小さな大家さん
俺は慎重に覗き穴を見る。しかし誰もいない。確かにさっきは聞きなれた呼び鈴の音がしたはずだ。ドアを開ける。すると何かにぶつかる。
「痛い!」
「えっ」
そこには人間の女の子がいた。俺のへそぐらいまでしかない高校生ぐらいの子だった。
天使はヘイローを隠せないからすぐ分かる。悪魔は同種をみればすぐ分かる。自分がミックスで良かったと思うことはそいつが何かを見ただけで判断できることだ(悪魔にはヘイローが見えない)。つまりは本当にこの少女は人間なのだ。彼女は俺の足許で頭をずっと痛そうに手で押さえている。
「ごめん」
「ごめんで済みますか!なんであんなに勢いよくあけたんです。」
「いると思わなくて。ていうかあなたは誰ですか。見た感じはここは廃墟ばっかりみたいですけど。」
「え?あなたここがゴーストタウンなのを知らなくて来たの?」
そうか。梶さんはゴーストタウンに逃げてきたのか。
「いえ、勿論知っていますよ。ただ、大人の対応をしただけです。」
俺はにっこりと笑う。いつもやっている営業スマイルだ。少女は顔を背ける。
「そ、それって子供扱いってことじゃないですか!あのですね、私はここの大家なんですよ。いいです?お、お、や!だからここに住むにはお金を払ってもらいますよ。払えないのなら、即刻退去してもらいますよ。ほら、荷物も片して!」
彼女はそう言って部屋に入ろうとしてきた。俺はそれを急いで腕で制する。少女の顔は腕に埋もれる。仕方ない、奥には梶さんが寝ているんだ。
「払いますよ。だけど今は持ち合わせがないので、また明日きて頂けないでしょうか。小さな大家さん?」
また営業スマイルを発動させる。少女は耳を赤くしてまた顔を背け、そのまま階段を下って行ってしまった。その時にはじめてここが四階であることを知る。
「明日、絶対ですよ!」
一番下の方から、少女の声だけが響く。
「銀行、遠いだろうな。」
呟きはカラスの羽ばたきに消えていく。動けるのは俺しかいない。梶さんも裏切りたくはない。梶さんの為でもあるんだ。そう思うと腹の底から根底にあるエネルギーみたいなものが湧いてくる。これは比喩でもなんでもなく、おそらくは本当に悪魔か天使の能力なのだろう。このエネルギーが冷めてしまわない内にさっさと銀行に行ってしまおう。俺はとりあえず財布だけ持って団地を後にする。後にしてから、梶さんの様子が気になって見に行く。梶さんはやはり大きく寝息をたてながら豪快に大の字になって寝ていた。そっと布団をかけ直す。そしてまた団地を後にする。工場の音は暫くして聞こえなくなる。




