ゴーストタウン
夜も更けて、鈴虫の声が誰もいない街に静かに響いている。田崎は私の肩の上で相変わらず力なく眠っている。さすがに疲れたので、近くの公園で休むことにした。
「なあ、田崎。いったい何があったんだよ」
返事は無い。胸ポケットからマールボロを取り出す。だが中身は空だ。さっきの帰り道で全て吸いきってしまったことを思い出す。ついでに禁煙かよ、と呟く。
私は大きく深くため息をつく。疲労は吐いた息にまじって逃げていく。もう少し歩くか。そうして田崎を担ごうとした時、田崎の胸元に何かが入ってることに気づく。箱だ。そしてそこには見覚えのある濃い赤色がこちらを覗いていた。私はそれを取り出す。それは仕方なく取り出される。「marlboro」と書かれた箱は新品で、まだ空けていないように見える。しかしそれは空けられていて、しかも半分ほどなくなっている。何故田崎が持っているのだろう。彼は吸わなかった筈だ。だが丁度いい。
「ちょいとわけてね」
私はその箱から一本だけ取りだし、手で風を制して、ライターに火をつける。淡い火だ。それはさっきまで見ていた涙のつぶのように見える。
田崎を担いでまた歩き出す。目的地は…なるべく目立たないところがいい。なにか大きな建物の裏とか、入り組んだ迷路みたいなところとか…
田崎にかからないように、煙を吐き出す。煙は死んだ街灯にかかって、月明かりに照らされて形をもつ。そういえば、今日はやけに月が眩しい。
ぽつりと、肌に水滴が着く。一粒、また一粒と増えていき、そのうちの一滴が煙草の火を消す。水滴の矢は瞬く間に降りしきる。豪雨は全身をうちつける。水滴は侵食し、下着まで濡らす。誰か一人の天使が死んだ。
目的地に着いた頃には、夜はとうに明け、空には大きな太陽が照っていた。
田崎が目を覚ます。
「梶さん…」
田崎は背中に担がれたまま目を擦る。
「田崎、着いたぞ」
まだ視界がぼやけて、頭はまだぼんやりと霧がかかっている。しかし、「それ」を見たことで霧はすっかりと晴れてしまった。
「305号室…?」
いつもの見なれた文字だ。でも扉が違った。




