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好きな人が急に素っ気なくなった時 ――連作短編【追憶の砂時計】――  作者: 玉水ひひな


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彼氏が欲しい

挿絵(By みてみん)



 ♢ 〇 ♢




 真新しい高校の制服に袖を通してみると――、高校一年生になったばかりの()()は、急に大人になったような気がした。



(――彼氏。彼氏っ。彼氏! 彼氏が欲しいなぁ……! 高校生になったんだもん)



〈高校生〉。

 小学生の頃から憧れていた響きだった。

 だって、高校生といえば、大人だ。

 高校に入った瞬間から、史帆は〈彼氏が欲しい〉と強く願っていた。


 中学の頃、史帆は一人だけ彼氏ができたことがあった。

 あれは一学年下で、同じバドミントン部に入っていた男の子だった。

 史帆から誘ってたまに一緒に帰ったりして、バレンタインに勇気を出して告白して、付き合うことになったのだった。


 ……けど、三か月も持たずに、あっという間に終わってしまった。


 お互い付き合うのは初めてだったし、何をしていいのかよくわからないうちに、『やっぱり友達に戻ろう』と、史帆から言ったのだ。

 史帆から告白して、史帆から振ったんだから……、彼はわけがわからなかったと思う。


 付き合う前、だんだん距離が近づいている時は、少女漫画のヒロインに自分がなったみたいでドキドキした。

 だけど、いざ実際付き合ってみてから落ち着いてよく見ると、彼はあんまり格好良くなかったし、話しやすいけれど、代わりに一緒にいてもちっともドキドキしないことに気がついた。


〈恋に恋していただけ〉――というやつだったんだろう。


 そう気づいても、後悔先に立たず。遅かった。

 付き合い始めてからは、それはもう本当に時間が経つのが長く感じた。

 まだ三日、まだ一週間、まだ一か月、って。


 付き合ったばかりで振るのは悪い気がして、せめて何か月かは付き合ってから振ろうと考えていたのだけれど、史帆が素っ気なくなるほどに、彼は焦って、気持ちが重くなるみたいだった。

 ……それも面倒でうんざりした。

 別れを告げた時に、彼は泣いてしまって……。

 悪いと思うと同時に、彼がうじうじしているように感じてしまって、さらに幻滅した。

 それは、拍子抜けするほど呆気なく終わってしまった、史帆の初恋――めいた何かだった。



 ♢ 〇 ♢



(――次は、絶対絶対格好いい人。一緒にいてドキドキする男の子がいいな)


 鏡を覗き込んでみて、前髪を直して、薄く施したメイクを綺麗に整える。

 うん。自分でも、自分は結構可愛いと思う。

 ボブカットの髪はもう少し伸ばす予定だけれど艶があるし、笑うとえくぼができるところも自分では気に入っている。

 自分は私服のセンスも悪くないし、初彼のあの男の子とは、どう考えてもやっぱりちょっと釣り合っていなかった。

 男の子と初めて付き合って、自分から振って――女としての自分に、ちょっと自信がついたみたいだった。


(勝ち側、的な?)


 そんな調子に乗って浮かれた気分で高校に入って同じクラスになった男子をざっと見渡してみて、〈桐生(きりゅう)(しょう)()〉という男の子が一番好みだな――と、史帆は思った。


 ちょっと背は低いけれど、前髪の向こうに隠れた顔立ちは整っていて、なかなか素敵だ。

 性格もチャラそうじゃなくて、優しそうだった。……いや、綺麗な二重の垂れ目やいつも弧を描いている唇のせいで、優しげに見えるのかもしれなかったけれど。


 クラスで目立つタイプではないが、いつも彼は男友達に囲まれて微笑んでいて、そういう時はアイドルみたいに見えることもある。


 だけど、この――〈男友達に囲まれている〉というのが、曲者(くせもの)なのだ。


 桐生が一人でいることなんてあまりないから、話しかけようにもクラスの目を引いてしまう。

 ……なかなか、最初の一歩を踏み出す勇気が出ない。

 上手くいったらいいけれど、振られたら、その事実をクラスの皆に知られてしまう。

 そんなのあまりに恥ずかしくて格好悪いし、〈振られた子〉、〈モテない子〉として同情されたり馬鹿にされるのも嫌だ。


 そういうリスクを負うには――まだ高校に入学したばかりでは早すぎると思った。

 失敗ルートに入ってしまった場合、速やかにクラス替えになっていただかないと、困る。

 桐生は大人しい男子で、ちょっと押しに弱そうな感じもするから、頑張ってみたい気もするんだけれど……。


 史帆達一年A組は仕切るタイプの生徒がそんなにいなくて、親睦会的なことも、春先の体育祭後に打ち上げを一度やったきり誰も企画しなかった。

 その一度だけの打ち上げで、史帆はたまたま桐生と隣り合って座るタイミングがあって、その辺りに座っているメンバーで、これまでの恋話を打ち明け合う流れになった。


「じゃあ――、桐生は? 今付き合ってる人とかいるの?」


 気になっている桐生に、高一のクラスでの自己紹介の延長みたいな感じで皆に訊いている質問が投げかけられて、史帆はどきりとした。

 カラオケのパーティールームの人数ぎりぎりまで入っていたから、席はぎゅう詰めで、桐生と史帆はぴったり身体がくっついている。

 桐生の体温がやけに温かく感じられて、胸の高揚が止まらない。


 皆が桐生を見ているから、史帆も堂々と彼の横顔を見つめた。……鼻筋が通って、横顔も格好いい。

 自分を注視しているクラスメイト達に苦笑して、桐生が答えた。


「今はいないよ。別れたばっかりなんだ」

「へえ。その元カノって、同じ中学の人?」

「そう」


 口ごもっている桐生に、これまで話した皆もぶっちゃけたんだから、と、まわりから何となく圧がかかる。

 クラスメイトの女子が深掘りした。


「それ、どっちから告白したの?」

「向こうから。……だけど、途中で上手くいかなくなっちゃってさ。何か、だんだん乗りが合わなくなってった感じで……」


 桐生が言うので、思わず史帆は隣で頷いた。


「あ、その感じ、わかる。めっちゃわかる」


 自分の初恋と見事にリンクした気がして嬉しくて、史帆は何度もそう言った。

 ついつい身を乗り出した史帆に、桐生も隣からこちらを見返してくれた。


「佐々木もそういうこと、あったの?」

「うん。ウチも、中学の時に付き合ってた元彼と、そんな感じだったんだ。えっと、向こうは好きでいてくれたみたいなんだけど……」


 そのまま流れで史帆の恋話のターンになったから、ほんの少しだけ()って、自分がモテる女の子なんだ、っていう感じを(かも)しながら史帆は語った。

 それなのに、桐生に、


「へえ。モテるんだね」


 なんて言われると、慌てて史帆はぶんぶん首を振った。


「いやいや、モテないよー。たまたま、その男の子とそういう感じになっただけで……」


 急に赤くなって謙遜(けんそん)する史帆の話を、桐生も頷きながら聞いてくれた。

 二人の過去がシンクロした気がして、史帆は胸がきゅんとときめくのを感じた。



 ♢ 〇 ♢



(……あの時は、結構盛り上がったと思ったんだけどなぁ)


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