傷つけて、傷つけられて……そうして僕らは、大人になっていく
最後は、喋り過ぎて喉が枯れてしまうくらいだった。
それは、二人が〈本当の友達〉になった……初めての日だった。
「――桐生、マジで性格悪いよ! 超クソ! 須藤の比じゃなかったね。地味な奴だから、気づかんかった!」
「ほんとだほんとだ! あの糞面食い野郎!」
「でもさ、こんな酷いことしといて、平気なわけないよ。絶対報いが来るから大丈夫だよ。史帆から男横取りした日南さんにも、バチ当たるよ」
「だといいけど……」
「絶対そうなる!」
「……ウチもそうなる気がしてきたっ。ついでに杉崎の馬鹿もバチ当たれ! 須藤も天罰下りやがれっ!」
「そうだそうだ! 全員地獄行きだっ! ハゲ散らかせ!」
どんどん愚痴が過激になって悪口になって、そこまで思っていなかったのにハゲ化の呪いまでかけて、最後は二人でケラケラ笑ったのだった。
♢ 〇 ♢
「大丈夫だよ。日南さん、性格悪いって噂だし、すぐ別れるよ」
日南さんと話したこともないのに、史帆にがっつり肩入れしているイノちゃんが言ってくれる。
失恋してその相手まで知ってしまった途端に恋心が勝手に暴走して、史帆は駄目になった今さら桐生を本気で好きになっていた。
桐生を見かける度に切ないくらいに胸が締めつけられて、〈もっと話したかった〉とか、〈もっと早く告白しちゃえばよかった〉とか、後悔ばかりが頭をよぎって、その度に自分を責めた。
魅力がない、決断力がない、行動力がない、……って。
……けど、史帆の願望とは裏腹に、二人にちっとも別れる気配はなかった。
そのうちに桐生はぐんぐん背が伸びて、ますます格好良くなって……。
たまに史帆が勇気を出して話しかけると普通に話してくれたけれど……、それだけだった。
ちっとも、史帆がまだ彼を好きなことを考えてくれる素振りはなかった。
桐生があんまり格好良くなってしまったから、何だか抱き着いたりとか身体を触らせたりとか、日南さんには内緒でいいとか、とにかく無茶苦茶なアピールをした女子もいたらしいけれど、彼はそういう子達にも丁寧に、でもきっぱりと断っているそうだ。
『日南さんと真剣に付き合ってるから、彼女のこと以外考えられない』、……って。
その噂を聞いた時、史帆は図らずも――悔しくもこう思ってしまったのだ。
(……何だ。あたし、今回は結構男見る目あったんじゃん)
……って。
♢ 〇 ♢
結局高三の途中で、この切な過ぎて、でも学びも多かった初恋から距離を置いて、史帆は、イノちゃんと一緒に出会い探しに励むようになった。
他校の文化祭に行ってみたり、お互いのバイト先の男の子を紹介し合ったりして。
それでも史帆の胸の中にはいつも過去になってしまった桐生がいて、ついつい新しい男の子と比べてしまっていたんだけれど――だって、嫌でも学校で見かけてしまうから――、卒業が近づくと、卒アル用に取ったアンケートで校内ベストカップルに桐生と日南さんが選ばれたりして、またグサッと深く深く心を削られて、劣等感ばかりが積み重なって。
いつまでも想っていても余計に傷つくだけだと痛いくらいに思い知らされた。
……結局、あの時は釣り合っているような気がしていたけれど、桐生と史帆とは、ちっとも釣り合っていなかった。
史帆には、桐生がスポーツにずっと長い間打ち込んでいるみたいに、本気で頑張っている何かはない。
受験勉強も本当には必死でやっているわけじゃないし、バドミントン部も途中で辞めてしまった。
一方の日南さんは、帰国子女だとかで英語がペラペラで、どこからか漏れ聞いた志望大学は目が飛び出るような全国区の難関女子大だった。
彼女にとっては滑り止めレベルの大学が、史帆の第一志望の大学だろうとすぐわかった。
ちゃらんぽらんで楽しいことが大好きですぐに楽な方に流される史帆とは、顔だけじゃなくて、中身も違う。
……彼女は、桐生と、ちゃんと釣り合っている女の子だ。
桐生は、史帆が相手にしてもらおうと考えるには、素敵過ぎる男の子だった。
それが現実。
そういうことだ。
たまたま同じ高校で同じクラスになっただけで、同じレベルでもなんでもなかったってことなんだ。
何たるつらくて重くて苦しい事実だろう。
だけど……、だとしたって、悪いことばかりじゃない。
「……史帆ちゃんってさ、休みの日は何してんの? やっぱり、勉強かな。今、一番大変な時だよね――」
ここは、ファーストフードの二人席。
さっきから、エスカレーター式で大学まで上がるというイノちゃんのバイト先の同い年の男の子が、一生懸命に史帆に話しかけている。
イノちゃんの紹介で連絡先を交換して、互いの写真やメッセージを送り合ったりして、今日初めて遊ぶことになったのだ。
史帆は、照れて目を逸らしてばかりの彼の顔を、まじまじと観察した。
どの角度からどう見たって、桐生ほどは格好良くないし、桐生ほどは背が高くない。
……けど、鼻毛は出ていない。
家を出る前に、ちゃんと鏡を見てきてくれたみたいだ。
(……ふーん)
まあ、高一の時に付き合ったバイト先で一緒だった元彼よりはまだマシ、か。
……しかしすぐに、史帆の中にいる、失恋ですっかり捻くれた史帆自身が皮肉な顔で唇を尖らす。
(……けどさぁ。どうせあんただって、日南さんに言い寄られたら、ころっと心変わりするんでしょ)
男の子は女の子の顔ばかり見る。
顔が可愛い子にはすぐにデレデレになるんだ。
馬鹿みたい。
本当に、馬鹿みたいだ。
……でも、現実問題、今、日南さんが彼の側にいるわけじゃない。
(……それに、日南さんがこの男の子のこと、好きになると思えないし)
日南さんは、悔しいことに、……一途で真面目な女の子なのだ。
桐生以外の男子には、目もくれない。
「――俺で力になれることがあったら、何でも言ってよ。時間あるからさ」
史帆の内心の葛藤なんかちっとも気づかずに、彼ばかりが嬉しそうに喋っている。
彼の気持ちばかり盛り上がっているのがわかって、申し訳なく思ったけれど、……昔みたいに、面倒だったりうざったくは思わなかった。
人に恋する気持ちが、どんなに切なくて苦しいものか……、わかったから。
(まあ……、ぶっちゃけこの人、顔は大したことないけどさ)
でも、そんなこと言ったら、あたしだって大したことないし。
そんなことより何より、二人には大事なことがある。
(……今この人は、あたしのことを気に入ってくれてるみたいなんだもん)
そんな男の子の存在がどんなに嬉しくて貴重か……、今の史帆にはよくわかった。
だから、今はまだあんまり乗り気になれないけれど、嫌いじゃないし、もう少し話してみようと思う。
断ることになっても、絶対無用に傷つけるようなことはしないで、丁寧にしよう。
そうあらためて心に決めて、彼のことをもっとよく知ろうと、史帆は笑顔を作った。
「受験勉強スルーできるの、羨ましいなぁ。今って、何してるの? 大学に備えてたりとか、する――?」
♢ 〇 ♢
砂時計の粒が映し出した、追憶の情景が終わる。
すると、店内にも照明の明かりが戻ってきた。