表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第8話 魔法少女、爆弾魔編/前編

モニタールームの時計は12時を回っていた。


ミオとマホポは昼休憩中。

任務も当番もなく、ようやく訪れた静かなひとときだ。


ミオは椅子に体を沈ませ、カップ焼きそばをずるずるすすっていた。


「はぁ〜〜平和って最高……」


『また炭水化物ですか。栄養バランスという概念は……』


「いま、癒やしの時間なんだから水差すの禁止ー!」


『じゃあ、口に含んでる焼きそばを机に飛ばさないでください。モニター壊れたらあなたの給料で弁償です』


「こわっ!?さすがマホポ、上司の圧〜〜!」


そんな、いつも通りのゆるいやりとり。

まるで、いつまでもこの日常が続くかのように思えていた――そのときだった。


 


ドォォォォンッッ!!!!!!!


 


突然、空気を引き裂くような爆発音が本部を揺らした。


机が揺れ、窓ガラスがびりびりと震える。


「っっ!?!?」


ミオは思わず椅子ごとひっくり返り、カップ焼きそばを床にまき散らした。本日のお昼タイムが終了した。


「な、なになに!?今の、地震!?違うよね!?爆発!?まって本当に爆発!?!?」


『窓の外を見てください』


マホポの声に促されるまま、ミオはガタガタ震える足で窓際に駆け寄った。


目に映ったのは――

市街地の一角から、黒煙と火花が上がる光景だった。


広がる火災。逃げ惑う人々。

その向こうで、またも小さな爆発が──。


「……っ!! ま、まって、なにこれ……本当にヤバいやつじゃん……っ!!」


直後、本部内に警報が鳴り響く。


《STELLA緊急指令:コード04番、都市爆発災害──現場:第三区ブロック》


《即応可能な魔法少女は、至急出動準備を整え、待機所へ向かってください》


『出番ですね』


「で、出番!?あんな場所に!?いやそりゃそうなんだけどっっ!!」


震える手を止められないまま、ミオは言葉にならない叫びをあげていた。


心臓が早鐘のように鳴っていた。

怖い。怖すぎる。今までの事件とは、明らかにスケールが違う。


でも──


『ミオさん』


ふわりと、マホポがミオの肩に浮かぶ。


『私が全力でサポートします』


ミオはぎゅっと目をつむった。


喉の奥から、「無理」と何度も言いそうになる。


──けれど。


「……行くよ。ビビってても、爆発止まるわけじゃないもん……!」


カップ焼きそばの破片を踏み越えて、ミオは立ち上がる。流石に踏むのは勘弁して欲しいと思った白井だが、今は言うのはやめといた。


震えてるけど、足を止めない。


『……その意気です、“25歳児”さん』


「だからそれ今言うなーーー!!」


泣きそうな顔で叫びながらも、ミオは走り出す。


その姿は、まだ頼りない。でも──


確かに、“前”に進んでいた。

そんな部下の成長に、マホポはその粋だと言わんばかりに飛び跳ねた。




ミオとマホポは、緊急用ゲートで現場に降り立った。


地響きと焼け焦げた空気。耳鳴りするほどの騒音。

叫び声。サイレン。火災の煙が視界を覆い、現場はすでに地獄絵図の様相を呈していた。


「うわっ……っ、なにこれ……っ!!」


息を吸うだけで咽せそうになる。ビルの一部が崩れ、瓦礫の山に変わっている。

そこに倒れた人たちや、負傷者を運ぶ救護班の姿が交錯していた。


『冷静に、ミオさん。目標は被害拡大の防止、そして爆弾がまだ残っているかの確認です』


「そんな……まだ爆弾あるの!?」


『未確認、ですが今のところ、STELLAによれば犯行声明は続いています。今この瞬間も“次”がある可能性は高い』


ぞわりと背中を冷たい汗が伝う。


その時だった。


「避難完了ッ!次、B区画の確認に向かうよ!」


「火元、封鎖完了!被害拡大、止まりました!」


「そこの人、怪我してる!?担架お願いッ!」


混乱の中、的確な指示を飛ばしているひときわ目立つ声が聞こえた。


ミオが目を向けると、そこには──


黄色い装束をまとった、一人の魔法少女の姿があった。


「キララ……!」


現場の指揮をとりながら、傷病者のケア、周囲の安全確保、すべてを最小限の完璧な動きでこなしていく彼女。


迷いのない眼差し、強い声。

その姿はまるで、混沌を制する「戦場の指揮官」のようだった。


「……すご……」


あまりの違いに、ミオは自分が立ち尽くしていることさえ忘れかけていた。


『比較は無意味です。あなたはあなたの仕事を』


「う、うん……わかってる……!」


そう言いながらも、ミオの胸の奥に小さな悔しさと焦りが芽生える。


──キララのようには、できない。


でも。

今、自分にできることをやらなきゃ。


 


『ミオさん、私は空から逃げ遅れた人が居ないか確認します。あなたに指示を出すので、それに従って下さい』


「了解ッ!」


ミオは深呼吸してから、煙の中に駆け出した。

怖くても、まだ頼りなくても。自分の役目を果たすために。


その姿を、キララが一瞬だけ横目で見ていた。


──だが、その眼差しは、どこか冷たかった。


 


「……白井さん」


彼女の口元が、わずかに歪む。


その背後で、さらなる爆発の予兆が、確かに蠢いていた──。






『ミオさん、こちらマホポ。上空より全域スキャン完了。北側路地裏に避難が遅れている市民を確認。大人3名、子ども1名。瓦礫の陰です』


「了解っ!」


ミオは無線に返事し、目の前の救護班に手を振った。


「こっちのルート、通れます!後方に子どもがいるって!」


「助かる!」


煙の中、叫ぶようにして情報を伝えていく。咳き込むのをこらえながら、必死に駆ける。


『次、西側非常階段に高齢者1名、屋上へ向かっています。転落のリスクあり』


「……っ、まってて!今行くから!」


足場の悪い瓦礫の上を踏みしめながら、ミオは走った。

恐怖は、消えていない。息は上がり、足も震えている。


でも、それでも、止まらなかった。


マホポの上空支援と、ミオの必死の誘導により──

散発的だった避難が、徐々にまとまり始める。


救護班も連携を取り、避難ルートが整理され、混乱の渦の中に一筋の秩序が生まれつつあった。


だが。


 


──その一瞬だった。


 


ドゴォォォン!!!!!!!


 


空が、破裂するような音とともに赤く染まった。

炎と衝撃波が、近くの建物を巻き込んで爆ぜた。


「っっ!?また爆発ッ!?」


ミオは地面に伏せながら、飛び散る瓦礫から身を守った。


悲鳴が響く。


誰かが叫び、誰かが泣き、誰かが助けを求めていた。



いつも静かな指令塔では怒声が聞こえる勢いの忙しさだった。

STELLAの画面が一段と赤く染まり、緊急アラートが表示される。


《現在の爆発、地下ガス管を通じての遠隔起爆と推測。現場の安全が再度失われました──》



『……っ、状況が悪化しました。これ以上の爆発があれば、救護活動は継続不可能になります』


「そんな……!」


 


そのときだった。

どこからともなく、聞こえてきた。


「……ねぇ、まだ爆発してるの、おかしく無いか…」

それは、不安に満ちた青年の声だった。


「魔法少女いるのに……止められないの……?」

怖さで泣きじゃくる子供の声。


「何のために来たの……?」

そして我が子を抱きしめる母の声だった。

 


静かに、でも確かに。


人々の中から、次々と“声”が上がり始める。


 


「魔法少女なんでしょ……?」


「魔法で、爆弾、消せばいいじゃん……」


「……無理なら、最初から来ないでよ……」


 


もう誰が何を言っているのか分からない程のその言葉に、ミオの足が止まる。

まるで胸を刺すような感情が、押し寄せてくる。


「……っ」


 


たしかに、“魔法少女”だ。

制服を着て、マスコットがいて、魔法が使えると信じられている。


でも──現実には違う。

この世界に魔法なんて夢は存在しない。


爆弾を魔法で消すなんて、できない。

怪我を瞬時に治すなんて、できない。

それはただの幻想。


 


ミオは、俯いたまま拳を握った。

歯を食いしばる。心が揺れる。


 


──あのときの自分みたいだ。


ただ“魔法少女”って言葉に、都合のいい期待を重ねてた。そして真実を知ったあの日。私は…


 


『ミオさん』


マホポの声が、静かに響いた。


『あなたは、嘘をついてるわけじゃない。けれど、現実は優しくない。幻想を壊された人々は、きっとあなたを責めるでしょう』


 


「……うん、わかってる」


それでも。


ミオは顔を上げる。

「でも──私は、嘘を演じきる」


 


「“魔法少女”だから。期待されるなら、応えなきゃって思うもん……」


 


“魔法なんて無い”現実の中で、

それでも希望のふりをして、誰かを助ける。


その意味を、少しずつミオは掴み始めていた。

その瞬間──また、遠くで誰かの悲鳴が上がる。


 


ミオは走った。


誰よりも“怖がり”で、誰よりも“普通”なまま。


けれど、確かに。


その背中は、誰かのヒーローだった。


 


白井はマホポが出せる最大出力を駆使して、現場のサーチを続けていた。

その他にも付近の監視カメラの過去の映像や、近くを通った車に取り付けられていた車内カメラに至るまで、全ての情報を収集している。


そんな時、一つの映像に目が止まる。


白井の目が、監視映像の一コマで止まった。


「……止めて。そこ、巻き戻して──ストップ」




市街地の歩道に、ひとりの男女の判別がつきにくい人物が立っていた。

キャップを目深に被り、服装は地味なパーカーにジーンズ。よく見れば、肩から下げたトートバッグが重そうに揺れている。


その人物は、辺りを気にする様子もなく、歩道脇のベンチに腰を下ろした。


数分間──スマホをいじっているような素振り。

ジュースを飲み、あくびをして、何気なく立ち上がる。


そして──


トートバッグをそのまま、ベンチに置いていった。


忘れたかのように。

何もなかったかのように、そのまま人波に紛れて去っていく。


白井の手が止まる。


「……このバッグ……」


映像のタイムスタンプが少し進む。


そして、次の瞬間──


爆発。


トートバッグを中心に、炎と破片が四方に撒き散らされた。


 


「見つけた…」

白井は無言で立ち上がる。背筋が寒くなるような、冷たい震えが背を這った。


マホポを通して、現場にいる隊員全員に通達が行く。


『犯人の特徴と動線、全記録を送信します』


 

爆発は計画的に、冷静に、“普通”の顔をして仕組まれた──本当に、まるでただの通行人のように。

日常に溶け込んで起こったのだ。


 


そして、もう一つの事実が浮かび上がる。


──この爆破犯は、まだ近くにいる。


何故なら爆発までの時間が10分も無い。

そしてこの辺りの交通は乏しい方で、自転車の使用も禁止されているエリアだ。

なら、この爆弾魔は、現場にいる事になる。


逃げ惑う人々を見て、喜んでいるのだろうか。

自分も巻き込まれてしまうかもしれないのに、




そうして監視カメラの分析によって浮かび上がった、

優しそうな、気弱そうな顔をした青年の写真を、捜査員たちに一斉送信した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ