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好きな人が急に素っ気なくなった時 ――連作短編【追憶の砂時計】――  作者: 玉水ひひな


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9/9

奇跡って

 砂時計の粒が映し出した、追憶の情景が終わる。

 すると、店内にも照明の明かりが戻ってきた。



「……この時の彼とは、結局上手くいきませんでした。やっぱり、そう簡単には思い合える彼氏なんてできなくて……」



 史帆がそう呟くと、すぐにも朝奈が声を上げた。



「……しっかし、わかる! わかり過ぎるんだけど! 史帆ちゃんっ」



 今はココアを溶かしたアイスミルクを飲んで、朝奈が目元を拭った。

 苦笑して、冷めたアヒージョを(つつ)きながら夜香が向かいから史帆に教えてくれた。


「朝奈はねえ、何年も片思いしてるのよ。本当にもう……、一途というか、執念深いというか……」


「こらっ! 夜香ちゃんっ、そういう言い方しないー!」


 唇を尖らせて、朝奈が抗議する。

 二人のやり合いを見て、史帆は、今は芋焼酎のロックに変わった目の前のグラスを傾けた。


「いやぁ……。あの頃はほんと、高校生って響きに振りまわされて、格好いい彼氏欲しさにとち狂ってましたね。今考えると、好きになる人を〈決める〉って感覚がもうアレだし。彼のこと、性格とか趣味とか何にも知らないのに、それこそいい奴かどうかすらわからないのに、ただ顔が好みってだけで、自分から深みにハマッてった感じで……」


「若気の至りよねえ。わかるわぁ。見た目がいい人って、素敵に見えるもんねえ」


 熱燗を楽しみながら、頬を酒酔いに染めた昼恵が頷く。


「後悔してるの? 史帆ちゃんは……」


 昼恵に訊かれ、史帆は首を傾げた。


「……わからないです。でも、まあ、最後まで初恋の彼に嫌われはしなかったと思うし、そこはよかったかなって。しつこくはしなかったつもりだし……。……できなかった、っていうのが、正しいかもしれないけど」


 ふと呟いた言葉に……、弱さが溢れ出る。

 史帆は――ぽろりと涙を零した。


「……代わりに、もう思い出してももらえないんでしょうけど。あーあ。あいつの人生の登場人物ですらないんだろうなぁ、あたし」


 あんなに好きだったのに。

 あんなに好きになれた人だったのに。


 ……好きな人と上手くいかない。


 そのことが、こんなにも苦しいことだなんて。

 しかし、史帆は続けた。


「まあ、いいんですけどね。だって、あの頃のあたしなんかほんとアホだったし、黒歴史過ぎて、そんなん思い出されたくもないし……」


 うん。

 これも、間違いなく史帆の本音だ。


 ええい、ここまで来たら、本当に全部ぶちまけてしまおう。

 そう思って、史帆は、あの頃自分の中にあった限りなく格好悪い感情も全部白状した。

 

「……ほんとはあたしだって、他の子達みたいに、〈あいつの浮気相手でもいい!〉……くらいのことは思ったんです。だけど……、恋愛って、やっぱり相手あってのことだし、あたしのせいで相手のこと浮気野郎にしたくないでしょ?」


「うん、そうだよねえ」


 昼恵が史帆の幼さをさらりと肯定してくれるので、史帆は照れ笑いを浮かべた。


「それにね。実際振り返ってみると、あいつはそんな悪い奴じゃなかったから、……普通に、浮気なんか考えてもなかったと思う。だから、何度考えても、〈しょうがなかった〉って結論に至るんです。なのに、どうしても考えちゃって。……あたしがつまんないクソショボい女だったから、駄目だったのかなぁって」


「そんなことないって」


 カウンターの向こう側から手を伸ばして、夜香が泣いている史帆の頭を撫でてくれる。


「だって、史帆ちゃんだって、男の子を断る時の理由、相手がショボい奴だからってばっかりじゃないでしょ?」


 夜香の問いに、史帆はこくりと頷いた。


「好きになろうとしても、駄目な時もありました。あの高三の時に遊ぶようになった彼は凄くいい人で、優しくて、あたしのこと凄く大事にしてくれて。なのに……、全然駄目で。……両想いって、本当に奇跡(きせき)みたいなことなんだなって思います」


 奇跡――というと、大仰で、何か途轍(とてつ)もない魔法のようなことに感じる。


 でも、本当は……こういう、現実に身近にあるようで、でも、頑張ってもなかなか手の届かない――そんなことを言うんだ。〈奇跡〉って。


 初恋の男の子に振られて叩きのめされて、もう嫌ってほどにめいっぱい、自分の立ち位置というか、平凡さ加減は頭に叩き込んだつもりなのに……。


 今でも史帆は、〈奇跡〉を探している。


〈平凡〉に好きになって、〈平凡〉に大事にし合って、〈平凡〉に恋愛する……そんなことが、史帆の〈平凡〉な親だって経験してきたことなんだから当たり前に自分もできるんだろうと、子供の頃から漠然(ばくぜん)と思ってたことが、いざ自分がやってみようと思うと、……本当に難しい。


 その相手が見つからなくて、史帆は今もあっぷあっぷしてる感じだった。


 それでも、自分にもいつか、恋ができるだろうか?


 素敵な恋じゃなくてもいい。

 初恋の時みたいに、死ぬほどときめかなくたっていい。


 ただ普通に愛し合って、毎日感謝し合えるような恋が……。



 史帆は、芋焼酎を飲んで、ぷはっと熱い息を吐き出した。


「……あ、そうそう。あの初恋ね、いいこともあったんですよ」


「なぁに?」


 昼恵におっとりとした声で促され、史帆は答えた。


「――親友ができたことです。

 ああいうピンチがあったから、イノちゃんと腹割って話せるようになったし、あのまま振られたことない自分だったら、あたし、きっと鼻持ちならない凄い嫌な女になってたと思うし。

 今も、イノちゃんは大事な親友です。

 高校の頃みたいに、何でも息ピッタリってわけにはいかないけど……。でも、戦友って感じです」


 イノちゃんと史帆は、あのままならないことばかりの十代を一緒に走り抜けたのだ。

 あの経験があったから、今でもイノちゃんは、史帆にとっては何より大切な存在だった。

 もしかすると、……恋人よりも。


「でも……。あたし、もうちょい恋も探してみます。やっぱり、気持ちが通じ合える人、見つけたいから」


 自分自身とそう約束して――、史帆は席を立った。

 三姉妹が顔を上げる。


「史帆ちゃん、もう帰るの?」


「はい。バイトあるし」


「そう。頑張ってね」


 三姉妹それぞれに声をかけられて見送られ、史帆はエレベーターに乗った。



「……あたし、またこの店来ちゃうかも。その時はよろしくお願いします。昼恵さん、夜香さん、朝奈ちゃん」




 ++ ♢ ++




「――ねえ、夜香ちゃん。……あたし、『執念深い』とか言われて、納得いかないんですけど⁉」


 史帆が去って、しばらく経って――ふいに、朝奈が頬を膨らませて夜香に抗議してきた。


 ……どうやら、この〈モヤッと感〉を、今まで大事に温めていたらしい。


 それで、あの冗談めかした突っ込みを入れたことでヨシとしてスルーするか、それとも夜香にちゃんとモヤモヤをぶつけるかを、この瞬間まで悩みに悩んで――……ここで爆発だ。


 朝奈の性格を熟知(じゅくち)している夜香は、ぷっと噴き出して笑った。


「ええ? それ本気で言ってるの? 朝奈。

 十年以上も――それも、もう何年も会ってない奴相手の片思いを延々あっためてる女を見て、執念深いって以外に何て言えばいいのよ? 

 あたしに言わせてもらえれば、片思いなんて本当の恋じゃないのよ。

 史帆ちゃんだって言ってたじゃないの。あんなに好きになった初恋の彼のこと、何にも知らないって。

 そういうもんよ? 付き合ってみて初めて、その人の人間性の深いところが見えてくるのよ」


「……くうぅっ! 言っときますけどね! 正論だからって、ただ言えばいいってもんじゃないんですからねっ⁉ それロジハラだよ⁉ ねえ、昼恵ちゃん!」


 ますます頬を膨らませた朝奈に、昼恵は温かいお茶を勧めた。


「そうねえ。片思いだって、あたしは充分立派な恋だと思うわ。素敵じゃない。一人の人を、そんなにも想い続けられるって……」


「うぅっ……! 優しいっ、昼恵ちゃんっ!」


 目元をハンカチでそそと拭うわざとらしい仕草を見せつけてきた朝奈に、夜香は現実を教えた。


「あんたねえ。昼恵ちゃんの恋愛遍歴、覚えてないの? この人、百戦錬磨なのよ? 振られたことなんか一度もないんだから」


 すると、


「はうあ‼」


 と叫んで、朝奈が悶絶した。


「うおぉぉぉぉ――‼ そうだった‼ 危うく騙されるとこだった‼ この昼恵ちゃんのおっとり笑顔に男はコロッとやられるんだった……!」


「ええー? そんなことないわよぉー。あたしだって、上手くいかない恋なんてたくさんあったわ」


「ウソウソ! あははは……!」


 小さな大声で、夜香が酒酔い顔で笑う。

 悔しがる朝奈、酒がいい感じにまわって大笑いする夜香、おっとりと熱燗を楽しむ昼恵の夜は――今日も更けていったのだった。



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完結です!

ここまで読んでくださってありがとうございました!

もしよろしければ、本シリーズ別短編や、クロスオーバー本編「本命彼女はモテすぎ注意! ~高嶺に咲いてる僕のキミ~」も読んでいただけたら嬉しいです。

お知らせです!

次作の女性向けR18小説の試し読み連載を、今月中か、遅くとも来月くらいから始める予定です。

内容は、新人女教師×御曹司高校生のダブルヒーロー物です。

そちらも読んでいただけたら嬉しいです。

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