第3話 魔法少女、普通に上司に怒られる
魔法少女としての労働勤務時間を終えたため、本部に帰還していたミオは歩きながら、溜息をついた。
その手には、残念な姿になったステッキの残骸がある。先端についていた星形の飾りは、先ほどの戦闘時のステッキの暴発によって吹っ飛び、ところどころ焦げていたのがさらに裂けてしまい、中身の電線がチラリと見えてしまっている。
……もう、見る影もない。
「マホポぉ……どうしよ……ステッキ、完全に原型なくなっちゃったよ……」
返事は上から降ってきた。
『確認済みです。現状、再利用は不可』
なんとも冷たい発言である。
ミオの頭の上には、マホポが止まっていた。
魔法少女のための高度な戦術支援装置である。
中の人はミオの上司である白井がオペレーターとして常駐していた。
『そもそも、電撃使用時に過剰出力による端子焼損が起きており、無理な使い方をしましたよね』
「うぅ…でも魔法っぽく見せる為に仕方なく…」
『さらに、先ほどの制圧時。物理攻撃中に本来押されるべきでないトリガーを長押しし、残存エネルギーが集中放出。出力異常により機体破損。
まだ最初の焦げただけならなんとかなりましたが…』
「…ごめんなさい……」
ミオは、破損したステッキの残りをフリルで包みながら、再び歩き出す。
腰のリボンの陰、袖のレース、胸元の装飾。
全てを総動員して"変なものは持ってません"風に見せているが、無理があるのは本人も分かっていた。
「これ、絶対上司に……怒られるやつだよねマホポ…やだよー、怖いよぉ」
ちなみに、現在進行形でミオは上司に怒られている。マホポの中身は普通に20代後半の上司であることをすっかり忘れているため、それにまったく気づいていなかった。
地声が可愛くないマスコットだと思ってる。
そんなミオにマホポは呆れながら答えた。
『そうかもしれませんね。あと既に本部より通達が来ています。冬季ボーナスを減額し、それをステッキにあてろと』
ミオはガクッと肩を落とした。追い討ちである。
この世に慈悲など存在しなかった。
最悪である。ただでさえ少ない給料で変身用のメイク道具を補っているというのに。
なんで世界を守ってこんな罰ゲームを受けないといけないのか。
「マホポ…慰めてよぉ」
可愛いキュートな小鳥ちゃんに癒しを求めるべく、頭に止まっているマホポを捕まえようとしたが、するりと交わされると、手の届かないぐらいの高さまで飛ばれてしまった。
『機体への過度な接触はやめてください。故障や通信機器エラーの原因につながります』
「ちょっとぐらい良いじゃん〜」
『貴女の使ってるハンドクリームが詰まったらどうするんですか。余計に減給になりますよ』
そんな合コンであざとい女子みたいな量のハンドクリームを今着けている訳がない。
ここまでかつて相棒に冷たい妖精さんはいただろうか。もっと冷たい言葉の中に優しさを含ませてるもんじゃないの?本当に冷たいんだけど。
『次回までに、同様のミスを再発しないよう対策をまとめておいてください。報告書の書き方は前と同じです』
「冷たいよぉマホポ…」
私のこの悲しさは全く伝わっていないのか、マホポは我関せずな顔して、私が捕まえれない位置をキープしながら飛んでいた。
頭に乗ってた頃はあんなに可愛かったのに、今じゃただの羽付き説教マシーンである。
そのままミオは誰にも見られないように、コソ泥のような動きで本部へと帰還した。
本部・事務室。
ミオは、誰よりも目立つ位置に立たされていた。部屋の空気がひたすら重い。室内は妙に静かで、時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。
目の前にいる明らかに偉い人が大きく息を吸った。
名前は忘れたが統括官の仲でもめっちゃ偉い人である。ハゲてるおかげで遠くからでも分かりやすい。
「霧島ァ!! これはなんだ!!」
「ひいっ!?」
いきなり怒声から始まった。
机の上には、バラバラになったステッキの残骸の写真が広げられている。先端パーツは行方不明、持ち手は焦げて裂け、電線がこんにちはしていた。
「なんで星形のパーツが爆散してるんだ!? なに!? 君は現場で何をしてたの!?」
「えっ……えっと……電撃をちょっと強く……でもその前に焦げてたのが……」
「ちょっと!?ちょっとで焼損!?じゃあこれは!?これはどう説明するんだ霧島ァ!!」
「トリガーを……制圧中に間違えて……長押ししちゃって……」
『現場映像と戦闘ログより確認済みです』
上からマホポの冷たい声。補足が過ぎる。
おまけにその時の様子まで映しやがった。最悪である。私の味方のはずだろお前。
「うわああぁマホポ黙っててぇぇぇぇ!!」
『事実陳述は義務です』
この鳥、味方である私にとんでもない攻撃をしやがった。もはやコイツこそが私の敵である。
「そしてその結果、装備は大破。修理費用は現場責任者……つまり君、霧島ミオが一部負担」
「うぅ……冬のボーナスが……化粧水代が……!」
魔法少女メイクめっちゃ肌の負担が強いのに…!?
私の水をも弾くピチピチなお肌の寿命が刻一刻と近づいているのがわかった。
可哀想にお肌ちゃん。あとで100均の化粧水をビッタビタに塗りたくってあげよう…
しばらくの怒声の後、やがて叱責はひと段落。
ふう、と溜息交じりに統括官が言った。
「……まあいい。今回はこれで——解散」
やっと解放された。この時間は残業に入らないのが辛い。なんで勤務時間を引き延ばしてまで怒られないといけないのか。意味が分からない。
まあやっと帰れるし、さっさと着替えて…
「そうだ、忘れてた。もうひとつ」
えっ……?
まだ何かあるの?お前かマホポ?また何かチクリやがったのか?
「現場支援装置“マホポ”の件だ。現場記録にて確認。地声、漏れてたよね?」
ミオはゆっくりと、空中を飛んでいるマホポに視線を向けた。マホポも、ピタッと空中で静止する。
「マホポの担当は誰だったかな?」
『……白井です』
「はい、白井くん。なんでモード切り替え忘れたの?」
『……申し訳ありません。切り替えを失念していました』
「しかもさ、あの現場、沢山の小学生グループいたよね?」
『ですが、幸いにも聞かれてはおらず──』
「だから余計にアウトなんだよ!!」
机をドン! 第二波の突入だった。
「ギリギリ聞こえてない? ってことは、ギリギリ聞こえてた可能性あるってこと! 子どもにマスコットから変な声が聞こえるとか思われたら、どれだけの夢ぶち壊しだと思ってるの!?」
『……』
「白井くん、霧島隊員と一緒に始末書ね。明日朝イチまでに提出」
『……了解です』
そうして、ハゲは去っていった。
その場に残されたのは、ショックで固まるマホポと、俯いて震えてるミオだったが…
「わあああ! 一緒だぁ!!」
ミオは突然のガッツポーズ。
当然だ。私は一言もこの鳥のミスをチクってないが上にはバレていた。
神は私を見捨ててなかった。思わず勝利のポーズをとる。
マホポに振り向き、満面の笑みで煽った。
「マホポ、ファイト♡」
物凄い笑顔で見上げるミオ。
先ほどまで自分が怒られたのを完全に忘れている。反省の色ゼロ。
空中で止まっているマホポは、未だにピクリとも動かない。まるで言葉を処理できずにフリーズしているかのようだった。
……が、それはミオの目にそう映っていただけだった。
中の人、白井は──
表情こそいつも通り涼しげな無表情だったが、若干眉の辺りがピクついていた。
『……なるほど。“ファイト”と……記録しておきます』
マホポの声に、ほんの一瞬だけ今までに無い“圧”が混じった。
その一言に含まれていたのは、
「絶対にいつかやり返すからな」という圧倒的な静かな怒気である。
しかしミオはそれに気づかず、ニコニコしながらポンポンとマホポの頭を撫でた。
「じゃ、おつかれさま〜! あとで慰めチョコ送っとくね〜!あっチョコはマホポは食べれなかったかぁ!」
コイツは電気しか食えなかったんだった。
仕方ない、あとで目の前で美味しく食べてやろう。
そうしてミオは、ニマニマとこの日1番の笑顔でマホポのことを見つめていたのだった。
そんなミオは気づかない。
その瞬間、白井の怒りゲージが、ほんの少しだけ天井を突き抜けたことを。
その夜、白井のPCには「霧島ミオ・業務上過失集」という新規ファイルが作られていた──。