人のいない場所で雪ボタルを探していたら、たまたまひとりでいたシャーキスを見つけ、ひとりぼっちの迷子のぬいぐるみ妖精だと思ったのか。
昼間に僕がシャーキスといっしょに市を歩いていたところは見ていないんだ。
「迷子ならだれかとはぐれたに決まっているだろう。そもそもこのクリスマス市のなかには怪しい者は入れないんだぞ」
「だって、シャーキスさんはただ宙に浮いているだけだったし、きっとひとりぼっちで行くところがない、どこかから迷い込んできたぬいぐるみ妖精だと思ったんだもん……」
「だったらわしに知らせるか、市長さんに知らせにいかなきゃだめだろうが」
こんどは、ルファット親方は厳しく言った。
「うう、ごめんなさ~い!!!」
ユーリリットは泣きべそ顔だ。
「るっぷりい、ルファット親方、もういいのです!」
シャーキスがぴゅーっと二人のあいだへ飛んでいった。
「るっぷりい! ユーリリットおじょうさんは悪い子をやめて良い子になったので、ボクはもう許してあげたのです、ぷう!」
「いや、まあ、しかしだね。せめてきっちり怒って反省させないと、今後のしめしがつかんでしょう」
「るるっぷ、ユーリリットおじょうさんは悪いことをしたと気がついたので、ボクにあやまりました。ボクと約束をしたので、ボクは自分の意思でひと晩ここにとどまりました。だから、ユーリリットおじょうさんとボクのあいだにはもう問題はないのです、ぷう!」
「そう考えてもらえるなら、ありがたいことだ。ではこの結末を一刻も早くホルディン市長にもお知らせしないと」
親方はその場で手紙を書き、ユーリリットに市庁舎へ持って行くよう言いつけた。
ユーリリットはすごいいきおいで走っていった。
「なに、ホルディン市長はあの子をよくご存じだ。しかるにしろ罰を与えるにしろ、あの子のためになるようにはからってくれるでしょう」
ロイゼさんはオホホホと上品に笑った。
「ええ、きっと虫取りアミやリボンの作り方を教えたのは伯母さまですわね。そういうのがお好きだから。あとでわたしが責任をもって確認しておきますわ」
と、ユーリリットが慌てて店にもどってきた。手にはホルディン市長への手紙を持ったままだ。
「ユーリリット?」
ルファット親方が声を掛けたが、
「わ、忘れものが、あって、先に、わたさないと……」
ユーリリットは息を切らせながら店の奥の扉へ入り、すぐ出てきた。
左手にホルディン市長への手紙をもったまま、右手には何かをにぎっている。
「シャーキスさんに、はい、これ!」
差し出された右手が開かれた。
銀貨が2枚。
「モデルになってくれたお礼をするって約束したから。受け取ってください」
ユーリリットはぺこりと頭をさげた。
銀貨2枚なんて高額すぎないかなと思ったけど、あとでロイゼさんにきいてみたら、ロイゼさんのお菓子屋さんなら、新人の従業員がまる1日働いたお給金にちかいそうだ。
またロイゼさんはこうも言った。
シャーキスへのお礼としてユーリリットが考えて決め、自分の貯めていたおこづかいから出したお金だから、けっして安いことはないだろうって。
「るっぷりい! ユーリリットおじょうさん、ありがとうございます!」
シャーキスが右腕を振ると、銀貨は少女の手から浮かび、空中をふわふわ飛んで、シャーキスのもとへとどいた。
「わ、すごい、魔法だ! あの、ほんとうに、ごめんなさい。許してくださって、ありがとうございました!」
ユーリリットは、急いで店を出ていった。




