破壊
今日は一段と店長の当たりが強かった。普段なら私にビビって叱りもしないくせに。あまりに煩いので睨みを効かせたら一発で黙ってしまった。やれやれ、一体何だったんだろう。胸元からマールボロを取りだして帰り道に一服する。何だかいやな予感がする。
いつもの305号室に帰ってくる。違和感を感じたのはそこからだ。ドアを開けた瞬間、強烈な生臭さが鼻を劈いた。今日はゴミを捨てなかったが、それが原因じゃない。そしてその匂いに混じって、嗅いだことのある匂いがする。金属臭…いや、
「血の匂いだ」
そう気づいてから急いで部屋に入って中を確認するが、何か変わったところは見られない。なんなら、さっきよりも匂いが緩和したぐらいだ。なら、玄関か?
玄関を出ると、隣にゴミ袋が置いてある。そして、隣の306号室のドアはよく見ると少し開いていた。恐る恐るドアを開けると、噎せ返るような生臭さと血の匂い。そして、
「田崎!」
誰かが大量の血を流して倒れていて、その目の前でぼろぼろと涙を流しながら、田崎は声も出さずに、今にも包丁を自分の喉に突き立てようとしている所だった。
私は田崎から包丁を奪い、目の前の死体に突き立て、言ってしまった。
『破壊』
屍は黒くひかりだし、煌めく蛍の大群のようなものに包まれる。細胞一つ一つが宙に舞って消えていく。やがて光とともに屍は消え去る。後には何も残らない。包丁も、血も、匂いも。ただ、呆然と何処かを見つめている田崎だけが残った。
沈黙は、遠くから聞こえる轟音にかき消される。
「田崎、逃げるぞ。」
田崎は、良くできた素晴らしい人間だ。私なんかとは違って。いや、人間では無いのだが。なんというか、清潔感の塊のような奴で、綺麗なシワのないスーツをいつも着ていた。半分悪魔半分天使というハンデスな立場の中かなり良い企業にも勤めている。
田崎の涙が肩に染みる。まだ泣いている。私は田崎を担いで、只管に走った。翼を使って飛ぼうかとも考えたが、目立ってしまうと思いやめた。住んでいた団地は見えなくなって、六時半に起きる工場もやがて見えなくなって、住んでいた街も見えなくなって、空は赤色に包まれていた。気づけば、二つ隣りのゴーストタウンまで来ていた。田崎はいつの間にか寝ていた。泣きながら寝ていた。




