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第1話 魔法少女、現る(演出費23万8000円)

未来の日本。少子化は限界を超え、子どもは国家そのものを支える最重要資源となった。

…だからこそ、街は笑顔と“沈黙の警戒”で満ちている。

商業ビルの屋上広場。風船が揺れ、人工芝の上では、子どもたちが今日も元気にはしゃぎ回っている。その周囲を囲むように設置された街路樹、清掃ロボ、遊具にすら見えるベンチ型端末……。そのすべてに、国家主導の監視ユニットが内蔵されていた。

しかし、子どもたちはそれを知らない。知る必要も、気づく必要もない。

「安心」とは、「知らないまま、守られること」なのだから。

一方、裏側では。

無数のセンサーデータが、秒間数千件の速度で都市中枢に送られ続けている。それを統括するのは、高性能AI監視統括ユニット《STELLAステラ》。

──AI分析中──

《対象人物の動線異常:検知》

《表情解析・体温上昇・発汗・視線ロックオン──子どもへの執着傾向》

《犯罪歴:無し 所持物:不明 行動優先危険度:レベル4》

《対象が子どもとの接触圏に進入──緊急介入推奨》

《魔法少女課 出動要請──条件一致》

瞬間、都市中枢の一角に緊急ラインが走る。

魔法など存在しないこの世界で、“魔法少女”はただひとつ。国家が誇る、夢と希望の象徴──



タッタッタッ…

ヒールを鳴らし、軽やかなステップで走る少女がいた。

そんな彼女を視界に入れた子供達は、一瞬で眩い笑顔を引き出される。


華やかなピンクの衣装に、太陽の光を跳ね返すスパンコール。背に背負った大きなリボンが風にはためき、ステッキを片手に笑顔を振りまくその姿は、まさに“夢と希望の象徴“そのものだ。


広場の子どもたちが一斉に歓声を上げた。

「ミオちゃーん!」「ほんものだ!!」



「やっほ〜!みんな今日もキラキラでピースフルだね〜っ!」

ミオは笑顔を絶やさず、くるりと回ってステッキを掲げた。完璧なアイドルスマイル。


だが内心、まったく穏やかではなかった。

何故ならスーツがめちゃくちゃ暑いし重いのである。

見た目を意識しすぎでいるせいで通気性がまったくない。なんなら犯罪者との格闘時の負傷を抑える為に、フリフリな服の下は防弾仕様。

夏場にこんな姿で現れたらぶっ倒れる自信がある。現在上層部に抗議中である。




そんな彼女の肩元にふわりと浮かぶ、小さな小鳥のぬいぐるみ型のドローン。


魔法少女の相棒、“妖精マホポ”の登場である。マホポはミオの戦いを助けて応援する、子供達に人気のマスコットでもある。

 

ところが。

次の瞬間、マホポの口から発せられた声に、ミオの動きが一瞬固まった。


『ミオちゃん、あの人、バッグに手を入れてるよ!なにか取り出そうとしてるみたい、気をつけてね!』


口調は完璧だった。

その言葉を聞いたら誰もが魔法少女の相棒だと感じ取ることが出来るだろう。



…しかし声が。どう聞いても成人男性の地声。


可愛いマホポの見た目とのギャップがひどすぎる。いや、ギャップなんて甘い言葉じゃない。もはやホラー。


「……ちょ、ちょっとマホポ、一回ストップ!!」

ミオは即座にマホポのスピーカー部分を押さえる。


『…むぐぐっ!ミオちゃん、どうしたのかな〜っ?いま対象が──』

頬をひきつらせつつ、笑顔は絶やさず、声のトーンだけを下げマホポに語りかける。

「マホポ声!声変えてないですから!!」


数秒の沈黙。

ピッ。

次の瞬間、マホポの声が変わった。


『ミオちゃん、あそこのおともだち……ちょっとピンチかも〜!たすけてあげてねっ!』


…完璧な“キャラボイス”だった。

しかしその裏では、都市中枢ステーションの一角、薄暗い指令室。スーツ姿の白井が、真顔で操作パネルのボイスチェンジャーを叩いていた。

「失礼。変換フィルターがオフのままでした」


彼の目の前には、ホログラムで展開された犯罪予測AIのウィンドウがいくつも表示されてる。ターゲットの呼吸・発汗・網膜の動きまで解析しつつ、真面目な顔で、可愛い言葉を口にする。


『ミオちゃん、ベンチのうしろ……バッグの中を気にしてるみたいだよ。気をつけてね!魔法で、みんなを守ってあげてっ!』


背後のオペレーター席から、誰かのコーヒーが吹き出る音がした。

白井は聞こえなかったことにして、分析を続けた。



魔法少女の登場に盛り上がる子供達は、ミオの元に近づいていく。

ミオたちが警戒していた男の付近にいた子供達も近づいてくる。


そして男は、遠ざかる子どもに視線を固定したまま──立ち上がった。そして、ベンチの裏に隠していたバッグの中に手を差し入れ──ひときわ強い金属の反射が、日差しを弾いた。

刃渡り、およそ十五センチのナイフ。



ピッ──という電子音と共に、STELLAのウィンドウが赤く変色する。


《犯罪確定:条件一致》

《対象:刃物の保持・意図的な接近行動──》

《魔法少女制圧許可 発行》


STELLA から出された指示を確認し、白井はマイクに語りかける


『ミオちゃん!怪人が現れたよ!子供たちの為に頑張って!』



ミオのステッキがくるりと回る。その軌道に合わせ、足元の人工芝が一瞬だけ桃色に染まり、花びら状のホログラムがはじける。

子どもたちの歓声が上がる中──その笑顔のまま、ミオは軽やかに跳躍した。


──瞬間、ステッキの先端が小刻みに振動し、そこから出た制圧弾が男に向かって一直線に伸びた。

「う、うわっ……!」

男が身構え視界を腕でさえぎると同時に、ミオは地を蹴った。

ぐっと距離を縮めるとステッキの石突きでナイフを弾き飛ばす。


「マジカル・ストライク!!」



呪文を唱えると、ミオの声紋を認識した公園に仕掛けられてる隠しスピーカーからキラキラとした音が上がる。


そして、男の膝裏を普通に蹴り上げた。

その場で男はバランスを崩し、動けなくなる。直後に、男に向けて構えたステッキの先端から電撃ショックを放つ。

──制圧、完了。


魔法陣のような薄い光の檻が地面に展開され、犯人を囲む。実際にはただのレーザー光である。

子供たちはその様子を、曇りのない、輝きに満ちた目で見つめて、拍手喝采をしていた。



「……ふっ、ふぅ……あははっ! 今日も大成功!」


ミオが子供たちに笑顔で対応している間に、魔法少女課の現場班が、男をそっと確保する。

その確認が終わると、ミオはサッと身をひるがえしてその場から走り去り、路地裏へと駆け込んだ。

華やかな表情は消えうせ、肩で息をしていた。


「めっちゃ怖かった…なんでナイフ持ってる奴にステッキで挑まないといけないの…」

めちゃくちゃ足はガクガク、手はプルプル。

生まれたての子鹿といえばこの姿だった。



《……制圧完了を確認。傷害なし。市民の歓声指数、平均値を12%上回っています》


STELLAのウィンドウは再び青く戻り、引き続き街の警備観察モードへと変わる。


白井はモニターに目を通しながら、淡々と操作を続けていた。しかし指先は、時折ピクついていた。目の前に STELLAによって計算された予算レポート。

今回の演出にかかった費用:238,000円。


「ステッキ、粒子エフェクトが過剰です…何ですか“ピンクの竜巻エモーション”って……そんな演出申請、誰が通したんだ」

胃を押さえながら、そっと申請書をシュレッダーに突っ込んだ。今月胃薬の量が増えたらしい。



制圧は成功した。誰も傷つかなかった。子どもたちの笑顔は守られ、事件はただの魔法少女の演出になる。


けれどその裏には、演じる者の息切れと、胃薬と苦労がある。

それが、魔法少女制度もうひとつのリアルだった。


今日もまた、“希望の演出費”が、帳簿の端でキラキラと燃えて消えた。

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