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「……着いたか。ようやくって感じだな」
石の回廊を抜けた先で、ジーンは足を止めた。足元の魔法陣が静かに淡く光を放ち、その光が周囲の空間をぼんやりと照らしている。そこは、石造りの巨大な闘技場――いや、“見世物小屋”とも呼べる異様な空間だった。
階段を降りきったばかりのジーンは、未だに自分の手を掴んで離さない少女に、軽くため息をついた。
「おい、いい加減手を離せ。ここまで来たら、もうおしまいだ」
「なによその言い方……!」
シャルロッテはムッとしながらも、渋々手を放す。が、次の瞬間、今度は彼の服の裾をつまむように掴んだ。
「……おい、俺の服を掴むな。伸びるだろ……高かったんだぞ、それ」
その声には呆れと、わずかな照れが混じっていた。
シャルロッテは視線を逸らし、少し頬を赤らめて、ぽつりと呟く。
「……ありがとう。あなたのおかげで、降りられたわ」
その言葉にジーンが反応する間もなく、空気が変わった。
目の前に、突如として男が現れたのだ。真紅のタキシードを身にまとい、白い手袋をはめたその男は、どこか仮面のような整った顔立ちをしていた。表情はにこやかだが、どこか歪んでいる。
「ひゃっ……!」
驚いたシャルロッテが、咄嗟にジーンの背後に隠れる。
その男は芝居がかった動作で帽子を取り、一礼した。
「君たち、随分とゆっくりだったねぇ? いくら“元”貴族の坊ちゃん嬢ちゃんとはいえ、ここではただの“商品”なんだから、時間くらいは守ってくれなくちゃ困るよ」
ジーンは眉ひとつ動かさず、口の端を上げた。
「悪いね。でも、時間の指定がなかったからね。まあまあ、そんなにせっかちだと、早死にしますよ? お兄さん」
場にそぐわない軽口を叩くジーンに、男はゆっくりと一拍手。そして、口角をさらに引き上げた。
「ふふ……いいね。そういう口の回るやつ、私は大好きだ。大体そういう奴から潰れてる瞬間が堪らないんだよ。」