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馬車が、舗装の甘い石畳をゆっくりと進んでいく。車体がわずかに揺れるたび、木の窓枠が軋んだ。
まるでこれから運ばれる運命の重さを、車輪が受け止めているかのようだった。
「……まぁ、仕方ないよね。こればかりは“国の法律”だしさ」
窓の外をぼんやりと眺めながら、ジーンがぽつりと呟く。
「それなら……私たちと一緒に逃げるという手もあります。あなた様に紹介された方々なら、国外へのルートも――権力もあります」
向かいの席に座るコルソが、静かに、しかし強い意志を滲ませて言った。
ジーンは肩をすくめ、かすかに笑った。
「じーやは優しいね。でも、この国では“無能力者”が国籍を変えることすら許されてない。
それに、遊戯の参加者を逃がすのは明確に“反逆罪”扱い――最悪、死刑だよ」
言葉の調子は軽いが、声の奥にある諦念は深い。
「それでも……あの遊戯は命を懸けたものです。もし、あなた様が……」
コルソが言い淀むのを、ジーンはちらりと視線を向けて制した。
「気にしないで。それも見越して、あのゲームのルールも仕掛けも全部調べた。
勝つつもりで行くんだ、じーや」
ふっと息を吐いて、彼はいつものように笑う。
それは、家族に向ける笑みとはまったく違っていた――コルソだけが知る、本当のジーンの顔だった。
「大丈夫さ。ちゃんと勝って、また会いに来るから」
馬車が一度大きく揺れ、やがて速度を落とし始めた。
「……着いたようですね」
コルソが言うと、ジーンも静かに頷いた。
「もう着いちゃったのか。案外、早かったな」
御者が小さくノックする音が響く。扉の向こうには、すでに目的地の影が迫っていた。
ジーンは腰を上げかけ、ふと思い出したように振り返る。
「そういえばさ、じーや。一つだけ、お願いがあるんだ」
「……何でしょう」
「敬語、やめてくれない? もう俺、アルバント家を出るんだしさ。名前も立場も、置いていくから」
コルソの瞳が、一瞬だけ揺れた。
「……それは……あまりに、恐れ多いことで」
「いいって。……俺にとって、お前はただの執事じゃないからさ」
コルソは黙って頭を垂れ、ほんのわずか、微笑んだ。
ジーンは扉の前に立ち、背中越しに手を軽く振る。
「――じゃあね、じーや。元気で」
「……元気で、ジーン」