4
ジーンは、ゆっくりと階段を降りていった。
土に埋もれたその階段は、見た目こそただの五段。しかし、内側には“魔法の転移構造”が隠されており、一度踏み入れれば後戻りはできない。上へ戻る術はなく、先へ進むしかない構造だ。
――その仕組みを理解していたからこそ、ジーンは一段一段を噛みしめるように踏みしめた。これが、自分の人生を変える境界線だと悟っていた。
だが、そんな感傷に耽っている彼の横を、他の参加者たち――身なりの整った若者や怯えた子どもまで――が次々と追い越していく。
それでもジーンは気にせず、足元に集中していた。
すると、背後から細く震える声が聞こえた。
「……助けて。お願い……動けないの……」
その声に振り向くと、階段の途中にうずくまる少女の姿が目に入った。栗色の長い髪は乱れ、ドレスの裾には土埃がついている。泣きそうな顔でこちらを見上げているが、ジーンの足は止まらなかった。
「おー、そうかそうか。じゃあな」
ジーンは軽く手を振るような仕草をして、そのまま階段を降りようとする。
「ちょっと! 助けてって言ってるでしょ!」
少女が叫ぶように言ったが、ジーンは眉一つ動かさず答えた。
「俺は今、この階段を降りるのを楽しんでるんだ。邪魔しないでくれ」
その言葉に、少女は顔をしかめ、怒り混じりの声を上げた。
「怖がってるレディーを見捨てる気? ほんと最低な男。あんた、どうせモテないでしょ!」
ジーンの足が、そこでピタリと止まる。
「……は?」
振り返った彼の顔には、明らかに“気にしてる男の顔”があった。
「何が“モテない”だよ。こんな階段ごときにビビって泣いてるような、おつむ弱弱のやつに言われたくないわ」
少女は目を見開き、そして唇を尖らせた。
「言ったわね……!」
どうせ女の子をエスコートしたことないから、私を助けないんでしょ。童貞ってバレたくないから」
ジーンの足が止まった。
少女のあまりに直球な言葉に、眉がピクリと動く。
「……あー、そう来るか。あー、はいはい。やってやりますよ、このやろう」
ぼやくように呟くと、彼は踵を返して少女の前に立つ。そして、片手を差し出した。
「高所恐怖症なんだろ? だったらビビって止まるなよ。俺の手を繋げば大丈夫だからな」
少女はむっとした顔でジーンを睨む。
「なんで私が高所恐怖症なんて分かるのよ。言ってないし、知らないでしょ?」
ジーンは肩をすくめ、面倒くさそうに目を細める。
「知ってるさ。君は、やけに目線を下に向けないようにしていた。そのせいで視線が不自然に上へ泳いでた。あれは意識的に“下を見るな”って自分に言い聞かせてる証拠だ」
「……!」
少女が一瞬だけ言葉を詰まらせたのを見て、ジーンは満足げに鼻で笑った。
「とりあえず、誤魔化すために自己紹介でもしておくか。俺の名前はジーン・アルバント。ま、覚えなくていいぞ」
彼の手を見つめたまま、少女はしばし黙っていたが――やがて、プイと顔を背けながら、その手を取った。
「……シャルロッテよ。シャルロッテ・ミューゼル。覚えなくていいって言われても、こっちは覚えたから。」