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第7話 魔法少女、キララちゃん現る


とある日のモニタールーム。

ミオは非番であり、ほとんどの魔法少女は任務に出ていて、室内にはミオとマホポだけが残っていた。

ミオは椅子にだらーんと座りながら、お菓子をつまんで暇そうに画面を見ている。


すると、メインモニターが自動的に切り替わり、ホログラムニュースが始まった。


《速報:魔法少女キララ、悪質犯罪者を確保! 市民から感謝の声相次ぐ!》


映像には、黄色い華やかなスカートを翻しながら、キララが犯人を素早く追い詰め、見事に確保する姿が映し出された。

その姿はまさに、「理想の魔法少女」そのものだった。


犯人は地面に押さえ込まれ、観衆からは拍手と歓声が飛んでいる。


「キララちゃーん!ありがとうー!」

「わたし、ずっとファンなんです!」

「うちの子がキララちゃんのポーズを真似してて~!」


──キララはにっこりと微笑み、ハートマークを描くように手を振る。


「みなさん、もう大丈夫です。魔法少女は、あなたの味方ですからっ!」



ここで映像は切り替わり、ニュースキャスター達がキララについての話題で盛り上がっていた。


『おや、彼女はキララとして活動してる魔法少女ですね。』


マホポが静かに言った後、間を置かずに――


『どこかの誰かさんにも見習って欲しいものです』


「うっ…どうせあたしなんて……いてもいなくても変わらない枠です」


ミオはお菓子の袋を口に傾け一気に残りを食べると、机に顔を伏せた。


『被害者ぶるの、下手ですよ』


「はぁ!?傷心なんですけど!?今、ハートがすりガラスなんですけど!?」


ガバって顔を起こすと、案外近くにいたマホポに額をぶつける。見た目はもふもふ。素材は鉄。

なかなかの痛さがミオを襲った。


「いったぁぁ〜〜……っ!も、もう!そりゃああたしだって、キララちゃんくらい活躍できたらいいけどさ〜……!」


『できない理由ばかり考えていては、いつまで経っても「平凡で地味な魔法少女」ですよ』


「……うぅ、耳が……耳がいたい」


ミオは泣きマネをしながら顔を覆ったが、マホポはぴしゃりと言い放った。


『でも、もし悔しいと思ってるなら、今から動けばいいんじゃないですか? ねぇ、“25歳児”さん』


「そ、それは言わないでって言ったじゃん~!!!」


椅子をくるりと回してマホポに詰め寄るミオ。

対して、ふよふよと浮かぶマホポは、つんとすましたままそっぽを向いている。


「……ったくもぉ〜〜!ほんとあんたってば可愛くないよね! もっとこう、こう……癒やし的な!妖精的な!?」


『私は妖精ではありません。上司です』


「クッッッッソー!どこで育ったらそんな冷たくなるの!?北極出身!?」


『静粛に。あなたの声でスピーカーが震えております。壊れたらどうしてくれるんですか』


「どんだけ繊細なんだよ!?あたしのメンタルにも優しくしてよ!!」


軽口を叩き合うふたりのやり取りが、部屋に響いていたその時――


カチャリ、とドアの開く音がした。


「……こんにちは」


その、静かで落ち着いた声に、ミオは思わずビクリと肩を跳ねさせた。


振り向くと、そこには――


「え、えぇええ!? キ、キララちゃん!?!?!?」


魔法少女キララが、モニタールームの入り口に立っていた。


おだやかに微笑む彼女は、私服姿でありながらも、どこか光をまとっているように見える。

どこを切り取っても絵になる完璧さ。カメラ越しでしか見たことのなかった“本物”が、今まさに目の前にいる。


「ごめんね、驚かせちゃった? ちょっと通りかかったから……誰かいるかなって」


「い、いえいえそんな……!?」


ミオは大慌てで立ち上がり、謎の敬語を繰り返しながら、髪を撫でたり服を整えたり、もはや何をしてるのか自分でもわからない動きになっている。

なんだか余計に服装が乱れた様な気がした。


そんなミオに、キララは話かける。


「ミオさん、だよね?」


「は、はいっ!!ミオですっ!!名前っ、知ってくださってたんですねっっ!!」


「うん、もちろん。現場で何度か見かけてるから」


キララは自然に微笑んだ。その声も、仕草も、完璧すぎるほどに優しかった。


「キララちゃんこそ……あの、すごく素敵でした、今日のニュースも見ました! あたし、キララちゃんみたいに……あんなふうに、なりたくて……!」


「ありがとう。嬉しいよ。そう言ってもらえると」


キララはそっと頷いて、ミオの言葉をしっかりと受け止めてくれた。

そのやさしさに、ミオは少しだけ目を潤ませていた。

まさに女神の様だった。いや女神だ。

ここまで完璧な魔法少女なんてかつて存在しただろうか。


ミオはほわわ〜んと完全に夢見心地。

顔を両手で覆って、今にも床で転げ回りそうな勢いだった。


だが。


『落ち着いてください。酸素が足りなくなっても知りませんよ』


冷静な声が真横から刺さる。


「なにその心配の仕方!?も〜〜マホポ、こういう時くらい一緒に感動してよぉ〜〜」


『はいはい、よかったですね。“名前だけは”覚えてもらえていて』


「“だけは”って言うなーー!!」


ぽかぽかと軽くマホポを叩くミオ。

しかしマホポはノーダメージといった様子で、ふよふよと距離を取って浮かび直した。


そんなふたりのやり取りを、キララは静かに見守っていた。

やわらかな視線で、少しだけ口元を緩めて。


けれど──その視線は、ミオから少しズレている。


キララの瞳は、ミオの少し横…

ふよふよと浮いている、マホポの方を見つめていた。



その目に宿るのは、尊敬でも、羨望でもない。

どこか探るような、確かめるような、どこか穏やかではない光。


「……本当に、仲が良いんだね」


キララは微笑みながら、ぽつりと呟いた。


その声に、ミオは「あ、はいっ!」

と間抜けなほど即答したが、当のマホポはまるで気づいていない。


『……この配線、やはり緩んでいますね。後で報告しておきましょう』


ぶつぶつと小声でつぶやきながら、キララの前をすーっと通過するマホポ。

そのまま、興味なさげにモニター裏へと回っていく。


キララはそんな彼を、じっと目で追う。


そして目の前に来た時、ふわりと、とびっきりの笑顔を見せた。


さっきまで見せていた、ファンサービスのような完璧な笑顔ではない。

もっと自然で、もっとあたたかくて、もっと……親しみに満ちた笑顔だった。


だが、マホポはその視線にまったく気づかない。

むしろ、完全にスルーしていた。


彼の興味は今も、配線とミオの言動だけに向いている。


キララは何も言わず、そのまま小さく首を振る。

その微笑みには、言葉にならない何かが、ほんの少しだけ混じっていた。


キララはミオとマホポに「じゃあ、またね」と優しく手を振ると、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべてその場をあとにした。


廊下を歩く足取りは静かで、誰に会っても微笑みを絶やさず、完璧な“魔法少女キララ”を演じ切っていた。


──けれど、誰の視線も届かなくなってもまだ、それは続いた。

そして、何気なく曲がる廊下、すれ違いそうになった職員の足音、全てを把握した様に人と会うことを避けて歩いていた。


すべて、彼女が持つ空間認識力と、鋭すぎるほどの気配察知のなせる業だった。


キララは、静かに自室の扉を閉めた。


扉のロックをしっかりと確認し、

そして部屋の中央に足を踏み出し…













ドンッ!!!!


机に両手をついて、肩を震わせる。


乱れた息が、無機質な壁に反響する。


「……なんで」


ぽつりと、床に落ちるような低い声。


「なんで……っ」


ふるふると首を振り、唇を噛みしめながら、言葉を絞り出す。


「なんで、あんな子と……白井さんが一緒にいるのよ……」


それは、まるで地の底から這い出たような――くぐもって低く、そして恐ろしいほど感情のこもった声だった。


明るさも、優しさも、誠実さも、完璧に保たれた仮面はもうない。


今そこにいるのは、

嫉妬と執着と、理解できない現実に対する混乱を抱えた、“ただの一人の女”だった。


キララは、机に伏せそうになる上体を支えながら、ぎり……と手を握りしめる。


指先が白くなるほど、力を込めて。


「……なんなのよ、あの子……。なんで、白井さんが……」


ぶつぶつと呟くその声音には、感情が渦を巻いていた。


理不尽。

理解不能。

そして…許容できない。


完璧でなければ気が済まない彼女にとって、それは世界のバグだった。


キララにとって、マホポ…


白井は、憧れそのものだった。


冷静で、正確で、常に理にかなった判断を下す。

どんな状況でも動じず、完璧に任務を遂行するその姿は、誰よりも「完璧」とさえ思えた。


そして何より、自分と並ぶにふさわしい存在だった。

心地の良い低い声、すらりとした頭身。

表情はとぼしいながらも、それをカバーするかの様に整った顔をしている。



そう、白井さんは本来、あの女の隣にいるはずの人じゃない。


釣り合うとすれば、それは自分。

誰よりも努力し、評価され、完璧を貫く自分こそが、白井さんの隣に立つべきだった。


「私は努力で、白井さんの隣にふさわしくなった。評価も、実績も、ビジュアルだって…すべて整えてきたのに」


思い出すのは、ピンクの色を纏った、自分に何もかも劣る存在。


「……なのに、なんで」


くぐもった声が抑えられない。


「なんで、“あんな子”なんかが……っ」


白井さんの価値を何も分かっていない。白井さんに迷惑をかけてばかりのあんな奴がペアになってしまうなんて。

唇を噛みしめ、肩が再び震える。

感情はもう、隠す必要などなかった。誰も見ていないこの部屋では、仮面をかぶる意味はない。


キララの目は、どこか虚ろに光っていた。


「霧島ミオ…」


それは、新たに自分の宿敵へとなった存在を確認するかのような、捕獲者の姿だった。

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